SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part1,Section8


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第八話 「咆哮」

2199年 8月21日 冥王星 ガミラス帝国太陽系侵攻軍総司令部

「あそこには何かがある・・・」
 ガミラス帝国軍太陽系侵攻軍の司令長官、シュルツ大将は呟いた。本国から出征してより、約一年半。ガミラスより遥かに劣る技術力しか持たない地球人の意外に頑強な抵抗に悩まされたものの、ようやく相手をその本星へ封じ込めた。あとは、遊星爆弾とその放射能が地球人たちを絶滅に導くだけだ。
 にも関わらず、シュルツが微かな不安を抱いているのは、地球の海底に見られる謎の反応だ。「日本」と呼ばれる地方の海底に、巨大な金属反応が存在しているのである。
 事前に地球へ派遣されたスパイから送られてきた報告に寄れば、地球では250年前に大規模な内戦があり、その時に沈没した大型戦艦のものではないか…と言う事になっている。シュルツもその見解には賛同を示していたが、ガミラスは本星の地質的条件から、海中に対する探知能力をほとんどもっていない。つまり、そこにあるのが沈んだ戦艦か、それとも軍需施設なのかはわからないのだ。
「ガンツ君」
 シュルツが呼ぶと、少し後ろで控えていた小太りの男性が「はっ」と答えて進み出た。副官兼主席参謀のガンツ大佐だ。じつは、この二人はあまりウマのあう仲ではなかった。
 完璧主義者で神経質なシュルツに対し、ガンツは楽観的で武断派の性格である。ガミラス本国は二人のバランスを考えてこうした人事を行ったのかもしれないが、少なくとも当人たち同士の間では迷惑な話であった。シュルツはガンツの無思慮な物言いを嫌っていたし、ガンツはシュルツの細かさが気に入らなかった。
「どうしてもあの場所が気にかかる…偵察を出したい」
「偵察を…ですか?」
 ガンツは顔をしかめる。事前情報収集とその分析を担当したのは彼なのだ。つまり、露骨にその成果を疑われているわけで、ガンツとしては当然面白くはない。
「そうだ。念には念を入れたい」
 シュルツのほうも顔を険しくする。ガンツがこの指示を愉快に思わないのは理解できるが、だからと言って反抗を表に出されるのではシュルツの統率能力を疑われる。これまた当然面白くはない。
「…わかりました。定期哨戒に出ている<ファルゲン>に地球偵察を命じましょう」
 ガンツは頷いた。面白くはないといっても、彼もまた軍人だ。命令に従う義務を当然弁えている。現状で地球圏偵察に最も適した艦を選び出していた。
「<ファルゲン>か。良いだろう。艦長に命令を出したまえ」
 シュルツは頷いた。<ファルゲン>が属するクロイツァー級空母は円盤と十字を組み合わせた、ヒトデのような形状の高速航宙母艦で、爆撃機と高速偵察機を搭載している。どちらかと言うと惑星攻撃用の空母で、太陽系侵攻軍の機動部隊の主力である。
 ガンツの命令を受け、空母<ファルゲン>は地球への軌道を取った。ここに、海底に潜む<ヤマト>を巡る新たな戦いの幕が開こうとしていた。


2199年 8月27日 地球 連邦宇宙軍坊ノ岬沖海中ドック

 艦内の一角に、多くの人々が集まって、そこで行われている作業に真剣な目を送っていた。見守るのは、沖田やここの工廠長である藤森亮技術少将、それに古代や島と言った艤装委員の面々だ。それは、センサー系の情報を分析するコンピュータへのソフトのインストール作業だった。宇宙軍艦政本部から派遣された技術士官が忙しくタッチパッド式のキーボードを叩き、ソフトの動作確認をしている。やがて、結果が出たのか技術士官が顔を上げた。
「インストールおよび動作テスト、完了です。戦術システムとのリンクも良好。作業終了しました!」
「ご苦労」
士官にそう言うと、藤森工廠長が満面の笑みを浮かべて沖田に頷いた。
「戦艦<ヤマト>の建造および艤装工事、全工程を終了いたしました。完成ですよ、提督。おめでとうございます!!」
「うむ…ご苦労だった」
 沖田は藤森の手を固く握り、握手を交わすと、艦長席にある全艦放送のスイッチを入れた。
「諸君、こちらは艤装委員長の沖田だ。諸君らの努力により、ついにこの<ヤマト>は竣工の日を迎えることができた」
 艦橋の外から、艦内から、うわあっと言う大歓声が沸き起こった。艦橋の窓から下を見下ろすと、広い甲板のあちこちで、作業員たちが肩を叩き合い、腕を取り合って踊るように全身で喜びを表現しているのが見えた。
 そこへ、機関部担当の徳川彦左衛門技術中佐、波動砲の調整にあたっていた真田らも駆けつけてきた。
「提督、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
かわるがわる浴びせられる祝福の言葉に、頷いていた沖田も急に顔を引き締め、訓辞を行った。
「とは言え、これより各種試験を行わねばなるまい。真の完成の日…就役の日まで、各員一層の努力を望む」
「はっ!」
幹部達が一斉に敬礼した。
「まずは、明日から擬似空間シミュレータを用いて気密および水密試験。その後、外洋に出て水中航行試験…洋上航行試験、大気圏内飛行試験…やることは多いぞ。まぁ、今日はゆっくり休んでくれ」
 沖田の言葉に頷き、幹部たちは解散して自室に引き上げることになった。作業音の途絶えたドックの中を、彼らが宿舎に帰る足音だけが響いていく。その静寂は、高まる期待と緊張をはらんで<ヤマト>を包んでいた。
その時、遥かな頭上を一機の高速偵察機が通過して行ったのに気づいた者は、誰もいなかった。


