太平洋上
エヴァ参号機を搭載した専用輸送機「ブラック・マンタ」は、同時刻にサクラメントを飛び立った他の輸送機とはやや異なる航路を取り、太平洋上を飛行している。他の機体は厚木や第三新東京市に向かう事になっているが、この機体はテストの為に松代市郊外のNERV日本本部第二実験場へ直接向かう事になっていた。
『エクタ64より、ネオパン400。前方航路上に積乱雲を確認。航路の変更を申請する』
「エクタ64」のコールサインを持つ輸送機からの申請に、管制員は航路上の気象情報をディスプレイに呼び出した。積乱雲の中は乱流と雷の荒れ狂う地獄。飛行機の大敵だ。
しかし、エクタ64が報告してきた積乱雲はそれほど大きなものではなかった。エクタ64の針路上に壁の様に立ちはだかっている為、迂回するとかなりの時間を浪費しそうだが、突っ切る分には大した厚みではない。管制員はマイクを取って伝える。
『ネオパン400確認。積乱雲の気圧状態は問題なし。若干予定より進行スピードが遅れている。航路変更せず、到着時刻を厳守せよ』
『エクタ64、了解』
機長は舌打ちして操縦棹を握り直し、機を積乱雲の中に突入させた。青空が一瞬で夕闇のような灰色に塗りつぶされた。その中で時折放電が走り、乱気流が機体を揺さぶる。だが、エヴァ輸送機として使徒が暴れ狂う直前にまで突入する事も想定されている「ブラック・マンタ」はその試練に良く耐えた。
「もうすぐ抜けるな」
機長が言ったその瞬間、窓の外が真っ白に輝き、凄まじい轟音と衝撃が機体を襲った。
「うわっ!?」
機長が必死に機体を制御する。次の瞬間、機体は雲を抜け出していた。
「何だったんだ、今のは」
機長が言うと、副操縦士が答えた。
「機体下面に落雷です。エヴァのコンテナに直撃が来ました」
その言葉に、機長は機体の状況表示ディスプレイを見る。が、特に異常はない。
「どうします?厚木かどこかに着陸変更を要請しますか?」
操縦士が言ったが、機長は首を横に振った。
「いや…特に異常はないようだ。予定通り松代へ行く。速度上げるぞ」
だが、機長は目的地へ急ぐ為にスピードをゆるめるどころか、なおも機体を加速させた。特に落雷を受けた事の報告も行わない。
だから、誰も気づく事はなかった。
飛び去る「ブラック・マンタ」の背後で、雲が急速に崩れ、やがて消えていった事を…
新世紀エヴァンゲリオンREPLACE
第拾八話「命の選択を」
市立第壱中
その日、ヒカリは欠席届を出して登校していなかった。
(そうか…もう松代に行ったのね)
レイはヒカリの席を見て頷いた。本部でもミサトとゲンドウの2人が既に松代に向かったと言う。
「ヒカリがお休みなんてねぇ…明日はきっと雨ね」
何も知らないマナがのんきそうに呟く。が、何かを見つけてその目を輝かせた。トウジが主のいないヒカリの席を時々横目で見ていたのだ。そっと目配せする相手はケンスケ。この2人、軍事オタクと言う同じ属性を持つせいか、最近仲が良い。この前も、第六使徒戦で大破したり、沈没した艦の穴埋めとして国連太平洋艦隊に新たに配備された艦を見物しようと、わざわざ新横須賀まで一緒に出かけたくらいである。
(あれってデートじゃないのかなぁ…わたしとシンジ君の事とか、ヒカリと鈴原君の事とか、散々からかってるくせに、自分はどうなのかな?)
レイとしてはそう思わざるを得ないのだが、口の上手さでマナに勝てるはずも無いので、今のところケンスケとの事を問い質してはいない。
ふと見ると、シンジとカヲルが話をしている。この2人も、最近共通の趣味を見つけた。クラシック・ファンだったのである。話をしていると言っても、カヲルが語るヴェートヴェンへの熱い想いをシンジが聞いている、と言う感じなのだが。
あの2人はヒカリの事を知っているのか、そう思ったレイは席を立つと、シンジとカヲルの方へ近づいていった。
数分後、3人は校舎の屋上にいた。
「話ってなんだい?綾波君」
切り出したカヲルに、レイは「実は…」と、ジオフロントのスイカ畑での一件を話した。これにはさすがのシンジとカヲルも驚きを隠せなかったようだった。
「洞木さんが…」
「彼女がねぇ…意外だな」
口々に言う2人。だが、レイ自身には心当たりが無いでもなかった。リツコが言うには候補はかなりいたらしい。その中でヒカリが選ばれたとしたら、第4使徒戦でエヴァの内部へ入った経験が有り、なおかつ親がNERVの職員でもあるという点が挙げられるのではないだろうか。
(…そう言えば、マナもこの条件が当てはまるんだっけ…マナは候補じゃなかったのかな?)
