SPACE BATTLESHIP "YAMATO"

EPISODE:1 Hope for tomorrow Part1,Section7

宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第七話「模擬戦闘」

2199年7月12日 各務原基地


 名古屋圏の地下都市である中京地下街区。ここには三菱の航宙機生産工場を初めとして、日本の軍需生産の6割近くを担う工業能力が存在している。
 その重要拠点を守るため、中京地下街区には東京のそれを越えるほどの濃密な防御施設が置かれており、この各務原基地もその一つだ。開設以来、実に200年を超える歴史を有する一大航空基地である。
 この日、古代進連邦宇宙軍大尉はこの基地を訪れていた。三菱が開発した新型機のテストがあると聞いて見学に来たのである。その機体が使えるようなら、ぜひとも<ヤマト>の艦載機として採用したかった。
 ところが、基地にやってきた古代は思わぬ人物に出会うことになる。
「古代先輩!」
「お?加藤、加藤じゃないか。お前なんでこんなところにいるんだ?」
 古代はその出迎え―加藤三郎中尉を見て言った。冥王星海戦時に彼が乗り組んでいた戦艦<八州>はいまだ修理中で、艦載機部隊は横須賀航空基地に転属して行ったはずだが…
「実は、今日新型機のテストをやらされることになりまして…ひょっとして、古代先輩も見学ですか?」
 加藤の答えと質問に古代は頷いた。確かに、30機以上撃墜のエースである加藤に新型機のテスト、という話が来るのは納得できる話だ。
「じゃあ、案内しますよ。こちらへどうぞ」
 加藤に連れられて、古代は格納庫エリアに向かった。関係者以外立ち入り禁止の区画だったが、加藤の知り合いだ、という事で意外にもすんなりと通される。<ヤマト>を建設している機密ドックの厳重極まりないセキュリティに慣れた古代にとっては拍子抜けするようなあっけなさだったが、これは坊の岬ドックの方が特別なのだ。
 とは言え、加藤に出会えたおかげでうわさの新型機を間近で見学するチャンスに恵まれたことを、古代は感謝した。
「お早うございます」
 加藤が格納庫の一つに入って挨拶をすると、中で作業をしていた技術者たちが振り向いた。
「あ、加藤中尉。お早うございます。…そちらの方は?」
 技術者のリーダーと思しき人物が笑いながら近づいてきた。意外にも若い―たぶん古代より2〜3年上だろう―女性である。しかし、目の方はしっかりと古代を値踏みするように見据えている。
「私の士官学校の先輩の古代さんです。先輩、こちらが新型機設計の責任者、堀田継美(つぐみ)技師です」
 加藤に紹介され、古代は堀田技師の前に進み出た。
「連邦宇宙軍大尉、古代進であります。お会いできて光栄です」
「三菱エアロスペースの堀田です。こちらこそよろしく。ところで古代大尉、今日はどのようなご用件で?」
 古代が来訪の目的を告げる。そこへ、加藤が古代が7機撃墜の戦績を持つエースでもあることを付け加えると、堀田の目が変わった。
「貴方も戦闘機乗りだったんですか。ぜひ、私の作品を見て行ってください」
 古代も、そこでいや実は私は水雷屋で…などとは言わない。堀田に続いて倉庫の奥へと進んで行く。そして、うず高く積まれた箱の山を抜けたとき、古代はそこに鎮座していた機体に目を見張った。
 それは美しい機体だった。現用の主力機、グラマンF-86<ブラックタイガー>とはまさに一世代を画した機体であることが、そのイメージだけで理解できる。
