2000年7月 第三新東京市


 汎用人型決戦兵器、エヴァンゲリオン初の実戦投入となる戦い――後に第一次直上会戦と呼ばれることになる戦いは静かにその幕を開けた。
既に日は暮れ、夜空を市街地のあちこちで燃え盛る炎が赤く染めている。その赤い照り返しの光に染まった第三新東京市に対峙するニ体の巨人。
 一体は、紫の甲冑を着込んだ鬼の様な姿をした、神の福音を意味する名を持つ存在、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン初号機。
 一体は、黒タイツを着込み、骨格を思わせるプロテクターを上に付けた首の無い巨人を思わせる姿をした、神の使いを意味する名前を持つ存在、使徒。
 ニ体は睨み合いをするかの如く双方とも動こうとはしない。
『いいわね。レイ』
「あっ!はい」
『最終安全装置解除、エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!!』
 鈍い音を立て、初号機をここまで運んできた高速リニア・リフトに取り付けられた最終安全装置―初号機の体を固定していた最後の縛めが、ミサトの号令によって今解き放たれた。
『説明の通り、エヴァはあなたの思考を読み取って動くわ。レイちゃん、まずは歩くことだけを考えて』
(歩く・・・。)
 マヤの説明に動揺なくレイは心の中で呟く。すると、レイの考えに応えて初号機は一歩前進した。その姿が発令所のモニターに映し出され、技術班を中心として歓声が湧いた。
「歩いた・・・文字通りの一歩前進だな」
 ゲンドウは自分の仕事に満足してか嬉しそうに言うが、すぐさま無表情ないつもの顔に戻る。
(ふふ…素直でない奴め)
 冬月は司令席でそんなゲンドウの振る舞いに苦笑する。だが、そうした喜びや余裕も一瞬のうちに失われる事となった。

「歩く・・・。」
 レイがそう呟き、更に一歩進めようとした時、シンクロ率の数値による僅かな反応の遅れから、初号機はバランスを失い前のめりに倒れそうになった。あわててビルに手をかけて転倒を防ごうとする。
「きゃっ・・・・・・」
 エントリープラグを満たすLCLはそのショックを吸収するが、レイはエヴァから自分の体にフィードバックされた感覚に小さな悲鳴をあげた。
『レイ、大丈夫?』
「はい、なんとか…」
 ミサトの声にレイはこたえ、バランスを立て直そうとするが、なかなかうまく行かずふらふらした足取りだ。
「レイ、前を見て!」
「えっ?きゃあっ!?」
 敵がそんな好機を見逃す筈もなく、レイが気づいた時には、既に使徒は目の前に迫っていた。
「あうっ…!」
 使徒は左腕で初号機の顔を掴み、宙吊りに持ち上げた。右腕はエヴァの左腕を掴み、力任せに引っ張る。そして、神経接続操縦を採用しているために初号機の左腕のダメージはそのままパイロットであるレイの左腕に伝わる。
「い、痛い、痛いっ!!」
『レイ!落ちつきなさい!あなたの腕じゃないのよ!!』
「で、でもっ!!」
「落ちついて!あせっては駄目よ!」
 ミサトは厳しい口調でレイを叱咤する。一方、ゲンドウは日向に向かって命じる。
「日向二尉、周辺の使えそうな兵装ビルに指示を出せ。レイが脱出するまで時間を稼ぐんだ」
「はいっ!!」
 続いて冬月も何かを思い出したのかマヤに尋ねた。
「伊吹二尉、エヴァの防御システムは?」
「フィールド反応ありません。無展開」
 その状況報告を聞いて一言。
「無差別攻撃のロケット弾なんかは使えんな。できるだけ精密攻撃向きのシステムを使いたまえ。管制は日向君に任せる」
「了解!」
 数秒後、周辺で稼働の始まっている防衛システムが攻撃を開始した。赤いレーザーが一瞬使徒の体に吸い込まれ、そこを焼く。これには使徒も多少何かを感じたのか、ビルに向けて光線を放った。一瞬で爆発し、倒壊する兵装ビル。
 その隙を突き、レイは空いている右手で使徒の顔面を殴りつけた。ショックで掴まれていた腕が外れ、レイは少し後退する。
「武器、武器とかはないんですか!?」
 レイが言うと、日向がそれに応えた。
「操縦桿の右についているKのボタンを押すんだ。肩から『プログ・ナイフ』が出てくる!」
 レイはその通りに操作すると、肩のカバーが開いて中からエヴァの体に比べればやや小ぶりのナイフが飛び出してきた。それを握り、レイは水平に構える。
「レイ、使徒の弱点は胸のコアと呼ばれる赤い球の部分よ。そこにナイフを叩きこみなさい」
 ミサトの指示が飛び、レイは「わかりました!」と答えると使徒に向かって駆け寄る。だが、それは1つの要素を忘れた動きだった。エヴァは接近戦しか出来ないが、使徒はそうではないのだ。使徒の顔に白い閃光が生まれ、それがエヴァの頭部を撃ちぬいた。
「きゃああああっ!?」
「レイちゃん!」
 発令所に響くレイの絶叫に加持は思わずモニターに駆け寄り、マヤは深刻な表情で報告した。
「頭部破損!右眼球部大破!」
「くっ、いかん」
 ゲンドウは唸るが、彼にも思いつく手がない。
「ああう…目が、目が…!」
 操縦席の上で、レイは右目を抑え苦悶の表情で「目が」と呟きつづける。パイロットの思考と反応がそのまま動きになるシンクロ・システムの短所が今まさにレイをさいなんでいた。隙だらけのエヴァに使徒は接近すると、手に光の剣のようなものを作りだし、立て続けの連打を浴びせる。
「ああっ!くうっ!」
 右目の耐えがたい激痛にこらえながらも、レイは必死にその攻撃を防御しつづけたが、ついに一撃がエヴァの腹部を捉え、背中まで突き抜ける。使徒の光の剣が消失すると、そこから血のような真っ赤な液体が噴出し、エヴァは力なくビルにもたれかかった。壁面に残る血の跡。
 発令所ではあらゆるモニターに「EMERGENCY」の文字が踊っていた。
「頭部、腹部とも破損度危険っ!!
「制御神経が次々断線していきますっ!!」
「パイロット、反応ありませんっ!!!」
 絶望的な報告が次々と入ってくる。
「レイちゃんっ!!!」
 加持が叫ぶ。しかし、それに答える少女の声は聞こえなかった。