「まあ、どういう理由にしろ…」
レイの思索をカヲルの声が破った。
「ボクにもパイロットとしての後輩が出来る訳だ。歓迎だよ。洞木君なら知っている仲だしね」
「僕も…洞木さんなら信用できるから」
「そうだね」
レイは2人に同意した。今までも3人でやってきたとは言え、危ない局面も少なくなかった。もう一人…それも親友とも言うべき仲のヒカリが戦列に加わってくれるなら、どれだけ楽になる事だろう。
「ヒカリ…大丈夫かな?」
レイは遠く松代の方を見つめ、そこにいるであろう親友に思いを馳せた。
松代郊外 NERV日本本部第二実験場 附属飛行場
ろくに舗装されていない砂利道をがたがたと音を立てて四輪駆動車が走っている。ハンドルを握るのはミサト、助手席にはゲンドウが座っている。実験場で受け入れ準備を終えた後、2人は飛来するエヴァ輸送機を出迎えに来たのだ。
「フォース…洞木君の事だが、リツコはレイには話したらしい」
ゲンドウの言葉に、ミサトは苦笑した。
「姉さん…リツコが?仕方の無い人」
本当は、試験を終えて正式に配属が決定するまではヒカリの事は誰にも話してはならない事になっている。レイが拉致されて以来の警備強化策の一環だ。もっとも、ミサトの口調もリツコを責めているようではない。
「まあ、よかろう。レイは部外者と言う訳ではない。それに、何と言っても洞木君はレイの友人だからな。レイにも知る権利はある」
ゲンドウは言った。そのヒカリは実験場で事前の講習を受けながら参号機の到着を待っている。
「思えば、緊急時とは言えレイには大変な思いをさせた。せめて洞木君には十分な訓練期間を与えたいものだな」
独り言のようなゲンドウの言葉にミサトは頷く。その彼女の耳に、大出力ジェットエンジンの甲高いタービン音が聞こえてきた。
「来ましたね」
「ああ」
南の空に現れた機影はやがて急速に大きくなり、松代盆地全体に響き渡るような轟音と共に滑走路に滑り込んでいった。
NERV本部 発令所
そして、ここにもまた、アメリカからやってきた人物がいた。
「NERVアメリカ支部各種資材、確かにお引き渡しします」
その人物は奇麗な日本語で報告を済ませた。それもそのはず、彼は日本人だったのだから。
「確かに受け取りました」
彼を出迎えた冬月は渡された書類を一瞥すると小脇に抱え、右手を差し出す。
「ようこそNERV日本本部へ。歓迎しますぞ、時田君」
「こちらこそ。貴方の噂はかねがね伺っております」
彼――元日本重工業共同体第一特殊機材開発部長、時田シロウは冬月の差し出した手を握った。
「しかし、何故アメリカに?日重共を辞めたあと独立したと聞いていたが」
冬月が尋ねると、時田は苦い笑みを浮かべた。
「…日重共に睨まれては、この国では商売が出来ませんからね。アメリカ支部長のフォクスル氏の招聘を受ける事にしたんです」
時田はアメリカに渡った事情と、その後の事を語った。NERVに関係した仕事を請け負い、特殊な機材や兵器の開発をしていたが、NERV米支部の解体に伴い、帰国を決意したと言う。
「どうも私とNERVとの因縁はなかなか切れないようです。だったら、いっそのこと一緒にやっていくのも悪くはない、そう思いましてね」
時田は照れたように笑った。冬月としても、時田の参加は悪い話ではない。NERVではエヴァやMAGIをはじめとする有機素材工学の専門家は多いが、兵器などの専門家は少ないからである。
「うむ…時田君にはエヴァの装備品を扱う技術部第三課長の椅子を用意してある。前の職場では部長だった君には格下げ人事となるが…」
「いえ、私は外様ですから。気にしないで下さい」
申し訳なさそうな冬月の言葉に時田はまるで気にしていない事を伝えた。
「そうか…では紹介しよう。技術部長の赤木リツコ君だ」
冬月は後ろに控えていたリツコを手で示した。
「はじめまして、時田博士」
リツコが手を差し出す。時田はその手を握って笑った。
「はじめまして、赤木博士。有機コンピュータの分野では世界的権威と呼ばれる貴女に会えるとは、光栄です」
「こちらこそ」
リツコも笑い返す。かつては敵対関係だった事もあるNERVと時田の関係は、どうやら友好的なものとなりそうだった。
市立第壱中
第壱中では昼食の時間が始まっていた。カヲル、ケンスケ、トウジは屋上で食事にしている。カヲルは定番のカツサンドとカフェオレ。ケンスケは軍用レーションとミネラルウォーター。個性の見えるメニューである。この定番に従えば、トウジはヤキソバパン、おにぎり数個とお茶と言う組み合わせのはずなのだが…
今日の彼は、ヤキソバパンだけでおにぎりは買っていなかった。
「どうしたんだい、鈴原君。大食漢の君らしくも無い」
カヲルがニヤニヤと笑いながら尋ねる。
「体の調子でも悪いのか?」
と、ケンスケがこれまたニヤリと笑って尋ねる。
「いや…別にそないな訳やないんやけどな…」
トウジは気の無い声で返事をした。カヲルとケンスケは顔を見合わせ、ニヤニヤ笑いを更に大きくすると声を揃えて言った。
『ま、仕方ないか。洞木さんのお弁当を食べた後じゃ』
この一言に、トウジは飲んでいたお茶をまともに吹き出した。
「な、なななな、な、ななあっ!?」
焦りの余り言葉が出てこない。ケンスケはトウジの右肩にぽんっ、と手を置いて言った。
「何で知ってるんや、とでも言いたいのか?」
トウジが首をこくこくと振る。すると、カヲルがトウジの左肩にぽんっ、と手を置いて言った。
「ふふふ…気づかれてないと思っていたのは君たち2人だけだよ。一目瞭然だね。バレバレって事さ…」
これにはさすがのトウジも口を金魚の様にパクパクさせるばかりである。
「で、一体どう思ってるんだ?洞木さんの事」
ケンスケが尋ねた。
「い、言えん…そないな事、恥ずかしゅうてよう言えん…」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くトウジに、カヲルが言う。
「ま、良いじゃないか…ボク達と君の間柄だ。絶対に他言はしないよ」
そう言って微笑む。邪気の無い天使の微笑みだ。だが、他言しないなどと言うのは大嘘である。彼らはマナから、ヒカリに対するトウジの気持ちを聞き出す事を頼まれていたのだ。
「さ、早く言って楽になっちまいなよ」
刑事ドラマの取り調べのような口調でケンスケが言う。
「…ホンマやろな?誰にも言わへんか?」
