SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part3,Section2


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第二十一話 「絶体絶命」


宇宙のとある空域


 二つの艦隊が激しい砲火を交わしあっていた。魚じみたデザインの、濃緑色の艦艇が雷光のようなフェーザーを撃ち放ち、それに対して青白色の塗装を施された、鋭角的なシルエットの艦艇がミサイルを連射する。
 ガミラス帝国艦隊と、その所属する銀河の覇権を賭けて戦ってきたある国の艦隊だった。かつては互角、一時はガミラスが圧倒的劣勢に立たされた事もある長い戦争も、今やガミラスの戦略的優位が明らかな方向に向かいつつあった。
 しかし、この時・この戦場においては、ガミラスが劣勢に立たされていた。数に勝る敵艦隊からの砲撃・雷撃を受け、駆逐艦が次々に撃破されていく。主力たる戦艦にも敵の砲撃が命中し始めたところで、ガミラス艦隊は撤退に移った。
 嵩にかかって追撃する敵艦隊。この時、彼らはガミラス軍が敗走とはいえない、整然とした隊列を組んだまま退き始めた事にも、またガミラスの全艦艇数に比べて、戦闘に参加していた艦が少ない事にも、気付いていなかった。
 その不注意と勝ちにおごった姿勢に、すぐに痛烈な報いが与えられる時が来た。突然一隻の艦が爆発・炎上する。続けて二隻、三隻と攻撃を受けた様子も無いのに爆発し、戦闘力を失っていく。
 艦隊はそれを機に一挙に大混乱へ陥っていった。追撃する様子も無く、何かから逃げ惑うように右往左往している。やがて態勢を立て直したガミラス艦隊は猛烈な反撃を開始し、まるで仕掛け網にはまった魚群のようになった敵艦隊を、徹底的に殲滅していった。


ガミラス帝国本星 総統府大会議場

消されていた明かりが再び点き、部屋に光が戻って来た。
「いかがだったかね、諸君。我が帝国の科学局が開発した新兵器、そのデモンストレーションは」
 デスラー総統の言葉に、コールマン中将が驚嘆の声をあげた。
「素晴らしいものですな。まさか、あの兵器をこのように使うとは……発想の転換です」
 続けてバレルドアクション少将も頷いた。
「いろいろと応用の利きそうな兵器ではありますな。我が艦隊にも配備していただきたいものです」
 艦隊指揮官たちが同感だとばかりに頷く。それを見て、兵器局主任のディライヒ技術少将はデスラーに向かって頭を下げた。
「これも、総統閣下のご威光の賜物です。我が兵器局としては、この新兵器に是非閣下の御名を頂戴したく存じます」
 ディライヒの言葉は追従以外の何者でもなかったが、デスラーは快く応じた。
「よかろう。画期的新兵器に私の名がつくのは、私にとっても喜ばしい事だ」
 そして、何かを思いついた、と言うように手を打った。
「そういえば、コルサックが例の地球戦艦を仕留めるための作戦案を提示していたな。獲物を罠に追い込んで封殺するとか言う……彼なら上手い使い道を考えるかもしれん。一つ送ってやれ」
 後半はヒスへの命令だった。
「承知しました」
 ヒスは恭しく一礼すると、補給総監と打ち合わせるために退席する。それを見届けて、デスラーは上機嫌なのか列席している提督・将軍たちに上等の酒を振舞わせた。
「ほほう……美しい酒ですな。吸い込まれそうな赤だ」
 グラスを光に透かして見るキーリング参謀総長。他の出席者たちも、漂ってくる香りから、これが相当に良い酒だというのが理解できた。
「先日占領した惑星ドマの特産でね、現地総督が献上してきたものだ。肉食植物の実から作る果実酒だそうだよ。なんでも、昔は人間を食わせて実らせた実から作るものが最上級だったとか」
 デスラーの説明を聞いて、皆がギョッとしたような表情でその酒を見た。
「ははは、無論今は人間を食わせる事はないそうだがね。しかし、実にコクのある美味い酒だ」
 デスラーがそう言って、真っ赤な液体を飲み干す。それを見て、ようやく出席者たちも杯に口をつけた。あちこちでその味に対する感嘆の声や溜息が漏れる。
「地球人の血の色は赤いそうだ。この酒のように……彼らのようなしぶとい戦い振りを見せる連中を食わせたら、どんな味の酒ができるだろうな」
 デスラーの言葉に、出席者たちから笑いが漏れる。冗談ととったのだろう。しかし、隣席の副官タランだけは、デスラーの目に本気の光が浮いているのを見て取っていた。


