窓から差し込む日の中で、かなのしなやかな肢体が軽やかに舞う。腕を振り、足踏みをする度に、汗が玉になって飛び散る。そして…
 かなはいきなり床に倒れた。その表情が苦痛に歪んでいる。
「ほ、鳳仙!? 大丈夫か!」
 横で一心に書物を読んでいた白桜が慌てて彼女の横に駆け寄った。
「あ、足が攣った…」
 かなの涙混じりの声に、白桜は安堵のため息をついた。
「あまり心配させるな。まぁ、朝から休まずだったからな…少しほぐしてやるから足を出せ」
 その言葉に、かなは顔を赤くした。ここ一週間ほどでだいぶ白桜にもなじんでいる彼女だが、だからと言って生足を見せて平気なほどではない。
「あ、あの、でも」
「むぅ、何を恥ずかしがる? 妹相手におかしな気分など起こさんよ」
 白桜はそう言うと、動けないでいるかなの緋袴をさっと捲り上げた。さっとなでて、硬直している部分を探り当てるが、くすぐったがりのかなにとっては、これは強烈だった。
「あっ…んんっ…!」
 変な声をあげるかな。白桜は構わずかなの足を撫で、攣っている部分を探り当てた。
「ふむ…ここか。ではこの筋を伸ばせば…」
 白桜はかなの足を脇に抱え、力を入れて関節を曲げたり伸ばしたりし始めた。
「い、痛っ…お、お兄さん…もっと優しく…!!」
「我慢しろ。すぐに平気になる」
 かなの抗議に白桜がそう答えたとき、背後で何かが落ちるような音がした。二人が振り向くと、そこでは、入り口に立っていた村人…確か平太と言う名だった…が、野菜を入れた籠を取り落としていた。
「あ、あ、あの…お、お邪魔しましただっ!!」
 真っ赤な顔になり、走り去る平太。いったい何事か、とかなと白桜は顔を見合わせ、ふと自分たちの姿勢に気がついた。
 玄関のほうから見ると、白桜がかなを組み敷いて、何やら不純な行為をしているように見えなくもない。
「ま、待て、平太! 誤解だっ!!」
 慌てて事情を説明すべく後を追いかける白桜。残されたかなは、はぁ…と大きなため息をついた。
「こんな事で、儀式に間に合うのかな…」
 かなが舞を練習したり、足を攣ったりしている理由…それは、二日前の事に遡る。


SNOW Outside Story

雪のかなたの物語

第22回 魂降る夜


 龍神信仰を復活しないで欲しい…そう言った村人たちの態度が一変したのは、次の日のことだった。
「は、白桜様…お願いでごぜぇます。龍神様をもう一度お招きくだせぇ。そして、ワシらに夜盗と戦う力を授けてくだせぇ…!」
 そう言って、村の長老は頭を下げた。後に続く男衆も一斉に頭を下げる。あまりの態度の変わりぶりに、かなと白桜の方が戸惑うほどだった。
「そ、それは私としても異存のないことですが…いったい何があったのですか?」
 自分たちの説法が多少は効いたとはいえ、これほど事態が変化するには、よほどの事があったに違いない。そう思っての白桜の問いに、長老は答えた。
「へぇ、実は、夕べ村人全員の夢枕に、龍神様が立たれたのでごぜぇます」
「なんと、龍神様が?」
 驚く白桜に、長老は頷いた。
「へ、へぇ。別に何を言うでもなく、ただ悲しげな顔で立っておられただけでごぜぇますが…それで、ワシらは思ったのでごぜぇます。ワシらが夜盗に怯えて龍神様をお祭りしなくなったので、龍神様が悲しんでおられるのじゃと」
 続いて、平太と名乗った村人が言った。普段から農作業で鍛えているのだろうが、頑強そうな体格の青年だ。
「俺は妹様の言われた事を夕べずっと考えました。確かに夜盗は恐ろしいです。でも、ここは俺たちの村です! これ以上奴らにでかい顔はさせたくねぇ…俺は戦うつもりです」
 かなはびっくりした。自分の言葉をそこまで考えてくれた人に出会ったのははじめてである。
「あ、あはは…照れるな、なんだか」
 かなが苦笑いすると、平太は顔を赤くした。
「ともかく、そう言う事であれば、皆さんで力を合わせて、祭りと夜盗の撃退準備を整えなくてはなりませんね。これより村に参りましょう」
 白桜の言葉に、村人たちは頷いた。
「わかりました。平太、お前は先駆けして、村の者たちに白桜様と鳳仙様が参る事を伝えるのじゃ」
「へえっ!」
 平太が駆け出していく。かなと白桜は村人たちに伴われ、その後をゆっくりと続いて行った。