ケンスケとカヲルはこくこくと首を振った。
「…はっきし言って、嫌いや無い」
観念してトウジは言ったが、ケンスケがあっさり一蹴した。
「それって好きって事か?ぜんぜんはっきり言って無いじゃないか」
「ぐ…」
口篭もるトウジ。カヲルが助け船を出す。
「まあまあ、あまりいじめなくても良いじゃないか…ここは一つ、洞木君のどこを好きになったのかだけでも聞いておこうじゃないか」
訂正。全然助け船になっていなかった。しかし、トウジはあっさり引っかかって決定的な一言を口にする。
「や、優しいところや…」
「ほう」
決定的な言質を引き出したカヲルとケンスケだが、事情をトウジから聞いて、2人はしんみりした気持ちになってしまった。
「ワイはこの言葉づかいでようからかわれとった。からかいに来た奴にパチキかまして…ワイだけが先に手を出したからと叱られて…先公が嫌になって授業をフケて、絵に描いたような悪ガキや。どいつもこいつもワイの事を放っとく様になった。こんなワイに、いいんちょだけが世話焼いてくれたんや」
トウジはいつに無く饒舌だった。
「なるほど…それは好意に値するね。好きになるって事さ…」
カヲルが言うと、トウジはますます赤くなった。
「な、何言うとんねん、渚っ!ワイといいんちょはそんなんやないっ!いい加減な事言うとパチキかますで!」
怒鳴るトウジをまあまあとなだめるケンスケだったが、内心では霧島さんへの良い報告が出来ると喜んでいた。
松代 NERV日本本部第二実験場
輸送機から降ろされたエヴァ参号機は梱包を解かれ、実験場のケイジに収納された。
第二実験場とは言っても、この施設の歴史はジオフロントのNERV本部より古い。というより、ジオフロントが開発されるまではここがNERV日本本部の本拠地だったのだ。
本部の移転に伴って長い間使われなくなっていたこの施設がまた使われる事になったのは、本部のケイジが3つしかない為である。増設工事は行われていたが、消滅した四号機の来日スケジュールに合わせて進められていた為、現状ではあと一週間もしないと第4ケイジは使えない。
そこで、第二実験場にスポットライトが当てられたという訳である。
『参号機、起動実験までマイナス6006です』
『主電源、問題なし』
『第二アポトーシス、異常なし』
『各部冷却システム、順調なり』
『左腕固定ロック、固定終了』
『了解。Bチーム作業開始』
『エヴァ初号機とのデータリンク、問題なし』
スタッフたちがきびきびと作業を進めていく。ここが本拠地だった頃の、往年の活気が蘇ったかのような光景だった。
「これだと即実戦も可能です」
「そうか…」
今の本部に比べると随分手狭な発令所で、送られてくるデータに目を通しながらミサトは言った。しかし、それを聞くゲンドウは心ここにあらず、と言うような態度である。
「どうされました?副司令」
ミサトに覗き込むようにして尋ねられ、ゲンドウは我に返った。
「む?あ、ああ。済まない。昔の事を思い出していたのだ。ここが閉鎖される直前の最後の実験の時をな…」
「あの女性が消えた時ですね…」
ミサトの言葉にゲンドウは頷いた。
「私は…ここでも彼女を犠牲にし、多くの部下達も死なせてしまった…私は結局罪を重ねるだけの人間なのかもしれない。こんな男が世界を救おうなどと考えるのは、とんだ増上慢なのだろうか」
ゲンドウの自嘲にも似た呟きを、ミサトが否定する。
「いいえ…そんな事はありません。むしろ、あなただからこそ、それが可能だと私は信じています」
「…俺を信じてくれるか?」
「はい、先生」
ゲンドウとミサトはしばし見つめ合っていたが、やがてゲンドウはふっと顔をほころばせた。
「ありがとう、ミサト」
礼を言い、モニタに目を移す。エントリープラグが挿入され、プラグ内で目を閉じて集中しているヒカリの姿が目に映る。
「シンクロ・テスト、順調です。間もなく絶対境界線を突破。シンクロ率、出ます」
オペレーターの一人が言った。その瞬間、突然発令所は暗闇に包まれた。
「なんだ、どうしたっ!?」
ゲンドウが叫ぶ。一瞬の後、非常電源が入って発令所がほのかな明かりに照らされる。
「…!これは!参号機内部に高エネルギー反応っ!」
その報告に、ゲンドウはある事を思い出して叫んだ。
「まさか、S2機関か!?」
S2機関。使徒のコアと呼ばれる部分を構成する半永久機関。参号機が「ゼーレ」直属の実験機として扱われていた理由こそ、このS2機関の存在であった。
「いけない、暴走するわ!エントリープラグを直ちにイジェクト!」
ミサトが命じ、オペレーターが間髪入れずイジェクトボタンを叩く。爆発ボルトが起爆し、エントリーコネクターの保護カバーが吹き飛んだ。だが、プラグは排出されなかった。
「な、何てこと…」
ミサトが息を呑む。プラグは粘菌のような組織にまとわりつかれ、その組織はエヴァの素体――装甲内部の生体部品と融合していた。
「使徒か…?」
ゲンドウが呆然と呟く。その目の前で、参号機は口を開け、咆哮した。
「いかん、退避!退避だっ!!」
ゲンドウが叫ぶ。次の瞬間、発令所にいた人間は目の眩むような凄まじい閃光に飲み込まれた。
凄まじい衝撃と爆音を伴って、第二実験場から天空へ向けて火柱が立ち昇った。その火焔と黒煙を透かして、黒い影が咆哮する。それは、地獄の炎の中で猛り狂う鬼の姿とも見えた。
NEON GENESIS EVANGELION
OTHERSIDE STORY "REPLACE"
EPISODE:18 Dear My friend
NERV本部 発令所
「松代にて爆発事故発生!!」
「被害不明!!」
松代第二実験場の異変は、直ちにNERV本部でも捉えられた。
「向こうとの連絡は取れないのか?」
冬月が苛立ったように尋ねる。
「現在、現地とのあらゆる連絡手段は途絶しています。副司令、葛城作戦部長とも連絡は取れません」
青葉が暗い声で報告する。 その時、マヤが報告した。
「事故地点に移動物体を発見」
「何!?反応は」
新たな情報に冬月が身を乗り出すと、マヤはコンソールを叩いて情報をMAGIによる分析に掛けた。
「反応…オレンジ。使徒と確認できません」
本来作戦指揮を執るべき人員であるミサト、ゲンドウがおらず、青葉とマヤは司令席を見上げて冬月を見た。不安が出ているのか、縋るような視線を冬月に向けている。
(まさかこういう事が起きるとはな…私に出来るか?)
