SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part3,Section3
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第二十二話 「危地からの脱出」
〈ヤマト〉
目に見えない圧迫感が、今にも自分を押しつぶしそうな感覚を、〈ヤマト〉乗員の誰もが抱いていた。艦が機雷によって完全包囲されてから二時間、進むも退くもかなわない焦燥感の中、幹部乗員は事態を打開すべく話し合いを続けていた。
「つまり、ガミラスは本艦の拿捕を狙っているというわけかな?」
沖田が言うと、真田は頷いてその結論に至った理由を説明し始めた。
「左様です、艦長。もし我々を完全に撃滅するつもりなら、とっくに機雷を起爆させているはず。包囲するだけで何もしてこないというのは、拿捕を狙っての行動だと推測できます」
古代が手を上げた。
「敗戦の報復に、俺たちを精神的にもなぶりものにして殺すという行動は考えられませんか?」
古代の発言に、何人かがぎょっとしたような表情になる。遊星爆弾を無差別に撃ちこみ、多くの地球人を虐殺したガミラスへの野蛮なイメージを考えれば、確かにそのような行動に出るという予測は成り立つ。
「いや、それは無いだろう」
沖田が言った。
「ガミラス軍は、敵に対しては猛々しく戦う連中が多いようだ。なぶり殺しなどという方法は、彼らは取らないように思う」
ガミラスとの対戦経験が長い沖田の言葉には説得力があった。古代も一礼して、自らの仮説については取り下げる。
「さて、拿捕が目的として、今後敵はどう動くか考えてみよう」
沖田は言葉を続けた。床にこの周辺の星域図が展開表示される。
「今我々はこの海峡に封鎖されている」
沖田が予定航路上の一点、今〈ヤマト〉が停止している場所を指す。
「この周辺のどこかに敵の根拠地があり、今まさに我々の方へ向かって来ている最中だと考えられるが……どう思う?」
真田が応じた。
「問題は、敵の根拠地がどこかですね。それによって、現状打破に使える時間が変わってくる」
沖田は頷いた。
「その通りだ。この周辺に、根拠地として使えそうな星系はいくつかあるが」
「最有力なのはリゲルですね」
太田が真正面に見えている白い星を指す。
「巨大恒星を中心とする星系ですから、惑星の数も多く、物資補給には最適かと思われます」
「他の星はどうか?」
沖田の問いに、太田は首を横に振った。
「無論可能性は皆無ではありませんが、まず除外していいかと」
そう前置きして、太田は他の二つの候補地について説明した。いずれも特定の名は付いていないため、オリオン星域の頭文字を取ってORI−0023AとORI−0048Bという識別名が与えられている。
まず、ORI−0023Aはしばしば激しいフレア現象(恒星表面の爆発)が起きる閃光星で、生物の居住には適していない。
次に、ORI−0048Bは白色矮星になりかけている星で、かつては惑星を持っていたのかもしれないが、今に至る過程で赤色巨星化していた時代に惑星を全て飲み込んでしまったらしく、現在は太陽系で言えば冥王星軌道ほどの距離に、わずかな小惑星が残っている程度だ。艦隊泊地として使うには貧弱すぎる。
「以上を考えると、敵の根拠地はリゲル以外ありえないと思われます」
太田が説明を終えると、南部も意見を述べた。
「もう一つ、リゲルを敵根拠地と見て良い理由があります。今我々がいる海峡は、リゲルを通る時以外には意味の無い場所です。これは、敵が我々のリゲル接近を嫌がっている証拠ではないかと思われます」
「なるほど、リゲル通過を警戒していたなら、我々の動向がわかったとしても不思議じゃないな」
古代が頷く。それを機に、沖田が言った。
「よし、リゲルを敵根拠と仮定して、敵艦隊がここに到達するまでの推定時間を出してくれ」
沖田の指示を受け、コンピュータが瞬時に答えを弾き出す。その結果は、36時間〜48時間と出ていた。
「さすがに速いな」
