ことことと音を立てる鍋。その中におたまを差し入れ、煮汁を掬い取る。それを小皿へ移し、軽く息を吹きかけて熱を冷ますと、そっと口に含んでみた。
「…ちょっと薄味かも」
 かなはそう言うと、小匙一杯のしょうゆを鍋に加えた。いい香りが立ち昇る。少し火を通して、もう一度味見してみる。
「うん、今度はOK」
 かなは満足げに微笑んだ。ようやく納得の行く味に仕上がった野菜の煮物を大皿に移す。
「かな、出来たのか?」
 隣でひたすら大根のかつら剥きに挑んでいる旭が尋ねて来た。彼女の課題は包丁が上手く使えるようになることだ。しかし、今のところようやくブツ切りには見えなくなった、と言うレベルである。
「あぁ、煮物はね。でも、他の料理が作れるようになるまで、どれくらいかかるか…」
 かなは答えてため息をついた。旭もまたしても千切れたかつら剥きに思わず唸る。二人がつぐみの介添えなしで料理を作れるようになるのは、まだまだ先の話のようだった。


SNOW Outside Story

雪のかなたの物語

第13回 小さな友情


 翌日、館内の掃除をしているかなに、つぐみが嬉しい報せを持ってきた。
「かなちゃん、今日はお客様が来ないから、午後からお休みにしても良いわよ〜」
「えっ、本当ですか?」
 かなはほうきを動かす手を止めてつぐみの方を振り返った。つぐみは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「本当よー。たまには羽根を伸ばしてらっしゃい」
 その言葉に、かなは張り切って掃除の続きを始めた。もっとも、仕事がないということは収入もない、と言うことに彼女が気付くには、まだ若干の時間が必要ではあった。
 掃除を終え、昼食を取ったあと、かなは村を散歩することにした。ちょうどこの日は天気も良い。男の頃ならこんな日でも部屋でごろ寝を決め込むところだが、毎日仕事に追われている今のかなは、昼寝が出来ない体質になっていた。
「あっ、かな、お出かけするのか?」
 かなが玄関で草履を履いていると、奥の方から旭が出てきた。
「あぁ、旭も一緒に行く?」
 かなは提案した。ちょっとした考えがあっての事である。旭は一瞬考え込んだが、すぐに頷いた。
「うん、行くのだ! ちょっと待ってて欲しいのだ!」
 そう答え、廊下を飛び跳ねるようにして走っていく旭。数分後、彼女はコートを片手に持ち、やはり跳ねるように戻ってきた。
「お待たせなのだ」
 そう言う旭がコートを着込むのを手伝ってやり、かなは玄関の戸を開けた。今日はそれほど寒くない。二人は雪を踏みしめて村の中心部へ向かう坂を下り始めた。
「かな、どこへ行くのだ?」
 かなと手をつないで楽しそうに言う旭に、かなは前方を指差した。そこには赤い鳥居が見えていた。
「あそこは…」
 立ち止まる旭に、かなは首をかしげた。
「旭、どうした?」
「え? な、なんでもないのだ」
 首を振ってかなの後を付いてくる旭。そのまま石段を登っていくと、かなの耳には聞きなれたあの声が飛び込んできた。
「シャモン、今日は何をするかのう」
「ウニャ〜」
 龍神の社の境内では、今日も桜花とシャモンが遊んでいた。いや、今のところは何で遊ぶかの相談のようだが。しかし、かなが近づいていくと、桜花はそれに気がついて満面の笑みを向けてきた。
「あっ、かな! おはようなのじゃ」
「ウニャ〜ン」
 元気の良い一人と一匹の挨拶に答え、かなは旭を手招きした。
「おはよう、桜花。今日はちょっと会わせたい子がいてね」
 そう言って、近寄ってきた旭の肩を掴んで前に出し、桜花と向き合わせた。
「うちにいる旭だ。旭、この子は桜花。この近くに住んでるらしい」
「すぴ?」
「何なのじゃ?」
 向かい合ったまま、戸惑ったような声をあげる二人に、かなは苦笑する。
