着物の帯をしっかり締めると、気も引き締まった感じがした。
「これで良し、っと。すっかり寝込んじゃったからなぁ…取り返さないと」
 かなは呟いた。結局、丸々一週間風邪引きでつぶれてしまった。今日からの頑張りで挽回しなくてはならない。
「その前に…あの約束か。仕方がない、できるもので我慢してもらおう」
 彼女はそう言うと厨房に向かって歩き始めた。芽依子と桜花に何かご飯を作ってやるという約束、すっかり履行の遅れてしまったそれを果たさなくてはならない。


SNOW Outside Story

雪のかなたの物語

第16回 友情の芽生え


 突然かなが尋ねてきたことで、芽依子は訝しげな表情を向けてきた。
「どうしたんだ、かなさん。まだ具合が悪いのか?」
 かなは首を横に振った。微かにその顔が赤いのは、風邪で寝込んでいた間の苦しい思い出のせいだった。
「それはないよ。芽依子がくれた薬、確かに効いたから」
 答えながら、ますます顔が赤くなる。芽依子がかなにくれた薬とは…すなわち座薬だった。これを一日一回芽依子に使われたときの事は…恥ずかしすぎて思い出したくもない。
「じゃあ、何の用だ? 見ての通り私は忙しい」
 診察室の椅子に足を組んで腰掛け、何かの本をサツマイモチップを摘みつつ読みながら言う芽依子。もちろん、患者は一人も存在しない。龍神天守閣とは好対照をなすヒマっぷりがそこにはあった。
「…どこが?」
 思わずツッコむかな。
「素人にはわからん」
 理屈にもなってない答えを返した芽依子だったが、ふと鼻をひくつかせた。
「なんだか、いい匂いがするな」
 そこで、かなは微笑を浮かべると、手提げ袋に入れていたタッパーを取り出し、芽依子に差し出した。
「ほら、前に芽依子にお弁当を作るって約束したじゃないか」
「本当に作ってきたのか?」
 珍しくも芽依子が驚きの声を上げる。
「約束だからね。さ、これが芽依子の分」
 かなが差し出すタッパーを受け取り、芽依子は満足げに笑った。
「どれ、かなさんの手作り弁当、早速頂こうかな」
 そう言ってタッパーを開けた芽依子だったが、次の瞬間、思い切り不審げな表情になった。タッパーには茶色に染まったご飯が隙間無く詰められていたのだ。
「…なんだこれは?」
「…味噌チャーハン」
 かなはちょっと恥ずかしそうに答えた。味噌チャーハンは彼女が彼女になる前から作ることのできた、数少ない料理の一つだ。と言っても、ご飯に適当に切った市販のチャーシュー(ハムやベーコンの場合も有り)とミックスベジタブルを混ぜ、味噌を大さじいっぱい落として炒めるだけの、ごくシンプルなものである。
「…何と言うか、想像してたのとはたいぶ違うな」
 別段非難がましい響きはこもっていない芽依子の言葉だったが、かなは恐縮したように「ごめん」と謝った。彼女としても、本当はちゃんとした料理を作りたかったのだが、風邪で倒れる前に調達した材料はとっくに使ってしまっており、結局これしかできなかったのである。
「で、でも、味には自信があるから」
 かなが言うと、芽依子はふむ、とつぶやいてどこからとも無く割り箸を取り出し、ひとすくい口に放り込んだ。そのまま、何も言わずに咀嚼する。
「…ど、どうかな?」
 その無言ぶりに不安になったかながたまらず聞くと、芽依子はつぶやくように答えた。
「美味しい…」
「え?」
 小声でよく聞き取れなかったため、かなが聞き返すと、芽依子は何故か怒ったような表情になった。
「うるさい。二度とは言わん」
 そう言い放つが、箸を動かす手は止めない。どうやら気に入ってくれたようだ、とかなはほっとした。同時に、芽依子の態度におかしみが湧いてくる。思わず本音を漏らしてしまったことを恥じているのだろう。しかし、同時に疑念も起きる。
(でも…なんでそうやっていつも本音を見せないようにしてるんだろう?)
 ただ単にあまのじゃくな性格だから、と言うわけでもなさそうだ。むしろ、思わず漏れた「美味しい」と言う感想にこめられた素直さこそ、彼女の本質のような気もする。
(でも、聞いても教えてくれないだろうな)
 かなはそう思った。芽依子が素直じゃない女の子を演じているとして、それには何か深い理由があっての事だろう。無理に聞き出すつもりはなかった。
 その時、突然外から何かが壊れるような物凄い大音響が聞こえてきた。
「わ、な、何!?」
 慌てふためくかなに、対照的に平静な芽依子がつまらなさそうに言った。
「あぁ、誠史郎が帰ってきたんだろう」
「え?」
