<ゼーレ>ドイツ総本部<レーヴェンスボルン>

<ゼーレ>のリーダーであるキール・ローレンツはドイツにあるジオフロント<レーヴェンスボルン>内のNERVドイツ支部に移動していた。いや、既にNERVドイツ支部の看板は外されている。彼らの目論見が全てうまく行けば、以降ここが彼らの夢想して止まない新千年王国の王宮となるのだ。
「それでは…最後の一幕を始めるとしよう。指令を出せ」
 キールが厳かに告げる。それは、NERVを切り捨てると言う最終決定。その命令は事務総長すら動かす最上位のコードとして、国連を通じNERVに伝えられる。
 すなわち――
「国連直属特務機関NERV日本本部はその役目を終えたものと判断し、これを解体する。24時間以内に現地より退去せよ」
 事実上の宣戦布告だった。


新世紀エヴァンゲリオンREPLACE

第弐十四話

「終わる世界」



NERV本部 発令所

 しかし、これを受け取ったNERVではささやかな混乱が生じていた。
「…解体命令だと?どういう事だ。第十七使徒撃退までは一応我々を存続させると思っていたが…」
 突然の命令に、さすがの冬月も戸惑いを隠せない表情で首を捻る。
「NERV解体と言う事になると…私たちはどうなるんでしょうか?」
 マヤが周囲の人々に尋ねる。
「この命令にゃ明記されていないが…24時間以内にここを畳んで出て行かなければ、反乱とみなして攻撃、というのは間違いないな」
 答えたのは日向だった。その言葉に、マヤは血相を変える。
「そ、そんな…!24時間以内なんて無理ですよ!」
 NERVは末端まで含めれば14000人の職員を抱える巨大組織だ。それを退去させるとなると…普通は一月以上かかるだろう。もちろん、着の身着のままで、というなら話は別だが。
「そうだろうな。<ゼーレ>もそんな事は承知さ。無理難題を吹っかけておいて、戦争を仕掛ける口実にする気だ」
 青葉の吐き捨てるような言葉に、マヤの顔はますます蒼白になった。
「戦争…そんな…」
<ゼーレ>と戦う。そして、戦わなくてはならないと言う事は、マヤも頭では理解していた。しかし、実際にその現実が目の前に現れると、その恐怖に身体が震えるのを止める事はできなかった。
「仕方ないさ。こいつはもう売られた俺達の戦争なんだ」
 そう言ったのは加持だった。しかし、少しくらい顔になって言葉を続ける。
「しかし…まずいな。思ったより展開が早くなってきやがった。俺と葛城の立案した防衛計画は一応現状でも十分効果を発揮するが…一つだけ問題がある」
「一般市民の事だな?」
 ゲンドウの言葉に頷いたのはミサトだった。
「はい。現状では市民の退避計画が予定の3割にも達していません。我々は非戦闘員を10万人も抱えたまま迎撃を行う事になります。このままでは戦闘の巻き添えを受ける市民が相当数出る事を覚悟する必要があるでしょう」
 ミサトは言った。最終決戦に備え、NERVは密かに第三新東京市民15万人の市街退避を進めていた。しかし、市民の混乱と<ゼーレ>の介入を招く恐れがある事から、退避は1ヶ月をかけて段階的に進める事になっていた。24時間以内の来襲が予想される現在、もはや市民の大規模脱出は行えない。下手に退避を強行すれば、取り返しの無い混乱を招く恐れがある。
 それを聞いた上で、冬月は決断を下した。
「わかった。とりあえず、敵の侵攻が予想される時点で、使徒の襲来に準じた退避を行うものとする。万が一の場合は全市民のジオフロントへの収容も選択肢のうちに入れてくれ」
「承知しました」
 ミサトは敬礼した。


第二新東京市 日本国総理官邸

 既に全閣僚は集合していた。最後に総理が現れる。立ち上がって一礼しかけた一同を手で制し、総理は口を開いた。
「NERVは解体命令に対し、これを黙殺する構えを見せている。よって、我が国の固有領土である相模特別州及び箱根新首都を彼らより奪回するため、戦略自衛隊に対し防衛出動命令を発動する」
 閣僚たちの間からざわめきが漏れた。しかし、反対する者はいない。箱根新首都…すなわち、第三新東京市は莫大な建設利権を生む金の鶏であり、これを手中に収める事が彼らにとっての夢だったからだ。
 欲の色に染まった彼らには、これから攻撃する場所は10万を超える自国の国民が住まう場所であると言う意識も、ましてや自分たちがより狡猾な悪党に躍らされるピエロに過ぎないと言う自覚も、かけらも見られなかった。


箱根・厚木道路

 かつて、第三使徒の上陸阻止戦において戦場となった現在の関東の大動脈、箱根・厚木道路。その上下3車線ずつの幅の広い高速道路は全面通行止めとなり、その上を無数の戦闘車輌が驀進していた。6輪の高弾性金属ウレタンタイヤを穿き、120ミリの主砲を備える11式装輪戦車。1秒で三十発以上のロケット弾を目標に撃ち込む12式自走征圧ロケット砲。そして、多くの兵員を詰め込んだトラック群。それらの車輌には全て「JSSDF(Japan Starathigic Self Deffence Force)」と「戦略自衛隊」のロゴがステンシルされていた。
 関東を守る戦自の最精鋭部隊、第九重機甲師団。世界でも有数の打撃力を誇る戦自陸上兵力の象徴とも言うべき戦力である。
 さらに、上空には厚木を発進した<ストームバード>重戦闘機が警戒に当たり、洋上には新横須賀を出た海上部隊の護衛艦が見えた。関東地区の全戦自兵力の6割近くがここには集結していた。
 その車列の中ほどに位置する移動司令部トレーラーの中で、今回の全作戦の指揮を執る師団長と、参謀たちが会議卓を囲んでいた。
「たかが都市一つにこれだけの戦力をぶつけるとは…いささか過剰ではありませんか?」
「自信」と言う二文字を擬人化したような参謀長が言い放つ。参謀の多くも同様の楽観論に囚われているのだろう。都市の一つや二つ、自分たちの火力をもってすれば瞬時に粉砕できると。師団長はその楽観を戒めようと言葉を発した。
「相手は世界一の自衛能力を持つ要塞都市だ。しかも、侵攻ルートは細く狭い山道。そう楽観的に見て良いのかね」
 参謀長は一応頷きながらも、決して敵を甘く見ているのではないと言うように自らの見通しを述べ始めた。
「無論、相手の防御力は無視できません。しかし、向こうの武装は用途が特殊であるため、火力の割に射程は短くなっています。我が方の装備であれば、向こうの射程外からのアウトレンジで十分対抗できます。また、航空戦力ではこちらの方が圧倒的に上です」
 師団長は頷き、もう一つの疑問をぶつける。
「だが、要塞だけではない。向こうには例の特殊兵器もある。あれにはどう対抗する?」
 参謀長はこれにも答えを用意していた。
「問題はありません。たしかに、あれの防御力は反則に近いものがあります。通常兵器ではほとんど撃破不能でしょう」
 敵の強さを認識した上で、しかし参謀長は自信を持って断言した。
「しかし、ヤツにも弱点はあります。動力源を断ち切れば良いのです。所詮、コードで動く子供の玩具に過ぎません」
 師団長は満足げに頷いた。自らの幕僚が決して根拠の無い楽観論で物事を語っているのでは無いと言う事を確認できたからだ。
「よろしい。楽な仕事ではないが、手早く片付けるとしよう」
 参謀の一人が笑いながら言った。
「我々に楽な仕事などありませんよ、師団長」
「うむ…そうだな」
 師団長も笑い、それにつられて会議室に笑いの波が広がった。
 彼らには自信があった。自らの勝利に対する。
 彼らには確信があった。自らの正義に対する。
 しかし…それは彼らの「敵」とても同様であり、そして、「敵」が唯一彼らを上回る点が有るとすれば、それは…
 自分たちの背負うものの重さを知ること、だった。


