NERV本部 発令所

 降下してくる9体のエヴァシリーズに、人々が気を取られていたのはわずかな間だけだった。冬月は電話を取り上げ、レイたちが待機しているパイ ロットルームに繋いだ。
『おじさま…いよいよ、来たんですね?』
 レイが電話に出た。既に、彼女も事態を悟っていたのだろう。声が微かに震えている。
「ああ。<ゼーレ>のエヴァシリーズ…そして、最後の使者。第17使徒だ」
 第17使徒は<自由なるもの>。その自由な意思で、<ゼーレ>に助力しているのだとすれば…どちらかが倒れるまで戦うしかない。
「これが、最後の戦いとなる。世界の全てを託すなどと言う事は言わん。ただ…」
 冬月は一旦言葉を切った。
「生きて帰れ。ワシの命令は…いや、願いはそれだけだ」
『はい!』
 レイの返事。そして、通話は切れた。冬月は受話器を置く。ゲンドウが、ミサトが、加持が、リツコが、青葉が、日向が、マヤが、そして発令所にいる全ての人間が、それを待っていた。冬月は軽く息を吸い込み、これを最後に二度と命じる事はないであろう命令を下した。
「エヴァンゲリオン、全機発進!!」


新世紀エヴァンゲリオンREPLACE

第弐拾六話「最後の使者」



初号機 エントリープラグ

(これが…いよいよ最後の戦い)
 レイはリニアモーターリフトで上昇していくエヴァの中で考えていた。
(<ゼーレ>のエヴァシリーズ…世界を破滅させるための機体。いったいどんな奴なんだろう…)
 その瞬間、リフトは地上に到達。静止した。レイは上空を見上げた。螺旋を描きながら降下してきた9機のエヴァは、翼をたたんで郊外の森林地帯に降り立とうとしていた。それを見届け、レイは無線のスイッチを入れる。
「シンジ君、カヲル君、聞こえる?」
『感度良し』
『ばっちり聞こえるよ』
 2人の返事が明瞭に返ってくる。この数ヶ月、生死を、苦楽を、共にしてきた何よりも大事な仲間達。その声を聞くだけで、レイは緊張が解けるのを感じた。もはや、言葉は多くを必要としない。彼らを信じ…戦うのみ!
「行くよ!」
「「おうっ!」」


NERV本部 発令所

 まだ硝煙の匂いが残る発令所で、ミサトは降下してきた9体のエヴァシリーズを睨んでいた。
(真ん中の赤いヤツは使徒ね…白いのは…量産型に似ているようだけど)
<ゼーレ>側のエヴァシリーズは赤い機体を頂点として楔型の陣形を取っていた。NERV側のエヴァに酷似した人の形に近い機体だが、四つある眼が不気味さを感じさせる。
 もともとエヴァのタイプは、試作機である零号機、試験機である初号機、そして主力機(制式採用型)の弐号機以降という3つに別れるはずで、これらはオリジナル、またはノーマル・タイプと呼称されている。赤い機体はおそらく使徒に乗っ取られた参号機や北米で消滅した四号機と同様に弐号機の系列に当たる機体になるのだろう。
 しかし、余りにもコストの高いエヴァを大量生産する事は難しいため、ダミープラグの採用を前提に、非人型の機体が計画されていた。目の前の白い機体は、あえて人型をやめ、装甲も簡略化する事で製造コストを下げた<量産型>と呼ばれるそのタイプに酷似していた。さすがの<ゼーレ>も、オリジナル型を大量生産する事はできなかったと見える。
 当然、その性能はノーマル・エヴァに比べればかなり劣る。それを数でカバーするのが<ゼーレ>の計算だろうというのがミサトの予測だった。
(問題は、あの「最後の使者」ね…指揮能力を持っていれば厄介この上ないわ)
 例え一体一体は弱くても、指揮官の能力如何ではいくらでも逆転の可能性はある。最後の使者が量産型エヴァを指揮、統率する能力を持っていれば、極めて厄介な相手になりかねなかった。ミサトはマイクを取り上げる。
「3人とも良く聞いて。相手もコンビネーションで攻めてくる可能性が高いわ。常に味方のバックを守り、囲まれないようにして戦うのよ。良い?」
『はい!』
 スピーカーから3人の返事が聞こえた。エヴァが素早くフォーメーションを変える。接近戦を得意とし、ソニック・グレイブを主武装にしたレイが先頭に立ち、カヲルがその脇を固め、一歩さがってシンジが陽電子狙撃銃を構える。その瞬間、赤いエヴァがさっと手を振り上げた。それが合図となったかのように、量産型エヴァ3機が槍とも剣ともつかない奇妙な武器を構えて突進を開始した。


