SPACE BATTLESHIP ”YAMATO”
EPISODE:1 Hope for tommorow Part1,Section5
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第五話「メッセージ」
2199年 5月4日 東京地下街区 第180層 地球防衛軍技術研究所
坊の岬沖の機密ドッグに古代と島を連れて行ってから2日後、沖田十三中将は一時東京へ戻っていた。古代と島も一緒である。先日、防衛技研に託した謎のメモリーキューブ…火星から古代たちが持ち帰ってきたものの情報の読み出しと、解読が終了したとの情報が届けられたのである。
「なんとか、期日内に解読する事ができました」
防衛技研の大会議室で、責任者の真田志郎技術少佐は憔悴した顔に笑みを浮かべた。彼ほどの技術者をしても、異星の産物を3日で解析すると言う作業は苦しいものだったようだ。目は充血して隈が浮かび、髭を剃る時間も入浴する時間も惜しんで作業をしたらしく、スマートな防衛軍士官のイメージとはかけ離れた姿になっている。
それでも、全身から精気が滲み出ているかのように見えるのは、今回の解析作業の成果に対する興奮のもたらすものだろう。全員が結果を聞きたいと落ち着かない表情を浮かべる中、最後に到着した防衛軍司令長官藤堂平九郎大将が口を開いた。
「早速始めよう。真田君、報告を」
「はっ」
真田は一礼し、会議室正面の大ディスプレイの前に立った。ポインティング・スティックを伸ばしてディスプレイにタッチし、プレゼンテーション用ソフトを起動させる。
「まず、ハードウェア的なものから解析しました。内部構造は複雑でしたが、基本的に接続用のポートは現在地球で使用している物との互換性がありました。これは、キューブの送り手が我が地球の情報を入手できる立場にあること、そしてこのキューブを通じて我々と接触したいと考えている事を意味します」
座がざわついた。これまでに発見されたガミラスのコンピュータや機器は、地球との互換性を全く考慮していない―当然ではあるが―形状をしており、解析するのには多大な苦労を必要としていた。
「ふむ、続けてくれたまえ」
藤堂が座を制して先を促すと、真田は頷いて次の画面に進んだ。
「読み出した情報は膨大なものでしたが、とりわけ重要なのはこの音声ファイルです」
真田がディスプレイをタッチすると、静かな声が流れ始めた。声質からして…女性であるらしい。
「これは…」
一同はその声に聞き入った。実に美しい声だ。もちろん、話している内容は異星の言葉なので理解はできない。しかし、心に染み入るような、人を安心させる響きを持った声だった。
「ガミラス語ではないようだな」
参謀長のジョアシャン・クレイボーン中将が言った。数人の幕僚が頷く。ガミラス語は断片的ながら解読が進んでおり、片言程度でも話したり、内容を聞き取る事は難しくはない。
「仰るとおりです。この言語はガミラス語ではありません。文法的に全く別個の存在です。幸い、辞書のようなものが添付されており、言語自体の解読はさほど難しいものではありませんでした」
真田が答える。すると、幕僚の一人が質問した。
「つまり、これを翻訳したものがあるのだな?」
「はい。これこそが、このキューブの最重要の情報であります」
真田は再び音声ファイルを再生した。ただし、今度は翻訳してある。
「…私はイスカンダルのスターシャ」
先ほどの女性の声で、明瞭な地球語が飛び出した。
「親愛なる地球の皆さん。私はイスカンダルのスターシャ。私たちの住むイスカンダル星はあなた方の住む地球より14万8000光年離れた<姉の星雲>のサンザー太陽系にあります」
一同は静まり返ったまま「イスカンダルのスターシャ」と名乗る人物の声に耳を傾けていた。ガミラスとのワースト・コンタクト以来、初めて地球に対して友好的な異星文明からのメッセージが届いたのだ。
「私たちは、あなた方とガミラスの戦いを憂慮しています。地球とガミラスの技術力は数世代も離れており、さらに、ガミラスの使用する遊星爆弾は、彼らが侵略する星の住民を絶滅させるためのもの。このままでは、あなた方地球人類は2年と持たず絶滅の道をたどることになりましょう」
補給参謀の顔が曇った。備蓄物資の消費について知る立場にある彼は、あと1年半で人類の生存が可能な環境を維持することができなくなることを理解していた。
「それを避けるには、ガミラスとの停戦を行うこと、そして地球を覆う放射能を除去することです。私は妹のサーシャにその使命を託して送り出しました。ガミラスとの講和について、サーシャが仲介役を果たしてくれることでしょう」
古代と島は顔を見合わせた。サーシャというのは、あの宇宙船から脱出したカプセルの中で息絶えていたあの女性だろう。二人は最後を看取った異星の女性の名を知ることができた。
しかし、場には重苦しい絶望感が漂った。