島が言う。時間に12時間の幅があるのは、敵艦隊の編成が駆逐艦、巡洋艦などの快速艦艇主体か、戦艦など鈍足の艦を含んでいるかの違いで巡航速度が変わってくるからだが、〈ヤマト〉が手も足も出せない現在、敵艦隊が快速艦艇ばかりでも勝ち目はない。
「36時間……いや、我々が罠にはまってからの時間を考えると、30時間以内に現状を打破する必要があるな」
沖田が言いながら、真田に目を向ける。艦随一のアイデアマンである彼の能力に期待しての事だろう。
「とりあえず、手近な機雷を一個調べて、特徴を見つけます」
真田が言った。さすがに相手の手の内を知らない事には、アイデアも湧いては来ない。
「それは任せよう。とりあえず、手空きの者は交代で休憩を取れ。いざ手が見つかった時には、全力で働いてもらう事になるからな」
「はっ!」
沖田の命令に、全員が敬礼で応える。真田だけがこれからの重労働を思って、重いため息をついていた。
〈ヤマト〉艦内 技術工作室
ある意味艦内一多忙と言われる真田の根城は三箇所ある。一つは自室、もう一つは艦橋の応急手席で、最後の一箇所がここ、技術班の本拠地と言うべき技術工作室である。
名前はささやかだが、最新の工作機械と分析機械、多用途製造ラインを持つこの巨大な部屋は、材料さえあれば日産10本の各種ミサイルを製造でき、戦闘機でさえ二日に一機は作れてしまう、艦内の大工場だった。
その部屋に隣接して置かれている耐爆実験室に、回収してきた機雷が運び込まれていた。敵性爆発物を分析・解体するための専用スペースで、一回だけならメガトン級の核爆発にも耐えるという驚異的な耐久性を持って作られている。
その耐爆実験室の機器を遠隔操作で動かしながら、真田は機雷の分解と分析を進めていた。
「うーむ、これは……」
解体しながら、真田は首を捻った。どうにも奇妙な機雷である。
「信じられませんね。あれだけ精密な誘導性能を見せながら、こいつにはまともなセンサー類の一つも無い。どうやって本艦を見分けたんでしょうか?」
部下の一人で、爆発物の専門家でもある佐野中尉が不思議がった。それは真田にとっても疑問だった。
「どこかで誘導されているのか……これは受信用のアンテナですよね?」
佐野が指差す機雷表面の突起に、真田は頷いた。
「確かにな。しかし、こいつは受信距離が短い。タキオン通信用でもないし、受信可能な距離は……せいぜい1天文単位ってところか。その範囲内に敵はいない」
真田は真っ先にアンテナの存在に気がついていたが、性能の低さから見て、機雷戦母艦が直接起爆信号を送るためのものだと判断していた。そして、それができる距離に敵がいれば、さすがにレーダーに引っかかる。
機雷戦母艦が高度ステルス艦である可能性も無いではないが、それならその敵艦がとっくに降伏要求をしてきているはずだ。つまり、どっちにしろこのアンテナが役立つような距離に、指示を出せる敵はいないのである。
「どうもわからん……」
珍しく根負けした声を出す真田に、佐野が提案した。
「アナライザーを呼んでみてはどうですかね。アイツは旧式ですがセンサーは優秀です。我々のわからない何かに気がつくかも」
「うーん、そうしてみるか」
真田は頷いて、壁にかけられた内線電話の受話器を手に取った。
「嫌でス」
話を聞いたアナライザーの第一声がそれだった。
「嫌って、お前な」
思わず絶句する真田に、アナライザーが自分の仕事を確認する。
「真田サンは私に対爆実験室に入ッて、直接機雷を調べロと言いますガ、もし爆発しタラ、私ハ木っ端微塵でス」
「いやまぁ、確かにそうだが、そこを爆発しないように調べてもらいたいんだが……それに、お前さんのデータのバックアップは取るから、仮にそうなってもすぐに代わりのボディで復活できるぞ。何なら、もっと新型のボディも用意するが」
真田は懐柔策に出たが、アナライザーは頭部をぐるぐると回して拒否した。
「嫌ナものハ嫌デす。ろぼっとでモ、死ヌのが怖いノに変わりハありまセン。それに、私は今ノぼでぃガ気に入っていマス」
「お前ねぇ……」
