NERV本部 保安部長室
加持は机の上に並べられた数枚の写真を見て唸った。それは、レイたちの登校中の姿を撮ったものだが、アングルから言って高い所から望遠で撮られたものらしい。
「ふむ…これだけ穴を見つけたか」
加持は呟いた。写真だけならただの盗撮と変わりはない。しかし、撮影者が持っていたのがカメラではなく、狙撃銃だったら?そして、シャッターが押されたのではなく、引き金が引かれていたら?
「三十箇所ほど撮影好適所をピックアップして、市内自動警備システムに穴が空いていたのはその五箇所でした」
撮影者が口を開いた。
「そうか…大した物だな」
加持は言ったが、実を言うと警備システムに穴を空けたのは彼自身だ。撮影者がそれに気が付くかどうか、と言う事も「テスト」のうちだったからである。この撮影者以外の候補者は、全員自動警備システムの存在に気が付かず脱落していた。
「で、俺は合格なんでしょうか?」
撮影者が一番気になっていた事を尋ねた。加持は頷き、用意してあった書類にサインをすると、それを撮影者に手渡した。
「おめでとう、合格だよ」
「ありがとうございます!」
撮影者は喜びを隠しきれない口調で礼を言い、勢い良く頭を下げた。
「君にはチルドレンの学校での護衛役、という任務に就いてもらう。転校手続きその他はこちらで手配しておこう。では、頑張ってくれ」
「はっ!」
NERV保安部の定めた採用条件――警備システムの監視の目をくぐり、チルドレンに対して狙撃に擬した撮影を試みることに成功したその撮影者―意外にも少年らしい―は敬礼を決め、保安部長室を退出していった。
市立第壱中 朝
「きゃ〜っ!渚君だあっ!おはよう〜っ!渚くぅ〜ん!!」
朝から2−Aの教室にハイテンションな女子生徒達の声がこだまする。窓に張りついた彼女たちが見下ろす校庭には、プラチナ・ブロンドの髪とアイスブルーの瞳を持つ絶世の美少年が一人。
セカンドチルドレン、渚カヲルである。彼は教室を見上げ、白い歯を見せて笑うと手を挙げて挨拶した。女子生徒の黄色い声がますます大きくなる。それを、男子生徒達は面白くも何とも無い、というような不機嫌の極みな表情で見ていた。
そして、カヲルに興味を示さない、変わった女子が三人。言わずと知れたレイ、マナ、ヒカリである。
「ほんとに大人気よねー…」
レイがぼそりと呟く。
「顔だけじゃあの性格は分からないものね」
ヒカリがそれに答えた。
「シンジ君の独走態勢もあっさり覆っちゃったわね」
とマナ。
第六使徒戦から三日後、カヲルは予想だにしない形で休み明けの三人娘の前に再来した。そう、「転校生」という形でである。
カヲルはたちまちクラス女子の人気を攫っていった。これまで女子の一番人気と言えばシンジだったのだが、そのシンジと互角の美少年ぶり。これに加えてやはりシンジと同等以上の秀才ぶりと運動神経を数日間の授業で見せ付けている。そうなると、社交的な性格と日独ハーフと言う要素でシンジ以上の人気者になるのは必然と言えた。
さらに、カヲルは空母で三人娘に張り倒された教訓から真面目な性格を演じていたから、まさに隙無しの美少年ぶりを遺憾無く発揮する事になる。
「おや…」
カヲルが靴箱を開けると、ぎっしり詰まったラブレターが床にこぼれ落ちた。
「ふふふ…日本の女の子達は奥床しいね。好意に値するよ…」
相変わらずのカヲル節で微笑み、カヲルはそれらを丁寧にまとめて自分の鞄へ入れた。一応目を通しているらしい。シンジはラブレターがあっても興味無さげにくずかごへ直行させるのが常だったから、この点でもカヲルにアドバンテージがあった。
もっとも、シンジの方はどっちが女の子にモテようが知った事ではなかっただろうが。
知った事では済まされないのは、他の男子だった。
昼休みに入った時、カヲルの机の周りを数人の男子が取り囲んだ。
「おい、転校生」
一人がカヲルの机に手をかけて言った。
「どうしたんだい?」
微笑を浮かべてカヲルは言った。
「話があるんだよ。ちょっと屋上までツラぁ貸しな」
リーダー格らしい男子生徒が凄む。
「話…?まあいいさ。拝聴しようじゃないか」
余裕の表情でカヲルは言い、すっと立ち上がった。白人種の血が混じっているせいか、カヲルは頭半分は周りの男子生徒より背が高い。その背丈と態度に気圧されてか、リーダー格は少し鼻白んだが、気を取り直して周りの仲間達をあごでしゃくる。彼らはカヲルを囲むようにして、屋上へ連れていった。
屋上
「で、話って何かな?」
相変わらず穏やかな微笑みを浮かべたままのカヲル。
「てめぇ、気にいらねえんだよ」
リーダー格の少年が乱暴な口調で言い、周りの少年達も同意の声を上げる。
「そうかい。それで?」
カヲルは全く動じる事無く言った。
「な・・・」
そのあまりにも冷静な、楽しそうな雰囲気さえ感じさせる声にリーダーが絶句する。
「気に入らないから、どうするんだい?ボクを袋叩きにでもするのかな?」
その時、リーダーはカヲルの浮かべている笑みの正体に気が付いた。
嘲笑だ。
「くそ、やっちまえ!」
カヲルの態度に圧倒され、頭に血が上ったリーダーは拳を固め、カヲルに殴り掛かる。が、カヲルは軽く横にステップするだけでその一撃をかわし、バランスを崩したリーダーはその場にひっくり返った。
「ち、畜生!」
完全に切れたリーダーは起き上がると、必死にカヲルに殴り掛かるが、やはり当たらない。
「君にはボクは倒せないよ」
カヲルがそう言って微笑んだ時、後ろから取り巻きの一人が飛び掛かり、カヲルを羽交い締めにした。
「!」