「きゃっ!?」
 自分自身の悲鳴に驚いて、レイは目を覚ました。ゆっくり起きあがると、背中が気持ちの悪い汗でじっとりと濡れている事に気がついた。
「夢・・・?」
 そう呟くが、そこが松代の義父夫婦の家ではなく、病院のような場所らしい事に気がつき、辺りを見まわした。視界が狭い。右目に手をやってみると、そこが包帯で覆われている事がわかった。
「夢じゃないんだ…みんな、現実…」
 そう呟き、仰向けになる。目に入るのは、真っ白な天井だけ。
「・・・知らない天井だわ」

新世紀エヴァンゲリオン REPLACE

第弐話「見知らぬ、天井」


同時刻 第一次直上会戦跡地

 投光器の明かりが辺りを照らし出す中、大型クレーン車を使ってエヴァ初号機の回収作業が進められていた。町並みは一見戦闘前とあまり変わらないように見える。
 しかし、ビルの窓はほとんどが割れ砕け、ビルの壁面や地面は強力な熱線を照射されたように焦げて黒ずんでいる。「危険・立入禁止」の立て看板とロープで囲われた戦場跡で、夜を徹しての作業は続けられていた。

同時刻 NERV本部 特別会議室

 NERV本部の特別会議室。幹部級の会談に使われるという部屋だが、一応幹部と呼べる加持やミサトもここへ入った事はない。その部屋に今、7人の男達が集まって会議をしている。
 出席者は冬月とそばに立つゲンドウ、そして様々な人種の男達。特徴ある視力補正用のバイザーをした人物が議題を進め、対面に冬月が座っている。
 あえて明かりが落とされ、暗くした部屋の中で冬月は上からそこだけついているライトに照らされているのに対し、席についた男達は逆に光を下から浴びている為、不気味な雰囲気が漂っている。
「使徒再来か・・・。あまりに唐突だな」
「15年前と同じだよ。災いは何の前ぶれもなく訪れるものだ」
「幸いとも言える。我々の先行投資が、無駄にならなかった点においてはな」
「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」
「さよう。いまや周知の事実となってしまった。使徒の処置。情報操作。NERVの運用は全て適切かつ迅速に処理して貰わんと困るよ」
「その件に関しては既に対処済みです。ご安心を」
 冬月は冷静な声で答えた。

同時刻 NERV本部 士官室

『昨日の特別非常宣言に関して政府の発表が今朝、第二新東京市の―』
 ミサトはリモコンのボタンを押した。
『今回の事件は反国連派諸国軍残党によるテロ攻撃と――』
TVのチャンネルを次々と変えるがどこも昨日の非常事態宣言の政府発表が放送されている。
「発表はシナリオB−22か。まあ、妥当な線ね」
 ミサトは手にしていた紙コップの中身―ちなみにスポーツドリンク―を一気に飲み干し、ダストシュートに投げ入れた。
「広報部は喜んでいたぜ。やっと仕事ができた、ってな」
 後ろで、こちらはコーヒーを飲んでいた加持が言った。
「どこまで誤魔化せるかしらね」
「誰も見た奴がいなければ、いつまでだって誤魔化せるさ」
「それが貴方の仕事でしょ」
ミサトは冷たい口調で言うと、リモコンをテーブルの上に置き部屋を出ていった。
 加持は苦笑し、コップを投げ捨てるとテレビをつけた。チャンネルには今回の事件に対する国連総長の談話がテロップつきで流されていた。反国連諸国軍残党のテロリズムを声高に非難している。全てが偽りだらけのコメント。
「好きじゃないけどな…高圧的な押し付けって言うのは」
 13年前、今日の発表に真実味を与える根拠となった戦争も、やはり一方の一方に対する高圧的な押し付けから始まった。加持はその事を知っていた。

NERV本部 特別会議室

「ま、その通りだな・・・。しかし、冬月君。ネルフとエヴァはもう少し上手く使えんのかね」
「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した初号機の修理代。国が一つ傾くよ。街の被害が最小限でくいとめられたのが不幸中の幸いではあったが」
「聞けばあのおもちゃは君の姪にあたえたそうではないか」
「正確には姪の娘、ですがね、まあ孫のようなものです」
 冬月はやんわりと訂正し、ふとゲンドウの方を見た。彼は相変わらずの無表情でそのやり取りを聞いている。
「そんな些細な事はどうでも良い。人、時間、そして金。幾ら使えば気が済むのかね」
「それに君の任務はそれだけではあるまい。人類補完計画。これこそが、君の急務だぞ」
「さよう。その計画こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ。…我々のね。」
「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」
議題を進行する責任者らしきバイザーの男が意見をまとめ冬月に言う。
「では、あとは『委員会』の仕事だ」
「冬月君、ご苦労だったな」
鈍く響く音と共に四人の姿が突然消える。ホログラフだったのだ。
「冬月・・・。後戻りはできんぞ」
一人残ったバイザーの男がそう言い残し鈍く響く音と共に消える。
「ふん、嫌味な奴等だ。人類補完計画とやらが自分達の至上目的ならば予算などいくらでも都合がつくというものだろうが」
 ゲンドウが吐き捨てるように言う。
「六分儀、大声でそのようなこと言うのはいろいろとまずいぞ?」
「御安心を。この部屋の『掃除』は加持君の手で徹底的に済ませています」
 掃除。盗聴機器の排除を意味する暗語である。
「そうか」
 冬月はニヤリと笑った。この腹心が盗聴器の前で失言をするはずがない、と言う事を見越しての笑いだ。ゲンドウもつられて笑った。
「まあ、ああした連中であれば我々も仕事がしやすくなります」
「うむ」
 2人は会議室を後にした。