真田は半ば感心、半ば呆れをこめて嘆息した。彼も技術者であり、ロボットに触れる機会は多い。その中にはアナライザー同様感情エミュレータを組み込んだ、「心を持つ」ロボットも多くいる。
しかし、アナライザーくらい「人間くさい」ロボットは初めて見た。彼の感情エミュレータを作成したのは、よほど優秀な技術者だったに違いない。
とは言え、感心したり呆れてばかりいるわけにはいかない。アナライザーにその気になってもらわない事には、機雷調査もままならないのだ。調べろ、嫌だ、調べろ、嫌だと言う押し問答をしているうちに、通りがかった人がいた。
「お前ら、さっきから何をしとるんじゃ」
佐渡だった。手に提げた一升瓶は中身が半分くらいで、熟柿のような匂いを漂わせている。現在時間は地球標準時で十三時過ぎだが、早くも一杯引っ掛けているようだ。
「あ、先生。大した事じゃないんですよ」
佐野が言った。佐渡を敬遠しているわけではないが、こう言う時に酔っ払いに介入されて良い事はない。
しかし、アナライザーはそうは考えなかったらしい。
「先生、聞いてくだサイ。真田サンたちガ無理難題を言うンデす」
なんと、佐渡に泣き付いたのだ。ぽかんとする真田たちを後目に、佐渡は時々酒をラッパ飲みしつつ、話を聞いてやる。どうしようと途方にくれかけた真田たちだったが、話を聞き終えた佐渡は、意外にもアナライザーを叱り付けた。
「バカモン、何を泣きごと言ってるんじゃ。男のくせに」
そう言いながら、アナライザーのボディをバシバシと叩く。
「せ、先生マデそんな事を言うんデすカ」
本当に泣き声のような口調で抗議するアナライザーに、佐渡はニヤリと笑って答えた。
「考えてもみい。あの真田君がわからんかった難しい機雷を、お前さんが処理できたら、こりゃ男が上がるぞ。女にもモテモテじゃ」
パーソナリティ的には「男性」として設定されているアナライザーとは言え、ロボットに男も女もモテモテも何もあったものではない。なんて無茶苦茶な説得だ、と真田たちは頭を抱えかけたが、これがアナライザーには効いていた。
「お、男が上ガる……モてもテですカ。雪サンにもでスか」
「おう、もちろんじゃ」
アナライザーの問いに、自信たっぷりに頷く佐渡。それでもなおアナライザーは逡巡しているようだったが、先に佐渡がキレた。
「ええい、じれったいやっちゃのう。これでも呑んで気合を入れんかい!」
言うなり、佐渡は残っていた一升瓶の酒を、アナライザーの頭からぶっ掛けた。
「!?」
精密機械になんて事を、と驚愕のあまり硬直する真田たち。心配したとおり、アナライザーの動きがおかしくなる。こりゃどうやって修理したものか、と心配した真田だったが、次の瞬間、再度硬直した。アナライザーが胸をドンと叩き、自信たっぷりに言ったのだ。
「判りまシタ。この男アナライザー、機雷ノ一つや二ツ、ドンと来いでス! ちゃっチャと調べてきマス!!」
そのまま走り去ってしまう。が、まるで酔っ払いの千鳥足のようにその軌道はふらついていた。
「あ、あいつ一体……?」
唖然とする佐野に、佐渡は何でもない事のように答えた。
「ああ、あいつは人体エミュレータも入っとっての。ああやって酒を飲ますと酔っ払うんじゃ。おかげで最近じゃ良く晩酌につきあってもらっとるわい」
そう言って呵呵大笑すると、佐渡は空になった一升瓶を肩に担ぎ、大声で調子っ外れの歌を歌いながら歩き去っていった。残されたのは、呆気に取られた技術課員二人。やがて、真田が言った。
「佐野、俺はなんだか技術者としてちょっと自信を失ったぞ……」
「技師長、俺もです……」
〈ヤマト〉艦外
技術者二人を嘆かせた非常識の塊は、そのまま上機嫌で艦外へ出ていた。対爆実験室は、万が一内部のものが爆発しても、爆発威力を艦外へ逃がすように、艦内に対しては密閉された構造をしており、出入りは全て艦外を経由して行う事になっている。
「♪フフフフ〜ン フ〜ン フ?」
足の裏につけられたキャタピラを磁化し、艦の装甲板に張り付いていたアナライザーだったが、少し進んだ所で、異常に気がついた。
(……これハ?)
