さくさくと雪を踏みしめ、かなは山道を登っていた。その背中には2リットルのペットボトルを4本入れたバッグを抱えている。
「ふぅ…ここまでくればあと少し」
 かなは息をついた。彼女がこんなところまできている理由はただ一つ、水の採取である。桜花や芽依子に美味しい料理を食べさせる、と約束した彼女は、ここ数日の特訓で、何とか一食分の料理のレパートリーを身につけた。そこで、本番の前に、まずは最高の材料から入手しようと思ったのである。
 滝の水はその中でも真っ先に手に入るものの一つだった。何しろ、毎朝酒造会社の人が届けてくれるのだから手間が要らない。しかし、つぐみに水の提供はできないと断られてしまったのだ。理由を問うかなに、つぐみは厳かに答えた。
「当然でしょうー? このお水は、お客様のために用意したものなのよー? いくらかなちゃんでも、私的な事に使うのはだめよー」
 言われてみればそのとおりで、かなには反論の術はなかった。がっかりする彼女につぐみが言った。
「そういう時はー、滝まで取りに行けばいいのよー。その方が愛情がよりこもるはずよー」
 それもそうか、と思い直し、かなが滝に向けて出発したのが今朝の事である。しかし、夜間の降雪によって山道を進むのに難儀し、龍神湖を通過するまでに3時間近くが経過していた。
「とにかく、あと少しの我慢…おや?」
 バッグを担ぎ直したところで、かなは気が付いた。そこは、以前、澄乃と一緒に滝を見に行った時、近道なんじゃないかと思った山道への分岐点だった。彼女はしばし考えた。もしここが本当に近道なら、ずいぶん楽ができるに違いない。
「行ってみるか…」
 もしだめなら引き返せば良い。そう思い、かなは未知の山道の奥へ一歩を踏み出した。


SNOW Outside Story

雪のかなたの物語

第14回 雪降る山の出会い


 かなが失敗を悟ったのは、その道に踏み込んで30分ほど進んだ時の事だった。最初は比較的広かった道は急激に狭まり、ほとんど獣道だ。しかも滝とは違う方向へカーブしているようである。傾斜もきつくなってきた。
「外れかぁ…うぅ、1時間損した」
 がっくりと肩を落とし、かなは引き返すことを決めた。幸い自分の足跡があるので、これを辿っていけば帰りに道に迷う心配はない。しかし、帰り道に入ってから数分経った時、かなは何か気配を感じてその場に立ち止まった。
「…?」
 辺りを見回す。特に人影などは見えない…当然である。彼女を除けば、こんなところを人が歩いているわけがない。しかし、その時、目の前の茂みががさがさと揺れ、かなが驚くよりも早く、そこから人影が現れた。
「…!」
「!?」
 かなはもちろん、その人物も大いに驚いたらしい。向かい合ったまま、二人は凍りついたように動かなかった。先に再起動したのは、かなの方だった。
(わ…きれいな人…)
 かなは思わず内心で感嘆した。その人物は、かなと同年代くらいの少女だった。頭には猫の頭に似た形の帽子をかぶり、肩の露出した服やミニスカートなど、この気候で寒くないのか? と訝しくてならない服装をしている。
 しかし、妙な服装よりも印象的なのは、少女の美しさだった。髪の色は青みがかった黒髪で、透けるように白い肌を持っている。スタイルも良い。なにより、成熟した女性のようでありながら、無垢な雰囲気をも同時に持っているところが不思議だった。
「あの…」
 かなが話し掛けようとしたとき、少女がかなの方を見つめたまま言った。
「ほ…鳳仙さま…?」
「へ?」
 謎の名前で呼ばれ、かなが戸惑った次の瞬間、少女は身を翻して山の奥の方へ向かって駆け出した。
「え? あ、ちょ、ちょっと待って!」
 かなも慌ててその後を追って走り出した。良く考えれば、その少女を追う必要など全く無かったのだが、そうせずにはいられなかったのだ。
 しかし、動きやすい服装をした彼女と、着物姿のかなでは、走る速度が違いすぎる。かなはあっという間に少女を見失ってしまった。
「はぁ…はぁ…な、なんだったんだろう、あの娘…」
 乱れた息を、木の幹に手を突いて身体を支えながら整える。
(鳳仙さま…って言うのは、俺の事なのかなぁ、やっぱり)
 少女は自分の事を見て確かにそう言っていた。ほかの人と間違われるのは、芽依子に続き二度目だ。
(どう言う事か、聞きたかったのに…ところで)
 息を整えたかなは辺りを見回した。
「ここ…どこ?」
 木の間を吹き抜ける風が、彼女のツインテールを微かになびかせる。そして、答えはもちろんどこからも返ってこなかった。