NERV本部

『現在、第2種警戒体制が発令されています。Bフロアの非戦闘員は直ちに待避して下さい。繰り返します…』
 警告アナウンスが流れる中、通路を歩むミサトは携帯電話を取り出し、日向に電話を掛けた。
「状況は?」
 ミサトの簡潔な質問に、日向が現在までに判明している情報を報告する。
『おはようございます。先ほど、第二東京からA−801破棄宣言が出ました』
「801?つまり、事実上の宣戦布告ね」
 ミサトが言うと、電話の向こうで日向が頷く気配がした。
 国際連合特務機関NERVは、国連と日本の間に結ばれた特例条約、国連A-801条により、箱根新首都(第三新東京市)の事実上の施政権を含む絶大な権限を得ている。A−801条の破棄とは、すなわち日本政府によるNERVの接収を意味していた。
「敵兵力は?」
 明確に日本政府を「敵」と呼ぶミサトに対し、日向も臆する事無く報告を続けた。
『現段階では関東甲信越・東海地方の戦自各部隊に防衛出動命令が発令されています。事実上の臨戦態勢ですね。 最大予想動員兵力は陸上二個師団、作戦航空機100機、艦艇30隻前後。これに対し国連本部および国連軍は沈黙を守っています』
 それらの戦自の総兵力は40000名前後。一方、NERVの戦闘要員は加持が率いる保安部特殊戦闘要員が300名。これに、ミサト自身が指揮する航空隊や支援車輌部隊を加えても1000名強にしかならない戦力だ。
 しかし、ミサトは美しい顔に夜叉の笑みを浮かべて言い放った。
「舐められたものね。その程度でこの街を陥とそうだなんて…」


NERV本部 発令所

「第6ネット音信不通!!」
 発令所に警報がけたたましく鳴り響き始め、青葉の報告と共に全モニターに『EMERGENCY』の赤い文字が明滅し始めた
「左は青の非常通信に切り替えろ!!衛星を開いても構わん!!!・・・そうだ。右の状況は?」
「外部との全ネット、情報回線が一方的に遮断されています」
 発令所全体が赤い警報ランプの明滅と、耳触りな警報音で満たされるなか、駆け付けてきたのは技術部長・赤木リツコだった。
「状況は!?」
 リツコの叫びに、青葉が答えた。
「2分前からハッキングが開始されました!現在<メルキオール>にアクセス中!押されています!」
 画面上には、MAGIシステムの構造図が表示され、青で表わされる正常なブロックが、侵攻してきたハッキングプログラムに乗っ取られた事を表わす赤にじわじわと塗りかえられている。やがて、<メルキオール>は真っ赤に染まり、侵入者の陣営に降った事を示した。
「<メルキオール>、リプログラミングされました!<バルタザール>、アクセスされています!」
 青葉が報告した時、冬月とゲンドウも相次いで到着した。
「赤木君、状況は?」
 NERVの頭脳であり、これが乗っ取られる事はNERVが乗っ取られるのと同義であると言っても良いMAGIへのハッキングと言う非常事態にも関わらず、冬月の声は落ち着いたものだった。
「想定状況E-5。<ゼーレ>の有するMAGIコピー11基による一斉侵攻ですね。さすがに押されています」
 答えるリツコの声も落ち着いたものだ。かつて、第十一使徒によるハッキングが行われた時のような切迫した響きはない。
「見通しは?」
 ゲンドウの問いに、リツコは答える。
「放置しておけばあと1時間ほどでMAGIは乗っ取られます。そうすれば、我々は盲目同然。手も足も出ずに<ゼーレ>に降る事になります」
 その言葉に、冬月は頷いた。ゲンドウに向かって言う。
「どうだ、六分儀。そろそろ借りを返してもらう時じゃないかね?」
 冬月の謎めいた言葉に、ゲンドウは大いに頷いた。
「そうですね。人の妻に手を出す不貞の輩には痛い目に遭ってもらうべきでしょう」
 ゲンドウの言葉に冬月は苦笑した。MAGIはゲンドウの亡妻、ナオコの宿る場所だ。それが敵の手に落ちる事など彼が容認するはずも無い。冬月は電話を取り上げ、番号を押した。
『もしもし』
「やぁ、久しぶりですな」
 電話が取られた事を確認し、冬月が言うと、電話の向こうで明るい声がした。
『おぉ、久しぶりだ。我が友よ。私に電話して来たと言う事は、いよいよ時が来たのだな』
 相手の言葉に冬月は頷いた。
「えぇ。いよいよ貴方の力を借りる時が来ましたよ。よろしく頼みます」
『任せておけ。復活の烽火を派手にぶち上げるとしよう。では、また後で』
「楽しみにしています。では」
 冬月は電話を置く。遠い海の向こうで、友が勝利を収める事を彼は疑っていなかった。
「では、私も作業に入ります」
 リツコは冬月たちの仕掛けが発動する事を知り、それによってもたらされるであろう勝利を更に確実なものとすべく、自らもMAGIの端末を開いた。


