夢…
 夢を見ていた。
 暖かな温もりに包まれた場所で。
 何の不安も存在しない場所で。
 彼は安らかな眠りの中に浮かんでいた。
 暖かな波動をその身に受けて。
 誰かの優しい声。
 自分に向けられる愛情。
 しかし、突然冷たい声が割り込み、彼の心に不快と不安の波を立たせる。
 その声に急き立てられるように去って行く暖かな波動。
 夢…
 夢は続いていく。
 暖かな温もりに包まれた場所で。
 しかし、もうそこには安らぎはない。


NERV本部 実験場

「…はっ!?…夢か…?」
 カヲルは目を覚ました。同時に今自分が何をしているかを思い出す。今は訓練中だ。その時、リツコの声がレシーバーから響いてきた。
『良く眠っていた様ね、カヲル』
「あ、赤木博士…」
 モニターの怒ったリツコの顔にカヲルは顔を引き攣らせ、LCLに溶けてしまうため形としては見えないが冷や汗を流す。
『あと5秒、起きるのが遅かったら電気ショックだったわよ』
「す、すいません!」
 大慌てで謝るカヲルの姿に、発令所は笑いに包まれる。
『まあ、それは冗談だけど。気を引き締める様にね』
 リツコはそう言って会話を打ち切った。カヲルは脱力してシートにもたれかかりそうになり、慌てて座り直す。
「ふう…まずいとこを見られてしまったなぁ…それにしても何だかいやな夢だったな…さて?」
 カヲルはそう一人ごちる。が、夢の内容を思い出すことが出来なかった。
「どんな夢だったかな?夢の中の感触は妙にはっきりしているのに…まるで、現実にあった事みたいに」


新世紀エヴァンゲリオンREPLACE
第弐拾弐話 せめて、人間らしく



NERV本部

 大混乱を極めた第十四使徒戦から一ヶ月と少し、第三新東京市、NERV本部の再建は未だ途上にあるものの、エヴァは全機が戦線復帰が可能となっていた。ただし、レイは退院こそしたもののまだ復帰を許されていない。
 よって、本部防衛は既に退院済みのシンジとカヲルに掛かってくる。彼らも三週間以上入院していたため訓練が出来ず、再訓練は急務となっていた。シンクロ率はともかく、戦闘の技量は耐えず訓練しなければすぐに低下していくものなのだ。
 そして、NERVと「ゼーレ」の対立が決定的となった今、冬月とゲンドウはこれまでは士気に関わるとして公表してこなかった、NERVの真の目的と非人道的な側面を知らせるようになっている。最終決戦に備えた布石も着々と打たれていた。その一貫として、カヲルとシンジも一つの事実を知らされていた。


二日前 NERV本部 司令公室

 シンジとカヲルが呼び出された司令公室には、真実の持つ重い沈黙が漂っていた。しばらくして、カヲルが口を開いた。
「すると…ボクの…弐号機にはボクの母親の魂が宿っているんですか?」
「そして、零号機にはシンイチ兄さんの魂が…」
 シンジも言う。それに冬月は首を縦に振った。
「そうだ。お前達を大事に思う人たちの魂だ」
「…知りたいです」
 カヲルは言った。
「それなら司令、ボクの母親がどんな人なのか知っているんでしょう?教えてください、母の事を」
 そのカヲルの言葉に、冬月は少し困った顔になる。
「済まない。ワシも書類でしか知らないのだ」
「かまいません。知ってる限りの事で良いんです」
 食い下がるカヲルに、冬月はゲンドウの方を見る。彼は仕方ないというように、フォルダから書類を取り出した。
「惣流キョウコと言う方だ。後に結婚して惣流キョウコ・ツェッペリンと名乗っているが…優秀な科学者だった」
「ああ、多分私や死んだ葛城、赤木両博士が引退した後では、六分儀とユイ君、そして惣流博士が次の『東方の三賢者』になっただろうと言う逸材だよ」
 ゲンドウと冬月の事葉に、カヲルはうなずきつつ、先を促す。
「2001年、NERVドイツ支部に入り、エヴァの建造に参加。しかし、2004年に亡くなられている。魂がエヴァに移されたのはこの後だろうな」
 ゲンドウはカヲルに書類を渡した。添付された写真には、芯の強そうな女性の笑顔が写っている。髪の色などを除けば、カヲルに似ていると言えなくも無い。
「この人が…ボクの母さん」
 カヲルは写真を指で撫でた。錯覚か、指にほのかな温かさを感じるような気がする。
「亡くなった…というのは事故か何かですか?」
 カヲルが聞くと、ゲンドウは首を横に振った。
「家でテロに遭った…と聞いている。良くはわからないのだが」
 キョウコの死は不自然なものだったと言う。突然彼女の部屋が爆発し、キョウコは重傷を負ってその日のうちに亡くなったが、娘は無傷。警察はテロと断定したが、爆発物の痕跡は影も形も見当たらなかった。だが、ゲンドウはそこまでの事情は説明しなかったし、カヲルも聞かなかった。国連関連施設に対するテロは、2003年の一週間戦争以来日常茶飯事だからだ。
「そうですか…すると、その女の子は?」
 カヲルは尋ねた。惣流博士の娘と言うことは自分の姉か妹に当たる存在だから、気にならない方がおかしい。
「ドイツNERVの職員が引き取った、と聞いているが、それ以上の事は分からん」
 冬月が答える。実際、冬月は万が一カヲルが重傷を負ったりして戦えなくなった時に備え、娘の所在を探したのだが、結局見つからなかったのだ。
 それを聞いてカヲルはうなだれた。父親の事が分からないだけに、その娘はひょっとしたらこの世で唯一の肉親かもしれないのである。
「そう落ち込むな。生きてさえいれば必ず会える時はある」
 ゲンドウはそう言ってカヲルを慰めた。
「それに…ゼーレとの決着が付けば、エヴァのコアに封じられた人々をサルベージできる可能性もある。そうなれば、母親と再会することも出来るだろう」
 カヲルは頷いた。
「そう…ですね。わかりました。この資料、借りて行って良いですか?」
「ああ、かまわんぞ」
 冬月は頷いた。カヲルは礼を言うと資料を手に取り、司令公室を出て行った。おそらく、部屋で眺めるのだろう。今まで知らなかった母の事を少しでも知るために。
「やはり、親の事が気にかかっていたのだな」
 カヲルがいなくなると、冬月が言った。レイからの又聞きだが、カヲルは親に自分は頑張っていると言うことを見せたくてエヴァのパイロットとして全力を尽くしていたと言う。だが、S2機関の事が受け入れられるまでは、母親の事を教えることは出来なかった。
「父親の事も調べてやれれば良かったのですが」
 ゲンドウも言った。カヲルの父親の事はMAGIでも調べられない、完全な抹消済みのデータであった。
「うむ…よほどの大物なのか、あるいは…」
「MAGIには載せられないような不都合な人物か、どっちかでしょうな」
 ゲンドウの言葉に冬月は頷いた。どっちにしても、カヲルの前ではとても言えない予想だった。


