NERV本部 セントラル・ドグマ―ターミナル・ドグマ境界域

 戦艦の装甲を上回るほどの頑丈さを持つ隔壁が砕かれ、こじ開けられて、とうとうダブリスとターミナル・ドグマを隔てる壁は全て取り払われた。
「ここに…アタシの望むものがある」
 無限の彼方まで続いているかのように思える巨大な竪穴を前に、ダブリスは凄絶とすら表現できる笑みを浮かべた。
「さぁ…行くわよ」
 そして、彼女はためらうことなく、その何もない空間に脚を踏み出す。だが、いったいどうやっているのか、重力の法則を無視して彼女はゆっくりと竪穴を降下していく。
 いままで、いかなる使徒も踏み込む事がかなわなかったNERVの聖域。そこが、今まさに世界の命運を賭けた最後の戦いの戦場に変わろうとしていた。


新世紀エヴァンゲリオンREPLACE

第弐拾七話「世界の中心でアイを叫んだけもの」



NERV本部 発令所

「ダブリス、ターミナル・ドグマへ侵入!ゆっくりと降下中です!!」
 マヤが報告した。全長10キロを越すターミナル・ドグマを、ダブリスをあらわす青のシンボルマークが毎秒10メートルほどの速度で降りていく。その先にあるのは世界の至宝の一つであり、旧文明の最終兵器<ロンギヌスの槍>。それがダブリスの手に渡ることは世界の滅亡を意味する。
「カヲルはどうしている?」
 冬月の質問に、青葉が答えた。
「現在、セントラル・ドグマを降りている最中です」
 青葉はモニターの一つをセントラル・ドグマの監視カメラに切り替えた。ダブリスに破壊された隔壁を足場にして、黒いエヴァが竪穴を降りていく。
「いかんな…時間が足りん。このままだと、早く行っても奴を捕捉するのは最深部ギリギリだぞ」
 冬月がうめいたその時、モニターが切り替わってリツコが画面に現れた。
『司令、<ロスト・ナンバーズ>起動完了。いつでも出撃できます』
 その報告に、冬月の顔を覆っていた憂色が吹き飛ばされた。<ロスト・ナンバーズ>の現在位置はカヲルよりもかなりターミナル・ドグマに近い。
「よし、すぐに出撃させろ!第十七使徒は現在ターミナル・ドグマの3キロ地点だ!」
『了解!』

 
ターミナル・ドグマ3キロ地点

 足元にATフィールドを発生させ、重力の大半を遮断する事で、ダブリスはゆっくりと竪穴を降りていく。
「これがノアの方舟の一つ…」
 ダブリスは周囲の壁面に広がる光景を見ながら呟いた。直径500メートルはあろうかというターミナル・ドグマの壁面には無数の浅い横穴が彫られ、そこには一つがいの動物たちが冬眠状態で納められている。
サーベルタイガー、ボア、マストドンと言った、現在は絶滅しているが、12000年前には確かに存在していた生物たちが、そこにはかつて生きていた時代そのままの姿で眠っていた。
「アタシが人を滅ぼしたら…この中のどれかが、次の世界の支配者のアダムとイヴになるのかしらね」
 そう言って、ダブリスは自分の想像にくすくすと笑った。人を滅ぼす。その恐るべき重みを持つ言葉を舌の上で転がすたびに、甘美な思いにとらわれる。もう少しだ。この、絶望的に愚かな生物に鉄槌を浴びせるのは。
 いつしか、ダブリスは自然と歌を口ずさんでいた。彼女の最も好む歌を。 

Amazing grace, how sweet the sound   That saved a wretch like me
(至高なる主の恩寵よ、なんと優しき響きか そは哀れなる我をも救いたもう)

 その時、ダブリスは上空に妙な気配を感じて上を見た。そこに、微かに輝く2つの点を認めて、ダブリスは言った。
「あれは…エヴァの目。二つと言う事は、初号機か…面白いわね。あのレイとか言う娘は最初から気に食わなかったのよ」
 ダブリスは大剣を構えた。綾波レイ。あの妙に幸せそうな様子が気に食わない。"いらない子"だったくせに!――
 その瞬間、上空から無数の火線が降り注いだ。バレット・ライフルの弾幕だろう。展開したATフィールドがその弾丸の雨を弾き返す。
「はん、くだらないわね!!こんなオモチャでアタシをどうにかできるとでも思っているわけ!?」
 ダブリスは嘲笑した。しかし、それに応えるように降りてきた機体を見て、一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。そして、憤りの声をあげた。
「何よ、これは!!参号機じゃない!!廃棄されたはずの機体(ロスト・ナンバーズ)がどうしてここにあるのよ!?」
 そう、今空中で彼女を睨んでいるのはかつて第十三使徒に寄生され、廃棄されたはずのエヴァンゲリオン参号機だった。

I once was lost, but now am found  Was blind, but now I see.
(かつて道を見失いたる我は、今、主によってそれを教えられた 盲いたる我は、光のなんたるかを教えられた)

