SPACE BATTLESHIP ”YAMATO”
EPISODE:1 Hope for tommorow Part1,Section6

宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第六話「始動」

2199年 5月24日 東京地下街区 第120層 臨時大統領府

 本来は日本自治区政府のシェルターとして利用されていた第120層。ここに地球連邦の臨時政府が置かれてからもう1年近くになる。本来の政府は遊星爆弾の直撃で所在地のシンガポール島ごと消え去っていた。
 当然、人員もほとんどが「臨時」「代行」「代理」などの肩書きを付けてそれぞれの業務をこなしている。とは言え、そうだからと言って彼らの使命感や労働意欲が劣る訳ではない。人類を襲った未曾有の危機の中、彼らはそれを打開するために懸命の努力を続けていた。
 地球連邦大統領代行、ヤウズ・セリム・マティヴ氏も勤勉かつ使命感に溢れた人物である。トルコの出身で、敬謙なイスラム教徒。中央アジア人種の血を色濃く引いた顔立ちは、朴訥な農夫を思わせる。しかし、以前に数回内務大臣を経験しており、崩壊しかけている現在の地球をまとめるのには最適の人物だった。
 そのマティヴ代行の前に、藤堂平九郎地球防衛軍司令長官が座っていた。無言のまま、持参した書類にマティヴが目を通すのを見守っている。
 やがて、マティヴは書類をテーブルの上に置いた。その表紙には「EX-Project Sub-3 Explorer」と記されていた。
「話は大体理解できました」
 マティヴは大きく頷いて話を切り出した。
「成功すれば非常に大きな見返りの期待できる計画ですね。しかし、危険もまた大きい…藤堂長官、正直に話して頂きたい。成算はおありなのですかな?」
 藤堂は頷いた。
「正直なところ、ゼロではないと言うしかありませんな。もちろん想定されるあらゆる要素を計算に入れた上での計画です。しかし、我々人類にとっては全く未知の経験。想定外の事態はいくらでも起こり得ます」
 マティヴはその答えを聞いて微笑んだ。
「本当に正直に話しましたね。誤魔化す気はなかったのですか?」
 藤堂は首を振った。
「事は人類の存亡に関わります。虚偽や誇張は無意味であり有害です。そんな物を並べ立てて実施された作戦や計画など、上手く行った試しはありません」
 藤堂はそこで息を継ぎ、さらに言葉を続けた。
「本来は…確実な成算を持った作戦を立てるのが軍人です。しかし、今の地球には確実な成算を立てる力はありません。その中で最大限の努力をして生み出されたのが、この計画案なのです」
 マティヴは頷くと、藤堂の手を握った。
「わかりました。人類が生存できる道を少しでも増やすため…大統領権限保有者として、この計画を承認します。しっかりやって下さい」
 藤堂はマティヴの手をしっかり握り返し、ついで最敬礼の姿勢を取った。
「了解致しました。軍の最高指揮官として最善を尽くします」
 それからしばし打ち合わせをして、藤堂が大統領府を辞去しようとした時、マティヴは藤堂に尋ねた。
「ところで長官、その目的の星…『イスカンダル』でしたな。向こうの言葉でどういう意味なのです?」
 藤堂は困惑した。辞書があったとは言え、すぐにイスカンダル語の単語の意味を答えられるほど精通している訳ではない。携帯情報端末からデータを読み出し、イスカンダルの意味を調べる。
「は…『約束の地』と言う意味だそうです」
 ようやく意味を調べた藤堂が報告すると、マティヴは破顔した。
「そうですか。実は、私の故郷、トルコの言葉にも『イスカンダル』と言う単語があるのですよ」
「ほぉ、どういう意味なのですか?」
 興味を引かれた藤堂の質問に、マティヴは答えた。
「聖者」
 今度は藤堂が笑う番だった。
「『聖者』が待つ『約束の地』ですか…縁起が良い取り合わせですな」
「そう願いたいものです」
 こうして、EX計画の3番目のサブ計画であるイスカンダル遠征―「エクスプローラー計画(作戦名「明日への希望」)」は正式に動き出したのであった。


