朝起きて顔を合わせたとき、かなは白桜が妙に晴れやかな表情を見せている事に気がついた。
「お兄さん、何か良い事でもあったの?」
 かなが尋ねると、白桜は頭を掻いた。
「いや、いよいよだなと思ってな…これさえ終われば、ようやく肩の荷を降ろせる」
「あはは、そうだね」
 かなは笑った。白桜の言葉には何の疑いを抱く要素もなかったからだ。
 それから、二人は降臨の儀式でも使った正装に身を包んだ。どちらも前日にかなが念入りに洗濯し、まるで輝くような白さに保たれている。そうして準備が整ったとき、社の石段の方から村の男たちの声が聞こえてきた。


SNOW Outside Story

雪のかなたの物語

第25回 天罰


「ご機嫌様です」
「ご機嫌様です、皆さん」
 かなと白桜は鳥居のところで男たちを出迎えた。彼らは龍神姉妹を乗せるための輿を担いでいる。村の大工が厳選した白木を組み、鍛冶屋が丹精こめて打った飾りをつけた美しい輿だ。
「すばらしい出来栄えですね。これなら、都の公達が乗っても似合うでしょう」
 白桜が言うと、大工の棟梁が答えた。
「公達ぃ? とんでもない! こいつぁ龍神様を乗せる輿ですぜ。お貴族様でも乗り負けしまさぁ」
 その言葉に、男たちが笑いに包まれる。
「ともかく、境内へ。龍神様がお待ちですよ」
 かなが案内し、輿は境内の石畳の上に降ろされた。そして、白桜が声をかける。
「龍神様、お迎えの者が参りました。いざ、おいでませ」
 その言葉に合わせてかなが玄関の戸を引く。すると、そこに現れた二人に、男たちはまるで魂を抜かれたように魅入られた。
 驚いたのはかなも同じだった。しぐれは当然として、菊花も神らしく堂々とした態度で進み出てきたのである。心なしか、普段よりも大人っぽく美しいような気がした。
(…やっぱり、そういう場に立つと神様らしくなるんだなぁ)
 かなは感心した。すると、しぐれが進み出て一礼した。
「あなたたちの祈りを受け止め、天に伝えるため、こうして罷り越しました。さぁ、参りましょう」
 おお、と言う男たちの叫び。やがて、二人が輿に乗り込むと、かなと白桜が先導する形で行列は出発した。慎重に石段を下り、ゆっくりと村の中心に進んでいく。
 遠くから輿を見て歓声を上げていた村の衆が、やがてそれが近づいてくるにつれて静かになっていく。姉妹の神々しい美しさに声を失っているのだ。
「あれが、龍神様…」
「昔のままにお美しい…」
「何と言うありがたいお姿じゃ…」
 やがて、昔を知る者達の間からそんな声が上がり、それは歓喜の声となって村中に響き渡っていく。もう心配はいらない。祭りの途絶えたこの数年の間に痩せた土地も元に戻り、また豊かな恵みが帰ってくる。夜盗だろうとなんだろうと、その邪魔ができるものか。
 その気持ちはかなも同じだった。この喜ばしい光景が、悲劇に変わるなんてありえない。そう確信できた。やがて、輿は村の中心部にある広場に到着した。恵方に設えられた龍神の席の周囲には、村人たちが精一杯龍神をもてなそうと用意した料理や飲み物が積み上げられ、長老たちを代表しておばばと権蔵老人が待っていた。
「おぉ…これはこれは龍神様…ようこそお見えになられました。ワシらはどれほどこの光景を夢見ました事か…」
 おばばの目からぼろぼろと涙がこぼれる。そして、彼女はかなと白桜にも言葉をかけてきた。
「白桜様、鳳仙さま、ようし遂げなされましたな…あなた様たちは、もう白光様や奥方様にも負けない、立派な宮司や巫女じゃ」
「恐れ入ります」
 かなは一礼した。白桜も続くが、その動きがなんとなくぎこちない事にかなは気付いた。
(お兄さんも、疲れてるのかな?)
 龍神の面倒だけ見ていればよかったかなと違い、村に出て準備を一手に仕切ってきた白桜の疲労は相当なものだろう。
「さぁ、皆の者、宴じゃ!」
 そこで、権蔵老人が宣言した。見守っていた村人たちが大いに歓声を上げる。姉妹が席につくと共に、太鼓が力強く打ち鳴らされ、祭囃子がここ数年里を覆っていた暗い雰囲気を、最後のひとかけらまで吹き飛ばすように響き渡った。