 かなはブラインドの隙間から窓の向こうを覗いた。すると、駐車場のタイヤバリアに見覚えのあるワンボックスカーが豪快に突っ込んでいるのが見えた。
(…何時もあんななのか?)
 誠史郎の壮絶な運転技術は、かなも以前身をもって体験していたが、まさか自宅でまでそうだとは知らなかった。よく死人が出ないな、と妙な感心をしていると、診察室のドアが開いた。
「やぁ、パパのお帰りだよ、芽依子〜」
 奇跡的に(としか、かなには思えなかった)無傷の誠史郎が満面の笑顔で入ってきた。
「こんにちは、誠史郎さん」
「おや、かなくんもいたのか。これは珍しい」
 そう挨拶を返してきた誠史郎が、鼻をうごめかせる。
「おや、何か良い匂いが・・・芽依子、それはなんだい?」
 目ざとく味噌チャーハンを発見した誠史郎に、芽依子が不愉快そうな表情を見せた。
「やらんぞ。これは私のだ」
「はっはっは、良いじゃないか。パパにも一口おくれよ」
 口では頼み事の形を取っているが、スキを見て芽依子の分を奪おうとしている誠史郎。この分では父娘ゲンカの勃発は必至と見たかなは、和平調停に乗り出した。
「まぁまぁ、誠史郎さんの分は今度作ってきますから」
「なに、これはかなくんが作ったのかい?」
 誠史郎が目を丸くした。
「ええ、実は」
 かなが頷くと、誠史郎は眼鏡をきらりと輝かせて不敵な笑みを浮かべた。
「ほほぅ…これはぜひとも味見をしなくては」
「…え?」
 かなの和平調停は思い切り逆効果に作用した。タッパーを持った芽依子に対し、誠史郎がやはりどこからともなく割り箸を取り出す。
(…なんだかんだ言って、やっぱり父娘なんだな、この二人)
 止めるのをあきらめたかなの前で、芽依子と誠史郎が、試合に臨む武芸者にも似た気迫を発して向かい合う。そして…
「!」
 勝負はまさに一瞬だった。芽依子と誠史郎の立っている場所が入れ替わる。芽依子はタッパーのふたを閉めていたが、誠史郎の箸の先には味噌チャーハンがしっかり掴まれていた。ニヤリと笑った誠史郎がそれを口に運び、ゆっくりと噛み締める。
(誠史郎さんの…勝ち?)
 かながそう思った瞬間、味噌チャーハンを飲み込んだ誠史郎が何時になく渋い声で言った。
「腕を上げたな、芽依子。パパは嬉しいぞ」
 言い終えると同時に、誠史郎の巨体は前のめりに床に轟沈した。どうやら、芽依子の一撃が決まっていたらしい。
「引き分けか…」
 芽依子はそう言うと、ふたを開けて残りの味噌チャーハンを食べ、空になったタッパーをかなに返してきた。
「ごちそうさま」
「どういたしまして」
 かなは頷いてタッパーをしまいこんだ。芽依子はその間黙って窓の外を見ていた。
「それじゃ、もう行くよ」
 かなが手提げ袋を持ち直して言うと、芽依子はああ、と生返事をしたが、ドアから出て行こうとするかなの背中に向かって言った。
「良かったら、また作ってくれ」
 かなは振り向くと、にっこり笑って答えた。
「もちろん」
 その瞬間、床に沈んでいた誠史郎が何事もなかったように起き上がって来た。
「あ、僕の分も頼んで良いかな?」
「ええ、良いですよ」
 誠史郎の不死身振りにはもう慣れていたので、かなは別に驚きもせずに答えたが、次の誠史郎の言葉に思い切り落ち込んだ。
「なかなか美味かったよ。かなくんは良いお嫁さんになれるな、ははは」
 先日の澄乃に続く「良いお嫁さん」攻撃に、かなは思わずよろめいて、壁に身体を預けた。
「誠史郎さん…俺の事情を知っててそれを言いますか…」
 かなが搾り出すような苦しい声で言うと、誠史郎はきょとんとした顔つきで聞き返してきた。
「…何かまずい事を言ったかな?」
「かなり」
 芽依子が重々しい口調で答える。もはや反論する気力もなく、かなは悄然とした顔つきで診療所を後にした。窓の向こうからその後ろ姿を見送っていた橘父娘だが、ふと誠史郎はポンと手を打った。
「そういえば、かなくんの体組織の精密検査結果が届いてたんだった。言うの忘れてたな」
「このヤブ医者め。で、結果は?」
 芽依子が呆れつつ聞くと、誠史郎はFAXされてきた結果を彼女に手渡した。
「見ての通り、実に健康な10代女性のものだそうだ。異常はないらしい。良かった良かった」
「…かなさん的には良くないだろうな」
 芽依子は誠史郎に聞こえないようにつぶやくと、紙を二つ折りにして本に挟んだ。この事はかなには言わないでおこう、と誓い、窓の向こうの空を見上げる。
(かなさんに対する記憶や認識の変化…これも事態のうちなのか?)
 芽依子の内心の問いに答えが返ってくる事は、もちろんなかった。

