ジオフロント 第七ゲート
頭上から砲声が響いてくる。サブマシンガンを提げたNERVの歩哨2人は落ち着かない表情でその轟音を聴いていた。
「…大丈夫なのかな。奴等が侵入してきたら支えきれないぜ」
1人が不安そうに言う。この2人は保安部員ではあったが、警務課に属しており特殊戦闘訓練は受けておらず、NERV内部の警察権を行使する存在だった。当然、戦争に対する心構えはない。
「そうなったら逃げるしかないな…」
相棒が答えた。実際、彼らにはそれ以外の選択肢はなかっただろう。だが、彼らにはそれを実行するチャンスすら与えられなかった。
突然、音も無く彼らの後ろに忍び寄った黒い影が、歩哨達の首を押さえるとコンバット・ナイフで頚動脈を深々と切り裂いた。笛の鳴るような音を立てて、血飛沫が飛び散る。
ものも言わず崩れ落ちた2人の死骸を放り出し、黒いステルス・戦闘スーツに身を固めた襲撃者が合図をする。同時に、物影からそれ自体が分離するように同じ様な格好をした者達が進み出る。
彼らはハンドサインで声を立てずに手順を確認し、素早く散開して目的地へ向かった。戦略自衛隊最強の特殊部隊、<シャドウ・ダンサー>がジオフロントへの侵入を開始した瞬間だった。
流血の第三幕はこうして始まる。
新世紀エヴァンゲリオンREPLACE
第弐拾伍話
「Air」
NERV本部 発令所
突然鳴り響いた激しい警報は、国連太平洋艦隊の戦闘加入による戦自前衛戦力の壊滅と、それに伴う進撃停止と言う報告に安堵の空気が流れていた発令所に再び緊迫をもたらしていた。
「何事だ!?」
大声で怒鳴る冬月に、青葉が答える。
「第七ゲートの警備員より死亡信号!応答しません!モニターを切り替えます」
NERV職員のIDカードには、持ち主の生命反応が途絶えると自動的に信号を発する機能が組み込まれている。これにより、緊急時隊の発生が察知できるのだ。青葉が第七ゲートのモニターを呼び出すと、床に倒れて動かない歩哨達の横を、黒ずくめの兵士たちが走っていくのが見えた。そのうちの1人が立ち止まり、カメラに銃を向ける。閃光と共に画像はサンドストームに切り替わった。
「くそったれ、<シャドウ・ダンサー>か!何でこの状況下で侵入してくるんだ!!」
加持が叫んだ。悪名高い<シャドウ・ダンサー>の名前に、ミサトや青葉、日向の顔に緊張が走る。
「…地上部隊と連携しないとはね…すると、まずいことになるわ。司令、上部フロアの非戦闘員を全員セントラル・ドグマに退避させる命令を。連中、おそらく出会うNERV職員は皆殺しにする気です」
「どういう事だ?」
ゲンドウの質問に加持が答えた。
「NERVの職員は14000名。奴等の戦力は多く見積もっても2000。その人数で捕虜を取ったりしていたら、監視に人を取られて先に進む戦力が無くなる。だから、途中で出会うものは皆殺しにする…そう言う事です」
言うと、加持は発令所の武器ラックを開け、防弾ベスト、アサルトライフル、コンバット・ナイフ、アーミーショットガンなどの武装を取り出し、素早く装備し始めた。
「てっきり、地上部隊の侵攻に合わせて来ると思っていたんですがね…単独で来るとは意表を突かれました。ですが、連中は生かして帰しゃしません。私が前線で直接指揮を執ります」
冬月が頷いた。
「わかった。頼んだぞ、加持君」
やがて、装備を整えた加持は無線機を取り出しながら言った。
「了解…こちらアルファ・リーダー。各チームリーダー、受信しているか?」
『こちらベータ・リーダー。コピー』
『こちらチャーリー・リーダー。感度明瞭』
『デルタ・リーダー。オーライ』
『エコー・リーダーです。いつでも出れます』
加持は素早く敵の侵入状況を見て取ると命令を下した。
「ベータは五番搬入路、チャーリーは南ハブステーション、エコーは予備だ。俺の指示に従って手薄なところの援護に向かえ。アルファとデルタは俺が直卒して第七ゲートから台場山トンネルを抑える。状況はQ−5。火力使用制限無しだ。悪党どもを徹底的に始末しろ!!」
『イエッサー!!』
指示を終えると、加持は発令所を出て行こうとした。そこに、リツコが声を掛ける。
「加持君!!」
「ん…なんだい、りっちゃん」
振り向いた加持に、リツコが顔を赤くして言った。
「…死なないでね。約束よ」
加持は親指を立てた右拳を突き出し、ウィンクしてみせた。
「当然だ。りっちゃんを置いていくものかよ」
恋人に勝利を誓い、加持は発令所を去って行った。警報鳴り響く廊下で、アーミーショットガンの安全装置を解除して初弾を薬室に送り込み、その手応えに口笛を吹きながら彼は言った。
「さて…連中に戦争のやり方を教えてやるとするか」
ジオフロント外縁部 台場山トンネル出口
<シャドウ・ダンサー>の先鋒部隊は第七ゲートから続くトンネルを抜け、一気にジオフロントへの突入を果たそうとしていた。ここからはNERV本部の建物までほんの数百メートルという近さである。
「…異常無し」
斥候が送ってくるハンドサインを見て、隊長は頷くと「突撃」の合図を送った。二百名を越える隊員達が一気に外へ飛び出そうとしたその瞬間。
ポスッという軽い音が連続して響き渡り、次の瞬間続けざまに発生した爆発が隊員をなぎ倒した。既に到着していた加持以下のNERV保安部特殊部隊が一斉射撃を開始したのである。第一撃のグレネード・ランチャーに続いて重機関銃が腹に響く重低音と共に火線を吹き伸びさせ、<シャドウ・ダンサー>を薙ぎ倒す。
先制攻撃を受けて混乱したとは言え、<シャドウ・ダンサー>もプロである。すぐに散開し、加地達が潜む森へ向けてロケットランチャーを放つ。森の中で爆発が起こり、保安部員達が吹き飛ばされた。火線が弱まり、好機と見た隊長が再度突撃をハンドサインで命じる。
「敵前で目立つ事をするな。阿呆が」
その瞬間、立ち上がった加持のアーミーショットガンが火を吹き、無数の散弾が隊長を一撃で襤褸切れに変えた。血飛沫を巻き上げて倒れる隊長を見て副長が指揮を引き継ごうとするが、それも察知した加持に上半身を吹き飛ばされて倒れた。
目に見えて混乱し始めた敵に、加持は容赦無く攻撃命令を下す。攻撃を弱めていたのは擬装だったのだ。再び強化された火力が<シャドウ・ダンサー>の隊列を分断し、千々に引き裂いていく。
(おかしいな…どうも抵抗が弱過ぎる)
本部に近いここに主力が来ると読んで2チームを引き連れてきた加持だったが、予想外の敵の弱さに却って不信感を抱いた。数が二百と言うのも解せない。既に半数以上が討ち取られ、残りもじわじわと撤退している。
(…まさか!?)
