診療所の一角で、芽依子はため息をついていた。病室からは賑やかな声が聞こえてくる。
「かなちゃんが無事でよかったよ〜」
「うん、心配かけてごめんね、澄乃。小夜里さんも」
「うふふ、かなちゃんがいない間は、あたしが女将代理としてしっかり仕切ってるから、大船に乗った気でいなさいな」
「あはは、ありがとうございます」
「かなちゃん、みかん持ってきたよ〜」
「うん、後で食べるよ」
二日前、社の石段から転げ落ちて入院中のかなを見舞うために、雪月母娘が来ているのだ。幸い、かなの怪我は大した事はなかった。意識は半日ほどで戻ったが、頭を打っていたので念のため入院させ、精密検査もした。その結果、脳への損傷などはなく、頭の切り傷も、出血の割には大きなものではなく、跡も残らないはずだった。
身体の方も、二、三箇所打ち身ができただけで、明日には退院できると誠史郎は太鼓判を押していた。しかし、芽依子には他の人にはわからない懸念があった。


SNOW Outside Story

雪のかなたの物語

第19回 なくしたもの、みつけたもの


「じゃあ、仕事に戻るね」
「後の事は任せなさい」
「うん、明日からは私もがんばるから」
 やがて、雪月母娘が連れ立って帰っていくと、入れ替わるようにして芽依子はかなの病室に入った。
「かなさん、気分はどうだ?」
「あ、芽依子…うん、どこも悪いところは無いよ」
 かながにっこりと微笑む。しかし、すぐに暗い表情になった。
「でも…桜花が心配だな…明日ちゃんと会って話をしないと…」
 真剣に悩むかなの横顔からは、桜花を心の底から案じている様子が窺える。まるで、母親のように慈愛に溢れた表情でもある。
 その桜花は、かなが石段から落ち、旭が診療所に走っている間に、また倒れてしまった。熱が酷くなったのだ。今は龍神天守閣に運んで、澄乃と旭が交互に看病している。
「もうだいぶ熱も下がったそうだから、明日は話ができるだろう…ところでかなさん」
 芽依子が呼びかけると、かなは考え事を止めて頭を上げた。
「なぁに?」
「その…なんだ、昔と違って今は女の子なんだから、あまり無茶するなよ」
 芽依子が言うと、かなは苦笑した。
「あ、ひどいな芽依子。それは、私はあまり女の子らしくなかったけど」
「いや、昔のかなさんを私は知らないが」
 芽依子が言うと、かなは「思い出」を語り始めた。
「男の子みたいにしてたらしいよ。村に来た時、澄乃に男の子じゃなかったのかって言われたときは、さすがにショックだったな」
「…まぁ、とにかく明日まではゆっくり休め」
 芽依子は病室を出た。もう一度ため息をつく。
(まさか本人までとは…天はそこまで無慈悲なのか)
 そう。芽依子以外は気づいていないが、意識を回復したかなは、内面も完全に女の子になっていた。性格だけではない。記憶さえも、自分は生まれた時から女性だった、と言う事に改変されていた。
 思うに、ここへ来てから身体が女性に変化した事、さらに龍神天守閣を任されたことで、かなには想像を絶するストレスがかかっていたのだろう。それが、事故のショックで限界を超え、無意識のうちに「自分は前から女性だった」と思い込む事で、それまでの過酷な現実からの逃避を図っているに違いない…それが芽依子の分析だった。
 とは言え、そこから先は芽依子にもどうしようもなかった。治す方法はわからないし、そもそも治したところで、また何かあれば同じ症状をぶり返すかもしれない。下手をすると、かなの心そのものが壊れてしまう可能性すらあった。
 ともかく、今は様子を見るしかない。幸い、彼女が男だった事を覚えているのは、今となっては芽依子一人だけだ。彼女さえ口をつぐんでいれば、不審に思うものは誰もいない。
(参ったな…これでかなさんの精神が安定してくれれば良いんだが)
 芽依子にはそれを祈る事しかできそうも無かった。