 憤りのままに、ダブリスは参号機に大剣の一撃を叩きこもうとする。しかし、空中で足元が不安定な事もあり、弐号機を斬った時のような神速の一撃は望むべくもない。参号機はその攻撃をやすやすと回避した。
「目ざわりなのよ!!」
 大剣では戦いにくいと悟ったダブリスはそれを納め、格闘戦を挑む。組みあった瞬間、通信機が着信を告げる電子音を発した。どうやら、向こうのパイロットから通信が入ったらしい。ダブリスは面倒くさいと思いながらも、相手が何をほざくのか、と言う興味から通信機のスイッチを入れた。
「…アンタは!!」
 そこに現れた意外な人物に、ダブリスは不覚にも驚きの声をあげた。
『こっちの声が聞こえるか?ダブリス』
「…聞こえるわよ、副司令さん」
 ダブリスは驚いてしまった事を恥じるように、ことさら余裕たっぷりに振舞って見せた。
「なかなかのイカサマをしてくれるじゃないの。まさかそんな隠し弾を持っていたとはね」
 参号機<ロスト・ナンバーズ>の操縦席に座るゲンドウはそのダブリスの嫌味にも似た感想にタネ明かしをする。
『我々はこの機体に寄生していた使徒だけを駆逐した。そして、こうした緊急時に備えて機体を保管していたと言うわけだ』
「はん。あのドイツのじーさまたちとのケンカに備えて?まんざらマヌケぞろいでもないようね。しかし…なんでアンタがエヴァを動かせるのよ」
 ゲンドウは謎めいた答えを返す。
『君ならわかると思うがね…それよりも私にも疑問がある』
「何よ?」
『なぜ覚醒した?君は惣流博士の娘だろう。なぜ使徒になどなった!?』
 その質問に、ダブリスは柳眉を逆立てた。
「うるさい!!あんな女、ママでもなんでもないわ!!アタシがやっと手に入れた自由を奪うものはみんな殺してやる!!」
 それと同時にダブリスは参号機に向けて猛攻を浴びせ始めた。ダブリスの狂乱したような攻撃に、戦闘訓練の十分ではないゲンドウは防ぐので精一杯の状態に陥る。
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!!」
 その殺気に満ちた叫びを聞きながら、ゲンドウは唸った。
(どう言うことだ?彼女は使徒である事で何から解放されたと言うのだ?)

Twas grace that taught my heart to fear  And grace my fears relieved
(恩寵は無知なる我に恐れのなんたるかを教え、そして、それより解き放ちたもうた)


セントラル・ドグマ―ターミナル・ドグマ境界域

 カヲルは破壊された幾百もの隔壁を潜り抜け、ようやくターミナル・ドグマの巨大な竪穴の上にたどり着いていた。動物たちが眠る、壁面の無数の室から灯りがもれ、無限の彼方まで続くかのように錯覚させる闇を照らしているが、底はもちろん、降りている最中のダブリスも見えはしない。
「ここを降りるのか…確かそのためのケーブルはあると聞いていたけど」
 カヲルは周囲を見まわす。さほど離れていない場所に、電車の吊り輪に似た形のケーブルが揺れていた。カヲルはそれを掴み、中空に身を躍らせる。ケーブルのウインチが作動して、弐号機はゆっくりと深い闇の底へ向けて降って行った。

How precious did that grace appear  The hour I first believed
(素晴らしき恩寵よ いと尊きものよ)


地上

「やああぁぁぁぁぁっっ!!」
 レイのスマッシュ・ホークが力任せに<量産機>の右胸の装甲を叩き割り、内部のS2機関を撃ち砕く。こうした単純に力に頼る攻撃は、スマートではないが効果的ではあった。こればかりは進化で食い止める訳にはいかない。
 その横で、やはり単純に物理的打撃力で勝負する徹甲弾を使用したバズーカを構えたシンジが的確に<量産機>の急所を撃ちぬいていた。S2機関を粉砕された<量産機>はもはや不死身ぶりを発揮する事はない。弱点を知られた以上、彼らにはもはや勝ち目はなかった。
「これで、最後っ!!」
 スマッシュ・ホークが<量産機>のかざした槍を叩き折り、肩から一気に斬り下げてそいつのS2機関までも引き裂いていく。強力な再生能力と進化能力で多いに苦戦させてくれた彼らも、ついに全てが第三新東京市の市街地を墓場としてその骸をさらす事になった。
『…終わった…』
「…とりあえずここはね」
 肩で息を付くレイとシンジ。弱点がわかったとは言え、<量産機>も楽に勝たせてはくれなかった。体力を消耗しきり、苦しげな表情を浮かべる姉弟だが、まだ全てに決着がついていない事を忘れてはいない。
「とにかく、渚君の後を追うよ。渚君は任せろっていってたけど…」
『わかってる。放っては置けないよね』
 刃こぼれのひどいスマッシュ・ホークを投げ捨て、新しいソニック・グレイブを手に取るレイと、弾丸をフル装填したバレット・ライフルを持つシンジ。二人は機体をジオフロントへの通路へ向かわせた。最後の戦いに馳せ参じるために。

Through many dangers, toils, and snares  I have already come
(幾多の危機、苦難、誘惑を 我は乗り越え来たり)


ターミナル・ドグマ

 ゲンドウとダブリスの戦いは続いていた。もとより、エヴァの操縦者としての技能はダブリスの方が上だが、冷静さを欠いた彼女の攻撃を、ゲンドウは辛うじて凌ぐ余裕があった。
「アイツなんて、あんな奴なんて、ママなんかじゃない!!」
 ダブリスは絶叫する。ゲンドウは母親の事がダブリスにとって耐えがたいトラウマになっている事を知った。しかし、彼の知るダブリスの母親…惣流キョウコ博士は温和で慈愛にあふれた女性だった。ダブリスが狂乱しながら否定しなければならないような人物ではない。
「わからん…君とお母さんの間に何があったのだ…」
 ゲンドウはダブリスとキョウコの関係を徹底的に突く事にした。そこに、ダブリスの隙があると考えて。
「アイツは…アイツはアタシを殺そうとしたのよ!!」
(…!)
 ダブリスの言葉に、一瞬ゲンドウは時が止まるほどのショックを受けたように感じた。まさか、あのキョウコが自分の子供を…!?