北米大陸 旧セントルイス市街近郊 NERVアメリカ支部

 支部の要員は油断しきっていた。まさか、周囲2千キロ以上も凍土に覆われたここへ攻撃を仕掛けてくる連中がいるなどとは、想像だにしなかったのである。
 しかし、現実に襲撃者は存在した。補給部隊を装って侵入した襲撃者達は、入り口を爆破し、まだ欧州から派遣されたばかりで施設に慣れていない警備員たちを片端から射殺し、あるいは無力化していった。その勢いは恐ろしく迅速であり、侵入者たちが今の支部要員よりも施設の地理に明るい事を窺わせた。
 突入からわずか十五分で支部のほとんどの施設が奪取され、生存者達は中央管制室に後退して抵抗を試みたが、それすらも彼らの知らない通路から侵入した襲撃者により、瞬時に制圧された。攻撃開始からわずか二十分後の早業だった。
「<プレジデンツ>は無事だそうです」
 突入班に同行していた技術者の報告に、リーダーは満足げな笑みを浮かべた。<プレジデンツ>はアメリカのMAGIで、<ワシントン><ジェファーソン><リンカーン>の3体で構成されている。
「そうか。彼らは完璧な仕事をしてくれたようだな」
 リーダーは不要になった覆面を脱いだ。その下から現れたのは、精悍な初老の男性。
 粛正され、死亡したはずの元NERV北米支部長兼<ゼーレ>アメリカ代表のアラン・フォクスルだった。フォクスルは奪取された発令所に入り、待機していた襲撃者…やはり粛正もしくは追放された旧アメリカNERVの要員たちを見渡した。もはや、彼らの肩書きからは「元」や「旧」の文字は取れていた。見事な敬礼を行う要員たちに答礼すると、フォクスルは復帰後最初の命令を下した。
「総員配置につけ。日本の友人たちを援護するぞ。欧州の外道たちに目に物見せてやれ!!」
 わぁっと歓声が上がり、要員たちはかつての自分たちの持ち場へ散って行く。本来の姿を取り戻したNERVアメリカ支部はその全力を発揮し始めた。


NERV本部 発令所

 事態の急変は突然訪れた。
「北米からのアクセス、停止!続けてトルコ、中国、スウェーデンのアクセス停止!敵側の侵攻速度、鈍化します」
 青葉の報告に喜色が混じる。
『強羅地上回線復旧率12…22%に上昇。急速に回復していきます。』
『第3ケーブル箱根予備回線、開通しました』
 けたたましく鳴り響いていた警報が止み、報告も確実に良い方向へと向かっていく。
「あと、どれくらい?」
 日向の近くで予備席に腰かけ、一階下のMAGIステージを眺めながら、ミサトは、日向に尋ねた。 「余裕ですね。北米の脱落が決定的でした。一次防壁展開まで2分半ほどで終了しそうです」
「MAGIへの侵入だけなんて、そんな生易しい連中じゃないわ。これからが本番よ」
 ハッキングを防いだ事に安堵しかけている日向の精神を引き締めるようにミサトは断言し、冬月、ゲンドウの方に向き直った。
「葛城君の言う通りだな。MAGIは前哨戦に過ぎん。奴等の目的は本部施設、及びエヴァ3体の直接占拠だ」
 冬月が言うと、ゲンドウも頷いた。
「ここを完全に掌握しない限り、奴等の野望は達せられん。まだ現れない第十七使徒の動向が不安材料だが…もはや賽は投げられたのだ」
 ゲンドウが重々しく言った時、<バルタザール>の6割ほどまで進んでいたハッキングが停止し、瞬時に<メルキオール>までも青く塗り直した。
「MAGIへのハッキングが停止しました。Aダナン改防壁を展開。以後外部よりの侵入は不可となります」
 リツコが告げた。
「Aダナン?Bではなくて?」
 ミサトが疑問の声を発した。強大な防御力を誇るMAGIのファイアウォール、ダナン型防壁にはABの2タイプがあり、特に後者は外部からの侵攻を一切受け付けない常識はずれの防御力を持つ。
「ええ。Bは向こうの攻撃を受け付けない反面、こちらからの外部侵攻も不可能よ。そこで、Aを改良してB並みの防御力と、外部侵攻能力を持たせた奴を使うってわけ」
 リツコの説明にミサトは頷いた。<ゼーレ>との戦いでは、情報戦を制するためにMAGIを最大限駆使する必要がある。特に、幾つかの信頼できる勢力にセカンドインパクトやノア・ゼーレの一族に関する情報を流す事はその最重要の課題だった。MAGIから外へ繋がらないなどと言うのは言語道断だ。
 そこへ、北米支部からのホットラインが接続を求めている事を示すランプが点灯する。青葉が冬月を見ると、冬月はゆっくり頷いた。青葉はコンソールに向き直り、接続スイッチを押す。モニターにフォクスル代表が現れた。
『こちらNERV北米支部。支部の奪回に成功した。これより、我々は日本本部と共同歩調を取ります』
 その宣言に歓声が上がり、拍手が沸き起こった。
「ご苦労様です、フォクスルさん」
 冬月が言うと、フォクスルは大きく頷いた。
『なに…私は<ゼーレ>のメンバーである以前にアメリカ人だ。世界を民主主義以前の暗黒時代に引き戻すたくらみを見過ごしにはできんだけだよ』
 どこか照れくさそうなフォクスルの言葉にまたも歓声が湧く。冬月は頷くと、リツコに言った。
「そろそろ始めようか。奴等の宣戦布告に対する我々の回答を」


<ゼーレ>ドイツ総本部<レーヴェンスボルン>

「どういう事だ!?一体何が起きた!!」
 突然の北米支部の音信不通、さらにMAGIの乗っ取り失敗と立て続けの失敗報告に、フランス代表が怒声を上げる。
「は、申し訳ありません。現在調査中です」
 技術部長が頭を下げる。彼とてそれ以外に言いようが無い。
 しかし、技術部長がそれ以上調査をする必要は無くなった。突然モニターにの文字が出現する。そして、冬月が姿を表わした。だが、さらに委員たちを驚愕させたのは、粛正したはずのフォクスルの登場だった。
「貴様、生きていたのか…」
 英代表が唸った。以前レイとマナ、ヒカリの拉致を裏で指示したように、彼は<ゼーレ>の裏工作を統括している。フォクスルの暗殺も彼の指揮下で行われ、暗殺は成功。強いて難を言えば、送り込んだ刺客が相打ちで全滅した事だけだったはずだ。
『生憎だが、死神には嫌われていてね』
 フォクスルは微笑んでみせた。実際、際どいタイミングだった。日本へ送り出した輸送団を見送った後、フォクスルは滑走路で刺客に襲われた。生き残るチャンスは皆無に見えた。
 だが、銃声が鳴り響いた時、倒れていたのは自分ではなく、刺客の方だった…