加持が一つの可能性に思い当たったその瞬間、通信機が激しく鳴り響いた。
「アルファ・リーダーだ!状況を知らせろ!」
加持が怒鳴るようにして言うと、第七ハブステーションの守備に向かったチーム・チャーリーの羽黒一尉が叫んだ。
『こ、こちらチャーリー・リーダー!こちらに向かってきた敵兵力は推定1500!大兵力だ!繰り返す。だいへ…』
そこで通信が切れた。加持は慌ててチーム・ベータの三隈二尉を呼び出す。
「アルファよりベータ!状況を知らせろ!」
『ベータです!やられました。こっちに向かってきたのも少数です!陽動でした!第七が本命です!!』
加持は通信機の周波数を全帯域に合わせて怒鳴った。
「モニターしている部署は良く聞け!こちら保安部の加持だ!!第七ハブステーション方面から敵の主力が来る!!すぐに駆け付けるが、周辺の非戦闘員は直ちに避難しろ。繰り返す!第七ハブから先の非戦闘員は後ろに目をくれずに逃げろ!」
通信を切ると、加持は部下達を見た。
「行くぞ!戦場マラソンだ。遅れずについて来い!!」
加持と彼が率いる部下達は本部へ向かって走り出した。
本部―第七ハブステーション間通路
第七ハブステーション。地上の第三新東京市にある6つのハブステーションに次ぐ7つ目のハブステーションで、市営地下鉄や小田急などの地上の鉄道から続くNERV専用路線が集合している大きな駅である。
本部との距離は1キロ近くあるが、動く歩道やミニリニアカーなどで結ばれており、多数の人間が一度に通るには都合のいい場所だ。
無論、戦自の侵攻開始と同時に駅はシャッターで閉鎖され、全ての交通機関は運行を停止し、動く歩道も止まっていたのだが、<シャドウ・ダンサー>はシャッターを爆破し、一気に本部へ向けて殺到してきた。
「チャーリーはやられたか…加持部長が駆け付けるまで何とか支えるぞ。撃ち方はじめっ!!」
チーム・エコーの鹿島二尉が叫ぶ。周辺の警務課の保安部員も合流し、120名ほどに増えた守備側が一斉に射撃を始めた。敵の先頭が銃弾を受けてもんどりうつように倒れる。
「その調子だ!行け!」
鹿島二尉は自らも引き金を引きながら、味方を鼓舞するために叫びつづける。しかし、敵は10倍以上の数がいる。撃っても撃っても相手が減った様子はなかった。
それでも、頑強な抵抗に業を煮やしたのだろう。<シャドウ・ダンサー>の中からボンベのようなものを抱えた連中が走り出し、一斉に何かを構えた。
「…火炎放射器か!?くそ、伏せろ!息を止めろ!!」
鹿島が叫ぶと同時にその命令を実践しようとするが、他の保安部員達は反応が遅れた。その瞬間、火炎放射器のノズルから二千度の炎が噴き出し、NERV側に襲いかかった。
「ぐわぁっ!?」
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
炎に包み込まれた保安部員達が死の舞いを舞って倒れていく。<シャドウ・ダンサー>は容赦する事無く、じりじりと前進しながら炎を吹き付けた。火災ベルが鳴り響き、天井のスプリンクラーから水が噴き出すが、あまりの火勢に全く効果を上げていない。
たっぷり五分は放射を続けた火炎放射班が攻撃を中止した時、そこには地獄が広がっていた。焼け爛れた死体が、苦悶のうちに死んでいったその姿勢のままで転がっている。
「…進め!」
しかし、そんな惨状を見ても表情を変える事無く、<シャドウ・ダンサー>たちは焼死したNERV保安部員達を蹴散らすように先へ進もうとした。その時だった。
「…行かせるか!」
突然、死体の一つが起き上がり、火炎放射兵の1人にしがみついた。鹿島だった。いち早く床に伏せたため、致命的な炎の直撃を避けられたのだ。しかし、背中は重度の火傷を負い、もはや戦う事は出来そうも無かった。
「くそ!?」
彼に抱き付かれた戦自兵がナイフを抜いて鹿島にとどめを刺そうとし…凍り付いた。鹿島は手に手榴弾を握っていたのである。
「死なばもろともよ…手前らなんぞに人類の明日は渡せねぇ!!」
その瞬間、手榴弾が爆発して鹿島と戦自兵の肉体は粉微塵になって消し飛んだ。そして、火炎放射器のボンベに誘爆して大爆発へ発展する。通路は灼熱の劫火に包まれ、爆風は駅にまで吹き寄せて停車していたリニアカーを横転させた。
だが…猛火の中に黒い影が浮かび上がり、それはたちまち無数に増えてNERV本部へと侵入を開始した。保安部員の文字通り捨て身の防戦をもってしても、<シャドウ・ダンサー>を完全に止める事はできなかったのだ。
本部上層部の非戦闘員達は、完全に退避を完了してはいなかった。
NERV本部 発令所
「セントラルドグマ第2層まで全隔壁を閉鎖します!非戦闘員は第87経路を使って避難して下さい!繰り返します…」
日向がアナウンスしながら、次々と隔壁閉鎖命令を打ち込んでいく。彼がコマンドを打つたびに、通路内の隔壁が次々としまってゆき、既に<シャドウ・ダンサー>に制圧された第1層と繋がる最後の隔壁が閉じる…が、その隔壁が直ちに爆破された。