記憶〜ダブリス〜

 彼女はひたすら走り続けていた。その日、彼女は厳しかった教師から初めて誉められたのだった。嬉しかった。教師に誉められたことがではない。それを伝えることで、母親が喜んでくれるであろう事。それが嬉しかったのだ。
「ママ、ママ!」
 施設の無機質な廊下を彼女は走りつづける。母親を呼びながら。
「ママ、ママ!きょうね、せんせいがアタシのことほめてくれたんだよ!!」
 母親に会って、その事を伝えるのが待ちきれなくて、彼女は叫ぶ。
「アタシにはね、さいのうがあるんだって!!」
 教師は言った。君には誰にも負けない素晴らしい才能がある。それを伸ばしていけば、いつかはきっと――
「ママにまけないくらい、りっぱなかがくしゃになれるかもしれないって!!」
 ようやく、施設内の自宅のドアが見えてきた。彼女はその扉を押し開け、母親の姿を捜し求める。
「そうしたね、いっしょにけんきゅうしようね!ねぇ、ママ―」
 そこで、彼女は異変に気が付いた。電気もつけない、暗い室内でうずくまり、嗚咽している人影―彼女の母親だ。
「ママ…どうして泣いているの?」
 母親を気遣い、そっと近づく彼女。その声に、振り返った母親が、娘の姿を見て安堵するどころか、余計悲しげな表情を浮かべた。
「ママ…?」
 案じる彼女に、立ち上がった母親がゆっくりと近づいた。
「摘まれてしまう花なら…いっそ私の手で…」
 母親の手が、娘のほっそりとした首にかかった。その手にゆっくりと、だが明確な意思を込めて力が入れられる。彼女は呼吸の苦しさを覚えて喘いだ。
「ママ…まま…ま…ま…どうして…」
 薄れ行く意識の中で、必死に問い掛ける娘に、母親は答えた。
「ごめんなさい。馬鹿な私を…許して…」
 母親の口が、彼女の名を呼ぶ形に開かれるが、もはや娘がそれを聞く事はできなかった。
(くるしい…わたし…しんじゃうのかな…)
 喉を締め上げられる苦痛以外何も感じなくなった意識の中、娘は己の運命について問い掛ける。応える者はもちろん誰もいない。
(いや…わたしは…しにたくなんて…ないよ…) 
 苦痛すらも消え去ろうとする中、彼女はそう思った。
(しぬのはいや)
 その言葉に辿り着いた時、彼女の意識ははっきりと覚醒した。
(死ぬのは嫌、死ぬのは嫌、死ぬのは嫌ぁぁぁぁっっっ!!)
 絶叫と共に、彼女の身体に力があふれた。彼女はその力をどうすれば良いのかを、はっきりと理解していた。ちょっと念じると、その身体を中心として凄まじい力が荒れ狂った。
 気がつくと、さっきまで綺麗に片付いていた部屋は、跡形もなく破壊し尽くされていた。彼女は自分の手を見る。それは、血で真っ赤に染まっていた。手だけではない。彼女の身体は、全てが彼女のものではない血によって塗り込められたようになっていた。
 周囲を見回すと、彼女以外の人間は誰もいなかった。さっきまで母親がいたはずの場所にも。残っているのは、わずかな服の切れ端と血だまりの跡。
(ママ…)
 彼女は消えてしまった母の姿を探そうとしたが、すぐにそんな事は忘れてしまった。もっと大事な事に気がついたからだ。
 そう、彼女は今、自由な存在なのだ。自分を殺そうとした存在はもういない。そして、自分には力がある。彼女の自由を守るための力が。
「そう、私は…」
 少し考えて、自分の名前を思い出す。
「私は、ダブリス。自由を司る使徒…」
 第十七使徒ダブリス。他の使徒と異なり、第一使徒アダムを頂点とする命令体系に属さない遊撃の使徒。何者にも束縛されざる存在。


現在〜ターミナル・ドグマ中間層〜

「その時、アタシは目覚めたのよ!!この、ダブリスの力に!アタシは解き放たれた!!」
 自分の言葉によってゲンドウにできた一瞬の隙に乗じ、ダブリスの一撃が<ロスト・ナンバーズ>に叩き込まれる。
「ぐはっ!?」
 肺の中の空気を全て叩き出されてしまったかと思うようなショックを感じ、ゲンドウは身体を折った。無線から流れるダブリスの声が頭の中で幾重にも木霊して聞こえる。
「やっと、手に入れたアタシの自由…それを奪う奴は許さない…!!」

Tis grace hath brought me safe thus far  And grace will lead me home
(恩寵はこの上なき安らぎとなり、我を故郷へと導きたもう)