病院

 レイは病院の廊下に立ち、窓の外を見ていた。外からはセミの鳴き声がかすかに聞こえてくる。
 ガシャン!!
 ドアの開く音が響き、その音のほうを振り向くレイ。
 そこにはケイジで出会った、あの黒髪の少年――シンジがストレッチャーに乗せられている。ベッドのネームプレートには「六分儀シンジ」とあった。
「あなたは…」
 彼は何も答えず、無表情にレイを見ていた。

第3新東京市 中央大通り100メートル道路

 会議を終えたゲンドウはミサトと合流し、回収作業の指揮をとるため指揮通信車に乗って現場へと向かっていた。
「はい…はい…そうですか。わかりました。よろしくお願いします」
 携帯電話を切るミサト。
「レイが意識を取り戻したそうです」
「そうか」
 ゲンドウは相変わらずの無表情だが、その顔にはかすかに安堵の気配があった。その優しげな雰囲気にミサトも微笑む。
「で、容体はどうなのだ?」
「外傷は無しで、心配された目や腹部、左腕にも異常はなかったそうです。ただ、若干記憶に混乱が見られるそうですが・・・。」
「まさか、精神汚染か?いや、それはないな…」
「仰る通り、その心配はないそうです」
「…そうか。無理もないな。脳神経にかなりの負担がかかったのだからな」
「ええ」
「君にも苦労をかけるな」
 ゲンドウがミサトの労を労うと、ミサトはそれまでの冷静な表情に綻びを見せ、まるで父に褒められた娘のような表情を浮かべて言った。
「ありがとうございます、先生…」
「その呼び方はやめたまえ。まだ公務中だぞ」
「はい、副司令」

第3新東京市 中央総合病院

 レイの意識が回復したという報せを受け、加持は病院を訪れた。昨日の戦闘は死者こそ出なかったものの、シェルターへの至近弾や倒壊したビルの破片などでかなりの負傷者が出ていた。
ロビーは診察待ちの軽傷者や見舞い客でごった返している。加持がその人並みを抜けて受付で用件を告げると、直ぐに病室に通される事になった。この病院はNERVがかなりの出資をして設立されている。NERV職員には優先に空きベッドや順番が与えられていた。
 病室の中のレイは、包帯こそ取れていないものの比較的元気そうだった。
「あ、加持さん…お仕事の方は良いんですか?」
 レイが言うと、加持は「いいから、いいから」と答えになっていない返事をして、パイプ椅子に腰をかけた。
「食事制限とかは無いのかい?一応、フルーツを買ってきたんだが…」
 加持がお見舞いの定番品である盛り合わせのフルーツバスケットをサイドテーブルに置くと、レイは少し困ったような顔をした。
「どう…なんでしょう。そういうのはぜんぜん聞いてないんですけど」
「そっか、まあ、言われない様なら大した事じゃないな」
 そう言って、加持はバスケットの中からリンゴを取り出し、備え付けのナイフで器用に剥き始めた。
「体の方はどうだい?」
 加持が尋ねると、レイは少し考え込んで答えた。
「えっと…大丈夫、だと思います…まだあちこち痛いですけど…」
「そうか…リンゴ食べるかい?」
「あ、はい。頂きます」
 そう言ってリンゴを食べようとしたレイだが、わき腹に痛みを感じて飲み込む事が出来ない。
「くうっ……」
 お腹を抱えてうずくまるレイに、加持は謝った。
「す、すまない。先生か看護婦さんを呼ぼうか?」
「いえ…もう収まりました」
 そう言って、笑おうとするが、それがまた体のどこかに響くらしいレイの引きつった笑顔に、加持は申し訳無さを感じた。
(こんな子供を戦わせるなんてな…業が深いぜ…)
 
同時刻 第三新東京市第6区兵装ビル装備現場

 兵装ビル。エヴァとともにこの街を守る自動要塞群は今だ建造の途上にあるものが大半だった。エヴァの回収現場で簡単な打ち合わせを終えたゲンドウとミサトは、その足で兵装ビルへの武装積み込み作業の監督にきていた。
「短距離対空ミサイル、レイピア3のランチャーは既に配備済みです」
「レーザー自動砲座もほぼ配線完了、この地区は3日以内に100パーセントの完働状態へ持っていけそうです」
 現場監督を務める技師の報告に、いくつかのチェックを入れ、それについても問題無い事がわかるとゲンドウは満足げに頷いた。
「良いペースだ。この状態でこの街が完全になり、エヴァと共同作戦を取れるようになれば、いけるかも知れんな」
 そんなゲンドウをミサトがたしなめる。その顔からはさっきの少女のような無邪気さは消え、プロの戦術家としての表情を覗かせていた。
「お言葉ですが副司令、楽観は禁物です。全市の完全整備まであと一月、その間に使徒の最来襲がないとも限らないのですから」
「うむ…そうだな。現場には苦労をかけるが、もう少し作業を急がせよう。昨日のような手段は…二度と使いたくないからな…」
「はい…あれが作戦の外道である事は承知の上です」
「いいのだ。昨日の段階では仕方がなかった」
「そう言っていただければ幸いです」