司令と言っても、組織としてのNERV運営が主務で、作戦にはほとんどタッチしていない冬月は自問自答した。が、覚悟を決める。
「総員、第一種戦闘配備!」
一呼吸入れて気持ちを落ち着かせ、冬月は命じた。
「はっ!総員、第一種戦闘配備!!」
復唱して青葉がコンソールに向き直る。
「日向君、航空隊と保安部、技術四課、医療課へ伝達。必要な人員を抽出して救出チームを編成、直ちに現地へ派遣せよ」
「了解!」
日向が勢い良くコンソールへ向かった。指揮系統がはっきりした為、一気に発令所の動きが調整の取れたものに変化していく。青葉が情報を各部署へ伝達し、日向は作戦部に指示を出し、マヤは技術部にの動きを調整して行く。
今や、未確認移動物体に対しての迎撃準備は着々と整いつつあった。
「迎撃最適地点は?」
「…野辺山付近が最適と判断します」
迎撃の手筈を整えながら、冬月は次第に苦り切った表情になっていった。
(…もし、ワシの予想が当たれば…今までで一番辛い戦いになるな。それ以前に、戦う事ができるか?)
地図上を第三新東京市へ向けて移動してくる、未確認移動物体を示すシンボルマークを見つめて冬月は思った。
一時間後 NERV本部 発令所
非常召集を受けたチルドレン達はエヴァに乗り込み、迎撃点に指定された野辺山に進出していた。
向かってくる相手の正体が判然としない為、3人の表情は不安で硬い。特に、父ゲンドウと姉代わりと言っても良いミサトが今だ行方不明のシンジは見ていて気の毒になるくらい青ざめていた。
発令所の面々も、時折命令や支持伝達をする以外には一言も口を聞かない。遅れて発令所に到着したリツコと時田も、じっと押し黙ったままモニタを眺めていた。
『松代からの移動物体、捕捉します!』
青葉が叫んだ。発令所のモニタには野辺山の夕景が映し出されている。既に夜空の黒に染まりつつある北方の空を背景に、ゆっくりとヒト型の何かが歩いてくるのが見えた。威圧的なダークブルーの巨体。そう、それはエヴァ参号機であった。闇を背負い、上体を倒し、両手を垂らして歩いてくる姿は、まさに地獄から来た幽鬼を思わせた。発令所に溜め息のようなものが満ちる。
「やはり参号機か…」
冬月が呟く。
「フォクスル委員が好意で託してくれたのに、こうなるとはな…神と言うのはよほどに意地の悪い方と見える」
おもわずそんな罰当たりな感想を冬月が漏らす中、オペレーター達の報告が相次ぐ。
「参号機、こちらの呼びかけに応答しません!」
「パイロットのモニタリング機能、停止しています!」
「もう一度停止信号を送って」
「はい!」
リツコの指示で、マヤが参号機を止めるための処置を行っていく。しかし参号機はすべての信号を拒絶。完全に制御不能の状態に陥っていた。
そして、決定的な一言がマヤの口から放たれた。
「パターン、オレンジから青へ変化!青です!使徒ですっ!」
悲痛なマヤの叫びに、冬月もまた悲痛な想いで最後の決断を下した。
「エヴァンゲリオン参号機は破棄、現時点を以て、目標を第13使徒と認識する!」
「し、しかしっ!」
オペレーター達が不満もあらわに冬月を振り返るが、その表情に現れた苦渋に、誰もが言葉を飲み込んだ。
野辺山付近
「そんな…これが使徒!?エヴァじゃないですか!?」
カヲルが叫んだ。レイ、シンジは衝撃で声も出ない。迫り来る参号機の姿は、それだけのショックを子供たちに与えていた。
『事実、だ…おそらく、輸送中にどこかで寄生されたのだろう…』
冬月が答えた。
「ヒカリは…ヒカリはどうなったんですか!?乗っているんですか!?」
レイが震えながら叫ぶと、リツコがやはり顔を伏せて答えた。
「たぶん…事故が起きたのは、スケジュール的にシンクロ率の計測テスト中だったから」
「そんな…!」
思わず顔を覆うレイ。頼るべき者が2人まで行方知れず、今また級友を使徒の囚われ人とされたチルドレン達の動揺は隠すべきも無かった。
それを、冬月の落ち着いた声が抑えた。
「落ち着け、3人とも。あの中に友人がいるなら、助け出すのだ」
その声に、チルドレンだけでなく発令所の面々も顔を上げる。
「別の宇宙へ行ったレイですら助け出した我々だぞ。目の前の、手を伸ばせば届くところにいる者の救出もできるはずだ」
そこで、冬月はいったん言葉を切り、改めて命じた。
「エヴァ参号機内より、パイロットである洞木ヒカリを救出せよ。手段は問わない」
「…はいっ!」
レイは叫ぶように答えた。
(そうだ。おじ様の言う通り。しっかりしなきゃ…)
頬を両手で叩いて気合いを入れる。自分はこの間みんなに助けてもらった。こんどは、わたしが助ける番だ。そう言い聞かせ、レイは手にしていたバレット・ライフルを地面に置いた。
「綾波君、どうしたんだい?」
カヲルが射撃戦武器を捨てたレイの行動を問い質した。
「接近戦。近づいて動きを封じてから、エントリープラグを抜き取るの」
シンジも賛成の声を上げた。