カヲルが異変を悟るより早く、リーダーの拳がカヲルの顔面を捉えた。鈍い音と共にカヲルの目の前に星が散り、口の中に血の味が広がる。
「ぐ…痛いじゃないか」
カヲルが顔を顰めると、リーダーは更に拳を固め、カヲルを殴ろうとする。
「ひゃはは、俺を散々コケにしやがって!食らえ!」
その時だった。
「やかましいやないか」
低いが、良く通る声が屋上に響き渡った。その声に、リーダーの動きが止まる。いや、実際頑丈そうな手がリーダーの拳をつかみ、その動きを封じていた。
「す、鈴原…!」
振り返り、声の主に目を留めたリーダーが呟く。それは、ジャージを着込んだ大柄な少年。鈴原と呼ばれたその少年は、リーダーの腕をつかむ手に力を入れた。痛みで悲鳴を上げるリーダーに低い声で言う。
「大勢で一人とはえらく卑怯やないか」
次の瞬間、リーダーの体は宙を舞い、屋上のコンクリートに叩きつけられていた。
「ぐううっ!くそっ!」
鈴原トウジ。授業にめったに出ない不良少年だが、今風の不良ではなく昔懐かしの「番長」的な存在の少年である。彼の出現した隙に、カヲルは自分を羽交い締めにしていた少年のみぞおちに肘打ちを叩き込み、束縛から逃れた。それを見て、トウジが言った。
「この辺じゃ見かけん顔やな。大丈夫か?」
「ああ、ちょっと痛かったけどね…」
聞かれたカヲルが答えると、トウジは鼻で笑って「そのようやな」と答えた。
「ふう…助けてくれてありがとう。礼を言うよ」
カヲルが言うと、トウジは笑った。
「そういうつもりや無かったけどな。遊ばんとちゃっちゃと片付けたらええのに、そうせえへんからや」
それを聞いて、カヲルはトウジを見直した。細い華奢な体に見えるが、カヲルはドイツで護身術や武道に関するトレーニングを積んでいる。あの程度の少年達など、その気になれば一人でどうにかする自信はあったからだ。それをトウジは見抜いていたらしい。
その時、トウジに投げられたリーダーが立ち上がると、唸るような声で言った。
「て、てめえら…」
完全に目の据わったリーダーが、懐から何かを取り出した。それを見てトウジが顔をしかめた。それはバタフライ・ナイフだった。
「ぶっ殺してやる!」
突っ込むリーダー。その瞬間、まばゆい閃光が彼の目を灼いた。
「ぐえっ!」
一瞬ひるんだ隙を見逃さず、トウジの蹴りがそいつを吹き飛ばした。
「はいはい、そこまで」
軽い口調。カヲルとトウジが振り向くと、そこにはカメラを構え眼鏡をかけた少年が立っていた。フラッシュで目潰しを食らわせたのは、彼らしい。
「おや、君は…」
カヲルが言った。同じ日に同じクラスへ転校してきた少年だ。
「ははは。自己紹介したろ?相田。相田ケンスケだよ」
そう言うとケンスケは男子生徒たちを見渡して言った。
「さてみんな。このカメラには君らがやった事を全部記録してあるぜ。それをしかるべきところへ提出したらどうなるかな」
「て、てめえ…」
ケンスケのさわやかな口調とは裏腹のえげつない手口に、男子生徒たちが顔を歪める。
「わかったら、とっとと消えな」
ケンスケが言うと、生徒たちは倒れた二人を抱き起こし、口々に「覚えてろよ」とお決まりの台詞をはいて校舎内へ続く階段へと消えていった。そして、後にはカヲルとトウジ、ケンスケだけが残された。
「なかなかやるね、君らは…好意に値するよ」
カヲルが言うと、トウジは頭をひねった。
「コウイ…?」
「尊敬できるって事さ…」
「さよか。まあええわ。ワイもお前らみたいなオモロイ奴は嫌いやない。ワイは鈴原。鈴原トウジや。トウジでええで」
「最近転校してきた渚カヲルって言うんだ…カヲルで良いよ」
「同じく、相田ケンスケ。俺もケンスケで良いぜ」
「カヲルに、ケンスケか。よろしゅうな」
「よろしく」
「よろしくな」
得意分野こそ違えど、互いに秀でたものを持った者同士が引き合ったのか、学校きっての天才児と、学校きっての不良生徒、そして一見平凡ながら、NERVの厳しいテストを突破した元戦自特願候補生という奇妙な三人組の、これが友情の始まりだった。
新世紀エヴァンゲリオン REPLACE
第九話「瞬間、心、重ねて」
NERV本部 技術部長室
部屋の中にキーボードを叩くカタカタと言う音だけが響き渡る。部屋の主、リツコは先日の第六使徒戦で採れたデータの分析を進めている所だった。
「ふう…」
疲れたのか、気怠げに溜め息を吐き、口にコーヒーカップを運ぶ。それを元に戻したとたん、肩にたくましい腕が絡み付いた。
「…加持君?」
「…相変わらず落ち着いているね」
肩を抱きしめる腕の持ち主はそう言うとリツコの耳元に口を寄せた。
「少し…痩せたかな?」
「そう?」
加持の言葉にリツコは余裕の笑みで答える。
「悲しい生き方をしているからだ…」
「涙の通り道にほくろがある人は、一生泣きつづける運命にあるから…あの時もそう言ったわね」
「覚えていたのか」
かつてリツコに贈った言葉。それをリツコが覚えていた事を知り、加持は嬉しそうに微笑んだ。そして、その時は言えなかった言葉の続きを口にしようとする。しかし。
「でも、駄目よ。怖いお姉さんが見ているからね」
「!」
リツコの言葉に振り向くと、そこにはミサトが立っていた。
「恋路の邪魔をしようとは思わないわ。でも、公私の区別は付けてよね」
ミサトの言葉に、加持は頭を掻きながらリツコの肩に回した腕を外す。
「また、昔みたいに3人でつるめるな…どうだい、今夜あたり」
照れ隠しのように加持は右手の人差し指と親指で輪を作り、口元へ持っていく。それにミサトが答えようとした時、鋭い警報が鳴り響いた。
NERV本部 発令所