 結局、散々道に迷った挙句に、ようやく見覚えのある遊歩道に復帰したのは、いい加減日も暮れかけた時間の事だった。寒い山中を半日以上もさまよい、かなは疲れきっていた。とても水を汲みにいくどころの騒ぎではない。暗くなる前に必死に下山するので精一杯だった。
「あらあら、だめじゃないー、かなちゃん。こんなに遅くなっちゃってー。仕事は待ってくれないのよー」
 帰ったら帰ったで、帰りが遅いことを心配したつぐみに怒られ、仕事もさせられ、ボロボロになったかなだったが、頭の中はあの少女のことで占められていた。
(どうしても気になる…何とかもう一度あの娘に会って、話を聞いてみたい)
 桜花や芽依子には悪いが、お弁当を作る前に、もう一度あの山に行ってみよう。かなはそう決心した。

「こ、こっちだと思うんだけど…」
 数日後、かなはあの少女を探して、例の山道をさまよい歩いていた。ここ数日でまた新しい雪が積もり、あのときの足跡は綺麗さっぱり消えていた。おかげで目印が無く、どこをどう通ったものかまるでわからない。このままだと遭難しそうだ。
「とにかく、森の中じゃ視界が利かない…どこか見晴らしの良い場所に出ないと」
 かなはしばらく迷ったあと、まっすぐ道に戻るのを諦めて、方向をちゃんと定められる場所に出ることにした。山で遭難した時、人は下へ降りたがるものだが、実は山頂方向へ行くほうが道を見定めやすく、救助隊にも発見されやすいと言う。彼女は何かで読んだそんな話を思い出し、明るい方向へ歩いていった。すると、唐突に視界が開けた。
「わ…ここは…」
 かなは目を見張った。そこは、山の中腹の切り立った崖の上だった。そこからは龍神村の全景が一望できた。
「すごい…こんな所があったなんて」
 視線を右に向けると、遥か下のほうに龍神の社の屋根が見えた。それで、かなはようやく今の自分の位置について見当がつくようになった。
「そっか、これで何とか戻れそうだな…それにしても、これは何だろう?」
 安堵しつつ、かなは「それ」を見た。崖の縁近くに立つ、3つの石積みの塔。一番大きなものは、彼女の腰くらいの高さがあった。小さいものはひざくらいの高さである。さらに観察していくと、その石積みの前に何か色鮮やかな物が置かれていた。
「…花?」
 かなは石積みの前にしゃがみ、雪の上に丁寧にそろえて置かれた花束を見た。寒さの中でその花はしおれてはいたが、まだ美しい色合いを保っていた。
「お墓…なのかな」
 かなは一歩下がり、石積みに手を合わせた。この村で花を手に入れる事はとても難しい。そんな貴重な花を供えているからには、きっとここに詣でる人にとって大事な誰かが眠っているのだろう。
 しばし手を合わせ、立ち上がった時、かなは背後に気配を感じて振り返った。
 あの少女が、そこに立っていた。手には花束を抱えている。驚いたような表情で立ち尽くしていた彼女は、慌てて森の方へ引き返し始めた。かなはそこで叫んだ。
「待って!」
 しかし、少女は振り向かない。今度こそ話を聞いてもらおう、と意気込んでいたかなは、急いで後を追った。そのために、今日は着物を着ていない。体型の似ている小夜里に頼んで、動きやすい服を借りてきたのだ。靴もスニーカーにしている。
 その甲斐あって、この日は少女の姿を見失うことなく付いていけた。ところが、思わぬ妨害者がかなの前に出現した。
「うわっ!?」
 それを見て、かなは立ちすくんだ。それは鹿…それもかなりの大物だった。体重は百キロを超えているだろう。ちなみに、かなの体重はその6割もない。
 そして、その鹿はまるであの少女を守るように、かなとの間に立ちはだかっていた。加えて、闘牛のように蹄で地面を引っかいている。戦う気まんまんのようだった。
「ま、待って…落ち着いて」
 鹿の戦意に気圧され、かなは後ずさった。その瞬間、鹿が雪を蹴散らして彼女に向かって突進してきた。
「うひゃああぁぁぁぁぁっっ!?」
 撥ね飛ばされてはたまらない。かなは慌てて道の横に逃れた。しかし、そうしてから大変なことに気が付いた。
 そこは崖のそばであり、すなわち彼女が飛んだ先には地面が無かったのである。
「いやあああぁぁぁぁぁぁっっ!?」
 まだ撥ね飛ばされたほうがましだったかもしれない、と考えるとか、脳裏に走馬灯のように今までの人生が過ぎる、とかいう余裕も無く、かなは全身が浮遊感に包まれると同時に意識を失っていた。