昨夜 第一次直上会戦

「レイ!」
「レイちゃん!?」
 兵装ビルに寄りかかるようにして倒れ、微動だにしない初号機。周囲の地面に血のような液体がじわじわと広がって行く。
「パイロットの生命反応は!?」
 ゲンドウが叫ぶ。
「モニター出来ません!監視システム破損!」
「くそ、プラグスーツがあれば…!」
 冬月が珍しく冷静さを失った声でうめいた。エヴァのパイロットにはシンクロを補助し、なおかつ生命維持装置も兼ねる特殊な服――プラグスーツが支給される。
それがあればもう少しまともな支援体勢が整えられるのだが、プラグスーツはパイロット個々人の体型や体質に合わせた特注品であり、当然レイの分はまだ作られていない。
「伊吹二尉、エヴァの機能復活を、日向二尉は近隣の稼動全武装システムを挙げて支援を。青葉二尉はパイロットとの回線復活に、それぞれ全力を尽くしなさい」
 一人氷のように冷静さを保つミサトは3人のオペレーターに指示を下し、スクリーンの中のエヴァを見つめる。その向こうには、勝ち誇ったように悠然とたたずむ使徒。その顔面に光が生まれる。
「第七区交差点、装甲板ジャッキアップ!」
「は、はいっ!」
 ミサトの指示に、日向が慌ててキーボードを叩く。使徒とエヴァの中間点にある交差点から装甲板が立ちあがるのと、使徒が光線を放つのはほぼ同時だった。エヴァを守って爆炎の中に装甲板が倒壊して行く。
「パイロットモニタリングシステム、予備に切り替わります…モニタ回復!パイロット…失神中です!」
 マヤが報告すると同時に、青葉も通信回線の回復を終えていた。
「レイちゃん!こっちの声が聞こえるか!?返事をしろ、レイちゃん!」
 青葉が必死に呼びかけるが、応答はまったくなく、プラグ内部の映像も回復しない。その間に使徒は数度の攻撃を放ち、同じ数の装甲板が爆砕されていた。
「くそ、予備がもう無い!」
 日向が絶望の叫びを上げた時、使徒が再び光線を放った。それはもはや遮るものもなく、初号機を直撃する。
「駄目なのか!?」
 加持が叫んだその時、今まで危険を示す赤いサインが示されていたエヴァの外部モニタリングシステムのランプが全て青に変わっている事に、発令所の人々は気がついた。
「な、何だあれは…」
 日向がディスプレイを指差して言った。使徒の放つ光線がガラスに当たったホースの水のように、エヴァの前で遮られ、四方八方に光のしぶきを散らす。
「来たわね…」
 ミサトは微かに笑う。
「え、エヴァ、再起動…」
 呆然と呟く様に報告するマヤ。
「こ、これは…エヴァがATフィールドを展開しています!」
 続いて、青葉が信じられないというように叫んだ。
「――勝ったわ」
 ミサトは今度こそはっきりと声に出して笑い、加持はそんな同僚の姿を非難するような、あるいは逆に賞賛しているかのような、複雑な表情で見つめていた。

三日後 中央総合病院

「はい、大人しくしててね…」
 担当医の、恰幅の良い女医が、レイの頭部に巻かれた包帯を除けていく。最後に右目に当てられたパッチを取ると、そこには彼女の綺麗な黒い瞳と、傷一つ無い肌があった。
「うん、大丈夫ね。体の方は異常無し。いつでも退院できますよ、綾波さん」
「ありがとうございます、先生」
 レイは女医に頭を下げた。三日間で体の痛みはすっかり取れ、普通に動けるようになっていた。
「どうも、お世話をかけました、先生」
 付き添いの加持も礼を言う。
「まあ、ちょっと疲労が残っているようだし、お父さんの方も気をつけてあげてくださいね」
「お、お父さん!?」
 その女医の一言に固まる加持。
「では、お大事に」
 その一言に送られ、レイと加持は診察室を後にした。
「せめてお兄さんって言って欲しかったなあ…とほほ」
 ぼやく加持を、レイはくすくす笑いながら見ていた。 
 退院手続きを済ませ、地下の駐車場までエレベーターで降りてきた時、そこには2人の人物がいた。
 冬月とミサトである。
「レイ、からだの方はもう大丈夫なのか?」
 冬月が驚いたように言った。
「はい、もう大丈夫です。おじ様」
 レイが微笑んで言うと、冬月も安心したような笑みを浮かべて、そうか、それは良かった、と繰り返した。が、ふと困った様に両手に抱えた荷物を見る。
「ふむ…すると、これはどうしたものかな」
 その荷物とは、大きな花束とケーキの箱だった。
「おじ様…ひょっとしてお見舞いに来てくれたんですか?」
 レイが言うと、冬月は頷いた。
「ああ、本当はすぐにでも来たかったのだが、手放せない仕事があまりにも多くてな…今日は六分儀君が雑務を代わってくれるというので、つい言葉に甘えてしまった」
 冬月は決まりが悪そうな顔をした。すると、加持が笑いながら言った。
「司令、この病院にもラウンジくらいありますから、そちらで話すことにしましょう」
「うむ、そうだな。葛城君はどうする?」
冬月が尋ねると、ミサトは首を横に振った。
「いえ、私はシンジ君の見舞いがありますので…失礼します」
 そう言ってミサトはエレベーターの方へ向かいかけたが、ふと立ち止まり、レイの方を向いた。
「レイ」
「え?は、はいっ!」
「良くやってくれたわ。ありがとう」
 ミサトからの思いがけない感謝の言葉にレイが戸惑っていると、それに構わず、今度こそミサトはエレベーターの中に消えた。
「なんだか、不思議な人ですね、葛城さんって…この間はとても怖い人だと思ったのに」
 そうレイが言うと、加持は苦笑して答えた。
「葛城も普段からピリピリしているわけじゃあないんだ。仕事には妥協や容赦の無い性格だから怖い印象を持たれているが…嫌わないでやってくれ」
 レイはその言葉に頷いたが、冬月は複雑な表情をしていた。

