「し、使徒体内に超高エネルギー反応!」
 青葉が叫んだ。
「何だと!?」
 冬月が叫び、メインモニターに映像を切り返させた。使徒体内でエネルギーが高速回転する様子が模式図として描き出される。
「円周部を加速、収束して行きます!」
「ま、まさか…荷電粒子砲!?」
 ミサトがその正体に気づき、青ざめた顔になった。
「日向君!リフト停止、初号機を地上に上げては駄目よ!急いで!」
「駄目です、間に合いません!」

 地上に現われるエヴァ初号機。その胸に、使徒から放たれた強大な威力を持つ荷電粒子砲のビームが突き刺さる。
「きゃああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「レイ!」
「レイちゃんっ!!」
 レイの絶叫と、発令所内の人間が上げる絶望の叫びが辺りにこだました。

新世紀エヴァンゲリオン REPLACE
第六話 決戦!第三新東京市


NERV本部 発令所

 発令所のメインモニターには、思わず目を背けたくなるような光景が映し出されていた。
 亜光速で飛来する荷電粒子ビームの持つ膨大な運動エネルギーは初号機に衝突すると同時に熱へ転換され、初号機の装甲板を融解させる。その熱量はパイロットがいるエントリープラグにも及び、中を満たしているLCLを瞬時に沸騰させた。
「あああああぁぁ…」
 気泡が立ち上る中、レイの悲鳴は弱々しくなっていき、ついに消えた。
「リフトを下げろ、急げっ!」
 冬月が叫び、エヴァを乗せたリフトはリニアモーターの電磁石の磁極を逆転され、今上がってきたばかりの格納庫へと戻り始めた。その間もビームの投射は続き、初号機の損害は増していく。ようやくその体が地下へ沈み終えると、使徒は勝ち誇ったようにビームの投射を止め、移動を開始した。
 が、今の発令所に使徒の動向を気にする余裕などは無かった。
「パイロットの容態はっ!」
 ゲンドウが叫んだ。
「心音停止!脳波も微弱です!」
 青葉が答えた。
「生命維持システム最大出力、心臓マッサージを!」
「はいっ!」
 青葉がコンソールのエマージェンシー・ボタンを押すと、一瞬だが強烈な電圧がレイの体を貫いた。
「効果ありません!」
「もう一度だ。最大電圧!」
 再び電圧がかけられ、レイの体がぴくりと跳ねる。それと同時に、彼女の体の中で小さな、しかし確かな鼓動が再開した。
「心音復活!ですが、依然危険なレベルです」
 青葉が報告したその時、焼け爛れた初号機は地下のケイジに到着した。

ケイジ

「エントリープラグ排出、緊急排水!」
 その命令が実行されると、救援のために近くに寄っていた技術班の人間が思わず逃げ出すほどに熱せられたLCLが勢い良く噴出した。あたりにもうもうと湯気が立ちこめる。だが、そこへ勇敢に突っ込んで行く一団がいた。 
「急げ!救出済み次第集中治療室へ運ぶんだ。ぼやぼやするな!」
 普段は温厚な救護班長が鬼の形相で叫び、こじ開けられたハッチから、まだ80度近い温度を持ったLCLの残るプラグ内へ救護班員が突入する。彼らは苦痛の声一つ上げずに中からレイを引きずり出し、ストレッチャーに移した。
「行くぞ!」
 救護班員がレイを病院へ運ぶのと相前後して、技術部員達も装甲板の灼熱するエヴァに取りついていた。救護班が必ずレイを救ってくれる事を信じ、彼らはまだ燻り続ける金属の固まりに挑んで行った。

地上

 エヴァをただの一撃で戦闘不能に追いやった第五使徒は、まさに悠然という言葉にふさわしい態度で、無人の第三新東京市街中心部に到達した。空中で静止した使徒は、下の四角錐の頂点から巨大な鉄柱のようなものを突き出した。
 その鉄柱――巨大ボーリング・ブレードは先端に高熱のレーザーの円錐を構成し、さらにその表面に沿ってらせん状に刻まれた二本のベルトコンベアを稼動させた。
 そのレーザードリルは地面に届くとたちまちそこを覆っていたアスファルトを蒸発させ、さらにその下にある土砂を焼き焦がし脆くさせる。その灼熱した地面に突っ込んだブレードはコンベアで脆くなった土壌を掻き出し、地層を掘り進んで行った。

NERV本部 発令所(あと10時間)

