太平洋上

 NERVの所有する超大型輸送ヘリは、六枚のローター・ブレードで大気を切り裂きつつ、海上を順調に飛行していた。
「MIL−55D超大型輸送ヘリ!世界中で十機しか作られなかった幻のヘリに乗れるなんて、やっぱり持つべきものは友達よね♪」
 軍事オタクとして至福の絶頂にいるマナの、異常なまでのはしゃぎっぷりに、加持、レイともう一人の同乗者、ヒカリはついていけないものを感じて思わず冷や汗を流す。
 4人がヘリに乗ってこんなところを飛んでいる理由…それは今朝の事になる。

朝 冬月邸

 季節感の無い常夏の国と化した日本でも、伝統というものを抜きにして社会が運営される事はない。現在、レイが通う第壱中は夏休みの真っ只中であった。
 もっとも夏休みも昔とはかなり様変わりしており、二週間ほどの長さしかない。「ゆとりの教育」という方針の元、大きな休みが年に三回という従来の方針から、中くらいの休みが年に6〜7回、2か月に1回という方式に変えられている。5月の春休み、7月末から8月半ばの夏休み、9月の秋休み、11〜12月にまたがる冬休み、1月の正月休み、3月の学年変わり休み…といった具合にである。
 しかし、レイにとっては休みは短い方が良いと思っていた。
 暇なのだ。
  第三新東京市はそれほど大きな街ではない。芦ノ湖北部の三キロ四方ほどの土地を使って建設された高密度の都市だけに、一日有ればたいていのところは見て歩ける。それにしたって、レイぐらいの年頃の少女が遊びに行けて楽しい場所はクロスシティTOKYO−3ぐらいのものだ。
  あとは芦ノ湖畔や外輪山のファミリー牧場へピクニックという選択肢も無くはないが、1週間も有ればたいていの名所は見れてしまうのである。
 せめて市外へ行ければ良いのだが、エヴァのパイロットという立場を考えるとそれも簡単に出来る事ではない。いつ招集が掛かるかわからないし、訓練もある。
 というわけで、レイは暇であった。血が巡るまでボーッとしている彼女を見かねた、と言うわけではないが加持が声をかける。
「レイちゃん」
「…はい?」
 ゆっくりとレイは加持の方を振り向く。
「暇そうだねえ」
「はい」
 相変わらず目の覚めてなさそうな声で答えるレイ。
「良かったらデートしないかい」
「はい…って、ええ〜〜〜〜〜っ!?」
 加持の爆弾発言にレイは一気に目を覚ます。
「で、デートって…どこへ?」
 高鳴る動悸を押さえつつ、加持に尋ねるレイ。
「豪華な船で太平洋をクルージング。どうだい?」
 レイの脳裏にクルージングの光景が浮かぶ。甲板にプールを備えた豪華な客船。夜は優雅にディナータイム。ダンスパーティーもあるかも。
「素敵ですね…」
 と言ってから、ふとレイは我に返った。
「そんな事出来るんですか?」
 加持は笑いながら答えた。
「大丈夫だよ。今日から3日間訓練も無いし、俺の仕事のついでだからね」
 仕事のついで、と言うのが気になったが、久しぶりに街の外へ出られる、と言うのはレイにとっても大きな魅力だった。
「じゃあ、行きます!」
「おし、じゃあ、準備しておいで」
「はい!」
 答えてレイが自室に戻ろうとした時、インターフォンが鳴った。
「はい」
 レイは受話器を取った。
「やっほ〜レイ〜おはよう〜」
 能天気な声が受話器の向こうから聞こえた。
「マナ?」
 レイが言うと、別の声が聞こえてきた。
「おはよう。私もいるわよ」
「ヒカリ?どうしたの?二人とも」
 レイが聞くと、ヒカリが答えた。
「うん、暇だったら一緒にショッピングでも行こうかと思って。レイ、今時間空いてる?」
「えっと…それは…」
 レイは加持の方を振り向いた。
「ん?どうしたんだい?」
 加持に聞かれて、レイはマナとヒカリが来ている事を話した。
「そうか、じゃあ、二人とも一緒に来るといい」
「え?そんなこと出来るんですか!?」
 レイが驚いて聞き返すと、加持は確信に満ちた顔で頷いた。レイはにっこり笑うと、二人の親友に事情を説明し始めた。
「あ、ごめんね。実は…」
 途中「デート」の言葉に反応したヒカリが「不潔よっ!」と必殺の決まり文句を叫んだものの、事情はおおむね受け入れられた。マナは大乗り気で、さっそく荷物をまとめるべく帰宅していき、ヒカリも「二人が心配だから」と言う理由で同行する事にした。

太平洋上

 こうした理由で加持と三人の少女はヘリの客となったのである。やがて、洋上に十数条の航跡が姿を現した。
「おっ、どうやらついたようだな」
 加持が言った。
「え?豪華な船って…あれですか?」
 レイが素っ頓狂な声で聞いた。眼下を行くのは、彼女が想像していたような豪華客船ではなく、軍艦――それも大艦隊だった。
「どうしたのよ、レイ!すっごく豪華じゃない!」
 反応したのはマナだった。
「国連太平洋艦隊の主力よ!正規空母〈オーヴァー・ザ・レインボウ〉、軽空母〈ファントム・オブ・ジ・オペラ〉、戦艦〈ミズーリ〉〈ウィスコンシン〉、それに旧海上自衛隊のイージス艦〈こんごう〉〈ちょうかい〉!すごい、すごすぎるわ!こんな豪華な顔ぶれはちょっと他ではお目にかかれないわよ!」
 レイとヒカリは後頭部に大粒の汗を浮かべた。二人にはマナの言っている事の半分も理解できなかった。
「よ、良く知っているね、マナちゃん…」
 加持もテンションが上がる一方のマナにちょっと圧倒されたような口調で言った。

空母〈オーヴァー・ザ・レインボウ〉ブリッジ

 着艦したNERVの輸送ヘリを見ながら、〈レインボウ〉艦長が忌々しげな口調で言った。
「ふん!おもちゃのソケットを運んできおったわ。ガキの使いが!」
 その艦長の後ろから、穏やかにたしなめる声があった。
「まあ、そう荒れるな、艦長。統合幕僚会議の決定では仕方ないよ」
「しかし司令、栄光ある我が太平洋艦隊が運送屋の真似事なぞ…」
 艦長は不満そうな口振りで言う。無理も無い話で、艦隊が投入されるべき紛争地域は多数あるにもかかわらず、大西洋艦隊から輸送船護衛を引継ぐため、わざわざ北極海まで出張らなければならなかったからだ。
 ちなみに、2015年現在、セカンドインパクトによって両極解氷が起きた結果、太平洋と大西洋を結ぶ最短航路は北極海周り航路になっている。パナマ・スエズ両運河は水没したんなる「海峡」と化してしまった。
「軍人は命令に異議を挟まない。それはいつもの艦長の口癖ではなかったかね?」
「む…」
 司令にやり込められ、艦長は口を閉ざす。が、その目は苦々しげにブリッジの外のデッキで甲板を見下ろしている二人の「客」に向けられていた。