「わかんないかな…二人なら良い友達になれると思ったんだけど」
「すぴぴ?」
「友達?」
 まだ二人は事情が良く飲み込めていないらしく、首を傾げている。かなはまず旭に説明した。
「ほら、旭だっていつもうちでテレビ見てるだけじゃつまんないだろ? 桜花の遊び相手になってやって欲しいんだ」
「ボクがこの子の?」
 ようやく納得し始めたらしい旭に、かなは駄目押しの一言を言った。
「そう。旭の方がお姉さんなんだから、ちゃんと面倒を見てあげるんだぞ?」
「ぼ、ボクがお姉さん!?」
 この一言はかなり効いたようだ。俄然やる気を見せ始めた旭が、桜花の手を握る。
「よし、一緒に遊ぶのだ、桜花!」
「わ、な、何なのじゃ!?」
 驚いた桜花が旭に引きずられていく。しかし、そこは子供同士。十分もたたないうちに、二人はすっかり意気投合して、一緒に境内を駆け回り始めていた。
「待つのじゃ、旭〜!」
「わはは、鬼さんこちらなのだ〜」
「むむむ、行くのじゃ、シャモン!」
「ウニャー!」
「わっ、二対一とは卑怯なのだ! 悪なのだ!」
 その様子を微笑ましく見守っていたかなだったが、ふと背後に気配を感じて振り返った。すると、そこには芽依子が立っていた。
「芽依子? 妙なところで会うなぁ」
 かなが言うと、芽依子はしゅたっ、という音がしそうな動作で手を上げて挨拶してきた。
「や、かなさん。ずいぶん楽しそうだな」
 芽依子が言った。かなは微笑を浮かべて頷く。
「あの二人なら、きっと良い友達になれると思ってね」
 かなはそう答えながら、桜花と旭の二人を見た。夢中になって雪玉を投げ合って遊んでいる。
「そうだな」
 そう相槌を打つ芽依子は、まるで何か懐かしいものを見るような、あるいは眩しいものを見るような、なんとも言えない表情になっていた。普段の芽依子からは想像もつかないようなその優しげな表情を見て、かなは芽依子でもそういう表情をすることがあるのか、としばし感心した。
「なんだ? かなさん」
 いつのまにかじっと芽依子の顔に見入ってしまっていたらしい。不審そうな視線を向ける芽依子に、かなは慌てて顔をそらした。
「いや、なんでもない…」
 ごまかすようにぼそぼそと言うかなに、芽依子はのんびりした声を掛けた。
「そうか、ところで、そこにいると危ないぞ?」
「え?」
 芽依子の言葉にかなが顔を上げた瞬間、その顔面に雪玉が直撃した。
「うぷっ!?」
 たいした衝撃ではなかったのだが、不意打ちだっただけに、思わず尻餅をつくかな。それを見て歓声を上げたのは、いつのまにか二人雪合戦をやめて連合軍を組んだ旭と桜花だった。
「わはは、当たったのだ!」
「油断大敵なのじゃ〜」
「ニャン、ニャン」
 囃したてる二人(+一匹)に、かなは顔とお尻についた雪を払って立ち上がると、手を振り上げた。
「こらっ! お前たちっ!!」
 叫びながらその手を振り下ろすと、旭と桜花の頭に白い花が咲いた。かなの反撃が見事に炸裂したのだ。
「負けないのだー!」
「シャモン、行くのじゃ!」
 しかし、旭、桜花は負けずに攻撃を開始した。ちょこまかと動き回っては、かなにどんどん雪玉を投げてくる。着物姿で動きの鈍いかなは、その攻撃を続けざまに受け、雪まみれになってしまった。逆に、かなの攻撃はほとんど功を奏していない。
「ひゃっ! ま、参った!!」
 二人の連携攻撃に、とうとうかなは白旗を揚げざるを得なかった。
「わ〜い、勝ったのじゃ〜」
「こんびねーしょんの勝利なのだ〜」
 手を叩いて喜ぶ旭と桜花。その様子はもう十年来の親友か、あるいは仲良しの姉妹のようだった。酷い目に合わされたかなだったが、その光景には怒る気にもなれず、むしろ二人への愛しさが胸の中に沸き起こってくるのを感じるのだった。
「まったく、しょうがない娘たちだなぁ」