 祭りは夜になっても続いていた。龍神様を一目近くで見ようと、恵方席にはひっきりなしに村人が訪れる。子供たちが龍神にあやかろうと、木の枝を角に見立てて頭につけ、はしゃいで駆け回る。余興に男たちが相撲大会を始め、平太が横綱の座を勝ち取った。
「平太さん、おめでとう」
 かなはプレゼンターの役を引き受け、平太に権蔵老人が賞品としてくれた酒の壷を手渡した。
「あ、ありがとうございます」
 平太は照れた表情でそれを受け取り、一口飲むとかなに言った。
「ところで、親父に聞いたんですが、巫女様の舞があるとか…鳳仙様も舞われるのですか?」
「え? うん、この後すぐね」
 鳳仙が頷くと、平太は酔いばかりではなさそうな赤い顔で言った。
「楽しみですよ、鳳仙様の舞。周りの連中はみんな龍神様龍神様って言ってるけど、俺は鳳仙様の方が…」
「え?」
 かなが問い返したとき、白桜が彼女の肩を叩いた。
「鳳仙、そろそろ出番だぞ。しっかりやれ」
「え、もう? わかった、行って来るね、平太さん、お兄さん」
 かなは太鼓櫓の下に設けられた舞台に走った。彼女が舞台に上がると、それまで賑やかだった祭囃子が止み、代わって静かな節回しの曲が流れ始める。それに合わせて、かなは扇子を広げて舞い始めた。
 それをじっと見つめる平太に、白桜が話しかけた。
「平太さん」
「は、はい?」
 不意を付かれて慌てる平太に、白桜は続けて話しかけた。
「鳳仙は、我が妹ながらなかなかの器量です。もしあなたが望むなら、鳳仙の連れ合いになってくれませんか?」
「え、ええっ!?」
 驚愕する平太。白桜は言葉を続ける。
「私は、これからあれに重荷を背負わせてしまうかもしれない。その時、助けてやってくれる相手がいれば私も安心でき…」
 白桜は最後まで言葉を言い終える事ができなかった。
「ぐえっ!?」
 突然、太鼓櫓の上で悲鳴が聞こえ、柵を乗り越えて打ち手が落ちてきた。突然目の前に落ちてきた男に、かなが驚いて舞を止める。
「もしもし、大丈夫…!?」
 かなは息を呑んだ。打ち手の首筋に、矢が深々と突き刺さっていた。既に息はない。
 それを合図にしたかのように、夜闇を引き裂いて無数の羽音のような音が鳴った。そこかしこで矢に貫かれる村人たちの悲鳴が上がった。
「夜盗じゃ…! 夜盗が攻めて来よった…!!」
 その頃になって、ようやく見張りの声が聞こえてきた。