甲板上

「うわあ、すごい、すごい、すごい、すごすぎるわ〜〜〜〜〜っ!!」
 マナは大はしゃぎしながら甲板上の搭載機やクルーにカメラを向けまくっていた。普通なら、機密に触れる可能性を考えて止めに入るクルー達も、どう見てもスパイには見えないマナの姿にはただただ苦笑するばかりだ。レイとヒカリは他人のふりをしている。とその時、強い風が甲板上を吹きぬけた。
「きゃっ!?」
 三人は慌ててスカートの裾を押さえた。ちなみに今日の三人のファッションは、レイが拉致事件のあった日に買ったセーラーカラーのワンピース。マナが鍔の広い帽子に白のワンピースと言うお嬢様風スタイル。ヒカリが淡い水色のブラウスと赤いチェックのプリーツスカート。どれもちょっと風の強い日向けではない服装ではある。
 そして、風に煽られてマナのかぶっていた白い帽子が飛んだ。
「あっ!?待って!その帽子待ってぇ〜〜っ!」
 飛ばされた帽子は甲板上を転がっていき、空母のクルー達は帽子を追いかけて慌てて走っていくマナの姿に大笑いをはじめた。
 そして、転がっていった帽子は一人の人物の足に当たってようやく転がるのを止めた。マナが安心して近寄っていくと、その人物は帽子を拾い上げ、軽くはたいて埃を払う。
「これは、君のかい?」
「ええ、ありがとう…」
 マナは、その人物の顔を見て言葉を失った。そこにいたのは、プラチナブロンドの髪、青い瞳を持つ、まさに「天使のような」と言う形容詞がぴったり来る美少年だったのだ。
 そして、マナを追いかけて走ってきたレイとヒカリも同様に少年を見て絶句した。
「君たちは清純だね。好意に値するよ…」
 その少年は開口一番そう言った。
「えっ?せ、清純って…」
 レイが顔を赤くしながら言うと、少年は独り言のような呟き調で答えた。
「白と、ピンクと、水色って事さ…」
「「「は?」」」
 訳の分からない言葉に、三人娘は一瞬固まり、それから自分達がさっき見られたかもしれない、今日身に付けているあるものの事に思い至った。一瞬で三人の顔が紅潮する。ちなみに白はヒカリ、ピンクはマナ、水色はレイだがそれらの色が何を意味するのかは当人達と少年以外知る由も無い。
 広い空母の飛行甲板上に、小気味良い二つの音と、やや鈍い音が一回、それぞれ響いた。


新世紀エヴァンゲリオン REPLACE
第八話 「カヲル、来日」



「お、女の子がいきなり暴力とは感心しないね…ただの冗談だったのに」
 少年は真っ赤に腫らした顔で言った。 二発の平手打ちと、一発のパンチを立て続けにもらったのだ。が、女の子三人の方こそ少年の態度に怒っていた。
「えっち!馬鹿っ!変態っ!信じらんないっ!」
 顔を紅潮させたままのレイが叫んだ。右頬へのビンタは彼女の一撃だ。
「不潔っ、不潔よっ!女の子をそんな目で見るなんて!」
 ヒカリがちょっと涙目で怒号する。左頬へのビンタは彼女の一打。
「ま、見物料と思えば安いもんでしょ」
 マナが他の二人とは違ってあまり怒っていないという感じで言うが、顔面へのぐーパンチ一発は彼女の仕業であり、実は一番怒っていたのかもしれない。
「お前、相変わらずだね…」
 そこへ後ろからやってきた加持が呆れたように言った。
「あっ!加持一尉。お久しぶりです」
 少年はピシッとした敬礼を加持に送った。
「少し背が伸びたか?」
「男児三日会わざれば、剋目して見よ、って言うじゃないですか」
「相変わらず小難しい言いまわしが好きだな。そういうとこは変わっていない…」
 加持と少年は親しげに談笑する。
「加持さん、この子と知り合いなんですか?」
 レイが言った。
「ああ、紹介しよう。彼は渚カヲル。俺がドイツに対テロ作戦の研修に行っていた頃の知り合いだ」
「そして、貴方と同じ適格者チルドレンよ。綾波レイさん」
 その声は横から届いた。驚いて横を向いたレイの視界に飛び込んだのは、茶色い髪の知的そうな女性だった。容姿でもスタイルでもミサトと互角のものを持っていそうな美女だった。
「りっちゃん…」
 加持が呟いた。
「お久しぶりね、加持君…」
 加持とりっちゃんと呼ばれた女性はしばらく互いに見つめあっていた。
「加持さん…この人とも知り合いなんですか?」
 再びレイが聞いた。
「あ、ああ。紹介しよう。彼女は赤木リツコ。本来は本部の技術部長なんだが、訳有ってNERVのドイツ支部に出向していたんだ」
「よろしくね」
 リツコはレイに手を差し出した。
「あ、はいっ!よろしくお願いします」
 レイはリツコと握手した。
(似ている…あの人と)
 リツコはレイを見てそう呟いたが、その声は誰にも届く事はなかった。
 そして、カヲルがレイの前に立った。
「ふうん…君がサードチルドレンだったのかい」
 カヲルはレイを頭のてっぺんから爪先まで眺めた。
「な、何よ…」
 その遠慮の無い視線に、レイはやや顔を赤らめて言う。
「ふむ…君の心はガラスのように繊細だね。恥ずかしがりやさんって事さ…」
「馬鹿みたい」
 レイは言った。きついといえばきつい言葉だが、身近にいるのが加持や冬月のような年上の男性で、同年代の男子で知っているのも寡黙なシンジだけとなると、カヲルのなれなれしい態度が気になるのは仕方の無い事かもしれない。
「ば…」
 絶句するカヲル。
「挨拶は終わったかな?そろそろ行くよ」
 加持が言い、レイたち三人娘やリツコもそれに付いて去っていったが、カヲルは燃え尽きたようにその場に立ち尽くしていた。