 モニターに芦ノ湖の湖水が映し出されている。紺碧の水面を切り裂くように進む高速艇と、それが牽引する巨大な風船――初号機の実物大ダミー。
 それがある距離に達した瞬間、使徒がまばゆい閃光を放ち、ダミーは瞬時に消滅した。その衝撃波は湖面を一文字に切り裂き、高速艇を転覆させる。
「ふむ…なるほどね」
 ミサトはその光景を見ると頷き、次の手を出した。山腹の秘密トンネルの入口が開き、そこから伸びるレールが湖畔を一周する環状7号線に接続した。そこから機関車に引き摺られるように一群の車両が現われる。 
 トンネルから引き出されたのは巨大な車体に大出力のレーザー砲を乗せた特大の列車砲と、その電源車、管制車だった。独12式自走臼砲。NERVが装備するものの中では、エヴァの搭載火器を除けば最大の火力を有する兵器で、独の字でわかるとおりドイツ製だ。本国ではカール2と呼ばれている。
 臼砲というのは、読んで字のごとく臼のような大口径・短砲身の砲身を持つ、射程距離や命中精度より破壊力を重視した砲で、要塞などの攻撃に使われる。12式はレーザーだから必ずしも臼砲とは一致しない部分は多いのだが、空中要塞のような使徒を攻撃するにはふさわしい火器と言えるかもしれない。
 その12式の短いが無骨な砲身が仰角を取り、使徒に狙いを定めた。狙われている使徒には何の反応もない。
「撃て!」
 ミサトの命令とともに、12式はレーザーを放った。真紅の火線が湖上を駆け抜け、使徒に直撃――したかに見えた。が、使徒はATフィールドを発生させ、直撃すれば1メートルの鋼鉄の壁でさえチーズのように切り裂く12式のレーザーを空に向けて弾き返した。
次の瞬間使徒は荷電粒子砲を12式に向けて放った。当然の事ながら12式はATフィールドなど張れるはずもなく、一撃で消滅した。
「ご覧の通りです」
 ミサトはこれまでの経過から見た推論を述べた。
「使徒は一定距離内への侵入者、もしくは敵対行動をとる目標を識別し、荷電粒子砲による攻撃を加えるものと見られます」
 続いて日向が言った。
「ATフィールドは現在までに来襲した使徒の中でも最強です。相転移空間を肉眼で観測できるほどです」
「攻撃、防御とも万全。まさに難攻不落の空中要塞と言った風情だな」
 冬月が嘆息した。
「通常兵器による攻撃では泣きを見るだけですな」
 とゲンドウも言った。
「で、奴は今どうしている」
 冬月の質問にミサトが答える。
「現在、市街地中心部上空に滞空中。下部より直径17.5メートルの巨大ボーリング・ブレードを展開し、直下の地面をジオフロントに向けて掘削しています」
「おそらく、本部へ直接攻撃をかけるつもりだな」
 冬月が唸った。
「すでに第一装甲板は突破されました。MAGIの予測では明日深夜、午前0時6分46秒には22層の装甲板をすべて突破し、ジオフロントに進入するとの予測です」
「後10時間足らずか・・・」
 とゲンドウが言った。
「で、レイの様子はどうかね」
 冬月はもっとも気がかりなことを尋ねた。
「危険な状態からは脱しました。ですが、しばらくは安静にとの報告が医療班から来ています」
 青葉が答えた。
「六分儀、初号機の修理状況はどうだ」
「幸い、中枢部に損傷はありませんでしたので、装甲板の張り替えが終わる5時間後には再出撃可能になります」
 ゲンドウが答えた。
「あと三秒ビームを照射されるか、あのビルが楯になっていなければ危ないところでしたが・・・」
 マヤも同意の言葉を漏らす。
「どのみち五時間は何もできんということか」
 冬月が言い、発令所を重苦しい雰囲気が覆った。
「いっそのこと、白旗でもあげますか?」
 無理に明るい声で日向が言った。
「悪い案ではないな。相手が受け入れてくれれば、だが…」
 冬月は苦笑しながら言った。どの道逃げる事のできない戦いなら、腹を括るしかない。
「白旗を揚げるにしても、やることはやっておきませんと、司令」
 とミサト。
「ふむ…そういうからには何か案でもあるのかね?葛城君」
 冬月が言うと、ミサトは頷いた。
「拝聴しよう」
「では、会議室へ。資料を用意してあります」

NERV本部 大会議室(あと9時間半)

「使徒の攻撃圏外からのアウトレンジによる一点突破?」
 作戦を聞き終え、冬月が尋ねる。
「そうです。接近戦が不可能な以上、大エネルギーを叩きつけて無理矢理ATフィールドを貫く以外に勝算はありません」
 ミサトは確信に満ちた表情で断言した。
「MAGIは何と言っている?」
「賛成2、条件付賛成が1です」
 答えたのはマヤだ。
「成功率は…8.7パーセントか」
「最も高い数字です。ちなみに第2位以下の作戦案の成功率はコンマ以下です」
 冬月はゲンドウに目を向け、意見を求めた。それに応じてゲンドウが口を開く。
「しかし葛城君、それほどの威力を持った兵器に心当たりはあるのかね?12式でさえあのザマだ」
 ミサトは頷いた。
「ポジトロン・ライフルを使用します」
 その答えに、ゲンドウと冬月は顔を見合わせた。
「しかし、葛城君…エヴァ用のポジトロン・ライフルはそんな火力はないぞ」
 冬月が訊いた。ポジトロン・ライフルは通常の電子とは違い、プラスの電荷を持った陽電子(ポジトロン)をビーム状にして投射する兵器だ。電子と陽電子は接触すると対消滅反応を起こし、百パーセントエネルギーに転換されて大爆発を起こす為、兵器としてはかなり強力なものである。
 しかし、対消滅と言う要素を抜いて、ただ単にエネルギー兵器として考えた場合には、ATフィールドを打ち抜くほどのエネルギー量は持っていない。
「確かにNERVのものにはありません。ただ、心当たりはあります」
 そうミサトが言ったとき、今まで沈黙していた加持が口を開いた。
「葛城…それって、ひょっとして筑波の戦自研が開発してる新型か?」
 その言葉に、ミサトはニヤリと言う笑いを浮かべて頷いた。
「…無茶だ。戦自とNERVの関係は知ってるだろ。貸してくれっつったって、あいつらが首を縦に振るとは絶対に思えんね」
 加持が呆れたように言うと、ミサトの笑いはさらに大きくなった。
「戦自に直接頼めばね。でも、上を動かせば問題無しよ」
「上…日本政府か」
 冬月が言うと、ミサトは頷いた。
「ええ、と言うわけで、そちらの折衝はお願いできますか?司令」
 ミサトに言われ、冬月は苦笑した。
「やれやれ…呆れたね。上司をメッセンジャー・ボーイか何かのように考えているのか、君は…だが、反対する理由はない。そちらは引き受けよう」
 冬月が言うと、ゲンドウが質問した。
「もう一つ。全てが揃っても、ATフィールドを打ち抜くには相当のエネルギーが要るだろう。それだけのエネルギーはどうまかなう?うちの動力炉だけでは足りんぞ」
 NERVは火山地帯の箱根と言う立地条件を生かし、地熱発電プラントを多数建設している他、ジオフロントのさらに地下に核融合炉を持っている。が、それとて本部と第三新東京市の消費電力をまかなうので精一杯だ。
「日本中から集めてきます」
 ミサトはこともなげに言い放った。一瞬発令所が静寂に包まれる。
「…ふふ、そうか、日本中か」
 ゲンドウは合格点の答えを言った生徒を持った教師のような笑いを浮かべた。それを見ながら、冬月は電力の再優先使用について折衝するのも私なのだろうかと頭を抱えていた。