 気が付くと、身体がふわふわしたものに包まれていた。まるで綿のようだ。はて、これは何だろう…
 そこまで考えた時、かなは思い出した。確か、自分は崖から落ちたはずだ。とても助かったとは思えないので、するとここは天国だろうか?
 そう思いながら、身体を包み込む白いものに手を触れると、刺すような冷たさが指先に伝わってきた。雪だ。天国にも雪があるのか…?
 その時、微かに声が聞こえてきた。
「…さま…ほうせ…鳳仙さま…!」
 その声に、まだ朦朧としていたかなの意識がはっきりと覚醒する。あれは、あの女の子の声だ。ここは天国じゃない。自分はまだ生きているのだ!
 手足をゆっくり動かしてみると、特に痛みも無くスムーズに動いた。それでも万一に備え、そっと身体を起こす。幸い、四肢だけでなく身体にも落下のダメージは無かったらしく、どこにも痛みは無かった。かなは上を見上げた。
「鳳仙さま、ご無事ですか!?」
 あの少女が泣き出しそうな表情で呼びかけてきていた。かなはこくんと頷いた。自分が「鳳仙」ではないことを言おうと思ったが、とりあえず上に登る方が先決だろう。彼女は辺りを見回した。
「…うわ」
 自分が今いる場所がどんな所かに気づいて、かなは絶句した。彼女が倒れていたのは、高い崖の途中にある小さな岩棚のような場所だったのだ。そこに分厚く積もった雪のおかげで、5メートル近く落下したのに、怪我を負わずに済んだのである。
「運が良かったんだな…」
 もし落ちる場所が1メートルずれていたら、数十メートル下の地面に叩き付けられて、今度こそ確実に死んでいただろう。背筋が寒くなるのを感じた時、目の前に何かがするすると下りてきた。植物の蔓をまとめて作ったロープだった。
「掴まってください、鳳仙さま」
 少女がロープを持って呼びかけてきた。かなは頷くと、その蔦を手に巻きつけ、少女に答えた。
「良いよ」
「では、今から引き上げます」
 少女がロープを引く。すると、思ったよりも強い力でロープが引っ張られた。手に痛みが走り、顔をしかめたかなは足を崖の斜面に掛け、手にかかる負担を軽減しながら登っていった。崖の縁に生えている木を掴み、最後の数十センチを自力で這い上がると、彼女は脱力してその場に座り込んでしまった。
「はぁ…助かった」
 すると、目の前に突然何か茶色い物体が出現した。
「ひゃあっ!?」
 飛び退るかな。その茶色い物体は、先ほど彼女に向かって突撃を掛けてきたあの大鹿だった。また襲ってくるのかと思ったが、良く見ればその態度にはもう敵意は感じられない。そしてもう一つ、鹿の胴体に例の蔦が巻きつけられている事にも、かなは気づいた。
「そっか、お前が引き上げてくれたのか」
 言葉がわかるように鹿が頷く。そして、あの少女が声を掛けてきた。
「ご無事でしたか、鳳仙さま。この子が粗相をして申し訳ありません」
「いや、それは良いんだけど」
 かなは気にしていないことを伝えた。気にしていないわけではなく、ペットのしつけくらいちゃんとしてよ、くらいは言いたいところだが、それよりも先に聞かねばならない事がある。
「ところで…」
 かなが口を開きかけたその瞬間、少女のほうが先に叱責するような口調で尋ねてきた。
「鳳仙さま、久しぶりにお会いできたことは嬉しいです。でも、なぜいらっしゃったのですか? 私たちはもう二度と会わないほうが良い…そう仰ったのは鳳仙さまではありませんか」
「え?」
 かなは混乱した。そんな事言ったっけ…と思い出そうとして、すぐにそれは自分ではなく、「鳳仙」なる人物の言った事である、と言うことに気づく。
「ちょ、ちょっと待って」
 なおも言葉を続けようとする少女を制し、かなは言った。
「俺…じゃなくて、私は出雲かな。その鳳仙と言う人ではないんだけど」
「…え?」
 今度は、少女のほうが混乱する番だった。
「鳳仙さま…ではないのですか?」
 かなが頷くと、少女はじっとかなの顔を見つめ、どうやらそこに彼女が知る「鳳仙」とは違う面影を見出したらしく、信じられない、と言いたげな表情でため息をついた。
「驚きました…これほどそっくりな方が世の中にいらっしゃるなんて」
「そう言えば、村に来たとき芽依子とも間違えられたなぁ。そんなにありふれた顔立ちじゃないと思うんだけど」