「紀伊半島沖で警戒中の護衛艦「はるな」より入電。未確認潜行物体を発見。現在MAGIへ観測データ送信中…」
青葉が国連軍とのデータリンクを確認しつつ報告する。それを受けてキーボードを叩いたマヤが、緊張の面持ちで叫んだ。
「分析結果、出ます。…パターン青!使徒です!」
「よろしい。総員第一種戦闘配置」
司令席に座る冬月が号令を下した時、加持、ミサト、リツコの三人も発令所へ駆け込んできた。
「遅いぞ、3人とも」
「申し訳ありません。それより、使徒ですか?」
ミサトの質問に、ゲンドウが答えた。
「ああ。厄介な事になったな」
「はい」
ミサトは頷いた。厄介な事というのは、先日の第五使徒戦で第三新東京市の防衛システムが大きな被害を受けてしまった事である。破壊された建造物こそ少なかったが、市街を飛び交った荷電粒子ビームや陽電子ビーム、その着弾によって発生した電磁波と放射線が、防衛システムの観測センサーに深刻な影響を与えていたのだ。
さらに、ヤシマ作戦で最も戦場の近くにあった大電力源であるジオフロント専用の核融合炉、地熱発電プラントが過出力に耐えかねて故障してしまい、電力不足から特にレーザーなどの使用が難しくなっている。
こうした理由で、第三新東京市の迎撃能力は全力発揮時の26パーセントまで落ち込み、実戦に耐える稼働率を満たさなくなっていた。
「市外で迎撃するほか無いものと思われます。幸い、外部電力ソケットは使用可能ですし」
ミサトの意見具申に対し、冬月はリツコの方を見た。
「リツコ君、エヴァ三機の状態はどうかね」
「はい、零号機は新装備の実装テストなどのため、出撃まで2時間は掛かります。初号機ならびに弐号機は直ちに出撃可能です」
問われたリツコはテキパキと答えた。
「よろしい。初号機ならびに弐号機をもって、上陸する使徒を水際で殲滅する。敵上陸予想時刻までに、 戦力を予想上陸地点へ展開せよ」
「了解!」
冬月の決断の元、NERVは初めて市外へ打って出ることを決定した。
四時間後 駿河湾岸(旧沼津市近郊)
夕暮れ迫る海岸にNERVが展開を終えたのは、つい今し方の事だった。初号機はパレット・ライフルを、弐号機はドイツから空輸されたと言う専用の細身の剣を携行していた。
「ふう…二人がかりで戦うなんて卑怯だね…騎士道精神に反するよ…」
「生き残り、勝ち残るためよ。勝ち方なんて問題じゃないわ」
ミサトが厳しい声でたしなめる。が、カヲルは何を考えているのか目を閉じたまま何も答えない。
「…来た!」
レイが声を上げる。目の前の海面が沸騰したかのように沸き立ち、その中から人型をした第七使徒が出現した。同じ光景を海岸を望める高台に陣取った指揮通信車内で見たミサトが指示を下す。
「人型ね。見た目は第三使徒に似ているわね。二人とも、おそらく相手は格闘メインよ。フォーメーションはFS。カヲルが接近戦を挑むと見せかけて牽制、その間にレイが射撃で撃破。いいわね?」
「はい」
「いいえ」
レイは素直に返事をしたが、カヲルの拒絶の答えに思わずミサトの目が点になる。
「こんな奴はボク一人で十分です。ま、見ていてください」
言うなり、カヲルは剣を片手で顔の正面に立て、決闘を挑むかのように一礼すると突進した。
「ちょ、ちょっと!カヲル!命令違反よ!」
ミサトが怒鳴り、あまりの展開にレイも呆然として動けないが、カヲルはお構い無しに使徒の目前に到達し、鋭い突きを何発も打ち込む。
俄然、使徒も反撃するが、カヲルは優雅な剣舞のような動きでそれを受け流し、使徒の体勢を崩すと、鋭く斬り込んだ。使徒が更に体勢を崩しながらもそれを回避する。
「トゥシュ!」
しかし、そのカヲルの一撃はフェイントだった。斬りつけると見せかけて静止した剣が、次の瞬間雷光のように閃き、使徒のコアを貫く。
「おおっ!?」
指揮通信車のスタッフがどよめいた。さらに、カヲルは剣を両手で持つと、ジャンプし一気に上へ斬り上げた。そのまま後方へ鮮やかな一回転ひねり込みで着地する。
「戦いはあくまで優雅で、かつ華麗でなくちゃね」
カヲルがそう言った時、使徒の体は真っ二つに切り裂かれ、左右に倒れ込もうとしていた。
「す、すごい…」
カヲルの超絶の剣技に、思わずレイは感嘆の声を漏らす。
「そう言えば、あの子ドイツでフェンシングを習っていたわね」
とリツコ。他のスタッフたちは納得したように声を上げるが、収まらないのはミサトだ。
「カヲル。貴方の実力は良く分かったわ。ただし、今日は勝ったから良いようなものの、今後こうした独断専行は決して許可しないわ。いいわね?」
「わかりました」
カヲルはにこやかに笑い、その場できびすを返そうとした。が、その時、レイは信じられないものを見て声を上げた。
「渚君!後ろっ!まだ生きてる!」
「え?」
カヲルがレイの声に振り向くと、二つに分かれた使徒の体がぴくぴくと不気味に震え、次の瞬間傷口が盛り上がって再生する。見る間に使徒は復活していった。
しかも、二体に分かれて。
「ぶ、分裂したですって!?」
リツコが目を剥き、ミサトは
「なんて、インチキっ!」
と日ごろの冷静さを忘れた声で怒鳴った。そして、チルドレンにはその理不尽さを怒鳴る暇すらなかった。
「ぐあっ!?」
一体は弐号機の頭部を掴み、持ち上げると一気に海面へ叩き付けた。
「あぶないっ!…って、きゃああああああっ!?」
慌てて援護に駆け出そうとした初号機も、目の前に着地した一体に不意打ちをくらい、砂浜に叩き伏せられる。
「この!」
カヲルが必死に剣を振るい、使徒の腕を切り飛ばす。レイも倒れ込みながらも銃を構え、一弾倉を目の前の一体に全弾叩き込んだ。しかし、その傷が見る間に再生する。ダメージなど感じないかのように、使徒はアクロバティックな動きでレイを、カヲルを翻弄し、追い詰めていく。