つくば研究都市 戦略自衛隊技術研究所(あと7時間)

「…と言うわけですので、この試作陽電子砲は我が特務機関NERVが徴発いたします」
 冬月が日本政府に掛け合って取ってきた許可証を突きつけてミサトは言った。
「な…そんな馬鹿な」
 応対に出た所長は、前置きなしでいきなり切り出したミサトの言葉に面食らう。
「み、認められん!陽電子砲は怪獣退治のおもちゃではないんだぞ!」
 日本政府発行の許可証を見ても、それを信じられずに怒鳴る所長。
「あれは…陽電子砲は国防の要だ。それを後から出てきて必要だからよこせだと?冗談も休み休み…」
「お言葉ですが所長」
 ミサトも負けてはいない。
「この許可証は本物です。命令違反を犯すならただでは済みませんよ」
「命令違反」の一言に首をうなだれる所長。
「使用後は原形に復元して返却しますので、どうかご理解ください」
 所長は首を縦に振った。
「わかった…持っていくが良い」
 その言葉に、ミサトは見事な“色気のある”戦自式敬礼を送り、インカムに呼びかけた。
「話はついたわ。シンジ君、やっちゃって」
『はい、ミサトさん』
   そうシンジが答えると同時に、建物の屋根が持ち上げられた。この研究棟は爆発事故などが起きた際に、屋根が持ちあがって爆圧を逃がす仕組みなのだが、ミサトが万一戦自が抵抗した場合に備え、このパフォーマンスを思いついたのだ。
 あっけに取られる戦自研職員の目の前で、屋根を片手で持ち上げた零号機は、隙間から手を突っ込むと陽電子砲を掴んだ。
「精密機械だから、慎重にね」
『はい、ミサトさん』
 丁寧な手つきで陽電子砲を持ち上げ、外に持ち出した零号機は、そっと屋根を元に戻した。
「それでは、失礼します。ご協力に感謝いたします」
 そう言うと、ミサトは身を翻して歩み去った。後に残された戦自研の人間達は、もはや何も言う余裕は無く、去って行く青の巨人と美女の後姿を見送るだけだった。

TVCM(あと6時間15分)

「本日、午後11時30分より明日未明にかけて全国で大規模な停電があります。
 皆様のご協力をよろしくお願いいたします。
 繰り返しお伝えいたします。
 本日、午後11時30分より明日未明にかけて全国で大規模な停電があります。
 皆様のご協力をよろしくお願いいたします」
 既に半日以上待機を命じられているシェルターの中で、ヒカリはマナに呼びかけた。
「ねえ、これって、レイの所に関係あるのかな…」
「多分ね。予告付きの大停電なんて普通そんなこと無いもの」
 二人は一体何が起きるのかわからない不安に囚われながらも、きっとレイが――かけがえのない二人の親友が、今回も必ず勝利するであろう事を信じた。

NERV本部 発令所(あと5時間)