「ならばなぜ世界を滅ぼそうとする!?」
 苦痛をこらえ、ゲンドウはとどめを刺そうとするダブリスの一撃を辛うじて受け流した。
「何もかも壊してしまえば、もうアタシを縛りつけるヤツはいないわ!!」
 ダブリスのキックが<ロスト・ナンバーズ>を捉えた。吹き飛ばされ、ダブリスの重力遮断フィールドからはみ出した参号機が急速に落下していく。数瞬の後、巨大な水柱をあげて参号機はターミナル・ドグマの底の湖へ落下した。LCLで満たされた湖面に巨大な波紋が広がる。辛うじて立ち直り、水面から上半身を出した参号機の前に、ダブリスが降り立つ。
「ぬおっ!?」
 ゲンドウは身体を絞め付ける感覚にうめいた。ダブリスの腕が伸び、参号機を動けないように押さえつけている。その時、ダブリスの機体の首の後ろからエントリープラグが排出され、ハッチが開いた。
「おしゃべりは終わりよ、副司令さん。そこでアタシが世界を滅ぼすのを見届けるのね」
 ダブリスがその姿を現し、身動きの取れない参号機に向かって嘲りの笑みを浮かべる。そして、そのまま彼女は数十メートル下の湖面へ向けてその身を躍らせた。
「ふん…」
 一瞬、水面に激突するかに見えたダブリスだったが、余裕たっぷりにほくそ笑むと、空中で華麗に身をひねり、重力制御で落下速度を殺し、水面に降り立った。そのまま水面を滑るように歩いていく。その様は、彼女の可憐な容姿とあいまって、さながら水面でダンスを踊る妖精とも見えた。
「うぬ…よせ!そこに何があるのか理解して行動しているのか!?」
 叫ぶゲンドウに、ダブリスは笑ってみせる。
「アンタバカぁ?知ってるからこそ来たに決まっているじゃないの。かつて世界を滅ぼした最終兵器<ロンギヌスの槍>。それこそアタシが求めるものよ。ドイツのじーさまたちが教えてくれた、アタシの願いをかなえるもの!」

The Lord has promised good to me,  His Word my hope secures,
(主は我に約束された その言葉は我が希望となった)

 水面から岸辺へ上がったダブリスは、そこに敷き詰められた白い砂を踏みしめ、<ヘヴンズ・ドア>と呼ばれるターミナル・ドグマ最奥部への最後の封印となる巨大な扉の前に立った。
「こんなのは子供だましね…はっ!!」
 ダブリスが手を一閃させると、刃と化したATフィールドが<ヘヴンズ・ドア>を切り裂いた。砂煙を巻き上げて倒れる扉を後目に、ダブリスは奥へと進む。
「待て…ぬぅ!?」
 ゲンドウがダブリスの乗ってきたエヴァをどかそうとしたとき、誰も乗っていないはずのその機体が動き出し、参号機もろとも湖に潜り始めた。
「うっとうしいのよ。そこで沈んでなさい」
 ダブリスは巨大な気泡が立ちのぼる湖に視線を送り、それから先へ進み始めた。巨大なトンネルを進む事数キロ、ダブリスの目の前に、広大な空間が開けた。
 直径は1キロ近くあるだろうか。完全な円形をしたその空間は、ほぼ全てが真紅のLCLの湖に満たされている。真中には小さな島があり、トンネルの出口から伸びる砂州だけがそこと繋がっている。その島には巨大な神殿のようなものが建っている。
「ここが<聖杯>…」
 ダブリスは呟いた。この空間はその光景からだろうか、キリストが最後の晩餐で用い、処刑の際にはその血を受けた伝説の聖遺物の名で呼ばれていた。ダブリスは砂州の白砂を踏みしめ、島へ向かった。<聖杯>の中にある聖遺物<ロンギヌスの槍>を収める建造物であれば、おそらくこれがなんと呼ばれているかは容易に想像がつくであろう。そう、この建物は<聖棺>(アーク)と呼ばれている。
 そして、その名前にはもう一つの意味が隠されている。ダブリスはそれを確かめるべく、<聖棺>の扉を開いた。
「…これは…どう言う事?」
 ダブリスはうめいた。そこにはかつてリツコが持ちかえったかけらから<アダム>が再生されて安置されている筈だったのだ。
 だが、そこには<ロンギヌスの槍>だけが床に突きたてられて置かれていた。南極で発掘したときは全長二百メートル近い巨大さをもっていたそれは、今は人間が扱える大きさ…約5メートルほどになっている。ダブリスは状況の不可解さに首を捻り、彼女の中にある使徒としての記憶を紐解いた。
 使徒を連結して世界をATフィールドで覆い、それを逆転させる事で範囲内の生命を抹消する先史文明の究極兵器<ライフ・ブレイカー>。<ロンギヌスの槍>はその発動の鍵だ。そして、それは最初にして最強の使徒、<アダム>を所有者として登録されている。
「まぁ良いわ。<アダム>がいないのなら好都合と言うもの」
 ダブリスは槍に手を伸ばした。本来の所有者たる<アダム>が存在しない以上、槍の所有者を自分に書き換えるのは簡単な事だ。しかし、次の瞬間凄まじい衝撃と共に彼女の手が弾かれる。
「防御結界!?厄介なものを…」
ダブリスが舌打ちしながら言った時、地面が鳴動した。何か、巨大なものがこちらへ向かってくる。
「ちっ…あの副司令?…いや、この波動は…」
 一瞬、ゲンドウと<ロスト・ナンバーズ>が追ってきたのかと思ったダブリスだったが、微かに感じる気配が違うものであることを察知し、口元を歪めた。
「…来たわね、『兄さん』…そして…」
 ダブリスは呟いた。
「ママ…」