「98年度試作艦上戦闘機です。来年…2200年正式採用の予定で、そうなった場合はF-0…<零式艦上戦闘機>と呼ばれることになるでしょう。既にスタッフの間では<コスモゼロ>と呼んでいます」
 堀田の言葉に誇りが滲む。様々に毀誉褒貶はあるが、かつて日本が大戦争を戦っていた時代、一貫して主力の座にあり続けた零式艦上戦闘機は、日本を代表する航空機といっても良い。
 その名を受け継ぐ事になる<コスモゼロ>は、ずんぐりとした<ブラックタイガー>とは異なるシャープな外観の機体だった。全体としては矢印に翼をつけたようなデザインで、矢印の鏃の部分を構成する、機首の左右にはみ出したユニットからはセンサーユニットらしい3本の「触覚」が伸びている。また、そこは武装を配置した場所でもあり、パルスレーザー発射口の人工ダイヤモンド製レンズが4つ並んでいた。
「これは…20ミリレーザーですか」
 古代はそのレンズの大きさに感心した。一般に、レーザーの発射口にある集束レンズは大きいほど収束率が高くなり、つまりレーザーの破壊力を表す焦点温度が高くなることを意味する。
<ブラックタイガー>の機載レーザーは搭載数こそ6門と多いが、集束レンズは12.7ミリであり威力、射程とも20ミリには及ばない。総合火力では<コスモゼロ>の方が上だろう。
 「ええ、他にも実体弾式の12.7ミリ電子熱砲を2門、爆弾や対艦ミサイルも搭載可能です」
 堀田が説明を続ける。彼女が指差す主翼の下には左右あわせて6個のハードポイントがあった。相当な量の武装を搭載できるだろう。さらに彼女は話を続けた。
「最高速度は地球大気圏内でマッハ3.5。圏外でマッハ30以上。その状態で全力旋廻を行っても機体が分解しない強度を持たせました。また、慣性中和装置も新型です。パイロットが全力旋廻時に受けるGは3〜4Gに収まると私は計算しています」
古代は頷いた。この宇宙時代に有人戦闘機が復活したのは、この慣性制御装置の発明が全てであったと言っても過言ではない。21世紀半ばからは、有人戦闘機はどんなに無茶な空戦機動を行ってもパイロットが意識を失うことなどない無人戦闘機に対して劣位に立たされ、人種としてのファイター・パイロットは絶滅の危機にさらされた。
 しかし、22世紀になって有人機にも無人機並みの空戦機動を行わせる事を可能とした慣性制御装置が登場し、立場は逆転する。同等の運動性を持っている場合、無人戦闘機は有人戦闘機の…と言うより、それを操る人間のパイロットが持つ柔軟な判断力に対して全く勝てなくなったのだ。
 こうして有人戦闘機は宇宙戦時代において、重視すべき装備の一つとなった。ヴァーチャル・リアリティ技術を駆使した高度な模擬空戦訓練システムによって教育も短時間で済むようになったため、古代のように他の専科を持ちながらパイロットとしての訓練を受けている者も多い。今回の対ガミラス戦では航宙機の性能が彼我に大差がなかった事から地位的にも上昇している。
 古代は機体に近寄り、その表面を軽く叩いた。音が響かない。対レーザー塗料や装甲板が相当分厚くできているらしい。古代は満足げに笑った。
「こいつはいい材料を使っている。これならガミラスの戦闘機と撃ち合ってもそう簡単にはやられないだろうな」
 堀田も自信に満ちた笑顔でそれに答えた。
「えぇ、もちろんです。この機体の装甲材はガミラス戦闘機のレーザーや実体弾の直撃に耐えるように設計したんですから。昔のゼロ戦の間違いは繰り返せません」