「な、何てことだ…!」
 白桜が焦燥に満ちた声を漏らす。そして、一転して決意を秘めた顔になると、指示を出し始めた。
「平太さん、男衆を集めて、急いで迎え撃つ準備を! 鳳仙!」
 平太の返事も待たず、白桜は死んだ太鼓の打ち手の前で呆然としているかなに近づいた。
「鳳仙、お前は龍神様たちを守れ! 社へ逃げ込むんだ!!」
「で、でも…」
 かなは震える声で答えた。彼女は人の死が身近だったこの時代の人間ではない。初めて間近に見た理不尽な死の姿に、身体が震えて動かなかった。
「お前ならできる! 私はここで夜盗を迎え撃たねばならんのだ。頼むぞ、鳳仙!」
 言うなり、白桜は腰の太刀を引き抜き、平太が集めた村人たちと共に駆けて行った。その時、かなの鼻の頭にぽつりと水滴が当たった。
「…雨…?」
 その感触が、かなの意識をはっきりとさせてくれた。見ると、席でしぐれと菊花がどうして良いのかわからずに震えている。そうだ、呆けている場合じゃない。菊花としぐれを守れるのは、今この場にかなしかいないのだから。
「しぐれ、菊花! 社まで逃げるよ!!」
 かなは舞台を飛び降り、二人に向かって呼びかけた。
「は、はい、お姉様、行きましょうっ!」
 意外にも混乱から早く立ち直ったのは菊花だった。まだ「うろが来た」状態のしぐれの肩を抱えて立ち上がらせる。
「走って!」
 かなは二人を先導して、ぬかるみ始めた道を走り始めた。さっきまで純白だった装束が、たちまち泥跳ねで汚れていく。が、気にしている場合ではない。
「鳳仙様、白桜様は…」
 ようやく混乱から立ち直ったしぐれが尋ねてきた。
「村人たちと一緒に、夜盗と戦ってるはず。でも、大丈夫! お兄さんはああ見えても強いはずだし、平太さんたちもいるから!」
 実際の白桜の剣技はどの程度のものなのか、かなは知らない。しかし、大事なのは龍神姉妹を安心させる事だった。
 かなが断言し、信じたように、村人たちはまだ防衛線を持ちこたえているようだった。剣戟の響きを避けて、三人が社への道に走りこんだときだった。
「見つけたぞ、龍神だぁ!」
「頭の言う通りだぁ!!」
 その声に、三人は立ちすくんだ。前方の木の陰から、刀や槍を持った凶相の男たちが現れる。
(待ち伏せされた!)
 かなは瞬時に状況を悟った。村に来たのは囮だ。本命はここから社の間に待ち伏せている。無意識のうちに、彼女は懐剣を抜いていた。
「お、姉ちゃん、そんなので俺たちとやろうってかぁ?」
「そんなものは捨てて、もっと楽しい事をやろうぜ、巫女様ぁ」
 かなが女だと悟り、いやらしい笑みを浮かべて近寄ってくる男たち。かなは素早くその動きに目を配った。
(やれる…? いえ、やれる!)
 握り締めた懐剣の感触が、不思議と自信を与えてくれた。かなは短く気合を発し、先頭の刀を持った男に向かって踏み込んだ。
「ぐえっ!」
 かなの一撃は男の腕をざっくりと切り裂いていた。悲鳴をあげて刀を取り落としたそいつを見て、残りの二人がいきり立つ。
「このアマ!」
 槍の男が一撃を繰り出してくるが、今のかなにはそれがスローモーションに見えた。それをかわすと、男が槍を引き戻すより早く、懐に飛び込んで一撃を見舞う。
「うげっ!」
 槍の男は浅く胸を切られただけだったが、それで体勢を崩し、立木に頭をぶつけて昏倒した。そして、最後の一人もかなの懐剣を見切る事はできなかった。
「ぎゃあ! ゆ、指が! 俺様の指が…!!」
 とっさに篭手を立てて致命的一撃を避けたものの、篭手の表面を滑ったかなの剣は、男の指を数本斬り飛ばしていた。落ちた指を探して這い回る男を放って置き、かなは姉妹に声をかけた。
「社には行けない! 村へ…!!」
 そういいかけた瞬間、今来た道の方から、「いたぞぉ…!!」と言う叫び声が聞こえてきた。そして、さらに社のほうからも。
「…こっちへ!」
 かなは適当な細い山道に飛び込んだ。姉妹を先に行かせ、自分は殿を務める。それがどこに行くのか、彼女は知らない。考える余裕もない。ただひたすら、三人は雨の山中を逃げつづけた。