The END OF EVANGELION "REPLACE" Vol.4
EPISODE:27 freedom is not free


<聖杯>
 最深部に降り立ったカヲルは全力で<ヘヴンズ・ドア>から続くトンネルを駆け抜け、<聖杯>に突入してきた。
「NERVの地下にこんなところが…」
 聖杯の偉容に気圧されたのもつかの間、カヲルはダブリスの姿を捜し求める。が、それほど長く探す必要はなかった。<聖棺>の扉が内側から開き、ダブリスが姿を現す。
「アンタもしつこいわね。上の二人を放っておいても良いの?」
 不敵な笑みを浮かべて尋ねるダブリス。
「綾波君もシンジ君もあんな木偶人形に負けるほど弱くはないさ。それより…」
 カヲルはダブリスの顔を見た。
「お前は間違っている。お前が全てを憎む理由なんて存在しないんだ!」
 カヲルの言葉に、ダブリスは蔑んだような視線を向けた。
「アンタバカぁ?何言ってるのかさっぱり分からないわよ」
 しかし、次のカヲルの一言に、ダブリスは顔を歪めた。
「母さんの事だ!」
 母と言う言葉すら不快なのだろう。たちまち憎しみを露わにし始めたダブリスに、カヲルは言葉を続ける。
「母さんはお前の事を憎んでなどいなかった。愛していたんだ!その証拠に…」
 カヲルはダブリスの真の名を呼ぼうとした。第十七使徒<ダブリス>ではなく、惣流キョウコ・ツェペリンと彼女が愛した男性の間に生まれた娘としての彼女の名を。
 だが、それを言うよりも早く、ダブリスの怒号が響き渡った。
「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさい!!アンタに何が分かるって言うのよ!!」
 ダブリスの腕が閃き、刃と化したATフィールドがカヲルを襲った。カヲルも無論、ATフィールドを張って防戦に努める。迷いのなくなったキョウコの魂が宿るS2機関は今までになく強い光を放ち、従来のATフィールドならばやすやすと切り裂かれていたであろう、ダブリスの一撃を凌ぐ。飛び散った余波が弐号機に傷を付けても、それはたちまちのうちに修復された。

He will my shield and portion be, As long as life endures.
(主は我が盾となり、我が癒しとなった。 この生命果てるまで) 

 しかし、カヲルとキョウコの方も、決して余裕でいるわけではない。ATフィールドの余波によるかすり傷程度であれば、今の弐号機には簡単に修復できる。しかし、もし全てを拒絶するダブリスの刃を受けてしまえば、その意志の力はやすやすと二人を滅ぼすだろう。
(このままじゃ…何か方法は…!?)
 その焦りがミスを呼んだ。突然、弐号機のバランスが崩れる。足場にしていた砂洲の、LCLの湖に浸された岸が、弐号機の体重で崩れ始めたのだ。
「しまった…!」
 呆然となるカヲル。そのため、ATフィールドが一瞬その強度を減じた。そして、その隙を見逃すほどダブリスは甘くなかった。
「もらったわ!」
 滅びの刃が振り下ろされる。それが、易々と弐号機を叩き斬ると思われたその瞬間、弐号機のATフィールドの上に、もう一枚…いや、二枚のATフィールドが展開された。
「!!」
 3倍の厚みになったフィールドが、ダブリスの滅びの刃を弾き返す。一瞬愕然となったダブリスだったが、やがて、そのフィールドを張った張本人を見出して笑った。
「…来たわね。あの数の<量産機>を撃破してくるとはさすがだわ」
 そう、それは後から駆けつけてきたレイの初号機と、シンジの零号機であった。激戦を物語るように傷ついた機体。しかし、闘志は衰えていない。
「面白い。みんな揃って殺してやる」
 ダブリスが刃を伸ばした時、レイの声が<聖杯>に響き渡った。
「…それは、無理よ」
 まるで、全てを見通すかのような静かな声だった。それは、ダブリスをたまらなく苛立たせた。
「何ですって?もう一度言ってみなさいよ」
 ダブリスが怒りを押し殺した声で言うと、レイはふぅ、と軽くため息を吐いて続けた。
「あなたには…私たちを殺す事も、ましてや人を滅ぼす事もできない」
 ダブリスの柳眉が逆立った。「人間を滅ぼす」、と言う彼女の拠り所たる大目標。それを絶対的に否定するレイの言葉に、彼女はいきり立った。
「ふざけんじゃないわよ!アタシは最後の使徒!十七の使徒中、唯一<アダム>の命令系統に属さない自由を司るもの、ダブリス!全ての使徒が消えた今、世界を滅ぼす力を持つ唯一のものよ!」

Yea, when this flesh and heart shall fail, And mortal life shall cease,
(そう、この肉体と心が朽ちて 我が生涯が終わるとき)