「何ということだ…その、サーシャという女性は火星において亡くなったのだろう?これではガミラスとの窓口が…」
クレイボーン参謀長がうめくと、沖田がクレイボーンの言葉を制して言った。
「嘆くのはまだ早いですぞ、参謀長。まだ続きがあるのだろう?真田君」
「はい、これより後半を再生します」
真田は頷くと、音声ファイルの再生を再開した。
「ガミラスとの和平成立後、私どもより放射能除去装置、<コスモクリーナーD>を供与いたします。これは極めて大きな装置のため、サーシャの船には託すことはできませんでしたが、戦火が収まれば障害なく航路を拓けるでしょう。そのための超光速推進機関と、我がイスカンダルまでの航路図を皆さんにお渡しします。それを用いてイスカンダルまでお越しください。私はイスカンダルのスターシャ。親愛なる地球の皆さんが来る事を心待ちにしています」
ファイルの再生が終了した。そこには極めて重要な情報が含まれていることに、誰もが気が付いていた。
「超光速エンジン…だって?光の速さを超えて航行できるのか!?」
藤堂司令長官が言うと、真田が頷いて、別の画面を表示させた。そこには極めて複雑なメカニズムの設計図、そして高度な方程式が収められていた。
「これがそのエンジンの設計図なのか?」
幕僚の一人が言うと、沖田が身を乗り出した。優秀な宇宙物理学者でもある彼には、その設計図の意味がわかったのだ。
「まさか…これは波動制御機関か!?」
真田は頷いた。
「まさに沖田中将が仰るとおりです。これこそ、人類の夢…大統一理論たる波動物理論の証明、波動エンジンです」
その場に、声にならない衝撃が走って行った。
波動物理論…21世紀末に提唱された、従来の相対性物理論に代わる新たな物理体系である。この論は、宇宙の全ての現象は根源粒子たる「波動粒子」の運動形態によって説明できるとする。
この論によれば、従来根源粒子と考えられていたクォークも、さらに、想像上の存在だった超光速素粒子「タキオン」も、波動粒子の一形態であると説明される。すなわち、この波動粒子の運動を制御する機構―波動粒子制御機関が存在すれば、そのエンジンを搭載した宇宙船は自在に光の速さを越えて航行することが可能となるのだ。
22世紀に入り、波動物理論において提唱されたある方程式…波動粒子が重力を存在させる素粒子「グラビトン」に変化する条件を証明するものが解かれ、これをもとに人工重力発生装置が発明された。この発明により、宇宙飛行時に無重力が身体に及ぼす悪影響が払拭され、人類の宇宙進出は一挙に進むこととなった。
しかし、その中でも最も解明が期待されていたタキオン方程式は未だに証明には至っておらず、人類は相変わらず光の壁を打ち破る方法を見出せずにいたのである。
「それが本当なら、確かに凄い事です。しかし…気になる点がありますな」
情報参謀の劉延賢大佐が挙手して発言を求めた。藤堂がうなずくと、劉大佐は彼の感じた「気になる点」について語った。
「まず…超光速エンジンの設計図を送ってくれるくらいなら、なぜ放射能除去装置のそれを送ってくれないのか、という点。そして、こちらからイスカンダルへ来る事を求めている点です」
劉の言葉に数人が頷いた。どうやら、同じ点を疑問に思っていたようだ。
「全てを疑ってかかるのが仕事の情報屋の因果なところですが…何かの罠ではないのかと思いたくもなります」
劉が苦笑しながら言うと、真田もつられて笑いながら答えた。
「それは私も思いましたが…罠にしては見返りが大きすぎます。設計図は完璧でしたし、われわれの技術力でも開発可能なものでしたから」
クレイボーン参謀長もうなずく。
「そうだな…波動制御機関は暴走すればビッグバンの再来を誘発する恐れがある。それを考えれば完璧な資料を送ってくるのは当然だろう。罠としても宇宙ごと心中したいとはガミラスも思うまい」
「とすれば、だ」
沖田が口を開いた。
「放射能除去装置の方こそ、われわれの科学力では開発不可能な代物なのかも知れんな」
場に沈黙が落ちる。沖田の言葉には一理あった。現在進められているガミラスの技術解析でも、機能や作動原理は分かっていても、工作精度や使われている素材が地球上に存在しない、等の理由で再現できない物は多いのだ。
そのような例は歴史上にも見られる。例えば、現在広く使われている動力源である核融合炉も、作動原理自体は20世紀には完全に解明されていたにもかかわらず、工作技術がネックとなって21世紀中盤まで実用化される事が無かった。
「しかし、放射能除去装置を手に入れられなければ我々は破滅だな…」
藤堂司令長官が呟く。現在の戦況で、最大の懸念事はこの地球を覆う放射能だ。多くの都市が破壊されたとは言え、いまだ地上には多くの都市が健在である。この日本でも、破壊されたのは横須賀など限られた場所だけで、東京のかなりの部分や大阪などは破壊されていない。
しかし、放射能の為にそれらの施設を使う事が全くと言って良いほど出来なくなっていた。放射能の脅威さえなければ、地球を守り切るだけの戦力を整える事は不可能ではないと言うのにだ。
