西暦2000年7月 南極大陸
 烈風が唸っていた。南半球の7月は冬の直中であり、とりわけ南極大陸は明ける事の無い半年の夜と、地上で最も酷烈な寒気が支配する世界だった。
 だが、今、長い夜は全天を覆い尽くす金色の輝きに追いやられ、吹きすさぶ風は汗ばむほどに暖かく、やがて凍り固まり、氷河となって海に流れ込むその日まで融けるはずの無い運命にあった雪が融けて小さな水溜まりをあちこちに作っていた。その水溜まりも、空を映して金色に輝いている。
 その変わり果てた世界を、二人の人物が歩いていた。一人は傷ついた壮年の男性で、その腕の中に、背後から吹き付ける風から守られるようにして一人の少女を抱きかかえている。そして、もう一人はまだ青年の面影を残す若い男性で、傷ついた男性を支えるようにして歩いていた。
 男達は暴風と衝撃波になぎ倒された建物の一画に、まだ無事で建っている小屋を見つけると、疲れた顔を見合わせ、ホッとしたように中へ入った。
 建物の奥には、円筒形をした緊急脱出用の救命カプセルが置かれていた。若い方の男がレバーを引き、救命カプセルのハッチが開く。 そして、彼は顔を歪めた。二人用だったのだ。
 その瞬間、今までにない突風が屋根を吹き飛ばし、男達はおびえたように空を見上げた。骨組みだけになった屋根の鉄骨越しに、金色の輝きが見えた。そう、それはまさに光の巨人、としか形容しようの無いもの。
 それを確認した傷ついた男性は、抱きかかえていた少女をカプセルに慎重に横たえた。 男の頬をつたわり、少女の頬にポタリと血が流れ落ちる。
 それに気づいたのか、少女は目を微かに開いた。朦朧とした意識と、視界の向こうに二人の男が言い争っているのが聞こえた。
「…みは脱出…したまえ」
「何を言って……です…この娘の父親はあな……残るなら…私が…」
「良い…だ、私はもう…助から…い」
(何を…言っているの…?)
 埒があかないと悟ったのか、傷ついた男性はその体のどこにそんな力が残っていたのか、と言う一撃をもう一人のみぞおちに叩き込んだ。力を失い、崩れ落ちた男性を少女の隣に横たえる。
「娘を…頼んだぞ、六分儀君」
 娘、と言う一言に少女は男性の顔を見上げた。
「お父さん・・・?」
 少女の言葉を耳にしたのか、男性は微笑むと首に掛けていた十字架のペンダントを少女の胸に乗せた。
「元気でな…愛しているよ…ミサト…」
 その呟きと同時にカプセルのハッチが重苦しい音と共に閉じ、父親と少女を永遠に別った。
 男はスイッチを押し、カプセルがシューターに吸い込まれるのを見届けると、もはや思い残す事はない、と言うような満足げな笑みを浮かべ、力尽きその場に倒れた。
 その時、天を覆う金色の輝きが弾けた。凄まじい熱が襲いかかり、崩れた建物も、小屋も、男性の遺体もその中で区別すら付かない分子のレベルに瞬時に分解され、続けてやってきた衝撃波に吹き散らされていった。

 南極全体を覆う台風の様な渦巻く雲。それが中心部で生まれた輝きの放つ熱と衝撃波に吹き散らされる。輝きはやがて天空へ伸びて行き、4枚の光の翼へと姿を変えていった。
 それは悪魔の凶々しさと神の様な神々しさを同居させた、この世ならざるもの。
 その光の翼の高さは成層圏を越え、宇宙空間にまで達していた。

 海面を漂う救命カプセルのハッチが自動的に開いた。
 その中から少女と男性は身を起こし、目の前の光景を茫然と見つめる。
 大陸から天空へと2本の光の柱が立ち上り、空からは火の雨が降る。聖書を読んだ事のあるものなら、その光景は容易に神罰によって滅びた背徳の街、ソドムとゴモラの最後の日の描写を思い起こさせただろう。
「これが…天罰なのか。我々人類の傲慢に対する…」
 男性が呆然と呟く。今や頼るべき者はこの彼以外なくなった少女は、その腕にしがみつき、ただただその存在感を確かめる事でこの地獄を恐怖から逃れようとしていた。そして、男性もともすれば萎えそうになる力を、守るべき存在となった少女の存在によって奮い起こす。
「大丈夫だ…俺が、必ず君を生きて連れて帰る…もう二度と、こんな悲劇を繰り返させないために」
 二人は抱き合ったまま、目の前に繰り広げられる地獄の光景を見つめていた。

 そして、西暦2015年…
 15年という時の流れは少女を大人の女性に、まだ青年の面差しを残した男性を堂々たる壮年に、そして共に死地をくぐった二人の絆をより強固なものに、それぞれ変えていた。


新世紀エヴァンゲリオン REPLACE
第拾弐話 「奇跡の価値は」



NERV本部 通路

 最初に気が付いたのは、放課後に護衛任務に関する報告でNERV本部を訪れていたケンスケだった。
「あ、お疲れ様です。葛城一尉」
 通路で出会ったミサトにケンスケは敬礼した。ちなみに、途中までとはいえ士官教育を受けたケンスケの階級は准尉で、年齢にしては階級が高いが、もちろんミサトよりは格下である。
「ご苦労様、相田君」
 ミサトは答礼しながらケンスケとすれ違おうとした。その時、ケンスケはミサトのジャケットの襟にある階級章の様子がいつもと違うことに気が付いた。
「!失礼しましたっ!!」
 間違いに気が付いて硬直したようなガチガチの敬礼をするケンスケに、ミサトは微笑んだ。
「良くある事よ。気にしないで」
「は、はいっ!」
 そう言うと、ミサトは歩み去った。ミサトがいなくなってようやく硬直を脱したケンスケは胸をなで下ろした。
「ふう…それにしても凄いなあ…」
 直属の上司で、ケンスケが理想としている歴戦の特殊戦士官である加持に対するそれとは、また違った意味の尊敬を込めてケンスケはミサトを見送った。