「使徒のブレードが第七装甲板を突破」
「了解。引き続き警戒に当たられたし」
 作戦発動に向けて、NERV創設以来の慌しさを見せる発令所では、総責任者のミサトが多忙を極めていた。
「こちら発令所。そちらの状況は?」
『予定より3.2パーセント遅延。ですが、2310時には作業完了の見込みです』
 テレビ電話の画面の向こうで、全国から急遽集められた超伝導電線の敷設指揮を取っている青葉が答えた。彼の背後には、田園地帯を切り裂くように赤と青の巨大な電線がひたすら延びていた。
「OK。そっちは任せたわ」
 ミサトはそう言うと、技術部第三課(兵器担当)に電話をかけた。
「こちら発令所。ポジトロン・ライフルの進捗状況は?」
 画面の向こうで、第三課の課長が額に浮いた汗を油まみれの作業衣の袖で拭いながら、快活に答える。
「技術部第三課の名にかけて、あと3時間でものにして見せますよ!」
 背後で、シンジが運んできた長大な陽電子砲の砲身が、元からあるエヴァ用ポジトロン・ライフルと組み合わされ、対戦車ライフル銃を思わせるスタイルの巨大な銃に変化を遂げようとしていた。
 ミサトは満足げな笑みを浮かべ、さらに電話をかける。
「副司令、発令所です。防御手段の目処は立ちましたか?」
 画面の向こうで、ゲンドウとマヤが作業を進めていた。
「国連対軌道輸送局に掛け合って、SSTOの下部パーツを分捕ってきた。今、電磁コーティングを施している所だ」
「計算上では、敵の砲撃に20秒は耐えられます」
 二人の背後に、SSTO(軌道往還宇宙機)の耐熱パーツを利用した急造の楯が姿を現そうとしていた。
「了解、そちらは任せます」
 ミサトは電話を切り、日向に尋ねた。
「最適な攻撃ポイントは割り出せた?」
「地形、距離、変電施設の存在等を考慮すると、二子山山頂が最適と思われます」
「そうね…ここがベストね。準備を急がせて。2000時には現地に作戦本部を移動するわ」
「了解!」
 打ち合わせを終え、ミサトはつい15分前に作戦準備に関する折衝を終えて松本から戻ってきた冬月に向き直った。
「今の所、作戦準備は順調に進んでいます」
「うむ。今回の件は全て君に任せてある。存分にやり給え」
 冬月は頷いた。超音速機を使った移動と長時間の会議で疲れてはいたが、気力はまだ十分に残している。
「ところで司令」
「ん?」
「本作戦は、まだ名称が決まっておりません。一つ考えていただけませんか」
「ふむ…」
 冬月はしばらく考え込み、一つの案を思いついた。
「ヤシマ作戦、ではどうだろうか?」
「ヤシマ…ですか?」
 ミサトが訊き返した。
「うむ。源平合戦で那須与一が扇を射抜いた屋島の合戦と、日本の古名である八州から取った。日本中のエネルギーを使い、一撃必殺の狙撃を試みるのだから、ちょうど良いかと思ってね」
 冬月の説明に、ミサトは微笑した。
「素晴らしい案です、司令」
 そう言うと、ミサトは大声で号令した。
「これより、本作戦をヤシマ作戦と呼称します。発動は明日0000時!」
「了解!」
 その時、発令所に加持が入ってきた。
「司令、レイちゃんが意識を取り戻したそうです」
 冬月はやや暗い顔になり、ミサトはすべての要素が揃った事に安堵する。
「そうか…あんな事があった後だが、レイにも出てもらわねばならんな…」

NEON GENESIS EVANGELION
OTHERSIDE STORY "REPLACE"

EPISODE:06 Boy meets Girl

レイの悪夢

「…ちゃん」
「…ちゃん、いらっしゃい」
 誰かがわたしを呼んでる…
「…ちゃん、中学の教科書と制服よ」
 お義母さん?それに、お義父さんも…
「お前も、もう中学生だ…しっかり勉強して、父さんたちを安心させてくれよ」
 違う…
「どうしたの?…ちゃん」
 違う…わたしはそんな名前じゃないもの
 でも、勝手に声が出ていた。
「ありがとう、わたし、がんばるよ」
 違う…あの頃に戻るのはいや。日常のすべてが演技だった、あの日々には…
「それでこそ我が家の娘だ、…!」
 違う!

病室(あと4時間)

「はっ!?」
 夢の中に響いた自分自身の絶叫に驚いて、レイは目を覚ました。上半身を起こして見ると、背中にびっしょりと冷や汗をかいていた。
「ここは…」
 はじめぼんやりとしていた意識と視界がはっきりしてくるにつれ、ここがNERVの病院の一室だと言うことを思い出す。
「そっか、わたし…使徒に…」
 気を失う前の最後の記憶――一瞬の閃光とその後に感じた激痛を伴う熱さが蘇り、レイは恐怖に身を震わせた。
「やだな…」
 体が自然と震え出してくるのを止められない。
「怖いよ…」
 そう呟いてレイが自分の肩をきゅっと抱きしめたとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰?」
 レイが聞くと、扉の向こうで「六分儀だけど…」と言うシンジの声がした。
「六分儀君?…どうぞ」
 なぜシンジが来たのかわからず戸惑うレイだったが、素直にシンジを部屋に入れる。彼は病室に入ってくるなり、単刀直入に切り出した。
「明日午前0時より発動する作戦のスケジュールを伝えに来たんだ」
「作戦…?」
 レイは急な事に驚いて聞き返すが、シンジは構わず持ってきたメモ帳の作戦内容を読み上げた。
「六分儀、綾波の両パイロットは本日、2030時、ケイジに集合。
 2100時、初号機、及び零号機、起動。
 2105時、発進。2130時、二子山仮設基地到着。
 以降は別命あるまで待機。日付変更と同時に作戦行動開始。以上。メモ帳はここにおいて行くから、良く目を通すように、ってミサトさんが言ってた…」
「2030時って…後三十分しかないじゃない…」
「退院許可は出てるよ」
 やや論点のずれたシンジの答えに、レイはシーツを抱き寄せる。
「わたし…怖い」
「………」
「どうして…あんな、死ぬような目に会って、それでまたすぐに…」
 初めて意識した「死の恐怖」にレイは怯えた。だが、シンジは弱々しく震えるレイを何の感情もこもらない目で見下ろし、一言言い放った。
「じゃあ、寝ていれば良い」
「え?」
「僕は戦う。父さんのために。みんなのために。そうする事が絆だから」
「六分儀君…」
「じゃあ、お休み」
 そう言ってシンジはレイに背中を見せ、病室から出ていった。
 残されたレイは、しばらく膝を抱え、壁を見つめていた。その視線をやや上にずらし、時計を見る。8時15分。
 レイは自分に何かを言い聞かせるように頷き、力強い足取りで病室を後にした。
 