艦橋

「おやおや、ガールスカウトの引率かと思っていたが、それはこちらの勘違いだったようだな」
 乗艦許可を求めに行ったNERV一行に対し、艦長の放った第一声はそれであった。
「ご理解いただけて幸いです。艦長」
 とはいえ、加持もその程度の嫌味に動じるような男ではない。にこやかに笑いながら返答し、何か反応があるかと期待していた艦長を鼻白ませる。
「ふ、ふふん。まあ、私も久しぶりに子供の相手が出来て嬉しいよ」
 再び嫌味っぽく言う艦長だが、先の台詞ほどの力はない。
「まあ、そこまでにしておきたまえ、艦長」
 レイたち3人が「子供」の一言に反応してむっとした顔つきになり、加持が何か言い返そうとした時、司令の穏やかな声がそれを遮った。
「太平洋艦隊へようこそ。艦隊司令のアークハート大将だ。諸君らの来訪を歓迎する」
「は、よろしく…」
 加持が慌てて敬礼する。名前からして英国系らしい司令は、ブルドッグじみた容姿の艦長とは対照的な紳士然とした人物だった。
「ソケットは確かに受領した。しかし、海上で君たちのところのロボットを動かすという話は、私は聞いていないのだがね」
  アークハートは言った。
「は、あくまでも緊急時に備えての処置であります。使徒に海上、海中戦闘能力を持つものがいないとも限りませんので」
  どうやら話の分かりそうな人物とわかり、加持が説明した。艦長はムスッとした顔つきのままだ。
「うむ、そう言う事態が到来しない事を祈ろう。では、新横須賀到着までは君たちは我が艦隊の賓客として扱う。まあ、軍機等も有るから多少出入り制限はつくがね。特に…」
 アークハートはマナに目をやった。
「彼女のようなチャーミングな少女にはつい甘くなってしまいそうだが、撮ってはいけないものも有るという事を教えておいてくれると有り難いな」
「はい。ご協力に感謝します」
 加持は敬意を込めてアークハートに敬礼した。
 NERVの一行が艦橋を出て行くと、艦長はアークハートに噛み付いた。
「司令!何故連中に全面協力などを…!我が艦隊は奴等の下請けではないのですぞ!」
 ブルドッグに似た艦長のいかつい顔と怒声を浴びても、アークハートは涼しい顔だ。
「だいたいですな、女子供を戦わせるような連中はろくなもんじゃない…」
「艦長」
「は?」
 艦長が一瞬口を閉ざしたところで、アークハートが絶妙のタイミングで口を開き、彼の言葉を封じ込める。
「要するに、艦長は女性や子供が前に出るのは嫌だというのだな?海の上では素人は引っ込んでいろと」
「む、まあ…そうですが」
  その古風な考え――戦って、女子供を守るのは男の仕事だ――を、罵詈雑言や皮肉にくるんでしか言えない艦長の不器用さに、アークハートは微笑した。しかし、艦隊司令としてさまざまな情報も集めていたアークハートは、以前NERVに派遣されていた参謀から使徒に関するデータも得ていた。
「その考えは私にも良く分かる。が、彼らはあれでもプロだよ。せめてプロの言う事は尊重すべきだ」
「むうう…」
 言い負かされた艦長は黙ってしまい、ブリッジは再び静かになった。

士官食堂

 哨戒飛行に出る部隊の誘導、準備や、帰還する部隊の受け入れのため、艦内ではひっきりなしにアナウンスやジェットエンジンの轟音が響き渡り、かなりやかましい。
 そうした喧燥が少しでも途切れるここ、士官食堂ではNERV関係者6名があつまり、お茶を飲んでいた。加持、リツコ、カヲルはコーヒー、レイとヒカリは紅茶、マナはコーラを飲んでいる。
「りっちゃん」
  加持がリツコに呼びかける。
「何かしら」
「今…付き合っている奴、いるのか?」
 その質問に、リツコは艶然と微笑んだ。
「いないわ」
「そうか…」
 この二人のただならぬ雰囲気に、三人娘はいったい過去に何があったのかと目で相談し合い、カヲルは何を考えているのか全くわからない微笑を浮かべてマグカップに口をつけていた。
 その時、リツコがレイを呼んだ。
「綾波さん」
「あ、はい?」
 レイが顔を上げると、リツコはレイの顔をまじまじと眺めた。
「…NERVの人たちはどう?」
「え?」
 唐突な質問に戸惑うレイ。
「NERVのメンバーの事、どう思ってるかってこと」
「は、はい。…その、良い人ばかりです。わたしはいつも迷惑ばかりかけてますけど…」
 レイは正直に答えた。
「ふぅん…六分儀副司令は?」
「厳しい人、だと思います。でも、なんだか、暖かくて…不思議な人です」
「そう…」
 リツコは目を伏せてため息を吐くように言い、レイは何故そんな事を聞くのかと不思議な顔をする。
「わかったわ。私はちょっとやりかけの研究が有るから、また後でね」
 そう言うと、リツコはノートパソコンを抱えて食堂を出ていった。
「さて…ボクも行くかな。また後でね、みなさん」
 カヲルはキザな態度で言うと後に続いた。加持は手を振って答えたが、見られてはいけないものを見られた三人娘は黙殺の構えを見せた。
「手厳しいねぇ」
 加持が苦笑混じりに言うと、レイはむすっとした表情で言った。
「なんだか幻滅です。せっかく出会えた仲間が、あんな子だなんて」
「ははは…でも、ああ見えても大学まで出てるんだぜ、カヲルは」
「「「うそ」」」
 三人娘の声が奇麗にユニゾンした。

デッキ

 リツコはデッキに出て、海を眺めていた。懐かしい人物との再会が、一時的に論理性を持ってよしとする彼女にも感傷的な気分を味あわせていた。
「こんなところにいたんですか、赤木先輩」
 リツコは振り向いた。カヲルだった。彼がリツコを先輩と呼ぶのは、カヲルの出た大学――ドイツの名門校ゲッティンゲン大学が、ドイツに留学していた頃のリツコの通っていた学校だからでもある。
「渚君…あの娘…綾波レイさんの事、どう思う?」
「可愛い娘ですね。好意に値しますよ」
 カヲルは即答した。さらに余計な事を付け加える。
「あんな可愛い娘が戦ってきたのかと思うと…不憫ですね。これからは彼女の分までボクが戦いますよ」
  その言葉に、リツコは呆れたように言った。
「…そんな必要はないかもよ。彼女、初搭乗で実戦に出て、シンクロ率40パーセントを叩き出しているそうだから」
「…本当ですか!?」
  それがいかに凄い事かを知っているカヲルは、驚くと同時に興味を持つ。エヴァに関して徹底的な教育を受け、十分な予備訓練を積んだカヲルでも、最初のシンクロ率は20パーセント台に過ぎなかったのだ。
(ふうん…はやく、その力見てみたいものだね)
 カヲルは良いいたずらを思い付いた幼児のような笑みを浮かべた。となれば、航海の間に顔見知りになったパイロットに話を通しておかなくてはなるまい。