病院ラウンジ

 席についた冬月は、まず机に手をついてレイに頭を下げる事から話を始めた。
「済まない、レイ。わしを許してくれ」
 この冬月の行動に、レイは驚いて声も出ない。
「本当なら、我々のやっていることについて、もっと長い時間をかけてゆっくりと説明をし、その上でおまえの同意を得るべきだった。それが出来ず、あまつさえレイに大きな危険を背負わせてしまった事を許して欲しい」
 この冬月の謝罪を聞いて、レイは慌てて冬月の手を取った。
「やめて、おじ様。わたしのことなら気にしていないから」
 冬月の節くれだった手を握り締め、レイは言葉を続ける。
「だって、あれはわたしと…あのシンジ君って言う男の子しか乗れないものなんでしょう?だったら、結局は乗るしかなかったんだと思うし…」
「れ、レイ…」
「それに、ちょっと…嬉しいかな」
 レイは微笑んだ。
「だって、世界を守るロボットのパイロットなんて…かっこいいじゃない?」
 そういたずらっぽく言いながら、レイの手がわずかに震えているのを加持は見た。人に気を使わせないための、精一杯の強がり。
(優しい娘だな。人に優しくあろうとするばかりに、自分が傷つく事を厭わない。それは、ある意味では強さでもある、が…)
 加持が物思いにふける横で、微笑むレイの顔を見ながら、冬月は「ありがとう。ありがとう、レイ…」と繰り返していた。

NEON GENESIS EVANGERION
OTHERSIDE STORY "REPLACE"

EPISODE:02 Act on instinct

「加持さんといっしょに…ですか!?」
 レイは素っ頓狂な声をあげた。同時に、ラウンジ中の視線を集めてしまった事に気がつき、赤面してうつむく。
「ああ、一応わしの家ではあるんだが、わしは滅多に帰ってこんからな。加持君は、まあ、管理人のようなものだ」
 冬月はこの街でのレイの落ち着き先を告げた後、おもむろに加持と同居することになるというN2兵器並みの爆弾発言を行った。
「で、でも…男の人と一緒に住むなんて」
 レイが赤い顔で一応の抵抗を試みる。
「レイちゃぁ〜ん、俺ってそんなに信用無いのかい?」
 加持がことさら大げさに嘆いて見せると、レイは慌てて「そんな事は無いです」と言った。その反応に加持は思わず苦笑する。
「それに、これはレイの身を守るためでもあるのだ」
 冬月は話を続けた。
「NERVは非公開組織とは言え、国連の下部組織だ。おまえも知っているとは思うが…国連は必ずしも万人に支持されている存在ではない」
 冬月の言う事は事実だった。セカンドインパクト後の混乱を収めるため、国連とそれを支持した日本はかなり高圧的な態度で世界各地に介入した。
 それが元で両者はあちこちから恨みを買っており、国連、日本政府要人や組織に対する脅迫、テロは跡を絶たない。その極めつけが12年前の一週間戦争だが、その詳細は後に譲る。
「NERVも、そうした反国連主義者たちのターゲットになるかもしれん。そうなった時に、保安部長の加持君がレイのそばにいれば、これほど心強い事は無いからな…」
「う〜ん…」
 レイは可愛らしく唸った。自分が護衛をつけられなければならない程の重要人物になってしまった、ということにいまいち実感が持てないらしい。
「どっちみち、14歳の女の子を一人暮しさせるわけにも行くまい?」
「…そうですよね。考えてみれば、おじ様のところに住むつもりだったんだし。お兄さんが増えた、と思えば」
 女医の一言にダメージを受けていた加持の姿を思い出してレイがくすっと笑うと、加持も釣られて笑い、レイに手を差し出した。
「ははは…よろしくな、レイちゃん」
「はい、加持さん」
 レイは差し出された加持の手を、今度はしっかりと握りしめた。
「うむ、では、レイをよろしくな、加持君」
「了解しました、司令」
 加持はスマートに敬礼を決めて見せた。冬月は答礼し、レイに向き直った。
「今晩は戻れそうも無いが、たまには帰るし、NERVではしょっちゅう顔を合わせる事もある。携帯の番号を教えておくから、何かあったら電話しなさい」
「はい、おじ様」
「では、また、な…」
 冬月は立ち去り、後にはレイと加持の二人が残された。
「さて…レイちゃんの為にも今日はパッとやらなきゃな」
 その言葉に、レイはきょとんとする。
「パッとって…何をですか?」
「歓迎会だよ、歓迎会。君のね」
 そう言って加持はウィンクした。

第三新東京市郊外のスーパー

 加持がレイを連れてやってきたのは、郊外の大きなスーパーだった。ショッピングカートを借り出した加持は、レイに好物などを聞き出しながら手早く食材や飲物をカートに放り込んで行く。
「レイちゃんって、肉気のものは苦手なのかい?」
 好き嫌いをたずねた加持が言う。
「ええ…何でかは分からないんですけど、駄目なんです。見るのも、匂いをかぐのも大丈夫なんですけど、口に入れるのだけは…」
「ふうん…駄目だぜ、好き嫌いは。大きくなれないぞ」
 小さい子供を諭すような加持の言い方に、ぷうっとふくれるレイ。
「う…でも、牛乳とかは毎日飲んでるんですよ」
「それにしちゃあ…」
 何かを言いかけて、口篭もる加持。咄嗟に視線をそらすが、レイは今まで加持が視線を注いでいた自分の胸――同年代の他の少女よりあきらかに発育が遅い――に目をやり、ぼそっと言った。
「…加持さんの、えっち」
「…ごめん…」
 そのちょっと気まずい雰囲気のまま二人がレジへやってきた時、買い物よりもお喋りの方に熱中している中年の女性二人が横を行きすぎた。
「やっぱり引っ越されますの?」
「ええ…。まさか本当にここが戦場になるなんて思ってもみませんでしたから」
「ですよね。うちも、主人が子供とあたしだけでも疎開しろって…」
「疎開ね…。いくら要塞都市だからと言ったって、何一つあてに出来ませんものね」
「昨日の事件。思い出しただけでもゾッとしますわ…」
 その会話を聞いたレイの顔が、暗く沈んだ。清算をしながらそのレイの顔を見ていた加持は、支払いを済ませるとレイの肩を叩いた。
「帰る前に、軽くドライブでもしないか?」
「え?でも…」
 とてもそんな気分じゃない、と言いたげなレイに、加持は真剣な表情をつくって言った。
「レイちゃんに見せたいものがあるんだ。とても大事なものがね」
「大事な…もの?」