 古代がそれに答えようとしたとき、電話の着信音が鳴り響いた。堀田が胸ポケットから携帯電話をとりだす。
「はい、こちらチーム・シュライク…はい、え?パイロットをですか?少しお待ちください」
 何があったのか、と言う目で見る周囲の人々に、堀田が事情を説明した。
「なんか、グラマンチームのテストパイロットが、ガミラスの爆撃を食らって足止めされてるらしいの。彼が来ないと今日のテストは中止だわ」
「なんだって?どう言う事です」
 古代が慌てて訊ねた。出張予定は今日一日しかないので、今日テストが見られなければここへ来たことは完全な無駄足だ。
「次期主力機の開発は三菱だけでなく、グラマンも請け負ってるんですよ。今日は午後から模擬戦闘をやってお互いに優劣を洗い出す予定だったんですが…」
 加藤が事情を説明した。そこで、古代の頭に閃くものがあった。
「要はパイロットがいれば良いんだろう?なら、俺がグラマンチームのテストパイロットの代役を引き受けよう」
 古代は言った。グラマンの機体なら、今の<ブラックタイガー>で経験がある。操縦には支障はないはずだ。
「待ってください、先輩。良いんですか?」
 加藤が慌てて言った。視察に来て、いきなり試作機に乗せろ、と言うのは無茶すぎる。それにパイロットは他にもたくさんいるのだ。
「テストが行われないんじゃ意味がないからな。それに、他のパイロットはみんな勤務中だろう?員数外の操縦資格者は俺しかいないはずだ」
 古代はあっさりと加藤の言外の真意を察知して、後輩の訴えを退けた。堀田技師も頷く。
「古代大尉の言うとおりですね…少し待ってください。グラマンチームに掛け合ってみます」
 彼女は携帯電話を取り出し、グラマンチームと話し始めた。5分ほど話し合って、どうやら結論が出たらしい。電話をしまいこむ。
「古代大尉、向こうと話がつきました。テストパイロットをしていただけますか?」
 堀田が頭を下げる。古代は慌ててそれを制した。
「いや、こっちが無理を言って頼み込んだんですから、気にしないでください」
 すると、堀田技師は頭を上げて思わぬことを言った。
「ただ、古代大尉がグラマンの機体に乗って、加藤中尉が慣れた<コスモゼロ>を使うのではフェアな勝負になりませんから…乗る機体は逆になります」
 古代と加藤は一瞬顔を見合わせた。
「つまり、僕が向こうの機体に乗って、先輩が<コスモゼロ>を使う…と言う事ですか?」
 加藤が聞くと、堀田技師は頷いた。
「まぁ、確かにその方が良いかもしれんな」
 古代はそう言って<コスモゼロ>を見上げた。実を言うと、最初の印象で古代はこの機体が気に入っており、乗れる機会をどうしても逃したくなかったのだ。
「そうですね。先輩にもハンデは必要でしょうし…」
 どうやら納得したらしく、加藤がニヤリと笑う。古代も笑い返した。
「言うようになったな…士官学校の頃は一度も勝てなかったくせに」
 彼らは士官学校時代に練習機バージョンの<ブラックタイガー>で3回模擬空戦を行い、今のところ古代が全勝している。しかし、それから数年を経て、今や加藤は30機以上撃墜のトップ・エースだ。言い方こそ余裕を見せているが、古代は相当気を引き締めていかないとあっさり負けるな…と考えていた。
「なら、晩飯でも賭けますか?」
 加藤が言う。今度こそ雪辱を期したいのだろう。
「良いだろう。話したい事もあるしな」
 古代は頷いた。いずれ<ヤマト>に載せる艦載機部隊。今からそのリーダー候補のトップにいる男の腕を見るのも意義がある。