「どうなってるの、これぇ〜っ!?」
「た、タフだね。好意に値しないよ…」
斬っても殴っても撃っても応えた様子の無い相手に、二人の絶望の叫びがこだました。
五時間後 NERV本部 大会議室
『本日、17時58分15秒。二体に分離した目標・甲の攻撃を受けた弐号機は、駿河湾沖合2Kmの海上で沈黙』
上半身を海底に突き刺され、映画「犬神家の一族」のワンシーンのように下半身だけを海面から突き出して沈黙している弐号機がスクリーンに映し出された。
「ぼ、ボクの日本デビュー戦が…」
改めて確認する己の情けない負けっぷりに、さすがに意気消沈してうなだれるカヲル。
『同20秒。初号機は目標・乙の攻撃により活動停止』
画面が切り替わり、茶畑をなぎ倒すように吹き飛ばされ、ゴミの山にもたれる酔っ払いのような姿勢で山に突っ込んだ後、崩れてきた雑木や土砂に埋もれた初号機の姿が映し出される。
「はうぅ〜」
レイもがっくりと肩を落とし溜息をつく。もっとも、二人の敗北には市外での戦闘で十分な電力を確保できなかったためと言う要因もあったのだが。
「…ブザマね」
リツコが渋い顔で呟く。冬月、ゲンドウもさすがに顔をしかめて画面を見ていた。一人普段と変わらないペースを保っているのは加持だけだった。
「…申し訳ありません」
さすがのミサトもやや青ざめた表情で冬月に謝罪する。
『18時3分をもってネルフは作戦遂行を断念。現地指揮官葛城一尉は国連日本駐留軍に指揮権を譲渡』
「全く、恥をかかせおって…」
冬月が言った。各坐したエヴァ二機の上空にも国連軍の機体が飛んでおり、隠しようもない敗北を喫した怒りで、さすがに普段温厚な彼をもってしても押さえ切れない憤懣が声ににじみ出る。もっとも、怒りの対象はブザマな敗北を喫したチルドレンや部下たちではなく、使徒に向けられているらしい。
『同05分、N2爆雷により目標を攻撃』
「また地図を書き直さなければなりませんな・・・。」
N2爆雷によりクレーター状に変化した地形を見て唸るゲンドウ。
『構成物質の約28%の焼却を成功』
「や、やっつけちゃったんですか?」
レイが尋ねると、さすがの冬月もレイ相手には怒りを剥き出しにせず応えた。
「足止めしただけだ。再度侵攻は時間の問題だよ」
次いでマヤが報告する。
「観測班から送られたデータをもとに計算しましたが、再度侵攻にはおよそ144時間…6日間を要するものと見られます」
「エヴァを回収、修理して再度実戦投入可能にするのに、およそ139時間を見込んでいます」
リツコが後を引き取った。
「ぎりぎりだな…時間稼ぎが出来て儲けものだった、ということか」
と加持。
「パイロット両名」
ゲンドウが口を開いた。
「君たちの仕事は何だ?」
いきなりの質問に、一瞬考え込むレイとカヲル。
「えっと…エヴァの操縦」
「使徒と戦う事、ですか?」
二人がそれぞれに答えると、ゲンドウは首を横に振った。
「それだけでは不足だな。君たちの仕事は使徒に勝つ事だ。NERVはこのような醜態をさらすために存在しているのではない」
決して高圧的ではないが重いゲンドウの言葉に、レイはもちろんさすがのカヲルもますますうなだれる。
「だから、だ」
ゲンドウは言葉を続けた。
「再戦を挑むためにも、そういつまでも落ち込んでいるな。6日間、勝つための方法を考えて、奴に雪辱する事。今日は帰って休みたまえ」
「…はいっ!」
普段は厳しいゲンドウの意外な優しい言葉に、ようやくチルドレンたちの顔からこわばりが取れた。
NERV本部 作戦部長室
報告会が終わった後、ミサトは自分のデスクの上にうず高く積み上げられた書類を前にためいきをついていた。
N2兵器を使用した国連軍からの報告書、並びに請求書。そのN2兵器に地形を変えられた事に関する国土地理院からの抗議文。未だに避難勧告を解除できないでいる駿河湾岸の各自治体からの抗議文…etc、etc……
「凄い量だな」
あきらめて最初の一通を手に取った時、そう言いながら部屋に加持が入ってきた。
「…まあ、だいたいの内容は分かってるわよ…ドンパチやらかすならここでやれって言いたいんだわ」
「だろうな」
加持はミサトに紙コップに入ったコーヒーを手渡し、自分の分もすすった。
「まあ、考え様によっては不幸中の幸いだな。ここであんな負け方をしていたら、余裕なんて無かった。その場でサードインパクトだぜ」
「そうね…とりあえず時間は稼げたし、使徒は絶対倒してみせるわ」
決意も新たにミサトは言い切ると、コーヒーを一気に飲み干した。
「で、加持君。ただコーヒーを持ってきただけじゃないんでしょ?何かアイデアでもあるの?」
ミサトの質問に、加持は微笑むと一通の書類をミサトに手渡した。
「…広報部からの抗議文?」
表題を読んで顔をしかめるミサトに、加持は笑いながら言った。
「それはついでに持っていってくれって頼まれたんだ。本題は中に挟まっているディスクさ」
果たしてミサトが書類をぱらぱらとめくってみると、中には一枚のMOディスクが挟まっていた。ラベルには加持のサインがしてある。
「ユニゾン特訓に関する計画表?」
NEON GENESIS EVANGELON
OTHER SIDE STORY "REPLACE"
EPISODE:09 Peples in MillerLand
翌朝 コンフォート17
「えええええ〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!?一緒に住むうううう〜〜〜〜〜〜っっっっ!?」