〈ヤマト〉

 アルファ・ケンタウリのトラブルから二週間。〈ヤマト〉は数回の長距離ワープ試験も順調にこなし、今や地球から実に七百八十光年の距離を航行していた。次の中間ポイントであるオリオン空域まで後少しである。
『機関長、ラムスクープ・システム、順調に作動中』
「うむ」
 機関室から上がってくる報告に、徳川が頷く。彼が見ている画面には、燃料タンクの現在の残量が映し出されている。その数値はここ数日で微量だが増えていた。
 ラムスクープは、宇宙空間に漂う微細な分子を艦首から広げた巨大な電磁波の網で絡め取り、誘導して艦内に取り入れ、核融合燃料となる水素・ヘリウムとそれ以外の有用な物質を分離して蓄積するシステムだ。
 銀河系内では、至る所に濃いガス星雲があり、また木星型のガス・ジャイアントも存在するため、そうしたところで燃料補給はできる。しかし、ひとたび銀河系外に出れば、そうした燃料供給源の存在はほとんど期待できない。
 可能なのはラムスクープを利用した物質の取り込みだけであり、これが上手くいかなければ〈ヤマト〉の航海はそこで挫折する。ある意味、波動エンジンに匹敵するほど重要なシステムと言えた。
 ちなみに、〈ヤマト〉のラムスクープ取入れ口(インテイク)は、波動砲口にある。と言うより、本来の設計ではインテイクになっている部分に、波動砲を後から填め込んだのだ。特に効率悪化などの問題は出ていないが、システムが複雑化してあまり感心できる構造ではないので、今後建造される艦では、波動砲とインテイクは分離されるだろう……というのは真田の予想である。
 ともあれ、ラムスクープ・システムの動作は今のところ順調だった。銀河系外に出れば、星間物質の密度も薄くなり、吸収効率が悪くなると思われるが、それについても対策はあった。


〈ヤマト〉大会議室

 幹部乗員全員が集合したところで、沖田が口を開いた。
「諸君、ご苦労。アルファ・ケンタウリを出て以来敵襲もなく、穏やかな航海が続いてはいるが、いつ敵が襲ってくるともわからない。決して気を抜かないで欲しい」
 まず行われた訓辞に、一同が気を引き締めた表情で頷く。それを確認して、沖田は先を続けた。
「間もなく、本艦の航海距離は一千光年を越える。全行程から見ればささやかな前進ではあるが、一つの伏目と言うべきだな。そこで、今後の航海計画を再確認したい。太田君、説明を」
「はい」
 航海科の中でも、航路部門の責任者である太田健二郎中尉が一歩進み出る。
「現在、本艦は太陽系を出て、オリオン座方面へ進んできました。オリオン座には豊富な星間物質があり、物資の補給には最適の場所と見られています。ここで可能な限り物資を補給した後……」
 太田はスティックデバイスを動かした。
「太陽系外周方面へ一気に移動、大マゼラン星雲へと向かいます」
 そこで南部が手を上げた。
「外周へ行くと言っても、オリオン座からだって一万光年近い長旅になると思うんだが、物資は足りるのか?」
 日頃真田が何が足りない、これが足りない、と良くこぼしている姿を見ている身からすれば、当然の疑問だろう。すると、当の真田が口を開いた。
「最近は戦闘がないし、リサイクルシステムの稼動も万全だ。自然消耗分だけなら十万光年以上進んでも問題はないぞ」
 激戦が続いた太陽系内の航海では物資の消耗も激しく、わずか4.3光年先のアルファ・ケンタウリ行きですら物資の不足を心配しなくてはならない状況だったが、この二週間の間は物資は減るどころか、微妙に増えてさえいると言う。それを聞いて、南部は安堵した表情を浮かべたが、古代は首を傾げて言った。
「しかし、銀河系とマゼラン星雲の間は十四万光年離れていますが……」
 すると、島が何かに気付いたように言った。
「ああ、そうか。マゼラニック・ストリームを通るんだな?」
 その言葉を聞いて、太田はその通りとばかりに頷いた。
「そうです。マゼラニック・ストリームを通れば、物資不足はかなり解消されるはずです」
「マゼラニック・ストリーム……」
 古代はその単語を繰り返したが、良くわかっていなさそうな表情だった。そこで、島は友人として助けを出した。
「考えてみれば、あれは銀河系とマゼラン星雲の掛け橋みたいなものだよな。そこを通るのは理にかなってる」
「ああ、う、うむ。そうだな」
 古代はようやくマゼラニック・ストリームのことを思い出した。