翌日 第壱中屋上

 ケンスケが二人の友人を相手に、昨日見たものを話していた。
「それってそんなに凄いんか?」
 そう言った方面の事情には疎いトウジが昼食のやきそばパンをほおばりながら尋ねる。
「そうだね…彼女の年齢としては凄い事だよ。普通は男でも30代前半で貰えるか貰えないかの階級だからね」
 疎くないカヲルが言った。
「ほお…たいしたもんやのう」
 トウジはやきそばパンをパックのお茶で流し込みながら感心した。
「そうなんだよ。凄い事なんだ。それでさ…」

帰り道 路上

「へえ…葛城一尉が?」
 話を聞かされたレイが目を丸くして言った。
「凄い!凄いじゃない!あの若さでたいしたもんだわ!」
 一番感心したのはマナだ。
「おっ、霧島さん、話が分かるね」
 マナのはしゃぎっぷりに、ケンスケは同類を見つけた事を悟る。
「それで、その事に関して相談したい事って何なの?」
 ヒカリが尋ねた。
「いや、こういう事はやはり委員長の君に話を通しておかなきゃならないと思ってね…」
 カヲルが言い、ケンスケが原案を立てた「計画」の事に付いて話し始めた。

NERV本部 休憩コーナー

 訓練直前、休憩コーナーでシンジがケンスケとカヲルに捕まっている。
「え…ミサトさんが…?気が付かなかったな」
 一番ミサトに近いシンジのこの言葉に、ケンスケが天を仰いで大袈裟に嘆いてみせる。
「はああ〜っ、本気で言ってるのかい?冷たいねぇ。君には人間の情って物が無いのか?」
「…ミサトさんはミサトさんだから」
「階級なんか関係ないって?ある意味うらやましい環境ではあるね…それはともかく、計画に賛同するかい?」
 カヲルに問われ、シンジは少し考え込んだ後こくりと頷いた。
「それでミサトさんが喜ぶなら」
「よし、決まりだね」

NERV本部 第三実験場

 第三実験場の管制室は、屋内プールの見学席を思わせる構造をした施設だ。巨大なプールにはLCLが満たされ、エントリープラグに酷似したナンバーの書かれた3本のテストプラグが浸かっている。 LCLは深さによって濃度が変わり、テストプラグが深く潜るほどシンクロ率が大きくなる仕組みだ。
 また、プラグのナンバーはパイロットが搭乗するエヴァと同じで、No,0にはシンジ、No,1にはレイ、No,2にはカヲルがそれぞれ乗っている。
「No,0、汚染区域に隣接。限界です」
 警告音と共にマヤの報告が入る。
「No,1、No,2には余裕があるわね。あとグラフ深度を0.3下げてみて」
 リツコの指示でレイとカヲルのテストプラグが更に少しだけLCLに入ってゆく。 そのとたんに警告音が鳴った。
「No,1、汚染区域ギリギリです」
「それで、この数値?たいした物だわ」
 リツコが感嘆するように言った。
「ハーモニクス、シンクロ率もカヲルに迫ってますね」
 未だカヲルとレイの間ではまだカヲルの方が成績が上ではあるものの、レイの訓練期間の短さを考えればその成果は驚異的なものだった。
「これも才能と言うのかしら…」
「まさにエヴァに乗る為に生まれてきた様ですね」
 とマヤ。しかし、次の瞬間リツコの厳しい視線に射られて身を竦める。
「そう言う事を言うものではないわ。人間の可能性はいろいろよ。何かのために、なんて押し付けは一番良くないわ」
「…すいません」
 恐縮するマヤに、リツコはふっと笑ってみせると肩を叩いた。
「まあ、そんなに落ち込む事はないわ。今日のテストはこの辺にしておきましょう」
「…はい!」
 笑顔を取り戻したマヤがレバーを引くと、全員のテストプラグがニュートラル位置に戻り、ハッチが開く。
『みんな、お疲れさま』

「レイ、良くやったわ」
「何がですか?」
 実験管制室に入ってくるなりリツコに誉められ、レイは首を傾げる。
「ハーモニクスが前回より8も伸びているわ。大した数字よ」
 グラフを覗き込み、カヲルも頷く。
「へえ…10日間で8か。こりゃボクもうかうかとはしていられないな」
 そう言って笑うカヲル。
「抜かれないように、せいぜい研鑚に務めるとしようかな…」
 そう独り言を言いながら、実験管制室を出ていくカヲル。
「じゃ、また後で」
 そう言うとシンジも後を追っていった。
「うん。またね。あ、そうだ。赤木博士とマヤさんも今日来るんですよね」
 レイが尋ねると、リツコとマヤは頷いた。
「ええ、もちろんよ」
「行かせてもらうわ」
 返事を聞くと、レイはにっこり笑って自分も更衣室の方へ走って行った。
「…いい娘ですよね、レイちゃんって」
「そうね…」
 マヤの言葉にリツコは頷いた。チルドレンはいずれも彼女にとって非常に近しい人物だ。カヲルはドイツ支部時代からの付き合いだし、レイ、シンジに関してはもっと濃い繋がりがある、はずだ。
 本当なら、父と同様か、それ以上にあの子達を疎んでも良いはずなのに、面と向かってみるとどうしても憎む事は出来ない。未来を託すにふさわしい子供たち。父さんの選んだ道は間違っていないとでも?あるいは、そうなのかもしれない。
 だとしたら、私は父さんを憎む事を止めることができるのだろうか?