NERV本部 セントラル・ドグマ―ターミナル・ドグマ境界域

 零号機と兄の関係を知りたがったシンジがゲンドウに連れられて訪れたのは、かつて彼が産み出された人工子宮の部屋よりも更に一段階深いところにあった。
「ここだ」
 ゲンドウは一室に入ると、電源スイッチを入れた。
「うわあ…」
 思わずシンジは感嘆の声を上げた。そこは、ケイジよりも更に広大な空間だった。大きさをキロ単位で計った方が良いかもしれない。
 そして、その床には巨大な、そして奇妙な木の紋様が描かれている。
「カバラの秘儀で世界そのものを象徴する存在『セフィロトの樹』だ」
 ゲンドウはそう説明した。
「これはただの紋様ではない。先史文明世界においてはこれは一種のコンピュータのような、演算装置として使われていた。世界の中心に巨大な樹があるという思想は北欧神話の世界樹ユグドラシル、中国神話の扶桑樹などにも見られるが…まあ、その源流だな」
 そう言って、ゲンドウは「樹」の一画を指差す。それは、「生命」を司る枝だった。
「私はこれを使うことで、世界法則に干渉し、生者の世界と死者の世界を繋ぎ、シンイチの魂を召喚してコアに封じ込めたのだ。もう10年以上前だが…」
 世界の法則そのものを操作できるコンピュータ。そんな事が本当に出来るのだろうか?シンジはその疑問を父にぶつけてみた。
「ああ。先史文明の技術は魔法のように見えるが、我々のそれと依って立つ法則が異なるだけで、やはりまた立派な『科学』なんだよ。我々の知る科学も、いずれは同じ様な事が行える段階へ到達するだろう。まだその時ではないと言う事だ」
 シンジは「樹」を見下ろした。十数年前以来使われる事の無かったそれは、今はただ静かにあるだけだった。それが古代には世界を動かした存在である事など、シンジには到底信じられなかった。


ジオフロント居住区域 カヲルの私室

 カヲルは飽きる事無く、母の資料を眺めつづけていた。人工受精、人工子宮から生まれたカヲルは、親の温もりと言うものを知らない。知らないからこそ、密かに親の事を思いつづけてきた。自分の「ルーツ」を。
(この人が…)
 カヲルはもう何度撫でたかわからないキョウコの写真を見つめる。写真の中のキョウコは幸せそうに笑っていた。書類の日付を信じるなら、彼が生まれる数ヶ月前の頃のものだ。
(確かに優秀な人だったんだな)
 資料にはキョウコがドイツでのNERVの活動に果たした役割が列挙されていた。ドイツにおけるMAGIシステムの構築、エヴァ建造体制の確立。
 どれも、ドイツの…ひいては欧州におけるNERVの体制固めにおいて欠かせない役割だった。それだけの大きな仕事を成し遂げている「母」を誇りに思う気持ちが湧きあがってくるのをカヲルは感じていた。
(親が誰であろうとボクはボクだ…そう思っては来たけど、やっぱり自分のルーツを知ると言う事は嬉しいものなんだな)
 カヲルは思った。考えてみれば、レイも最近になって自分の本当の家族を知った。それまでの気持ちは一旦リセットされたけど、見つけた家族と新しい関係を築いていこう…としているレイの姿は、今まで以上に輝いて見えた。
(ん?そう言えば綾波さんとシンジ君は姉弟だったんだっけ。という事は…)
 カヲルはニヤリと笑った。
(そう、ボクにもチャンスがあるって事だね)
 カヲルは身を起こした。資料を丁寧に整頓し、フォルダに仕舞い込んで立ち上がる。とりあえず、返す前にコピーを取ろう。それから…
 警報の発令はその瞬間だった。