地上

「来た!行くよ、2人ともっ!」
 レイは叫び、すかさず機体を一歩右にずらした。同時にカヲルも左へ移動する。不動のシンジが一瞬で狙いを付け、引き金を絞った。薄紫色の陽電子ビームが銃口から迸り、一瞬で先頭の量産機を捉えると、ATフィールドごとその腹部を撃ち抜いた。対消滅爆発の凄まじい威力はその量産機の上半身と下半身を一撃で分断し、そいつは崩れ落ちるように倒れた。
「まずは一機!」
 シンジが叫ぶ。それと同時にレイとカヲルは残り二機に接触した。
「ウォウッ!!」
 叫び声と共に量産機が武器を振るう。意外に洗練された動きだったが、レイは紙一重でその一撃を見切ると、ソニック・グレイブを一閃させる。目の無いウナギを連想させる量産機の首が一瞬で宙に舞った。
「二機っ!」
 動きを止めた量産機を蹴り倒してレイが叫ぶ。その隣で、量産機と数合斬り結んだカヲルはレイピアで相手の足の甲を貫き、動きを止めたところでハンドガンを連射した。戦艦の主砲に匹敵する巨弾が量産機の装甲を貫通してめりこみ、弾頭の炸薬を爆発させる。そいつは破裂するようにして血飛沫を撒き散らすと掴座した。
「これで三機目だぁっ!!」
 撃破した量産機の返り血を浴びた初号機、弐号機と、高速機動中のエヴァを扱いにくい陽電子狙撃銃で的確に撃ち抜いた零号機。その強さは圧倒的だった。少なくとも、同数対決ではこの地上で彼らに敵うものは存在しなかっただろう。
 だが、赤いエヴァと残る5機の量産機は、全く恐れた様子を見せてはいなかった。


NERV本部 発令所

 レイたちの量産機に対する圧倒的な戦い振りは、発令所でも大歓声と共に迎えられていた。しかし、ミサトは軍人としての本能で、何かのシグナルを受け取っていた。この戦いはどこかおかしい…
 ふと隣を見ると、加持も浮かない顔をしていた。
「加持君…どうもおかしいわね」
 ミサトが言うと、加持は彼女の方を向いた。
「葛城もか?確かにな。相手が脆すぎる…」
 加持の言葉にミサトは頷いた。そう、相手が脆い。脆すぎるほどだ。何の工夫も無く、ただ突撃するだけの戦い方。連中にはそんな柔軟な戦い方はできないのだと考えるのが正しいのかもしれない。しかし、楽観的な見方を可能な限り排するのが、軍人として、戦士としての彼らの思考法だった。
 その目で見れば、敵はレイたちを誘っているように見えた。もしくは、一当たりしてその戦力を観察したか。どちらにしても、後の6体が今倒した3体のように甘い戦い方で来るとは思えなかった。ミサトは無線のマイクを取り上げた。
「みんな、聞こえている?まだ相手はこちらの出方を窺っているだけよ。絶対に油断しないで」
『了解です』
 子供たちが答える。彼らも、ここ数ヶ月で「戦士としての勘」を身に付けている。その本能が警告しているのだろう。3体を打ち倒した勢いに任せて突進しても良さそうなものだが、変わらずじりじりと前進している。
 その時だった。聞き慣れぬ声が、通信に割り込んで響き渡った。
『へぇ…少しはやるようじゃない。でも、アタシには通用しないわ』
 愛らしいとさえ表現できそうな、少女らしい声。だが、そこには傲慢なまでの自信と侮蔑が込められていた。
「誰だ?」
 その声の正体が掴めず、戸惑う発令所のメンバーたち。その時、ゲンドウがその正体に思い当たって叫んだ。
「まさか…最後の使者!」
『ピンポォン。正解よ』
 からかうように声が答えた。発令所に声にならないざわめきが広がる。使徒と「対話」をした人間がいないわけではない。だが、その数少ない人間であるレイたち、チルドレンは自分たちの精神世界の中で接触してきた使徒と会話したのみであり、現実世界でこのように話しかけてきた使徒は今まで存在しなかった。
『一応姿を見せておきましょうか。アタシは第十七使徒…<自由なる者>ダブリス』
 その瞬間、モニターの一つが外部からの信号を受けて強制的に切り替わった。そこに映った映像に、それを見た全ての人間たちが等しくショックを受け、稲妻に打たれたように立ちすくんだ。