 それから1時間後、古代は<コスモゼロ>の操縦席に座り、計器やその他のチェックをしていた。この時代、基本的に操縦系統はどの機体も規格化され、ほとんど変わらない。<ブラックタイガー>が操縦できれば、<コスモゼロ>も操縦できるはずなのだ。基本的には。
 ただし、それはあくまでも操縦系だけの話。サメの上半身のような形をした<ブラックタイガー>と、この<コスモゼロ>では形も重量も全く違う。実際に飛ばして見なければ機体のクセはつかめない。
「よし、オールグリーン。試しに軽く飛んでみる」
 チェックして異常がないことを確かめ、古代は堀田を初めとする技師や整備員たちに言った。
「わかりました。基地司令の方にはもう飛行許可は取ってありますから、30分くらいなら大丈夫ですよ」
 堀田が答える。古代は頷くとキャノピーを閉じた。たった30分飛ばしただけで、こいつの癖をつかんで加藤と戦わなくてはならない。普通なら逃げ出したいところだ。
「まぁ、やってみるか…」
 そう言うと、古代は機体のブレーキを解除し、ガイドレールに前輪をセットした。リニアモーターが作動し、彼の乗る<コスモゼロ>を滑らかに引っ張っていく。
 やがて、機体は地上へのカタパルトにセットされた。地上の滑走路はあちこち凍結し、損壊して使いものにならない。現在この基地に配備されている全ての機体は、このカタパルトで地下から打ち出すのだ。
 古代の背後で放射能の侵入を防ぐための扉が閉まり、代わってカタパルトの先にある地上への射出口が開いた。
「こちらテスター1。発進を許可されたし」
『バードネストよりテスター1へ。許可する。秒読み後に射出する。対ショック態勢を取れ』
 古代がシートのハーネスをしっかりと締め、その旨を告げると、カウントダウンが10から開始された。同時に古代はスロットルをミリタリーマキシマムに叩き込む。背後の核融合ターボファンエンジンから凄まじい轟音が吐き出され、機体が飛び立つことを待ちきれないように震えた。
「3…2…1…射出!」
 ガイドレールよりも遥かに強力なリニアモーターが作動し、<コスモゼロ>は弧を描いて地上へ向かうレールの上を疾走し始めた。前方に出口が見えた、と思った次の瞬間には機体がカタパルトから切り離され、エンジンのパワーを頼りに上昇し始める。低く垂れ込めた雪雲をあっという間に突きぬけ、<コスモゼロ>は比較的澄んだ大気圏上層部へと躍り出た。
「たいした加速だ…こちらテスター1。少し自由にやらせてもらうぞ」
 言うなり、古代は機体をマッハ3.5の大気圏内最高速力まで加速させた。凄まじい衝撃波が数百メートル下の雪雲の表面を叩き、モーゼの奇跡における紅海のように引き裂いていく。次に古代はいきなり急減速をかけ、同時に機体を宙返りさせた。視界がめまぐるしく回転するが、ショックはあまり感じられない。
 慣性制御装置が完璧に作動し、パイロットの身を守っているのだ。完全にGが0にならないのは、ある程度の過重をパイロットにかけることで、飛行感覚を失わせないためである。慣性制御装置の黎明期には完全にGを0にした機体もあったが、そのため逆に飛行感覚を失って墜落したパイロットなど、致命的な事故を引き起こした事例が多々あった。
 それから20分ほどの間、古代はめまぐるしく機体を操った。インメルマン・ターン、バレル・ロールと言った空戦機動を連続して行う。しかし、機体はわずかな軋みさえ立てない。古代はこれは並みの機体ではないと確信した。
(欲しいな、この機体…しかし、それも加藤に勝ってからだ!)