コンフォート17 六分儀・葛城邸

「あれ…」
 その日、遅番のため帰宅の遅れたミサトは、不審な気配を察知した。シンジが先に帰ったはずなのに、明かりが消えているのだ。
「おかしいわね…」
 ミサトは慎重に鍵を開けると、微かに隙間を空けて中を覗き込んだ。中は暗い。
「…珍しく寄り道でもしてるのかしら」
 ミサトが思いきってドアを開けた時、突然部屋の明かりが点いた。同時に鳴り響くクラッカーの破裂音。
「な、な、何!?」
 紙テープや紙吹雪を浴びせられたミサトが珍しく狼狽した声を上げると、待ち構えていた人々の声がした。
『昇進おめでとう!葛城三佐!!』
 そこにいたのは、レイ、シンジ、カヲル、マナ、ヒカリ、トウジ、ケンスケ、加持、リツコ、それにマヤの合計10名。
「あ、あなたたち…」

 数分後、六分儀・葛城邸のダイニングの扉には『御昇進おめでとう!!祝賀会場(本日貸し切り)』の紙が張られ、ミサトの昇進パーティが始まろうとしていた。個人宅で行うパーティーになぜ貸し切りなどと書く必要があるかは不明である。
「え〜、それでは葛城三佐の昇進を祝しまして、企画立案および計画推進責任者であります所の、私こと相田ケンスケ、相田ケンスケが一言…」
「挨拶が長いっちゅうねん。はよせえや」
 まるで政治家のように長々と挨拶をぶつケンスケに痺れを切らし、トウジが割り込みを掛ける。
「…そ、それでは乾杯の音頭を…乾杯!」
『乾杯!おめでとうございまぁぁ〜〜〜す!』
 グラスのぶつかる音が弾け、パーティーが始まった。乾杯とは言っても、もちろん中学生7人はジュースか烏龍茶である。
「あはは…みんな、ありがとう…」
 乾杯が済み、ケンスケ謹製の『祝・三佐昇進』のたすきを肩にかけたミサトは、まだ慣れない様子で礼を言う。
「礼なら相田君に言えよ。それにしても、この時期に昇進とは驚きだよな。まあ、葛城のこれまでの功績を考えれば遅いくらいだけどさ」
 ジョッキ一杯のビールを豪快に飲み干した加持が言う。
「うん…まあ、事情があるのよ」
 ミサトが言った。
「事情?」
「うん…今、司令と副司令が南極でしょ?それで、首脳不在の間に司令官代行を務めるには、最低でも佐官でないといけないって言う規則があるんだって。それで…ま、棚ぼたみたいなものよね」
 ミサトが昇進裏事情の一端を明かすが、子供たちはそれを謙遜と受け取った。
「そんな事はありませんよ!葛城三佐の実力を認めればこそ…」
 大声を上げて立ち上がるケンスケ。顔が少し赤い。
「あっ!相田君ジュースにお酒混ぜてる!」
「ん?すまん、それ俺のサワーだ」
「加持君…場所はしっかり分けなさいよ」
「そもそも作戦部長の要職にある貴女の実力ならば…」
「は、話が長いね…相田君。絡み上戸だね。酒癖が悪いって事さ…」
「あ、このから揚げ、美味しい。ヒカリが作ったの?」
「ええ、そうよ」
「へえ…ヒカリちゃんやるわね」
「おう、オナゴは料理がでけなアカン。この焼き飯も美味いのう」
「ううん。それ作ったの、六分儀君なの」
「何!?」
「えっ…シンジ君って、料理できたんだ…」
「マナとレイは料理できないもんね」
「う…」
「いや、大事なのは男女の雇用機会の均等であり…ひいては」
「ま、まだ続くのかい?相田君…君の意見は謹聴に値するけど、続きは今度の機会にしてくれないかい?」




 パーティーは続き、やがて子供たち(マヤ含む)は疲れて眠るか、帰るかしてしまい、会場にはミサト、加持、リツコの三人が残った。
「実を言うとね…今度の昇進は余り嬉しくないわ」
「棚ぼただからか?」
 加持が尋ねるとミサトは首を横に振った。
「子供達を危険な目に遭わせて得た地位よ。ありがたがれ、って言う方が無理ね」
 思いがけないミサトの言葉に、加持は驚いてミサトの顔を見た。戦自時代、勝つためには手段を問わないその冷徹極まりない思考から「鋼鉄のアテナ」「アイスドール」と仇名された彼女の台詞とは思えなかったからだ。
 一方、リツコも過去のミサトを思い、驚いた表情をしていた。ゲンドウが南極から生還した際に連れ帰ってきた少女。ゲンドウ以外にはおびえた小動物のような態度を示した少女の日々。やがて少しづつリツコにも慣れるようになったが、根本的にコミュニケーションが苦手な、ミサトの素顔をリツコは知っていた。
(父さんの仕事を手伝う、って決めた頃から、ミサトはまた変わっていった…父さんを許せない気持ちがまた大きくなったのは、あの頃からだったかも…)
 思いはどうあれ、ミサトの変化を好ましい事だと捉えた事は、加持もリツコも変わらなかった。だから、言った。
「そんな事を気にするもんじゃない。子供たちは、こうやって葛城を祝ってパーティーまで開いてくれたじゃないか。彼らは葛城の事を慕ってくれているよ」
「そうよ。最初はともかく、今はみんな前向きに戦ってくれているもの。貴女と彼らの信頼があるからこそ、司令も…副司令も、貴女に司令代行を任せたのよ」
 加持とリツコの言葉に、ミサトはしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げ、「二人とも…ありがとう」と言った。
「よし、今夜はとことん飲み明かそう!」
「だめよ。明日も仕事なんだから」

旧南回帰線以南封鎖海域・エリア27(旧南極大陸・ロス湾)

