雷に撃たれた菊花は、しかし死にはしなかった。外見的にはほとんど傷もなく、むしろ衝撃波に飛ばされたかなや白桜が怪我を負ったくらいだ。
 それでも、影響がなかったわけではない。命は助かったが、菊花はほとんど身動きもならないくらい全身の力が萎えてしまっていた。神経が損傷したのだろう、とかなは見当をつけている。龍神の身体の構造が人間と変わらないなら…だが。
一行はそれでも旅を続けた。もし龍神湖にたどり着けさえすれば…儀式を行えれば…もしかしたら天に許しを請う事ができるかもしれない。天罰を免れるかもしれない。その微かな希望にすがって。
 その間、白桜は必死に菊花を元気付けていた。例えば、希望のある未来を語る事で。
「菊花、子供が生まれたら、なんと名付けようか」
「男の子なら、勇ましい名前。女の子なら、可愛らしい名前がいいですね〜」
「そうだな。やはり、私たちの名から一字ずつとって名付けるのが良いかな」
「ええ、そうですね〜。男の子なら…」
「うむ…良し、私の白と、お前の菊を取って、白菊丸…と言うのはどうだろうか?」
「ええ、素敵な名前ですね〜。では、女の子なら?」
 かなは、その会話に、耳を塞いで背を向けた。あまりにも悲しかった。あまりに無残で、とても聞いていられなかった。
 しかし、まもなくそれも出来なくなった。ある日、菊花に朝食の木の実を持っていったかなは、まるで他人を見るような目で自分を見る菊花に、思わず背筋を寒くした。
「菊花…朝ご飯だよ」
 それでも声をかけたかなは、次の瞬間、菊花の言葉に手にしたものを取り落としていた。
「あなた…誰ですか?」
 天罰はまだ終わっていなかった。


SNOW Outside Story

雪のかなたの物語

第26回 残酷な奇跡


 山の中の窪地で、かなは焚き火に枯れ枝を放り込んでいた。ぱちん、と小さな火の粉が爆ぜた。
 そこへ、しぐれが戻ってくる。彼女は菊花の介抱をしていたのだ。
「…どうだった?」
 かなが尋ねると、しぐれは俯いて細い声で答えた。
「とうとう、私も忘れられました」
「…そう」
 かなは頷いて枯れ枝をまた一つ放り込んだ。
 落雷の数日後、鳳仙の事がわからなくなったのを皮切りに、菊花は急速に過去の記憶を失っていった。忘れるのは、遠い過去だけではない。近い過去のことも、まるでこぼれる水のように消えていくようだった。食事をしたばかりなのに、ご飯はまだかと叫び、無いと言えば不自由な身体を揺すって暴れる。今自分がどこにいるか認識できず、説明しても覚えられない。
 そして、あれほど可愛がったあさひの事も、慕っていた姉の事も忘れ、自分自身もわからなくなっていた。そして…最愛の人でさえ。
「白桜様は?」
 しぐれの質問に、かなは首を横に振った。
「すっかり…自分を閉ざしてしまって…」
 かなにとっても辛かったのは、白桜の変貌だった。菊花が白桜のことを忘れ、自分の妊娠も忘れ、膨れ上がった腹を邪魔だと叫びながら殴った時、白桜の中の何かも壊れてしまったようだった。
 今、白桜はかなとしぐれの会話にも加わらず、虚ろな目で焚き火を見ている。自発的に何かをする事はない。かなが歩いてとか食べてとか指示をすればそうするが、ただそれだけだ。
(お兄さん…)
 かなはため息をついた。一月ほどこの青年をそう呼んでいるうちに、本当の兄のようにさえ思えてきたところだった。生気を失った姿を見るのは、あまりに辛かった。
(こんな…こんな、ひどい悪夢。もし夢なら、今すぐ覚めて欲しい。目が覚めたら、私は龍神天守閣の布団に寝ていて、横では桜花が…)
 そう思ったとき、かなはふと気がついた。桜花。自分の娘にすると決めた、今一番大事な少女。彼女の名前は、何で出来ている?
「お兄さん…」
 かなは白桜に問い掛けた。
「女の子だったら…何と言う名前にするつもりだったの?」
 この問いを理解してくれるだろうか、と心配になったかなだったが、白桜は呟くように言った。
「桜花…白桜の桜と、菊花の花。それで、桜花…」
 かなは想像が当たった事を知った。そして、桜花の苗字は若生。白桜と鳳仙と同じ。
 偶然…そう片付けるにはあまりにも符合していた。それに、桜花は言っていた。両親は、雷に遭って死んだ、と。確かに白桜も菊花もまだ生きている。だが、精神は死んだも同然だ。あの、落雷のあった日から…
(飛躍しすぎか)
 桜花は確かに彼女が抱きしめる事の出来る、実在の娘だった。仮に、今菊花の胎内に宿っている生命が女の子だったとしても、桜花とは関係がない。
(そんな事…あるわけがない)
 かなは嫌な想像を必死に意識の奥に押し込めた。