 かなは苦笑しながら、身体中についた雪を払い落とした。そして周囲を見ると、何時の間にか芽依子の姿は消えていた。
「…呆れて帰っちゃったか?」
 いい大人(と言っても成人前だ)であるかなが、子供たちと本気で雪合戦をしているのだから、芽依子でなくとも呆れてしまうだろう。ひょっとしたら澄乃とつぐみは混ざりたがるかもしれないが。
「さて、そろそろ帰ろうか、旭」
 かなは言った。気が付くと、太陽は山の稜線にかかっていて、ほんのりとしたオレンジ色の光が辺りを染めようとしていた。
「え? もっと桜花と遊んでいきたいのだ」
 旭が頬を膨らませる。しかし、かなは首を横に振り、諭すように言った。
「だめ。あっという間に暗くなるし、帰って夕ご飯の手伝いもしないと」
 こう言われては、料理の腕を磨くことに熱中している旭としては、従わざるをえない。
「むむ〜。仕方ないのだ。桜花、また明日なのだ…」
 旭が名残惜しそうに別れの挨拶をすると、桜花も少しさびしげな表情で頷いた。
「わかったのじゃ。待ってるのじゃ」
「ウニャ〜」
 シャモンも心なしか寂しそうだ。かなは微笑むと、二人の頭に手を置いた。
「そんなに寂しそうにしない。明日なんてあっという間だよ」
 そう言って頭を撫でてやると、旭も桜花も照れたように、気持ち良さそうに微笑んだ。
「さ、元気出す!」
 頃合を見計らってかなが言うと、二人は元気よく頷いた。
「よし、帰ろう。じゃあ、またな、桜花」
「さよならなのじゃ」
 桜花が手を振る。石段を降りながら、旭は何度も振り返っては手を振って、桜花との別れを惜しんでいた。

 そんなわけで、その日の夕食では、旭による桜花の話が自然と話題の中心となった。
「あらー、お友達ができてよかったわねー」
 つぐみも満面の笑みを浮かべて、楽しそうに桜花との事を語る旭を見ていた。
「そうなのだ。また明日一緒に遊ぶのだ」
 旭がニコニコしながら言う。かなは安心した。旭が毎日遊びに行っていれば、仕事で自分が訪ねていけない時でも、桜花は寂しい思いをしなくて済むだろう。
「でも…桜花ちゃん…だっけー? この村では聞かない名前ねー」
 つぐみが真顔に戻り、首を傾げていた。小さな村だけに、生粋の龍神村っ子であるつぐみにとっては、村人全員が顔見知りと言っても過言ではないはずなのだ。旭に続いて知らない住人が出てきたのは、つぐみにとっては不思議なことだった。
「なんでも、親がどこか遠くに仕事にでも行ってるみたいですよ」
 かなが言うと、つぐみはますます不思議そうな顔になった。
「うーん…それはまぁー、こんな田舎だから出稼ぎに行く人がいてもおかしくはないけどー」
 出稼ぎは、普通の地方では農閑期となる冬に行われる。2月の今はちょうどその時期と言っても良いだろう。しかし、年中農閑期…というより、そもそも農業適地ではない龍神村では、出稼ぎに行く人はまずいない。
 龍神村の主要産業は現在かなも従事している観光業を除けば、名水を利用した酒造や製菓などで、これには基本的に暇な季節と言うものは無い。
「今度、心当たりのある人を探してみようかしらねー」
 つぐみも桜花の身の上が気になったのか、調べてみるつもりになったようだ。
「そうですね」
 かなは頷いた。どんな家庭環境なのかはわからないが、あんな小さな子が一日中外にいるのを放って置くのは良い事ではない。改善できるなら手を打っておくべきだろう。
 大人二人が考え込むのをよそに、旭は明日の桜花との過ごし方を考えているのか、楽しそうにご飯を食べていた。

 翌日、いつものように雪月雑貨店へ買い物に行くかなは、龍神の社のところまで旭といっしょに行き、石段の下のところで別れた。
「じゃあ、行って来るのだ、かな」
「あぁ、楽しんでおいで」