8月28日 地球衛星軌道 ガミラス軍空母<ファルゲン>艦橋

 察機が持ち帰った情報をいったん艦内で解析し、必要と思われる情報を冥王星基地に送った後、艦橋には少し弛緩した空気が漂った。
「まったく退屈な任務だ」
<ファルゲン>艦長のダリウス大佐は従卒に淹れさせたバーフ茶を啜りながら言った。バーフ茶はガミラスの特殊な環境下で育つ植物を原料にした茶で、仮に地球人が飲めば酸味の利いた刺激的な味がするだろう。
「奴等に我々を捉えられるレーダーなどありませんからな」
 副長も相槌を打った。平坦な外形を持つクロイツァー級はそのままでもレーダーに対してかなりの低視認性を持つ。加えて、現在は地球側のレーダー波に対する干渉波を放射してその探知から完全に逃れていた。大規模な艦隊ならともかく、単艦で防護措置を施したガミラス艦を完全に探知する能力は、今の地球には無い。
「怪しげなら、こそこそ偵察などせず、遊星爆弾をぶち込めばそれで終わりではないか。わざわざこの艦が出張る必要がどこにある…」
 ダリウスは空になったカップをデスクに戻した。従卒が二杯目を淹れる。
「相手が水面下ではこちらの能力も限定されますからな」
 副長が言った。あらゆる面で地球の科学を上回るガミラスにとって、唯一苦手なのがこの水中の探索である。歴史的・自然的要因から、ガミラス人が海の傍を離れて久しい。海洋に関する知識・技術は事実上断絶していた。
「ふむ…まぁ、海を手に入れようというのも我々の目的だからな。あまり汚しても総統閣下のお叱りを受けよう」
 違いありませんな、と副長が笑った時、艦長席のモニターに通信士官の顔が映った。
『艦長、冥王星基地からの返電であります』
「わかった。転送してくれ」
 ダリウスが答えると、通信士官の顔が消え、代わりに電文が表示された。それを見て、ダリウスの表情は渋くなった。
『引き続き偵察を続行せよ。その他は追って指示する』
「…ちっ」
 電文をダストボックスに放り込んでダリウスは舌打ちした。飽き飽きする任務はまだ終わらないようだ。