金時神社

 第三新東京市を一望できる、矢倉沢峠の中腹にある金時神社の境内。加持がレイを連れてきたのは、神社の石段の最上部だった。
夕日が箱根山の方へ沈んで行き、その光を浴びた芦ノ湖の湖面が金色に輝いている。上から見下ろす第三新東京市は、のっぺりとして変化に乏しい街並みだった。
「…なんだか、さみしい街ですね」
 レイが言うと、加持は腕時計を見て言った。
「そろそろ、かな。良く見ていてごらん」
 その時、サイレンの音が低く街の方から響いてきた。同時に、街の中心部にある広場のハッチが開き、そこからせり上がってきた高層ビルが次々に天に向かってそびえたった。
「すごい…ビルが生えて来る」
 目の前に忽然と現われた都市の威容に息を呑むレイに、加持は生えて来るは良い表現だね、と言って続けた。
「ここが対使徒迎撃要塞都市、第三新東京市。俺達が住む街。そして…君が守った街だよ」
「わたしが…守った街」
「確かにパーフェクトな戦いじゃ無かったかもしれない。でも、君も俺もベストを尽くした、はずだ。それは…誇りにして良い」
「加持さん…」
「さて…せっかく神社に来たんだ。お参りして行くか。君の武運長久を祈って、ね」
「…はいっ!」
 二人は神社の本殿に向かった。沈む夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。

NERV上級職員用官舎

「冬月コウゾウ 加持リョウジ」の表札がかけられた家の印象は、良い意味でレイの予想を裏切った。
 綺麗だったのだ。
 几帳面な性格の冬月に加え、加持も身なりは少しだらしないが、身の回りはきちんとしているらしく、家の中はこざっぱりと片付いていた。
「さ、上がって、レイちゃん」
 先に入った加持が手招きすると、レイは「お邪魔します」と言って家に上がろうとした。その鼻先に、加持の大きな手が突き付けられる。
「?」
 びっくりして立ち止まったレイに、加持は軽く微笑んで言った。
「他人行儀は無しだよ、レイちゃん。ここは、今日から君の家なんだから」
「えっ…じゃ、じゃあ…」
 レイは一瞬くちごもり、それからおずおずと言った。
「た、ただいま…?」
「もっと元気良く」
「た、ただいまっ!」
「お帰り、レイちゃん」
 加持は笑ってレイの手を取った。そんな他愛の無いやり取りが、レイには…
 とても、暖かく感じられた。
「ただいま…」
 レイはもう一度呟き、それから靴を脱いで家に上がった。

「どうかな、味のほうは」
 歓迎会と称して開かれた、二人だけの夕食会。
(お、美味しい…)
 加持が腕を振るって作った料理の、最初の一口でレイは固まった。その味たるやプロ級と言っても過言ではなかったのだ。
「…ひょっとして、口に合わない?」
 心配そうに尋ねる加持に、レイは慌ててクビをぷるぷると横に振った。
「そんな事無いです。とても、美味しいです!」
「そっか、そりゃ良かった」
 加持は笑うとビールを口に運んだ。もくもくと料理を口に運ぶレイを、微笑ましげに見つめる。
こうして、レイの新居における第一日は過ぎて行った。

NERV本部

 発令所から更に奥深くの大深度に、その空間はあった。明かりはわずかな非常灯を残して消え、微かなオレンジ色の光がそれを照らし出している。下半身を空気に触れて固まる特殊なプラスチック――硬化ベークライトに固められ、壁に拳を打ちつけたその体勢のままに微動だにしない巨人。
 NERV本部にあるもう1機のエヴァ、零号機である。その動きを封じる為にエントリーコネクターに十字架のような停止信号プラグを打ち込まれたその姿は、磔にされた罪人とも、力尽きた戦士とも思えた。
 その零号機を見下ろす位置の管制室――今は機能を停止し、閉鎖されている――に二つの人影があった。
「子供達の様子はどうだった?」
 尋ねたのは、ゲンドウだった。
「シンジ君の経過は順調です。あと二週間もあれば動けるようになると、主治医の先生が」
 答えたのは、ミサトである。
「レイは退院しました。冬月司令の家に住むと言うことです」
「護衛は?」
「加持保安部長を」
 ミサトの答えはゲンドウを満足させたらしく、彼はこの暗さでも決して外す事の無いサングラスを押し上げて言った。
「ちょうど良いな。零号機の凍結解除申請はすでに『委員会』に提出済み。シンジの退院の頃には動かせるはずだ」
「実際には再訓練の手間などを考えると、実戦投入までは一月はかかると見られます」
「実戦…か」
 ミサトの答えに、ゲンドウは呟く。
「そして、我々はそれを見ているだけだ。未来を背負うべき子供達を戦わせて」
「人類が生き残る為です。彼らの意思がどこにあろうと、我々にはそうするしかありませんから」
「罪深い事だな…」
 ゲンドウは呟き、三日前の凄絶な死闘に思いを馳せた。