 翌日、かなは退院した。車で送っていくと言う誠史郎の申し出を丁寧に断り、雪道を歩いていく。
「あ、かなちゃん、身体はもう良いのかい?」
「はい、おかげさまで。ご心配をおかけしました」
 途中すれ違った村人に、かなは笑顔で答えた。彼女が通った後には、なぜか顔を赤くしてもだえている男たちが数多く残された。
 そんな事には気づくはずもなく、かなは久しぶりに龍神天守閣の扉を潜る。すると、そこには着物姿の小夜里がロビーの番をしていた。
「いらっしゃいませ〜って、かなちゃんじゃない。お帰りなさい」
 かなの元気そうな姿を見て、小夜里は破顔した。かなを澄乃と並ぶもう一人の娘のように思っている彼女にとって、かなが入院していたここ数日は心配のし通しだった。
「ただいまです。留守の間どうもありがとうございました」
 小夜里が自分の店を放り出して龍神天守閣に来ていた事を知っているかなは、深々と頭を下げた。もっとも、村民全員が顔見知りと言ってもいいこの村では、店が空いているからと言って、盗みを働くような不届者はいない。ちゃんと名前を書いた紙に代金を添えて置いていくのが作法であるから、小夜里が店を空けていても問題は無いのである。
「そんなに堅苦しくしなくて良いわよ。それより、澄乃や旭ちゃんに無事な姿を見せてあげなさい」
「ええ、そうします」
 小夜里の言葉に頷き、かなは奥へ進んだ。自分の部屋に入ると、中で布団を囲んでいた三人と一匹が一斉に彼女の方を向いた。
「かなちゃん! お帰りなさいだよ〜」
「おかえりなのだ、かな」
「ウニャ〜」
 澄乃、旭、シャモンがそれぞれに挨拶してくる。
「ただいま。心配かけてごめんね」
 挨拶を返しながら部屋の中心部に進むと、澄乃たちは散開して場所を開けた。その開いた場所に座り、布団の主に優しく声をかける。
「ただいま、桜花」
 桜花は何も答えようとしなかった。かなが帰ってきた時にもぞもぞ動いたので、起きているのは確かなのだが。
「桜花、ダメだよ。挨拶はちゃんとしないと」
 かながもう一度呼んでも、桜花は返事をしようとしない。彼女は澄乃と旭に目配せをした。二人は頷き、そっと部屋を出て行く。ここはかなに任せるべきだと判断したのだ。
 部屋の中にいるのがかなと桜花、シャモンだけになると、かなは桜花に言い聞かせるように口を開いた。
「桜花、ちゃんと顔を見せて。大丈夫、私は怒ってないから」
 かなは、そう言いながら布団をめくろうとしたが、桜花は中でしっかりと布団を握り締めて、それに抵抗した。仕方なく、かなは布団を離した。
「桜花、私の事が嫌いになっちゃったの?」
 代わりに悲しげな声で言うと、初めて桜花が返事をした。
「…そんな事無いのじゃ」
「じゃあ、どうして顔を見せてくれないの?」
 かながそう重ねて聞くと、布団の中からぼそぼそと言う声が聞こえてきた。
「…わらわはかなにケガをさせてしまったのじゃ…どんな顔でかなを見ればいいのかわからぬ…」
「だから、私はぜんぜんそんなこと気にしてないよ。桜花がケガをしなくて本当に良かったと思ってる」
 かなは重ねてケガのことは気にしなくて良いと言ったが、桜花はよほど自責の念を感じているのか、何も答えようとはしなかった。しばらく待って、かなは言った。
「桜花…そんな風に桜花が話してくれない方が、私は悲しいよ」
 布団の中の桜花がぴくりと震える。