「それは違うわ」
 レイが言った。
「ダブリスは自由を司るもの。自由の意味を知るがゆえに、『他人に強制する』こともできないもの。世界に滅びを『強制』しようとしているあなたは、本当のダブリスじゃない!」
 レイの口から放たれる、痛烈な否定の言葉。ダブリスの顔は憤怒に染まっている。
「うるさい!初めて資料を見た時から気に食わなかったのよ、綾波レイ!アンタ一体何様なの!?」
 自分を否定する相手に、ならばアンタは何者なのか、と問うダブリスに対し、レイは答えた。
「わたしは…綾波レイじゃないわ。本名は碇レイ。滅ぼされた<ゼーレ>宗家、碇家の後継者にして、第二使徒、絆と癒しを司りし<リリス>の力を継承するものよ」

I shall possess, within the veil, A life of joy and peace.
(我は神の腕に抱かれ、喜びと安寧のうちに至る)


ゼーレドイツ総本部<レーヴェンスボルン>

 レイの告白は、キールに深刻な打撃を与えていた。
「馬鹿な…サードチルドレンが碇家の後継者だと!?」
 うめくキールに向かってイギリス代表が叫ぶ。
「キール議長!どういう事だ。碇家の血縁者はみな葬ったのではなかったのか!!」
 フランス代表が続けて言った。
「そうか…彼女が碇家の…リリスの継承者であれば、この展開も納得が行くな」
 彼はゼーレの伝承を思い起こした。ノア・ゼーレによって使徒となった人間は17人。その中で、第二使徒リリスだけが特別な意味合いを持つ存在だった。なぜなら…リリスはノアの娘の一人であったからだ。
 世界滅亡の引き金をひき、改悛する前のノアも、娘を完全に人に在らざるものに変える事はためらわれたのであろう。リリスは<光体>を与えられた他の16体と違い、人間の姿のまま使徒の力を与えられた唯一の存在となったのである。
「絆と癒しの天使…初期<ゼーレ>の衣鉢を最も正しく継ぐ者か」
 イタリア代表も同様に伝承に思いを馳せていた。リリスは人の道に外れていく父を救うため、自ら使徒となる事を志願した。そして、戦いをその役目とする他の使徒と異なり、戦いの後にその傷を癒し、失われた絆を回復する役に就いたのである。そして、ファーストインパクトにより世界が滅びた後、彼女は父より現世において過ちが繰り返されないように見守る役目を与えられた。
「わかりました。私は、人が安易に戦いに流されぬよう、それを繋ぎ止める碇となります」
 伝承にはリリスの言葉がそう記されている。かくして、碇の姓を名乗る事となったリリスの子孫は、その力を持って<ゼーレ>が暴走する事を防いできたのである。
(リリスの説く道は悠長すぎる。いや、<ゼーレ>の理想を真に実現するには、自らが世界の覇権を握るより他になし。我々はキールのその言葉に乗った…しかし、それは正しかったのか?)
<ゼーレ>の代表達の一部がそう思い始めた時、<聖杯>では新たな動きがあった。


<聖杯>

 レイの告白を聞いたダブリスは、最初震えていたが、やがて落ち着きを取り戻そうとしていた。
「そう…アタシの他にも使徒がね…でも、それがなんだっての?だったら、アンタも一緒に滅ぼすまでよ!」

The world shall soon to ruin go, The sun refuse to shine,
(やがて世界に破滅が訪れ 太陽が輝くことをやめても)

 そう言ってダブリスが再び滅びの刃を形成し、エヴァ3体が身構える。カヲルは通信を繋ぎ、レイとシンジに呼びかけた。
「みんな、ATフィールドを展開して彼女の動きを封じてくれ。その間にボクが何とかする」
 カヲルの言葉に、レイもシンジも疑問を差し挟む事無く頷いた。
「うん、わかった」
「任せたよ」
 どうやって「何とかする」のか、と言う事は二人とも聞かない。カヲルが何とかすると言うからにはそうするのだろう、と信じているのだ。カヲルは「よろしく」と言うと、一気にエヴァを動かした。それに合わせるように、レイ、シンジも動き、ダブリスを左右から挟み込むような位置に展開する。
「ATフィールド…」
「全開っ!!」
 レイとシンジが強烈なATフィールドを展開させる。そのオレンジ色の輝きがダブリスのそれと激突し、稲妻のような猛烈な火花が飛び散った。
「あたしを封じ込める気!?させるか!!」
 ダブリスも俄然反撃する。彼女のATフィールドは凄まじい圧力を持ってレイとシンジを押し返す。
「!?…なんて、パワー!!」
「このままじゃ…!」
 2人掛かりでも押さえ切れないダブリスの力に、レイもシンジも驚愕した。さっき、彼女の目的を全否定した事で、よほどに激怒しているらしい。
(くそ、このままじゃ…ATフィールドを張る役がもう一人欲しいが…ボクがそれをやったら、彼女を捉えておく役目がいない)
 手詰まりか、と思われた瞬間、ダブリスの周りにもう一枚のATフィールドが出現した。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 絶叫するダブリス。さすがの彼女も3枚のATフィールドに抗する力はない。
「やった!?でも、誰が!!」
 3枚目のATフィールドを展開させた相手を探すチルドレンは、砂洲の上に意外な人物を見出して驚愕した。
「父さん!?」
 シンジが叫ぶ。そこには、ゲンドウが立っていた。ダブリスのエヴァと一緒に沈没した参号機から脱出してきたのだ。そして、彼は両手を前に構え、オレンジ色の輝きでダブリスを絡めとっていた。
「副司令!?」
 ゲンドウがATフィールドを使っている事に驚くカヲル。その彼に、ゲンドウが一喝を加えた。
「早くしろ、カヲル!妹を助けたいのだろう!!私の力はそう長くは保たん!!」
「は、はいっ!!」
 カヲルは慌ててダブリスに向き直ると、エヴァの手を伸ばして彼女の体を掴んだ。
「!は、離しなさいよ!!」
 慌てるダブリスに向かい、カヲルは万感の思いを込めて、その名を呼んだ。
「もう、戦う必要はないはずだ。目覚めてくれ、"アスカ"っ!!」
 その瞬間、そこにいた全員は時が静止したかのような思いを感じた。その刹那の間に、一人の母親の悲しい運命が交錯した。