9月3日 連邦宇宙軍坊ノ岬沖海中ドック

 艦橋内部では各種のチェックが続いていた。
「航法システム、1番から339802番までオールグリーン」
「補機核融合機関、定格出力へ上昇中。異常なし」
「艦内空調システム異常なし」
 報告の声が続いている。艦長席に座った沖田はそれらの声と同時に届く報告のメールを確認し、やがて頷いた。
「全チェック終了。異常なし。戦艦<ヤマト>出航シークエンスに移る。島、指揮をとれ」
「了解。出航シークエンスの指揮を受け継ぎます」
 島が復唱し、ヘッドセットのマイクを調整すると、ドックの管制室に呼びかけた。
「<ヤマト>よりドック管制。出航許可を願います」
『こちらドック管制。<ヤマト>に出航を許可します。注水開始から支持架の解除までは120秒』
 管制からは即座に許可が返って来た。ほぼ同時に、ドック内に注水が始まった。壁面の数箇所に開いた注排水口から滝のような勢いで水が流入し、たちまち<ヤマト>の艦底を、艦腹を洗っていく。
 これから<ヤマト>が出航するのは、海中航行試験のためだった。竣工から昨日まで、<ヤマト>はドックの中にある擬似空間シミュレータで気密・水密試験、放射線シールド試験を行っていた。これは、擬似的に海中や宇宙空間と同じ環境を艦の周りに作り出す装置である。
 試験の結果、水や空気の流出、放射線の艦内侵入と言ったトラブルは全く無く、ドックの全技術者、作業員の仕事の確かさが確認された。今日はそれを受けて、いよいよ実際の環境での運用試験を行うのである。予定されているのは、深度6000メートルまでの潜航と、200ノットの水中全速発揮試験だった。本来ならいきなりやるような試験ではないが、戦況の切迫に伴いかなりの項目が省かれている。
 やがて、水が十分<ヤマト>の航行に支障ない程度にドック内に満ちたとき、注水は終わり、<ヤマト>の巨体を支えてきた支持架が外された。微かに艦が揺れ、わずかに艦が浮かぶ感覚が乗組員たちにも感じられた。同時に、出航水路を閉ざしていた水門がゆっくりと開かれた。
「超伝導推進機関始動。微速前進。戦艦<ヤマト>、出航します!」
 島が緊張に汗を滴らせながら、ゆっくりと操縦桿を押し込んだ。わずかにタイムラグをおいて、水中航行用の超伝導機関の唸りが聞こえ、艦がゆっくりと…人の歩くほどの速さで前進し始める。
「動いた!」
 艦内にどよめきが満ちた。<ヤマト>が初めて自らの力で動いた瞬間だった。
「速度上げます。水中微速より第一戦速」
 島が操縦桿を操作すると、<ヤマト>は10ノットほどで水路内を航行し始めた。水路は微かに傾斜して下がっており、やがて水平になった。その出口は、琉球海溝の大陸側海溝崖の中腹に開かれている。深度は500メートル。この深さまで潜れる宇宙艦はそれど多くは無い。
「まもなく水路を出ます」
 島が報告するのとほぼ同時に、<ヤマト>の巨体は外洋の海中に踊りだしていた。島が速度を上げると、生まれたドックから初めて広い世界へ出た<ヤマト>は、歓喜の歌を歌うように機関の音を高鳴らせた。
「深度を上げ、海溝の上に出ろ。テスト海域へ向かう」
 沖田の指示に従い、<ヤマト>は水中速度を30ノットにあげてテストを行うフィリピン海盆へのコースを取った。


同時刻 沖縄沖70キロの上空 高度48000メートル

 飛行機雲すら生じない高空…大気と宇宙の境界線を、その機体は恐るべき速度で飛行していた。空母<ファルゲン>から発進した高速偵察機だ。コンパクトな胴体に長大な主翼をつけたその姿は、かつてアメリカ合衆国が配備していたU−2戦略偵察機を連想させる。
 その偵察機のセンサーが異変を捉えたのは、<ヤマト>が深度を200に設定し、海中を航行し始めたその時だった。質量センサーに何か巨大な物体が捉えられる。パイロットはそれが海中をかなりの速度で移動しているのを見て驚愕した。
「こ、こちらファルゲン01!」
 何かとんでもない物を見つけたと直感したパイロットは母艦への通信回線を開いた。あまりに迂闊な行為である。彼がいる場所は、敵の本丸の中なのだ。そんなところで大声で話す馬鹿はいない。しかし、敵を恒星間航行すらできない蛮族と舐め切っていた彼は、迷わず通信を行った。
 その愚行の返礼は、直ちに返された。
 地球の低軌道上を周回していた迎撃衛星が迂闊な敵を捕捉し、対空ミサイルとレーザーの雨を振舞ったのである。ガミラス偵察機は瞬時に粉砕され、高層大気圏を摩擦熱の炎の尾を引いて落下していった。
 そして、この小さな戦闘は、両軍に激しい反応を引き起こすことになったのである。


数分後 地球衛星軌道 ガミラス軍空母<ファルゲン>艦橋

「偵察機が消息を絶っただと?」
「は。位置は『日本列島』周辺の南部です。『海中を航行する巨大物体を発見』と言う報告の後、消息を絶ちました。おそらく迎撃衛星に撃墜されたものと判断します」
 通信士官の報告を受けたダリウスは一瞬渋い顔になり、それからニヤリと笑顔を浮かべた。
「ふむ…面白い。どうやら本艦が追っていたのはこれのようだな、副長」
「おそらく」
 副長が同意を示す。ガミラスの貧弱な海中探査技術でも補足可能なほどの巨大な存在だ。兵器であれなんであれ、地球にとっては貴重な何かに違いない。
「いい退屈しのぎだ。こいつを叩き潰して海の底に沈めてやる。総員、戦闘配置に就け!」
「は?し、しかし艦長。我が艦の任務は偵察です。勝手に指示を逸脱した事を起こしては…」
 副長が苦言を呈したが、ダリウスは豪快に笑い飛ばした。
「何、こんな蛮族どもにやられるはずがなかろう。それに、この水中物を破壊すれば、シュルツ閣下も枕を高くして眠れると言うものよ」
 そう言うと、ダリウスは現在地を離れて地球へ向かうよう命じた。艦載機のうち、大型爆撃機は航続距離の問題からもう少し地球に近づかねば使えない。<ファルゲン>は微かに身震いして地球への軌道に乗った。