初号機 エントリープラグ

「女の…子…?」
 モニターを見ながらレイは呟いた。そう、モニターにおのれの姿を映し出した第十七使徒、ダブリスはレイたちと同年代と思える少女の姿をしていたのだ。
 真紅―それが、その少女の印象だった。長い髪は黄昏の、挑戦的な光をたたえる瞳は血の、健康的な唇は炎の、それぞれの「赤色」を写し取っており、レイよりも発育した肢体をそれぞれの色を混ぜ合わせた色のプラグスーツで覆っている。それは一見、人間と変わらない…いや、人間の少女そのものの姿だ。
 だが、その血の色の瞳だけが唯一、そして決定的に彼女と普通の人間を分かたっていた。それは、今やNERVのエヴァ全機に宿る霊子力駆動機関、S2機関の色でもあった。
『あの娘が…使徒なのか?』
 冷静なシンジも、この以外と言うほかない事実に動揺の色を隠せない。それは、全ての人間に共通する感想だった。最後の使徒も、何らかの形でエヴァに乗り移った形態を取っていると考えていたからだ。
『はん、何よ。揃いも揃って間抜けヅラさらしちゃってさ。そんなに意外?』
 ダブリスは鼻で笑い、指一本動かすことなく搭乗しているエヴァに背中に背負った長大な武器を抜かせた。カヲルの愛剣を細身の長剣に例えるなら、こちらは両手持ちの大剣と言うべきだろう。エヴァですら一撃で両断できそうな巨大な刃が、日差しを受けて鈍く輝いた。
『アンタたちの動きは見切った』
 ダブリスが言うなり、彼女のエヴァと、付き従う5体の量産機が2機づつに分かれて突進してきた。レイとシンジの機体には量産機2体が、ダブリス自身は量産機1体を引き連れてカヲルに向けて襲いかかる。
「やらせないわ!シンジ君、渚君、行くわよ!!」
『わかった!!』
 レイの檄に、シンジが答える。だが、カヲルからの返事はなかった。その事をレイがいぶかしく思うよりも早く、無線にゲンドウの絶叫にも似た叫びが飛びこんできた。
『いかんっ!駄目だ!!退がれ、カヲルっ!!』
(え?いったい何を言っているの?お父さん)
 打ちこまれてくる量産機の猛撃をかわしながら、ゲンドウの不審な指示に疑問を抱いたレイはちらりとカヲルのモニターに目をやり…そして、あまりの事に絶叫した。
「いやぁぁぁぁ!!渚君!!」
 その隙だらけのレイの頭上に、量産機の攻撃が落ちかかる―


NERV本部 発令所

 ダブリスの姿―少女の外見に最も驚愕した人間は3人。そのうち2人は発令所にいた。
 ゲンドウと冬月だった。彼らは、ダブリスに長年胸のうちに抱いてきたある疑問の回答を見出したのだった。
「六分儀…あれでは」
 苦渋に満ちた冬月の言葉に、ゲンドウも焦慮で蒼白になった顔で肯く。
「えぇ…カヲルは…いや、<彼女>が戦えないでしょう」
 ゲンドウはそう言うと、カヲルに退避命令を出そうとした。しかし、ダブリスの攻撃はその前に始まった。


弐号機 エントリープラグ

 コクピットの中で、カヲルは呆然とダブリスの顔を見つめていた。顔は死人のように青ざめ、信じがたい想像を頭の中で反芻している。
(そんな…まさか!?いや、しかし…!!)
 その彼の呆然自失は、ダブリスと共に突進してきた量産機が、弐号機を押さえつけるまで続いた。量産機が組みついてくる衝撃でカヲルが我に帰ったとき、表情のない不気味な量産機の向こうに、大剣を振りかざしたダブリスが見えた。
「こいつごとボクを叩き斬るつもりか!?くそ、させるか!!」
 カヲルはハンドガンを量産機の腹に押しつけ、トリガーを絞った。鈍い衝撃と共に銃弾が量産機に叩きこまれる。だが、距離が近すぎた。銃弾は貫通するだけで、爆発しない。その傷で量産機を無力化する事はできなかった。
 それでも、いくらか力の弱まった量産機をはねのけるだけの余裕はできた。しかし、量産機を蹴り飛ばしてダブリスに向き直った瞬間、弐号機は凍りついたように動きを止める。
「…シンクロ率0!?そんな馬鹿な!」
 唐突に動きを止めた弐号機に、ダブリスの大剣がガントレットの審判のごとき容赦無さで振り下ろされる。
「どういうことなんだ、母さん!!」
 カヲルが絶叫したその瞬間、無線からダブリスの狂ったような笑い声が聞こえてきた。
「そうよ!それで良いのよ!!アンタがアタシにした事を少しでも覚えているのなら!!」
 それと同時に、ダブリスの大剣が弐号機を袈裟がけに叩き斬っていた。装甲板がひしゃげ、ちぎれ飛び、切っ先が内部の素体を引き裂いていく。血しぶきが飛び散り、ショックで弐号機は完全にその機能を停止して力無く大地に横たわった。
「ぐ…うぅ…くそ…」
 シンクロが途切れた事が幸いし、カヲルは弐号機に加えられた致命的な打撃のフィードバックを受けずに済んだが、それでも弐号機が地面に倒れこんだそのショックを食い止める事は完全にできなかった。全身に打撲を受け、口からはかすかに血がにじんでいる。
「なんてこった…やはり…そう言う事なのか。あの、ダブリスは…ボクの…」
 カヲルがダブリスの正体を確信すると共に、その意識は闇の中へ沈んでいった。その脳裏に、一人の女性の面影が浮かぶ。優しく微笑んでいる母、キョウコの…その面影が、憎悪に歪んだダブリスの顔に変化したその瞬間、カヲルの意識は完全に暗転した。