 今から十数億年前、銀河系とマゼラン星雲の距離は今よりも遥かに近く、マゼラン星雲は銀河系を取り巻く球状の空間、ハローにほとんど接していた。
 ハローは銀河系中心部から約五万光年の距離に広がる、宇宙の平均よりも濃い星間物質が分布している空間で、年老いた星々が集まっている球状星団が点在する。一応銀河系の一部とされるところだ。
 マゼラン星雲が銀河系から遠ざかるにつれ、その重力に引かれたハローの一部がマゼラン星雲に向けて流れていき、巨大な気流を作り上げた。それがマゼラニック・ストリームである。全長は十四万光年以上、幅も広いところでは三千光年近くある。雄大な宇宙の大河だ。
 ただ、平均より密度が濃いといっても、地球の大気と比較すれば数万分の1程度の濃さに過ぎない。それでもラムスクープを使用すれば、何もない銀河間空間を横切るよりは、遥かに効率よく燃料やその他の物質を収集できるはずだ。

 これは宇宙軍士官学校では、航海科でなくとも習う初歩の知識なのだが、古代は戦技過程に熱中していて、こうした基礎教養の成績はあまりよくなかったのだ。それがバレていれば大恥をかくところだ。古代はこっそり手を上げ、島に「助かった」というサインを送る。島が微かに頷いた時、沖田が言った。
「まぁ、その辺りは古代にも復習してもらうとして、問題となる場所は銀河系内では2ヶ所ある」
 バレていた。がっくりする古代に構わず、沖田は先を続ける。
「まず、これから向かうオリオン星域。ここは銀河系屈指の星が濃密に密集した空域で、物資も豊富にあるが、それだけにガミラスの手が伸びている可能性は高いとみなさねばならない」
 幹部乗員たちが頷く。
「次に、このマゼラニック・ストリームの入り口を扼するように存在するM−112、エルダーウッド球状星団だ。ガミラスが本艦の目的を知っているかどうかは不明だが、知っていれば確実にここへ軍を配備するだろう。本艦は絶対にここを通過せねばならんからな」
 エルダーウッド星団……「長老の森」という名の通り、数ある球状星団の中でも、最も古い歴史を持つ星々である。中には宇宙の歴史の中で最初に形成された恒星の一つが、今も輝いているほどなのだ。
 これほど古い歴史を持つ星だけに、そこに何があるのかは全くの謎とされている。おそらく航海上でもかなりの難所であるはずだ。密集した恒星の重力場はワープに障害を与え、通常空間における航路の選定すら困難にさせるだろう。これでガミラス軍と遭遇した日には目も当てられない。
 しかし、航路上の最短ルートにある以上は避けて通れない場所だ。航海計画を担当する島と太田は、そのことを考えると少しうんざりした気分になった。
「おいおい、今からそんな事では困るぞ。今のうちにシミュレートでも……」
 二人の気分を察してか沖田が言った時、突然全員の身体にGがかかった。
「ん……うおっ!?」
 怪訝に思うより早く、それは猛烈な震動になって〈ヤマト〉を襲った。会議室の面々も踏ん張ろうとして踏ん張りきれず、転んだり壁に激突したりするものが続出した。
「な、何だこれは!? 今操縦してるのは誰だ!!」
 したたかに頭を打って怒る古代に、島が答えた。
「こりゃ操縦ミスなんかじゃない、急減速をかけたんだ。何かあったぞ、これは!」