「だから、ちゃんと顔を見せて、桜花」
 かながそう言うと、桜花の布団が震えだした。
「い…嫌なのじゃ…わらわは…わらわは嫌われとうない」
「…桜花?」
 桜花の声の様子がおかしい事に気づき、かなは布団に手を伸ばそうとした。しかし、その前に桜花が自ら布団を跳ね除けた。その目が真っ赤になり、涙をぼろぼろこぼしている。
「わらわは…わらわは…どうしたら良いのかわからぬのじゃ! 父上も、母上も、とうに死んでしまっておった…わらわは一人ぼっちじゃ…どこに行くあても無い。わらわは…わらわは…!!」
 次の瞬間、かなは桜花の身体を強く抱きしめていた。激していた桜花の声が、不意を突かれて止まる。
「桜花…そんな寂しいこと言わないで」
 かなは桜花の耳元で、優しく言い聞かせる。父母を失った事を思い出した桜花にとって、かなは数少ない彼女の親しい人物なのだ。そのかなにケガをさせてしまった事で、自分は嫌われてしまうのではないか。いや、きっと嫌われたに違いない…桜花はそう思い込んでしまっているのだ。
 その頑なな気持ちをほぐしてやれるのも、またかなだけだった。
「桜花がどこにも行けないなら、どこにも行くあてが無いなら…うちに来れば良いよ」
「…か…な」
 かなの言い聞かせる言葉に、桜花の身体の震えが静まっていく。
「それに、桜花は一人ぼっちなんかじゃない。桜花が望むなら…私が…」
 かなは一瞬口篭もった。それは、桜花を愛しいと思う彼女にしても、大きな決断だった。しかし、腕の中の小さな温もりが、その一瞬のためらいを溶かし去った。そして、かなは決意を口にした。
「私が、桜花の新しいお母さんになってあげる」
「かな…かなああぁぁぁぁぁっ!!」
 桜花が大声で泣き出した。かなの胸にしっかりとしがみつき、ただただ泣きじゃくる。この数年間、彼女がその身に背負ってきたであろう孤独を洗い流すように。
「私だけじゃないよ。旭や澄乃はお姉さんになってくれるだろうし、それに、シャモンだってずっといっしょにいてくれたじゃない。だから、桜花は一人じゃない。安心して良いんだよ」
「ウニャ〜」
 同意するようにシャモンが一声鳴いた。ちょっと不機嫌そうなのは、彼にしてみれば我こそが桜花を守ってきた騎士なのだ、と言う自負があるからかもしれない。
 桜花の嗚咽はしばらく続き、やがて、泣き疲れたのか、その声は安らかな寝息に変わって行った。かなはそっと桜花を布団に寝かしつけ、シャモンに向かって言った。
「シャモン、しっかりと桜花を見ていてあげてね」
「ウニャ!」
 心得た、と言わんばかりの頼もしい返事をするシャモンの頭を軽くなで、かなは部屋の外に出た。そこでは、様子を窺っていたのか、旭と澄乃が立っていた。
「えっと…」
 かなが口を開こうとしたとき、機先を制するように旭が力強く宣言した。
「ボク、一生懸命桜花の良いお姉さんになるようにがんばるのだ!!」
 続いて、澄乃も微笑んで言った。
「わたしも、桜花ちゃんみたいな可愛い妹なら、大歓迎だよ〜」
「ありゃ、聞かれてたんだ…」
 かなは少し恥ずかしそうに苦笑した。
「それよりも、これからが大変だね〜、かなお母さん」
 澄乃が珍しく、からかうように言う。かなは頷いた。
「そうだね…養子縁組とかって、手続き大変なのかな?」
 真面目な顔で答えるかなを、旭と澄乃は微笑ましそうな表情で見つめた。