「地下第4隔壁突破。第2層に侵入されましたっ!!くそ、使徒よりもずっとタチが悪いよ!!」
日向が毒づく。
『第4グループ応答なし!』
『67電算室、連絡不能!』
『48番のリニアレール使用不能!』
さらに、第2層で野放図に破壊を繰り広げる戦自。青葉はコンソールの引き出しを開け、自分のサブマシンガンを取り出すとコンソールの上に置いた。
「無理も無いぜ。兵力が違い過ぎるからな…マコト、受け取れ!」
さらにもう一丁取り出し、日向に向かって投げる。振り向きもせずそれを受け取った日向はコンソールの横にそれを立て掛け、オペレーティングに集中する。
「マヤちゃんはこれを。使い方は分かるよな?」
青葉がマヤに差し出したのは、女性用の小型拳銃だった。無いよりはマシと言う程度の武装だったが、マヤは首を振った。
「ダメ…そんなの使えない!相手は同じ人間なのに!」
その様子を見て青葉は怒鳴った。
「ばかやろう!向こうはそう思っちゃくれないぞ!生き残りたかったら戦うしかないんだ!!」
しかし、その声はマヤには逆効果だった。びくりと体を震わせ、いやいやと首を振るマヤに、 溜息をつくと青葉は言った。
「わかった…無理に戦わなくてもいい」
え?と言うように顔を上げるマヤ。青葉はマヤに差し出していた拳銃をポケットにねじ込み、親指を立てて拳を突き出しながら言った。
「代わりに俺が君を護ってやる。俺の後ろにずっとついているんだ…良いな?」
「は…い…」
マヤがぼうっとした声でうなずく。青葉はマヤを安心させるように笑ってみせた。その時だった。
「あら…こんな時にプロポーズ?青葉君も意外と大胆ね。まぁ、こんな時だからこそ言っておかなきゃ後悔するのかもしれないけど」
ミサトが言った。青葉とマヤの顔が真っ赤になる。
「か、か、かかかかか葛城さんっ!?こんな時に何を言っているんですか!俺はただ…」
慌てふためく青葉に、さらに追い討ちを掛ける声がする。ゲンドウだった。
「良いではないか。仲人ならいつでも引き受けるぞ」
「ふ、副司令まで…」
青葉がうめく様に言うと、発令所内に笑いが広がった。やや空気が和らいだ事を察知し、ミサトとゲンドウは視線を交わして頷く。少し緊張を解かなければ士気に影響すると判断しての行動だった。
しかし、情勢はさらに不利になりつつあった。
「第2層、制圧されました。やはりこちらに対する無差別射殺命令が出ています。第3層への隔壁は閉鎖していますが…爆破は時間の問題です」
日向の報告に、ミサトは眉をしかめる。
「…第二層に取り残されたこちらの要員は?」
ミサトの質問に日向は沈痛な表情で答えた。
「約200名…ただし、全員死亡信号を出しています。奴等に射殺されたものと…」
ミサトはその答えを聞き、一瞬瞑目するように手を目に当てたが、すぐに顔を上げて命じた。
「85番の通路を除いて、全ブロックに硬化ベークライトを注入。急いで」
万が一、NERV側の生存者がいれば…彼らを巻き添えにし、また殺害されたものの死体回収も事実上不可能になる過酷な命令だったが、ミサトは断固として命令を下した。85番を開けておくのは、敵をそこに追い込むと共に、いずれ駆け付けてくるはずの加持たちを迎え入れるためでもある。
「了解」
日向が頷き、幾つかのボタンを押した。頭上から微かな轟音が響き始めた。
NERV本部第2層
通路の壁に開けられた通気口から、茶色い硬化ベークライトが滝のように流れ落ちる。それはたちまち嵩を増し、通路をねっとりした流れが覆っていく。その中に無数のNERV職員の遺体が浮かんでいたが、通路全体を覆い尽くす硬化ベークライトに飲まれて見えなくなっていった。
「くそ、NERVの連中め!俺達を溺れさせる気か!」
「向こうの通路だけは無事だ!そこへ急げ!!」
背後から迫る硬化ベークライトの洪水を避け、<シャドウ・ダンサー>たちが85番通路へ走る。その出口にミサトは警務課の武装要員の大半を集中させていた。
戦自の本部突入以降、はじめてNERV側が主導権を握り返そうとしていたかに見えた。85番通路を閉ざす隔壁を爆破し、第3層へ突入しようとした<シャドウ・ダンサー>だが、そこにはソファや自動販売機を積み上げたバリケードに篭るNERV警務課の武装要員達が待ち伏せていたのである。
個々人の戦闘力では圧倒的に警務課を上回る<シャドウ・ダンサー>も、通路の出口で一度に10名ほどしか出て行けない状態では、待ち受ける100名近い警務課の集中射撃で蜂の巣にされるだけである。
「いいぞ…このまま特殊戦闘隊が駆け付けるまで粘れば我々の勝ちだ!」
指揮を執る警務課長の大声に、勇気づけられた警務課員たちがサブマシンガンを撃ちまくる。だが、次の瞬間、<シャドウ・ダンサー>は信じられない行動に出た。
「撃つのを止めろ!NERVの諸君!さもなくば彼らの命は保証しない!!」
その情景に、警務課員達は凍り付いた。逃げ遅れたのか、数名の女子職員がこめかみに銃を突き付けられた状態で前に出て来たのである。
「ひ、卑怯な!貴様らそれでも人間か!?」