「その通り。我々は早急に放射能除去装置を入手する必要がある。現在の備蓄が無くなり、人類の生命維持が不可能となるその前に」
沖田が言う。その言葉に、クレイボーン参謀長が顔を上げた。
「沖田提督、そう言うが、放射能除去装置を入手するにはイスカンダルとやらまで行かねばならんのだろう?行く手段はあっても、その長大な距離をガミラスの妨害を打破してそこまでたどり着くのは非常に困難な事だと思われるのだが」
「参謀長の懸念はもっともだがな」
沖田が言うと、藤堂が先を促す。
「ふむ…沖田、何か腹案があるようだな。一つ披露してみてはくれんか」
普段は不言実行的な人物である沖田がそこまで喋るからには、余程の案があるのだろうと藤堂は考えている。それだけ沖田を信頼しているのだ。
「EX計画の一部修正を」
沖田は答えた。一瞬次席参謀サヴォア少将、作戦参謀ハリントン大佐などが肯いた。彼らはEX計画自体に反対しており、その資源を冥王星への総反攻作戦に投入すべしと主張している強硬派だ。が、次に沖田が発した言葉は、彼らをして驚倒せしめるものだった。
「具体的には、現在建造中のEX級戦艦1隻をイスカンダルまでの航海が可能な外宇宙戦艦に転用、ガミラスの封鎖網を突破し、コスモクリーナーを持ち帰る」
その発言に、会議場は騒然となった。
「不可能だ!戦艦1隻で往復30万光年もの戦闘航海を行うなど絵空事だ!!」
「EX級戦艦を1隻でも欠けば、脱出にしろ反攻にしろ極めて困難になる!認められない話だ!!」
脱出派、強硬派、中立、どの陣営もが沖田の提案を批判する。しかし、沖田は凄まじい膂力で会議卓を叩いた。轟音に一瞬批判の声がやむ。その一瞬をついて、沖田は言葉を続けた。
「しかし、それ以外に道がないのも確かだ。そうではないか?現在進行中のEX計画が成功すれば、確かに数年は生き長らえる事が可能だろう。しかし…アルファ・ケンタウリにまでガミラスが来寇すれば、今度こそ我々地球人類は終わりだ。この際、断固として全ての禍根を断ちきらなければならんとワシは考えておる」
再び座が静まり返る。沖田の言う事が正論だと言う事は、誰もが認める事だった。しかし、いかに今までに無い強力な戦艦であるEX級と言えど、無敵では有り得ない。当面の関門である冥王星基地の敵艦隊でさえ、EX級全てを投入しなければ撃破は不可能だと考えられているのである。
しかし、次の瞬間、沖田は明るい声になって言った。
「なに、ワシも全く成算なしでこの案を出すわけではない。まず、遠いとは言え目的地までの航路が判明している事は大きい。うまく敵の追跡をかわして進む方法も見つかるはずだ」
すると、ドイツ系の参謀クリューエル少佐が手を挙げた。
「沖田提督の言う事は至言かと思います。250年前、ドイツ海軍が放った通商破壊艦は、単艦で良く敵を撹乱し、自分に数倍する戦力の行動の自由を縛りました。戦艦1隻だけで作戦に挑む事は、見つかれば危険な半面、そもそも発見されにくいと言う利点もあります」
「確かに…宇宙は広い。特に障害物の無い外宇宙では探索はほとんど不可能と考えるべきだろうな」
ハリントン大佐も賛意を述べた。
「それにもう一つ、敵艦隊に遭遇した時の方策だが…」
沖田があるアイデアを話すと、今度こそ反対派まで含めて一同の間に驚嘆の声が広がっていった。沖田のアイデアが実現すれば、一艦よく一艦隊を制する事も不可能ではない。
「どうかね、真田君。このアイデアは実現可能だろうか?」
沖田に問われ、真田はすばやく頭脳を回転させて答えた。
「は、可能です。むしろ、超光速航行よりも簡単なくらいでしょう。3ヵ月もあれば実物の試作と試射が可能だと思います」
「うむ、では検討にかかってくれ」
藤堂が言った。つまり、沖田のアイデアを正式に採用するつもりらしい。
「お待ち下さい、長官」
クレイボーン参謀長が手を挙げた。
「まるで沖田中将のイスカンダル遠征案を採用するかのような動きですが、われわれ軍の一存でEX計画の変更はできません。政府との協議が不可欠かと思いますが」
EX計画推進派である彼としては当然の発言ではあるが、彼とて保身のために言っているのではない。今から計画を変更するリスクを無視できないものと考えているのだ。
「むろん、政府には報告する。が、軍としてはイスカンダル遠征案を推進したいと私は考えている」
藤堂が答えると、クレイボーンはもう一つ質問してきた。
「では…これが重要な事なのですが、その往復30万光年の余りにも成算の薄い作戦…誰が指揮を執るのです?」
「簡単な事だよ」
沖田は笑顔を浮かべてみせた。
「私が執る」
人類の歴史に残る最長の戦闘航海…そう呼ばれるようになるイスカンダル遠征作戦「明日への希望」はこの一言を持って開始された…ある史書はそう記す事になる。
第六話「始動」に続く
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