 その頃、かなは気を取り直して龍神の社へ向かっていた。石段の下に着くと、聞きなれたにぎやかな声が響いてくる。
「待つのじゃ、旭〜!」
「わはは、捕まえてみろなのだ〜!」
 かなは微笑すると、手提げ袋を持ち直し、石段を登り始めた。境内では、あの大きな雪だるまを中心にして、桜花と旭が鬼ごっこの真っ最中だった。しかし、かなが来たことに気がつくと、二人は鬼ごっこを中断して、かなのもとに駆け寄ってきた。
「おはようなのじゃ、かな」
「もうこんにちわの時間だよ、桜花」
 桜花の挨拶を訂正しつつも、よくできましたとばかりに頭をなでてやるかな。桜花は気持ちよさそうにそれを受けている。
「かな、どうしたのだ?」
 来訪の理由を問う旭に、かなはにっこり笑って手提げ袋からタッパーを取り出した。
「ご飯持ってきたよ」
 漂う味噌チャーハンの香りに、食欲を刺激された桜花と旭の腹の虫が立て続けに鳴いた。赤くなる二人に、思わず吹き出しかけるかな。
「いっぱい作ってきたから、みんなで食べようか」
 かなはそう言うと、社の階にビニールシートを広げ、タッパーを並べた。旭と桜花は、何が出てくるのかと真剣な目で見つめている。
(…ちょっと恥ずかしいな)
 芽依子も一瞬呆れたよな表情をしたし、やっぱり少し手間がかかっても、もうちょっと普通の料理を作ってくるべきだったか、と後悔するかな。しかし、二人の反応は好意的だった。
「なんだか美味しそうな匂いなのだ」
「本当なのじゃ。早く食べるのじゃ」
「ウニャ〜ン」
 シャモンも待ちきれない、と言うように声をあげる。かなは自分の分から少しとりわけてシャモンにあげることにした。そして。
「いただきます(なのだ/なのじゃ)〜」
 手を合わせると、3人と1匹は味噌チャーハンを食べ始めた。
「おおお〜」
「美味しいのじゃ〜」
「ウニャ〜」
 旭、桜花、シャモンがそれぞれの表現で感嘆の声をあげる。特に旭が嬉しそうなのは、かなが具として旭の大好物であるポンレスハムを使っていたからであろう。
「気に入った?」
 かなが聞くと、2人と1匹はこくこくと首を縦に振った。無言なのは、みんな口いっぱいに味噌チャーハンを頬張っていたからである。
 こうして、社での昼食会は好評のうちに終わった。かながタッパーを回収していると、旭がそれに気づいた。
「あれ? かな、もう一個開けてないのがあるのだ」
 旭の言う通り、手提げ袋の中には、未開封のタッパーが一つ残っていた。桜花が目を輝かせる。
「まだ残っておるのかえ? 食べたいのじゃ」
 しかし、かなはその上に他のタッパーを積み重ねて守るようにすると、首を横に振る。
「駄目だよ。これは別の人にあげるんだから」
「むぅ〜…」
 かなの言葉に桜花が頬を膨らませる。かなは苦笑すると、桜花をあやすように頭をなでてやった。
「また作ってあげるよ」
「…約束じゃぞ?」
 上目遣いに聞く桜花に指きりで応え、かなは立ち上がった。味噌チャーハンを渡したい最後の一人のところへ行くのだ。旭と桜花に別れを告げて、彼女は雪の遊歩道に足を踏み入れた。