警務課長が激昂して叫ぶが、<シャドウ・ダンサー>は全く動じない。そして、「撃つのを止めろ」と命令するだけでそれ以上の要求を出す事はなかった。実際、撃てば人質も巻き添えにしてしまうだけに警務課員達は思考停止状態に陥り、どうすれば良いのかわからなくなっていた。
そして、それが彼らの命取りとなった。射撃が停止している間に、配置に就いたロケットランチャーが発砲し、警務課員の篭るバリケードを吹き飛ばしたのだ。すかさず、<シャドウ・ダンサー>が人質を投げ捨てて突撃する。「人質」の背中には無数の銃痕が穿たれていた。既に、殺されていたのだ。
「プロ」と「アマ」の違いが最悪の形で現れ、NERVの最後の拠点は突破された。発令所そのものが戦場と仮すのも時間の問題だった。
The END OF EVANGELION "REPLACE" Vol.2
EPISODE:25 Fire Storm
NERV本部 発令所
「最下層のオペレーターは全員MAGIステージへ退避!武装を取って!」
ミサトは指示を出しながら歯噛みしていた。自分が直接指揮を執れば良かったのだ。そうすれば…
いや、私がいても、警務課員達に人質ごと撃てと命令したところで聞いてくれたかどうか…やはり無理かもしれない。
幸いといっては変だが、発令所はかなり守りやすい構造になっている。ここを最後の拠点として粘るしかないだろう。ただし、ここから先へは引けない。MAGIを奪われるわけにはいかない。
「葛城さん、全員配置に就きました!」
日向が報告する。数少ない戦闘訓練を受けた要員である彼と青葉はオペレーティングを他の要員に任せて銃を取っている。
「わかったわ。加持君が来るまで何とかするわよ…良いわね?」
ミサトの言葉に日向は頷いた。
「ええ。どんな危険な場所だって、貴女となら、どこまででも…付いていきますよ」
「頼りにしてるわよ」
ミサトの返事に、日向は苦笑した。
(遠回しのプロポーズのつもりだったんだけどな…シゲルみたいにもう少しこっちが主導権を取るような台詞にすりゃ良かったか?)
その時、最下層の扉が爆破され、楯を持った敵兵が乱入してきた。幸いにも向こうもここの重要性を意識しているらしく、ロケットランチャーや火炎放射器など問答無用な重火器の類は所持していない。
「撃て!」
ミサトの命令で、NERV側の応戦が始まった。銃を手にしたオペレーター達がコンソールの影に身体を潜め、時々身を乗り出しては撃つ。ミサトも愛用のグロック17を抜き、立て続けに発砲した。不用意に楯の影から身を乗り出した敵兵が、顔面を砕かれてのけぞるように倒れるのが目に入る。
「日向君、マガジンくれる!?」
ミサトは一弾倉撃ち尽くして叫んだ。敵はまだまだいる。
「どうぞ!」
日向が予備弾倉を投げてよこした。ミサトはそれを受け取り、素早く再装填し、スライドを引いて初弾を薬室に送り込みながら言う。
「で、日向君」
発砲。また一人倒れる。
「なんですか?葛城さん」
日向もサブマシンガンを撃ちまくる。
「こんな時になんだけど…私としてはもうちょっと、私をリードしてくれる男性が好みなんだけど」
発砲。今度は外した。日向は答えない。
「わかる?」
「…わかりました!あなたの命令とあらば!!」
日向は答えると、さらに威勢良く銃弾をばらまき始めた。その勢いに辟易したのか、戦自の前線が少し下がる。
(分かってないわね…)
ミサトは苦笑した。
一方、司令席では、青葉のオペレートを代行するゲンドウと、拳銃を手に時々発砲しながら指示を出す冬月が会話していた。
「司令、ミサトと日向君の仲人ですが…」
「譲る気はないぞ」
「…言い切りますね。まぁ、ミサトは私の娘みたいなものですし、親が仲人をするのも変ですか…」
「はっはっは、娘が多いと大変だな」
「全くです」
「しかし日向君は絶対に尻に敷かれるな。そう思わんか?」
「全くです」
2人は余裕だった。優位を確信していた。既に、戦自の攻勢はなりふり構わないものになっているが、それだけ連中も追い込まれているという事である。
そして、遂に膠着状態が破られた。
突然、<シャドウ・ダンサー>の隊列が乱れる。後ろから激しい射撃を浴びているのだ。さらに手榴弾も投げ込まれ、爆発と共に吹き飛ばされた兵士が絶叫しながら手すりを越えて落下して行く。
発令所の攻防戦は唐突に終わった。外からはまだ銃声が響いているが、それも次第に遠ざかっている。
「…加持君!」
リツコが、薄れつつある硝煙の中から現れた人影に走り寄った。
「約束通り帰って来たぜ」
加持はリツコを抱き止めてそう言うと、冬月に向き直り、敬礼した。
「…遅くなって申し訳ありませんでした、司令!」
冬月も立ち上がり、姿勢を正して答礼した。
「ご苦労だった、加持君。状況は?」
「は、第3層に入り込んだ敵部隊ですが、隔壁を降ろして迷路化した地区に追い込んでから少数に分断、各個殲滅しました。もう安全です。とはいえ、陽動に引っかかって敵にここまでの侵攻を許した事に関してはお詫びのしようも無い私の失態です」
加持はうつむいた。冬月は頷くが、強い意思を込めて答えた。