レイがそんな大声を上げたのは、翌日の早朝だった。昨日は救出作業や事後処理、報告会などが深夜までかかり、結局家に帰れずジオフロントの一般居住区に泊まったレイだったが、空いてる部屋を適当に借りて眠っていた彼女が起こされたのは朝の四時だった。そして、そのまま六分儀・葛城家のあるコンフォート17へ連れてこられたのである。睡眠時間は3時間も無いかもしれない。が、さしものレイの低血圧すら吹き飛ばすような話がミサトから為されたのだ。
そう、これから6日間カヲルと同じ部屋で寝食を共にしろ、という命令である。
「どういう事ですか?」
カヲルが尋ねた。ちなみに、カヲルは登録保護者であるリツコと共にジオフロントの上級職用居住区に住んでいる。
「まあ、詳しい事は今から説明するわ。伊吹二尉、お願い」
「はい」
マヤが持ち込んだパソコンをビデオに繋ぎ、部屋の備品の大型テレビに画像を映し出す。
「昨日の使徒、ですか?」
カヲルが尋ねた。奇麗な円形の入り江――海水が流れ込んだクレーターの中にたたずむ二体の異形。N2兵器の凄まじい光熱に焼かれ、表面は黒く焦げている。
「ええ。二人とも、これを見て何か気がついた事はない?」
「え?」
ミサトの言葉に、二人は使徒の様子を観察する。時々、表面が再生するとそこから焼けこげた組織の一部が剥離し、クレーターの水面に落ちて波紋を立てた。
「…再生が遅い!」
カヲルが大声を上げた。
「そう言えば、エヴァの攻撃は一瞬で直してたのに」
レイも戦闘の時の事を思い出して頷く。
「そうよ。もう一つ、この数字を見て」
ミサトがマヤに合図をし、マヤが頷いて操作すると、画面上に「27.89777%」の数字が二つ表示された。使徒の組織欠損率である。二人が見ている中、静止した二体の使徒から同時に組織が剥離し、欠損率が「27.89776%」に変化した。
「同じだわ…」
レイが呟いた。
「そう。この二体は元々一つの存在。強くシンクロしているのよ。どちらかが傷ついても、もう片方が無事ならすぐに再生してしまうくらいね」
「卑怯だね。逆なら良かったのに…」
ミサトの言葉にぼやくカヲル。
「つまり、この使徒を倒すには同一個所へ同時にダメージを与えるしかない、という事よ。具体的には弱点であるコアへの同時攻撃」
「で、それと6日間渚君と暮らす事、何の関係があるんでしょうか?」
レイが言った。
「今回の作戦には、エヴァ二体の行動のタイミングを完璧に合わせる必要があるわ。そこで、パイロット二人の完璧な協調、ユニゾンが必要になります。二人がお互いの癖を飲み込み、呼吸を合わせる。そのための同居よ」
「はあ…」
「そういう事なら仕方ありませんね…」
二人が納得した所で、ミサトはバッグからMP3プレイヤーとメモリを二つづつ取り出した。
「これにはユニゾンのタイミングを図るための目安になる曲が入っているわ。この曲のリズムを体に覚え込ませるために、出来れば朝起きてから夜寝るまでずっと聞いている事」
「はい」
二人にMP3を渡した後、ミサトは彼女にしては珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「こっちの部屋に練習用の道具も用意しておいたわ。これを使って練習して」
そう言ってミサトが案内した部屋の中にあるものを見て、レイとカヲルは思わず大声を上げていた。
「こ、これがあっ!?」
「なんだい、これは・・・・・・」
3日後 コンフォート17
「ほんとにここにレイがいるのかしら?」
「そうね…」
そう話しながらエレベーターに乗っているのは、マナとヒカリの二人である。
「ずっと学校休んで…何してるのかしら?」
「ともかく、プリントは届けましょ」
二人は学校のプリントを届けるために放課後冬月邸を訪れたのだが、そこにレイはおらず、加持に電話をしてレイの行先を教えてもらい、ここへやってきたのである。
「えっと…1623、1623…ここね」
ヒカリが生徒手帳にメモした部屋番号を見てインターフォンを押す。数回呼び出し音がリフレインした後、聞こえてきたのは加持の声だった。
『はい?』
「あれ?加持さん?」
『おや?その声は洞木さんだね。するとさっきの用か。鍵は開いているから入っておいで』
「は、はい。お邪魔します」
そう言ってヒカリがドアを開けたとたん、大音量の音楽が流れてきた。かなりテンポの速いロック調の曲だった。
「きゃっ!?な、何?」
驚いてマナが中を覗き込むと、シャッターの閉じるような音と共に音楽が止まった。
「もう一度最初から!」
続いて聞こえてきたのはミサトの声だった。
『は、はいっ!』
次に、レイとカヲルの声がした。
「…??」
マナとヒカリは顔を見合わせ、首をかしげながらも部屋の中へ入った。
「ぺ、ぺあるっくぅっ!?」
「ふ、不潔よっ!二人ともっ!!」
マナを困惑させ、ヒカリを激怒させたのは、レイとカヲルの格好だった。レイはピンク、カヲルはスカイブルーと色こそ違うが全く同じデザインのTシャツ、それにレイはレオタード、カヲルはサイクリングパンツ、ただしこちらは全く同じ色柄。
「こ、これはどういう事なの?レイ…」
マナが恐る恐る尋ねると、レイは大粒の汗を浮かべて言った。
「わ、わたしはいやだって言ったんだけど…ミサトさんがまずは格好からだって無理矢理…」
「無理矢理ですってえっ!!ますます不潔よぉっ!!」
「ほ、洞木君…君は何か誤解してやいないかい…?」
「な、なんだ…そういう事なら早く言ってくれれば良かったのに…」