数分前 〈ヤマト〉第一艦橋

 きっかけは、ラムスクープをチェックしていた徳川だった。
「ん? 少し効率が下がっているな」
 ラムスクープに吸い込まれている星間物質の量が、少し減少していた。もちろん星間物質の密度にはムラがあるから、作動中にある程度吸収量が上下に変動するのは計算のうちに入る。
 しかし、この変動の幅は、やや急激に過ぎるように徳川には思えた。彼はラムスクープ制御室への回線を開いた。
「こちら機関長。吸収量が減っているが、そっちで何か異常は感知していないか?」
『制御室です。特に異常はありませんが……』
 制御室長の松尾中尉が答える。実際、彼の目の前にある制御盤には、出力の低下など異常の兆候は示されていない。
「む、そうか……やはり密度のムラかな」
 徳川は礼を言って回線を切ったが、その間にも吸収量は減っていた。何か嫌な予感がした。もちろん根拠はない。しかし、彼は機関科一筋で40年近くも宇宙船の飯を食ってきた、筋金入りの宇宙の男だ。その経験に裏打ちされた勘が、何か危険の兆候を知らせていた。
 徳川は横の席に座っている雪を見た。彼女は注意深くレーダーを覗いているが、そこには何も異常は感知されていないらしい。
 彼女だけでなく、会議中の太田に代わって航海用レーダーを睨んでいる若い少尉も、何も異常を見つけていない。徳川は考えた。果たして、自分の思い込みで対処しても良いものだろうか? 何か危険なものが航路上にあるかもしれない。そういう予感はある。が、それが本当としても、機関科の彼には、適切な回避行動や迂回航路を指示する能力はない。
(ええい、ままよ)
 徳川は腹を括った。そうしている間にも、危険の予感はますます強くなっている。経験上、こんな時は勘に従ったほうが無事に生き残れた。仮に間違っていても、今更そんな失態を気にする歳でもない。
「機関長より機関室、推進エンジンカット! 急げ!!」
 徳川の突然の叫びに、第一艦橋に残っていた士官たちが、一斉に彼の方を見た。
「機関長!?」
 一体何のつもりですか、と言いたげな操舵手に対し、徳川は気迫を込めた声で言った。
「艦を止めるんだ! 航路上に何か危険なものがあるぞ!!」
「し、しかし!?」
 操舵手が戸惑ったように叫ぶ。そんな曖昧な情報で艦を止めてもいいのか、という気持ちと、自分より遙かにベテランである徳川への信頼が、彼の中でせめぎあっているのだ。
「責任はワシが取る。急げ!」
 怒鳴る徳川に、操舵手はどうなっても知らんぞ、と言う感じで艦に制動をかけはじめる。しかし、その減速率は遅い。もっと早く、と徳川が急かそうとした時、雪が切迫した声で叫んだ。
「ぜ、前方に障害物! こんな距離まで発見できなかったなんて!!」
「くそっ!」
 操舵手が制動率を一気に上げた。艦首の減速用スラスターが全力噴射し、艦尾のメインノズル・サブノズル両方が同時に切られる。猛烈な逆Gが艦全体を襲い、あちこちで物の壊れる音や、転倒した乗員の悲鳴が聞こえてきた。
 それでも、〈ヤマト〉は急減速に耐え、どうにか停止した。ほっと汗を拭った徳川だったが、艦橋の窓から外を見て絶句した。雪も同様だ。
 艦首からわずか十数キロ先、と思われる辺りに、宇宙に砂を撒いたような光景が広がっていた。