 どれくらい経ったのだろうか。
 何時の間にか、夜が明けたらしい。雨も止み、木々の隙間を通して、日の光が差し込んでいる。
(逃げ切った…?)
 かなは助かった事が信じられなかった。女の足である。屈強そうな夜盗たちに何度も追いつかれそうになり、その度にかなは懐剣を振るった。そして、気付くと、辺りに夜盗たちの気配はなくなっていた。
 何か悪い夢でも見ているようだったが、刃こぼれし、血のついた懐剣が、夕べの事が夢ではないと教えてくれていた。
「しぐれ、菊花、敵は振り切ったみたい。少し休もう」
 かなは言った。一晩中雨の中を走り回った二人は、すっかり疲れきり、息も絶え絶えのありさまだった。かなの胸が痛む。
(どうしてこんな事に…)
 茂みに身を隠すように座り込んだ二人を見ながら、かなは数え切れないほど繰り返した問いを、また繰り返した。完全に油断だった。ここまで来れば、夜盗は来ないと思っていた。いや、そう信じ込んでいただけなのだ。
(先を見る力…私にそれが使えたら、こんな事にならなかったのに)
 今彼女がその姿を借りている白桜の妹、鳳仙。今ここにいるのがかなではなく、彼女だったら…しかし、それを言ってもどうしようもない事だ。
「しぐれ、菊花、大丈夫?」
 かなが無意味な空想を振り払って尋ねると、しぐれは頭を上げた。
「…平気…です」
「私も大丈夫です〜」
 菊花も答える。疲労は激しいようだが、二人とも怪我などはないようだった。
「そう…良かった」
 かなが頷くと、菊花が感心したように言った。
「それにしても、鳳仙様はお強いのですね〜。びっくりしちゃいました」
「うん…自分でもびっくりした」
 かなは頷いた。戦っている時は、まるで自分のものでないように身体が軽やかに動いた。先見の力は使えないが、鳳仙が習得した剣技の方は、身体が覚えていたらしい。
「ところで、白桜様は大丈夫でしょうか…」
 しぐれの言葉に、菊花の顔が曇る。かなもそれが一番気にかかっていた。しばらく考えて、彼女は決意した。
「私が様子を見に行ってくる。二人はここに隠れていて。…良い?」
 質問の形を取ってはいたが、有無を言わせぬ口調でかなは言うと、来た道を引き返した。と言っても、むやみやたらに走ったので、正しい道を辿っているかどうかについては自信がなかったが…
 それでも、山を下る方向に進み、だんだん気温が上がってくる頃、かなは何かの気配に気がついた。
(…敵?)
 かなは懐剣を構えた。あたりを探ると、正面の茂みが風もないのに微かに動いている。
「…誰?」
 精一杯気迫を込めて低い声で問うと、はっきりと茂みが揺れた。そして、見知った顔。
「…あさひ!」
 かなは驚いた。社に残してきたあさひがここまで来ているとは思わなかったのだ。
「すぴ、すぴすぴ、すぴぃぃ」
 あさひが何かを訴えるように鳴く。かなは懐剣をしまうと、その茂みに近づき、そして、その向こうに倒れている人物に気がついた。
「お兄さん!」
 抜き身の刀と、あさひの掛け軸を手にした白桜が、そこにいた。

 数十分後、目を覚ました白桜の姿を見た龍神姉妹の喜びようはひとしおだったが、彼のもたらした凶報は、それを打ち消すには十分だった。
 村に襲い掛かってきた夜盗たちは撃退した。しかし、それは彼らが本気ではなかったからだ。白桜が気付いたとき、社は炎上していた。龍神たちがいない事に気付いた夜盗が、腹いせに火を放ったのだ。
 白桜は単身包囲網を斬り破り、燃える社に飛び込んだ…が、鳳仙も姉妹もいないのに気付き、あさひだけを連れて脱出。山に飛び込んだ。鳳仙が無事に姉妹を逃げ延びさせた事を信じて…
 そして、四人と一匹は再会できたが、その先の展望は何もなかった。社と湖への道は夜盗たちに塞がれ、また別の連中が山狩りを続けている。それがいつここに現れるかもしれない。少なくとも、早急に龍神湖へ戻り、姉妹を天に返す儀式を行うのは不可能だった。
「申し訳ございませぬ…私の力が及ばぬばかりに」
 白桜は伏して詫びたが、しぐれは黙って首を振った。
「定められた期限までに天に帰れなかったら、どうなるの?」
 かなはしぐれに聞いた。
「わかりません。このような事は初めてですから…」
 かなはため息をついた。八方塞がりとはこの事だろう。
「とにかく…連中だっていつまでもここにはいられないでしょう。夜盗があきらめるまで、山中に何年でも潜むしかありますまい」
 白桜の言葉に頷き、一行は山中を歩き始めた。先の見えない旅だった。