 全ての作業を完了した国連第七次特別南極調査団は、この日泊地となっていたロス湾のプリンス・エドワード島沖を抜錨、北へ向かった。調査団と言っても、その実体は空母を中心とする国連太平洋艦隊の赤道分遣艦隊である。
 艦隊の周囲には異様な光景が広がっていた。生命の息吹が感じられない、真っ赤な海。その中に高さ数百メートルに達する無数の白い塔のようなものが立ち並んでいる。海水の組成が変化したために分離した塩分が堆積して作り出した塩の柱だ。
 その異様な海を航行する艦隊の旗艦、重巡洋艦「ボルティモア」の艦橋最上部にある展望塔に冬月とゲンドウはいた。
「いかなる生命の存在も許さぬ死の世界、南極……いや、地獄と言うべきかな」
 周囲を見渡しながら、冬月が呟いた。 周りの光景は、仏教徒にはなじみの深い用語で形容できた。
 すなわち、血の池地獄と針の山地獄。
「ですが、我々人類はここに立っています。生物として、生きたまま」
 それに応えるゲンドウの声には、わずかな震えが混じっていた。あの日、あの時に彼はこの場所にいた。ミサトを連れ、焼け爛れた地獄の直中に。
「科学の力で守られているから…な」
 事実、艦隊の全ての艦艇は対ABC戦を想定したよりも更に厳重なシールド措置を施し、艦内は完全に外気から遮断されている。
「科学は、人の力…その傲慢が15年前の悲劇、セカンドインパクトを引き起こしたのです」
 そう言ってゲンドウは、紅い海を見渡した。
「その結果がこの有様…与えられた罰にしては、あまりに大きすぎる。まさに死海そのものですよ」
「考え様によっては原罪の汚れなき、浄化された世界だ。ある種の思想の持ち主にとってはな」
 冬月は言った。セカンドインパクトの直後、世界中で新興宗教創立の一大ムーブメントが起きた事がある。セカンドインパクトを偉大な予言者の予言的中や大いなる神の啓示と捉えた者によるそれらの運動は、社会不安の中で先鋭化、カルト化した集団の無差別テロや、南極に誕生したはずの神の国を目指す、封鎖地帯への無謀な侵入など無数の悲劇の果てに終息した。冬月に言わせれば、そうした集団の発生自体が人間の原罪の象徴なのだが。
「そんな理想はいりませんよ。私は罪にまみれても、人が生きている世界を望みます」
「ワシとて気持ちは同じだよ。だからこそ君の計画に賛同した」
「ええ。お陰で、こうして艦隊を動かし、計画に不可欠な要素も手に入れました」
「神殺しの槍か…確かに切り札ではあるな」
「一歩間違えば諸刃の剣ともなりますが、ね…」
 そう応えたゲンドウは、艦隊の中の空母に目を向けた。その上にはカバーで覆われた長大な棒状の物体がくくりつけられていた。


NEON GENESIS EVANGELION
OTHERSIDE STORY "REPLACE"

EPISODE:12 Confession


NERV本部 発令所

 第十使徒の出現は唐突だった。
「32分前に突然出現しました」
 使徒出現の第一報を聞き、急ぎ駆け付けたミサトに、日向が報告する。
「現在インド洋上空、高度7万メートル。第六と第十一の二つのサーチ衛星を急遽軌道変更させ、接触コースに乗せました。2分後に接触の予定です」
 青葉が細かなデータを補足する。
「もうまもなく接触です。映像捉えました。メインモニターへ回します」
 マヤの言葉と共に、衛星が捉えた使徒の映像がモニターに映し出された。
「おお…」
 言葉にならないどよめきが発令所を満たした。目のような模様を持った中心部から、左右に3本の大きな突起と2本の小さな突起を持つ、広げた手のような構造物を伸ばした、何とも言えないシュールレアリズムのオブジェのような巨体が宇宙空間をバックに映し出される。
「…こりゃ、凄い」
「毎回毎回、常識を疑わせてくれるわね。」
 日向が息をのみ、ミサトは不機嫌そうに呟いた。
「衛星、目標と接触します」
 サーチ衛星が使徒を左右から挟みこむ様に移動していく。
「予定の位置に到達。サーチ、スタート」
「データ送信開始します」
「受信確認」
 青葉、マヤが衛星からのデータを分析しようとしたその瞬間、画面がオレンジ色に輝いたかと思うとモニターにサンドストームが走った。
「サーチ衛星沈黙。破壊されたようです」
 青葉が舌打ちをして報告した。
「ATフィールド?」
「…恐らく展開範囲を広げてハエ叩きのように衛星をひっぱたいたんだわ。新しい使い方ね」
 顔をしかめるミサトと、冷静に分析するリツコ。
「別のサーチ衛星を展開するには二時間は掛かりますが…どうしますか?」
「そうね…いや、止めておきましょう。展開する側から壊されるんじゃ意味が無いわ」
 青葉が質問の形を取った意見具申を行ったが、ミサトは首を横に振った。その時、使徒に動きが生じた。対宙レーダーを担当する日向が叫ぶ。
「使徒より小反応が分離、自由落下中!恐らく体の一部を切り離したと思われます」

宇宙空間では使徒が左右の「手」の「指」の部分の先端を切り離し、地上に向けて落下させていた。ATフィールドを纏ったそれは大気との摩擦で燃え尽きる事無く、地上に落下して大爆発を起こした。