(これが、龍神村…)
 かなはその粗末さに驚いた。今にも崩れそうな一間の土壁の家が十数軒固まっている。日差しに照り付けられた道には砂埃が立ち、どの家が飼っているのか、鶏が数羽、土をほじくって餌を探している。
 時代劇映画で見るような貧しい農村…それを一層粗末にしたような感じだった。
「昔はもう少しまともな家ばかりだったんですが…夜盗のせいで半分以上燃やされてしまいましたでな…」
 長老が悔しさのにじんだ表情で言った。すると、家の中からぞろぞろと人が出てきた。思ったより人数は多い。彼らはかなと白桜を見てひそひそと囁きあっていた。
「あれが新しい宮司の白桜様…」
「なんと凛々しい。白光様のお若い頃に瓜二つじゃ」
 白桜の評判は上々のようだった。ちなみに、白光と言うのは白桜の父親…先代の宮司である。
 一方、かなの評判も聞こえてきた。
「妹様も愛らしいお方じゃのう」
「それにお優しそうな顔立ちじゃ」
 その声を聞き取ったのか、白桜が小声で笑う。
「鳳仙が優しそうか。実は剣では私にも引けを取らない女丈夫なのだがな」
「…そうですか?」
 かなは聞いた。そう言えば、自分の荷物の中に、儀式用の剣が入っていたな、と言う事を思い出すが、まだ彼女はそれを抜いた事はない。
「言われてみれば、里に来てから、お前の表情が柔和になった気がするな…」
 その白桜の言葉も、かなにはわからない事だった。鏡に映してみても、多少年齢が下がった事を覗けば、普段の自分と変わらないような気がするが。
 そんな話をしているうちに、一行は一軒の家の前で止まっていた。