3ヶ月前 サクラメント空港

 フォクスルは信じられない、という目で滑走路に倒れている暗殺者を見た。頭部と胸を一発ずつで打ち抜かれ、即死している。そして、何時の間に現れたのか…硝煙立ち昇るブローニング・ハイパワーを構えた青年。
「…<ゼーレ>北米支部長、アラン・フォクスル氏ですね。NERV日本本部保安部長の加持です」
 拳銃をホルスターに収め、敬礼しながら加持は言った。
「冬月司令の命を受け、あなたの身辺の安全を確保するよう仰せつかってまいりました。間に合ってよかった」
 笑いながら手を差し出す加持。だが、フォクスルは握手を交わそうとはしなかった。代わりに呟くように言葉を漏らす。
「なぜだ…?」
 フォクスルは言った。
「私は…<ゼーレ>はもはや消えるべきものだ。世界をこんな風にしてしまった責任を考えれば、私は今ここで撃ち殺されて然るべきだったと言うのに」
 その言葉に、加持は答えた。
「その事ですが…冬月司令より伝言を言付かっております。『生きていてこそ果たせる責任もあるとはお考えにはなりませんか』と司令は申しておりました」
 加持の言葉にフォクスルは微笑んだ。
「そうかもしれないな。だが、私は冬月君に全てを預けると言ったのだ。もはや役目を終えた人間が何の役に立つ?」
 フォクスルの言葉に、加持はまたしても答える。
「あぁ、実はあなたがそう言うゴネ方をした時の伝言もあります。『あなたの罪は死んだくらいで清算されるほど軽くない。生きて私たちの手助けをする事を罰として命じる』と言え、だそうでして」
 フォクスルは肩を小刻みに震わせ、やがて爆笑を始めた。ロッキーの北側から吹いてくる冷たく乾いた風に乗り、彼の笑い声が空港に響き渡る。
「そうか…私の負けのようだな。わかった。私に何ができるのか分からないが、冬月君の言う事を聞くとしよう。で、彼は私に何をさせたいのかね」
 ようやく笑いを収めたフォクスルが言うと、加持は頷き、ブリーフケースから一冊の書類を取り出した。それは、欧州<ゼーレ>に対する反抗組織を結成し、来るべき時に備えて欲しいと言う計画表だった。


<ゼーレ>ドイツ総本部<レーヴェンスボルン>

『…とまぁ、そう言うわけだ。これより我々は日本と共同歩調を取る』
 フォクスルが言うと、完全に冬月とフォクスルに虚仮にされた形の英代表がこらえきれなくなり、遂に激発した。
「馬鹿め!確かにしてやられた事は認めるが、力を失った今のアメリカに何ができる!!せいぜい日本と心中するが良いわ!!」
 怒鳴り終え、英代表は荒い息をつく。だが、フォクスルは余裕の表情で笑った。
『確かに国力は無くなったな。が、力と言うのは物理的なそれだけではない。自分たちのテーブルをよく見るが良い』
 その言葉に、委員たちはテーブルを見渡し…異変を悟った。3人の委員が姿を消していた。同時に、モニターに3つのウィンドウが開く。そこに映し出されたのは、消えた3人…スウェーデン代表、トルコ代表、中国代表だった。アメリカに残された力…大国時代の「人脈」は健在だった。
「貴様らも裏切るのか…」
 仏代表が唸ると、代表してトルコ代表が答えた。
『何を言っている?先に裏切ったのはお前達の方だ。我々は祖先の説く道に立ち帰るまでの事』
その言葉をキールは鼻で笑った。
「何を都合の良い事を…どの道お前達の手も汚れているのだ。今更奇麗なふりをする気なのか?」
 これにスウェーデン代表が答える。
『我々にそんな気はない。汚れている事を自覚しているからこそ、次世代にそんな世界は渡したくないだけの事。汚れた手のままで全てを掴み取り、それを離す気も無いお前達などには分からぬ事だ』
「まぁ良い」
 キールは手を振って「裏切り者」達の言葉を止めさせた。
「ならば、お前達も諸共に滅ぼすまでの事…己の愚かな選択を命のスープになって後悔する事だな」
 キールは接続を切らせた。時間的には、対決の第3ラウンドが幕を開ける頃のはずだった。それは大した見物になるはずであり、裏切り者にかまけている暇はない。