「…で、これが最初の一撃…」
 巨大な波紋が広がるインド洋を見てミサトが言った。波紋と言っても、その一つ一つが数十メートルクラスの波高を持つ津波である。
「初弾はインド洋中央部に落下。津波により沿岸地区に多大な被害が出ています」
 日向が報告し、次の映像を出した。
「第二弾…インドシナ半島西海岸です。クレーターの直径は八百メートル。爆風と衝撃波で十キロ四方の街や村に壊滅的な被害が出ました」
 地表に大穴が空き、黒く焼けこげたような密林地帯の空撮写真を見てリツコが言った。
「高度七万メートルからの質量爆撃にしては被害が大きすぎるわね。ATフィールドの効果も利用しているのかしら」
「国連対軌道輸送局がSSTOで敵の軌道上にN2対宙機雷を仕掛けましたが、効果無し。それどころかN2兵器の大規模爆発により電離層が混乱し、現在衛星通信、対宙電子的観測システムは麻痺状態です。このため、これ以降の使徒の行方は不明。また、司令や副司令との連絡も取れません」
 身内に足を引っ張られ、青葉が憤りをにじませた声で報告を締める。
「とは言っても…ここに来るのは確実よね」
 ミサトが言うと、リツコが頷いた。
「ええ…間違いなく。恐らく本体ごとくるわ」
 ミサトが笑った。
「そうなると…第三芦ノ湖の誕生、かねえ?」
 加持がおどけた声で言った。ちなみに第一芦ノ湖は本来の芦ノ湖。第二芦ノ湖はジオフロントの地底湖の通称である。
「いいえ。箱根山が丸ごと吹き飛んで大きな入り江が出来るわ。第三新東京湾とでも名が付くのかしら?」
「そりゃ大変だ。国土地理院が黙っちゃいないな」
 リツコが答え、加持が肩を竦める。そこでミサト、リツコ、加持は顔を見合わせて乾いた笑い声を上げた。もし箱根山が吹き飛ぶほどの爆発が起きれば、日本の地上には国土地理院どころか雑草一本も残らないくらいの爆風と衝撃波、熱線が荒れ狂うのは目に見えていたからだ。
 そして、その先はサードインパクト。日本が吹き飛んでも悲しむ事はない。地球上の全ての生命がすぐに後を追ってくるだろう。だが、NERV本部の誰一人としてそんな事態になるのは御免だった。
「日向君、使徒の予想襲来時間は?」
「はい、これまでのデータから判断して…明日の一一〇〇時、プラスマイナス1時間と推測されます」
 ミサトの質問に日向が澱み無く答える。
「マヤ、MAGIの判断は?」
「はい、条件付きながら全会一致で撤退を推奨しています」
「条件?」
「はい、逃げる場所があるなら、です」
 そこで発令所はややヤケ気味ながら爆笑の渦に包まれた。誰もがそんな場所は無いという事を知っていたからだ。
「さて…どうするの?司令代理殿」
 リツコが目尻を拭いながらミサトに尋ねた。
「そうね…青葉君」
「はっ」
「日本政府各省に通達。07:00をもってNERV権限による特別宣言D−17を布告します」
 D−17のDは「脱出 」の頭文字だ。第三新東京市を中心とした半径50キロ以内の17の市町村から、全市民を避難させる時に布告されるもので、NERVではD級までの下級職員の待避も含まれる。
 本来は東海大地震が迫った場合に布告されるもので、宣言権自体は日本政府にあるのだが、現在第三新東京市の事実上の為政者であるNERVが布告を「要請」すれば、それに逆らう事は日本政府には出来ない。
「D−17ですか。『委員会』は大騒ぎするでしょうね」
 青葉が言うと、ミサトは鼻で笑った。
「そんなの、電離層の混乱を理由に受信できませんでした、で突っぱねちゃえば良いのよ」
 そのムチャな論理に、再び発令所が爆笑の渦に包まれた。

第三新東京市

『政府による東海地震特別警戒宣言が発令されました。市民の皆様は、速やかに指定圏外へ避難して下さい』
 避難警報を出す戦自のヘリで埋めつくされた空。
『渋滞情報 新厚木IC付近17キロ 御殿場JCT付近21キロ 警戒宣言発令中 制限速度を厳守せよ』
 第三新東京市から伸びる相模・松本自動車道や厚木・箱根高速道路などの主要道路は全線下りに変更され、それでもなお避難する市民の車で十数キロの大渋滞が続いている。
『業務連絡、業務連絡。第三新東京駅発下り臨時特急『はこね』乗車を開始します。押さないで下さい、押さないで下さい。列車は十分にございます。無理をせず後続の列車をお待ちください』
 第三新東京市駅では乗り入れる小田急やJRなどの各鉄道会社が車庫にある全ての車両を引き出し、無料臨時便を大増発したが、ほぼ全ての便が乗車率200%という大混雑を記録していた。
『第6、第7ブロック収容開始五分前。建物の中にいる要員は速やかに移動をお願いします』
 ビルが次々とジオフロントに収容されて行き、要塞都市第三新東京市と姿を変えてゆく街。殆どの市民が避難し終えた地上では音という音が消え、普段の喧燥が嘘のように静まり返る。
『市内における避難は全て完了』
 地下のNERV本部でも、全要員がB級勤務者以上の作戦部、保安部、技術部や、C級勤務者以上である他部署の管理職を除くD級の一般職員たちが全員待避し、ほぼ純粋な作戦要員のみが残存した。
『部内警報による、非戦闘員及びD級勤務者の待避完了しました』
 警報発布後、全面待避が完了したのは翌日の午前4時近く、作戦開始まで6時間あまりを残した明け方の事だった。
「お疲れ様」
 ほぼ一晩中不眠不休で避難計画を主導してきた発令所要員達の顔には疲労の色が濃い。が、全てはここから始まるのだ。
「子供たちは集まっているわね?」
「はい」
「では、作戦会議を開きますか…全員ブリーフィング・ルームへ集合」