 
市立第壱中(あと3時間30分)

 マナとヒカリは例によってシェルターを抜け出し、校舎の屋上へやって来ていた。
「あれが…今度の敵?」
「すごいわね…」
 市街地の方で空中に静止している第5使徒の、ライトアップされたその威容に、二人はまず圧倒された。
「レイはまだ来ていないのかな?」
 ヒカリが言った時、少し離れた山腹に偽装されたトンネルが開き、楯を持った初号機が姿を現した。
「レイだ!」
 マナが言い、手をメガホンの形にして叫ぼうとした時、初号機の背後から巨大なポジトロン・スナイパー・ライフルを抱えた零号機が現れた。
「あ、あのロボットがもう一機?」
 ヒカリが驚いて言う。
「誰が乗ってるんだろう…」
 マナも不思議そうな声で言った。そうしている間に、二機のエヴァはまるで何かを避けるように大回りして二子山の方へ向かっていく。まるで、そこに見えない壁があるかのようだ。
「どうしたんだろ?」
 エヴァの不思議な行動を見て、ヒカリが呟く。それを聞いてマナが自分の考えを言った。
「後から来た方が持ってるやつ、大きな狙撃用ライフルみたい。あれで遠くから撃つのかもね」
「ふーん…」
 結局、二人はエヴァの戦いを見ることはできなかった。彼女たちの存在に気がついた加持が、部下に命じてシェルターに連れ戻したからである。マナが自分の考えが正しかったことを知ったのは、すべてが終わった後のことだった。

衛星軌道上(あと3時間15分)

 夜の闇に包まれた地球の半球で、日本はその輪郭を街の明かりによってくっきりと映し出していた。
 しかし、その明かりは徐々に消え始め、一点に吸い込まれるように消えていく。
 そして、最後にその一点…第三新東京市周辺だけが明るく残った。

二子山山頂 ヤシマ作戦臨時指揮所(あと3時間)

 零号機が山頂に設置された砲座へポジトロン・スナイパー・ライフルを慎重に設置していく。その作業が完了すると、技術部員がライフルに取り付いて電源や冷媒のコードを接続する作業が始まった。
『九州、四国地方からのコード接続完了。担当セクションは通電および冷却テストを開始せよ』
 アナウンスが流れる。山頂へ続く道路には時間内に集められる限りの電源車、電気工事車が集められ、路上には数え切れないほどの電線がうねっていた。作業音、冷却ファンの風切り音、モーターの唸りが普段は静かな山の夜を満たしていく。
「大丈夫なのか?レイちゃん」
 指揮本部となる指揮通信車の中で加持はレイに尋ねた。
「大丈夫です。やれます」
 レイは決意を目に湛えて言いきった。内心、自分はなんて甘い人間だったんだろうと言う思いがある。命懸けだと言うことは、初めて乗ったあの時にわかっていたはずなのだ。
 それに、自分一人だけの問題じゃない。自分には守りたい人たちがいる。加持、マナ、ヒカリ、冬月…それに気づかせてくれたのはシンジだった。
 だから、わたしも逃げ出さない。  その決意を感じ取ったのか、加持はかすかに頷いて、レイの肩を叩いた。そして、頑張れよ、と言うと自分の持ち場へ向かっていった。
「じゃあ、役割を決定するわ。シンジ君」
 ミサトが作戦におけるポジションを説明し始めた。
「はい」
「貴方は、ポジトロン・ライフルの射手を担当。次に、レイ」
「はいっ」
「貴方は楯で防御を担当よ。万一第一撃に失敗したら、予想される使徒の攻撃をあれで受けるの。計算上では20秒はあの攻撃を防いでくれるわ」
 それは心強い、とレイは思ったのだが、シンジがその甘い観測をぶち壊した。彼はミサトに質問した。
「計算が間違っていたら?」
「その時はアウトね」
「敵の砲撃が20秒以上継続したら?」
「その時も、アウトね」
 質問し終わったシンジはレイの方を向いて言った。
「綾波さん、君はやっぱり出ない方が良い。僕が一撃で決めれば済むことだ」
 傲慢ともれるシンジの言葉だったが、そこには確かにレイを心配する響きがあった。ミサトの目が驚きで大きく見開かれた。まさかシンジが他人を心配するような言動をするとは思わなかったのだ。
 が、言われたレイは首を横に振った。
「ううん、わたしも行く」
「……」
「一撃で決めてくれるんでしょ?」
 シンジは困ったような顔で頷いた。これもミサトには驚きだった。
(シンジ君がこんなに他人に反応を示すとはね…やっぱり…)
 そこまで考えたところで、ミサトは気持ちを作戦指揮官としてのそれに切り替えた。
「もちろん、レイにも参加してもらうわ。貴方の実力を信頼してはいるけど、勝率を上げる為には彼女の参加は不可欠だから。いいわね、シンジ君」
「わかりました」
 シンジは答えた。
「よろしい。では、作戦開始まで待機していて」
 
エヴァ乗降用タラップ(あと1時間)