NERV本部 発令所

 第十五使徒は突然衛星軌道上に出現した。高度5万メートルほどに位置し、第三新東京市の真上に静止している。その光は、天頂に輝く星として地上からも目視できた。
「望遠レンズの映像、出ます」
 青葉が映像をメインモニタに回す。星空をバックに、光り輝く四対の翼のような形をした使徒の姿が映し出された。今までの使徒に無い神々しささえ感じさせるその姿に、発令所の要員達の間から声にならない溜息が漏れる。
「37分前にマリアナ諸島上空に出現。その15分後、第三新東京市上空まで移動、静止しました。以降の変化はありません」
 日向が使徒の動きをトレースして報告する。
「厄介ね。攻撃しようにも位置が遠すぎるわ」
 ミサトが言った。
「陽電子狙撃銃なら届くが、威力に不安がありますな」
 と、これは時田。
「第十使徒のように落ちてくる気なのか、それともあそこから攻撃する手段を持っているのか…いずれにせよ厄介ね」
 リツコが言うと、加持が首をひねった。
「攻撃できるならとっくに仕掛けているさ…どうも気になるな。まるで何かを待っているかのような動きだ」
「待っている…エヴァをでしょうか?」
 レイが言った。今回、エヴァはシンジの零号機とカヲルの弐号機がケイジで待機している。敵が近づかない事には勝負にならないので、まだ地上には上げていないのだ。初号機はテスト段階ではS2機関駆動に問題は起きていないものの、レイの体調ともども実戦参加にはまだ不安があるとして参加を認められていない。レイがここにいるのはそのためだ。
「いかがします、司令?」
 ミサトは冬月の方を向いた。敵の出方が読めないため、効果無しにしろこちらから討って出て相手の見方を探ろうと言うのである。
「…うむ、良かろう。だが、危険なら直ちに後退させる事」
「はい」
 冬月が決断を下し、ミサトは発進の号令を出した。リフトで待機していた二機のエヴァが一気に上昇を開始する。
「シンジ君、カヲル。相手の手がまだ読めないわ。とりあえず陽電子狙撃銃を用意しておくから、それで相手の出方を見て」
『了解!』
 ミサトの命令に2人が元気良く応える。地上に出た二機の至近にあった武器庫ビルには、既に陽電子狙撃銃が設置されていた。時田の改良によって、陽電子と必要な電力を充填したカートリッジを一発ごとに装填する事で射撃間隔を大幅に短縮した弐号銃である。
「まずカヲルが撃ち、相手のATフィールドに負担を掛けたところでシンジ君がもう一撃。うまく行けばこれだけでやれるかもしれないわ」
 ミサトが言う。
『了解。射撃準備します』
 カヲルは片膝を付き、天空へ向けて銃身を向けた。ターゲッティング・デバイスに光り輝く使徒の姿をしっかりと捉える。その姿が、一瞬輝きを増した。
「うわあああぁぁぁぁぁっっっ!!??」
 使徒から撃ち降ろされた虹色の輝きが弐号機を包み込んだのを見て、発令所に動揺が走った。
「カヲル!?大丈夫!?返事をして!!」
 ミサトが呼びかけるが、弐号機直通の音声回線からはカヲルの絶叫だけが響いてくる。
『やめろ…やめてくれ!!ボクの心の中に入り込んでくるな!!』
「カヲル!?」
 その声に、リツコの顔色が変わる。
「大変です!カヲル君の心理グラフが崩れかけています!」
 マヤが叫んだ。それまで安定した線を描いていたカヲルの心理グラフが動揺し、続いて大きくうねったり、他の線と交じりあったりする。
「心理攻撃!?使徒が人の心を知ろうと言うの!!」
 ミサトが叫んだ。
「いや、違う…彼らももとは人間だ。触れたがっているのだろう。現世の人間の心と」
 ゲンドウが言った。遥かな古代――12000年前よりS2機関に封じ込められている魂。長い時の流れに研磨され、形を失いかけているその魂が、現世に生きる人の心を羨んでいるのか。
「あの光…あれを断ち切れば!シンジ君!」
 その中でミサトが叫んだ。使徒と弐号機を繋ぐ虹色の輝く糸。それさえ切れば…
『わかりました!』
 シンジが使徒に向けていた照準を、咄嗟に「糸」に切り替える。そして、発砲。膨大なエネルギーを秘めた陽電子ビームが糸を直撃する。だが、切り裂かれたのは糸ではなく、ビームの方だった。二つに裂けたビームが空しく天空へ消えて行く。
『駄目だ!効果が無い!』
 シンジが叫んだ。
「なんだ、あの『糸』は」
 冬月がうめくと、リツコが答えた。
「おそらく…極限まで凝縮したATフィールドです」
「なに?」
 冬月が尋ねると、リツコは自分の推論を述べた。
「ATフィールドは心の壁です。言い方を変えれば、具現化した心の姿。もし、使い方に熟達したものがいるならば、壁ではなくもっと違った形で具現化する事ができるかもしれません。例えば…そう、このように心と心を繋ぐ回路として」
 それに、ゲンドウが補足を加える。
「そう言えば、第十四使徒戦で、覚醒した初号機がATフィールドを剣のようにして使徒を叩き斬っていたな」
 何人かが頷いた。圧倒的な強度を持っていた第十四使徒のATフィールドを、肉体ごと袈裟懸けにしたあの強大なパワーは発令所要員たちの目に焼き付いている。
「初号機を出すか…?いや、あれを使う手もある…しかし」
 ゲンドウは一瞬迷った。現状でも事態を打開する切り札が無い訳ではない。地下のターミナル・ドグマに安置してある<ロンギヌスの槍>だ。あれを使えば「糸」を断ち切る事はおろか、使徒そのものの殲滅とて容易な事だろう。レイを出撃させるまでもなく、既にエヴァに乗っているシンジに取って来させれば良い。
(しかし…あれは最後の切り札だ。それもできれば使いたくない類の)
 ゲンドウは思った。<ロンギヌスの槍>は古代文明において最終兵器として使用された悪魔の兵器。それこそ、前世紀における核兵器を遥かに上回る、人間の悪意や破壊願望を込めた負そのものの存在だ。できれば子供たちに使わせたくなかった。だからこそ、ターミナル・ドグマに封印したのだ。
 ゲンドウはちらりと横を見た。冬月も同じ事を考えていたのだろう。軽く首を横に振る。「使うな」と言う事だろう。
「やむをえん。レイ、初号機を…」
 ゲンドウはそう言いながらレイの方を見た。しかし、レイは首を横に振った。
「ううん。その必要はない」
 そう、囁くように口にする。
「何?どういう事だ、レイ」
 娘の意外な言葉にゲンドウは説明を求めた。
「わたしにはわかる。『彼』は…あの使徒は戦いを求めてきたんじゃない。多分…渚君の力になってくれる」
「…なんだと…?」
 ゲンドウが言い、レイの言葉の意味を図りかねて場がざわめく。その中で、レイは突然気を失って床に倒れた。
「レイ!」
「レイちゃん!」
 悲鳴が湧き、ゲンドウは慌てて娘を抱き起こした。が、レイは安らかな寝息を立てている。
「…もしかして…『リリス』か?」