「ご機嫌様です」
「ご機嫌様です」
 家の主である老婆とかな、白桜は挨拶を交わした。村の衆から「おばば」と呼ばれているこの温厚そうな老婆は、村で一番の長老であり、また物知りでもある。生前の白桜の両親とも親しかったと言う。
「ほぉほぉほぉ、白光様のお子たちかえ…大きゅうなりよったのぉ…この婆がおしめを変えてやった事もあるのが嘘のようじゃわい」
「は、はぁ…」
 白桜がやや赤面した様子で返事をする。おばばはひとしきり笑った後、本題を切り出した。
「それで、知りたいのは龍神様をお呼びする儀式の事じゃったな」
「は、はい。儀式は我が家に伝わる秘中の秘。私も妹も修行をはじめる前にかような事になりました故、恥ずかしながら、儀式の事を何も知りませぬ。なにとぞご教授を…」
 白桜は頭を下げた。
「わしも詳しい事は知らぬが、いくつかのしきたりは知っておる。まず、龍神様をお呼びするのは、夏至の日でなくてはならぬ」
「夏至の日…ですと!? 後三日しかない…!」
 その言葉に、白桜は血相を変えた。さらにおばばは話を続ける。
「そして、龍神様は尊きお方たちじゃ。迂闊に下界の汚れに触れぬよう、儀式は宮司と巫女だけで行い、祭りの日まで他の誰の目にも触れさせぬよう、二人だけで世話をせねばならぬのじゃ」
 本当に龍神と言う存在がいて、降りてくるのか…まぁ、夢だからなんでもアリだったっけ、とかなは思った。しかし、白桜は真剣な表情で聞いている。
 その後、具体的な祭りの手順や用意せねばならない物等についての話があり、全てが終わったのは夕方近くになってからだった。
「ありがとうございました。さっそく、準備にかかります」
 白桜が礼を言って立ち上がり、おばばの家を辞去しようとする。かなもそれに続いた。すると、おばばは思いがけない事を言い出した。
「そうじゃ、一つ言い忘れておった」
 かなたちは動きを止め、おばばのほうを振り返った。
「まだ何か?」
 かなの質問に、おばばは大きく頷くと、白桜のほうを見た。
「これだけは決しては破ってはならぬ掟じゃが…白桜様、龍神様に惚れてはならぬぞ」
「…は?」
 白桜が間抜けな声をあげた。
「何しろ、龍神様はこの世のものとも思えぬ美しいお方ばかり。それ故に、龍神様に恋焦がれた者は、人間の女子には見向きもせんようになってしまうのじゃよ」
「何かと思えば…」
 白桜は笑った。
「私は龍神様に使える宮司…その私が龍神様に想いを抱くなど、畏れ多くてそのような事ができましょうか」
 それには同意、とかなは思った。この朴念仁のお兄さんが女性に惚れるなどと言う事は、夏に雪が降る以上にあり得ない…
 いや、とかなは思い直した。彼女の記憶には、一つの単語が浮かんでいた。龍神伝説。その真の姿は、恋に落ちた人間の男と、龍の姫君に起きた悲劇ではなかったか。
 この白桜が伝説の主役になる、などと言う事があり得るとは思えなかったが、用心するに越した事はない、とかなは思った。その気持ちを見透かしたように、おばばが言う。
「鳳仙様も、白桜様がそうなったら、止めてやりなされ」
「わかりました」
 かなは素直に頭を下げた。

 儀式の準備が始まったのはそれからである。掃除中に見つけた、龍神に関する言い伝えをまとめた本を頼りに、白桜は龍神を招くための祝詞を熱心に暗誦する。そして、かなに任されたのは、巫女としての役割…龍神に捧げる舞を覚える事だった。
 その練習中、足が攣ったかなは、ようやく痛みが薄れたところで、練習を再開していた。なぜこんな面倒くさい事を、と思いつつも、舞を覚えるのは結構楽しいものだった。何しろ、この「鳳仙」の身体は、非力でどんくさいところのある「かな」の身体に比べて、軽くて動かしやすい。剣術を習っていたこともあって、意外に力もある。
 ようやく舞の半分ほどを覚えたところで、平太を追って行った白桜が帰ってきた。
「あ、お帰り、お兄さん。その包みは?」
 白桜が手に持っている何かを見てかなは尋ねた。
「む、これか?」
 白桜が包みを広げると、そこには縫いたてらしい美しい衣装が丁寧に折りたたまれて入っていた。
「これは…」
 目を丸くするかなに、白桜がそのうちの一枚を取って広げてみせる。
「村の女たちが縫ってくれたそうだ。儀式や祭りのときに使う衣装だよ。今の格好では、龍神様をお迎えするのに失礼だからな」
「それはまぁ確かに」
 旅やここへ来てからの労働で、すっかり薄汚れてしまった自分の巫女の衣裳を見て、かなは頷いた。
「ちょっと着てみようかな…」
 真新しい布地を見ていると、そんな気分が湧いてくる。白桜の視線を避けて、かなは隣室に移ると、新品の衣裳を身に纏った。頭飾りを付け、儀式用の懐剣を持つ。動く度に、飾りに付けられた鈴が美しい音色を立てた。
「ほう、似合うじゃないか」
 部屋に戻ると、白桜がかなを見て感心した声をあげた。
「ありがとう。お兄さんも似合ってるよ」
 かなはお世辞抜きで言った。新しい装束に身を固めた白桜は、本人が美形である事も手伝って、なかなかに凛々しい。役者でも通用しそうだ。
「ふむ、試しにこの衣装で儀式の練習をしてみるか」
「そうだね」
 白桜が朗々と祝詞を読み上げ、かなが鈴の音を響かせて舞う。その光景は深夜まで続けられた。