1時間後

「機雷だと? あれが全てか!?」
 沖田はその壮大な規模に驚いた。ガミラスが敷設したと思われる機雷堰は、〈ヤマト〉の前面に厚さ5キロ、銀経方向に1000キロ、銀緯方向に800キロという規模で展開されていた。機雷の総数は五十万個以上にも達するだろう。しかも、高度ステルス機能を付与された、非常に発見しにくいタイプのものだ。
 密度で言えば大した事がないように見える。実際、機雷と機雷の間が50キロ近く離れている部分もあるが、〈ヤマト〉の予定航路上では間隔が100メートルを切るほどに密集して設置されており、もし徳川が気付くのが遅れていたら、〈ヤマト〉はそこへ突っ込んだ挙句、何万個もの機雷の連鎖爆発に巻き込まれ、粉微塵に吹き飛んでいただろう。
「しかし、よく我々の航路がここまで正確に予想できたものですね」
 島が言った。広い宇宙では、1000×800キロという巨大な機雷原も点のようなものだ。〈ヤマト〉の航路がかするだけでも奇跡なのに、ピンポイントで航路上に機雷が撒かれている、と言うのは神業に等しかった。
「我々がオリオン星域を目指している事をガミラスが知っていれば、ここは比較的待ち伏せに適した場所と考えるでしょうが……」
 太田が言う。この空域は、恒星系になりかけている二つの原始星雲に挟まれた海峡のようになっている場所で、太陽系からオリオン空域への最短ルート上にある、数少ないボトルネックになっている。
「とは言え、海峡の幅は1光年近くあるんだぞ。ここまで正確に機雷を撒けるとは思えんが……」
 真田が首を傾げる。考え付くのは、高機能のステルス艦などで〈ヤマト〉の接近を待ち、予想航路上に機雷を撒く事だ。しかし、これほどの規模の機雷を撒くには、3日はかかるだろう。敵が〈ヤマト〉を探知した後では、機雷を撒き始めても10分の1も終えないうちに、〈ヤマト〉は海峡をすり抜けてしまう。
「敵が大量に機雷戦艦艇を配備している、と言う可能性は?」
「いや、それは不自然だろう? もしそんなに機雷があったら、太陽系で地球封鎖にでも使っているよ」
 士官たちが活発に意見を出し始める。が、沖田は議論よりもまずはここを突破するのが先と判断した。時間はいくらあっても足りないくらいなのだ。
「議論は後にしよう。ともかく、機雷堰を突破する方が先決だ。古代、砲撃で機雷を爆破処ぶ……」
 沖田が指示を出そうとしたとき、何気なく外を見た相原が凍りついたように動きを止めた。
「艦長、機雷が!」
「どうした……何!?」
 沖田も驚愕の表情を見せる。そこには、肉眼でも細部がはっきり見えるほどに接近してきている機雷の姿があった。
 何時の間にか、機雷の群れは〈ヤマト〉を包み込むように移動してきていたのだ。しかも、その間隔は50メートルも無い。例え、島がどれほど神業的な操艦技術を持っていたとしても、物理的に〈ヤマト〉よりも小さな隙間を通過する事は不可能だ。
 袋のネズミ……今の〈ヤマト〉は、まさにそのような状態にあった。


リゲル星系 ガミラス帝国軍オリオン方面軍旗艦〈ミデュルガズ〉

 コルサック司令官の前で、ガンツが手を上げてガミラス式敬礼をした。
「司令官、報告です。〈ヤマト〉は罠にかかりました」
「うむ……素晴らしいな、あの新兵器は」
 コルサックは頷いた。彼のもとに一週間ほど前に送られてきた、最新兵器……〈ヤマト〉を罠にはめたそれの名を、デスラー機雷という。正式名称はガミラスIM−227式知能機雷。探知した敵を自動的に包囲するように自航する機能を持ち、最終的には逃げ場を塞いで包囲殲滅するという、恐るべき兵器である。
「散布に当たった機雷戦母艦〈ウディエイド〉からの報告によれば、もう一つの新兵器も、機雷の散布に絶大な効果を発揮したそうです」
「そうか。最初に聞いた時は冗談かと思ったが、大したものだ。技術の発展というのは凄いな。わしのような年寄りにはついていけんものがあるよ」
 ガンツの報告に相槌を打つコルサック。仇敵の生命を握ったも同然だというのに、その表情はどこか冴えない。ガンツは不思議に思って尋ねた。
「司令官、どうなさったのですか?」
 嬉しくないのだろうか、と訝るガンツに、コルサックはその理由を言った。
「本国からの命令だ。総統閣下は、あの艦の乗員を捕虜にして連行せよ、と仰せになったよ」
 ガンツは目を剥いた。
「そんな! あと一押し……爆破スイッチを押すだけで、あの憎むべき艦を葬れるのですよ! それを捕虜にしろなどと……」
 コルサックは首を横に振った。
「皆まで言うな、ガンツ参謀。わしとて、弟の仇をこの手で引き裂いてやりたい気持ちに変わりはない。しかし……」
 一度、コルサックは言葉を切った。身を乗り出すガンツ。
「しかし……憎むべき敵めの顔を見てやりたい、というのも、偽らざる気持ちではあるな……ガンツ」
「はっ!」
 名を呼ばれ、ガンツは直立不動の姿勢をとった。
「艦隊出動準備。〈ヤマト〉の元に出向き、直接降伏勧告を行う」
「了解しました」
 ガンツは頷き、艦橋のほかの幹部たちに指示を出し始めた。まだ不満はあったが、コルサックの気持ちも理解できなくはない。絶望に打ちひしがれた敵を見るのもまた一興だろう。
 数時間後、艦隊はリゲルの泊地を出港し、ワープに入った。ガミラス艦隊の現地到着まで、わずか36時間。
 罠にかかった〈ヤマト〉の命運は、今まさに尽きようとしていた。

 人類滅亡の日まで、あと322日。

(つづく)


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