 翌日も、旅は続いた。しかし、その歩みは亀のように遅かった。無理もない。意思のない者と、衰弱した病人を抱えての旅だ。小さな川を越えるのでさえ、半日がかりの大事業になった。そして、かなはたった一人で残りの三人のために食料を探し、野営の用意もしなくてはならなかった。
(良く、身体が持つな…つぐみさんに感謝すべきなのかな)
 あのむちゃくちゃな酷使の体験がなければ、とっくに音を上げていたかもしれない。かなは、今は会うことの出来ない横暴な従姉に感謝した。今となっては彼女の事が何もかも懐かしい。会いたい。つぐみに。つぐみだけじゃない。澄乃に会いたい。小夜里に会いたい。芽依子に会いたい。誠史郎に会いたい。旭に会いたい。桜花に会いたい。会いたい会いたい会いたい会いたい…
 それは、かなの心が壊れる前触れだったのかもしれない。だが、彼女の鼻をくすぐった微かな匂いが、かなを思考の迷宮から現実に連れ戻した。
「これは…」
 鼻に手をやるしぐれに、かなは答えた。
「これは、温泉の匂いだよ」
 木々の梢を通して覗き見る谷間に、白い湯煙が上がっていた。
 驚いた事に、その温泉は、ちょっとした湯治場としての体裁を整えていた。その看板を見て、かなは驚いた。そこにはこう書かれていた。
「龍神天守閣」と。
「誰かいませんか?」
 戸を叩いて呼ぶかなの前に現れたのは、若生の里のおばばくらいの年齢と思われる、人の良さそうな老婆だった。
「おやおや、どうなされた…?」
 問う老婆に、かなは窮状を打ち明けた。
「旅の者ですが、仲間が病気で弱っていて難儀しています。少し休ませていただけませんか?」
 それを聞いて、老婆は四人と一匹の姿を見た。長い山中の彷徨を経て、全員が泥と草の汁、汗と血に汚れ、服の元の色さえわからないありさまだった。
「そうかい、それは大変だ。何もないところじゃが、ゆっくりして行きなされ」
 老婆の案内で、一行は部屋に通され、久々に屋根のあるところで身体を休める事が出来た。
「助かりましたね、鳳仙様」
 しぐれが少しだけ明るい声で言った。しかし、かなはそう楽観的には考えていなかった。
「うん…でも、夜盗たちの追っ手が来ている事を考えると、そう長居は出来ないよ。お兄さんはもう戦えないし、さっきのおばあさんに迷惑をかけちゃうし…」
「そう、ですね…」
 しぐれはうなだれた。すると、その老婆が部屋に入ってきた。
「お前さんがた、せっかく来たんじゃ。湯に浸かっていったらどうじゃ?ここの湯は良いぞ。何しろ…」
「ありとあらゆる万病に効く…そうですよね?」
 かなが言うと、老婆は相好を崩した。
「そうじゃ、そうじゃ。娘さん、ようわかっておるのう」
 かなは知っている。数百年、あるいは千年かもしれないが、その宣伝文句は彼女も使う事になるからだ。
「どうしましょう?」
 問い掛けてくるしぐれに、かなは頷いた。
「せっかくだから…入って行こう。ひょっとしたら、菊花やお兄さんの病気にも効くかもしれない」
 それだけでなく、かなには目算があった。ここが龍神天守閣なら、若生の里はそう遠くない。なんとか里の様子や夜盗たちの動きを探れるかもしれなかった。