三十分後 輸送艦〈グリザベラ〉

 カヲルに「話がある」と強引にヘリで連れ出されたレイを輸送艦で待っていたもの、それは漆黒のカラーリングを施したエヴァンゲリオン弐号機だった。
「へえ…これが弐号機かぁ…黒かったんだ」
「そうさ。黒は良いね。心を落ち着かせる色だよ」
 レイの声に、カヲルがいかにも鼻高々といった調子で応じる。
「それだけじゃない。弐号機は零号機、初号機といった試作型と違い、赤木博士がそれらの欠点や是正すべき点を洗い出して、修正した量産型なんだ。今後作られるエヴァは、全てこれの同型か準同型機になる」
「へえ…エヴァって、これからもまだ作られるの?」
 目を丸くしたレイに、カヲルはやれやれと言いたげに肩を竦めてみせる。
「君は何も知らないんだね。エヴァは拾参号機までは生産が続く予定なんだよ。今後はこれが主力になるんだ。もう、君が苦労する必要はないよ。後はボクに任せておき給え」
 そのカヲルの傲慢な言い方に、レイはちょっとムッとする。
「そんな…気軽に言える事じゃないわ。わたしも、シンジ君も、命懸けで戦ってきたのに…」
 それに何かカヲルが言い返そうとした時、爆音が轟き、衝撃波が〈グリザベラ〉の艦体を揺さぶった。
「きゃっ!?」
 転びそうになるレイを、カヲルが抱き止める。
「あ、ありがと…」
 顔を赤くしてレイがカヲルに礼を言うと、カヲルは真剣な顔で爆音のやってきた方向を見ていた。そして、同時に二回目の爆発音が響き渡り、めりめりと何かの壊れる音もしてきた。
「水中衝撃波に竜骨の破壊音…それに、警報無しか…これは…」
 独り言のように呟くと、カヲルはレイの体を離した。
「どうやら客が来たようだね」 「客?」
「使徒、さ…第6のね」

NEON GENESIS EVANGERION
OTHERSIDE STORY "REPLACE"

EPISODE:08 A BIGGUN EPIC

〈オーヴァー・ザ・レインボウ〉ブリッジ

「駆逐艦〈ウェストサイド〉沈没します!」
「艦隊各艦の間隔を空けよ。全艦対潜水艦戦闘態勢」
「馬鹿者!ソナー手は何をしていた!」
「そ、それが反応は何も…」
「くそっ!」
 艦隊外周の駆逐艦がいきなり何かの攻撃で沈没した事をきっかけに、ブリッジは戦争そのものになっていた。
「艦長、これは例の使徒とか言う奴じゃないかね」
 音も無く接近してきた不明目標に翻弄される艦隊を見て、アークハート司令が言った。
「いいえ!まだあくまでも未確認の不明目標です!」
「ふむ…」
 頑固な艦長にため息を吐く。窓の向こうでは、一隻のフリゲートが波を蹴立てて突き進む何かに向かって、主砲、魚雷、対潜ミサイルなどあらゆる武器を動員して立ち向かっていたが、それは動じる事無くフリゲートに体当たりし、その艦は瞬時に真っ二つに折れて沈んでいった。
「まずいな…」

リツコ私室
 艦内の一画に与えられた私室で、リツコは携帯電話を取り出すと番号をプッシュした。
「もしもし」
「冬月先生…いえ、司令でしたね」
『おお、リツコ君か。どうしたのかね。到着は明後日と聞いているが』
「実は今、艦隊が使徒に襲われてまして…」
『何?…そうか。念のためソケットを持ち込んで正解だったようだな』
「やはり、例のこれのせいでしょうか」
 リツコはベッドの上においてある頑丈そうなブリーフケースを見た。一見普通のケースだが、実は核爆発にも耐えるペントミック仕様になっている、超重要物資輸送用のものである。
『かもしれん。加持君と協力して何とか切り抜けてくれ。だが、最悪の場合はそれはもちろん弐号機の破棄も許可する。チルドレン達の安全を最優先にしてくれたまえ』
「わかりました」
 予想外の命令にリツコは少し驚きながらも答えた。
『では、わたしはこれから国連と折衝して太平洋艦隊に協力を依頼する。あと、MAGIと君の端末の間に専用チャンネルを開けておくので、有効に使ってくれ』
「はい」
 電話を切ったリツコは、ノートパソコンを手に取ると部屋の外へ出ていった。

通路
「そんな硬い事言ってないで通してくれよ」
「駄目だ。戦闘中の部外者の立ち入りは許可できない」
「それがあんたらの手におえない相手だって言ってるだろう!無理にでも通るぞ」
「とにかく帰れ!」
 リツコがブリッジの近くまでやってくると、通路で加持と衛兵がもみ合いをしていた。後ろでマナとヒカリがはらはらした顔つきで見ている。
「何やってるの?加持君」
「あ、りっちゃん」
 衛兵と胸倉をつかみ合いながら加持は振り向いた。
「いや、この馬鹿どもが頭が固くてね」
 相当激しく遣り合ったのか、服や髪の毛は乱れ、顔にはあざもある。
「無様ね…」
 リツコはため息を吐いた。
「そんな必要はないわ。そろそろ向こうから頭を下げてくるだろうから」
「え?」
 加持が怪訝な顔をした時、ブリッジに続く扉が開いた。
「加持一尉と赤木博士ですね?司令と艦長がお呼びです。こちらへ」
 中から出てきた少尉に敬礼と共に言われ、加持は一瞬訳が分からないながらも答礼すると衛兵を押しのけて中へ入った。リツコもそれに続く。そして、どさくさにまぎれてマナとヒカリも入ってしまっていた。あとにはなにがあったんだ?という顔つきの衛兵だけが残された。