NEON GENESIS EVANGELION
OTHERSIDE STORY "REPLACE"
EPISODE:22 Song Of Exultation


過去への旅・1

 彼は、心地よい温もりの中を漂いながら、どこからとも無く聞こえてくる会話を聞いていた。
「また来られたのですか」
 男性の声。それに答えるのは、どこか懐かしい感じを漂わせる女性の声。
「ええ、生まれの形はどうあれ、この子も間違いなく私の子供ですから」
「親心という奴ですか」
 男性が答える。こちらの声はどこか冷たく、不快感を感じさせる。
「ええ。自分の子供の成長を喜ばない親はいませんわ」
 女性が答える。
「…失礼ですが、そろそろ時間です」
「…そうですか…」
 冷たい男性の声に、女性は落胆したような声を出すが、最後に明るい声で言う。
「例え、親としての名乗りはあげられなくとも、私はいつまでもあなたの幸せを祈っているわ…私の可愛い坊や…」
 女性が去って行く気配がした後、別の少し若い女性の声がする。
「彼女も熱心ですね。そろそろ止めさせた方が良いのではないですか?」
 男性が答える。
「そうだな。これもあの娘も所詮は『魂の座』に過ぎないことを知れば、反逆者になりかねん」
「まだ人工子宮のテストというお題目を信じているのですね」
 若い女性の声。
「フン、愚かなことだ。『父親』が誰かもわからん子供に良くそこまでの愛情が持てるものよ。私には理解できんな」
 男性が嘲笑するように言う。
「あら、ラングレー博士はこの子の両親を知っているではありませんか。男の方はやはり違うのですか?」
 若い女性の質問に、ラングレーと呼ばれた男性は答える。
「さてな。私は南極で良心を捨て去ってきた男。男性心理の研究をする上で参考にはならんと思うぞ。だいいち…」
 ラングレーはますますあざけるような口調になる。
「私がこれに遺伝子を提供したのは来るべき人類の新世紀で偉大な地位を得るためよ。それに、生物レベルとはいえ、私が『新世紀の王たち』の父親と言うのは面白いと思わないか?」
「ふふ…それだけですか?」
 女性の意味深な言い方に、ラングレーは不快げに答える。
「何が言いたい?」
「彼女への…惣流博士への復讐と言う意味はないのですか?」
「黙れ!あの愚かな女がツェッペリンとくっつこうとだれとくっつこうと俺の知ったことではない!!」
 ラングレーの殺気すらこもった怒声に女性は思わず後ずさる。
「今度その話をしたら君の方から消すことになるぞ。下がれ!」
「こ、心得ておきます」
 女性が出ていったのか気配が消え、あとはラングレーの気配だけが残る。
「ククク…まあ、良い勘をしている。それは褒めてやろう。あの女に…キョウコにはいずれ、自分の愛する息子が『魂の座』となるところを存分に見せ付けてやるさ。そして娘の方もな…その時こそ我が復讐は完成する。ククク…ハーッハッハッハッハッ!!」
 狂ったようなラングレーの声だけが響いていく…


過去への旅・2

 彼は相変わらず、心地よい温もりの中を漂っていた。ただ、さっきよりも自分がずいぶん成長した事は理解できた。
 女性はあれからもずっと、彼の様子を見に来てくれた。彼女から発散される温かい波動を浴びていると、それだけで幸せな気持ちになれた。
 しかし、あのラングレーと言う男はいつまで経っても不快な存在だった。
 そして、ある日彼が連れてきた連中はもっと不愉快だった。
 目を何か機械で覆った老人と、その仲間と思われるやはり老人。彼らは自分を何か物を見るような目で眺めていた。
 やがて、1人が満足げな声を発する。
「素晴らしい…」
 それに続いて全員が感想を述べ始めた。
「まったく、見事な物だ」
「芸術品だな」
「まさに良き器よ」
「新しき時代の王にふさわしい見目だな」
 そうした中、目を機械で覆った老人だけが無言のままでいたが、やがて彼は他の者達が静まったその時に口を開いた。
「うむ…まこと、良き『魂の座』よ。やがてこの中に宿る魂を糧として、我らは新たな世界に永遠に君臨する…」
 その声は恐ろしく冷たく、彼の心を恐怖で凍り付かせた。
「御意にございます」
 ラングレーが追従する。
 2人は笑った。その度に、彼を取り巻く温もりは消え去っていった。