レイがユニゾン特訓の事を話すと、ようやく落ち着いたヒカリは頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。
「言う暇なんか無かったじゃないか…」
とぼそっとした声でカヲル。
「で、これが特訓用の機械…って、ただのゲームじゃない」
マナが部屋の真ん中に据えられた、巨大な機械を見て言う。
「いや、実際にそうなんだけどね」
と、機械を手のひらで軽く叩いて答えたのは加持だ。今彼が叩いている機械の名前は「DANCEMANIA・EVOLUTION 」。通称DME。
要するに、ゲームセンターにおいてあるダンスゲーム機である。
「じゃあ、はじめるわよ」
ミサトが手を叩いた。その声に、レイとカヲルがDMEのステージ上に登る。ちなみに、ミサトは訓練の指導主任であり、ゲーム機で訓練する事を思い付いた加持はアドバイザー。見学者はマナ、ヒカリとシンジである。
「MUSIC START!!」
DJ風のノリの良い掛け声と共に音楽がスタートし、二人は画面の指示に従って踊り始めた。要は画面上の矢印がチェックポイントに入った瞬間に、ステージの同じ方向の矢印の上でステップを踏むという、口で言うだけなら他愛の無いシステムなのだが。
「21HIT!22HIT!23HIT!PERFECT!!…55HIT!56HIT!57HIT!MERVELOUS!!」
画面上にタイミングが合っている事を示す賞賛の言葉が並んでいく。
「上手いもんね…」
「ええ…それに引き換え…」
見ていたマナとヒカリは隣を見た。
「BOO!1HIT!BOO!・・・2HIT!BOO!1HIT!…」
画面上にタイミングが合ってない事を示す警告の言葉が並んでいく。
「ひどいもんね…」
「ええ…」
そして、遂に容赦なくシャッターが閉じられ「GAMEOVER!!」の言葉が画面に出現した。
「また駄目なの?もう3日になるのよ」
「そんな事言われてもね…ボクにはこんな粗野な音楽は理解できませんよ」
ミサトに注意され、反省の色も無く傲然と言い返したのはカヲルだった。日頃マナやヒカリと良くゲームセンターを訪れ、ダンスゲームの経験もあるレイが慣れた足つきでステップを踏むのに対し、長年ドイツにいてDMEどころかゲームセンターすら見た事も無いと言うカヲルは、曲になじめずタイミングを外してばかりいた。
「そうは言っても、この曲は敵の動きをMAGIが分析して選んだ、一番敵のリズムに近い曲なんだけどな…じゃあ、どんな音楽なら良いんだ?」
「そうだね…やはりベートーベンの第九『歓喜の歌』かな…あれは人間が生み出した文化の極みだよ…」
加持の問いに、恍惚とした表情で答えるカヲル。ミサトは額に指を当ててやるかたない憤懣を抑え込み、加持は頭を抱えた。第九では敵のリズムにほど遠い。
「こうなったら…シンジ君」
「はい?」
加持はシンジを呼ぶと言った。
「ちょっと、レイちゃんに合わせてみてくれないか?」
「わかりました」
シンジが立ち上がると、カヲルはじゃあお手並み拝見、とでも言いたげにシンジに場所を譲った。
「じゃあ、はじめて」
ミサトの合図で曲が流れ出し、ゲームが始まった。
「65HIT!66HIT!67HIT!GREAT!…176HIT!177HIT!178HIT!FANTASTIC!!」
「うそ…凄い」
「ほう…」
驚いた事に、シンジは見事なステップで踊りきったばかりか、レイとの呼吸もぴったりに見えた。
「悪くないじゃないか。シンジ君をパートナーに代えようか?」
加持がわざとらしいほど明るい声で言うと、それに対してミサトが「加持君…!」と一瞬注意を促そうとした。が、その時にはカヲルは立ちあがっていた。
「良いじゃないですか。六分儀君がやれば…ボクはいつでも降りますよ」
「…!待ちなさい、カヲル!!」
ミサトが止めるまもなく、そう言い残してカヲルは外へ飛び出していった。
「…加持君」
ミサトが非難の目をむけると、加持はさすがにばつが悪そうにうつむいた。
「マズったな…これで発憤してくれれば、と思ったんだけど」
それを聞いたミサトははあ、と溜息をつくと、玄関に向かった。
「ちょっと連れ戻してくるわ。あとよろしくね」
そう言い残し、ミサトは外へ出ていった。
第十二市立公園
ミサトがカヲルを見つけたのは、カヲルが飛び出していってから十分後、コンフォート17の近くにある小さな市立公園だった。
「カヲル」
呼びかけられたカヲルが肩をピクっと震わせ、振り返る。
「葛城一尉…どうしてここだと?」
「こう見えても私も戦術家の端くれだから。相手の行動を予測する。それも戦術家の仕事よ」
カヲルの問いに答えると、ミサトはカヲルの座るベンチに腰を下ろした。
「で、何の用なんですか?ボクはもう降ろされるんでしょう?」
カヲルが言うと、ミサトは静かな声で言った。
「私はあなたを外す気はないわ」
「…」
無言のカヲル。ミサトは構わず話を続ける。
「確かにシンジ君はレイに上手く合わせていたわ。でも、あれはユニゾンとは違うのよ」
「…違う?」
顔を上げたカヲルに、ミサトは頷いた。
「シンジ君はレイの動きに合わせて間髪入れずに同じ行動をとっている。それはそれで別の局面では必要な能力だけど、今は違うわ。今欲しいのは、二人の人間がそれぞれの判断で一心同体のように動ける、そんな状態なの」
「それぞれの判断で、一心同体?」
「そう。ここで向こうはこう動くはずだから、自分はそれに合わせてこう動く、と言う判断とでも言うか、それを互いに持っている状態。それが出来るのはあなたしかいないわ」
ミサトはそれっきり口を閉じた。カヲルも黙って、地面に視線を落としていた。