 しぐれが菊花、かなが白桜の身体を支え、4人は風呂に入っていた。湯の熱さが、全身に溜まった疲労を追い出していくようだった。
(温泉って凄いな…こんなにも気持ちが安らぐものだったんだ)
 かなは内心唸り、その温泉を管理している身である事に誇りを抱けると思った。見ると、今ではすっかり赤子同然になり、何かとわがままを爆発させる菊花も、気持ちよさそうに湯に浸かっている。その腹はすっかり妊婦のそれになっており、いつ子が生まれてもおかしくないように見えた。
(生まれたら、私の甥っ子か姪っ子になるのか…)
 そう思うと、愛しい気持ちが湧いてくる。かなは白桜に語りかけるように言った。
「お兄さん…お兄さんの子供だよ。お兄さんも菊花も生きていて、子供も生まれようとして頑張ってるのに、お兄さんがあきらめちゃっていいの…?」
「…私の…子供…」
 白桜が言った。かなは驚いた。白桜が久しぶりに見せる自発的な行動だったからだ。かなは畳み掛けるように言った。
「そうだよ。子供を守らなきゃ! 生まれてきた子を抱いて、名前を付けてあげるんでしょう? 白菊丸か、桜花って。子供が生まれてきたのに、両親が笑いかけてもくれないなんて…」
 かなは俯いた。涙が数滴湯に落ちた。
「そんなの…かわいそうだよ」
 わずかな沈黙を置いて、白桜が言った。
「ああ…そうだな」
「お兄さん!」
 かなは白桜の顔を見上げた。目に宿っていた虚無は、消え去っていた。
「そうだ…腑抜けている場合じゃない。すまなかったな、鳳仙」
 かなは黙って首を振った。ここに、白桜は復活を遂げた。

 湯から上がり、老婆が用意してくれた服に着替え、かなと白桜、しぐれは状況を確認していた。
「すると、ここは社や里からそう遠くない場所なのだな?」
 かなから状況説明を受けて白桜は頷いた。何故そんなことを知っているのか、などとは聞かない。妹に全幅の信頼を置いてくれているのだ。
「うん、それで、私様子を見てこようと思う。上手く里の人に会えれば、助けになるかもしれないし」
 かなが言うと、白桜は首をひねった。
「む…しかし、危険じゃないか? 里が夜盗に見張られている可能性もある」
「危なくなったら、無理はしないよ。約束する」
 それでもかなは偵察を主張した。最終的に白桜も折れた。やはり、状況を確認しなければ動くに動けない。かなは懐剣だけを着物の袖に隠して出発した。
 一応、道を堂々と歩くのは避けて、山裾の林や茂みに隠れながら進む事しばし、かなは里の近くにたどり着いた。そこで、彼女は思わぬ人に出会った。
 平太だった。槍を持って、畑の横を警戒しながら歩いている。彼がそばにやってくるのを見計らって、かなは声をかけた。
「平太さん」
「わっ!? …ん、そ、その声は…鳳仙様!?」
 驚く平太に、かなは隠れ場所の茂みから姿を現した。平太の顔が喜びに輝いた。
「生きてましたか…良かった…!!」
「うん、お兄さんや龍神様たちも無事だよ。ところで、状況は…?」
 かなは念のため自分の居場所は伏せて、平太から話を聞いた。それによると、夜盗は今も居座っていて、社を根城にしていると言う。村は門を硬く閉ざして守りを固めているが、向こうも手を出してくる気はないらしく、ひたすら山の中を探し回っているとの事だった。
「そう…湖には行けそうもないか」
 社を通らねば、湖には行けない。やはり連中が諦めるのを待つしかないのだろうか。
「社を奪い返すんですか? それなら男衆全員で押しかければ…」
 平太が申し出たが、かなは首を横に振った。確かにそうすれば勝てるかもしれないが、代わりに恐ろしい犠牲が出るだろう。白桜やしぐれがその案を了承するとは思えなかった。
(何かを、忘れているような…)
 かなは首を傾げた。何かが引っかかる。湖に行く方法。社を通らない…
「…そうだ!」
 かなは思い出した。しぐれを龍神天守閣に連れていった時、彼女が先導して通った道。あれは龍神天守閣の近くから、社を通らずに湖に通じる道に繋がっている。あの道が今もあれば…!
「平太さん、私とここで会った事は、誰にも言わないでよ?」
「え? あ、はい…鳳仙様はどうするんです?」
 平太の質問に、かなは答えようとして口をつぐんだ。全てが上手く行き、姉妹を天に返せたとして…その後、かなはどうなっているだろう。悲劇を回避するのが彼女の役目なら、全てが終わったとき、この世界から「かな」はいなくなっているかもしれない。
「…ごめんね。それも言えない」
 かなにはそうとしか言えなかった。
「…わかりました。でも、俺は信じてます。鳳仙様と白桜様が何かするなら、絶対それは上手くいくって」
「ありがとう」
 かなは頭を下げた。平太の信頼が痛かった。彼の言う通りだったなら、彼女がここでこんな事はしていない。かなは里に背中を向けて走り出した。
 もう、この景色を見る事はないかもしれない…そう思いながら。