ブリーフィング・ルーム

「ええぇぇ〜〜〜っ!?手で受けとめるぅぅぅ〜〜〜〜っ!?」
 朝早くから本部に待機させられ、眠い目をこすりつづけていたレイだったが、ミサトの作戦内容にはさすがの眠気も雲散霧消し、大声を上げる。
「そう、落下予測地点にエヴァを配置。ATフィールド全開で、あなた達が直接、使徒を受けとめるのよ」
 この無茶苦茶な作戦内容にカヲルはもちろん加持やリツコも目を剥き、シンジでさえやや眉をひそめた。
 カヲルが手を挙げ、質問する。
「使徒が大きくコースを外れたら?」
「その時はアウト」
 次にレイ。
「機体が衝撃が耐えられなかったら?」
「その時もアウトね」
 シンジは相変わらず冷静に尋ねる。
「・・・勝算は?」
「神のみぞ知る・・・っと言った所かしら?」
 全ての質問にミサトはあっさりと答えた。
「神の使いを受けとめるのに神のみぞ知る?葛城、冗談じゃすまされんぜ」
 加持が言った。
「まったく同感よ。でも、他に方法が無いの。この作戦は」
 ミサトの険しい顔がフッと優しい顔に変わる。
「こんなのは作戦とは言えないわね…。でも逃げることはできないわよ」
 文字通り逃げ道なしのチルドレンたちだったが、やがて肩をすくめると口々に言った。
「敵前逃亡はボクのポリシーに反しますからね。付き合いますよ」
 とカヲル。
「わたしたちは逃げられても、みんなが死んじゃったら意味が無いですよね」
 とレイ。シンジは何も言わず黙って頷く。
「みんな、良いのね?」
 三人は力強く頷いた。 
「ありがとう…三人とも。終わったら、みんなに何でも好きなものを奢るから」
「本当ですか!?」
「約束するわ」
 カヲルの言葉にミサトは胸を叩いて請け負った。
「フフ、その言葉、忘れないで下さいよ」
 カヲルは不敵な笑みを取り戻して言った。彼に引きずられて、今まで表情の硬かったレイも思わず微笑む。
「わたし、何が良いかな…」

作戦開始3時間半前

「やるしかないのよね…本気で」
「ええ、そうね」
 女子トイレの洗面台で、ミサトとリツコは鏡を通してお互いを見ていた。
「勝算は0.000001%。・・・万に一つも無いのよね。」
 ミサトはルージュを引き直し、コンパクトを閉じた。
「ゼロでは無いわ…。私たちに出来るのはエヴァに賭けるだけよ」
「ミサト」
 リツコが言った。
「本当に、他に手だてはなかったの?こんな無謀な作戦…お父様を失って、使徒に復讐したいって言うあなたの気持ちは分からないでもないわ。でも…」
「リツコ…姉さん」
 ミサトが昔の呼びかけを出してリツコの言葉を遮る。
「違う。違うわ。確かに父さんは南極で死んだ。でも、私は復讐なんて考えてない」
「え?」
「父さんは研究の虫で、家族の事なんて見向きもしなかった。私はそんな父さんが嫌いだった。憎んでさえいたわ。今の姉さんのように」
「…」
「でも…父さんは私をかばって…父さんは最後に私の事を愛していると言ったわ。その時に気が付いたの。私も本当は父さんの事を愛していたんだって」
「ミサト…」
「だから…確かに最初は復讐を考えたわ。父さんを奪った使徒を憎んだ。でも、そうすればそうするほど自分が空虚になっていくのが判ったわ。復讐のほかに私には何も無いんだから」
「じゃあ…今はどうしているの?」
「そんな私に…新しい目的をくれたのは、あなたのお父様よ。副司令は言ってた。我々は、失われた未来を取り戻すために戦うんだって。そのために私の力を貸して欲しいって」
「父さんが…そんな事を」
「だから…今の私は復讐のためには戦わない。副司令の求める未来を切り開くために戦うの。そのための方法がある限り、例え非道に見えても、どんなわずかな勝算であっても、私は戦うのを止めたりしない」
「…」
 ミサトの独白が終わり、二人の間に沈黙が流れた。やがて、リツコが口を開いた。
「ミサト。あなたの決意は良く分かったわ。あなたが父さんを信頼し、その目的があなたの人生をかけるに足ると言う事も」
「姉さん。副司令は…」
「言わないで。私は科学者よ。だから、観察し、実証していない出来事をおいそれと信じるわけには行かないわ。だから、この目で確かめさせて…」
「…」
「でも、ロジックでなく、これだけは信じても良いわ」
「え?」
 出て行こうとして、振り向いたリツコの言葉に、ミサトは顔を上げた。
「この勝負、勝つ事を、ね」
「…ええ!」
 大きく頷いて、ミサトはリツコの後を追った。

同時刻 ビスト・ルーム

プラグスーツに着替えたチルドレン達は待機所で作戦開始を待ち続けていた。緊張をほぐすためか、カヲルが口を開く。
「この作戦、成功したら真の意味で奇跡の名に値するね。信じられないって事さ…」
「渚君って何かと言うと『何々に値する』って言うのが口癖だよね…」
 呆れたように言うレイ。
「そうかな?まあ、才能を示すには話し方一つ取ってもちょっと他人とは違うってところを見せたいからね」
「才能を示す、ね…エヴァに乗るのも、その一環なの?」
 レイが尋ねると、カヲルは頷いた。
「ボクは、生まれた時からエヴァに乗るために育てられたんだ…」
「え?」
 初めて過去を語るカヲルに、レイは身を乗り出して話に聞き入った。
「ボクはいわゆる試験管ベビーというやつでね。優秀な男女の精子と卵子から人工子宮で産み出されたんだ。だからボクは親の顔を知らない。それでも、両親がエヴァの開発に関わる人たちだと言うのは、教育官から聞いた事があるんだ」
「…」
「だから、こうやってボクが戦い、戦果を上げればどこかで両親は喜んでくれるんじゃないか、そう思ってね…」
「…そうなんだ」
 思いもよらぬカヲルの過去に返事に困るレイ。
「六分儀君には聞かないのかい?」
 カヲルがレイに言うと、レイが返事をするより早くシンジが自ら答えた。
「エヴァは…僕とみんなを繋ぐ絆だから…」
 シンジはかつてレイに言ったのと同じ答えを返した。だが、続きは少し違っていた。
「無くしたくない、絆なんだ。だから、僕はみんなを守って、僕も生き残る。奇跡を起こしてみせる…」
「シンジ君…」
 レイは思わず涙があふれそうになった。そこには、かつて「自分には他に何も無いから死んでもかまわない」と言った人形のような少年はいなかった。
「そうだよね。起こしてこその奇跡だよね!」
 レイはシンジの手を取って叫んだ。そこに、カヲルも手を重ねた。
「ふふ…一つ起こしてやろうじゃないか。奇跡と言うものをね」