The END OF EVANGELION "REPLACE" Vol.1
EPISODE:24 Combat Open


NERV本部 発令所

「…各センサー、レーダー、監視サイトよりの通信回線、回復します。…これは!!」
 一旦MAGIの回復に回されていたリソースを再配分し、指揮、通信と言った機能を回復させ、日向は絶句した。箱根の周囲はぐるりと赤い敵軍のマークで埋め尽くされ、アリの這い出る隙間も無いほどに封鎖されていたのである。
「陸上兵力は第九重機甲師団と、東海方面群の第十二師団ね。おそらく、西方方面の12thDvは陽動。主攻は東からの9thHADvが担うはずよ」
 ミサトはそう予想した。実際、要塞化された第三新東京市の外殻無人防御陣地群―強羅絶対防衛線を抜けるのはかなり強力な装甲と火力を持った部隊でなくては勤まらない。歩兵部隊の12thDvでは力不足も良いところだ。
「…来ました!厚木より大規模な航空部隊が離陸中!次いで新百里も発進開始!アルファ・ストライクが来ます!!」
「敵前衛、全面に渡って大規模な砲撃を開始!!突撃援護射撃と思われます!!」
 赤いマークが一気に増えていく。交戦を開始したエリアが赤く点滅し、それが一瞬で箱根を取り巻く光の線になって広がる。ミサトは直ちに命じた。
「全陣地へ下達、交戦自由!!射撃開始!!」
「全市街に避難警報出せ!一般市民は全員シェルターへ退避させよ!」
 冬月も指示を下す。発令所は一気に慌ただしさを増した。その様子を見ながら、冬月はまだ世紀が代わる前、20年以上も昔に見たある映画のキャッチコピーを思い出した。
――今度は戦争だ。
 冬月はその思い出を振り払い、子供たちの待機している部屋に電話を繋いだ。
「レイ、カヲル、シンジ君…聞こえているかね?」
『…はい。聞こえます』
 レイが電話を取った。
「戦略自衛隊がこの街への攻撃を開始した。お前たちは今すぐエヴァに乗るんだ」
 電話の向こうでレイが息を呑む気配がした。
『…戦争に…なるんですか?わたしたちも戦うんですか?』
 そのレイの質問に冬月は首を横に振る。
「いや。それはワシらの仕事だ。だが、いざと言う時一番安全なのはエヴァの中なんだ。いいな。ワシの言う事を聞いて大人しく待っていてくれ。必ず勝つ」
 少し間を置いて、レイが言った。
『…はい。信じます。どうか気を付けて、おじ様…』
 続いてシンジとカヲルに受話器が回ったらしく、2人の声が聞こえてきた。
『御武運を祈ります』
『気を付けて下さい。父さんにもよろしく』
「わかった。吉報を待っていてくれ」
 冬月は電話を置いた。そして、自嘲の笑みを浮かべる。戦略自衛隊を退けても、そうなれば<ゼーレ>のエヴァシリーズが来るだけの事で、結局あの子達に頼らざるを得ない。
「あの子達にまともな未来を託せなかったばかりに…結局最後まで子供たちに重荷を背負わせる。勝っても負けても今日限りでそんな思いをするのは終わりだと言う事だけが救いだな」
 冬月は長々と溜息をつき、モニターに目をやった。
 赤い交戦ブロックの数はますます増えていた。


第三新東京市郊外 天狗山付近

 地上では激しい砲撃が開始されていた。155ミリ榴弾砲、自走ロケット砲が絶え間なく咆哮し、第三新東京市外縁の無人防御陣地に砲弾の雨を降らせる。相模湾に展開した海上部隊の護衛艦も一斉に艦砲射撃を行い、一分間で千五百発を越える砲弾、ロケット弾が炸裂した。砲煙と爆煙が立ち込め、地上は黄昏時のような暗さに覆われ始める。
 その地上の様子を見ながら、厚木と百里から発進した72機の第一波攻撃隊が、翼の下に無数の爆弾や空対地ミサイル、ロケットランチャーを抱えて飛来した。
『陸の連中に遅れを取るな!全機、編隊散開!!指定目標を黙らせろ!!』
 編隊長のけしかけるような命令を受け、攻撃隊は鮮やかに散開すると目標の天狗山山頂レーダーサイトに突進する。
「…む、あれは?」
 パイロットの一人が「それ」に気がついた。山腹にそびえる、いくつものビル。出撃前のブリーフィングで注意するよう指示された対空ミサイル・サイロ型の兵装ビルだ。
「こちらズールー2!方位113にアルファ―アルファ―マイク・サイロ!注意しろ!!」
 僚機のパイロットが笑いを交えて言う。
『おい、大丈夫だよ。奴の射程は5キロしかないはずだ。俺達には届かん』
 確かに、ビルとの距離は5キロを越えている。しかし…次の瞬間、ビルの屋上から真っ白な噴射炎が立ち昇り、無数のミサイルが発射された。それはたちまち速度を上げ、5キロを越えても真っ直ぐ彼らに向かってくる。
「!!こちらズールー2!サイロが発射した!!長い!事前に聞いていたよりも足の長い奴だ!!」
 彼の警告は遅かった。
『こちらズールー・リーダー!!危険だ!!全機回避機動じ…』
 ぶつっと音を立てて編隊長との交信が途絶える。彼の操る先頭機が爆発を起こし、破片を撒き散らしながら落ちて行く。それだけではない。空のあちこちで機がひとむらの火球へと変じ、通信は悲鳴で満たされた。
『畜生!こんな長射程のやつがあるなんて聞いてないぞ!!』
『こちらダークロウ!後ろにつかれた!!助け…』
『くそ、こっちへ来るな!!うわあぁぁぁ!!』
 もはや攻撃どころではなく、空を埋め尽くすようにして飛来する対空ミサイルの群れに、戦自の攻撃隊は爆弾を捨てて逃げるしかなかった。被撃墜数、実に48機。そればかりか、対地ミサイルも次々に発射され、それまで何の反撃も受けず鼻歌交じりで射撃を行っていた自衛隊の自走砲部隊を片端から吹き飛ばし始めた。
 NERVの本格的な反撃が始まった瞬間だった。


NERV本部 発令所

「第一次攻撃完了。敵前衛戦力の4割に被害を与えました」
 日向が淡々と報告する。その声を聞きながら、ミサトは傍らに控えていた時田の手を握った。
「時田技師のおかげですね。これほど短期間で長射程ミサイルを大量に配備できたのは」
「なに、基本は同じ物ですからね」
 時田は言った。NERVの使用するミサイルは、基本的に戦自や国連軍の使うものと大差はない。電子部品や燃料を減らして爆薬を増やし、射程、誘導性能を落す代わりに破壊力を上げた物だ。
 従って、爆薬を外して電子部品と燃料を増設すれば、普段とは逆の性能を持つ普通のミサイルができるわけである。<ゼーレ>勢力の攻撃を予想したミサトは、時田に依頼してこの「対人間戦用」ミサイルへの改修を行ってもらっていたのだ。
「ただ、時間が無くて1000発しか用意できませんでしたがね…いまので200発を撃ったわけですが、大丈夫ですか?」
 時田の質問に、ミサトは笑って答えた。
「ええ。こちらが一方的にやられてばかりはいないと言う教訓を相手に叩き込めれば十分です。それに、打った手はミサイルだけじゃありませんから」
 ミサトは後は仕掛けを御覧じろ、とばかりにモニターに目をやった。大損害を被った戦自は一時前進を中止していたが、すぐにでも攻勢を再開するのは目に見えていた。