 それから1時間後、かなは例の石積みの前に来ていた。この日も、その前には花が供えてあった。しかし、寒さにかなりしおれている。かなは、今日はあの人はまだ来ていない、と考え、少し待ってみることにした。
 そして、それほど待つほども無く、最後の一人…しぐれがやってきた。その手には花を抱えている。しかし、かなが待っているのを見ると、彼女は驚きに目を丸くした。
「かなさん…いらしてたんですか?」
「こんにちは、しぐれさん」
 かなはにっこり笑って挨拶し、石積みの前を開けた。しぐれが頷き、花を取り替え、祈りを捧げる。かなもそれに倣って目を閉じた。
「今日は、どうされたのですか? ずいぶん長い間いらっしゃいませんでしたが…」
 祈りを終えて聞いてきたしぐれに、ここ一週間のことを説明すると、かなはタッパーを取り出した。それを不思議そうな目で見るしぐれに、かなは言った。
「これ、しぐれさんにと思って」
 タッパーを開けると、しぐれはますます不思議そうな表情でかなとタッパーの中身を交互に見る。
「味噌チャーハンって言う食べ物なんだ。私が作ったんだけど、食べない?」
 かなが説明すると、ようやくしぐれは事態を理解したようだった。
「いただいて、良いんですか?」
「もちろん」
 かなが頷くと、しぐれは神妙な表情でタッパーを押し頂いた。そして、一口食べると、ほうっとため息をついた。
「美味しいです…変わったお味ですけど」
「そう?」
 かなが喜ぶと、しぐれは妙なことを言った。
「こうして人の手が加わった物を食べるのは、ずいぶん久しぶりですね…」
「…え?」
 それはどういう意味だろう、とかなは思った。素直に取れば、しぐれは長い間普通の料理を食べて来なかったようにも聞こえる。
(桜花と言い、旭と言い、なんかまともな食生活を送って無さそうな人が多いのはどうしてだろう)
 かなは真剣に考え込んでしまった。
(もしかして…普通の料理食べてないから、俺が作った程度のものでも美味しいとか?)
 考えているうちに、彼女はかなり衝撃的な結論を導き出しかけてしまった。
(あ、でも芽依子や征史郎さんは美味しいって…でも、あの二人も結構普通じゃないし)
 一瞬希望を見出して、でもすぐに沈み込むかな。傍目にはかなり面白い。
(…今度、澄乃にも食べさせて、感想を聞いてみよう)
 結局、料理上手な人に評論してもらうのが一番だ、とかなは結論した。その時、目の前にタッパーが差し出された。
「ご馳走様でした」
 しぐれが頭を下げてくる。かなが物思いにふけっていた間に、食べ終わっていたらしい。
「お粗末さまでした」
 かなはそう言いながら受け取ったタッパーを片付けようとしたが、少し食べ残しがあることに気がついて手を止めた。見ると、それは肉代わりに入れたポンレスハムだった。
「ハムは嫌い?」
 かなが聞くと、しぐれは頭を縦に振った。
「はい…と言うか、肉類は全般に苦手です」
 答えてから、しぐれは表情を曇らせて言った。
「すいません。せっかく作っていただいたのに、失礼な事を」
「ううん、良いよ。今度から、しぐれさんの分は肉抜きで作るから」
 かなが言うと、しぐれは驚いたように彼女の顔を見つめてきた。
「また、作っていただけるのですか?」