同時刻 沖縄沖 海面下100メートル BB-EX01<ヤマト>艦橋

 その頃、テスト予定海域への航行を続ける<ヤマト>には宇宙軍司令部からの緊急信が入っていた。
「敵偵察機ですと?」
 沖田の言葉に、ビデオパネルの向こうでクレイボーン参謀長が頷く。ちなみに、この通信は宇宙軍専用の衛星レーザー通信を使用しているので、傍受の恐れはない。
『5分ほど前だ。君たちの上空を通過した偵察機が、どこかに通信を送ったのを確認している。暗号は現在解読中だ』
「ふむ…」
 沖田は顎に手を当て、髭を撫でた。この辺でこの艦以外に偵察機の注意を引きそうなものは…あるとは思えない。
「発見されましたかな」
『可能性は高いな。現在レーダーで母艦を捜索中だが』
 無駄だろう、と沖田は考えた。恐らく、敵は地球側で「ヒトデ」と呼称している円盤型空母だろう。あれの隠密性は非常に高い。そうでなければこんな所まで潜入して来れないからだ。
「わかりました。こちらでも独自に対処の方策を立てます。何かありましたら引き続き情報を願います」
『承知した』
 沖田の言葉に答え、クレイボーンの姿が消える。艦橋の面々の視線が沖田に集中した。沖田は目を閉じ、まだしばらく考え込んでいたが、やがて目をかっと開くと、島に命令を下した。
「島、浮上だ。海面に出ろ」
 その意外な命令に、島が首を傾げる。
「浮上ですか?しかし、それでは敵に…」
 発見されるのでは?と言うより早く沖田の怒声が飛んだ。
「復唱はどうしたっ!?」
「は、はいっ!こちら航海。メインタンク、ブロー!浮上する」
 艦の浮力を調節するタンクに圧搾空気が入れられ、艦がゆっくりと浮上し始める。それを確認し、沖田は次の命令を下した。
「索敵、海上に出ると同時に、全天索敵を実施。スウィープは一回。反応あれば報告せよ」
「了解!」
<ヤマト>にはイスカンダルの技術を取り入れた新型レーダーを搭載している。これなら敵を発見できる可能性がある、と沖田は判断した。索敵士席に座っているのは、レーダーを開発した民間企業の技術者だが、沖田の気迫に押されて躊躇なく命令に従っている。
「それから、古代!」
「は、はいっ!」
 それまで戦務主任席に付いて、テストの立会いをしていた古代に、沖田が声をかけた。慌てて返事をする古代。
「索敵から情報あり次第、撃てるように準備をしておけ」
 その言葉に、艦橋が一気に緊張する。どうやら、沖田はもし敵がいれば一戦を交える覚悟でいるらしい。しかし、この間の武装は何のテストもしていないのだ。
「り、了解しました。…しかし提督、テスト航海中のため、主砲へのエネルギー充填はほとんど行われていません。余剰出力をまわしても、砲塔を一基動かすのが限界ですが」
 古代が進言すると、沖田はニヤリと笑った。古代がそこそこ事態を把握しているのに満足したようだ。
「そんな事はわかっておる。だが古代、エネルギーがあっても、まだ正規の砲術員は乗っておらんのだ。技術員を集めてもやはり主砲一基分の人手にしかならんぞ」
「そ、そうでした。ではちょうど良いですね」
 そのやり取りに、艦橋内に思わず笑みが漏れる。沖田は満足した。ちょうどいい感じに緊張がほぐれた。そうでなくては良い戦いは出来ない…
「深度20。間もなく海面に出ます!」
 その時、島の報告が響いた。ほぼ同時に、艦橋が海面を割って洋上に突き出す。澱んだ雪雲と、やや荒れ気味の鉛色の海面が窓一杯に広がった。続いて、窓の先に広がる海面を切り裂くようにして、独特の形状をした艦首部分が浮上する。そして、巨大な主砲と副砲群。水平に戻った艦首が波を切り裂き、飛沫が艦橋にまで飛んだ。
 今、<ヤマト>の名を受け継ぐ艦は、250年ぶりにその姿を海面に見せたのだ。