 かなが独り言のように言うと、少女ははっとしたように顔を上げた。
「芽依子…今はそのように名乗ってらっしゃるのですか…」
「ん? 何か言った?」
 少女の言葉が良く聞き取れなかったかなが顔を上げて少女を見ると、彼女は「何でもありません」と答えた。そして、自己紹介をはじめた。
「私はしぐれ、北里しぐれと言います。先ほどは失礼しました」
 折り目正しい態度に、かなも思わず腰が低くなる。
「あ、これはどうもご丁寧に」
 お互いに深々と頭を下げて礼をした後、かなはふと、今の状況のおかしさに気づいて、くすっと笑い声を上げた。さっき死にかけたばかりなのに、もうのんきな気分でいられるのがおかしかったのである。
「どうかしましたか?」
 しぐれが尋ねてくる。かなはいや別に、とごまかしてから、逆に質問しようとした。
「それで、俺を見て逃げたのは…」
 すると、しぐれは不思議そうな目でかなの顔を見た。
「俺?」
「あっ! い、いや、私、わたしっ! 私を見て逃げたのは、その鳳仙と言う人に会いたくないから?」
 かなは慌てて訂正した。彼女の正体を知る澄乃や芽依子相手ならともかく、初対面に近い人に向かって一人称に「俺」を使うのはいろいろとまずい。
「いえ、そう言う訳ではありません。ただ、人と会うことに慣れていないだけです。普通に人とお話をするのはずいぶん久しぶりですね」
 しぐれは首を横に振って答えた。そして、急に不思議そうな表情になった。
「…それなのに、かなさんとは話しやすいです」
「その、鳳仙さんって人に似ているからじゃないのかな」
 かなは答えたが、しぐれの「人と会うことに慣れていない」と言う言葉に疑問を感じた。だからって人を見て逃げ出すほど、対人関係が苦手になるものだろうか。少なくとも、彼女には自分の外見が人畜無害に見えることには自信があったから、怖がられたとも考えられない。
「そうかもしれませんね」
 しぐれは頷いた。しかし、今度はそれで疑問が起こる。
「でも、しぐれさんはその鳳仙さんとはもう合わない、って決めたんだよね? なんで?」
 その疑問をかなが口にすると、しぐれは急に表情を硬くして口をつぐんだ。かなは失敗を悟った。
「ごめん…聞いちゃいけない事だったかな」
「いえ…気にしないでください」
 かなの謝罪にしぐれはそう答えたが、先の質問について触れてほしくないのは明白だった。じっと黙っている。かなも会話を続ける糸口を掴めず、二人はしばらく沈黙していた。
「私、今日は帰るよ」
 どれくらいそうしていたのか、かなは口を開いた。この状況下で無理にしぐれと話を続けるのは難しいと考えたのだ。
「そうですか」
 しぐれはどこかほっとしたような口調で言った。彼女も気まずかったのだろう。
「私、龍神天守閣で働いてるから、もし良かったら遊びに来てよ」
 かなが言うと、しぐれは首を傾げた。
「えっと、知ってるよね? 温泉旅館の」
 まさか地元で知らないはずはないが、と思いながらかなが一応解説すると、しぐれはゆっくりうなずいた。
「ええ…知っています」
 その声に、どこか昔を懐かしむような響きが混じっているのを感じて、今度はかなが首を傾げた。龍神天守閣の温泉は、別に泊り客のためだけにあるわけではない。地元の人も時々入りに来るのだ。しぐれがずいぶん長い間来ていないとすれば、かなり意外だった。
「じゃあ、来れるよね」
 かながそう念を押すと、しぐれは悲しげな表情で首を横に振った。
「いえ…私は行けません。あそこに行くと、楽しかったことも、辛かったことも思い出してしまいますから」
「え?」
 どういう意味か、と問おうとしたかなに、しぐれは頭を下げた。
「では、私ももう行きます」
「え、ちょ、ちょっと待って」
 かなはしぐれに手を伸ばそうとしたが、その手は途中で止まった。彼女に背を向けたしぐれには、人を拒否する重い何かがまとわりついていた。後を追うこともできず、かなはしぐれの姿が消えるまでそこに立ち尽くしていた。
(しぐれ…さんか。なんであんなに悲しそうなんだろう)
 心の中でそう呟き、かなはある事を思い出した。あの「墓」の事を聞くのを忘れていた。
 もう一度しぐれに会って、話を聞きたい。かなはそう決意すると、村への道を辿って行った。しかし…