 龍神天守閣に帰ったかなは、夜盗の動きや例の間道の事を白桜に話した。
「そうか…いけるかもしれないな」
 白桜は頷いた。夜盗が山中に散っているなら、逆に社の近くを通るその間道は盲点になっているかもしれない。それに、湖はかなたちが逃げたのとは逆方向。警戒は薄いはずだ。
「わかった。その間道を使おう。出発は明日の夜…連中も夜に私たちが動くとは思っていまい」
 白桜が決断を下し、かなとしぐれも頷いた。
 その夜…眠っていたかなは、何かの気配を感じて目を覚ました。見ると、しぐれと白桜の布団が空になっていた。
「お兄さん…しぐれ…!?」
 かなは慌てて起き上がり、辺りを見た。すると、窓際で跪き、一身に天に祈りを捧げる二人の姿があった。
「何…してるの?」
 かなが問い掛けると、二人は祈りの姿勢をといた。
「起こしてしまったか…今、天に祈っていたのだ。罪深いこの身をどうかもっと罰し給え、代わりに、菊花の罪を許して欲しい、と…」
 白桜が言うと、しぐれも言った。
「妹を止められなかったのは、私の罪…生まれてくる子に罪はありません。ですから、罰は私が一身に背負います。代わりに、菊花と白桜様を許して欲しい…」
 かなはその言葉に自分を恥じ入った。彼女は伝説の結末を知るただ一人の人物だったのだ。その自分がもっと上手く行動していれば、この悲劇は避けられたかもしれない。かなは、二人に並んで跪き、そして祈った。
(天の神様…お兄さんにも、菊花にも、しぐれにも、罪はありません。あるとすれば、それは私にあります。何もかも知っていながら、何も出来なかった私にこそ、罰を与えてください)
 3人は祈った。他の誰にも罪はない。自分こそが罰せられるべきだ、と。それは、純粋で、強い祈りだった。