 周囲の喧騒はますます激しくなっていた。既に通電を終えていた関東、中部、九州、四国からに加えて、残る北海道、東北、近畿、中国からの電力供給も開始されていた。無数の変電機とモーターの唸りや熱気がこもり、とても山の上とは思えない蒸し暑さになっていた。
 その中で、地上数十メートルのエヴァ乗降用タラップの上は、心地よい風が吹きぬけ、熱帯夜の暑さをしのぐ事が出来た。
 レイとシンジはタラップの上に座り、夜空を眺めていた。日本中のほとんどありとあらゆる灯りが消えたせいか、目が醒めるほど美しい星空が広がっていた。それが芦ノ湖の湖面にも映り、レイの視界一面をビロードに銀の砂を撒いたような光景が覆っていた。
 今では日本のどこからでも見られるようになった南十字星を見つめ、レイは呟いた。
「綺麗な夜空…」
 そう言って、ふと今の独り言が聞かれはしなかったかと、隣に座るシンジを見る。その途端に、レイは息を呑んだ。
(…綺麗)
 男の子にそんな感想を抱くのは変かもしれないが、レイは素直にそう感じた。もともと中性的で色白な顔立ちのせいか、月光に照らされたシンジは、精巧なビスクドールのように見えた。だが、同時にまるで幻のように生命感が感じられない。思わずレイはシンジに話し掛けていた。そうしなければ、彼が幻のように消えてしまうかのように思えて。
「六分儀君」
「…何?」
「病室で、六分儀君はエヴァで戦う事が絆だって言ったよね…何の絆なの?お父さんとの?」
 言ってしまってから、レイは込み入った事を聞いてしまったのではないだろうかとの不安を抱いた。しかし、案に相違してシンジは素直に答えを口にした。
「――みんなとの」
「みんな…との?」
 シンジは頷いた。
「僕には…他に何も無いんだ。エヴァに乗れなければ死んでるのと同じだ。命なんて惜しくない。それに、死んでしまっても僕には替わりはいるんだ…」
「他に何もないって…お父さんやミサトさんもいるのに…それに、替わりって…!」
 レイが言い募ろうとしたとき、搭乗予定時刻を知らせるアラームの音が鳴った。シンジは反論を封じるように立ちあがった。
「時間だ…行こう。じゃあ、さよなら…」
 そう言って立ち去ろうとするシンジの背中に向かって、レイは叫んだ。
「六分儀君!」
 ふりむいたシンジに、レイは言葉を続けた。
「六分儀君は死なないわ。わたしが…六分儀君のことを守るから。何があっても、守るから…!」
 そう言うと、レイは搭乗ハッチに向かった。今度は、シンジが彼女の背中を見送る事になった。シンジはレイが消えたハッチの方を見つめていたが、やがて自分も零号機のハッチへ向かった。その顔は相変わらず無表情だった。
 だが、その目には今までと違う何かがあるように見えた。

ヤシマ作戦臨時指揮所(発動)