戦略自衛隊 9thHADv司令部

 NERVの思わぬ反撃によって、前衛部隊に大損害を被った戦略自衛隊は一時停止して対策を練っていた。
「まさかNERVがあれほどの長距離ミサイルを持っているとは…情報部の怠慢ですな」
 苦々しい口調で言う参謀を師団長がたしなめる。
「今はどこかに責任を転嫁している場合ではあるまい。それよりもどう攻める?」
「こちらも長射程ミサイルで対抗しては?」
 参謀の一人が発言したが、師団長は首を振った。
「無理だな。でかい自走長距離ミサイルは箱根では運用できないからと置いてきたんだ。空中発射型はまだ使えそうだが…」
 そこで師団長は航空参謀を見る。航空参謀は頷いて現状を報告した。
「第一波攻撃で戦力の6割を損耗し、現在厚木・百里の両攻撃飛行隊とも行動不能です。動けるのは戦闘機部隊のみですね。小松などから増援を呼んでいるそうですが、現状では再出撃まで4時間以上かかるものと思われます」
 師団長は頷くと参謀たちに向き直った。
「航空はしばらくあてにならん。そこで、だ。箱根新道、ターンパイク方面の全対空戦車を引き抜き、主攻を仙石原方面に置く。対空戦車が増えれば味方の被害も少なく押さえられるだろう。仙石原を目指す部隊以外は陽動に徹するようにする」
 参謀たちは頷いた。
「長射程の重砲を集めろ。早雲山と明神が岳のレーダーサイトを潰して、奴等の目をくらます。とにかく仙石原さえ抜けばあとは一直線だ」
 師団長が命令を下し、参謀たちはそれを実現するために動き出した。


NERV本部 発令所

 一時的な攻勢中止の後、再び戦略自衛隊が攻勢を開始したのは約1時間後だった。
「旧国道139号線方面に敵主力が突入してきます!!早雲山レーダーサイト、明神が岳レーダーサイト、破壊されました!!」
 日向が叫んだ。この2つのサイトが破壊されると、レーダー監視網に大穴が開く。ここから航空機で突入されたら防ぐのが難しくなる。
「霧島航空司令に連絡!スクランブル用意!こっちからの指示ですぐに上げられるようにして。長距離対地ミサイル発射。目標は塔之澤方面!!」
 ミサトが矢継ぎ早に命令を下す。市内の兵装ビルがハッチを開き、百発を越える対地ミサイルを打ち出した。しかし、今度は戦略自衛隊も十分な備えを敷いていた。攻撃部隊に随伴する100両以上の対空戦車が30ミリ機関砲や小型ミサイルを天地逆向きの雨のように打ち上げる。全てを阻止する事はできないにしても、落下してダメージを与えたミサイルは10発前後に止まった。
「ミサイル攻撃、失敗です。戦自主力部隊、依然前進中!周辺の攻撃システム、次々に機能を停止しています!!」
 日向が忙しく報告するが、ミサトは余裕の表情だ。
「なかなか良い感じね。さすが戦自の最精鋭。でも、まだまだ私たちを甘く見ているわね」
 彼女は相手が罠にはまった事を確信していた。


戦略自衛隊 主攻方面 塔之澤〜大平台中間地点

 対空戦車の増援を得た主力は、散発的に飛来するミサイルを迎撃しながら進んでいた。途中、山腹から突如出現する自動砲やミサイルポッドの攻撃を受けていたが、火力を集中してそれらを撃破しながら進んで行く。
 今も、トンネルを抜けた3台の戦車が、正面の山腹にある砲台を攻撃していた。120ミリ主砲が立て続けに火を噴き、さらに後方の自走ロケット砲が大量のロケット弾を撃ち込んだ。山腹に着弾を示す爆煙が無数に上がり、次の瞬間大爆発が起きた。どうやら、弾薬に引火したらしい。炎の塊になって落下する砲台の残骸を見ながら、その戦車隊の隊長は誇らしげに通信した。
「こちらチチブ01!敵の抵抗は微弱!我が方の士気は極めて旺盛なり!!」
 だが、彼の得意満面の笑顔も長続きはしなかった。100メートルほど進んだ瞬間、彼の乗車の下で閃光が走った。地雷を踏んだと認識する間もなく、爆発した戦車は崩壊した路肩から川へ転落した。続いて、あちこちで地雷を踏んだ戦車や自走砲が火柱を巻き上げて吹き飛ぶ。彼らの攻勢はまたも停止を余儀なくされた。


NERV本部 発令所

「敵先頭、地雷原にかかりました。停止中!」
 日向が叫んだ。
「なんでも使ってみるものね」
 ミサトもしてやったりの笑みを浮かべる。ミサイルを長射程型に改造した時に抜いた爆薬を流用した急造品だが、破壊力は十分だった。
「しかし、やはり使徒を攻撃するためのシステムなので、うまく行きませんね」
 日向が言った。攻撃開始から戦果を上げているのは、長射程に改装したミサイルと地雷ぐらい。普通の対使徒迎撃システムは、「人間の乗る兵器」という小さい目標を狙うのに適していないため、余り損害を与えていない。
「それは仕方ないわよ。MAGIで補正すると言う手もあるけど…あまり相手に大損害を与えても、後の処理が面倒になるしね」
 ミサトは答えた。そうでなくとも、MAGI…アメリカの「プレジデンツ」、スウェーデンの「ノルン」、中国の「三賢帝」、トルコの「スルタン」を含むNERV側の5体は、<ゼーレ>とそれに与する日本政府の擁するMAGIシステム8体に対して総力を挙げて世界の通信網を支配するための戦いを続けている。どちらかといえばこっちの戦いの帰趨の方が重要である以上、余計な作業にリソースを回したくはない。
「それより、市民の避難状況は?」
 ミサトは尋ねた。戦自の侵攻に対して防戦に務めているのは、そのための時間稼ぎでもある。
「現状では7割です。あと2時間はかかります」
「かかるわね…まぁ、地雷撤去にそれだけかかるとは思うけど」
 ミサトは指をかんだ。市街外縁部…特に戦自が接近しつつある仙石原に近い北部のシェルターは、戦闘に巻き込まれる危険があるために放棄し、市街中心部への避難を進めている。市街中心で戦闘をする事の多かった対使徒戦とは逆で、これが市民と、誘導するNERVの双方に戸惑いを生んで避難が遅れていた。
「できるだけ急がせたまえ。リツコ君、こちらの電子工作は?」
 冬月が尋ねた。
「はい、現在主要な国家の政府やマスメディアにデータを送ろうとしていますが…向こうも必死でそれを食い止めようとしています。逆に、NERVがクーデターを起こしたと言う情報が一部流れ出していますが…これは、向こうの情報員が口コミで流したようです」
 地上戦闘と違い、こちらはやや旗色が悪かった。5対8の劣勢は、いかにリツコ、青葉、マヤが優秀な技術者でも容易には埋められない。
「組織力の差だな…なんとか、粘ってくれ」
 冬月が言った時、それを打ち消すような日向の切迫した声が上がった。
「な…て、敵先頭集団地雷原を突破!!仙石原に殺到してきます!!」
 その報告に、ミサトも凍り付いた。予測より1時間半も早い。
「そんな!早すぎるわ!仕方ない、全ミサイルを発射!航空隊に出撃命令!!」
 しかし、それだけの手を打っても、戦自を阻止できるかどうかは微妙だった。