「そうだね。射撃戦武器だと、細かい狙いを付けにくいから、洞木さんまで傷つけるかもしれない」
そう言って、手にしていたポジトロン・ライフルを外し、プログ・ナイフに持ち替える。
「そうか。わかった」
カヲルもバズーカから専用レイピアに持ち替えた。
「ボクとシンジ君で相手の両手両足を抑える。綾波君はその間にプラグを抜くんだ」
「うん、わかった!」
カヲルの提案にレイが頷く。
「よし、行くぞ!」
そのカヲルの合図と共に、3機のエヴァは一気に飛び出した。それに気づいた参号機が首を向け、口を開ける。その口内に眩い光が出現した。
NERV本部 発令所
その光の正体に最初に気づいたのは、時田だった。
「いかん!避けるんだ!」
その叫びに、レイたちは咄嗟にその場を飛びのいた。一瞬遅れ、その場所に参号機の吐き出した光の玉が突き刺さる。次の瞬間、凄まじい爆発が発生し、火柱と黒煙が立ち昇った。それが晴れてみると、地面は百メートル四方に渡ってえぐれ、中心部では融解した地面がふつふつと煮えたぎっている。
「な、何ですか?今のは…」
リツコが震える声で時田に尋ねた。
「熱弾です。強磁力界に高熱のプラズマを封じ込めて発射する兵器です。たぶん、松代が吹き飛んだのもあれでしょう」
時田は説明した。
「荷電粒子砲の欠陥を是正したような兵器で、エネルギーが一点に集中していますから、下手をするとATフィールドでも貫通される恐れがあります。絶対に回避させてください」
時田の説明に、発令所の面々は蒼白になった。
「まさか、エヴァに熱弾を搭載したんですか…?」
リツコが尋ねると、時田は首を振った。
「いえ、熱弾はまだ実用化できていません。おそらく使徒特有の能力でしょう」
時田は答えた。画面上では使徒が近づこうとするエヴァに熱弾を放って牽制する様が映し出されていた。幸い、ATフィールドを貫くほどの威力のものは連発はできないらしく、小振りな熱弾は全て跳ね返されていた。
野辺山
「このままじゃ埒があかない。ボクが囮になって奴の攻撃を引きつける。その隙にシンジ君は参号機を抑え込んでくれ。そうしたら、綾波君はすぐにプラグを抜き取るんだ」
「うん!」
「わかった!」
カヲルの立てた作戦に、レイとシンジが素早く散開する。カヲルは手近にあったパレット・ライフルを手に取り、参号機に向かって撃ちまくった。もとより陽動攻撃であり、当てる気はない。参号機も熱弾で応戦するが、ATフィールドの扱いに一番長けているカヲルはその攻撃を上手く防ぐ。
参号機がカヲルの弐号機に気を取られたその隙に、一気に近づいたシンジの零号機が参号機に組み付いた。だが、抑え込もうとしたその瞬間、シンジは体験した事の無い異様な感触をうでに感じて絶叫した。
「うわあああぁぁぁぁっっっ!?」
NERV本部 発令所
「れ、零号機右腕にパターン青!使徒の侵入と思われます!」
マヤが叫んだ。モニタを拡大すると、参号機の装甲板の隙間から垂れ落ちる粘液――使徒の組織が零号機の腕に付着し、内部に潜り込もうとしていた。
その皮膚の下に何かが潜り込むおぞましい感触と激痛に、プラグ内部のシンジは腕を抑えて苦悶していた。そのためシンクロ率が下がり、使徒は増殖しながら零号機の右腕を浸食していく。
「いかん、零号機の右腕を切断しろ!直ちにだ!」
冬月が叫んだ。その命令に、マヤが目を剥く。
「しかし、司令!このまま切断したらシンジ君が…!まずはシンクロカットを!」
だが、冬月はその進言を取り上げない。
「駄目だ!シンクロをカットしたら、零号機も使徒に乗っ取られるぞ!急げ!」
有無を言わせぬ冬月の口調に、マヤは目をつぶって零号機の右腕部切断の信号を送った。
野辺山
信号の発信と同時に、零号機の右腕部付け根に仕込まれた爆発ボルトが起爆し、右腕部が吹き飛ばされた。腕を切断される言語を絶する苦痛に、シンジは文字では到底表現不能な凄まじい絶叫を上げる。その惨状にマヤは顔を覆い、レイは急いで倒れ伏した零号機に駆け寄った。
「シンジ君!シンジ君!」
レイが必死に呼びかけるが、スピーカーからはシンジの弱々しい喘ぎしか返ってこない。激痛の余り気絶すらできないのだ。
『すまん、シンジ君…後退してくれ』
冬月の言葉に、それでも辛うじて頷くと、シンジはよろよろと立ち上がり、退がり始めた。
しかし、その時恐るべき光景が出現した。切断され、地面に転がっていた零号機の右腕が、痙攣したかと思うと跳ね飛んだ。そして、参号機のもとへ飛んでいったかと思うと、その元からある右腕の下に接合したのである。
そして、左腕部からも新たな腕が出現し始めていた。
NERV本部 発令所
今や四本腕の魔神と化した参号機の姿に、発令所にいた全員が息を呑んだ。
「なんてことだ…あいつ、進化するのか!?」
青葉が手に入れた新たな力に歓喜したかのように咆哮する参号機の姿に、叫ぶように言った。
(進化…?)