第三新東京市

 3機のエヴァは市内の三箇所に散り、クラウチング・スタートの体勢をとっていた。そこに発令所からの通信が入る。
『目標確認、高度2万5千メートル!』
 ディスプレイに双子山山頂の望遠鏡からの映像が転送される。大気との摩擦で真っ赤に燃え上がりながらまっしぐらに落下してくる使徒。
『おいでなすったわよ。エヴァンゲリオン全機、スタート用意!』
 3機のエヴァがスタートの体勢に入る。
『目標の軌道計算は光学観測によるデータ以外あてにならないわ。MAGIが距離1万まで誘導します。その後の細かい修正は各自の判断で行動して。あなた達にすべてを任せるわ』
「「「了解っ!!」」」
 レイ、シンジ、カヲルが息のあった答えを返す。
『計算終了、スタートまであと10秒!9、8、7、6、5、4、3、2、1、ゼロ!スタート!!』
 マヤのカウントダウン終了と同時に、チルドレン達が叫ぶ。
「行くよっ。スタート!」
「OK!GO!」
「…行きます!」
 三者三様に気合を入れ、3機のエヴァは外部電源をパージしてダッシュに入る。使徒の落下予測地点に一番近いのは初号機だった。レイがインダクション・レバーを限界まで倒しさらに加速。シンジ、カヲルもこれに応え、紫、青、黒のエヴァが、一陣の疾風と化して第三新東京市を駆け抜けて行った。
 やがて落下してくる使徒が見えた。その衝撃と熱が、雲を瞬時に蒸発させる。レイはその姿を認めると、使徒の真下を目指して初号機の巨体を走らせた。
(ここだ!!)
 レイは広い公園の中でエヴァを止め、空を見上げた。今や空を覆い尽くすような大きさになった使徒の、中央部の眼をにらみつけ、一息つくと精神を集中させる。
「ATフィールド…全開!!」
『受け止めた!』
 発令所からも驚きの声が漏れた。使徒の大きさは全長1200メートル、推定重量1万トン以上。エヴァが普通の人間なら、700メートル上空から落下してきた12メートルの大きさを持つ100トンの物体――クルーザーぐらいか――を受け止めたことになる。ATフィールドがいくらかショックを軽減するとは言え、それはすさまじい光景だった。
「くっ、ぐうぅぅっ」
 レイは腕に激痛を感じうめき声を漏らした。受け止めたとは言え、もちろん、初号機の方も無事では済んでいない。そのあまりの衝撃に、初号機の腕の筋肉が断裂し、足場の地面が踏み砕かれた。双方のフィールドの接触面に紫色の電光が走り、灼熱する使徒の放つ光が周囲を黄昏のような赤へ染めていく。
『弐号機、フィールド全開!』
 そこに弐号機が駆けつけ、カヲルが叫ぶとともにフィールドを展開。初号機の腕にかかるすさまじい荷重が分散され、使徒の体が安定したのを見て、レイがすかさず叫ぶ。
「シンジ君、今だよっ!!」
 最後に戦場へ到着した零号機がプログ・ナイフを抜き放ち、口にくわえると、今度は腕に集中させたATフィールドで使徒のそれを切り裂いていく。そして、そこに見える使徒のコア――ちょうど瞳孔の部分に当たる――に向かってナイフを突き立てた。
 次の瞬間、使徒のATフィールドが消え、力を失った使徒はエヴァの上に覆い被さるように崩れ落ちた。そして大爆発を起こしその巨体がちぎれ飛ぶ。
 その爆炎の中から、三体のエヴァが表れた時、発令所の人間には声もなかった。
「やった…のか」
「奇跡は…起きたんだ」
「そうだ。やったんだよ、あの子達は!」
 目の前の光景を認識したその瞬間、歓声が爆発した。オペレーター達が誰彼かまわず抱き合い、肩を叩き、握手をする。
 ミサトはそっと組んでいた腕を解き、うなずいた。その肩をリツコと加持が叩く。そして、3人はしばしやむ気配を見せない歓声の渦に身を委ねた。

発令所

 発令所に戻ったチルドレンの3人。その頬は短くも過酷な戦いにややこけてはいたが、その表情には恐ろしく困難な事業を成し遂げた人間が持つ誇りに満ちていた。 ミサトは三人を抱きしめるようにしてその労をねぎらった。
「南極にいる司令から通信が入りました」
 青葉が報告する。N2対宙機雷の爆発で発生した電離層の擾乱が収まり、不通となっていた衛星通信システムが回復したのだ。
「おつなぎして」
 青葉が回線をつなぐと、まず通信に出たのは冬月だった。
『御苦労だった。葛城君。きわめて困難な状況の中、難しい判断を迫られたと思うが…良くやってくれた』
「はい、ありがとうございます」
 続いてゲンドウが通信に出る。
『良くやってくれたな、ミサ…いや、葛城三佐。チルドレン達もそこにいるかね?』
「はい。全員無事です」
『みな、困難な任務を良く果たしてくれた。心から礼を言う。まことにありがとう』
「「「はいっ!」」」
 チルドレン達は威儀を正し、背筋を伸ばして答えた。
『私からも言わせてもらおう。スタッフ諸君も良くやってくれた。帰国は二週間ほど後になるが…その時に積もる話をしよう。重ね重ね、御苦労だった』
 冬月の言葉に、スタッフは椅子を蹴って起立すると、今だ映像中継が回復せず「SOUND ONLY」のままのモニターに敬礼した。南極近海の「ボルティモア」艦上でも、冬月とゲンドウが敬礼をしていた。