初号機 エントリープラグ

 その攻撃が防がれたのは、レイの力ではなかった。量産機の振り下ろした槍がまさに初号機の頭部を叩き割ろうとしたその瞬間、飛来した陽電子ビームがその2本の槍をまとめて折ったのである。至近距離で起きた対消滅反応爆発の強烈な衝撃波が初号機を揺さぶり、レイの意識を引き戻す。
「し、シンジ君!!」
 レイは叫んだ。それは、シンジの神業的な射撃の賜物だった。やはり2機の量産機に襲われ、防戦に追いこまれていた彼だったが、レイの窮地に気づいてとんでもない手段に出た。長大な陽電子狙撃銃を旋回させ、目で見ることなくレーダー情報と計算だけでレイを襲った量産機の攻撃を割り出し、それを阻止したのである。同時に自分に向かっていた量産機の槍を銃のストックと本体で受け止め、自分への攻撃すら阻止していた。
 代償として陽電子狙撃銃は修復不可能になるまで破壊されていたが、それだけの価値は十分にあった。
「ちょっと前に映画で見て、やってみたかったんだ」
 シンジは言った。口で言うほど簡単なものでは無かった事は、青ざめた顔を見れば一目瞭然だった。
「レイ姉さん、カヲル君は無事だよ!!それよりも目の前のそいつらを!!」
 シンジに言われ、レイは己の役割を思いだした。槍を失った二機は、背中から別の武器を引き出そうとしている。それを許すわけにはいかない。レイは跳躍した。
「やぁっ!!」
 上空から勢いを付けて振り下ろされたソニック・グレイブが、1体を文字通りの唐竹割りに叩き割った。さらに、レイは勢いを殺すことなく、強引に腕の軌道を変化させてもう一体の胴を薙ぎ払う。2体はほぼ同時に血煙を巻き上げて倒れた。
 そして、シンジもすばやく反応していた。槍が食い込んで使いものにならなくなった陽電子銃から手を離し、すばやく背中に背負っていたバレット・ライフルを引き出す。逃れようの無い至近距離から放たれたタングステン徹甲弾が作り出す横薙ぎの死の豪雨が、彼を襲っていた2体をまとめてぼろ切れに変えた。
「やった!!」
 レイが叫んだ。量産機8機全てを叩きのめしたのだ。残るはダブリスただ1体。そのダブリスは沈黙した弐号機を置き捨てて、ゆっくりとNERV本部へ向かおうとしていた。
「待ちなさい!!」
 レイはソニック・グレイブをダブリスに付きつけて叫んだ。
「それ以上は行かせない」
 シンジもバレット・ライフルに新しい弾倉をセットして狙いを付ける。その時、モニターにダブリスの顔が現れた。
『あら。まだまだ余裕があったようね。アタシの見積もりが甘かったわ。でも、アタシにはアンタたちと遊んでる暇は無いのよ』
「暇が無くても付きあってもらうわよ」
 そう言ってレイがダブリスに向けて走り出そうとしたその瞬間、足首を何者かが掴んだ。
「!こ、これはっ!?」
 恐怖と驚愕でレイの声が引きつる。初号機の足首を掴んでいたのは、撃破したはずの量産機だったのだ。破壊されたはずの傷口はふさがり、かすかに血をにじませているだけ。
「レイ姉さん!?…うわぁ!!」
 その復活した量産機を撃とうとしたシンジが、やはり復活した別の量産機に殴り飛ばされて倒れた。
「くっ、なんだよ、こいつらは!!」
 シンジは唸った。それは、最初にチルドレンと交戦してあっさりと撃破された3機だった。レイの脚を掴んだ奴などは、首をきれいに斬り飛ばしてやったはずの相手だが、傷口から新しい首が生えてこようとしていた。その気色の悪さにレイは思わず目を背けた。
「アンタたちとはソイツらが遊んでくれるわ。せいぜい楽しむのね」
「ま、待ちなさい…きゃぁ!?」
 レイが地面に引きずり倒された。ソニック・グレイブが手から離れて転がっていく。レイはすばやくプログレッシブ・ナイフを抜き出して量産機の手首を切断しようとした。しかし、ダイヤモンドすら豆腐のように引き裂くはずのプログレッシブ・ナイフの刃は全く相手の身体に通らなかった。
「!?…このっ!離しなさいっ!!」
 レイは焦ってナイフを何度も量産機に叩きつけたが、火花が散るだけだ。やがて、ナイフの刃にひびが入り、何度目かの一撃についに耐えきれずはじけ飛んだ。
「そ、そんな…」
 刃が跡形も無くなったナイフを呆然と見つめるレイに、じわじわとにじり寄って来た量産機が覆い被さった。鋭い牙の生えた口を開け、初号機に食いつこうとしている。レイは両手でその口を掴み、必死にその攻撃を食い止めようとした。
 一方、シンジも復活した3機の量産機に袋叩きにされそうになるのをかろうじて防いでいた。だが、残り4機もじわじわと復活しようとしていた。