 そして、二日後の深夜…かなと白桜は龍神湖のほとりに立っていた。龍神を招く儀式の場…それがここである。昼間の炎暑はとうに去り、湖面を吹き抜ける風が二人の装束をなびかせる。
「準備は良いか?」
「いつでもどうぞ、お兄さん」
 白桜の言葉にかなが頷くと、彼は榊の木を井桁に組んで積み上げた祭壇に、手にしていた松明を放り込んだ。良く乾かしてあった祭壇は、たちまち火に包まれた。
「払いたまえ、清めたまえ。我らがカムロギ、カミロギの御前で、畏み畏み申し上げたもう…」
 独特の節回しを付けた白桜の祝詞がはじまると同時に、かなは手にした懐剣を、宙を横薙ぎに斬るように振りぬく。頭飾りや腕輪に付けられた無数の鈴が、しゃんっ、という音を立てる。
(大丈夫かな…?)
 たった三日間の付け焼刃、しかも、「鳳仙」はともかく、本職の巫女ではないかなが奉納の舞をやって、果たして大丈夫なのだろうか? かなはそこが心配だった。しかし、舞が進むにしたがって、彼女の内面に変化が起きる。
 身体が軽い。手足が自然に動く。五感が研ぎ澄まされ、今まで見えなかった何かが見える。感じられる。疲れなど感じない、圧倒的な高揚感。白桜も同じような状態なのか、いつもに増して力強い声で祝詞を響かせている。
 それがどれだけ続いたのか…ふと気付いたとき、二人は眩しい光の中にあった。
「お兄さん、これは…!」
「天の通い路だ…龍神様が…降りていらっしゃる!」
 視界の全てが真っ白に染まるほどの圧倒的な光量にも関わらず、その輝きは目に優しく、身体を活性化させるようだった。やがて、その光の中に、二つの人影が浮かび上がる。足元に何の支えもないのに、彼らはまるでエレベーターに乗っているような、ゆったりした動きで天下ってきた。
 気が付くと、光は消えうせ、祭壇の火は燃え尽きていた。そして、かなと白桜の前に、彼女たちはいた。
 不思議な色合いをした着物を纏った、美しい二人の女性。彼女たちが人間ではない事は、その神々しい雰囲気と、頭部に生えた一対の角を見れば明らかだった。
「龍神様…」
 感極まった声で白桜が呟いた。だが、かなは別な意味で彼女たちに…正確には、その一人に衝撃を受けていた。
 全てを無くした子犬のような、あの弱々しい眼差しはなく、髪の長さも違う。しかし、その龍神は紛れもなく、かなの良く知る人物だった。彼女は思わずその名を呼んでいた。
「…しぐれ」
 龍神がその声を聞き取ったか、驚いたような表情になる。しかし、次の瞬間。
「白桜様、白桜様ぁ〜〜〜!! お会いしたかったですううぅぅ〜〜〜っっ!!」
 もう一人の龍神が、その神々しさを微塵に粉砕するようなすっとんきょうな声をあげて、白桜に抱きついた。
「うわあっ!?」
 抱きつかれた白桜の方は、何が起きたかわからず目を白黒させるばかりだ。その騒ぎを横に見ながら、もう一人の龍神は言った。
「何故、貴女が私の名を知っているのかは存じませんが…」
 やっぱりしぐれなんだ、とかなが口を開こうとすると、それより先に龍神は言葉を続けた。
「とりあえず、妹を白桜様から引き剥がしていただけますか?」
「う、うん。そうだね」
 かなは頷くと、白桜と妹の龍神の間に強引に割って入った。その間、しぐれはかなのフレンドリーな口調の返事に目を丸くしていた。