ブリッジ
「国連軍司令部から命令が来た…我が艦隊はNERV派遣要員の指揮下に入れ、とな」
 憤懣やるかたない、という表情で艦長は言った。彼の階級は大佐であるのに対し、加持は一尉…外国の軍では大尉に相当する階級でしかなく三階級も下なのだ。その格下の相手の指揮に従わねばならないのだから、不満は相当なものだろう。
「わかりました。全力を尽くします」
 加持は敬礼して答えた。
「まず、これは使徒の攻撃に間違い有りません。奴の狙いは本艦隊が護送中のエヴァンゲリオン弐号機の破壊にあると思われます」
「なるほど、さっきから何かを探すようにうろうろしているのはそのせいか」
 アークハートが言った。
「おそらくは。弐号機は使徒を撃破するこちらの切り札でもあります。が、起動すれば確実に感づかれるでしょう。現状では弐号機の稼働時間は一分もありません」
 リツコが言った。
「では、どうするのかね」
  アークハートが尋ねた。
「例のソケットを甲板に出してください。起動と同時に弐号機を本艦に移乗させ、電源を接続します」
「了解した」
 艦長が馬鹿な事を言うな、それでは艦載機が使えんではないか、とわめく声は全員に無視された。
「じゃあ、カヲルに連絡を…」
 と加持が言いかけた瞬間、彼の腕時計に付けられていたコミュニケーターが鳴った。
「こちら加持…カヲルか。いま、そっちへ連絡しようと思ってたんだ。今どこにいる…え?もう弐号機の中だって!?」
『ええ、これから出撃します』
 自信満々のカヲル。その時、違う声が通信に割り込んだ。
『しゅ、出撃って言ったって、電池が無いじゃない!』
「れ、レイちゃん!?」
 加持はまともにうろたえた。
「レイちゃんもそこにいるのか?」
『な、渚君が無理や…』
『ええ、彼女には本当のエヴァの戦い振りを見せてやろうと思いましてね』
 弱々しい声で弁解するレイの声を押しのけてカヲルが自信満々に答える。
「馬鹿!すぐに降ろせっ!こっちの受け入れ用意はまだ済んでないんだぞ!」
『そうですか。では、可及的速やかに受け入れ準備願います。以上!』
 問答無用で通信が切られた。加持は弐号機が載せられている〈グリザベラ〉の方を見た。甲板のハッチが開き、漆黒の機体の上半身が起き上がるのが見えた。
「あの子…無事に戻れたら重営倉ね」
 リツコが言った。
「〈グリザベラ〉に目標接近中!」
 ソナー員が叫んだ。言われるまでもなく、見た目にも鮮やかな黒い影が、エヴァの乗る輸送艦の艦腹に吸い込まれるのが見えた。
「ああっ!!」
 士官の一人が悲痛な叫びを上げた。巨大な水柱が奔騰し、輸送艦〈グリザベラ〉は真っ二つに裂けて沈んでいく。
「間に合わなかったか!?」
 加持が言った。その瞬間、陽光に照らされてきらめく水柱の頂点で、水の反射とは違う輝きが走った。
「無事のようね」
 リツコが冷静な声で言った。それは確かに弐号機だった。
「〈ファントム・オブ・ジ・オペラ〉に着艦します!」
 見張り員の報告。弐号機は百メートル近い高度を落下し、旗艦〈レインボウ〉の後方を進む華奢な軽空母の上に降り立った。そのショックで一瞬飛行甲板の近くまで艦体が沈められ、盛り上がった海水に搭載されていた航空機が流されていく。甲板も大きくたわみ、飛行機の発着艦は不可能になっていた。
「ああ〜っ、勿体無いぃ…」
 とマナ。
「む、無茶苦茶だ…」
 艦長が頭を抱えて呟いた。
「次はこっちへ来るな。甲板上クリア。ソケットを引き出せ」
 ショックから立ち直れない艦長をほったらかしにしてアークハート司令が受け入れ準備を進める。
「総員、対ショック防御」
 そう命じた時、既に弐号機は二度目の跳躍を行っていた。

弐号機 エントリープラグ
「どうだい?ボクのエヴァさばきは…」
 カヲルは自慢げに振り向いたが、サブシートに座っていたレイは自分ではやった事の無いこの高速機動に付いていけず、気絶していた。
「ふふふ…寝てしまうくらい滑らかな動きなのかい?それにしても寝顔も愛らしいね…」
 カヲルは微笑んだ。ちなみに二人とも私服のままだ。
「起きていてくれた方が良いんだけどね…まあ、いいか」
 レイの出撃記録の事を聞いたカヲルは、同じプラグスーツを用いない私服での搭乗、さらに第四使徒戦でのパイロット以外の人物の乗り込みと言う二重の悪条件で使徒の撃破を試みようとしていた。
(ボクの優秀性を示すにはそれくらいのハンデでちょうど良いね)
 そう心の中で呟き、カヲルは不敵な笑みを浮かべた。

空母〈オーヴァー・ザ・レインボウ〉
 すさまじい衝撃と共に、弐号機は〈レインボウ〉の甲板上に降り立った。既に用意されていたソケットをつかみ、背中のコンセントに挿し込む。空母の発電機から送られる電力が通い、残り十秒ほどだった稼働時間が無限に回復した。
「きゃっ!な、なにっ!?」
 ショックで跳ね起きるレイ。
「やあ、起きたかい?これから特等席でボクの戦い振りを見せてあげるよ」
 そう言うと、カヲルは肩からプログ・ナイフを引き出して構えた。量産型であるためか、ダイバーナイフタイプの初号機のものと違い、カッターナイフに似た形状をしている。それを見てレイは顔を引き攣らせた。
「あ、あの…渚君」
「なんだい、綾波君」
「装備タイプにBって書いてあるんだけど…これって水中戦タイプじゃないよね」
「問題ないさ…海に落ちなければ」
 カヲルは自信たっぷりに答えた。だが、レイも、そして加持やリツコもそんな自信は持てそうも無かった。
「りっちゃん、水中専用のM装備はないのか?」
 加持が聞くと、リツコは黙ってある方向を指差した。加持がそっちを見ると、そこには転覆して赤い艦腹を覗かせながら沈んでいく〈グリザべラ〉の姿があった。
「駄目だ、こりゃ」
 加持はうめいた。
「なんとかして水中戦に持ち込まれる前に撃破するしかないわね」
 リツコも言う。が、使徒がそれほど甘い相手かどうかは考えたくも無かった。
「目標転針!本艦に向かってきます!」
 ソナー員が叫ぶように報告した。次の瞬間、眼前の海が爆発するように盛り上がったのをそこにいた全員が目撃した。
「で、でかい…」
 全員が異口同音に呟く。そして、その巨体は雪崩れ落ちるように空母にのしかかってきた。