カヲルの世界

 カヲルは目を開けた。
 そこは、白と黒の世界だった。星一つない闇の下、どこまでも続く硬く白い平原。
「今のは…一体?ここはどこなんだ」
 そう思った時、背後から声がした。
「ここは君の心の中の世界だよ、渚カヲル君」
「誰だ!?」
 振り向いたカヲルは、そこに立っていた人物を見て驚愕した。
「…ボク!?ボクがもう一人…!」
 もう一人の「カヲル」は微笑むと口を開いた。姿はカヲルだが、声の方は深みのあるバリトンだった。
「驚かせて済まない。一番楽だったので君の姿を借りたまでだよ。私は君たちが使徒と呼ぶ存在…名前は…まぁ、君たちの言語では発音できないからな。仮に…<アラエル>とでも呼んでくれ」
「アラエル…歌を司る天使か…」
 カヲルの言葉にアラエルは頷いた。
「歌は情報であり、記憶や歴史の伝承でもある。私は君たちに使徒と呼ばれる兵器シリーズの中でも情報や記憶操作を司る機体。また、人であった頃は詩人でもあった。故にそう名乗っている」
 アラエルは淡々と言った。その言い方には敵意は感じられなかった。カヲルは一応油断やスキは見せないように注意しながらも、アラエルに向き直る。
「それで…その使徒が一体こんな所まで何の用です?」
 カヲルの問い掛けにアラエルは答えた。
「人の心が見たかったのだよ。私たちを再び現世に呼び戻した今の人類が何を考えているのかをね」
 そこまで言ってから、ふっとアラエルはカヲルの目を見た。
「ここは、君の心の中でも一番奥深い領域。今君が見ていた夢は、君自身が忘れてしまった遠い記憶だ。私はそれを知る事で、現在の人間がいかなる存在であるのか知ることができると思った。私と同様、君もまた人に作られたものだからだ」
 夢の内容を思い出し、カヲルは不審な目になる。
「それは…ボクが試験管ベイビーであると言う事ですか?」
 アラエルは首を横に振った。
「そうではない。生まれの形ははどうあれ、ヒトとして生まれたのならヒトだ。だが、君はヒトとして生み出されなかった。君を作った者達は、君をあくまで道具とみなしているからだ」
 アラエルの言葉に、カヲルは夢の中の出来事を思い出した。

(生物レベルとはいえ、私が『新世紀の王たち』の父親と言うのは面白いと思わないか?)

(うむ…まこと、良き『魂の座』よ。やがてこの中に宿る魂を糧として、我らは新たな世界に永遠に君臨する…)

 自分を生み出した者達の、情のかけらも無い会話。カヲルはうめいた。
「ボクは…ボクはいったい…何のために生み出されたんだ?」
 今まではそんな事は考えもしなかった。確かに、自分は人とは違う事情の下で生まれた。だが、それはカヲルにとって自分の存在意義を強化する材料でありこそすれ、否定するものではなかった。「自分は他とは違う」という意識は、人に強烈な自尊心と誇りを与えるものなのだから。
「それを知りたいのならば…私にしばし付き合ってもらえないか?私も現世の人間についてもっと知りたいのでな」
 苦悩するカヲルにアラエルは言った。
「どんな兵器にも、敵と味方を識別する機能がある。我々使徒も例外ではない。だが、我々の敵も味方も12000年前に滅びた。ゆえに、その機能は現在では働かない。私以前に起動した使徒たちは、単純にすべてを敵として認識したのだろう。そして君たちと戦った。だが、私はそれらの情報を元に、君たちとの接触による敵味方の識別を行う事の必要性を感じたのだ」
「識別する…ですか?もし、それでボクたちがあなたの敵だと判断するのなら…」
 こぶしを握ったカヲルの問い掛けに、アラエルは苦笑する。
「そう焦るな、少年よ。私とてまだ判断できる材料をすべて集めた訳ではないのだよ。不愉快かもしれないが、もう少し協力して欲しい」
 そのアラエルの言葉に、カヲルは嫌そうな顔になる。
「それはつまり、まだボクの記憶を覗くという事ですか?」
 アラエルは済まなそうな顔になった。
「そうなるな。申し訳ない」
 アラエルが手を伸ばし、その指先から光の波紋を放つ。その波に飲み込まれ、再びカヲルの意識は遠い過去へと引きずり込まれていった。