 かなたち若生兄妹と龍神の姉妹が社に帰り着いたのは、そろそろ夜が明けようかという時刻のことだった。
「陋屋ではございますが…」
 白桜は社殿の中で、一番綺麗に残っていた部屋に姉妹を案内した。祭りまで、ここが姉妹の居室となる。
「いえ…白光様に招かれたときも、こちらの部屋を使わせていただきました」
 しぐれが微笑んだ。以前にも来た事があるらしい。
「そうでしたか。では、我々はこれで…」
 白桜は一礼して退出しようとした。かなもそれに続こうとしたが、しぐれに呼び止められた。
「鳳仙様は、少し残っていただけますか?」
「え? う、うん」
 かなが返事をすると、白桜に叱責された。
「こら、鳳仙。龍神様に向かってなんと言う気安い物言いをするのだ」
「で、でも」
 しぐれは友達だし、と言いかけて、かなは沈黙した。ここは夢の世界。現実世界の関係は通用しないのだ。
「ごめんなさい、お兄さん、龍神様」
 とりあえず謝ると、白桜は「粗相がないようにな」と言って退出していった。そこで、ようやくしぐれは本題を切り出した。
「鳳仙様、貴女が何故私の名を知っているのですか?」
「それは…」
 かなは返事に困った。山の中で知り合い、友人になったから。そう答える事はできる。しかし、目の前にいるしぐれは、かなが知っているしぐれではない。
「…そう言えば、あなたは先見の力がありましたね。それでですか?」
「…え? ま、まぁ…そうですね」
 先見の力とやらが何かは知らないが、かなはとりあえず同意しておいた。すると、妹の方が声をあげた。
「えぅ〜っ! お姉様だけ知っているなんてズルいよ〜。私の名前は〜?」
 かなは思わず脱力しそうになった。さっき湖で白桜に抱きついたときもそうだが、凛としたしぐれに対して、この妹はあまりにも威厳が無さ過ぎる。
「私の名前は〜?」
 しつこく聞いてくる妹に、かなは共通した言動の友人の事を思い出して、その名を口にした。
「えっと…澄乃?」
「えう〜〜っ! 違うよ〜、菊花ですよ〜!」
 拗ねた子供のような口調で抗議する菊花に、しぐれがぴしゃりと威厳を込めた声で言った。
「菊花、あなたは少し落ち着きなさい」
「えぅ〜…」
 姉に叱られた菊花がしょげ返る。
「ともかく…」
 こほん、と軽く咳払いをしてしぐれは言った。
「神の名には霊力が宿ります。これからしばらくはお世話になりますが、迂闊に私の名を口に出しませぬように。災いを呼んでしまうやもしれませぬから」
「は、はい」
 かなは頷いた。容姿は同じでも、今のしぐれには、かなの知るしぐれには無い迫力があった。思わず敬語を使ってしまう。
「それだけです。さぁ、儀式でお疲れでしょう。鳳仙様ももうお休みなさい」
「はい」
 かなは頷いて立ち上がった。外に出て、中庭に面した回廊に出てから、ほっとため息をつく。
(そう言えば、何で今日まで思い出しもしなかったんだろう?)
 かなは、この世界でしぐれの事をまったく考えなかった事を、不自然に思った。夢に入る前、最後の記憶は、風呂場で倒れたしぐれを部屋まで運んだ事だったと言うのに。その時、しぐれの頭には…
「角が…あったよね」
 見間違いではなかった。では、あのしぐれはこの夢のしぐれと同一人物なのだろうか?
「訳がわからないよ…」
 そもそも、本当にここが夢なのかどうかもわからなくなって来た。ひょっとしたら、自分は本当に「鳳仙」で、龍神天守閣で女将を営んでいた「かな」と言う人物の夢を見ていたのかも。
 頭が痛くなりそうだった。とりあえず、かなは休む事にした。儀式のときは高揚して感じられなかった疲れが、今は鉛のように全身に溜まっている。
(次に目が覚めたとき…私は「かな」? それとも、「鳳仙」?)
 それ以上考える元気は無かった。かなは部屋に戻り、布団に潜ると、そのまま深い眠りに落ちていった。

(つづく)


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