 旭が手を振って石段を駆け上がっていく。一日中桜花と遊んだ旭は、夕方になると帰ってきて、かなといっしょに宿の仕事や料理の手伝いをする。そして、食事の時にはその日の楽しかった思い出を身振り手振りを交えて語るのだ。
 そんな平和で楽しい日が続いたある日、久々の休日に、かなは旭といっしょに龍神の社に向かっていた。すると、道の向こうから澄乃がやってくるのが見えた。
「あ、かなちゃん、旭ちゃん、おはようだよ〜」
 大きく手を振って駆け出す澄乃。
「おはよう、澄乃。ちょっと、そんなに走ると…」
 かなが抱いた危惧を最後まで言うよりも早く、澄乃は思い切り転んだ。
「きゃんっ!?」
 子犬のような声をあげて地面に転がる澄乃の手から、放物線を描いて舞い上がる紙袋。
「わっ、あぶないのだ!」
 旭がそれをキャッチし、かなの方は澄乃の元に向かった。
「澄乃、大丈夫か?」
「えぅ〜…」
 雪に突っ込んで赤くなった鼻をこすり、澄乃は目に涙を浮かべた。
「ほら、泣かない泣かない」
 かなは着物の袖で澄乃の目をこすってやった…が、鼻までかもうとするので、慌てて袖を引っ張ると、澄乃はその勢いで再び雪の上にひっくり返った。
「えぅ〜っ!」
 恨めしそうな声を出す澄乃に、かなは苦笑しながら、旭が持ってきた紙袋を渡した。
「ほら、泣くな、澄乃。あんまんだぞ」
「うん…えへへっ」
 あんまんを受け取ったとたんに満面の笑みを浮かべる澄乃。かなはますます苦笑を大きくしつつ尋ねた。
「澄乃、散歩か?」
「うん、かなちゃん今日お休みでしょ? だから遊びに行こうと思って」
 かなはうなずいて、澄乃に提案した。
「そういう事なら、一緒に龍神の社に行かないか? 桜花がいるんだ」
「桜花ちゃんが? うん、行くよ〜」
 澄乃はにっこり笑って素直に頷いた。彼女も桜花の事は気になっていたらしい。3人に増えた一行は賑々しくお喋りをしながら龍神の社へと向かった。石段を登っていくと、いつも通り桜花とシャモンの声が聞こえてきた。が、なんだか様子がおかしい。
「やめるのじゃ! せっかく作った雪だるまなのじゃぞ!」
「ウニャ〜!!」
 桜花とシャモンの精一杯の大声に続き、囃したてるような子供たちの声が聞こえてくる。
「わはは、何だこの変な雪だるま。壊しちゃえ〜!」
 かなと澄乃、旭は顔を見合わせると、急いで石段を駆け上がった。真っ先に登りきったのは旭だ。彼女はそこで繰り広げられている光景を目にすると、目を吊り上げて怒った。
「な、なんて事をするのだ! 悪認定、撲滅なのだっ!!」
 そう叫んで突撃していく旭。その闘志に火のついた表情を見て、かなは(相手が)マズい事になる、と思い足を早める。しかし、着物はやはり機敏な動作には向いていない。息を切らしながらようやく登り切った彼女は、そこに繰り広げられていた予想通りの惨状に、思わず天を仰いだ。
「うわーっ! な、何だお前! やめろよーっ!!」
「やかましいのだ! そこになおれなのだ!!」
 かなと初めて会った頃のように、社の軒下から生えていた氷柱を手にした旭が、それをぶんぶん振り回して村の子供たちを追いまわしている。その向こうでは、半分壊れかけたシャモン雪だるまにすがって、桜花がそれを必死に直そうとしていた。
 どうやら、村の子供たちが桜花をいじめたのは間違いなく、それはそれで怒るべきなのだが、このままでは怪我人が出かねない。かなは慌てて間に割って入った。
「旭、落ち着けっ!」
 新たに現れたのがかなだと気づき、旭に追いまわされていた子供たちが、慌てて彼女の後ろに隠れる。
「か、かなおねーちゃん! 助けてようっ!」
 衆を恃んで彼女を散々に辱めた事もある悪ガキどもだが、こうなってみると意外にかわいいかもしれない。とりあえず彼らを背中にかばっておくと、旭が怒って近付いてきた。
「かな、なんで悪をかばうのだ!?」
 場合によってはかなであっても撲滅する、と言いそうな勢いの旭をまぁまぁと宥め、かなは子供たちの方を振り向いた。