三日前 夜半 第一次直上会戦

 突如再起動し、使徒が展開してきたのと同質の防御手段――ATフィールドにより攻撃を防いだエヴァ初号機。
 その体が、まるで幽鬼のようなゆらりとした動きで立ちあがった。使徒が再び光線を放つ。すると、エヴァは腕を伸ばし、再びATフィールドを発生させてその一撃を防いだ。
 そのエヴァの巨体が、一瞬宙を舞った。距離を詰め、拳で使徒を殴りつける。さっきは触れる事さえ出来なかった使徒への痛烈な一撃。たまらず揺らいだ使徒に、猛烈な連打を浴びせる。殴り、蹴飛ばす。
「す、凄い!」
 巨体の繰り出す怒涛の攻撃に、発令所の要員達が目を剥く。
「なんだあれは、まさか、暴走なのか!?」
 叫ぶ青葉。
「わからないわ!シンクロ率モニター不能!そんな…動けるはずが無いのに」
 マヤも理解を超えた事態に戸惑いの色を隠せない。
 そうした中で、冬月、ゲンドウ、ミサト、そして加持は落ちついた態度で戦いを見守っていた。しかし、その表面に現われた態度は少しづつ異なっている。
 冬月は沈痛な表情だ。加持は困惑している。ゲンドウは超然としていた。そして、ミサト一人が楽しげに見ている。ゲンドウが一言呟く。
「バックアップ・システム…これがミサトの作戦なのか…?」
 バックアップ・システム。パイロットが気絶するなどの緊急時に、操縦を一時的に代行するシステムだ。理想は完全な無人操縦だが、現在のシステムではパイロットの体も回路の一部として使うため、パイロットが乗る事が必要となる。
 戦闘経験の無いパイロットで戦う事を強いられたミサトの作戦とは、バックアップ・システムを利用し、意図的な暴走状態を発生させることだった。レイのシンクロ率が戦闘可能な数値だった事も、ミサトにこの作戦を決断させた。
 やがて、初号機が大技を繰り出すのか距離を取った瞬間に、使徒の前に八角形に輝くオレンジ色の光の壁が出現した。
「ATフィールド!今までになく強力です!」
 青葉が叫んだ。その壁に、初号機の繰り出した拳がぶつかり、凄まじい火花を散らした。
 次の瞬間、信じがたい出来事が起きた。いかなる攻撃も貫く事の出来なかったその壁を、ゆっくりと、しかし着実に拳が貫いていく。
「初号機もフィールド展開!これは…初号機のフィールドが使徒のそれを侵食しています!」
 まず右手、次いで左手が使徒のフィールドを完全に貫き、その両腕を取った瞬間に使徒の前に展開していた光の壁が崩壊した。
 そこへ、エヴァの放った強烈な蹴りが叩きこまれる。その衝撃に、使徒の腕は手首の部分からちぎれ、紫色の体液があたりに飛び散った。
初号機のキックは、使徒の弱点――胸の赤いコアに突き刺さっていた。ひびが広がり、力を失った使徒の巨体は、先ほどのエヴァを鏡に写したかのようによろめき、ビルに倒れこんだ。
「目標…完全に、沈黙しました」
 日向が虚脱した表情で報告する。
「…!エヴァのモニタリングシステム、完全回復!シンクロ率、32.1パーセントで安定。ハーモニクス、全て正常位置。…暴走はありません!」
「パイロットの生存、確認が取れました!」
 マヤと青葉が喜びの声を上げると同時に、エントリープラグ内の映像が回復した。
「う…ここ、は…?」
 スピーカーから流れるレイの声。発令所に歓声が爆発した。
「レイちゃん!」
「良かった!生きてて…!」
 画面の中のレイは意識がはっきりしないらしく、何度も首を振って気を落ちつけようとしていたが、その仕草がなんとも可愛らしく、みんなの笑いを誘った。
「やれやれ…一時はどうなるかと思ったぜ」
 加持がそう言って腰を下ろした。その時だった。
「…も、目標にエネルギー反応!巨大です!」
 青葉の報告が歓喜を一瞬で消し飛ばした。使徒が体を丸め、宙に浮いている。その胸のひびの入ったコアが、不吉に明滅を繰り返していた。
「あ、あれは…いかん、自爆する気だっ!」
 ゲンドウが叫んだ。その声が合図になったかのように、使徒がエヴァに向かって突っ込んで行く。
「レイちゃん、逃げるんだ!」
 青葉が叫ぶ。その時、ようやく意識のはっきりしてきたレイだったが、その声に反応して前を見た瞬間、異様な姿に変化した使徒の特攻をまともに目撃した。
「え?ええっ!?いや、いやっ!来ないでっ!」
 パニックになったレイが叫び、エヴァが彼女の思考に反応して手足をばたつかせる。だが、その動きは鈍い。シンクロ率が低下している為だ。絶体絶命のピンチ。
 その時、何かを思いついたミサトが叫んだ。
「日向君!五番リフト発射!急いでっ!」
「は、はいっ!」
 命令に反射的に従った日向が、何も乗っていないリフトを発射させる。
「緊急展開速度、ノーブレーキ!」
 ミサトがさらに命令を下す。その命令に従い、リニアモーターを全開にして時速七百キロ近い速度で駆け上るリフト。そのリフトが、まさに初号機に掴みかかろうとしていた使徒を、大地神が巨腕を唸らせて振るったアッパーカットのように下から突き上げた。
 リフトは勢いでストッパーを引き千切り、数百メートルも飛び、大音響と共に地面に落下する。そして、使徒は上空高く舞い上げられ…そして、目もくらむような閃光と共に大爆発を起こした。
 熱線がビルに降り注ぎ、可燃物を発火させ火事を起こす。しかし、次の瞬間空気そのものを押しのける勢いで広がった衝撃波と爆風がそれをなぎ払い、瞬時に鎮火させた。
 爆発の余韻が収まったとき、そこには黒く焦げた街並みと、片膝をつく恰好で掴座しているエヴァの姿があった。
 静かだった。
 誰一人、声も立てずにその光景を見守っていた。
 その静寂を破って、発令所に響き渡る声があった。
「ご報告します。本日1947時、エヴァンゲリオン初号機を持って使徒と交戦、これを殲滅――」
 声の主、ミサトはいったん言葉を切り、そして、力強く言った。
「任務、完了しました」