But God, who called me here below, Shall be forever mine.
(我を召されし主は、永遠に我とともにある)


記憶〜キョウコ〜

 研究に明け暮れていた彼女が、その青年と出会ったのは2000年の初め、セカンドインパクトに伴う世界の混乱が未だ収まらない時期の事だった。
 青年の名はアルブレヒト・ツェッペリン。<ゼーレ>ドイツ支部において頭角を現しつつあった新進気鋭の生物学者である。二人は、新たなプロジェクトを推進するためのリーダーとサブリーダーとして選ばれたのだった。
 彼女と彼は、尊敬に値する能力と実績を持っており、すぐに互いに深い敬意を抱くようになった。協力し合ってプロジェクトを進め、やがて幾つかの季節が過ぎる頃、それは愛情へと変化していた。
 彼女には一つの悩みがあった。それは、セカンドインパクトの少し後、人工子宮計画に自分の卵子を提供し、子供が産まれていた事である。父親が誰かもわからず、育成後は規則により会う事もできなくなった子供だが、それでも彼女はその子を愛していた。
 しかし、その子供の存在を隠して彼と交際を続ける事は、裏切りになるのではないか…そう思った彼女は、思い悩んだ挙げ句、全てを彼に告白した。
 結果から言えば、彼女の心配は杞憂以外の何物でもなかった。彼は驚きはしたものの、彼女の過去など気にしない、と言ってくれた。それどころか、彼女の子なら自分の子でもあるとも。
 結果として、絆は深まった。やがて二人は結婚し、彼女は彼の姓を名乗る事になった。やがて、娘も産まれ、親子3人水入らずの生活が続いた。この時が、彼女の幸せの絶頂だった。
 だが、それは長くは続かなかった。
 彼が、突然第一級の機密漏洩罪により逮捕されたのである。彼女は愕然となった。彼が、いや、これは何かの間違いだ。
 しかし、数日後、彼は収容されていた施設の独房で死亡した。首を吊ったのだ。罪を告白し、謝罪する内容の遺書を残して。
 彼女は泣いた。泣いて、泣いて、泣き続けた。彼の後を追って死ねたらどんなに良いかとさえ考えた。
 それが出来なかったのは、娘がいたからだ。子供のためにも、彼女は生き続けなければならなかったのだ。
 悲しみを押し殺して仕事に復帰した時、彼女は彼からの最後のメールを受け取った。咄嗟に、それが彼の背負った罪の真相につながると感じた彼女は、密かにメールを別の場所へコピーし、マスターを消去した。その中身は、ひどく簡単なものだった。
 <魂の座>
 ただ、その一言だけのメール。しかし、それこそが彼を死に至らしめたキーワードだった。しかし、彼女は、それを手がかりに、彼の死の真相に挑み始めた。
 3年が過ぎた。彼女は、ついに<魂の座>の真相に辿り着いた。しかし、それは、最愛の娘の前に待ち構える余りにも酷い運命を知る事でもあったのだ…


現在

「まさか…そんな…アタシが…<魂の座>だった…?」
 呆然と呟くダブリス―アスカに、カヲルは言った。
「そうだ。母さんは、アスカにだけはそんな悲惨な目に会って欲しくなかったんだ。でも、あの状況下で―<ゼーレ>ドイツ支部内にいる状態でそれを避けるには、お前を殺すしかなかったんだろう…」
「でも、あなただけじゃない。わたしも、シンジ君も、カヲル君も…いえ、友達全員がそうなる可能性があったのね」
 レイが言うと、ゲンドウが肯いた。
「そうだ。エヴァのパイロット候補生は、いずれも体力、知力などで平均を上回る少年少女が集められている。いずれ、<ゼーレ>の長老達が老いさらばえた身体を捨て、魂だけを移すのにふさわしい器をな」

When we've been there ten thousand years Bright shining as the sun
(我らは不死となり 太陽のように輝く)