「さて、何があったのか言ってごらん」
 かなの笑顔と旭の鬼の表情を見比べ、子供たちはおずおずと口を開いた。事情はだいたいかなの予想通りと言えた。
「その、あの変な雪だるまがあったから、壊そうと思ったら、あいつが絡んできて…」
 子供たちは澄乃に慰められている桜花の方を見て、次に旭の方を恐る恐るという風情で見た。
「そのあと、あの怖い女の子が…」
 その一言に、旭の目がさらに吊りあがる。かなは微笑で旭を宥めつつ、ぽかぽかと続けざまに子供たちの頭にげんこつをお見舞いした。
「痛っ! な、何するんだよぅ、かなねーちゃん!」
 涙目になって抗議する子供たちに、かなは腕を組んでさとすような口調で言った。
「最初に雪だるまを壊したのはどっち?」
「…う…それは」
 口ごもる子供たち。そこへ、かなはさらに畳み掛けるように言う。
「誰のものかわからなくても、勝手に壊したらダメだろ。ほら、早く謝りなさい」
 その言葉に、子供たちは顔を見合わせると、かなに頭を下げた。
「ごめんなさい」
 しかし、かなは手を振って桜花の方を指した。
「謝る相手が違う。向こうに謝らないと」
 子供たちは明らかに不満そうな顔つきだったが、かなが珍しく強い態度なのを見て、仕方なく頭を下げた。
「ごめんよ」
「ごめんな」
 それに応えるように、シャモンが「ウニャ〜」と鳴いた。桜花も小さく頷く。かなはそれを見て、子供たちに解散を命じた。逃げるように彼らが境内を去っていったのは、たぶん旭が怖かったからだろう。
「む〜」
 旭が不満そうにかなを見上げた。彼女としては、げんこつ一発程度の優しい罰で済ませる気は無かったに違いない。その不満を宥めるように、かなは旭の頭を撫でた。
「まぁ、旭も良くがんばったよ。桜花を守ってくれてありがとう」
「…えへへ…」
 膨れていた旭が機嫌を取り戻した。しかし、すぐに桜花の事が心配になったのか、身を翻して駆け出していく。かなも後を追っていき、澄乃に抱きしめられている桜花の元へ向かった。
「桜花…」
 かなが呼びかけると、桜花は涙を浮かべて彼女の顔を見上げた。
「ぐす…かな…せっかく…かなに作ってもらった雪だるまが…」
 桜花が詰まりながら言う。かなが雪だるまを見ると、蹴り飛ばされたのか、顔の半分がなくなり、痛々しい雰囲気を漂わせていた。
「ふむ…よし、新しいのを作ろう!」
 かなはそう言って桜花の頭に手を置いた。
「新しい…の…?」
 まだ半泣きの桜花に、かなは優しい笑顔を向けて頷いた。
「そう。もう二度と壊されないような、大きい奴を作ろう。手伝って、桜花。それと、澄乃と旭も」
「わかったよ〜」
「まかせるのだ!」
 澄乃はのんびりと、旭は力強く頷いた。そのまま二人は雪玉を転がし始める。かなは桜花の横にしゃがみこみ、小さな雪玉を作って桜花に渡した。
「さ、桜花。転がそう。大きな雪玉にするよ」
「…わかったのじゃ。かなくらい…大きいのにするのじゃ」
 ようやく、桜花の表情に笑顔が戻ってきた。かなは微笑み返すと、いっしょに雪玉を転がしていく。先に澄乃と旭が一緒に転がしていた方を胴体にすることに決め、四人は夢中で雪玉を転がした。やがて、胴体の方が桜花と変わらないような、大きな雪玉ができた。頭の方でさえ70センチはありそうだ。
「すごいのじゃ、これならもう誰にも壊されないのじゃ!」
「やったのだ、桜花〜!」
 旭と桜花ははしゃいでいたが、かなと澄乃は顔を見合わせて困っていた。ちょっと張り切りすぎて大きくしすぎた。これをどうやって重ねたら良いのだろう。
「お困りのようだな」
 そこへ突然出現したのは、芽依子だった。
「あっ、芽依子〜、これ重ねるの手伝ってよ〜」
 澄乃が言うと、芽依子は首を横に振った。