「8度5分…完全に風邪引きさんねー」
 つぐみはかなが口にくわえていた体温計を引き抜いて、目盛りを見ながら言った。
「はうう…すいません」
 熱で上気した顔でかなは弱々しくうなずいた。夕食時になんだか食欲がないな、と感じていた彼女は、片付けの途中で本格的に気分が悪くなり、そのまま寝込んでしまったのだ。ただでさえ日頃の激務で疲れているのに、数少ない休みを山歩きに費やしていれば、ある意味当然の帰結である。
「かな、大丈夫か?」
 旭が心配そうな表情でかなの顔を覗き込んでくる。
「大丈夫…それよりも、感染るといけないから、旭は今日は隣の部屋で寝て」
「む〜…」
 そばにいたい、と目で訴える旭だったが、つぐみにも諭されて仕方なく隣室で寝ることを了承した。
「明日の仕事、どうしましょう」
 かなが言うと、つぐみは頬に手を当てて考えた。
「そうねー…まぁ、考えておくわー。かなちゃんは治すことに専念しなさいー」
「…はい」
 かなはつぐみのいつになく優しい言葉に感動しつつ目を閉じた。龍神村に来てから、休みも休みじゃないくらいいろんな事があった。病気の事とはいえ、ゆっくり休むのも悪くない。
 それが甘い考えだと知るのは、翌朝のことである。

 かなの収支メモ
 本日の収入  400円
 本日の支出   0円
 現在の所持金 400円
 借金  (ピー)万円

(つづく)


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