「責任問題は後回しだ。状況を整理しよう。敵の様子はどうか?」
オペレートに復帰した日向が素早くコンソールを叩いて答える。
「侵入部隊…台場山、第五搬入路の200づつと、本部へ侵入した1500は全滅です。地上の部隊ですが、先ほど国連太平洋艦隊から艦載機と巡航ミサイルによる第二波攻撃を受け、完全に現地に釘付けです」
「軍事力による侵攻は山場を越えたようだな」
ゲンドウが言った。
「はい。向こうの残存兵力ではこれ以上こちらへの侵攻は無理でしょう」
日向も自分の推論を述べた。関東・東海以外の地方から部隊を呼び寄せるにしても、新手の敵が現れるまで3日はかかるだろう。それまでに全ては終わっているはずだ。
だが、1人だけ首を傾げている人物がいた。ミサトだった。その様子に気づいたリツコが声を掛ける。
「…おかしいわね。<シャドウ・ダンサー>の兵力は2000。でも、ジオフロントに侵入してきたのは1900。100足りないわ。その100は一体どこへ…」
「常識的に考えれば、何か重要な場所の襲撃だろうな。でも、そんなもの何か他にあったか?」
加持も首を捻る。その時、再び警報が鳴り響いた。
「何事だ!」
冬月が叫ぶ。警報の発生源を検索した青葉は、みるみる蒼白な顔になって叫んだ。
「だ、第366シェルターです!レイちゃん達のクラスメイトの避難先です!!」
「何ですって!?そうか、連中の狙いはそこだわ!」
ミサトも叫んだ。レイのクラスの生徒達は、1人を除いて全員がチルドレン候補として集められた子供たちである。チルドレンを<魂の座>と呼んで固執している<ゼーレ>が狙う事を考慮して然るべきだった。シェルターに避難させておけば安全だろうとたかを括ってしまっていたのだ。
「くそ、今からじゃ間に合わん!彼に期待するしかないな…」
ジオフロントへの交通網がずたずたに寸断されている現在、地上のシェルターへは30分以上かかるだろう。保安部の<隠し玉>に全てを託すしかない。それでも、加持は飛び出していった。
第366シェルター
地上からひっきりなしに響いてくる砲声、航空機の爆音。爆発が引き起こす絶え間ない微振動。シェルターに避難したマナ、ヒカリをはじめとする市立第壱中の生徒や教師達は、不安そうに天井を見上げていた。
「…Su-35のエンジン音?国連太平洋艦隊も参戦しているの…?」
普段の対使徒戦とは比較にならないほど長時間に渡って続く戦場音楽に耳を傾け、自分の知識を試す事で、マナはかろうじて平常心を保っていた。
「レイたちがいないし…またあの怪獣と戦っているのかな。それにしては様子がおかしいけど…」
ヒカリが言う。まだ、神経の障害は完治していないが、日常生活はマナやノゾミ、トウジの助けで何とかこなせるようになっていた。
「大丈夫や…渚や六分儀に任せとけば大丈夫や」
トウジも普段より緊迫した雰囲気を感じ取り、周囲と何より自分を安心させるために「大丈夫」を繰り返す。彼らは、この時第三新東京市に攻め寄せる「敵」が同じ人間である事を知らなかった。
そして、国連太平洋艦隊の第二次攻撃が終了し、一時静けさが戻って来た時の事だった。
「…ちょっと、静かになったかな?」
ヒカリは顔を上げた。出口の方向にはまだ「外出禁止」のランプが灯っている。
「でも、まだ出られないみたいね…外はどうなったのかな」
マナも、ひっきりなしに響いていた砲声や爆音、微振動が途絶えた事に、却って不審そうな表情になる。だが、その瞬間、これまでで最大級の爆発音と激震がシェルターを襲った。
「きゃーっ!?」
「うわぁ!!」
天井から埃が舞い落ち、電灯が明滅する。衝撃で床に投げ出された人々が悲鳴を上げて転がり、シェルター内は騒然となった。
「お前ら、大丈夫か!?」
その巨体でマナ、ヒカリ、ノゾミをかばったトウジが顔を上げた。落ちてきた埃で彼の黒いジャージは真っ白になっている。
「だ、大丈夫…ありがとう、鈴原のお兄ちゃん」
ノゾミが震える声で礼を言う。
「至近弾でも来たのかしら?」
マナが頭を上げた。その時、廊下の方から無数の足音が聞こえてきた。同時に、シェルターの他の部屋から銃声と悲鳴が聞こえてきた。
「な、何!?なんなの?」
ヒカリが脅えた声を出す。トウジがそんなヒカリの肩をそっと抱きしめた時、彼らのいるシェルターの扉が開かれた。そこから、黒ずくめの服装をした男達がどやどやと室内に乱入してくる。
「な、なんだねアンタ達は!?」
その質問をした中年の教師を、先頭の男は物も言わずに銃のストックで殴打した。悲鳴も上げずに倒れる男には目もくれず、男は居丈高な口調で言った。
「質問は許さん。我々の命令に従え!」
そして、彼と部下達が一斉にシェルターに避難している市民達に銃口を突き付ける。悲鳴が上がり、人々は銃口と反対側の壁の方へ後退した。
「これから名前を読み上げるものは前へ出ろ!霧島マナ!鈴原トウジ!…洞木ヒカリ!…誤魔化しても無駄だぞ。こっちには写真もある!」