過去への旅・3

 カヲルは幼児になっていた。
 そして、泣いていた。はやし立てているのは、周囲でエヴァのパイロット候補生として集められた少年達であった。
「どうして…どうしてボクをいつも…」
 カヲルは呟いた。その瞬間、笑い声が広がる。
「決まってるじゃねぇか!お前みたいなチビが俺達と一緒だなんて笑わせるぜ!!」
 この騒動のきっかけは、彼の体格だった。カヲルは日本人の血が入っているためか、周囲の大柄な少年達よりも若干背が小さかった。腕力もそれほどではない。時として単純な暴力が序列を形作る事がある子供たちの社会において、カヲルは虐げられるべき弱者だった。たとえ頭が良くても…いや、それだからこそ。
 やがて、からかうのに飽きた少年たちが去って行き、あとには泣きじゃくるカヲルだけが残される。
「どうしたんだ、坊や」
 突然、声が掛けられた。カヲルは一瞬体を震わせたが、その声が存外に優しい事を知って、恐る恐る顔を上げる。
 そこには、一人の青年が立っていた。年の頃は23〜25と言ったところか。この基地には珍しい黄色人種だった。
「あなたは…?」
 カヲルが言うと、青年は人懐っこい笑みを浮かべて手を差し出した。
「俺は加持。加持リョウジ。研修で日本からこっちへやってきたんだ」
「日本の…人…?」
 カヲルは驚いて加持の顔を見上げた。自分の体に同じ血が半分流れている民族と知って、加持への親しみが湧いてくるのを感じる。カヲルは差し出された手を握った。
「ボクは…カヲル。渚カヲルです」
 先日習ったばかりの日本語で名乗ると、加持は驚いてカヲルの顔を見つめた。
「日本語ができるのか。そうか、君が噂の基地きっての天才児、渚カヲルか…驚いたなぁ」
 カヲルを立たせてやりながら加持は言った。
「で、どうしてこんなところで泣いたりしていたんだ?」
 負けて、いじめられて、一人で泣いていた不様な所を見られていた事を思い出し、カヲルの顔が紅潮する。とてもではないが、話せる事ではない、と思った。押し黙っていると、加持はカヲルの肩を叩いた。
「言いたくないか?まぁ、それでも良いが、辛い事はため込むよりもどこかで出してしまうほうが楽になれるぞ。ここだけの話にしてやるから、相談してみないか?」  加持の優しい口調に、カヲルの目に再び涙が滲んだ。この人なら、話しても良いと思えた。浮かんだ涙を拭い、いじめられている事をぽつりと口にする。
「…そうか…」
 加持はカヲルの告白を聞き終えると、ただその一言だけを口にした。同情でも、憤りでもない。ただ事実だけを受け止める言葉。
「それで、カヲルはどうしたいんだ?」
 加持は唐突にそう言った。
「…え?」
 戸惑うカヲルに加持は言葉を続ける。
「いじめられているお前は、それをどうしたい?逃げるか、それとも仕返しするか」
 加持はそう選択肢を並べてみせた。カヲルは「仕返しがしたい」と言いそうになって、口篭もった。
(違う…この人が求めているのはそういう答えじゃない)
 加持の目に宿る光を見てカヲルはそう直感した。理不尽ないじめに対して、加持はカヲルなりの答えを聞きたがっている。
 しばらくして、カヲルは答えた。
「ボクは…守れるようになりたい。自分の身を…」
 その答えを聞いて、加持は微笑んだ。
「よし、合格だ」
 カヲルはえっというように加持の顔を見上げた。
「仕返しだなんて言ったら何も教えてやらんつもりだったが、カヲルはちゃんと正解を選んだな。理由はどうあれ、他人を傷付ける力を欲しがる奴はロクなモンにはならん」
 そう言って加持はカヲルの頭をわしわしと撫でた。
「何かを守る為の力なら、俺が教えてやろう。やる気が有るならジムへ来い。いつでも相手になるぞ」
 こうして、カヲルは加持の弟子となった。加持は護身術のノウハウをカヲルに伝授し、カヲルもまた真摯な態度でそれに応えた。

 そして、数ヶ月後。
 かつて、カヲルがうずくまって泣いていた廊下で、3人の少年が床に倒れていた。
「く、くそ…どうなってんだ?」
 リーダー格の少年がうめく。訓練で疲れた彼らは、久々にカヲルをいじめて憂さを晴らそうと彼に絡んだ。しかし、カヲルは脅えた様子も無く、平然と彼らのからかいの声を聞き流すだけだった。いじめっ子たちはその態度に激昂してカヲルに襲いかかったが、次の瞬間彼ら全員が床に転がされていた。痛みも衝撃も無い。ただ転がされただけ。それが彼らの怒りに火を付ける。
「この野郎!!」
 立ち上がり、再び殴り掛かる。だが、結果は同じ。転がされる。何度も、何度も…
 やがて、彼らの顔は青ざめ、目の前に立っているカヲルがとてつもなく恐ろしい存在に見え始めた。
(…駄目だ…勝てない。一体こいつどうしちまったんだ!?)
 リーダーの少年が愕然とした時、初めてカヲルが口を開いた。
「ねぇ…」
「うわぁっ!?」
 飛びすさるいじめっ子たち。
「ボクは…誰ともケンカなんかしたくないんだ。君たちとも…」
「…え?」
 意外なカヲルの言葉にいじめっ子たちは顔を見合わせる。
「どうしてもボクが気に入らないのなら、放っておいて欲しい。でも、そうできないのならボクも戦う」
 そう言うと、カヲルは黙って彼らに背を向けた。隙だらけで、襲おうと思えばいくらでも襲えるように見えたが、いじめっ子たちは動く事が出来なかった。

 数日後、カヲルは廊下でいじめっ子たちと遭遇した。一瞬、カヲルは身構えたが、いじめっ子たちは敵対的な態度をとっていなかった。
「…渚」
 リーダーの少年が口を開く。
「…なんだい?」
 カヲルは慎重な態度で応じる。
「…いろいろ、悪かったな」
「え…!?」
 その信じられない言葉に、カヲルは驚く。
「…」
 リーダーの少年はそれ以上何も言わずに立ち去った。だが、その日以降彼らがカヲルを見る目は全く違ったものとなった。はっきり言えば、カヲルに敬意を払うようになったのだ。
 見直した、と言う事なのかもしれない。これで自分への自信を深めたカヲルは、その後性格も次第に明るくなり、むしろ自信過剰と言っても良いほどに変身していくが、加持との約束を守って、他人に理不尽な暴力を振るうような真似だけは決してしなかった。