 サードインパクトが成就し、新王国が建国された時、その王族たちの新しい身体となる存在…それがキョウコの掴んだ<魂の座>の正体だった。愛娘のアスカがその第一候補に上がっている事を知ったキョウコは絶望し、アスカを道連れに死のうとしたのである。それが唯一の救いだと信じて。
「アタシは…アタシは…アタシを助けてくれようとしたママを殺してしまったの…?」
 うわ言のように言うアスカの肩を、エヴァから降りてきたカヲルが優しく叩いた。
「それは違うよ、アスカ。母さんはその時の事を心から後悔している。何も知らないお前を、いきなり殺そうとしたのは間違いだった。かなわじとも、二人で何とか逃げるべきだったって…アスカだけでも、何とか守り切るべきだったって…」
 アスカの中で、憎悪に封じ込められていた記憶が再現される。よちよち歩きの自分。優しく微笑みかける母。温かい目で見守る父。ダブリスとなってからの10年間、思い起こす事の無かった暖かい記憶。
 その瞬間、アスカの目から涙が零れ落ちた。白い砂に、いくつも滴り落ちる涙。その涙が洗い流すように、真紅だったアスカの瞳が、カヲルとの血縁関係を納得させる鮮やかなブルーに変化した。そして…
「うあ…あぁ…うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 世界の中心にある小さな島の上で、愛を思い出した一人の少女の号泣が響き渡った。
「ごめんなさい、ママ…ごめんなさい、お兄ちゃん…」
 カヲルに抱き付いて泣きじゃくるアスカを見ながら、レイがゲンドウを見た。
「お父さん…これで、終わったのかしら?」
 娘の問いに、ゲンドウは首を横に振った。
「使徒との戦いは、な…だが、真の敵との戦いはまだ終わってはいない」
「そうか…<ゼーレ>自体との決戦だね」
 シンジが言うと、ゲンドウは多いに肯いた。
「そうだ。彼らの過ちを正し、そのために狂った世界を元に戻し、彼らの野望を打ち砕く」
 そう言うと、ゲンドウは<アーク>の中へ入って行った。レイ、シンジ、それに、アスカを連れたカヲルも後に続く。4人の子供たちの前で、ゲンドウは広大な建物の中にそれだけ収められた<ロンギヌスの槍>に歩み寄った。そして、無造作に手を伸ばす。
「あっ…危ない!」
 防御結界の存在を知るアスカが警告の声を上げる。しかし、何の抵抗も無くゲンドウは槍を手に取った。
「え…」
 戸惑うアスカ。その時、彼女の中で幾つかの断片が繋ぎ合わさった。「魂の無い」ロスト・ナンバーズを操り、自分と同様生身でATフィールドを展開し、そして、所有者の定まった<ロンギヌスの槍>を持つ事が出来る…
「ま、まさか…」
 震えながら言うアスカに、他の3人が不審そうな目をむけた時、ゲンドウが言った。
「そうか、アスカは気づいたようだな」
 ゲンドウは微笑むと、今まで取った事の無いトレードマークとも言うべき赤いサングラスを外した。その下の顔を見て、子供たち全員が息を呑んだ。
 ゲンドウには、右目が無かった。右目があるべき場所には、大きさこそ違うが、見覚えのある赤い球体がかすかに脈打つ光を放って収まっていた。
「そう…私は六分儀ゲンドウであると同時に、第一使徒…<勇者>アダムの継承者でもある」

We've no less days to sing God's praise Than when we first begun
(主を称える歌はやむことはない 歌が始まったときと同じく)


(つづく)

次回予告

 ついに、戦いは最後の局面へ突入した。15年前の過ち、12000年前より続く人類に掛けられた呪い。全てを清算すべく、決戦兵器エヴァンゲリオンは最後の飛翔に挑む。全てが終わる時、人類の歴史はどう変化を遂げて行くのか…
 次回、新世紀エヴァンゲリオンREPLACE 最終話
「まごころを、君に」
 始まりと終わりはすべて同じ場所にある…


あとがき

 と言うわけで、REPLACEも後一回です。
 ようやくここまで来たか…と思う反面、「遅すぎる」と言われれば反論のしようがありません。いかに素人で、締め切りが設定されていない趣味の作品とは言え、一回の更新に○ヵ月掛けているのはやってはいけない事だろうと思います。本当にすいません…
 さて、作中のアスカ(ダブリス)の歌う歌は、ゴスペルの永遠の名曲「アメイジング・グレイス」です。詩がこの作中のアスカに比較的合っているので使わせて頂きました。ちなみに訳詞は私の適当に付けたものなので、もし間違いが有ったら指摘して下さいませ。
 あと、ゲンドウさんの正体がとうとう明らかになりました。最初はシンジに継承させるはずの力だったんですけどね。REPLACEのゲンドウさんはひょっとしたらエヴァ二次創作最強のゲンドウかも知れません(笑)。
 それでは、泣いても笑っても後一回、最後までお付き合い下さいませ。

2002年4月 風の強い日に さたびー拝



さたびーさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

>「はん、くだらないわね!!こんなオモチャでアタシをどうにかできるとでも思っているわけ!?」

このシーン、原作のカヲルには優雅さがあったんですが・・・。
やっぱり、アスカに優雅の2文字は無理だったみたいですね(^^;)

>「殺してやる!殺してやる!殺してやる!!」

でも、アスカの名セリフをちゃんと使っているさたぴーさんに乾杯♪

>「…来たわね、『兄さん』…そして…」
>「ママ…」

うわっ!?このセリフ、なんだかゾクゾクしちゃいましたよっ!!?
叶うならば、文章ではなく映像として凄く見てみたい1シーンですね。

>「わかりました。私は、人が安易に戦いに流されぬよう、それを繋ぎ止める碇となります」

さすがはさたぴーさん、相変わらずの細かく意外な設定。
単なる記号でしかない名字に意味を含ませるとは唸らされます。

>「そう…私は六分儀ゲンドウであると同時に、第一使徒…<勇者>アダムの継承者でもある」

・・・え゛っ!?ゆ、勇者?ゲ、ゲンドウが?(^^;)
それはともかく、次回最終回にファイナルフュージョン承認っ!!(笑)



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