弱々しいが、奇妙な規則性を持つ電波が受信できた。人体エミュレータが再現していた「酔い」が即座に醒まされ、アナライザーは受信した電波を記録し始める。
「どうした、アナライザー。まだ対爆実験室じゃないぞ」
立ち止まったアナライザーを訝ったのか、真田が通信を送ってきた。アナライザーはすぐに答えた。
「妙ナ電波を拾いまシた。意味は分かりませンが、危険だと思いマス」
「! 起爆信号かもしれんという事か!!」
真田もすぐに電波の正体に気がついた。だとすれば、今対爆実験室を開けるのは危険だ。中に電波が入った瞬間に、機雷が爆発する恐れがある。
「わかった、アナライザー。受信した信号をこっちにデータ化して送ってくれ。解析する」
「了解」
アナライザーは頭部を艦橋に向けると、レーザー通信で真田のいる技術工作室にデータを転送し、その場で待機に入った。
〈ヤマト〉大会議室
機雷の対処法がわかった、という真田の報告があり、幹部乗員は再び会議室に集合していた。最後に沖田が入ってくると、真っ先に来て準備をしていた真田は、敬礼もそこそこに話を切り出した。
「では、この機雷のシステムについて説明します」
「うむ」
沖田が頷き、真田はパネルに機雷の模式図を表示させた。
「この機雷はある程度の自動航行能力があり、低温のガスを噴射する事で、敵の進んでくる方向に集まってきます。そこで、最初は機雷自体にAIを搭載して自己判断を行わせているのかと考えていましたが、回収した機雷には、そのような高度なAIは搭載されていませんでした」
機雷の構造を見ると、かなりシンプルだ。コンピュータもあることはあるが、低温推進システムの制御用で、AIが載るような高度なコンピュータではない。
「ですが、この回収された機雷に対し、自爆指令が出ていました。これは、何者かの手で機雷がコントロールされている事を示しています」
「それって、機雷戦母艦ではないんですか?」
島の質問に、真田は首を横に振って、例のアナライザーが受信した司令電波の事を話した。
「この出力等を考えると、むしろ機雷原の中にコントロール機構が紛れ込んでいる可能性が高い、と判断される。そこで、アナライザーの助けを借りて、電波の発信方向を光学望遠鏡で探査してみた」
そう言って真田が画面を切り替える。そこに映ったのは、やはり機雷だった。
「これは? 見たところやはり機雷のようですが……」
南部が首を傾げる。しかし、すぐに他の機雷との違いを見抜いた者もいた。通信班長の相原である。
「あれ、これはアンテナの形状が違いますね。送信用のアンテナがついている……そうか!」
相原が手を打って真田の顔を見ると、真田はその通りだ、と頷いた。
「これがコントロール母体なのは間違いないと思う。それに、形状は他の機雷と良く似せてあるが、実は一回りくらい大きいんだ」
そこまで言うと、真田は沖田のほうを見た。
「艦長、このコントロール機雷さえこっちの制御下においてしまえば、おそらく機雷原全体を無効化する事も可能です。安全装置をかけてしまえば良いんですから」
沖田は頷いた。
「よくやった、真田君。さっそく機雷無効化作戦の詰めにかかってくれんか」
すると、真田はニヤリと笑った。
「そんな事もあろうかと思い、既に計画は立ててあります」