「残念だが、ここにいる5人の力を合わせても、それを持ち上げるのは無理だ」
「そうだろうね…でも、どうしたら良い?」
 かなは頷いた。しっかり固まった雪玉は何十キロと言う重さになるだろう。そう簡単に持ち上げられるような代物ではない。それでも、桜花のためにかなは何とかしてあげたかった。すると、芽依子はニヤリと笑った。
「ふふふ…ただでは教えられないな」
「う…な、何が望みだ?」
 その芽依子の笑顔にたじろいだかなだったが、ここでヒントを逃がすわけには行かない。勇気をもって尋ねると、芽依子は意外なことを言い出した。
「なんでも、最近料理を習っているそうだな、かなさん」
「え? あぁ、そうだけど…」
 かなが頷くと、芽依子は例のニヤリ笑いを大きくして言った。
「せっかくだから、成果を見せてもらおうじゃないか。一食作ってくれ、かなさん」
 かなは一瞬逡巡した。自分の料理は、まだ他人に出せるような代物ではない。やっと煮物がちょっと作れるようになっただけなのだ。
「…わかった。でも、桜花に先に作ってあげることになってるんだ。その後で良い?」
「別に構わない」
 念を押し、芽依子が同意したので、かなは彼女のためにお弁当を作って、橘診療所までデリバリーすることを約束した。
「では、解決策を教えてやろう」
 芽依子は咳払いを一つして口を開いた。かな、澄乃、そして意味がわからないながらも、旭と桜花も彼女が何を言い出すのか、黙って待っている。
「まぁ、簡単なことなのだがな…スロープを作るんだ」
「…あ、なるほど」
 かなはポンと手を打った。が、旭と桜花はやはり訳がわからなかったらしい。
「すろーぷ…って、なんじゃ?」
「す、スープの仲間かな?」
 それを聞いていて、さすがに意味を知っていた澄乃が解説をした。
「スロープっていうのは、斜面って言う意味だよ。坂を作って、その上を転がして頭を身体に載せるんだよ〜」
 それでも桜花と旭には意味がわからなかったらしいが、かなが要領を説明して、みんなでスロープ作りをすることにした。さすがに、1メートル近くも雪を盛り上げるのは大変だったが、夕方近くにはなんとかそれらしい坂を作ることが出来た。ちなみに、芽依子はやり方だけ教えてとっとと帰ってしまった。
「よし、みんなで押し上げるよ。せーのっ!」
 4人が力を合わせて、頭を転がしていく。それを胴体の上に乗せるのに、五分ほどの時間が必要だった。
「ふぅ…さ、桜花、顔をつけよう」
 疲れてはいたが、かなは桜花を抱きかかえ、雪だるまに顔をつけるのを手伝ってやった。桜花が木の枝や石を使い、表情をつけていく。今度の雪だるまはシャモン風ではなく、一応人の顔を模しているようだった。頭の横に、垂れ下がるようにして木の枝が刺してあるのが特徴的だ。
「桜花ちゃん、ひょっとして、この雪だるま…かなちゃん?」
 疲れて、社の階に腰を下ろしていた澄乃が言うと、桜花ははにかんだように笑った。
「そうなのじゃ。良くわかったのう」
 なるほど、頭の横の木の枝は、この髪型を表しているのか…と、かなは納得し、桜花が自分を模して雪だるまを作ってくれたことに嬉しくなった。
「そっか…ありがとう、桜花」
 かなは桜花をぎゅっと抱きしめた。桜花の方も、安心したようにかなに身を預ける。
「…かな…かなは、なんだか母上のようじゃ…」
「あはは…なんだか照れるな」
 かなは苦笑した。そして、そんな事を言ってくれる桜花への愛しさがますます強くなるのを感じていた。
 それはそれで美しい光景なのだが…「母親扱い」されても、それに違和感を感じなくなっているあたり、かなの現状は、ますます取り返しのつかない方向へ転がりつつあった。

かなの収支メモ
今回は変動なし

(つづく)


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