戦略自衛隊 主攻方面 塔之澤〜大平台中間地点

 焼けこげ、地雷の爆発であちこちがクレーター状に変化した地面を踏みしめ、百両を越える戦車が地雷原のあった場所を突破していく。新たに地雷を踏む車輌は一台も無い。
「どうやら作戦は成功だな」
 師団長は満足げに頷いた。数分前、彼は地雷原に残る車輌を放棄。乗員を撤退させた上で、徹底的な砲撃を命じたのである。70両近い車輌が失われたが、同時に砲撃で急造の地雷は次々に誘爆していった。地道に撤去すれば2時間はかかる地雷原を5分で排除した師団長は呟いた。
「さすがにやってくれるが…まだまだだな、<アイスドール>…」
 彼はかつて防衛大学の教官であり、学生だったミサトの担当でもあった。彼が他の参謀と違い、自体を楽観視していなかったのは、<アイスドール>と呼ばれたミサトの冷徹極まりない作戦能力を知っていたからでもある。ある意味、師団長は今の参謀などより余程ミサトの事を評価していた。
「しかし、まだまだ私を越えさせはせんよ。全軍、突撃せよ!彼女に対応の暇を与えてはならん!!」
 師団長の命令を受け、部隊が突撃する。ミサイルが降り注いできたが、やはり無数の対空砲火がそれらを撃砕した。ほとんど被害が無いまま、先頭が一気に強羅を突破。仙石原地区へ迫る。
「対空レーダーに反応。芦ノ湖方面で航空機の反応。その数10!」
 師団長は顔を歪めた。
「名高い霧島のNERV航空隊か…これも予測のうちだな…待機していた厚木空に命令を出せ。彼らを阻止しろ!」


大湧谷上空

 急遽出撃したNERV航空隊の一番機には、マナの父でもある霧島タケヒコ司令が自ら搭乗していた。しかし、後少しで地上部隊を攻撃できる、という段になって、東から15機の戦闘機が殺到してくるのが見えた。
「ちっ!厚木の戦闘機隊か!まだ残ってやがったのか」
 タケヒコは舌打ちした。厚木の攻撃機はかなり叩き落としたはずだが、戦闘機は警戒のために残っていたらしい。やはり、早雲山と明神が岳のレーダーを破壊されたのが痛かった。あれさえ残っていればもう少し早く気づいたのだが…
「仕方が無い。全機、対地攻撃中止!敵戦闘機を排除せよ。ブレイク!」
 タケヒコは命じると、対空戦闘の邪魔になるロケットポッドと爆弾を投棄した。しかし、残っているのは30ミリバルカンと対空ミサイル2本。これだけで精鋭・厚木空とどこまでやりあえるか…
 そう考えている間に、タケヒコの機体に2本のミサイルが接近する。素早く機体を捻って急上昇に入った彼は、立て続けに対ミサイルデコイを投下した。デコイに引っかかったミサイルが次々に自爆する。
「お返しだっ!!」
 そう叫びながらタケヒコはミサイルを発射した。それは不用意に彼に接近してきた敵機の一機を直撃し、微塵に粉砕する。
「こちらソードマン!一機撃墜!!」
 ささやかな凱歌を上げたタケヒコだったが、それも長続きはしなかった。部下たちは最初の一交戦で5機撃墜され、こちらも3機を撃墜したものの、数の差は倍以上に開いてしまった。
「くそ、これじゃ駄目だ!!」
 タケヒコの後ろにも2機が張り付き、ミサイルを景気良く発射してくる。いかにタケヒコが腕利きとはいえ、こうなってしまっては逃げるのに精一杯だ。
 そして、彼ほどの腕が無い部下たちは一機、また一機と撃墜されていく。
(くっ…このままでは…すまん、マナ…父さんはもう駄目かも知れんぞ…)
 飛ぶようになってから初めてタケヒコが弱気になったその瞬間、彼を追撃していた2機が立て続けに爆発を起こした。
「!?」
 驚いたタケヒコが辺りを見回すと、どこから現れたのか、50機近い航空部隊が戦闘に参加していた。新手の部隊が発射するミサイルに厚木空の戦闘機が撃破され、さらに地上すれすれにも攻撃機が舞い降りて、仙石原の戦車部隊に爆弾の雨を降らせていた。
(一体どういう事だ?)
 助かったと言うよりも困惑するタケヒコに、通信が入る。
『こちら国連太平洋艦隊<オーヴァー・ザ・レインボウ>空母戦闘群。これよりNERVを援護する』
 白と灰色に塗られたSu-35戦闘機の主翼に、UN-PACFLEET(国連太平洋艦隊)の文字が煌くのが見えた。