「…以心伝心、って言う奴ですか」
「難しい言葉を知っているわね。まあ、そうね」
再び、しばらくの間沈黙が流れた。
「…訓練、続けさせてもらえますか」
「もちろんよ」
それから、カヲルの態度は変わった。それまではどこか自分のペースを固守することにこだわっていたのが、レイに合わせるようになってきたのである。
もともと運動神経は悪くないだけにダンスもマスターし、体内時計を合わせるための生活習慣のユニゾンにも積極的になった。
日付が変わり、過ぎ去った日を表す丸印が使徒との再予定日に近づくたび、二人のユニゾンは完成へと近づいていく。
「あ、綾波君…早く出てくれないかい?」
「えっち!なんで女の子が入ってるときにドアの前で待ってるのよ!」
「い、今のボクには一センチの距離も貴重なんだよ…は、はやく…」
と言うように、生理現象まで一致してしまうという、ある意味困った副作用もあったが、「明日は攻撃!」と大書された予定日の前日、ユニゾンは完成の域に達した。
「289HIT!290HIT!291HIT!CREAR!!YOUR GREATEST DANCER!」
二人が何度プレイしても寸分の狂いもなくダンスを完璧に踊りきるのを確認し、ミサトは満足げにうなずいた。
「お見事。文句なしよ。これなら明日は行けるわ」
「「本当ですか!?」」
レイとカヲルが異口同音に叫び、照れたように頭を掻いた、そのポーズも一致していた。
「ええ、本当よ。今日はもう、明日に備えて寝なさい」
そんな無意識の動作までが一致している、それに気がついて思わず苦笑する二人。その時、ミサトがさりげなく爆弾を投下した。
「今日は私も加持君もいないから、戸締りはしっかりするのよ」
「「はい…って、ええっ!?」」
驚いて叫ぶ二人に、ミサトは今日は決戦準備のため夜勤でもうすぐ本部へ行かなくてはならないことを明かした。昨日まではミサトか、加持のどちらかが来て二人の様子を見守っていたのにである。
「まあ、ここまでユニゾンが完成してればカヲルが変な気を起こしても、今のレイならすぐに察知できるでしょう。二人揃って変な気を起こすなら別だけど」
「へ、変な気って…」
カヲルが絶句し、レイは
「な、何を言ってるんですか…」
と顔を真っ赤に染めた。
「冗談よ」
ミサトは言ったが、真顔だったのでレイとカヲルには冗談に思えなかった。
「じゃあ、お休みなさい」
ミサトが出ていくと、後にはかなり気まずい雰囲気のレイとカヲルが残された。二人はしばらくぼうっとしていたが、やがてレイが口を開いた。
「そ、そろそろ寝ようか…」
「そ、そうだね…」
しかし二人きりと言う事を意識すればするほど寝付かれるはずもなく、朝が来るまで二人は夜通し起きている羽目になった。
「ね、眠れなかったね…」
「そ、そうだね…」
NERV本部 職員食堂
そして、眠れぬ夜を過ごしていたのは子供たちばかりではなかった。
「はい、お待ちどうさま」
「ん、ありがとう…」
休憩に来たミサトが決戦を前にエヴァの修理を終え、やはり休憩中のリツコにコーヒーを手渡す。礼を言ってコーヒーをすするリツコ。
「加持君は…本気だと思うよ。リツコの事」
ミサトの言葉に、リツコは頷く。
「…そうなのかも、知れないわね。でも、私は…」
「お父さんの事で、他の男の人まで疑うのは良くないわ」
ミサトの言葉に、リツコは机に手を叩き付けて立ち上がった。食堂の職員が驚いたように二人の方を見た。
「わかってる!わかってるわよ!理性で考えれば明白な事実だわ。でも、どうしても感情では納得できないのよ…」
「男と女はロジックじゃないから…」
「ええ…母さんもそう言ってたわね」
落ち着きを取り戻し、座ったリツコと入れ替わりに、ミサトが立ち上がった。
「ともかく、もう少し素直になったほうが良いと思うわ。あれから8年、もう若いままじゃいられないんだから」
「…お互い様よ。あなたこそ良い人を探したら?」
リツコの皮肉な口調に、ミサトは破顔する。
「そうね…考えておくわ、リツコ姉さん…」
かつて7年間姉妹のようにして育った時以来の、滅多に使われない呼び方をされたリツコは驚いて顔を上げたが、その時にはミサトは食堂の出口に消えようとしていた。
翌日
MAGIによって算出された予定時刻と寸刻違えず、自己修復を完了した使徒は第三新東京市へ向けて進撃を開始した。
「レイ、カヲル、準備は良いわね?」
ミサトが言った。
「「はい」」
レイ、カヲルも既に発信準備を整えた自分のエヴァに乗り込み、出撃の時を待っている。レイの初号機はソニック・グレイブを装備し、カヲルは専用レイピアだ。寝不足から赤い目をしているが、緊張が睡魔を寄せ付けず意識ははっきりとしている。
「音楽スタートと同時にATフィールド全開。後は作戦どおりに…いいわね?」
「はい、最初からブーストモードフル稼動、最大戦速で交戦」
レイが言うと、カヲルが後を引き取って続けた。
「内部電源のみ、62秒でケリを付けます」
今回の作戦では、高い機動性を得るために、ある意味では拘束になる外部電源を外すことになっていた。
「よろしい。では、エヴァンゲリオン初号機、および弐号機、リフト・アップ!」
残り時間00:00:62。
市内中心部の射出口より射ち出され、高々と宙を舞う初号機と弐号機。空中で一回転して着地後、一閃したソニックグレイブとレイピアが二体の使徒の同一個所を叩き斬り、動きを止める。続けて兵装ビルより武器を取り出し、初号機はパレット・ライフルで、弐号機はポジトロン・ライフルで使徒を狙撃。
残り時間00:00:38。