男は殺気立った口調で名前を読み上げた。マナたちは顔を見合わせた。読み上げられたのは、自分達を含む2−Aの生徒の名前だった。しかし、どう考えても相手はまともな連中とは思われない。どうしたら良いのか分からないうちに、彼らは写真付きのファイルを持って歩き回る。そして…
「お前達…呼ばれたのに返事をしなかったな?ふざけるな!事態は急を要するのだ!これ以上反抗するな!!」
マナたちに気が付いたリーダーが怒鳴り散らした。銃を突き付け、立て、と脅す。トウジはまだ身体の自由が利かないヒカリを背負い、マナも立ち上がった。が、続けて立ち上がろうとしたノゾミを見て、リーダーはまたしても怒鳴った。
「お前は駄目だ!残れ!」
びくっと体を震わせたノゾミだが、それでも気丈にリーダーを見上げる。
「で、でも…お姉ちゃんが…」
潤んだ目で、トウジに背負われたヒカリとリーダーの顔を交互に見る。しかし、それはリーダーには1ミリグラムの感銘も与えていなかった。
「黙れ。命令を聞かないのなら…」
リーダーがノゾミを殴打しようと銃を振りかざす。危険を悟ったマナが間に飛び込もうとするより早く、銃声が鳴り響いた。
「!!ノゾミっ!!マナっ!!」
ヒカリが悲鳴を上げた。てっきり、マナとノゾミが撃たれたのかと思ったのだ。しかし、倒れたのはリーダーの方だった。
「な、何事だ!?」
部下達が慌てて銃声のした方向を見る。そこには、銃を構えた1人の少年が走り寄ってくるのが見えた。
「うおおおっ!!」
少年が叫びながら銃を連射する。その狙いは的確で、たちまち数名の乱入者たちが吹き飛ばされて倒れた。最後に生き残った1人が銃の狙いを付けるより早く、少年が跳躍。ごついコンバット・ブーツに包まれた足で飛び蹴りを叩き込んだ。吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた乱入者の顎に、少年が銃を突き付ける。
「悪く思わないでくれよな。これも仕事なんだ」
そう言うと、少年はトリガーを絞った。銃声が響き、最後の乱入者も倒れた。
「け…ケンスケ!?ケンスケやないか!!おまえ、これはどういう…」
トウジが叫ぶ。そう、突然出現し、乱入者…戦自特殊隊員を倒したのはクラスメイトの相田ケンスケだった。
「話は後だ、トウジ。このシェルターにはまだたくさん敵がいる。お前は霧島さん達を連れて早くここを出るんだ。そこの火災報知パネルを開けると非常口になってるから、右に行って奥に秘密の出口がある」
ケンスケは戦自が入ってきたのと逆の方向の火災報知パネルを指差し、それから出口から身を乗り出して数発発砲した。
「急げ!」
「お、おう…!みんな、こっから出るんや!!」
トウジが言うと、ショックから醒め切らぬ人々はその言葉に従った。非常口から次々と逃げ出していく。その間、ケンスケは通路に向けて間断無く銃を放ち、時には手榴弾を転がす。相手も発砲してくるが、ケンスケは上手く身を隠して相手の致命的な攻撃を避けつづける。
「ケンスケ!なんやわからんが助かった!死ぬんやないで!!」
トウジがヒカリを背負い、ノゾミの手を引いて脱出していく。
「おう、任せとけ!」
ケンスケは部屋に近づこうとする戦自を何とか牽制しながら叫んだ。
「…っと、これでどうだ!?」
ケンスケは手持ちの最後の手榴弾を投げつけた。爆発が起こり、通路を火災が覆う。ナパーム式の焼夷手榴弾だ。火が消えるまでの時間は稼げるだろう。
「今のうちにこいつらの武器を…って、霧島さんっ!?」
ケンスケは驚いて叫んだ。そこには、マナが避難する事無く残っていたのだ。
「ば、ばかっ!どうして逃げなかったんだよ!?」
ケンスケは怒鳴った。すると、マナは涙をこぼしながら呟くように言った。
「だ、だって…相田君が、どこか遠くに行っちゃいそうだったから…」
「…え?」
戸惑うケンスケに、マナは言葉を続ける。
「さ、さっきの相田君…あたしの知らない…怖い顔で、その…鬼みたいな表情で、その人たちを殺しちゃって…凄く怖くて…ば、ばか…あ、あたし何言ってるんだろう…助けてもらったのに」
すると、ケンスケはマナに背を向けて言った。
「良いんだよ…霧島さんの言う通りさ。俺は、ここへ来る前は軍人になるための施設にいたんだ。まぁ、今の俺だって何かあれば人を殺さなきゃならない仕事をしてる事に変わりはないけどな」
マナは顔を上げ、都市迷彩服に包まれたケンスケの背中を見た。
「その…そこに転がっている連中は戦略自衛隊の特殊部隊なんだけど…それに憧れて、そう言う風になりたかったんだ。まぁ、そこが潰れちゃってNERVに拾われたんだけど。で、綾波さん達を学校で守る役目に就いてたんだ。はっきり言って目指す道とは違う方向へ進んだわけだけど、でも、今はそれで良かったと思ってる」
そこで、ケンスケは再びマナの方向を見た。
「俺の目指すべきは、誰かを傷つけたりするためじゃなく、誰かを守るために戦える人間になる事だって分かったし、身寄りの無かった俺にもかけがえの無い友達ができたし…それに…」
ケンスケは口篭もった。マナは彼が何を言いかけたのかを問い掛ける。
「それに?」