5月31日 坊の岬沖海底 戦艦<ヤマト>専用工廠

 戦艦<ヤマト>に搭載されたエンジンは、現時点では地球最高の技術を投入したものだった。最高で光の速さの30パーセント近い速度を出す事ができ、アルファ・ケンタウリまで14年で到達しうる性能を持っている。既に取りつけは完了し、試運転も行われていた。
 ところが、この日、突如としてそのエンジンの解体撤去命令が出た。その命令に納得行かないエンジン責任者は、決定を伝えてきた艤装委員のところへ抗議にやってきた。
「山崎奨技術中佐です。今回のエンジン解体撤去命令ですが、一体いかなる事情なのかお聞かせ願いたい」
 責任者の山崎は、意外に若い艤装委員の顔を見ながら言った。
「島大介大尉です。航海・機関関係の責任者を務めています」
 島は山崎の向かいに座り、話を切り出した。
「今回、画期的な新型エンジンが開発される見通しとなり、この<ヤマト>にそれが搭載される見込みなのです。現行エンジンの撤去はそのためです」
 山崎は首をひねった。
「新型エンジン?しかし、今回搭載されたエンジンも、3ヶ月前に実用化に成功し、1ヶ月前に据え付けが終わったばかりの新鋭エンジンですぞ。それより新しいとは…」
 戸惑う山崎に、島は一枚の図面を差し出した。それを見ていた山崎の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「まさか…波動制御機関!?」
 彼も優秀なエンジン技術者であり、科学者である。一目で図面の正体を見抜いた。
「はい。この<ヤマト>は波動制御機関搭載艦として、特殊任務に就く艦となります。そのため、建造期間を延長し、できる限りの改良を施します」
 島が説明すると、さっきまでの仏頂面を消し飛ばして笑顔に変わった山崎が尋ねた。
「で、そのエンジンはいつ出来るのですかな?早く現物を見てみたいもんだ」
「新横須賀の第一工場で製造が始まっているはずです。まずは、小型艦に装備して無人テストなどをやらなくてはなりませんが…そうした日程を見込み、3ヶ月以内にはこの艦に対応した大出力のものが到着するかと思います」
 島が答えると、山崎はふーむ、と息を漏らしつつ懐からPDAを取り出した。
「今度の横須賀行きの便は…っと…」
 どうやら、待ちきれずに直接横須賀へ見学に行く気らしい。島は苦笑しつつ山崎を見た。後日、彼は副機関長として<ヤマト>へ乗り組む事になる。


6月27日 ラグランジュ5

<ヤマト>改装に関する作業は、機関部以外にも様々な分野に及んでいた。
 この日、月と地球、太陽の引力がつりあって安定するいわゆる「ラグランジュ・ポイント」にて行われた実験もそうだった。ガミラスの攻撃で破壊され、放棄されたスペース・コロニーに向かって、異様な形状をした一隻の艦艇が浮かんでいた。
 全体としては、巨大な筒状の構造物に試作の小型波動エンジンが剥き出しに取り付けられたようなその艦には武装はおろか装甲すらなく、到底戦闘に耐えられるものとは思えなかった。しかし、艦首に取り付けられた地球連邦宇宙軍章が、この艦が間違いなく地球の軍艦である事を示している。
 もっとも、この艦には固有の艦名はなく、ただ単に「XGS-2199」と言う分類記号で呼ばれていた。Xは試作、GSは砲艦を示すが、無味乾燥な事この上ない。
 そこから少し離れた空域に、別の艦が浮かんでいた。地球連邦宇宙軍所属の特務艦<クェイド>。冥王星海戦で行方不明になった<雪風>よりも旧式のM-21693標準型駆逐艦で、同級艦の大半は第一線での使用に耐えずとして退役させられている。しかし、この<クェイド>はいくつかの改装を施され、センサーアンテナなどが増設され、特務艦として現役にあった。