 古代がそう思ったとき、慣らし運転の時間が終わった事を告げるブザーが鳴った。同時に地上の管制塔からの通信が入る。
『バードケージよりテスター各機へ。これより模擬戦闘を行う。所定の空域に移動せよ』
「テスター1、了解」
 古代は操縦桿を引き、機体を緩やかな上昇に入れた。名古屋沖500キロの太平洋上、高度12000〜27000の間がテスト空域となる。
 古代はレーダーを見た。加藤のものらしい機体がかなり離れたところを飛んでいる。通信でも入れてみようかと思ったが、管制塔の支持を聞き逃すとまずいので止めることにした。そうこうしているうちに、古代のコスモゼロはテスト空域に到着していた。
「こちらテスター1。予定の空域に到達」
『バードケージ了解。テスター2も準備完了だそうだ。テストは対進状態からのミサイル攻撃、決着がつかない場合はドッグファイトだ。ケリがついた場合、機体は自動的に基地へ帰投するようになっているので恥をかかないように』
「テスター1了解」
 古代はそう言うと機体の武装表を確かめた。レイセオンAIM-202<シュライク>長距離対空ミサイル×4、同AIM-144<サイドワインダーX>短距離対空ミサイル×4、三菱−日本電気AAM-89中距離対空誘導弾×4。
 さらに、対空パルスレーザーは連続斉射5分が可能な充電量。12.7ミリ実体弾機関砲は2200発。全て定数どおりだ。
 もっとも、実際にはミサイルは積まれていない。テスト環境用としてコンピュータのデータ上だけに存在する。「発射」した後はテスト用のコンピュータ上で飛行がシミュレートされ、命中か外れかが判定される。
 もちろん、ミサイルが当たればどんな状況下でも即座に「撃墜」が宣告される。速度も機動性も遥かに上回るミサイルの群れをどこまで回避できるか…それが勝負の分かれ目だ。
『それでは、模擬空戦を開始する』
 管制の声と共に、古代はレーダー上の加藤機に向かって正対し、突撃を開始した。<シュライク>の射程に入るが、発射ボタンには手を掛けない。
(加藤に対応の間を与えない飽和攻撃で行く。<シュライク>と89式の8発同時攻撃だ)
 古代はそう考えていた。古代と加藤では、間違いなく加藤の方が技量は上だ。それをカバーするには、さすがの加藤でもかわせないように多数のミサイルを投げつけてやるしかない。
 その時、加藤機から高速小型目標が分離し、古代機へ向かって飛び始めた。加藤機が<シュライク>を放ったらしい。ミサイルはたちまちマッハ7に達して迫ってくる。
(2発か…これは囮だな。本命は次に来る)
 古代はそう判断した。この囮を回避すると、そこへ本命が飛んでくるという罠だ。古代は回避行動を取らず、逆にミサイルに向かって機体を突っ込ませた。激しい警告音が鳴り響くが、それを無視して機首のパルスレーザーを一閃させる。その瞬間、仮想空間上のミサイルは消失していた。「撃墜」されたのだ。
「良い命中精度だ」
 古代は満足げに笑い、機体を加速させる。彼の思わぬ回避法に驚いたのか、加藤からの続くミサイル攻撃はない。やがて、中距離ミサイルの射程に入ったことを示すメッセージがHUDの横を流れ始めた。
「くらえ!」
 古代は操縦桿のトリガーを立て続けに引いた。仮想のミサイルが8発、機体から切り離されて飛び出していく。それらは散開し、四方八方から加藤機を包み込むようにして迫っていった。並みのパイロットならまず回避は出来まい。
 しかし、古代も同時に6発のミサイル攻撃にさらされていた。断続的に鳴りびく警告音の中、古代は操縦系統を「完全手動」に切り替えた。
「…!!」
 慣性制御装置を使ってすら打ち消しきれない凄まじいGが古代の身体を苛んだ。古代の<コスモゼロ>はマッハ3.3の速度から殆どいきなり空中停止し、同時に機首を90度持ち上げ、その状態から再加速。数秒のうちに2000メートル以上も上昇すると言う、完全手動操縦時しかできない過激な機動を行ったのだ。
 突然目標を見失ったミサイルが途方にくれたように右往左往し、やがて燃料切れで消失する。古代は会心の笑みを浮かべたが、加藤機も8発のミサイルをかわし切っていた。仮想空間上の峡谷に入り込み、ミサイルをことごとく自爆に追い込んでいたのである。
(こりゃ、ミサイルも新型にしなきゃだめだな)
 古代は思った。仮にこれが<ブラックタイガー>だったら、為す術もなく撃墜されていただろう。しかし、<コスモゼロ>にしても、名前を知らない加藤のグラマン機も、<ブラックタイガー>を仮想標的とするミサイルでは追尾不能なほどの性能を持っていた。
 帰ったら報告せねばなるまい、と思ったその瞬間、古代は言い知れない殺気を感じ、機を急旋回に入れた。今まで古代機がいた空間を、6条のパルスレーザーが切り裂いていく。
「ちっ!加藤相手に考え事をしていた俺がバカだったか!!」
 古代は吐き捨てるように言った。視界の端を、スマートな戦闘機が一瞬横切る。背の低い双尾翼と長い二本のテイル・ブームが特徴的な機体だ。
「あれがグラマンの新型か…速度は<コスモゼロ>よりは早そうだな…」
 古代が見る中で、いったん離れた加藤機が、再び機首をめぐらせて接近してくるのが見えた。まだ<サイドワインダーX>は持っているはずだが、使う気配が無い。そうだろうな、と古代は思った。おそらく撃っても無駄弾だ。
 古典的な格闘戦でケリをつけるか、それもまた面白い。古代はすばやく機体を旋回させ、加藤機と正対する位置に機体を持ってきた。速度はお互い音速以下に落ちている。相対速度は約1200キロ。古典的な、機銃を用いたドッグ・ファイトだ。
(くらえ!)