甲板上
「これほど大きさが違うとは…やりづらいね。好意に値しないよ」
 カヲルはうめいた。第六使徒。魚に似たその体は、本体部だけで全長313メートルの〈レインボウ〉に匹敵する長さと、数倍する容積を持っていた。尻尾まで含めれば六百メートルに達する長さがあるだろう。
「うわぁ…」
 実戦と、そして使徒の非常識さに慣れたレイは、大きさには驚きながらもそんなものだろうと思っている。
「だが、勝負は大きさじゃないさ!」
 カヲルはそう言うと、プログ・ナイフを一閃させた。その超振動エッジが、今にも弐号機を海に叩き落とそうとしていた巨大なひれを根元から切り落とす。
「!!」
 使徒が怒りからなのか苦痛からなのかは不明だが、その巨大な口を開き、声にならない咆哮をあげる。
「コアが!?」
 一瞬だが、口の奥に赤い反射光を目にしてレイが叫んだ。カヲルもとっさに反応してナイフを投げつける。が、使徒のATフィールドは巨体に見合った強度だった。ナイフははじかれて海に落下し、使徒は残ったひれで甲板を蹴るようにして甲板から滑り落ちた。反動で〈レインボウ〉は大きく傾き、弐号機はとっさに艦橋の後ろにある巨大なレーダーアンテナをつかんで落下を免れる。しかし、そこまでの動揺を考慮していない艦載機は車止めの効果もむなしくぼろぼろと海に落下して行った。
「お、俺の艦が…」
 ブリッジの窓から外を見た艦長がうめいた。艦はひどい有様だった。甲板は弐号機と使徒の格闘でいたるところ歪み、熊に散々ぶん殴られた鉄板のようだ。アンテナは弐号機に捉まれて曲がり、艦載機は残らず海に落下して跡形も無い。そして、切断されたひれから流れ出した紫色の体液と海水が混じりあい、甲板のそこここにサイケデリックな模様の水溜まりを作っていた。
「おのれ…」
 艦長が地の底から響くような声で唸る。
「あの野郎、絶対に地獄に送り込んでやる」
 それを聞いて、加持は自分とリツコで考えた作戦を披露する頃合いだと感じた。
「司令、艦長、実は…」

ブリッジ
「戦艦二隻による超至近距離からの射撃…かね?」
 アークハートは目を丸くして加持とリツコの共同作戦案を聞いた。
「はい、使徒の弱点は、二号機パイロットの観測の結果口内にあります。攻撃を防ぐATフィールドと、頑丈なあごの二つを突破して口内の目標に攻撃を叩き込むのは極めて困難です。そこで…」
 加持はそこまで説明し、リツコに話を振った。彼女は頷き、手にしていたパソコンの画面に模式図を表示させる。
「空母の艦首に弐号機を待機させ、使徒が食いついてきたところへ突入、口をこじ開けると共に、弐号機が使徒のATフィールドを中和。そして…」
 リツコがリターンキーを押すと、図が切り替わった。
「この中和されて生じた推定直径二百メートルのATフィールドの隙間に二隻の戦艦が接近、数百メートル以内から砲撃を加え、使徒を殲滅します」
 画面に隙間から打ち込まれた砲弾で体を貫通され、爆発する使徒の図が表示された。
「これはシビアだな。攻撃成功後にすぐに脱出しないと、巻き添えを食うぞ」
 艦長が唸った。
「やれるかね?」
 アークハート司令が尋ねると、艦長は豪快に笑った。
「もちろんですとも!あの野郎をしとめるためならどんな事だってやってみせます!太平洋艦隊旗艦の名誉にかけて!」
「よろしい。では、これより本作戦を…そうだな、『捕鯨船キャッチャーボート作戦』と呼称する。加持一尉、赤木博士、関係各艦との調整はこちらで引き受けよう。作戦細部の詰めを頼む」
「わかりました」
戦艦〈ミズーリ〉
 アークハート司令から「捕鯨船キャッチャーボート作戦」に付いて伝えられた〈ミズーリ〉艦長は開口一番こう言った。
「これはまた派手な作戦ですな」
「目標の敵コアの大きさはせいぜい五メートルというところだそうだが…できそうかね?」
 司令に言われた〈ミズーリ〉艦長は自信を持って答えた。
「我々戦艦乗りは数万メートル先の敵に砲弾を命中させる目的で訓練を積んでいます。数百メートル先の相手を外したら、我々は全員失業ですよ」
「よろしい、では、頼んだぞ」
「お任せください」
 司令部との交信が切れると、艦長は大声で訓示した。
「聞いたな、諸君!苦手な水中の相手に逃げ回ってばかりだったが、もう違う!今回の戦いの鍵は我々に預けられたのだ!鍛えられた砲撃の腕を、艦隊全部に見せ付けてやれ!」
「アイ、アイ、サーッ!!」
 艦長の訓示に、乗組員全員が腕を天に突き上げて応える。同様な光景は、僚艦の〈ウィスコンシン〉の上でも繰り広げられていた。二隻の戦艦は〈レインボウ〉の後ろに付くと、左右に分かれて併走し始めた。

弐号機 エントリープラグ
 作戦の概要は、もちろんレイとカヲルにも伝えられていた。
「危険ですね。その砲撃がエヴァに当たったらどうするんです?」
 カヲルが尋ねると、リツコが答えた。
「心配ないわ。エヴァの一万二千枚の特殊装甲を信じなさい」
 続いて加持も言う。
「とにかく、口をこじ開けて閉じさせない事が大事だ。やってくれよ?」
「了解です」
 カヲルが答えると、加持はレイに呼びかけた。
「悪いね。今からじゃ、もうレイちゃんを降ろす余裕はなさそうだ。そこでカヲルと頑張ってくれ」
「はい!」
 レイは答えた。そこへ、ヒカリとマナが割り込んでくる。
「レイ、頑張ってね!」
 と、これはヒカリ。
「あんな魚なんかに負けちゃ駄目よ、レイ!」
 とマナ。
「うん、頑張るよ!」
 レイが答えると、カヲルが言った。
「冷たいねぇ。操縦しているのはボクなのに、ボクには励ましの言葉はないのかい?」
 すると、無線は沈黙し、しばらくしてヒカリの声が聞こえた。
「しっかりしなさいよ。レイを危ない目に合わせたら承知しないからね」
 続いてマナが言う。
「ま、せいぜい頑張りなさい」
 そして、再び無線は沈黙した。
「あ、あんまりな扱いだね…そんなにボクは信用無いのかい?」
 ここがLCLの中でなければ、目尻に光るものくらい浮かんでいそうなカヲルの台詞だったが、見られたレイとしては自業自得ね、と思っていた。そんなカヲルの悲しみを無視し、無線からアークハート司令の声が響いた。
捕鯨船作戦、発動オペレーション・キャッチャーボート・ライジング!」