その声は、リツコの脳裏にある事を思い起こさせた。
(寄生する使徒…進化…あっ!?)
頭の中で、何かが組み合わさった。リツコはマヤのコンソールに飛びつく。
「ちょっと貸して、マヤ!」
そう言って、返事も聞かずにリツコはコンソールを叩き出した。やがてリツコが目的のファイルを探し出した時、マヤはその意図を悟って声を上げた。
「先輩、これは…!」
「そうよ。これなら、あいつを倒せるはず!」
そう言いながらリツコはファイルをMOに吸い出した。
「でも、先輩、それをどうやって相手に感染させますか?こちらからの送信を、向こうは受け付けないんですよ」
その会話を聞きつけ、時田が、そして司令席から冬月も降りてきてリツコに説明を求めた。
「…なるほど、それならあるいは…しかし、かえって相手を強くするだけに終わる可能性はないか?」
リツコの説明を聞き終わると、冬月は疑問を述べた。
「確かに、その危険は否定できません。しかし、これには第十一使徒の因子も含まれています。使徒の学習能力を考慮すると、第十一使徒の対応を参考として自分もそうする可能性が極めて大です」
リツコは答えた。冬月も頷く。
「撃ち込む方法ですが…私に手があります。これを見てください」
そう言って、端末に何かの図面を表示させたのは時田だった。
「私がアメリカで開発した新型砲弾です。エヴァ専用バズーカに転用でき、エヴァの特殊装甲を撃ちぬける威力があります。この中にそれを仕込めば…」
リツコは砲弾のデータを確認し、うまく行きそうだと判断した。
「準備にどれだけかかる?」
冬月に尋ねられ、リツコと時田は端末を操作して手順を確認し、必要な砲弾の改造時間を計算した。
「砲弾の準備に10分、野辺山への空輸に10分。20分で作戦開始できます」
リツコの返事に、冬月は大きく頷いて命令を下した。
「よし、すぐにかかってくれ。それと、青葉君、シンジ君を呼び出してくれたまえ」
「了解です!」
野辺山
その時、レイとカヲルは参号機との壮絶な接近戦を繰り広げていた。2対1ではあったが、腕を4本に増やした参号機は猛烈な攻撃を繰り返し、2体のエヴァと互角以上の戦いを見せていた。レイのソニック・グレイブ、カヲルのレイピアとプログ・ナイフの二刀流も、参号機の中のヒカリへの気遣いと、下手に相手に触れて侵食される訳には行かない事から、思い切った攻撃を繰り出せずにいた。
「20分っ、時間を稼げっ、ですかっ!?」
参号機の猛攻を受けながら、カヲルが喘ぐように答える。
『そう、新兵器があと20分でそっちへ届く!それまで頑張ってくれっ!』
「了解っ、ですっ!」
同じく、と切れと切れにレイが答える。4本腕になった参号機との戦いが始まってからまだ5分ほどしか経っていなかったが、既に2人とも疲労困憊していた。今の状態で後20分、ほとんど永遠に近い長さである。しかも、一発でも攻撃を受けたら即座に使徒に侵食されかねない。神経をすり減らすような戦いが続いた。
状況に変化が生じたのは、12分過ぎだった。
「!こ、こいつ…まだ進化する気だ!」
参号機の肩から、更に一対の腕が生えてこようとしていた。
「このっ!」
レイが新たな腕にソニック・グレイブを叩き付けようとするが、左側2本の腕がそれを受け止める。一方、右の2本もカヲルの繰り出したレイピアを受け止めていた。
「しまった!」
2機が身動き取れなくなった瞬間に、3対目の腕は一気に成長し、唸りを上げて襲い掛かる。レイは咄嗟にソニック・グレイブを手放して攻撃を逃れた。が、レイピアを取り返す事に気を取られていたカヲルは逃げ遅れた。
凄まじい衝撃と共に、弐号機が数百メートルも吹き飛ばされる。使徒の進化はパワーにも及んでいたらしく、その一撃を食らった弐号機の頭部は無残に装甲が粉砕され、動作を停止していた。
「カヲル君!カヲル君!!」
レイが必死に呼びかける。が、その一撃で脳震盪でも起こしたのか、カヲルは返事をしようとはしなかった。
『レイ、危ない!』
リツコの声が響き渡る。咄嗟にレイはその場を飛び退いた。そこへ参号機の熱弾が着弾し、大爆発を起こす。レイは傍の武器庫トレーラーから斧タイプのスマッシュ・ホークと剣タイプのヴァイロ・ブレードの二つの接近戦用武器を取り出した。
「わたし一人…でもやるしかないか」
決意を込めて呟く。レイの武器は片手に1つづつ。参号機は6本の腕にレイたちから奪い取った武器を3本もっている。圧倒的に不利だった。
「…よし」
駆け出そうとした時、無線に頼もしい援軍の声が飛び込んできた。
『援護するぞ、綾波さん!』
「マナのお父さん!」