The END OF EVANGELION "REPLACE" Vol.3
EPISODE:26 the Resurrection


NERV本部 発令所

 圧倒的優位に立っていたチルドレンたちが、一転して圧倒的な劣位に負いこまれる逆転劇を目の当たりにして、発令所の要員たちの間にも焦りの色が広がっていた。
「六分儀…あれは、あの量産機はいったいなんだ」
 どう見ても致命的としか思えない打撃を受けながら、まるでそんなそぶりも見せずに復活する量産機の非常識なまでの回復力に、冬月の顔色も白くなっている。ゲンドウは己の推測を述べた。
「再生能力を異常進化させた機体…でしょうな。<ゼーレ>の連中も、性能面でこっちのオリジナル・エヴァを超える機体を作るのは不可能だと知っていたはず。それを補うために…」
「ダメージを受けても即座に再生する能力を持たせた…というわけか」
 冬月が唸ったとき、リツコが挙手した。
「それだけではありません。最初に倒したときは、ソニック・グレイブで簡単に倒せた相手に、さっきはプログレッシブ・ナイフが通用しませんでした。ソニック・グレイブとプログレッシブ・ナイフはいずれも高速振動刃を応用した兵器で、間合いでは威力に大差ありません」
 この意見には、兵器の整備を担当する時田もおおいに肯く。
「私の推測ですが…あの量産機は自己進化機能を組みこまれている可能性があります。一度受けた攻撃を分析し、それに対処する能力を備えるように」
 そのリツコの言葉の意味するところを、聞いていた人間全員が悟るまで、しばらく時間がかかった。そして、その衝撃は今までに無く大きなものだった。
「それが事実なら…」
 ゲンドウが絞りだすように言う。
「あれは、量産機などではない。全く別のアーキテクチャーを利用して作られた、<エヴァではないエヴァ>だ」
 そう言った瞬間、凄まじい振動が発令所を揺さぶった。マヤが悲鳴を挙げて椅子から投げ出されかけ、間一髪飛びこんだ青葉に救われる。コンソールを掴んで衝撃をなんとかやり過ごした冬月は叫んだ。
「何事だっ!?」
「ダブリスです!奴が、地上部の外壁を…!」
 日向が報告する。ピラミッド型をした地上構造物が切り裂かれ、ダブリスの操る真紅の機体が内部へ侵入しようとしていた。
「ターミナル・ドグマへ通じる全ての隔壁を閉鎖しろ!!奴の狙いはそこだ!」
 冬月の指示に従い、青葉とマヤがコンソールを操作してNERV本部地下にある深さ十数キロの竪穴――ターミナル・ドグマに存在する数百の隔壁を閉ざしていく。
「レイたちは!?阻止できそうなの?」
 リツコが聞くが、ミサトは黙って首を振った。レイは辛うじて自分を捉えていた<量産機>から逃れていたが、シンジともども復活した5体の<量産機>に包囲されていて、ダブリスを阻止しうる位置には無い。カヲルの弐号機は相変わらず沈黙している。ゲンドウは決断した。
「リツコ、<ロスト・ナンバーズ>起動用意だ」
「父さん!ほんとうに<ロスト・ナンバーズ>を使うの!?」
 リツコの悲鳴のような質問に、ゲンドウは肯いた。
「奴を阻止できる可能性があるのはあれだけだ。…かまいませんね?司令」
「うむ。後はよろしく頼む、六分儀」
 冬月も肯いた。リツコは父の意思の堅さを知り、思わず苦笑する。
「そう…だったわね。父さんは昔からこうと決めれば梃子でも動かない人だったわ」
 そんな事は十五年前からわかっていたはずなのだ。そして、一度決めた道を、わき目も振らずに走りつづける男でもある、と言う事も。自分はそれだから父を恨んでいたのだ。
 だが、今は父のことを理解している。彼の決断に意味があることを知っている。リツコは真顔に戻り、復唱した。
「了解しました。技術部の総力を挙げて<ロスト・ナンバーズ>起動準備開始します」
「頼む」
 ゲンドウが頭を下げたとき、2回目の衝撃が発令所を揺さぶった。
 それは、ダブリスが最初の隔壁を突破した事を意味していた。