 異変が起きたのは、襲撃から三日目の事だった。その日、狩に出た白桜が大きな山鳩を仕留める事に成功したのである。
「やったねぇ、お兄さん」
 かなの賞賛の言葉に、白桜は苦笑を浮かべた。
「運が良かったよ。鳳仙はどうだ?」
 かなは掘り当てた山芋を見せた。龍神天守閣にも納入されていたので、特徴を覚えていたのだ。
「今日は精がつきそうだな。まぁ、支度をしよう」
「うん、お兄さん」
 かなと白桜は夕食の準備を始めた。と言っても、調味料や食器などはないので、串に刺して火で焼くだけである。すぐに捌いた山鳩の肉と山芋が良い香りを漂わせ始めた。
「どうぞ」
 かなはよく焼けた山芋を手に取り、しぐれに手渡した。短く礼を言い、それにかじりつくしぐれ。肉が食べられない彼女と違い、菊花は山鳩の腿肉をかじっている。これで、少しでも二人の体力が戻れば…とかなが思ったときだった。
「…うっ!?」
 菊花が突然肉を取り落とした。何事かと思うより早く、振り向いた彼女が嘔吐をはじめる。
「菊花!」
 白桜がその横にしゃがみ、背中をさすり始めた。その様子に、かなは違和感を覚えた。
(…あれ? お兄さんって、菊花の事呼び捨てにしてたっけ?)
 確か、いつもは菊花様と呼んでいたはず…と思い出した時、かなは嫌な予感が背筋に這うのを感じた。
(まさか…?)
 そんな予感は外れて欲しい。そのかなの想いもむなしく、最悪の現実が白桜と菊花の会話と言う形で姿を現した。
「菊花、いったいどうしたのだ」
「…白桜様…私は…」
 お願いだから、その先は言わないで欲しい。かなは思ったが、もうどうしようもなかった。
「私は、あなたのお子を身ごもりました…」
「な、何? 私の子? あれから何日もたっていないぞ!」
 白桜が驚愕の表情を浮かべる。
「龍神の子は、人の子より早く育つのです。まちがいなく、この子はあなた様のお子ですよ」
 菊花が優しい笑みを浮かべて自分のお腹を撫ですさった。それを見て、白桜は歓喜の表情を浮かべた。
「そうか…そうか…! でかしたぞ、菊花!」
 しかし、その喜びは、かなにとっては破滅の宣告だった。いつの間に白桜と菊花がそうなったのか、彼女は知らない。知る必要もない。ただ一つ言えることは…
(天は罰を下して、二人の命を奪った)
 その悲劇へ続く道が、今まさに彼女の前に現れたと言う事。その時、呆然とするかなの横で、しぐれが立ち上がった。
「な、なんと言うことを…菊花、あなたは自分が何をしたかわかっているのですか!? 天の理を破ったのですよ! なんと言う恐ろしい…!!」
 わなわなと震えるしぐれの前に、白桜が平伏する。
「お、お許しを…! 全ての罪は私にあります!! ですが、私と菊花は本当に想い合っているのです! なにとぞお慈悲を…神に仕える資格も何も、全て捨て、一介の人間として生きる覚悟にございますれば…」
「お、お姉様、私は天には帰りません! ずっと白桜様のおそばにいます! 神としての力なんて私にはいりません!」
 菊花もそれに続く。だが、しぐれと、そしてかなは知っていた。それは、二人が全てを捨ててどうにかなるような事ではないのだと。
「何を馬鹿な事を…天の理とは、そんな軽いものではないのですよ! 罰が下ります。恐ろしい罰が…みんな呪われる…!!」
 しぐれは狂乱したように叫んだ。その様子を、呆然と見つめる白桜と菊花。やがて、菊花が立ち上がった。
「お、お姉様!」
 その瞬間だった。突然、何の前触れもなしに、巨大な雷鳴が轟き渡った。同時に、菊花の身体を雷光が打ち据えた。
「きゃああああああああ!!」
「菊花ああああぁぁぁぁぁ!!」
 それが、天罰の始まりだった。

(つづく)


前の話へ     戻る      次の話へ