カヲルの世界

「なるほど…少なくとも、君や加持と言う男は『力』を持つ者の自らの律し方を知っているようだ」
 カヲルが目を覚ましたとき、アラエルは楽しげな微笑みを浮かべて言った。が、次の瞬間、吐き捨てるような憎々しげな口調で言葉を続ける。
「それに引き換え、ゼーレの子孫どもは相変わらず下らぬ事を考えているようだな」
「ゼーレの子孫?」
 NERV最大の出資者であり、今や最悪の敵となりつつある「ゼーレ」。その耳慣れた単語を問い返すカヲルにアラエルは答える。
「ゼーレ博士。我々の文明における最高の科学者だったが、同時に世界を崩壊に導いた最悪の犯罪者だ。その本名をノア・ゼーレと言う」
「ノア・ゼーレ!?ノアと言うとあの、箱船の…」
 アラエルは肯いた。
「そうだ。残念ながら、私も彼らに作られた身。彼らには逆らえない。君にこれ以上の情報を与える事も反逆とみなされるためできないのだ…」
 アラエルは顔を歪めた。
「カヲルよ、お前は…ゼーレを倒す事を望むか?」
 カヲルは一瞬その質問に戸惑った。が、力強く肯く。自分を道具として作り出した者たちには怒りしか感じない。
「ええ、ボクがボクであるために」
「良かろう。私が直接『ゼーレ』と戦う事はできないが、私の力を君に託す事はできる。目を閉じるが良い」
 今度は、いわれた通り素直にカヲルは目を閉じた。
「お前の事は、次の盟友…アルミサエルにも伝えておこう。だが、心するがよい。最後の使徒は…我々とは違う…」
「え?それは…」
 アラエルの最後の言葉に、カヲルがその真意をただそうとした瞬間、巨大な何かが彼の中に入り込むのを感じ、カヲルは絶叫した。
「うわああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

NERV本部 発令所

 それは、発令所のメンバーたちの間から見ても信じられない光景だった。突如として、衛星軌道上にいたはずの使徒が地上すれすれに出現したのである。
「−−−−−−−−−」
 そして、それは「歌った」。言葉の意味こそ不明だったが、それは牢獄につながれていた囚人が解放に際して挙げる歓喜の歌のようだった。
「シンジ君、攻撃即時待機―」
 一瞬叫びかけたミサトを制して冬月が言う。
「まて、葛城君…どうやら、レイ君の言う通り、『彼』は戦いに来たのではないようだ」
 発令所のメンバーたちが見守る中、モニターの中の使徒が変化し始めていた。4対の翼が収縮し、全体が二つのシルエットに分離する。一つは、トーガを纏った人のような姿の白い輝きに。そして、もう一つは球状の赤い輝きに。
「あれは…S2機関!!」
 リツコが叫んだ。彼女の言う通り、赤い輝きは見覚えのある赤い光球へと姿を変え、吸い込まれるように弐号機の方へと移動していく。
「使徒が…自らS2機関をエヴァに託すと言うのか…?」
 ゲンドウが信じられない、と言うように呟く。その瞬間、S2機関は弐号機の胸の中に吸い込まれるようにして消えた。
 そして、もう一つの白い輝く人影は両手を天に掲げた。
<解放の使命を現世を生きる者たちに託す…人の子らよ、ノアの呪縛より今こそ解き放たれよ>
 その歌うような声は唐突にその光景を見ていたすべての人間の心に直接響き渡った。同時に、白い人影は溶けるようにして空中に消え去った。
「パターン青反応…ロスト。使徒は完全に消滅しました」
 マヤが事態を飲み込めないまま、呟くようにして報告した。
「司令、副司令…何が起こったのでしょうか?」
 青葉が尋ねたが、冬月もゲンドウも首を横に振った。
「わからんな…ともかく、カヲルの報告を待とう」
「わかりました。弐号機の回収を急がせます」
 リツコが応じ、発令所の要員たちは戦後処理にかかり始めた。