 移動作戦指揮所の壁に設置された電子デジタル時計が時を刻んで行く。
「現在時、日本標準時で午後23時59分50秒。カウント開始します。あと9…8…」
「全電力系統異常なし。送電準備完了」
 オペレーター達が全ての作戦準備が完了した事を告げる報告をする中、ミサトは言った。
「シンジ君…日本の電力を全て貴方に預けるわ」
『はい』
 画面の向こうでシンジが頷く。
「4…3…2…1…0!作戦発動予定時刻です!」
「ヤシマ作戦、発動!」
 ミサトが叫んだ。
「了解!全送電回路開きます」
 青葉が応え、二子山を埋め尽くすように設置された無数の機器が一斉に活動を開始した。粒子加速器が素粒子を激しく激突させ、陽電子を生成する。変電機が唸り、冷却ファンが甲高い叫びを上げ、戦いに臨む戦士たちの上げるウォークライのように山間に木霊する。
「最終接続問題なし」
「安全装置解除!」
 その命令を受け、森の中で伏射姿勢をとるシンジの零号機がライフルの最終安全装置を解除した。プラグ内では、ヘッドギア型のターゲッティング・デバイスを被ったシンジが、ライフルの状態が「安・空」から安全装置は外れたが、発射エネルギーの充填が完了していない「火・空」へ切り替わった事を確認する。
「射撃用精測データの入力開始」
 シンジはそう言って、ライフルのコンピュータに照準に必要な情報の入力を開始した。一撃で正確にコアの一点を貫くと言う今回の作戦目的から、データは膨大なものとなった。
 現在の射撃ポイントの正確な緯度、経度。目標である使徒の現在位置のそれ。陽電子ビームの軌道に影響を与える地球の磁場、重力の強度。箱根付近における地球の自転速度…
 射手にシンジが選ばれたのは、射撃訓練の成績もさる事ながら、こうした複雑なファクターを用いた計算を行う能力が優れているからだ。また、レイと初号機がダメージから完全に立ち直っていない事もある。
 データを入力し終えたシンジはそれをミサトに報告した。
「OK。全エネルギーをポジトロン・ライフルへ。撃鉄起こせ!」
 生成された陽電子が8の字型の加速ターレットへ送りこまれ、今まで陽電子生成に費やされていた膨大な電力が、今度はそれを加速する為に使われ始めた。ライフルのモードがエネルギー充填を表わす「火・実装」モードに移行する。その時だった。
「目標に超高エネルギー反応!」
 マヤが叫んだ。使徒の体を上下に分かつスリットが淡い輝きを発し、それが見る間に強くなって行く。
「気づかれた!?エネルギー充填急いで!!」
 ミサトが叫んだ。
「了解!充填完了まであと8…7…」
 青葉のカウントダウンがじれったいほど遅く感じられる。
「3…2…1…0!充填完了!ポジトロン・ライフル射撃準備良し!!」」
 ミサトが頭上に上げた手を振り下ろして叫んだ。
「撃て!」
 命令と同時にシンジはトリガーをひいた。ポジトロン・ライフルの先端から、青白色の陽電子ビームがほとばしる。使徒が薄紫色の荷電粒子ビームを放ったのは、それとほぼ同時だった。直進する二本のビームは、芦ノ湖上空で接近すると同時にお互いに干渉し合い、弾道が捻じ曲がる。
 二本のビームはまるで互いに噛み付かんとする蛇のように螺旋状に絡み合い、目標を大きく外して着弾した。陽電子の対消滅爆発と荷電粒子の熱爆発という二つの爆発が同時に発生し、莫大な電磁波と放射線が撒き散らされた。この電磁波・放射線と爆風のために全てのセンサーが麻痺する。
「外した…!!」
 苦々しく呟いたミサトだが、すぐに立ち直り命令する。
「第二射用意!エネルギー再充填!シンジ君、聞こえる!?」
 ミサトは辛うじてまだ繋がる有線電話の受話器を取って叫んだ。
『はい、ミサトさん』
 シンジの声が受話器の向こうから聞こえてきたが、まだ空中に残る電磁波の影響でがりがりと言う雑音が混じる。
「第二射用意よ。場所を移動して!」
 既に使徒に察知された最初の射点はもう役に立たない。ミサトは場所をあらかじめ決めてあった第二射点に変更するよう命じた。
『了解』
 零号機は伏射姿勢から立ちあがり、撃鉄をひいた。第一射で溶けて使い物にならなくなったヒューズが弾き出され、新しいヒューズが装填される。零号機はそのままライフルを両手で抱えると、思い切り良く山頂から飛び出した。山林をなぎ倒し、斜面を滑り降りて行く。引き摺られた冷却パイプやケーブルが土砂を巻き上げる。
「て、敵使徒、再びエネルギー反応上昇!第二射きます!」
「なんですって!?」
 青葉が蒼白な顔で叫び、それを聞いたミサトは顔を紅潮させた。
「こちらの第二射までは!?」
「あと20秒かかります!」
「なんて事…早過ぎるわ」
 シンジの零号機は、ようやく第二射点に着いたところだった。湖を挟んだその向こうでは、使徒が再びスリットに輝きを宿らせていた。その輝きが爆発的に膨れ上がり、零号機に向けて光の奔流が迸る。その光は、零号機の直前で壁にたたきつけられる水流のように四方八方へ飛び散った。
 初号機だった。間一髪、零号機の前に飛び降りた初号機は楯をかざし、一度は自分を屈服させた使徒の荷電粒子ビームに真っ向から対決を挑んでいた。
 それを見たシンジは、照準作業を続行しようとして、センサーが役に立たないことに気がついた。荷電粒子ビームが撒き散らす電磁干渉が、急造兵器であり野戦向きではないライフルのセンサーを混乱させているのだ。
「綾波さん…」
 シンジは呟くように言った。その声には、彼が初めて見せる焦りの色が含まれていた。

山頂 移動作戦指揮車

 一時は混乱した臨時司令所だったが、レイの戦闘加入と、楯が防御力を発揮している事で安堵の空気が広がっていた。楯がもつ間に充填を完了すれば、この作戦は成功だ。
 しかし、マヤの報告が全ての希望を打ち砕いた。
「使徒が…使徒のビームがさらに出力を上昇!このままでは楯がもちません!」
 さらに、日向も言う。
「荷電粒子ビームの電磁干渉で照準が困難になっています!」
 それを聞いたミサトは、初めて感情を露わにして、握り締めた拳を壁に叩きつけた。驚くオペレーター達の前でうめく様に呟く。
「私とした事が…奴の力を甘く見すぎていたわ…シンジ君…レイ…」
 常に冷徹な態度を崩さなかった彼女が、初めて見せた「弱さ」だった。目の前で、初号機の楯が融解し、余波が初号機を炙る様に焼いていく様がモニタに映し出されていた。その時、変化が起きた。

初号機 エントリープラグ

(熱い…熱い…熱い!)
 レイは全身をさいなむ、あの時と同じ苦痛と戦っていた。楯が半分以上溶け去り、開いた穴や亀裂から漏れるビームが初号機のあちこちに突き刺さる。
 だが、彼女はそこを動こうとはしなかった。
「負けるもんか…」
 自分に言い聞かせるようにレイは言う。
 逃げない。負けない。約束したから。シンジを守る。みんなを守る。
「負けるもんかあぁ―――っ!!」
 その瞬間、耐久力の限界に達した楯が崩壊した。押しとめられていたビームが一気に初号機を襲い……一瞬後に再び弾き飛ばされた。

山頂 移動作戦指揮車

「一体何が…!?」
 楯も無しにビームを弾き返した初号機に、日向が驚いたように叫ぶ。
「…!これは…!初号機がATフィールドを展開!」
 ミサトも見ていた。眩いビームの輝きの中に、一瞬オレンジ色の光が生まれたのを。やがてそのオレンジ色の輝きは勢いを増し、使徒のビームを押し戻した。ビームの勢いが衰え、細くなって行く。
「今よ!シンジ君!」
 ミサトは叫んだ。