初号機 エントリープラグ

 レイを救ったのは、地面に落ちていたカヲルのハンドガンだった。もがいている最中に偶然それを見つけたレイは、すかさずそれを使って自分の足首を掴んでいた<量産機>の手を吹き飛ばした。
 さらに、残っていた全ての弾丸を容赦無く叩きこむ。頭部がはじけ、右腕が切断され、<量産機>は再び動かなくなった。
「はぁ…はぁ…」
 荒い息をつきながら、レイは弾丸を撃ち尽くしたハンドガンを持って立ちあがった。そして、すぐにソニック・グレイブを取り上げるとシンジを襲う3機に斬りかかった。この3機はまだ高速振動刃への耐性を得ておらず、レイの猛攻の前に蹴散らされた。
「シンジ君!大丈夫っ!?」
 叫ぶレイに、シンジはあえぎながら肯く。
「…なんとか。それよりも、まだ次が来るよ!!」
「くっ!!」
 レイはシンジに言われた通り、復活して襲いかかってくる<量産機>の猛撃を受け止めた。シンジもバレット・ライフルの先にプログレッシブ・ナイフを付けて銃剣のように変化させた。
 倒れている量産機は3機。一方、襲いかかってくるのは5機。しかも、最初に比べてパワーもスピードも格段に上がっている。
『なんなんだ、こいつらは…最初よりも強い!』
 シンジが銃剣で必死に<量産機>の攻撃をさばく。一方のレイも、斬り返すどころか防ぐので精一杯な有様に陥っている。例え攻撃したところで、耐性を身に付けてしまった<量産機>には通用しそうにない。
「リツコさん!こいつらには進化促進プログラムは使えないんですか!?」
 尋ねるレイに、リツコがかぶりを振った。
『駄目よ。彼らは第十一使徒や第十三使徒と違って常時進化しているわけじゃないから、撃ちこんでも次の攻撃をより完全に防げるように進化するだけよ!』
 リツコの返答に、レイは絶望的な気持ちになった。S2機関やダミープラグなどの急所を突けば沈黙に追い込めるはずだが、もともとそうした場所は固く守られていて、容易に貫けるものではない。
(もう…体力が限界に近い…このままじゃ…)
 霞のかかったような意識の中、レイは本能だけで武器を振るい続ける。だが、その抵抗もいつまでも続けられるものではない事はわかっていた。