 翌日…祈っているうちに眠ってしまったのか、かなは跪いたままの不自然な姿勢で目を覚ました。
「うっ…か、身体の関節が…」
 固まった身体を動かそうとして痛みに耐えていると、背後から信じられない声がかかった。
「どうしたんですかぁ? 鳳仙様ぁ?」
「…えっ!?」
 かなは後ろを振り向いた。
 そこで、菊花が以前と変わらぬ明るい笑顔を彼女に向けていた。
「菊花…私の事がわかるの?」
「何を言ってるんですか、おかしな鳳仙様〜〜」
 ころころと笑う菊花。かなは横の二人を揺り起こした。
「お兄さん、しぐれ! 起きて! 菊花が、菊花が…!!」
 後は言葉にならなかった。目ざめたふたりは、菊花の様子を見て絶句し、それから喜びに身体を震わせた。
「菊花…菊花…! 良かった…!!」
 号泣するしぐれ。菊花を抱きしめる白桜。彼は後ろに控えるかなを見て、力強く頷いた。
「祈りが届いたのだ…鳳仙。きっと今日の事は上手くいく。上手くいくぞ!」
 かなも頷いた。白桜に続き、菊花もよみがえった。雷を受けて死んだはずの魂が復活した。まさに奇跡だ。これなら全てが上手くいく。そう信じた。

 日が落ちてから出発した一行の足取りは軽かった。立て続けに起きた奇跡がその背中を後押ししている。やがて、かなは例の間道、その入り口を見つけた。いつの時代かはわからないが、この辺の地形は全く変わっていなかった。
 間道に踏み込み、足音を忍ばせて歩く。地形以外に阻むものはない。敵意を放つ気配も感じられない。それでも、一行は慎重に慎重を期して進んだ。
 やがて、道は少しずつ広くなり、ついに見覚えのある道に出た。社から湖へ通じる山道だった。
「…やった…よね?」
「ああ…あと少しだ」
 かなと白桜は頷きあい、姉妹を挟んで歩を進める。やがて、道はゆっくりと平坦になり、小さな峠を越えた。視界に、月光を受けて輝く湖面が見える。ついに、龍神湖のほとりにたどり着いたのだ。
「やった…!」
 白桜が小さな歓喜の声を漏らしたその瞬間。
 小さな風切り音と共に、飛来した矢が白桜の左肩に突き立った。
「ぐあああっっ!?」
「お兄さん!?」
「白桜様!!」
 苦痛の悲鳴をあげる白桜。そして、唐突に視界が明るくなった。誰かが松明をつけたのだ。
「待ちかねたぜぇ、龍神様」
 下卑た濁声。かなは懐剣を抜いて火光の方を向いた。
「誰!?」
 返ってきたのは、あからさまな嘲笑の響き。
「勇ましい巫女様だなぁ…まぁ、三人ほど痛めつけられたところを見ると、それなりに遣うようだが」
 光の中に、長巻を持った屈強な男が現れる。
「や、夜盗の首領か…」
 苦痛の声を漏らしながら問う白桜に、男は頷いた。
「おうよ。こいつらからはただ単にカシラと呼ばれてるがな。まぁ、そんな事はどうでもいい」
 カシラは長巻を振るった。
「龍神と巫女は殺すな! 男は殺せ!!」
 短い命令と共に、夜盗たちが突っ込んでくる。
「みんな、逃げろ!!」
 白桜がまだ動く右手で刀を抜き、先頭切って突っ込んできた男の一撃を払う。返す刀で胴を薙ぐ。血しぶきを巻き上げて夜盗が倒れた。しかし、その屍を踏み越えて新手が殺到する。
「くっ…菊花、しぐれ、逃げて!!」
 かなも抜いた懐剣で突き出された槍を払う。襲撃の夜、彼女たちを待ち伏せていた三人の一人…槍使いの男だった。
「探したぜ、巫女さんよぉ! あの時の礼にたっぷり可愛がってやる!!」
 男は高らかに笑った。その猛攻を必死にさばきながら、かなは思った。
(負けない…二度も奇跡が起きたなら、三度目だって自分の手で引き寄せてやる!!)
 その決意と共に、かなは男に体当たりをかけた。またしても不意を突かれた男の腹に、かなの懐剣が根元まで突き刺さる。
「うぐっ、がはっ!?」
 その一撃に、男は血を吐き出すと、どうと地面に倒れた。
 ――殺したかもしれない。
 そう思ったが、その事の意味を考える余裕は、かなには無かった。
 生き延びて、全てを見届ける。今の彼女には、それしか考えられなかった。

(つづく)


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