 結局、養子縁組の正式な手続きは行わなかった。養子…つまり、この場合は桜花だが、彼女の出生を証明するようなものが何も無かったためである。それに、かな自身がまだ未成年者である事もあって、手続きが受理されるかどうかも怪しいところがあった。
 それに、法的なことうんぬんよりも、まずそこに親子としての絆があれば問題ない、というのがかなの考えでもあった。
 一応、つぐみのいない間、かなの保護者役を買って出てくれている小夜里にも、桜花を育てる事について相談してみた。
「そうねぇ…客商売してると大変よ? お客さんに迷惑かけたり、いたずらしたりするかもしれないし」
 小夜里の言葉に、かなは頬を膨らませて答えた。
「桜花はそんな悪い子じゃありませんよ」
「そうね、聞き分けの良さそうな子ではあったけど…まぁ、かなちゃんの決意が固いなら、私は止めないわ。その代わり、ちゃんと世話するのよ?」
 小夜里の言葉に、かなは頭を下げた。
「もちろんです。宿の仕事は大変だけど、ちゃんと育てます」
 そうやって決意の言葉を述べると、小夜里はにっこり笑った。
「うん…大人の顔になったわね、かなちゃん。澄乃にも見習って欲しいわ」
「えぅ〜…それはひどいよ〜」
 まだまだ子供っぽいと言われたも同然の澄乃がぷうっと膨れる。
「そういうところが子供なのよ」
 そう言って娘をあしらう小夜里。ともかく、れっきとした大人も賛同してくれたので、かなは心置きなく桜花と一緒の暮らしをはじめる事になった。
 それまではかなといっしょの部屋に寝ていた旭は、桜花といっしょに使っていない部屋の一つを子供部屋にして、そこに移る事にした。一つの布団にいっしょに包まって寝ている姿は本当の姉妹みたいで、それをみるかなや澄乃の心をほのぼのとした気持ちにさせてくれた。
 そして、一緒に暮らす事になってから、桜花のかなたちに対する呼びかけも変わった。
「母上〜」
 玄関の掃除をしているかなのところへ、シャモンを連れた桜花が走ってきた。旭もいっしょだ。
「旭姉上といっしょに遊びに行ってくるのじゃ〜」
「良いよ。あんまり遅くならないようにね」
「わかったのだ」
 旭が返事をして、二人と一匹は外へ飛び出していく。そこへ、バイトに来た澄乃が通りかかった。
「あ、澄乃姉上なのじゃ」
「こんにちは、桜花ちゃん」
 挨拶を交わし、ちょっとした話をして、桜花たちと別れた澄乃が入ってくる。
「こんにちは〜。今日もよろしくね、かなちゃん」
「よろしく、澄乃。今日は3組で10名様。1組は鍋の注文をしてるよ」
 夕食の献立について相談し、厨房に入る澄乃が、くるっと振り返ってかなに言う。
「桜花ちゃん、元気になったね」
「うん、まだ両親の事が完全に吹っ切れてはいないみたいだけど…それは時間が解決してくれるよ」
 かなが頷くと、澄乃が何か悪事を思いついたいたずらっ子のような笑顔を浮かべて言った。
「あのね、かなちゃん。お父さんも作ってあげたら、桜花ちゃん喜ぶんじゃないかな〜?」
「へ?」
 父親を作る、と言う言葉の意味がわからず、間抜けな声をあげるかなに、澄乃が爆弾を投げつけた。
「かなちゃんがお嫁さんに行けば良いんだよ〜。そしたら、お婿さんは桜花ちゃんのお父さんになるでしょう〜?」
 かなはしばし沈黙し、それから顔を真っ赤にすると、手をぶんぶん振った。
「ば、ばかっ! とんでもないこと言わないでよ!」
「そうかな〜? かなちゃんって、村の男の人たちには大人気なんだよ」
「し、知らないよ!」
 しばし澄乃にからかい倒され、かなは憤然とした表情でロビーのソファに座り込んだ。
「まったく…澄乃め、芽依子あたりに悪い影響受けすぎだよ」
 そう言いながらも、かなは澄乃の言葉に含まれていたある言葉について考えていた。
「お父さん、か…桜花はああやって慕ってくれてるけど、やっぱり子供には両親がいたほうがいいのかな…」
 かなの両親は、それなりに厳しい父と、やさしい母の組み合わせだった。二人のバランスの中で、自分は育った経験がある。周囲を見れば、父のいない澄乃は甘えん坊だし、母のいない芽依子はちょっとひねくれた娘だ。両親のいない旭も変わり者である。かなはつくづく思った。
「…家庭環境って大事だよね。でも、二人も子連れの女をもらってくれるような甲斐性のある男なんてそうはいな…じゃなくて! 結婚なんてできるわけないじゃない。元はと言えば、私は…」
 かなは口篭もった。
「私は…」
 そこから先の言葉が続けられない。
「…なんだっけ?」
 何か、大事な事を忘れている気がする。自分と言う存在の根源に関わる、大事な何かだ。
「…」
 かなが首を傾げたとき、厨房から澄乃の声が聞こえてきた。
「かなちゃん、代わりのお醤油が無いよ〜」
「あ、ごめん! ケースから出すの忘れてた! 倉庫にあるはずだから、ちょっと待っててね」
 かなは立ち上がった。その瞬間、それまでの悩みはどこかに消え去っていた。