冬月邸・夜

 レイはうなされていた。使徒に勝ったとは聞かされていたが、まるで実感が無かった。何しろ、彼女自身は戦っていないのだから。
 ただ、怖かった事だけを覚えていた。使徒に腕をねじあげられ、眼やお腹に受けたあの痛みを。昼間、人がそばにいればそれを忘れていられる。でも、一人で天井を見上げていると、恐怖がよみがえってくるのだ。
 逃げたかった。でも、逃げられなかった。自分にしかできないことを知ってしまったから。果たせない使命を知ってしまったから…
 寝つけずに何回目かの寝返りをレイがうったとき、部屋の外から声がした。
「眠れないのかい?レイちゃん」
 加持の声だった。レイは驚いて跳ね起きる。
「ああ、驚かせて悪かった。なんだか、部屋の前を通ったらうなされるような声が聞こえたんでね…」
 実際、覗いていたと言う雰囲気ではなかった。
「怖いのかい?」
 加持が尋ねてくる。
「…はい」
 レイは迷ったすえに正直に答えた。
「そうだろうな…俺が初めて実戦に出たときもそうだったよ」
「…実戦?」
 レイが聞き返すと、部屋の外で加持が頷く気配がした。
「ああ、俺は昔自衛隊にいたんだ。冬月司令にスカウトされて、NERVに来るまでは…何度も弾の下をくぐったよ。戦いの前は、平和のために、とか、いろんな立派なお題目を考えたもんだけど…」
 レイが黙って聞いていると、加持は話を続けた。
「実戦になるとさ、怖いんだよ。とてもそんなお題目なんか覚えちゃいられないんだ。爆発、銃声、飛び散る破片…何度も悲鳴を上げて、ちびって、今から思うとみっともないよ。でも、そんな醜態をさらしながらでも俺は生き残って来れた。…なんでかわかるかい?」
「…いいえ」
「信頼できる仲間がいたからだよ」
「仲間…ですか?」
 予想外の答えにレイは少し驚いた。
「そう。仲間が、俺を守ってくれたから。そのうち、俺も仲間を守る事を覚えて…そうやって助け合って生き残ったんだ」
「………」
「だから、覚えていてくれ。君はこの街を守った。その君を、俺が…いや、俺達NERVが守る。人類を守るとか、変な使命感なんか考えなくて良い。身近な人達と助け合って行こう…それだけで良いんだ。なぜなら…」
「なぜなら?」
「君の戦いは、間違い無く正しいことなんだから」
「加持さん…」
「俺が言いたいのはそれだけさ。夜中に長話をして悪かったね。お休み…レイちゃん…」
 加持の気配は消えて行った。
(そっか…とっくに見透かされてたんだ、ちょっとわざとらしくはしゃぎすぎたのかな…)
 なんとか明るく振舞おう、としていた昼間の自分を思いだし、レイはちょっと笑った。
(加持さん…良い人なんだ…ちょっと軽いけど)
 レイは天井を見上げた。今なら、良く眠れそうな気がした。
 そこはもう、見知らぬ天井ではなかったから。

次回予告

新たな生活。最先端の学校設備に戸惑い慌てるレイ。そんな彼女にも友人ができる。とりわけ、エヴァのパイロットであると言う事実は、彼女にかけがえの無い友情をもたらす事になるのだった。
 次回、第参話「鳴らない、電話」


あとがき

 うわあ、長くなってしまった。
 と言うわけで「REPRACE」第弐話をお送りしました。キャラの個性固めがまだまだいまいちですね。加持とかゲンドウはわりと固まっているんですが…レイは難しい。いっそリナレイにしてしまうべきだったのでしょうか(笑)。
 次回はあのキャラやあのキャラも出てきて、話もちょっとづつ明るめになっていくかと思います。
 ではまた第参話でお会いしましょう。
2000年四月某日 さたびー 拝

さたびーさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

おおっ!!作戦指揮するゲンドウが新鮮であり、格好良いじゃないですかっ!!!
その反面、ミサトは出番がなくなり、出番が回ってきたかと思ったら何やら外道っぽい考えの持ち主(笑)

>「ありがとうございます、先生…」
>「その呼び方はやめたまえ。まだ公務中だぞ」
>「はい、副司令」

で、この2人は旧知の仲のご様子ですね。
後々の零号機が固められているシーンでも、ほぼ原作と同じセリフを使っていますが・・・。
ゲンドウとミサトの双方にお互いを信頼しているみたいな感じが言葉の端々に出ていて良い感じです。
・・・って、そう言えば考えてみると、ゲンドウとミサトの組み合わせってかなり珍しいですね。

>次回はあのキャラやあのキャラも出てきて、話もちょっとづつ明るめになっていくかと思います。

後書きのこの言葉も興味深いです。
ひょっとして女3バカトリオが結成されるのだろうか?(笑)
でも、そうするとヒカリは確定として・・・。もう1人は誰だろう?
アスカは弐号機に乗りそうですから除外と考えるとマナかマユミかな?
で、マナだとこのお話のレイに似ているからマユミかな?
それとも、そんな深い意味が全くなくてトウジとケンスケの事なのだろうか?(^^;)



<Back> <Menu> <Next>