 古代機、加藤機が同時にパルスレーザーを放ち、同時に回避行動に入る。二機の戦闘機はお互いに腹をこすれ合うような距離ですれ違うと、相手の後ろを取ろうと旋回に入った。何発かのレーザーは当たっているが、機能に影響はない。広大な成層圏を舞台に二機は絡み合う蛇のような軌跡を描いて旋回しつづけた。
 その無限に続くかのような戦いにも、遂に決着の時が来た。何十回目かの旋回を終えたとき、遂に機動性に勝る<コスモゼロ>が加藤機のバックを取る。古代はそのチャンスを見逃さなかった。トリガーを引き絞ると、パルスレーザーが加藤機の胴体上面を満遍なく捉えた。
『しまった、やられたぁっ!!くっそぉ…』
 無線に加藤の声が入る。既に、機体は彼の制御を離れ、自律飛行で各務原基地へ向かいつつあった。
『さすがは古代先輩…やられましたよ』
 古代の<コスモゼロ>が横に並ぶと、向こうの機体のコクピットで加藤が手を振るのが見えた。その顔には苦笑が浮かんでいる。
「この機体の素性が良かったからな。しかし、そっちもすごい機体だ。なんて言うんだ?」
 古代が加藤機の名を尋ねると、加藤は後ろのほうを指差した。そちらへ目を向けると、垂直尾翼に幾つかの文字が並んでいるのが見えた。

GRUMMAN XF-2200 COSMO TIGER

「<コスモタイガー>か…これまた勇ましい名前だな」
 古代が言うと、加藤は大きく頷いた。
『ただ勇ましいだけじゃありません。こいつは今は負けましたが、もっとすごい機体に進化する素質がある…そんな気がします』
 なるほど、と古代は納得した。並んでみると、<コスモタイガー>の方が<コスモゼロ>よりも大きい。それだけ機体設計に余裕がある証拠だ。<コスモタイガー>が完成型となった暁には、主力戦闘機の座はそれに譲られるようになるのかもしれない。
「まぁ、それはそれとして勝ったのは俺だ。約束どおり飯はおごってもらうぞ」
『はぁ…仕方ないですね』
 少しうなだれた声の加藤に、古代は笑いながら言った。
「まぁ、そうへこむな。元気の出る良い話を教えてやる!!」
 二機の試作戦闘機はゆっくりと高度を下げながら、基地へ向かって行った。

 一週間後、地球連邦軍は広報において次期主力戦闘機に三菱の零式艦上戦闘機を採用する事を発表。まず50機の導入を決定した。
 その広報の一角に、次の辞令が載っていることを重視した人間は少数だった。
「加藤三郎中尉 第442艦載戦闘飛行隊配属を命ず」

(つづく)
 


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