2時間後 NERV本部 大会議場

 収容された弐号機から救出されたカヲルが意識を取り戻したと言う報告を受け、NERVの主立ったスタッフは全員が会議場へ集合していた。そこで、カヲルはアラエルとの対話に付いて話していた。強烈な心理的経験のせいか、顔は疲労で黒く染まってはいるが、口調はしっかりとしている。
「…以上です」
 カヲルが話し終えると、出席者の間にざわめきが広がった。今まで「敵」としてのみ認識してきた使徒とのコンタクト。そして、使徒がカヲルに力を託して自ら消滅したと言う事実。
 実際、すでにリツコの調査によって、弐号機のコアもS2機関に置換されている事が判明していた。
「まさかこんな事になるとはな…」
 と青葉。
「しかし、使徒も12000年前の存在とは言え人間だったんだ。対話する意志と機会さえあれば、戦わずとも済むと言う事か」
 日向が応じる。
「諸君、静粛に」
 冬月が机を叩き、一同の会話を止めさせる。
「今回の使徒は非戦の道を選んだ。しかし、残り二体の使徒が同じ道を選ぶかはわからない。万一に備え、今後も最後の局面に備えて使徒との戦いに備える我々の方針に変更はない」
 この事態においても、NERVの責務に変化がない事を改めてメンバーたちに確認させ、気持ちを引き締めるよう注意を促す。もう戦わなくても済むかもしれない…と楽観的な考えに入りかけていた要員たちは頭を下げた。
「ところで…」
 一同を代表して日向が口を開いた。
「使徒が消滅する際に…そして、カヲル君との会話の中でも、再三<ノア>と言う単語が出たようですが…聖書に登場する箱船伝説と関係があるのですか?」
 それは、多くの要員たちが聞きたいと思っていた事だった。冬月はゲンドウに視線を向ける。ゲンドウは肯き、説明を代わった。
「以前…エヴァや使徒が古代文明の遺産である事は説明したと思う。物質とエネルギーの中間的な存在であるフォトンポリマーを素材とし、S2機関の無限エネルギーを持って駆動する、言わば<使徒システム>とでも呼ぶべき兵器群。ノアと呼ばれる人物…博士ノア・ゼーレはその開発者の中心となった、先史文明最大の科学者だ。同時に…」
 ゲンドウはいったん水を飲み、言葉を続けた。
「その兵器群を暴走させ、ファーストインパクトと呼ばれる大災害を惹起し、当時世界に存在していた生命の大半をLCLに還元させて、15年前の南半球同様の荒野を地上に出現させた…先史文明を滅亡に追い込んだその悲劇の張本人でもある」
 ゲンドウの言葉が意味するところを悟り、聖書の記述が意味する事を悟って場に衝撃が広がった。次のゲンドウの言葉は、彼らの多くがたどり着いた結論を確信に変えるものだった。
「聖書伝説の大洪水とノアの箱船…あらゆる生命を沈めた大洪水とは、ファーストインパクトによる生物の生命の水(LCL)への還元を、箱船とは、その後にノアとその一族が実行した生命再生計画を、それぞれ暗喩した表現に過ぎない。神話を改竄して世界滅亡の責任を回避し、あたかも己が救世主であるかのように装う彼らの戦略だよ。もっとも…傍流とは言え、この私もノアの子孫の一人なのだがな」
 ゲンドウの自嘲気味な言葉に、はっとした思いで一同が彼の顔を見る。
「ノアの子孫は、箱船を作った一族の末裔として、代々船のパーツを名前の一部に取り込んできた。私の家、六分儀家もそうした家の一つなんだよ…」
 六分儀…船の航法に使用される器具であり、針路を定めるのに不可欠な存在だ。NERVと言う船を卓越した手腕で指導してきたゲンドウにふさわしい名乗りであると誰もが認めていた名であったが、当のゲンドウはその名に決して誇りを抱けてはいなかったのだ。
「もともと…ノアの一族は自らを贖罪の一族と規定してきた」
 そこで、ゲンドウはレイの方を見た。
「うん…お母さんも言ってた。でも、その贖罪の誓いを踏みにじった人たちがいると。その人たちが…」
「そう、『ゼーレ』だ。誇るべきで無い祖先の名を冠した、恥ずべき組織だ」
 ゲンドウは言った。そして、冬月に視線を合わせる。冬月もゲンドウの言いたい事を察していたのだろう。大きく頷いた。
「祖先の悪行を拡大しようとしている連中を、同じ血を引く者として私は看過できん。いよいよ、彼らの真の狙いについて、話しておくべきだと思う」
 そう言って、ゲンドウは「ゼーレ」の目的について語り始めた。それは、既に知っている冬月や、夢の中で薄々悟っていたカヲルを除く、その場にいる全員を驚愕させるのに充分なものだった。

(つづく)

次回予告

 遂に開かされた「ゼーレ」の目的。使徒の襲来など比較にならない危機を前に、団結を固めるNERV。その頭上に飛来した第16使徒はシンジへの接触を試みる。精神を、肉体を侵食され、苦痛に表情を歪めるシンジの前にはエヴァの自爆スイッチがあった。果たして彼はそれを使う道を選んでしまうのか?
 次回、第弐拾参話「涙」

あとがき

 え〜、みなさんこんにちわ。さたびーです。

 どうもすいませんでした。前回投稿より実に4ヶ月もほったらかしにしていたのですから弁解の余地はありません。各方面で「REPLACEはどうしたっ!?」と責められまして、ようやく続きを書くことができました。叱咤してくださった皆さん、ありがとうございます。
 書いていて困ったのは、だんだんレイの出番が無くなってきた事ですね。真の主役(笑)であるゲンドウさんの出番が増えてきました。次回はシンジの話ですが、やっぱり父として出張ってくるでしょう。もう少しレイの出番が増やせるといいのですが、彼女はまだ最終回(25話以降)に向けてのリハビリ中なので、しばらくは大人しくしていると思います。
 では、できるだけ早く再会できる事を願って…
2001年 初夏 さたびー拝




さたびーさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

>「…はっ!?…夢か…?」
>『良く眠っていた様ね、カヲル』

はっ!?この展開はっ!!?
・・・と思ったら、アスカ役であるカヲルは原作ほど酷い事にはならなかった様ですね。

>「それなら司令、ボクの母親がどんな人なのか知っているんでしょう?教えてください、母の事を」
>「済まない。ワシも書類でしか知らないのだ」
>「かまいません。知ってる限りの事で良いんです」
>「惣流キョウコと言う方だ。後に結婚して惣流キョウコ・ツェッペリンと名乗っているが…優秀な科学者だった」

なんとぉぉ〜〜〜っ!?これはまさかの展開っ!!?
・・・って良く考えたら、シンジとレイの関係にカヲルとアスカの関係としてヒントが隠されていたんですね。
うむむむむ・・・。これは迂闊だった。

>(ん?そう言えば綾波さんとシンジ君は姉弟だったんだっけ。という事は…)
>カヲルはニヤリと笑った。
>(そう、ボクにもチャンスがあるって事だね)

お前という奴は・・・。(^^;)
どうやらシリアスが長続きできない性らしいですね(笑)

>「あら、ラングレー博士はこの子の両親を知っているではありませんか。男の方はやはり違うのですか?」
>「さてな。私は南極で良心を捨て去ってきた男。男性心理の研究をする上で参考にはならんと思うぞ。だいいち…」

これは第17使徒役としてアスカが登場する可能性が濃厚になってきましたね。
それにしても、アスカの父親って悪役が多いな(^^;)



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