来た、とその場にいる全員が思った。事態を先読みして、あらかじめ対策を立てておく……それが、真田が技術者としての理想だと常々語っている事だった。「そんな事もあろうかと」とは、真田にとって予想が当たったときの決め台詞である。他の人がやれば嫌味に聞こえかねない台詞だが、真田が言うと実に様になっていた。
「さすがだ、真田君。早速聞かせてくれるかね」
「はい、まず……」
真田は計画を話し始めた。しかし、最初は期待一杯だった聴衆の表情は、次第に不安一杯に変わっていった。
〈ヤマト〉周辺
敵艦隊来襲まで残り二十七時間、機雷原脱出のリミットまで二十時間をきった。相変わらず動けない〈ヤマト〉だったが、その周辺では活発な動きが始まっていた。
「こちら技術科船外作業班Aチーム。これより作業を開始します」
「こちら戦闘科、第六対空機銃座群Cチーム。作業を開始する」
無線が飛び交い、宇宙服に船外活動用のスラスターシステムを背負った乗組員たちが、次々と艦尾飛行甲板の縁を蹴って、宇宙にその身を躍らせた。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
真田の「計画」に駆り出された一人、陸戦隊の原田隊長がぼやくように言う。
「まぁ、真田さんの言う事だ。何とかなるだろう」
答えたのは古代だった。彼もスラスターを断続的に吹かし、手近な機雷に向かっていく。そうやって機雷に近づく乗員たちの数は、五百人を超えていた。全乗員の三分の一を超える数だ。
やがて、彼らはそれぞれが担当する機雷に近づくと、いったんその前で静止した。こうして近づいてみると、機雷もなかなか大きい。センサーやアンテナの入った「角」の部分を含めると、人の背丈ほどはある。
「こちら古代。戦闘科総員配置完了」
「こちら太田。航海科総員配置完了です」
次々に配置完了の報告が伝わり、総指揮を取る真田の返答が無線に流れた。
『こちら真田。了解。まず、陸戦隊から開始してくれ』
「こちら原田、了解」
原田は周囲の機雷に取り付いている部下たちに合図をすると、機雷の本体である直径70センチほどの球体部分に手をかけた。
「せーの、押せ!」
掛け声と共に、原田たちはスラスターを吹かした。機雷がゆっくりいる場所から離れていく。
『続けて主計科生活班Bチーム、作業開始』
「主計科生活班Bチーム、了解」
今度は、別の場所で待機していたチームが機雷を押し始めた。それが何度も繰り返され、それまで〈ヤマト〉をびっしりと取り囲んでいた機雷の密度が、飛行甲板の近くだけ薄くなっていく。
真田の計画、それはコントロール機雷をこちらの制御下に置く事が目的だが、肝心のコントロール機雷は〈ヤマト〉から三千キロ離れた空間に浮かんでおり、そこまで行くにはどうしても艦載機が必要になる。
しかし、〈ヤマト〉の周囲では機雷の密度が濃すぎて、艦載機の発進さえ危ない。そこで、人力で機雷を除去し、艦載機がある程度自由に機動できる距離まで「トンネル」を作り、そこを通って真田が便乗する艦載機を発進させる。
艦載機はその後コントロール機雷まで接近し、後は真田とアナライザーの仕事だ。
こうして五百人からの人海戦術で機雷を動かし始めたのである。艦艇がぶつかるようなショックを受ければ爆発する機雷も、人の手で動かされる「ソフトな刺激」程度では作動しない。そこをしっかり見切っていた真田の、冴えた頭脳がもたらした作戦だった。