レイは喜色にあふれた声で叫んだ。それは、NERV航空隊を束ねるマナの父、霧島タケヒコ一尉の声だった。彼と、彼の率いる4機のUN重戦闘機「ストーム・バード」が低空を高速で飛びぬける。参号機が煩げに熱弾を放つが、4機は素早く散開してそれを躱すと、ロケット弾を発射した。そのロケット弾が続けざまに破裂し、真っ黒な煙幕を使徒の周りに張り巡らせる。
『これでしばらく時間が稼げるはず…六分儀君!』
タケヒコの機が翼を翻しシンジの零号機に突進する。
『受け取れ!』
そう言うと、タケヒコの機から、パラシュートを付けた大きなカプセルのようなものが投下された。シンジはそれを見ると零号機を立ち上がらせ、落下地点に向けて走る。シンジが受け止めるとカプセルは開いて中から一発の砲弾が出てきた。
「く…」
片腕なのに加え、動くたびに痛みで意識が遠くなるが、シンジはそれに耐えてバズーカに砲弾をセットした。煙幕の向こうにいるであろう参号機に狙いを付ける。が、利き腕でない為にうまく狙いが定まらない。砲口がゆらゆらと揺れる。
その時、砲身の下に何かが入り込んだ。
「しっかり、シンジ君。わたしも力を貸すから」
レイだった。初号機の手が砲身に添えられ、右腕を失って不安定な零号機の体を支える。
「ありがとう、綾波さん」
シンジは礼を言うと、しっかりとバズーカを構え直した。砲口が睨み据える煙幕の向こうに、参号機の異様な影が出現する。その影は、頭部に眩い輝きを持っていた。
「!」
既に、参号機は熱弾を用意していた。バズーカを撃つより早く、それが吐き出される。
「だめなの…!?」
レイが絶望の声を漏らした瞬間、吐き出された直後の熱弾がいきなり爆発した。強烈な爆風でさしもの参号機も大きく揺らぐ。
「今だ、シンジ君、綾波君!」
「カヲル君!うん、わかった!」
熱弾を爆発させたのは、意識を取り戻したカヲルだった。残っていたプログ・ナイフを投げつけて熱弾にぶつけたのである。その隙を見逃さず、シンジはバズーカの引き金を引き絞った。一発逆転の願いを込めた砲弾は爆炎を突き抜け、見事に参号機の胸板を直撃した。
NERV本部 発令所
「やったか…!?」
砲弾の直撃を受けた参号機は、しばらく何事も無かったかのようにそこに立っていた。
「まさか、失敗したのか?」
時田が首をひねった時、リツコが叫んだ。
「いえ、少し時間がかかるのよ…ほら、来た!」
リツコが指差すモニタの中で、参号機に異変が起きていた。身体が激しく痙攣し、咆哮をあげる。が、そこにもはや熱弾は生じず、弱々しく膝を突く。
そして、まず零号機の右腕が外れ、地面に落ちた。続けて後からついた3本の腕も、急激に風化して崩れ去った。装甲の隙間から粘菌状の使徒が浸みだしてきては、風化して崩れ去っていく。やがて、参号機が倒れ伏した時には、壮大な土煙がもうもうと舞い上がった。
「パターン青反応、消滅!参号機内部の使徒は完全に消滅しました!」
マヤが喜びの叫びをあげる。が、発令所内の多くの者は、何が起きたのかわからず、呆然としていた。
「あ、赤木博士…今のは一体何をしたんですか?」
青葉が尋ねた。
「覚えてない?第十一使徒に使った進化・自滅促進プログラムよ。あれを相手に直接撃ち込んでやったのよ」
リツコは種明かしをした。前回はタイムリミットに間に合わず、手柄を加持に持っていかれた形の進化・自滅促進プログラムであったが、ようやく真価を発揮し、参号機に寄生した使徒を葬り去ったのである。
「あなたが叫んだ『進化するのか』っていう言葉で思い付いたのよ。ありがと、青葉君」
「そうなんですか?凄いです、青葉さん!」
リツコの感謝とマヤの感嘆の言葉を浴びた青葉は「いや、たまたまっすよ…」と真っ赤になって照れる。
「うむ…とにかく、使徒は殲滅されたのだ。フォースの救出、参号機の回収作業を急げ」
冬月が命じる。
「はいっ!」
発令所の要員達は一斉に持ち場へ戻った。
野辺山
救出班が急行するまでも無く、既にレイは行動を起こしていた。エヴァを出ると、倒れた参号機に駆け寄り、外部のイジェクション・レバーを引く。完全に風化した使徒の残骸にはエントリープラグがイジェクトされるのを止める力はなく、砕け散って塵となり、風に吹き飛ばされていく。
「ヒカリ!ヒカリっ!」
使徒の残骸を撥ね退け、親友の名を叫びながらレイはハッチをこじ開けた。濁ったLCLが地面に流れ落ちる。その向こうに、シートに腰掛けたままうつむいているヒカリが見えた。
「ヒカリ…?」
レイはプラグの中に入り、ヒカリの身体を抱きしめた。温かい。かすかに呼吸音が漏れ、胸が上下している。
「生きてた…良かった、ヒカリ」
涙があふれ、レイはヒカリの身体を抱きしめて泣いた。
「ううん…レイ…?」
レイの目から零れた涙が顔に当たり、ヒカリは目を覚ました。
「どうしたの…何を泣いているの?」
優しい声で泣きじゃくるレイの頭を撫でるヒカリ。