再生した使徒は手からマシンガンのようにビームを放つが、初号機、弐号機は後方にバク転を繰り返しこれを回避。両機が目標地点まで後退すると防御壁が現れ、ビームを受け止めた。初号機は左から、弐号機は右側から上半身を突き出し、再びパレット・ライフルの弾幕を張る。
残り時間00:00:28。
「いけますね」
マヤが二人の息の合った動きを見て感嘆し、他のスタッフも満足げに頷く。
使徒がビーム攻撃を止め突撃し、防御壁を四枚におろすように切り裂くが、初号機は左に、弐号機は右に、飛んで攻撃をかわす。
「稼動全兵装ビル、全力射撃!使徒の目をそらすのよ!」
ミサトの命令で兵装ビル、自走砲、山中のミサイルランチャーなどあらゆる通常兵器が使徒に集中砲火を浴びせる。爆炎の中でエヴァを見失ったように動きを止める使徒。
残り時間00:00:22。
弾幕に目を眩ませた使徒の隙をつき、一気に間合いを詰める初号機と弐号機。まるで合わせ鏡の様に両機は使徒に対して、同時に右アッパーからの左踵落としというコンビネーションを放つ。使徒は吹き飛ばされ、エヴァの猛攻にたまりかねたように空中で再合体、一体に戻った。
残り時間00:00:14。
初号機、二号機両機はその場で空中高く大ジャンプ、逆光を背にして使徒へ向かい、手をクロスさせ錐揉み状態で降下を始める。そして、空中で背中を合わせると、初号機は右脚、弐号機は左脚を突き出し、左右対称で使徒目がけキックを放つ。
残り時間00:00:06。
エヴァ二機のキックは見事に使徒の胸にあるコアに直撃した。大極マークにも似た形状の接合したコアが粉砕され、その凄まじい衝撃に使徒は空中高く舞い上がり、背後にある山の頂へと吹き飛ばされた。次の瞬間、使徒は大爆発を起こし、天高くキノコ雲が立ち上がる。
その瞬間残り稼働時間が00:00:00を指し、膝を突くような格好で着地したエヴァ両機は活動を停止した。
「やったぁ!!」
見守っていた発令所で歓声が爆発し、雪辱を晴らした首脳陣は満足げな笑みを浮かべ握手を交わし合っていた。
そんな中で、ミサトは、ねぎらいの言葉を掛けようとパイロットを映したモニターを見て、一瞬唖然とした。 レイとカヲルはようやく緊張が解け、停止したエヴァの中で安らかな顔で眠りに落ちていたのである。
「…なにがあったのかしらね?まあ、いいわ」
ミサトは滅多に見せないやさしい笑顔を浮かべ、二人の寝顔を一瞥すると、次の瞬間には作戦部長としての顔に戻り、「回収作業、急いで!」と号令を下したのだった。
次回予告
孵化直前の使徒が眠る浅間山火口。ミサトはかつて一度しか発令された事の無い「A−17」発令を要求する。全てにおいて優先された状況下で初の使徒捕獲を試みるNERV。
局地戦仕様の初号機が灼熱の地獄へ挑む。高温、高圧の極限状態の中でレイが見た物は?
次回、第拾話「マグマ・ダイバー」
あとがき
また時間が空いてしまった…しかもこれを書いている時点で第拾話の方が先に出来ているし…(苦笑)。
というわけで、御無沙汰しております。さたびーでございます。REPLACE第九話、いかがでしたでしょうか?
実は最近悩んでおります。何かというと、「シンジの出番が少ない」。本来この作品はLRSを目指していたはずなんですが…最初の思惑はどこへ行ってしまったんだ?
まあ、カヲルの登場以来、今まで大人しかったレイに隠されていた元気な一面が出てきたりして、これはこれで面白いのでこのまま行こうかと思います。途中からLRKになっても怒らないで下さいね。
ではまた第拾話でお会いしましょう。
…LRKの需要ってどのくらいあるんでしょうかね?
2000年8月某日 さたびー拝
さたびーさんへの感想はこちら
Anneのコメント。
>「ふむ…これだけ穴を見つけたか」
>「三十箇所ほど撮影好適所をピックアップして、市内自動警備システムに穴が空いていたのはその五箇所でした」
>「そうか…大した物だな」
ケンスケと言えば、盗撮が代名詞ですが・・・。
かつて、その盗撮がこれほど評価された事があったでしょうか?(笑)
>「おい、転校生」
>「どうしたんだい?」
>「話があるんだよ。ちょっと屋上までツラぁ貸しな」
屋上でって・・・。かなり目立つと思うんですけど(^^;)
>「さよか。まあええわ。ワイもお前らみたいなオモロイ奴は嫌いやない。ワイは鈴原。鈴原トウジや。トウジでええで」
>「最近転校してきた渚カヲルって言うんだ…カヲルで良いよ」
>「同じく、相田ケンスケ。俺もケンスケで良いぜ」
遂にこれで全てが揃いましたね。
あとメインで出てきていないのはアスカくらいですけど・・・。
アスカはやっぱり最後のシ者っぽいですから当分は出番なさそうですね(笑)
それにしても、迂闊だったなぁ〜〜・・・。
カヲル、トウジ、ケンスケで3バカを形勢するのは十分に考えられた事なのに気付かなかった。
>「ふう…二人がかりで戦うなんて卑怯だね…騎士道精神に反するよ…」
カヲルって、騎士道なんですか?(笑)
>「で、これが特訓用の機械…って、ただのゲームじゃない」
>「いや、実際にそうなんだけどね」
> と、機械を手のひらで軽く叩いて答えたのは加持だ。今彼が叩いている機械の名前は「DANCEMANIA・EVOLUTION 」。通称DME。
>要するに、ゲームセンターにおいてあるダンスゲーム機である。
これを読んでいてふと思ったのですが・・・。
あのゲームは何も画期的なゲームではなかったんですね。
もしかしたら、ゲームの最初の初期構想はエヴァを見て考えたとか?(^^;)
<Back>
<Menu>
<Next>