「いや…なんでもないんだ」
そう答えたケンスケの顔は、炎の照り返し以外の何かで赤くなっていた。
「だから…霧島さんが俺を怖がるのも当然だ。別に謝らなくても良いよ」
ケンスケがもう一度そう言った時、マナは激しくかぶりを振った。
「ち、違うのっ!あたしはその、相田君の事怖いって思ったけど…あの、戦ってる時…かっこ良かったなって…」
「…え…?」
ケンスケの目がこれ以上ないと言うほど大きく見開かれた。
「命助けてもらって…はっきりわかったの。いつからかまでは分からないけど、あたしは相田君の事が…」
そう言いながら、マナはゆっくりとケンスケに歩み寄り、そして…
「…!!き、霧島さんっ!?」
一瞬、自分の唇に触れた温かくて柔らかいものがなんだったのかを悟り、ケンスケは硬直した。マナは真っ赤な顔をして下がると、ケンスケに言った。
「今は…これだけ。相田君、きっと生きて帰ってね。そしたら、この続きをしよ」
「つ、つ、続きって!?」
真っ赤な顔で大声を上げるケンスケに、マナは更に顔を赤くして叫ぶ。
「ち、違うよっ!ほ、ほら。デートが軍港巡りとかだけじゃちょっと青春寂しいじゃない」
「あ、あぁ…そう言うことね」
何を考えたのかは分からないが、赤い顔で汗を拭ったケンスケだが、通路の火勢が弱まりつつある事を思い出し、マナに言った。
「…わかった。必ず生きて帰るから…霧島さんは先に行ってくれ」
「うん。待ってるよ。約束だよ!?」
「あぁ、約束」
ケンスケが力強く頷くと、マナは何度も振り返りながら、やがて非常口を出て行った。ケンスケはダミーの火災報知パネルを閉めると、戦自隊員の武器弾薬を回収した。これなら、2〜30分は平気で篭城できるだろう。そうすれば加持たちが増援に来るはずだ。
「ん…さて、いっちょやってやりますか」
両手にサブマシンガンを引っさげ、ケンスケはやる気に満ちた顔で通路に向かって行った。
<ゼーレ>ドイツ総本部<レーヴェンスボルン>
「魂の座…奪うのに失敗したか」
「第三新東京市の制圧も失敗した」
「失敗した日本を責めるよりもNERVを誉めるべきかも知れぬな」
「だが、われらが目的を止めるわけには行かぬ」
「切り札を出すべきときが来たな」
「諸刃の剣ではあるが…やむを得ぬ」
塔之澤付近 戦略自衛隊第九重機甲師団本部
無線機のレシーバーに耳を傾けていた師団長は、やがてスイッチを切ると、立ち上がって参謀たちに告げた。
「諸君…撤退だ。全責任は私が負う」
その言葉に、参謀たちはうなだれた。最強の戦力を預けられながら、任務を達成できなかった。相手を甘く見過ぎていたのは確実だった。
彼らの9thHADvは戦力の半ばを失い、相模湾の艦隊と厚木、百里基地は国連太平洋艦隊の圧倒的な攻撃力で壊滅。第一機動歩兵連隊<シャドウ・ダンサー>は一時相手を良いところまで追い詰めたが、逆襲を食らって文字通り全滅した。重要人物捕縛のために分遣された部隊も消息を絶っている。
「この戦いは一体なんだったのだ…我々にこんな犠牲を払う意味があったのか?」
師団長は呟いた。彼の憤りは上層部に向いている。これから新兵器が投入されるので、その邪魔にならない様に撤退しろと言うのだ。
「こんな馬鹿げた話があるものか…」
たった一日で多くの部下を失った師団長は、いつまでも怒りと屈辱に身を震わせていた。
同時刻 第三新東京市上空
あちこちに浮かぶ雲を隠れ蓑にするようにして、超高空を9機のエヴァ専用輸送機「ブラック・マンタ」が飛ぶ。その先頭を行く機体には真紅に塗られたエヴァが、後方に続く8機には白く塗られたタイプの違うエヴァが搭載されていた。
その先頭機の内部の一室に、一人の少女がいた。赤い髪の毛と、それに負けないやはり真紅のプラグスーツに身を包み、ベッドに腰掛けて瞑想するように目を閉じている。
「…<レーヴェンスボルン>よりの命令だ。出番だぞ。エヴァに乗り込め」
ドアが開き、一人の男が彼女の部屋に入ってきた。しかし、彼女は何の反応も見せない。
「…おい、聞こえているのか?命令だぞ…」
その瞬間、少女の手が翻った。その腕の先からオレンジ色の光が放たれ、男を吹き飛ばした。
「ぐあっ…!?な、何を…」
壁に叩き付けられ、苦痛の表情を浮かべる男の前に、立ちあがった少女が歩み寄り、言葉を投げつける。
「アタシに命令するんじゃないわよ。勘違いしないでよ。あのドイツのじーさま達が何を考えていようとアタシには関係ない。ただ、アタシのやりたい事に力を貸してくれたから、こっちも借りを返すだけよ。命令される謂れはないわ」
それだけを言い放つと、少女はもう男には興味を失い、エントリープラグへの通路を歩き始めた。やがて、突き当たりのハッチを開き、中に身を躍らせる。同時に、少女は何の操作もしていないにもかかわらず、自動的に発進シークエンスが始まった。ディスプレイ上を無数の情報が流れ、LCLが注水される。全てが整うと、エントリープラグは自動的に真紅のエヴァへ挿入された。同時に、他の8機へもプラグが挿入される。
「さて…早くアタシを切り離しなさいよ。さもないと金具をぶっち切るわよ」