「…嬉しいんだよ…ヒカリが生きてて…」
そう答え、レイは訳の分からない衝動にかられて泣き続けた。
松代 NERV日本本部 第二実験場
誰かに揺さぶられる感覚で、ゲンドウは目を覚ました。
「こ、ここは…?」
まぶたを開くと、ミサトの顔が目に映った。
「ミサト…俺は…」
「ああ、気がつかれましたか。良かった…」
ミサトは顔をほころばせた。周りにはオペレーター達も揃っていて、怪我をした者はいるが、全員が生きていた。
ゲンドウは上体を起こし、実験場の惨状を目の当たりにした。ケイジの天井は吹き飛び、星空が覗いている。施設の多くは溶けて飴の様に曲がり、一部はまだくすぶっていた。
そうした中、この発令所は防弾ガラスが全て粉砕され、瓦礫がいくつか床に転がっていたが、ほとんど無傷と言って良い状態だった。それを見つめているゲンドウの耳元で、ミサトが囁いた。
「先生…使われたのですね。あの力を…」
その言葉に、ゲンドウは頷いた。
「ああ。咄嗟にな。だが、やはり人の身では重過ぎる…」
全身を重苦しい疲労感が包んでいる。コンソール卓に身をもたれさせ、ゲンドウは尋ねた。
「参号機は…使徒はどうなった?」
「既に殲滅されたそうです。詳細は不明ですが…」
ミサトが答えた。
「フォースは…洞木君はどうなった?助かったのか?」
ゲンドウは一番気になった事を尋ねた。
「無事だそうです。外傷も無く、少なくとも命に別状はないと…」
「そうか」
ゲンドウは大きく頷いた。
「後は我々がここから出られればハッピーエンドと言う訳だ…どうやら、それももう少しだな」
ゲンドウの目には、吹き飛んだ天井の縁に救助隊が到着し、準備を整えている様が見えていた。
第十三使徒と、それに寄生された参号機の暴走事件は終幕した。しかし、この事件の傷跡は予想以上に深かったのである。今は生き延びた事を喜ぶ人々が、それに気づかされるのも間もなくの事だった。
(つづく)
次回予告
エヴァ相打つ戦いは零号機と弐号機を大破させ、子供たちは傷つく。人類の守りはただ一機、無事に残った初号機とレイの肩にかかった。
しかし、そんな事情に斟酌する事も無く、最強の使徒が侵攻する。自らの意思で出撃し、倒れていくシンジとカヲル。その惨状を前に、遂にレイの、初号機の、秘めた力が覚醒する。
次回、第拾九話「子供たちの戦い」
あとがき
こんにちわ、さたびーです。REPLACE第拾八話をお届けします。
第十三使徒=参号機が妙に強いですが、手加減しなくて良いのなら、今のレイたちなら十分倒せる程度です。熱弾は松代の実験場を吹き飛ばした使徒が、エヴァ戦では格闘しか使わないのはおかしいだろうと思って付けた能力。時田の解説は適当です。
その時田も、ちょっと遠回りしましたがNERVに合流しました。ちょこちょこと出てきては活躍する予定です。
さて、ヒカリが無事生き残り、レイもNERVを去ることなく第拾九話を迎えます。もはやシナリオ(原作の)からの逸脱が激しく、死海文書(ビデオ・フィルムコミック)の予言(参考)も当てにならなくなってきましたが、頑張って書いていこうと思います。
ではまた次回お会いしましょう。
2001年2月某日 さたびー拝
さたびーさんへの感想はこちら
Anneのコメント。
>(あれってデートじゃないのかなぁ…わたしとシンジ君の事とか、ヒカリと鈴原君の事とか、散々からかってるくせに、自分はどうなのかな?)
ば、ば、ば、ば、馬鹿なっ!?
このお話ではマナ×ケンスケの可能性があるんですかっ!?
しかし、表現の自由が日本国憲法で認められている手前、さたびーさんの考えを規制する事は出来ないっ!!
ああっ!!私はどうしたら良いのでしょうっ!!!(笑・ニヤリ・プレッシャー)
>「ようこそNERV日本本部へ。歓迎しますぞ、時田君」
>「こちらこそ。貴方の噂はかねがね伺っております」
ややっ!?時田が何気に重要な、良い役どころを・・・。
>「や、優しいところや…」
>「ほう」
原作ではヒカリが言い、初々しいなと思ったセリフですが・・・。
トウジが言うと妙に笑えますね(笑)
こんな私は最早逝くしかないのでしょうか?(爆)
>「別の宇宙へ行ったレイですら助け出した我々だぞ。目の前の、手を伸ばせば届くところにいる者の救出もできるはずだ」
冬月先生・・・。熱すぎますっ!!素敵すぎますっ!!!
ネルフの面々も全員が熱くて良いですよねぇ〜〜♪
実に私好みな戦闘シーンです。
>「先生…使われたのですね。あの力を…」
>「ああ。咄嗟にな。だが、やはり人の身では重過ぎる…」
・・・ほほう。なにやら、ゲンドウに秘密が・・・。(キラリーン)
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