作戦発動
 艦隊の動きは急だった。
 ひれを失ったためか、いったん艦隊から離れた使徒に対して、近寄らせないよう牽制攻撃を行っていたエスコート艦が攻撃を中止する。そして、エスコート艦の作る円陣の中に守られていた三隻の主力艦――〈レインボウ〉と二隻の戦艦が、陣形から外れて外側に突出し始めた。
「奴が気づいたようです。針路を急速に変更、こちらへ向けて突進してきます」
 ソナー員が報告する。
「よし。針路変更、艦首を奴に正対させろ」
「針路変更、ヨーソロ」
 三隻は針路を変更し、真っ正面から使徒に衝突するような姿勢を取った。〈レインボウ〉が速度を上げ、最大戦速で使徒に向けて突撃する。その先端には弐号機が立っている。
「目標、浮上!衝突まであと一分!」
 ソナー員が報告すると、まず艦長が総員対ショック防御の命令を下した。既に使徒はその巨体を海面に現し、巨大な口を開いている。プログ・ナイフの二倍は有りそうな巨大な牙が無数に並んでいるのが、肉眼でも観測できた。
「ボクたちを食べる気なのかい?悪食だねぇ。好意に値しないよ…」
 この期に及んでも自分のペースを崩さないカヲルに、レイは呆れたような声で答える。
「まあ、使徒だもんね…」
 衝突十秒前。艦長が矢継ぎ早に命令を下す。
「緊急減速!原子炉をアイドリング状態へ!クラッチ切れ!ダメージ・コントロールチーム即応待機!」
「全員何かに掴まれ!エヴァンゲリオン弐号機、接舷攻撃アボルダージ・ボーディング、Ready!」
 続いて司令が叫び、右手を振り上げた。そして、椅子を左手でしっかりつかんで、右手を振り下ろす。
「GO!」
 その瞬間、〈レインボウ〉と使徒は真っ向から衝突した。
「きゃあっ!?」
 その衝撃はすさまじいものだった。なにしろ、双方数万トンもある大質量同志が、相対速度百キロ近くで激突したのである。予期していたにもかかわらず、マナとヒカリ、それにリツコの女性陣は投げ出され床や壁に叩きつけられそうになったが、マナは艦長、ヒカリは司令、リツコは加持に辛うじて受け止められる。
「あ、あのっ…ありがとうございます」
「いいって事よ。それより、被害状況はっ!?」
 マナをかばって壁に叩き付けられた艦長だったが、帽子をかぶり直して叫ぶ。マナから視線をそらしたのは、照れていたからかもしれない。
『艦首付近の艦底部に牙が食い込み、浸水中!現在被害区画を閉鎖中!』
『格納庫、被害無し!』
『司令公室の花瓶が割れました』
「どうやら被害は軽微なようだな…あの子達は?」
 ショックで気絶したヒカリをお姫様抱きにして司令が立ち上がる。加持とリツコは一瞬抱き合うような格好になったためか、赤面していたもののすぐにエヴァの状況を確認する。
「まずいな…」
「押されているわね」
 窓から見るエヴァは、ひざを曲げて辛うじて圧力に耐えるような姿勢をしていた。

弐号機 エントリープラグ
「う…」
 LCLが衝撃の大半を吸収したものの、一瞬レイはもうろうとなっていた。
「ぐっ…」
 苦しげなカヲルの声にレイははっとして操縦席の方を見る。
「…凄い力だね…やってくれるよ…」
 その目は先ほどまでの軽さはなく、真剣そのものの光が宿っていた。それを見たレイは、シートベルトを外し、カヲルに寄り添うようにして、カヲルの手の上から操縦スティックを握る。
「あ、綾波君?」
 突然のレイの行動に、カヲルがやや動揺したような声を上げる。
「渚君、集中して!」
 レイは構わずそういうと目を閉じて呪文のようにたった一つの言葉を唱え始めた。
「開け、開け、開け…」
 それを見たカヲルは、一瞬きょとんとしたものの、いつもの調子を取り戻す。
「そうか、そういうことなのかい、綾波君…」
 そういうとカヲルも目を閉じ、レイに唱和する。
「開け、開け、開け…」
「開け、開け、開け…!」
 二人の声が重なるに連れ、弐号機の腕が閉じようとする口の圧力を押し返し始めた。

ブリッジ
「…シンクロ率が上がっている!いけるわ!」
 ノートパソコンで弐号機をモニタリングしていたリツコが喜びの声を上げた。
「よし、良いぞ!そのままこじ開けろ!開け!」
 加持が叫んだ。
「開け、開け、開けっ!」
 艦長が真っ赤な顔で腕を振り回しながら叫ぶ。
「開け!」
 司令も叫ぶ。
「開け!」
 マナと、目を覚ましたヒカリも唱和する。
「開け!開け!開け!」
 いつしかブリッジの全員がその叫びに唱和し、それはブリッジから〈レインボウ〉全体へ、〈レインボウ〉から二隻の戦艦へ、そして艦隊全てへと広がっていく。
(開け!)
 見守る全員の声が一つになった瞬間、弐号機は使徒の口を完全に開けきった。
「ATフィールド、全開っ!」
 カヲルが咆哮し、弐号機から発生したATフィールドが使徒のそれと相殺しあって、口の周りに穴を作り出した。その穴へ向け、空母の左右から二隻の戦艦は突撃を開始した。

戦艦〈ミズーリ〉
「よし、今だ!射撃用意!」
 艦長が叫んだ。
「測的開始!射撃制御システムへ全データ入力!」
 そのシステムはリツコがMAGIを使って臨時に作ったものだったが、その計算速度や精度は今までのシステムをはるかに上回っていた。
「こいつぁいいや!これで外したら俺は明日から丸坊主になりますぜ!」
 砲術長が興奮して叫ぶ。
「良く言った!当たったら、ビールを命中弾の数×10ケース、砲術科におごってやるぞ!」
 艦長もハイテンションに叫ぶ。
「言いましたね!?まあ見ていてくださいよ!よし、計算完了!全砲門射撃用意完了!」
 それを聞いて、艦長が右手を振り下ろして号令する。
撃ち方始めオープン・ファイアっ!」
 次の瞬間、〈ミズーリ〉と僚艦〈ウィスコンシン〉の前甲板に備えられた計十二門の十六インチ主砲が火を噴いた。一発1.2トン、計14.4トンの砲弾が使徒に向けて音速の二倍の速度で突進する。
二発はATフィールドの穴の縁に当たってはじかれ、一発は使徒の牙を砕いて飛び去ったが、残る九発はコアこそ外したものの、全てが使徒の巨体に命中した。続いて放たれた第二斉射は、一発も外す事無く使徒に命中、うち一発がコアを直撃し、それを微塵に粉砕した。そして残り十一発は先の九発の後を追い、ドリルのように使徒の巨体をえぐりぬいて体内を突き進んでいった。