「うん、しぐれさんが良ければだけど」
 その前に、ちゃんと美味しく作れているのかどうか、確認してからだけど、と言う言葉を飲み込みながらかなが答えると、予想に反してしぐれは悲しげな表情になった。どうしたのかとかなが思ったとき、しぐれは絞り出すような声で尋ねてきた。
「どうして…私にそんなに優しくしてくれるのですか?」
「…え?」
 かなは戸惑った。彼女がしぐれを気にする理由は、もちろんある。なぜこんな山中にいるのか。あの石積みの正体は何なのか。なぜ、昔会ったような気がするのか。わからない事だらけだ。
 しかし、それが気軽に聞けるような事ではないことも、かなにはわかっていた。
「友達だから…」
 だから、かなはそう言った。それは、本心であって本心ではない言葉だ。しぐれについてもっと知りたい。それがかなの本心だ。しかし、しぐれに対して友情を感じ始めているのも、また紛れも無い本心だった。
「私が友達?」
 一方のしぐれは、やはり戸惑った表情をしていた。まるで、自分をそう呼んでくれる人がいる事など信じられないとでも言いたげだった。その表情は、かなの胸を締め付けた。彼女はもう昔の友人たちには会えない。家族に会うことすら難しいのだ。だから、かなにはしぐれの持つ孤独の辛さが理解できた。
「私が友達じゃイヤかな」
 かなは言った。すると、しぐれは慌てたように首を横に振った。
「そ、そんな事はありませんけど」
「じゃあ、良いよね」
 かなは微笑んだ。少し強引な物言いで押し通したが、かなが孤独から救われているのは、彼女には澄乃や芽依子といった友人がいるからだ。かなはしぐれにとってのそういう存在になりたかった。しぐれが笑ったり、楽しそうにしているところを見てみたかった。
「…はい」
 しぐれは頷いた。押しに弱そうなのは外見的な印象の通りだった。
「それじゃあ、これからも時々来るね」
 かなはそう言って立ち上がった。そろそろ帰らないと、仕事に差し支える。彼女は手提げ袋を持って立ち上がり、しぐれに手を振った。
「それじゃあね」
「はい、かなさん」
 しぐれも立ち上がって手を振り返した。その時、かなはふと思いついた事があって足を止めた。
「あのさ…友達になったんだったら、『さん』をつけて呼び合うのは、ちょっと変だよね」
「そうですか?」
 かなの言葉に、しぐれは首を傾げた。
「そうだって。だから、これからはしぐれって呼んで良いかな。もちろん、私のことはかなって呼んで欲しいんだけど…」
 しぐれはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。かなは満足して、新しい友人に対する最初の呼びかけを発した。
「じゃあ、またね。しぐれ」
「…はい、かな」
 しぐれも新しい呼び方でかなを呼んだ。そして、初めてかなに笑顔を見せた。
「結構良いですね、こういう呼び方って」
「でしょ?」
 かなも笑った。まだしぐれとの間には微妙な距離感があるかもしれない。でも、それをこれからは縮めていける。その手ごたえを感じながら、かなは山道を降りていった。

かなの収支メモ
今回は変動なし

(つづく)


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