 澄乃に倉庫から出した醤油を渡して戻ってくると、玄関には遊びに出たはずの旭と桜花が、何故か膨れた顔で戻って来ていた。
「あれ、二人ともどうしたの?」
 不審に思ったかなが尋ねると、旭が不満を隠せない様子で答えた。
「社の境内が、なんだか人がいっぱいで遊べなかったのだ」
「危ないから帰れと言われたのじゃ」
 桜花も不満たらたらだ。かなは首を傾げる。普段は人気の無い境内に、それほど多くの人が? しかも危険?
「ふーん…まぁ、しょうがないね。今日は中庭で遊びなさい。お客様の迷惑にならないようにね」
「わかったのじゃ」
「はいなのだ〜」
 遊び場が開放されると、二人とシャモンは機嫌を直して中庭の方へ走って行った。それを見送ると、社の様子が気になったかなは、様子を見に行ってみることにした。

 果たして、社に着くと、確かに多くの人影が動き回り、何かの作業をしていた。どうやら、集まっているのは村の男衆のようだ。
「皆さん、どうしたんですか?」
 かなが言うと、男衆は一斉に動きを止め、かなのほうを向いた。その統制の取れた動きにかなが一瞬驚いて後ずさった瞬間、男たちの顔が笑みで崩れた。
「おお、かなちゃんだ!」
「かなちゃんこそ、こんなところで何しとるんじゃ?」
 思わぬアイドル登場に色めき立つ男たちに、圧倒されつつもかなは言った。
「あ、あの…ちょっと通りすがりで。それより、皆さんは何を?」
 その質問に、男たちは顔を見合わせたが、そのうちの一人が何かを思い出したようにポンと手を打った。
「そうか、かなちゃんは村に来て日が浅いから、知らんのじゃったな。もうすぐお祭りがあるんじゃよ」
 見覚えのある酒蔵の職人が言うと、郵便局の配達員が後を引き取った。
「龍神鎮魂祭って言いましてね。恋人と引き離された龍神様をお慰めするんですよ」
「わしらはその準備に来とるっちゅうわけじゃ」
「へぇ、そんなお祭りがあったんですか…」
 言いながら、かなは宿の仕事に影響があるかな、と考えをめぐらせかけた。すると、職人が笑いながら言った。
「花火も上がるから、かなちゃんも見に来るとええ。旭ちゃんたちを連れてな」
「花火?」
 思いがけない単語を聞いて、かなは不思議そうな表情になった。
「花火って言ったら、村の外では夏が主流らしいですけど、花火の光が雪に映えるのも良いもんですよ」
「たまに花火の音で雪崩が起きたりもするけどな」
 わはははは、と大きな笑い声が上がった。しかし、かなは笑えなかった。
「な、雪崩って…大丈夫なんですか?」
「心配いらんよ。雪崩が起きるのは山の上の方で、村に近い辺りでは起きん」
 村人はかなの懸念を笑い飛ばしたが、彼女の心配の種は他のところにあった。
(しぐれ…大丈夫かな?)
 しぐれがどこに住んでいるのか、かなは知らない。しかし、山の中にあるのは確かだ。もし彼女が雪崩にあったら…と思うと、かなの背筋に冷たいものが走った。
(そうだ、祭りの間はしぐれもうちに呼ぼう。それでいっしょに祭りを楽しめば、雪崩の心配もないし一石二鳥だ)
 かなは名案を思いついた、とばかりに微笑み、それを安心の表情と見て取った男衆たちが、思わずその笑顔に見とれる。無意識に彼らに自分への好意を刷り込んでいる事にも気付かず、次にしぐれに会いに行けそうな日を、頭の中で調べるかなだった。

(つづく)


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