〈レインボウ〉ブリッジ
   コアが粉砕され、使徒が活動停止した事はリツコのモニタリングではっきりしていた。
「機関最大出力!後進全速!奴から離れる!」
 艦長が命令を下し、4枚のスクリューが回転して〈レインボウ〉は使徒から離れ始めた。しばらく進んだところで、遅めに設定されていた砲弾の信管が作動した。使徒は体内で続けざまに炸裂する二十発の十六インチ砲弾によって風船のように膨らみ、次の瞬間大爆発を起こした。その衝撃波と大波が三隻の艦を襲う。
「うわああっ!」
 衝撃波でブリッジの人々は床に付き転がされ、次いで波が窓の高さにまで打ち寄せ、視界が覆い隠される。
「弐号機は…!?」
 いち早く立ち直った加持が窓に突進した。そこで加持が目にしたのは、甲板の縁をしっかりとつかんで波をやり過ごした弐号機の姿だった。戦艦二隻も無事だ。
「やったぞ!」
 加持が叫び、ブリッジ内で歓声が爆発した。それはたちまち艦隊全部に伝染していき、吹き鳴らされる汽笛や空砲で艦隊はお祭り騒ぎになった。弐号機に向かって乗組員達が駆け寄っていく。そうした中、リツコだけは「これは良いデータが取れたわ…」と違う理由で喜んでいた。

弐号機 エントリープラグ
 操縦席内では、カヲルとレイが上気した顔で外の光景を見詰めていた。
「やったね…」
「ああ」
 二人は呟きあい、そして、レイはまだカヲルの手に自分の手を重ねている事に気が付いて、真っ赤な顔になると手を引っ込める。
「君は本当にシャイだね…好意に値するよ」
 カヲルが相変わらずの調子で言うと、レイは苦笑した。
「やめてよ、その言い方。なんか変だよ」
「そうかな?」
「うん。さ、行こう!みんなが待ってるよ!」
「ああ…」
 二人はプラグを出て、待ち構えていた歓喜の渦の中へ飛び込んでいった。

NERV本部 司令公室
   艦隊が新横須賀――海面上昇によって本土と切り離された旧三浦半島全体を使った一大軍港の事だ――に入港してから、三日が過ぎていた。リツコは弐号機の引継ぎと輸送に伴う雑務を片付け、冬月の元に着任の報告に来ていた。部屋では冬月と、そしてゲンドウが待っていた。
「赤木リツコ、NERV特級技官、ドイツにおける弐号機建造への出向任務を終え、本部技術部長職に復帰した事を報告します」
「着任を認める」
 冬月は厳格な顔で言ったが、儀式を終えると相好を崩した。
「良く帰ってきてくれたな、リツコ君」
 そう言って立ち上がり、彼女の肩を叩く。
「なかなか、波乱に満ちた船旅でしたわ」
 そう言ってリツコは微笑み、机の上に例のペントミック仕様のブリーフケースを載せた。電子ロックを外し、中から奇妙な物体を取り出す。
「これがそうかね」
 冬月は身を乗り出してそれを見た。硬化ベークライトによって固められたそれは、勾玉とも胎児とも思える外見をしていた。リツコの帰国の目的には、これを本部へ届ける事も含まれている。それほどの重要物資であった。
「はい、最初の使徒アダム…そのかけらです。コアさえあれば、復元は可能です」
「そうか…ご苦労だった、リツコ君」
 そう言うと、冬月は「アダム」と呼ばれた物体をケースに戻し、ロックするとゲンドウに手渡した。一瞬、ゲンドウとリツコの視線が交錯する。リツコの顔には、冬月に向けたような笑みは微塵もなく、硬質の無表情だけがあった。
「…正直言って、君が帰ってきてくれるとは思わなかった」
 ゲンドウが言うと、リツコは表情を変えずに答えた。
「母との約束でしたから。決して貴方を見捨てないで欲しい、と…」
 その言葉に、ゲンドウは微かに表情を変えた。
「ナオコとの約束でか…リツコ、やはり、今でも俺を恨んでいるのか?」
「当然でしょう」
 リツコは叫びたくなるのをこらえ、淡々とした声で言う。
「貴方は、母を捨てました。いいえ。母だけじゃない。私も、兄さんも…。だから、私も貴方を捨てたんです」
「…そうか」
「ええ。でも、せめて見届けさせていただきます。貴方が家族を捨ててまで追い求めるものが何なのかを」
 ゲンドウは何も答えなかった。冬月はその情景を見つめていた。ゲンドウに代わり、彼女に伝えたい事はある。だが、それはゲンドウから硬く口止めされていた事でもあった。
(今のリツコくんは、まだ決してそれを受け入れようとはすまい)
 だから、冬月も無言で通した。
「失礼します」
 リツコは去っていった。
「いいのか、六分儀…」
「…これも、罪の報いですから…」
 ゲンドウは答えた。その目は、リツコの去った扉をずっと見詰めていた。だが、その目は別のものを追っていた。赤木リツコ。旧姓、六分儀リツコ――
 父親を恨み、生まれた姓を捨て、自分の元を離れて行った娘の後ろ姿を……

次回予告
 展開される大がかりな水際作戦。それはエヴァ2体による初の連携攻撃だったが、心がてんでばらばらなレイとカヲルは使徒に叩きのめされてしまう。
 ミサトは二人の完璧なユニゾンを目指し、一計を講じた。
 人々の存亡を賭けた六日間のドラマが始まる。

 次回、第九話「瞬間、心、重ねて」

あとがき
 うわあああ、とうとうやってしまった…
 というわけで、セカンドチルドレンはカヲルだったのでした。しかも変なキャラになってしまっていますね。カヲルファンの方々、アスカファンの皆さん、まことに申し訳ありません(なんだか謝ってばかりだな)。
 ですが配置転換作品なのにカヲル登場の可能性を指摘された方はいなくて、ちょっとだけ勝利にひたってます(爆)。
 そして、いよいよ登場のリツコ…意外な設定に驚いた方も多いかと思いますが、彼女はゲンドウと並ぶ物語のキーパーソンになる予定です。今後のリツコさんの活躍にもどうか御注目ください。
 ではまた第九話でお会いしましょう。
2000年6月某日 さたびー拝


現在私のパソコンは故障しております。従って、感想メールなどの返事は大幅に遅れる可能性があります。あらかじめご了承ください。

さたびーさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

おおっ!!この話数にしてカヲル登場っ!!!
でも、瞳の色が青と原作とは違うんですね・・・。

アスカ「違うのは、カラーリングだけじゃないわっ!!」

そう、どうやら性格も随分と違う様で妙に軽いのを含めて変ですね(^^;)
しかし、カヲルがセカンドだとすると必然的にアスカが最後のシ者になるのかな?
そして、リツコもトレードマークと言える金髪ではなく、茶髪(元々の髪)の様ですし・・・。
ゲンドウとも元は親子の関係らしく、そこには兄がいたらしく六分儀の謎は深まるばかりです。

>「少し背が伸びたか?」
>「男児三日会わざれば、剋目して見よ、って言うじゃないですか」

原作のアスカのセリフを全く別物に変えながらも、意味はほぼ一緒。
これは上手いっ!!と思わず唸ってしまいました。



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