山麓 第二射点

 ミサトに言われるまでもなかった。初号機がATフィールドを展開した直後から電磁障害も消失し、シンジは何かに取りつかれた様にデータを凄まじい勢いで打ち込んでいた。そして、使徒のビームが力尽きたその瞬間、シンジはトリガーを引き絞っていた。放たれた陽電子ビームは何の妨害も受けることなく、今度こそ使徒のコアを存分に貫いていた。
 ボーリング・ブレードが回転を停止し、次の瞬間活動を停止し浮遊能力を失った使徒の自重を支えきれずに、真中から一気に破断する。使徒は崩れ落ちるように落下し、幾つかのビルを押しつぶすようにして地面に叩きつけられた。そのままスリットから炎を噴き出し、やがて全身が業火に包まれる。それを見たNERV職員の間で歓声が爆発した。
 だが、シンジはそうした自らの攻撃の成果を見てはいなかった。ミサトが湧きかえる部下達を静止し、パイロット達の救出を命じたその時、彼女の目はモニタに釘付けとなった。
 シンジが外に飛び出し、初号機へ駆け寄っていた。

初号機 外観

「綾波さん…綾波さん…」
 シンジはそう祈るように呟く。使徒が倒れた後、力尽きるように停止した初号機に、シンジは走り寄った。初号機の装甲はあちこち溶け落ち、焼け焦げている。シンジは安全装置が働き、外部に露出したプラグを見つけ、そのハンドルに取りついた。
「うああああっ!?」
 耐熱構造のプラグスーツを通してさえ、耐え難い熱さがシンジの両手に伝わる。
「綾波さん…っ!」
 しかし、シンジはそう言うとハンドルを力任せにこじ開けた。もうもうと湯気が噴き出し、熱せられたLCLが地面に流れ出す。が、その温度はせいぜい熱めの風呂と言う程度だ。それでも、シンジはプラグの中に上半身を乗りこませ、ぐったりしているレイを引き摺り出した。
「綾波さん…!」
 その声が届いたのか、流れ込んだ涼しい空気に当たったためか、レイは目を覚まし、ゆっくりと顔を上げた。
「六分儀…君?」
 レイは言った。
「綾波さん…生きてた」
 シンジが言ったその言葉に、レイは微笑む。
「六分儀君が…助けてくれたのね?」
 シンジは頷いた。
「初号機が動かなくなったとき…体が勝手に動いてた」
 いったん言葉を切って、シンジは続ける。
「綾波さんは、僕の事を守るって言ってくれた。それを思ったら、勝手にそうしてたんだ…何も命令されていなかったのに」
 レイは微笑んだ。
「それって、何も変なことじゃないよ」
 レイは言った。
「使徒がビームを撃ったとき、凄く怖かったけど、でもやっぱり、わたしも勝手に体が動いてた」
「……」
「わたしも、六分儀君の言葉に動かされたの。他に何もないとか、死んでも替わりが要るとか…そんなのって、寂し過ぎるじゃない」
「…寂…しい?」
「そうだよ…お父さんも…みんなも悲しむよ。わたしだって…シンジ君はシンジ君だよ。替わりなんて…いないんだよ」
 レイは、初めてシンジの事を名前で呼んでいた。そうすることが自然だと思ったから。
「わからない…」
「え?」
 シンジが漏らしたその一言に、レイは怪訝な顔になった。
「綾波さんの言う事を聞いていると…心が浮き立つような気がする。わからない…僕は…こんな時、どんな顔をしたら良いんだろう」
 レイの脳裏に、ゲンドウと話していたシンジの姿が思い浮かぶ。
「そんな事ないよ。シンジ君も知ってる。こんな時は…」
 レイは言った。
「笑えば良いんだよ…」
「笑う…」
 シンジは目を閉じ、レイの言葉を反芻した。やがて、彼は目を開いてレイの顔を見つめ…
 微笑んだ。
(やっぱり…綺麗。でも…今のほうが)
 あのリフトの上の、生気のない人形のような姿より、ずっと似合っている、とレイは思った。そして、シンジに微笑み返した。レイは、きっとわたしは一生この光景を忘れないだろうと思った。そして、彼女だけでなく、二人が月光の下見つめ合い微笑む姿は、この死闘の夜の最後を飾る最高の光景として、永遠に関係者の胸に残る事になったのである。

次回予告

 迫り来る使徒に立ち向かうのはNERVだけではなかった。民間団体主導の名目のもと建造されたエヴァとは別の人型兵器。その披露目は、陰謀と策略、打算の渦巻く場と化した。果たしてどんな波乱がそれによって引き起こされる事になるのか…

次回、第七話「人の作りしもの」

あとがき

 第六話をお送りしました。この第六話はエヴァ全編を通じて最高傑作と噂されるだけに、あまりいじり様がありません。その分一つ一つのシーンの細かな書きこみに力を入れたつもりです。
 さて、次回は厳しかった第5使徒戦を勝ちぬいたチルドレンやミサトはちょっとお休み。ちょっと影の薄かったあの人達に頑張ってもらいます。
 では第七話でお会いしましょう。
2000年5月吉日 さたびー拝

さたびーさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

やはり、ここはさたぴーさんが言う様にエヴァ中の最高傑作エピソードだけに変えようがなかった様ですね。
でも、いつも思うのですが、さたぴーさんのSSは描写説明が詳しくてタメになりますねぇ〜〜。
ポジトロンライフルがそんな危険な代物だったとは知りませんでしたし・・・。
何よりも戦自研究所の屋根はそういう理由なのかと納得してしまいました。

それにしても、病室のレイですが、ここだけは原作とかなり違いますね。
だって、裸じゃないんだもん(笑)



<Back> <Menu> <Next>