 夢…夢を見ている。
 カヲルにはそれがわかった。なぜなら、それはありえないはずの記憶。
「二人とも、遠くへ行っては駄目ですよ」
 笑いながら言うのは、母―惣流キョウコ・ツェッペリン。その横に座っている男性は…おそらく父だろう。顔が見えないのは…見たことがないからだ。
「はーい、ママ!!」
 答える愛らしい声。それは、カヲルが手を繋いでいる3〜4歳の少女が発したもの。母に良く似た、幼いながらも利発そうな顔立ち。手には小さなサルのぬいぐるみを持っている。カヲルは、この少女が間違いなく自分の妹である事を知る。
「お兄ちゃん、行こうっ!!」
 少女が呼びかけてくる自分もまた、幼い頃の姿…やはり3〜4歳か。
「あ、おい、まてよ!」
 自分を引っ張る妹に引きずられ、カヲルは走り出す。そして、カヲルはそこがドイツ支部のあるジオフロント<レーヴェンスボルン>の中に設けられた公園である事を思いだした。昔、自分があの世界で一番気に入っていた場所だ。
 その中でも特にお気に入りだった地底湖のほとりに、カヲルはやってきた。懐かしい光景に思わず目を細めたその瞬間、全身に冷たい水が浴びせられる。
「うわっ!?」
 驚くカヲルは、妹が波打ち際まで踏み込んで自分に水を浴びせてきた事を知った。
「あはははははっ!お兄ちゃんったらなっさけないの〜」
 自分の驚き振りがよほどおかしかったのか、お腹を抱えて笑う妹に、カヲルは猛然と水を浴びせかける。
「きゃっ!?」
「やったな、こいつめ!これでどうだっ!」
「あははっ!まけないもん!!」
 二人は水を浴びせ合う。やがて、追い付いて来た母が、二人の様子を見て呆れたように、それでいて楽しそうに笑った。
「あらあら…駄目じゃないの、二人とも…そんなにびしょ濡れになってしまって…着替えを出すからこっちへいらっしゃい」
「「はーい!!」」
 湖岸を母に向かって兄妹は走っていく。
(そうだ…これも一つの可能性…いや、本来あるべき世界。ボクは…ボクたちは…こうして生きていけるはずだったんだ。本当なら…)
 カヲルは脚を止めた。母が怪訝そうに言う。
「どうしたの?カヲル」
 その問いに、カヲルは独白するように答えた。
「間違っている…」
「え?」
 意味がわからない、と言いたげな母に、カヲルは顔を上げてきっぱりと答えた。
「間違っている。この世界は間違っているよ!」
 妹が悲しそうな顔になる。
「お兄ちゃん、どうしてそんな事を言うの?」
 カヲルは答えた。
「だって…ボクはお前の名前も知らないじゃないか…!」
 その瞬間、妹は消え去った。それだけではない。回りの風景の全てが闇に閉ざされ、スポットライトを当てられたようにカヲルとキョウコだけがその世界に残る。
「そうね…確かに今のは夢。あなたと…そして何よりも私が望んだかなう事のない夢」
 キョウコが言った。
「母さん…」
 カヲルが抱いている疑問を問おうとしたとき、キョウコはそれを制するように手を挙げる。
「あなたの言いたい事はわかっているわ、カヲル。なぜ、あの娘がああなってしまったのか。それを聞きたいのね?」
 カヲルは肯いた。同時に、今の母の言葉は、カヲルが抱いていた別の疑問に完全な答えを与えていた。
「あの娘がああなってしまったのは…全て私の罪。私はあの娘を守ろうとして、かえってあの娘を傷つけてしまった。取り返しのつかないほどに」
 悲しみに満ちたキョウコの言葉の一つ一つが、カヲルにキョウコと娘にまつわるあまりにも悲しい行き違いの記憶を伝えてきた。カヲルは思わず涙していた。
「だから…あの時、母さんはあの娘を攻撃しようとするボクとのシンクロを切ったのか。あの娘を傷つけず、ボクをも守るためにはああするしかなかったと…」
 カヲルの疑問にキョウコは肯く。
「私だけが傷つけば…それで二人が守られるのなら」
 だが、そのキョウコの言葉をカヲルは否定する。
「それも間違いだよ、母さん。それではなんの解決にもならないよ。ボクたちがやらなきゃいけないのは、あの娘を救う事だ」
 カヲルの言葉にキョウコは肯く。
「そうね…もう、逃げるわけにはいかないわね。これ以上あの娘に罪を重ねさせないためにも」
「ああ。でも、どうしたら救ってあげられる?どうしたらあの娘を解放してやれる?どうしたら良いんだ?母さん」
 カヲルのいらだったような言葉に、キョウコは答えた。
「一つだけ…手があるわ。あの娘が人である事をやめた日に捨て去った名前…その名で、あの娘を呼んであげて」
 そして、キョウコはその名と、由来をカヲルに告げた。
「それが…ボクの妹の名前」
 カヲルはキョウコから教えられた名前を何度も反芻した。
「わかった、母さん。ボクたちも…行こう」
 キョウコは力強く、迷いを振りきった表情で肯いた。同時に、世界に光が差し込み、二人はその方向へ向けて歩いていった。


初号機 エントリープラグ

 何度も相手の攻撃を受け止めてきたソニック・グレイブがついに耐久力の限界を超え、甲高い異音を発して折れ砕けた。二本の短い棒になってしまったそれを投げ捨て、レイはプログレッシブ・ナイフを抜く。だが、今や<量産機>の全ては幾度となく彼女に斬られ、突かれた結果、高速振動刃への耐性を身に付けている。効力を失ったこんな武器でどこまで抵抗できるかどうかは疑問だ。
 シンジも、弾を撃ち尽くし、棍棒代わりにするしかなくなったバレット・ライフルを構えてはいる。しかし、<量産機>はいまや8体全てが復活し、あの槍を振りかざして、二人にとどめを刺さんとしている。
「シンジ君…大丈夫?」
 レイが聞くと、シンジは荒い息を付きながらも笑みを浮かべて返してきた。
『まだ生きているよ』
「そうね。まだ生きているわね」
『生きているうちはまだ戦えるさ』
「うん。勝ち目がなくても…やるしかないよね」
 間もなく最後の攻撃が始まるだろう。そうなれば、二人には万に一つの勝算もあるまい。それでも、戦うのをやめるつもりはない。
一瞬、<量産機>の群れがざわめいた。来る…!と二人が身構えた瞬間。
 空間を切り裂いて飛来した火線が1体の<量産機>の右胸部を撃ちぬいた。甲化した体表面が砕け散り、真っ赤な何かの破片が飛び散る。それは、間違いなくS2機関の破片だ。
「か、カヲル君!!」
 シンジが歓喜の叫びをあげた。そこには、バズーカを構えた弐号機が力強く立っていたのである。その砲口が火を吹き、もう1体のS2機関をきれいに吹き飛ばした。