<クェイド>艦橋

 かすかな緊張感に包まれた艦橋で、通信オペレーターの声が響いている。
「月面鎮守府司令部より連絡。『地球圏内に敵性反応無し』。防衛軍司令部よりは『予定通り実験を開始せよ』と入電しています」
 艦長は頷くと、特設のシートに座った人物に目を向けた。
「と言う事だそうだ、真田中佐。さっそく見せてもらえるだろうか?」
 真田は頷くと、通信用のマイクを手に取った。
「こちら真田。これより第一回の試射を開始する。EGシステム発射シークエンス、状況開始」
『了解』
『了解』
 地球や月、この<クェイド>艦内の他の部署にいる部下や同僚からの返信の声。彼らは様々な場所で今回の実験のデータを収集するのが目的で、真田自身は開発の技術的責任者として最も近い場所での観測を行う事にしていた。
「EGシステムへのエネルギー充填開始」
 XGS-2199の操作を担当する技官が報告する。彼の目の前には充填率を示すメーターがあり、それが順調に伸びて行く。
「充填度15パーセント。コンデンサに異常なし」
「全システムオールグリーン」
 真田は満足そうに頷いた。実験は順調に進んでいる。今回は安全性を考え、エネルギー充填率も30パーセントで止めておく事にしているから、計算上は問題ないはずだ。
 とは言え、終わってみなければ何が起きるかは分からない。真田は気を引き締め直し、経過を見守った。やがて、技官から報告がある。
「エネルギー充填30パーセント。予定率達成、充填を停止します」
 真田は自分でもエネルギー充填状況を確認すると、さらに各部に最終チェックを実施させた。
『設定照準問題なし』
『各観測点準備完了』
 報告が続々と入り、最終チェックにおいても問題が無い事が確認された。真田はマイクを取り上げた。
「EGシステム試射準備完了。直接観測班は各自対閃光防御を実施せよ。発射までのカウントダウン、60よりスタート」
 その命令を受け、一気に緊張が高まった。真田自身も閃光防御サングラスをかけ、カウントダウンを進める。
「59…58…57…」
 誰かが生唾を飲み込む音が聞こえる。なにしろ、今回テストするのは全くの新理論に基づく兵器だ。真田自身も緊張と興奮が自分の内側から突き上げてくるのを感じる。しかし、彼はそれを押し殺し、平静を保ちながらテストを進めた。
「10…9…8…7…」
 発射直前、XGS-2199の後部ブースターが予備点火を始めた。発射の反動で後方に飛ぶのを防ぐためだ。それは、内に蓄えられた膨大な力が、解放を待ちきれずに外へ吹き出したかのようにも見える。
「3…2…1…EGシステム、発射!」
 遂にカウントダウンが終わり、真田はボタンを押し込んだ。<クェイド>からXGS-2199に命令が飛び、次の瞬間XGS-2199はその砲口から凄まじいエネルギーの奔流を解き放った。
「うおっ!?」
 核爆発の直視にも耐えると言う閃光防御サングラスを通してさえ、網膜に焼き付きそうな光を感じ、真田は唸った。閃光は月や地球の夜の部分を一瞬昼のように照らし出した。
 だが、<クェイド>やその他の観測点に設置された機械の目は、確かにその瞬間を捉えていた。
 直径10キロ、全長60キロ、質量1兆トンを越える巨大な廃棄コロニーが、XGS-2199の放った光に呑み込まれ、跡形も無く消滅させられる、その瞬間をである。
 時空を制御する能力を持つ波動エンジンを意図的に、しかしごく短時間暴走させる事により、あらゆる物質を素粒子レベルで分解する次元振動波を射出するEG(Eraser Gun)システム…後に「波動砲」と呼ばれ、地球連邦宇宙軍の兵器・戦術体系の中で重要な位置を占めて行く事になる超兵器誕生の瞬間だった。
 やがて、光が収まり、標的のコロニーが完全に消滅している事が確認されるや、テストの成功を悟った人々が大歓声をあげた。
「やりましたね、真田中佐!!」
 握手を求めてくる人々に応えながら、真田は成功の満足感と共に、別の事を考えていた。確かに、例えガミラスが襲ってきても、この兵器さえ実用化されていれば一度や二度はなんとかなる。が、彼らもすぐに同種の兵器を開発するはずだ。いや、もう持っているかもしれない。
(この兵器に対抗する策も練る必要があるな)
 真田は決してこの満足感に安住する事無く、「次」の事を考えていた。

第七話「模擬戦闘」に続く


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