NERV本部 発令所

 国連太平洋艦隊からの通信は発令所でも受信されていた。
「国連太平洋艦隊司令官から映像回線を開くよう求めています」
「うむ、開いてくれ」
 青葉の報告に、冬月が回線を開くよう命じると、モニターに艦隊司令のサー・オールディス・アークハート大将の理知的な顔と、旗艦空母<オーヴァー・ザ・レインボウ>艦長のダニエル・モルガン大佐のいかつい顔が現れた。
「アークハート提督!お久しぶりです」
 面識のあるリツコが挨拶をすると、アークハートは懐かしそうな声で笑った。
『おぉ、赤木博士。お元気そうで何よりですな。加持君も元気かね』
 加持は答える代わりに見事な敬礼を送った。それを受け、アークハートも姿勢を正して敬礼する。
『NERV司令のミスタ・冬月ですね。国連太平洋艦隊司令官、アークハートです。これより我が艦隊はNERVの援護に回ります』
 冬月も敬礼し、感謝の言葉を述べる。
「感謝いたします、アークハート提督。しかし、国連は今回局外中立を貫くものと思っていましたが…なぜ?」
 その質問に、アークハートは微笑した。
『いや、国連からは介入しないよう命じられていますよ。この行動は私の独断です。あなた方から真実とやらを受け取りましたのでね…まぁ、黙っているわけには行かないだろうと』
 そう言う事か、と冬月は納得した。どうやら、一番頼り甲斐のありそうなところへNERVのメッセージが届いたらしい。
『女王陛下から国連に忠誠の対象を代えはしましたが、<ゼーレ>やら言う胡乱な連中に協力する謂れはありません。それに、我々イギリス人はナポレオンからヒトラーまで独裁を企む輩には容赦しないのが伝統でして。彼らを粉砕するためならこの程度の協力はお安いものです』
『むろん、アメリカ人もですぞ』
 モルガン艦長も胸を張って付け加える。冬月は苦笑した。一国の軍事力と互角に戦えるとさえ言われる国連太平洋艦隊の協力がお安いものだとは!
「わかりました。重ね重ね感謝いたします。アークハート提督」
『ええ。では、国連本部がやかましいので、これより本艦隊の無線機は故障する事にします。あなた方の健闘を祈ります。以上、通信終わり』
 交信は切れた。NERV本部に安堵の空気が広がる。同時に、自信も湧き出してきた。自分たちは決して孤立していない。まだ味方はいる。


戦略自衛隊前線司令部

 国連太平洋艦隊の攻撃による被害は甚大なものだった。厚木空の戦闘機隊は散々に叩かれ、仙石原に突入しかけた前衛部隊は爆弾の雨を浴びせられて全滅に近い打撃を受けた。
 さらに、厚木、百里が太平洋艦隊が発射したと見られる巡航ミサイル攻撃を受け、小松から下りてきたばかりの補充航空隊が壊滅した。
「…なんたることだ。これでは第三新東京市への突入など不可能ではないか!」
 参謀長が怒声を上げる。たった一回の航空攻撃で、戦略自衛隊の精鋭部隊は半身不随に近い状態へ追い込まれたのである。
「どうしますか、師団長」
 別の参謀が青ざめた表情で尋ねてくる。師団長は目を閉じ、腕を組んで考え込んでいたが、やがて決断し、目を開けた。
「どうしようもないな。全部隊は現在までの進出点にて進撃を中止。牽制攻撃に留める。攻撃の主役は<シャドウ・ダンサー>に譲る」
 参謀たちはうなだれた。今回、彼らと並んで攻撃の主役を担うはずだった<シャドウ・ダンサー>は味方とは言え、決して好意を持っている相手ではない。彼らに主導権を握られるのは無念以外の何者でもなかった。師団長としても気持ちは同じだったが、任務達成のためには仕方が無い。彼は命じた。
「彼らに攻撃開始命令を送れ」


芦ノ湖畔

 一見、何の変哲も無い湖畔の山林。動物たちが、北から聞こえてくる砲声や爆音に、脅えた目を向けている。一匹の野ウサギが不安げに耳や鼻をひくつかせ、あの恐ろしい音の源がこっちへ来ないかと様子を窺っていた。
 その時、彼は唐突にすぐ傍に出現した恐ろしい気配に撃たれ、文字通り脱兎の勢いで逃げ出した。
 そんな小動物には目もくれず、気配の主…全身を黒い戦闘スーツで覆った男はすっと立ちあがって言った。
「命令だ…これより我々はNERV本部の直接占拠、並びに彼らの保有する特殊兵器の接収を行う」
 その途端、今まで何も無かった場所に湧き出るかのように、数百名の同じ様な格好をした人間たちが立ちあがった。リーダーの命令一下、整然と動き出す。山林の中を移動しているにもかかわらず、その動きは驚くほど静かで、迅い。
 戦略自衛隊の有する特殊部隊、第一機動歩兵連隊。通称<シャドウ・ダンサー>。国内外のゲリラ戦の戦場に投入され、その恐るべき戦闘能力と情け容赦の無い戦いぶりで、味方からも忌避される地獄の軍団。
 彼らの登場により、NERVと<ゼーレ>の戦争はまた新たな局面へと突入しようとしていた。

(つづく)
次回予告

 正面からの攻撃を退けたNERV。しかし、スポンジに染み込むように浸透してきた特殊部隊の攻撃により、一挙にジオフロントまでが戦場と化す。非戦闘員であろうと容赦無く攻撃する彼らに立ち向かう加持率いる保安部特殊戦闘部隊。はたして、NERVはこの危機を乗り越えられるのか。
 次回、第弐十伍話「Air」

あとがき

 REPLACEもいよいよEOE編一回目、通算二十四話目をお送りします。書き始めた頃はえらく遠い道のりだなぁ…と思っていたものですが。
 今回は全面ハードに戦争です。チルドレンの出番はチョイで、大人達の必死の戦いが続きます。次回もまたそうです。ジオフロント、NERV本部攻防戦を舞台に、今回はあまり出番の無かった加持や、思わぬあの男が大活躍する予定。どうぞお楽しみに。
2001年9月某日 さたびー拝



さたびーさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

これはなかなか本格的な戦争ドラマですね。
ただ惜しむ事は私の手元に箱根周辺の地図がなく、せっかく登場してきている地名が何処か解らず、戦略図を把握し難い事かな?(^^;)

>「わかった。とりあえず、敵の侵攻が予想される時点で、使徒の襲来に準じた退避を行うものとする。
> 万が一の場合は全市民のジオフロントへの収容も選択肢のうちに入れてくれ」

これは司令官としては下策なのでは?(^^;)
守るべき一般市民ですが、明らかに作戦の邪魔になりそうですし・・・。
でも、こういう姿勢が戦いの後に来る物で大事になってくるのは三国志の劉備の例もありますから何とも言えないかな?

>『こちらNERV北米支部。支部の奪回に成功した。これより、我々は日本本部と共同歩調を取ります』
>「ご苦労様です、フォクスルさん」

この辺も良いですねぇ〜〜♪
世界規模の戦いなのに劇場版では所詮は局地戦でしかありませんでしたし。

>「時田技師のおかげですね。これほど短期間で長射程ミサイルを大量に配備できたのは」
>「なに、基本は同じ物ですからね」

言わゆる『こんな事もあろうかとっ!!』って奴ですね?(笑)

>我々イギリス人はナポレオンからヒトラーまで独裁を企む輩には容赦しないのが伝統でして。

おおうっ!?これはかなりの名ゼリフなんじゃっ!!?
何からの引用なのかな?



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