NERV本部 発令所

「弐号機、再起動!!パイロットの生命に別状なし!!シンクロ率、199パーセントで安定!!」
「ダメージが回復しています!!」
 オペレーターたちの報告が響き渡る。
「カヲル!無事なの!?」
 ミサトの問いに、カヲルが答える。
『ボクは大丈夫です!!それより、彼女は…ダブリスは!?』
「ダブリスなら、セントラル・ドグマの隔壁を破壊しながら地下へ侵攻中よ…カヲル、何を!?」
 ミサトの言葉を最後まで聞かず、カヲルはダブリスの後を追って駆けだしていた。彼が倒した2体の隙間をぬって、兵器庫ビルに取りついたレイとシンジも驚いた様子で見守る。
『ボクが彼女を止めます!!綾波君、シンジ君、あいつらの弱点は右胸部だ!!バズーカか、スイッチを切ったスマッシュ・ホークで力任せに殴れば仕留められる!!』
 有無を言わせない口調のカヲルが、ダブリスの開けた穴から本部へ突入していく。それを見送っていたレイとシンジも、彼の良い残した言葉の要点だけは聞いていた。
「なんだかわからないけど…」
「カヲル君の邪魔をさせないように、僕たちであいつらを倒す!!」
 姉弟は肯き合うと、それぞれの得物を手に取った。
「今度こそ、生き返れないようにしてあげるっ!!」
 二人は突進した。
「カヲルめ…何かをつかんだようだな」
 冬月は唸った。その顔には、さっきまでの絶望感はなく、微かに笑みを浮かべている。
「あいつを信じるぞ。今、ダブリスはどこにいる?」
 冬月の質問に、青葉が答える。
「現在、最後の隔壁を破壊中!間もなくターミナル・ドグマに侵入します!」


NERV本部 セントラル・ドグマ―ターミナル・ドグマ境界域

 戦艦の装甲を上回るほどの頑丈さを持つ隔壁が砕かれ、こじ開けられて、とうとうダブリスとターミナル・ドグマを隔てる壁は全て取り払われた。
「ここに…アタシの望むものがある」
 無限の彼方まで続いているかのように思える巨大な竪穴を前に、ダブリスは凄絶とすら表現できる笑みを浮かべた。
「さぁ…行くわよ」
 そして、彼女はためらうことなく、その何もない空間に脚を踏み出す。だが、いったいどうやっているのか、重力の法則を無視して彼女はゆっくりと竪穴を降下していく。
 いままで、いかなる使徒も踏み込む事がかなわなかったNERVの聖域。そこが、今まさに世界の命運を賭けた最後の戦いの戦場に変わろうとしていた。

(つづく)

次回予告

 閉ざされた世界の中心…それが、全ての運命を決する戦いの舞台となる。運命に呪われた少女と、自らに呪いをかけた男が出会うとき、12000年に及ぶノアの呪縛を巡る物語は一つのクライマックスを迎える。
 次回、新世紀エヴァンゲリオンREPLACE 第弐拾七話
「世界の中心でアイを叫んだけもの」


あとがき

 いよいよ、REPLACEもあと僅かとなりました。予定では全29話と考えていたのですが、どうやら28話におさまりそうですので、あと2回ですね。他には最終回までの世界設定もありますが…まぁ、これは数にいれるべきではないか。
 ゴールが次第に見えてきた事で、ここで語るべき事も少なくなってきました。今はただ、書き進めるだけです。これが一番むずかしいんですけど。
 では、あと少しですがもうしばらくお付き合いください。
2001年晩秋 出張先にて さたびー拝



さたびーさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

>「これが、最後の戦いとなる。世界の全てを託すなどと言う事は言わん。ただ…」
>冬月は一旦言葉を切った。
>「生きて帰れ。ワシの命令は…いや、願いはそれだけだ」

むうっ!?正に決戦前の王道セリフっ!!?
やっぱり、これ的なセリフは燃えますよねっ!!

>『へぇ…少しはやるようじゃない。でも、アタシには通用しないわ』
>「誰だ?」
>「まさか…最後の使者!」
>『ピンポォン。正解よ』

なぁ〜〜んか、ラスボスにしては威厳が足りない口調ですね(笑)
でも、これはこれで不敵さの表れにもなりますから、実際に戦っている者達にとっては余計に恐怖かも。

>「いやぁぁぁぁ!!渚君!!」
>その隙だらけのレイの頭上に、量産機の攻撃が落ちかかる―

咄嗟にカヲルの名前を叫んだと言う事は・・・。
やっぱり、レイはカヲルにラブと言う事なのかな?
でも、まだ名字の段階・・・。シンジ、お前にもまだチャンスはあるはずっ!!(^^;)

>「どういうことなんだ、母さん!!」
>「そうよ!それで良いのよ!!アンタがアタシにした事を少しでも覚えているのなら!!」

やっぱり、アスカ(推定)はカヲルに立場と出番を奪われた事を怨んでいるのでしょうか?(爆)



<Back> <Menu> <Next>