第三新東京市 とあるガード下
 三日後、D−17宣言が解除され、市民が帰宅し活気を取り戻した第三新東京市。その一角で、ミサトとチルドレンの3人は、屋台のラーメン屋の前にいた。連れてきたのはカヲルである。
「フフ…葛城三佐の財布の中身くらい、承知の上ですよ」
 カヲルの言葉に、ミサトは一瞬唖然とするが、破顔するとカヲルの頭を小突いた。
「馬鹿ね…子供の癖に、変なところで気使っちゃって」
 その光景にレイは大笑いし、シンジでさえも微笑んで、和やかな雰囲気のうちに4人だけのささやかな祝勝会は始まった。
「ボクは…フカヒレチャーシュー大盛り」
「僕は…喜多方風しょうゆラーメン」
「わたし、のりラーメン。チャーシュー抜きで」
「私は博多とんこつラーメン。あと野菜ギョーザ4人前ね」
 そして4人は並んで仲良くラーメンをすすった。主に会話をリードするのはカヲルで、彼が時々冗談を言う度に、それにミサトやレイが笑ったり、怒ったり、反応する。シンジも、相変わらず薄い反応ながらもどことなく楽しげに話を聞いていた。そのシンジが、あるとき突然口を開いた。
「ずっと一緒に暮らしているけど…ミサトさんがこんなに楽しそうなのって初めて見るような気がする」
「あら…それを言うなら、シンジ君だってそうよ」
 ミサトが言うと、シンジは戸惑ったような表情をした。
「楽しそう…?僕が?」
 少し考え込み、シンジは笑った。
「楽しい…楽しいって、こういう感覚なんだ」
 そんな会話をしながら微笑む不器用な二人を、レイとカヲルが見守っていた。
「そういえば、綾波君は、どうしてエヴァに乗るのか聞かなかったね」
「え、あ、わたし?そうね…最初は良く分からなかった。でも、ここでマナやヒカリ…シンジ君、渚君、クラスのみんな。NERVの人たち…いろんな人に出会って…今は、そうやって知り合ったみんなを守りたい。それが、目的かな」
 レイの言葉に、カヲルは頷いた。
「そうだね。どんな戦いだって、最終的には自分の身近なところへ行きつくものさ…」
 優しい雰囲気の中、ささやかな晩餐は続いていった。

(つづく)

次回予告
 MAGI、それはNERV本部を全てを掌握するスーパーコンピューターシステムである。
 何の変哲もない日常下の技術一課による定期検診。だがその時、事件は起こった。
 次々と犯されてゆく地下施設、セントラルドグマ。ついに自爆決議が迫られるNERV。
 母の遺産を受け継ぎ、リツコはNERVを守ることができるのか?
 次回、第拾参話「使徒、侵入」

あとがき
 今回はミサトとゲンドウ、リツコの過去の因縁、その一端を明らかにしました。これからも少しづつ過去の謎が明らかになっていきます。
 さて、原作拾参話ですが…ちょっと不自然ですよね?本来NERVには逃げ場がないはずなのに、撤退とか逃げるとか言う言葉が出てきますから。
 その違和感を私なりに修正した結果が今回の展開になっています。まあ、うまく言ったかどうかは自信ないですけど(笑)。
 ではまた次回でお会いしましょう。
2000年8月某日 さたびー拝


さたびーさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

>埒があかないと悟ったのか、傷ついた男性はその体のどこにそんな力が残っていたのか、
>と言う一撃をもう一人のみぞおちに叩き込んだ。力を失い、崩れ落ちた男性を少女の隣に横たえる。
>「娘を…頼んだぞ、六分儀君」

やるぜっ!!葛城パパっ!!!
見せて貰いましたよっ!!あなたの熱い魂の迸りをっ!!!

>「え…ミサトさんが…?気が付かなかったな」
>「はああ〜っ、本気で言ってるのかい?冷たいねぇ。君には人間の情って物が無いのか?」
>「…ミサトさんはミサトさんだから」
>「階級なんか関係ないって?ある意味うらやましい環境ではあるね…それはともかく、計画に賛同するかい?」
>「それでミサトさんが喜ぶなら」
>「よし、決まりだね」

それでアレですよね。
連載当初はかなり原作のレイに近い雰囲気を持っていたシンジでしたが・・・。
レイが、マナが、ヒカリが、カヲルが、トウジが、ケンスケが集まる毎に段々と普通の少年っぽくなってきましたよね。

>「いや、大事なのは男女の雇用機会の均等であり…ひいては」
>「ま、まだ続くのかい?相田君…君の意見は謹聴に値するけど、続きは今度の機会にしてくれないかい?」

原作よりかなり良い役どころなのに・・・。
ケンスケよ。所詮、君はやはりそこ止まりだね(笑)

>「ボクはいわゆる試験管ベビーというやつでね。優秀な男女の精子と卵子から人工子宮で産み出されたんだ。
> だからボクは親の顔を知らない。それでも、両親がエヴァの開発に関わる人たちだと言うのは、教育官から聞いた事があるんだ」

このお話は原作との相違点がありながら近い話だけに、このカヲルの出生に何か裏がありそうですね。
・・・って、考え過ぎかな?(^^;)

>「ボクは…フカヒレチャーシュー大盛り」
>「僕は…喜多方風しょうゆラーメン」
>「わたし、のりラーメン。チャーシュー抜きで」
>「私は博多とんこつラーメン。あと野菜ギョーザ4人前ね」

屋台にしてはバラエティーに飛んだメニューですね(笑)
特に喜多方風ととんこつと言う相反するスープを揃えている屋台の親父の拘りを感じます(爆)



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