地球衛星軌道 ガミラス軍空母<ファルゲン>艦橋

「水中物体が浮上!これは…大きい!!」
 索敵士官の報告に、ダリウスは直ちにビデオパネルへの投影を命じた。レーダー、センサーの情報がコンピュータによって解析され、CG合成されて<ヤマト>…まだガミラスはその名を知らない…の艦影を映し出す。
「こ、これは…戦艦だ。それも、巨大な…」
 副長が呟いた。ガミラス人が見たことのない、洋上を波を砕いて進む巨艦。それは、彼らにも何がしかの感銘を与えた。
「…地球人め、良くあんなものを作ったものだな」
 ダリウスは感心したように呟き、そして命じた。
「奴を仕留めて基地への土産にする。降下急げ!」
 距離を詰め、艦載機を放てば、あの艦は今浮上してきたばかりの海中へと逆戻りする。それも、二度と戻れない一方通行だ。ダリウスは勝利を確信していた。
 だが、それが彼の最後の思考となった。


BB-EX01<ヤマト>艦橋

「浮上完了!現在速度、37ノット!」
 島が報告すると、続いて航法士席に座る太田健一郎中尉が洋上のデータを読み上げた。
「現在位置、沖縄本島喜屋武岬の南東、約120キロ。北西の風、風速6ないし8メートル。波高4ないし5メートル。気温マイナス2度、気圧997ヘクトパスカル。放射能強度6」
 やや弱めの低気圧の中に出たらしい。なお、放射能強度とは、その中に何時間いると被曝が致死量になるかを示す値で、数字が小さくなるほど強度は高くなる。
「…全天スウィープ完了。情報でます。…いました!上空8万キロに反応です!」
 索敵士席の技術者が叫んだ。
「太田、情報を整理しろ」
 沖田の命を受け、太田がレーダー情報を整理した。
「これは…間違いありません提督。『ヒトデ』です!ガミラスの高速空母です!」
 その報告に、沖田は艦長席から立ち上がった。
「8万キロか!6万を切ったら艦載機が出てくるぞ。その前に叩き落してくれる…古代、撃ち方用意だ!!」
 呼びかけられた古代は、必死に砲術システムに計算値を送り込んでいた。答える余裕もない。沖田は叱咤した。
「落ち着いて計算しろ。お前は学生の時は最優秀の成績だった。お前ならやれる!」
「は、はいっ!…よし、計算完了!第一砲塔、いけるか!?」
 古代の問いかけに、第一砲塔にいた南部の返事が返ってくる。
『準備完了、いつでもいけます!!』
 古代は沖田を振り返った。沖田は頷くと、裂帛の気合を込めて命令を放った。
「撃ていっ!」
 同時に、古代が主砲の引き金を引く。その瞬間、使用可能な三門の46センチ主砲が目も眩むような青白色の閃光を放った。暗い灰色の世界を真っ二つに切り裂いて天へ伸びる三条の輝き。それは8万キロの距離を瞬時に駆け抜け、「ヒトデ」の中心部に突き刺さった。
「…!」
<ヤマト>の艦橋が声にならない叫びで包まれた。主砲のフェーザー力線は、「ヒトデ」の核を…従来の地球艦艇の艦砲では打ち破れなかった強固なバリアと装甲を薄紙のように刺し貫き、粉砕した。破壊された主艦体から吹き飛ばされた腕の部分…艦載機の格納庫がばらばらな方向に飛び散り、次の瞬間艦載機に誘爆して木っ端微塵に砕け散る。一瞬の後、そこには空母の姿はなく、ただのねじくれた残骸だけが残っていた。
「や…やった」
 誰かが呆然と呟くように言い、それはたちまち全員に波及した。
「やった、やったぞ!」
「あのガミラスの艦を吹き飛ばした!!俺たちはやったんだ!!」
「勝った!俺たちは勝ったんだ!<ヤマト>の初勝利だ!!」
 その歓喜の中、沖田は誰にも気付かれないように目尻に浮かんだ涙を拭き取った。
(この艦なら…我々はやれる。木星に、冥王星に、散って行った勇者たちよ。どうか見守りたまえ)
 誓う沖田の前で、古代が、島が、太田が、立ち上がり、肩をどやしつけあい、喜びの咆哮をあげつづける。それは敗北しつづけてきた地球人の反撃への狼煙であり、新たな戦いの始まりを告げる号砲だった。

(つづく)
 


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