コクピットへ通信を入れると、彼女は相手の都合も聞かずに一方的に命令した。彼女の恐ろしさを知る乗員が、慌てて解放ボタンを押す。
そして、真紅のエヴァが、続いて8機の白いエヴァが大空に解き放たれた。その背中から巨大な翼が展開され、9機は螺旋を描くように降下していく。
「そう…これがアタシの求める感触。全てが解き放たれた感触。アタシは<自由なるもの>…その名に掛けて、アタシを束縛する全てを破壊する!」
恍惚の表情で、少女は歓喜の叫びを上げた。
NERV本部 発令所
「上空に反応あり!パターン青!これは…使徒?いや…エヴァ…それとも…いえ…これは、ヒト…ヒトです!」
マヤが今までに無い異様な反応にパニックを起こしたように報告する。
「モニターに切り替えろ!」
冬月が叫ぶと、第三新東京市上空を、輪を描いて飛行する9体の巨人が映し出された。
「これは…<ゼーレ>のエヴァシリーズ!!完成していたのか!?」
冬月は叫んだ。
「老人どもめ、急ぎおったな!しかし…」
ゲンドウは輪の一角にあるただ一機の真紅のエヴァに、言いようの無い感触を覚えていた。それは、多くの人間の胸に去来していた感覚だった。使徒を見る時、人が多かれ少なかれ感じる、恐怖にも似た畏敬の想い。
「リツコ…あれは…」
ミサトの言葉に、リツコは頷いた。
「ええ。来たわね。最後の使者…」
その日、第三新東京市に生きる全ての命が天空を見上げる中。
滅びという名の宿命が静かに舞い降りようとしていた。
(つづく)
次回予告
第十七の使徒、<ゼーレ>の切り札、そして<滅びをもたらすもの>…
少女の姿で舞い降りた恐怖が破壊と絶望を撒き散らす。彼女が背徳の槍に手を伸ばす時、世界に黄昏が迫る。
NERVの、<ゼーレ>の、使徒の、子供たちの、長い戦いの最後の幕が切って落される。
次回、第弐拾六話「最後の使者」
あとがき
申し訳ありません。前回の予告でハードに戦争と言いながらラブラブ爆発です(殴)。今回のケンスケ×マナのシーンは本作屈指の無茶なREPLACEですね(さらに殴)。あれだけAnneさんが「嘘だと言って下さい」と言ったにもかかわらずカップリング確定です(とことん殴)。
そして、多くのSSで報われない献身愛No1に輝く日向君にも春が来そうです。こっちの反響はどうなんでしょう。まぁ、これが成立した前提としての加持×リツコって言うだけで既にかなり無茶な気もしますが…
次回よりいよいよ最終決戦開始。正体バレバレな(苦笑)彼女の戦いに御注目下さい。
あ、気が付くとチルドレンの出番が全く無い…
ではでは。
2001年9月某日 さたびー拝
さたびーさんへの感想はこちら
Anneのコメント。
>「さて…連中に戦争のやり方を教えてやるとするか」
劇場版ではとっくにお亡くなり?になっており、回想録のミサトとのムフフシーンの出番がなかった加持ですが・・・。
この物語では渋いっ!!渋すぎますっ!!!
>「代わりに俺が君を護ってやる。俺の後ろにずっとついているんだ…良いな?」
>「は…い…」
TV版と劇場版を合わせても見せ場がここしかなかった青葉ですが、こういう風に変わるとは・・・。
正に戦場に咲く愛の華と言ったところでしょうか?(笑)
>「ええ。どんな危険な場所だって、貴女となら、どこまででも…付いていきますよ」
>「頼りにしてるわよ」
>(遠回しのプロポーズのつもりだったんだけどな…シゲルみたいにもう少しこっちが主導権を取るような台詞にすりゃ良かったか?)
反対に役どころがギャグっぽくなってしまったのが日向ですね(笑)
でも、原作の様に加持という壁がないせいか、ミサトに脈ありって感じで結果オーライ?
>「け…ケンスケ!?ケンスケやないか!!おまえ、これはどういう…」
>「話は後だ、トウジ。このシェルターにはまだたくさん敵がいる。お前は霧島さん達を連れて早くここを出るんだ。
> そこの火災報知パネルを開けると非常口になってるから、右に行って奥に秘密の出口がある」
なんとっ!?ケンスケまでが大活躍とはっ!!?
そうかっ!?読めましたよっ!!?
この物語は言うなれば逆転劇・・・。つまり、原作で目立てなかった奴ほど目立つ物語なんですね?(笑)
>「今は…これだけ。相田君、きっと生きて帰ってね。そしたら、この続きをしよ」
>「つ、つ、続きって!?」
ぐぉぉ〜〜〜っ!?そんな馬鹿なぁぁぁ〜〜〜〜っ!!?(号泣)
そういや、ミサトの名ゼリフはどうなるんだろうと思っていたところにコレですかっ!?(ルルルー涙)
ええ、私的サードインパクトって感じです(^^;)
>「アタシに命令するんじゃないわよ。勘違いしないでよ。
> あのドイツのじーさま達が何を考えていようとアタシには関係ない。
> ただ、アタシのやりたい事に力を貸してくれたから、こっちも借りを返すだけよ。命令される謂れはないわ」
そして、遂に真打ちの登場ですねっ!?
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