やがて、機雷原の中に全長5キロほどの「トンネル」ができた。それを見計らったように、飛行甲板に真田たちの乗る100式探査艇が姿を現した。操縦桿を握るのは加藤である。
「じゃあ、頼むよ、飛行隊長」
「了解。それじゃ行きますよ」
加藤が繊細なスロットル操作で、ふわりと探査艇を発進させる。ゆっくりと「トンネル」を抜ける間、機雷を抑えている乗員たちが手を振るのが見えた。
「スターみたいデ気持ちがイイですネ」
のんきな事を言うアナライザーが手を振り返す。真田は苦笑した。
「スターになれるかどうかは、成功しだいだな。気を引き締めていくぞ」
「了解デす」
そこで探査艇は「トンネル」を抜け、十分機雷の密度が薄い空間に出た。コントロール機雷までは三千キロ。探査艇は戦闘機よりは鈍足だが、それでも大気圏外限界速度はマッハ9。三千キロなどほんの一跨ぎ……と言いたいところだが、そんな速度を出したら機雷を避けきれずに爆死は必至である。さすがの加藤の腕前でも、時速七百キロほどで飛ぶのが限界だった。
「七百キロか……第二次大戦の飛行機並みですね。でもこれはこれで楽しいかな」
加藤は何気ない口調で機を操るが、進む方向に広がる機雷をアクロバットまがいの機動でかわしながらの飛行だ。神経をぎりぎりまで張り詰める飛び方といってもいい。
「た、隊長、もうちょっとソフトに飛んでくれ」
「喋ると舌噛みますよ」
後部座席の真田としては、機体スレスレに見える位置をすっ飛んでいく機雷と、機体の動きに生きた心地がしない。それを無視して加藤は機を操り、4時間ほどかけてコントロール機雷の至近まで機体を持っていった。
「技師長、あれですね」
加藤が言う先には、幾つかの機雷に守られるようにして浮かぶ、一回り大きな機雷があった。
「あ、ああ……間違いない」
疲れた声で真田は答えた。しかし、ここからは自分の腕の見せ所。頬を叩いて気合を入れると、アナライザーの方を向いた。
「よし、行くぞ」
「あいサー」
キャノピーを開き、一人と一機は虚空に乗り出した。機雷の間を潜って、コントロール機雷に取り付く。メンテナンスハッチらしきものを探り当て、それを開くと、中には精妙なガミラスのメカニズムが詰まっていた。
「はじめるか……アナライザー、五番の工具ケースを」
「これデすネ」
加藤一人が見守る中、真田とアナライザーの戦いが始まった。
23時間後 機雷原
「……もぬけの殻、だと?」
コルサックは信じがたい、という表情で言った。機雷原につかまり、身動き取れない敵艦を拿捕するつもりが、肝心の敵艦が何処にもいないと言うのである。
「どういうことだ? 至急調べろ!!」
ガンツが口角泡を飛ばす勢いで命じる。しばらくオペレーターたちがその泡を食ったような勢いでデータを調査していたが、そこへ機雷戦母艦〈ウディエイド〉からの報告が入った。
『こちら〈ウディエイド〉。制御機雷が安全化信号を出しています』
「どういうことだ?」
コルサックが問うと、スクリーンに映る〈ウディエイド〉の艦長は、恐縮しきった表情で答えた。
『機雷が全部安全装置がかかった状態になる……爆発しなくなると言う事です。おそらく、敵は制御機雷のからくりを見抜いて、これを逆用したのだと思われます』
すると、ガンツが聞いた。
「しかし、制御機雷は敵艦からかなり離れたところにいたのだろう? 手も足も出ないはずだが」
『私もそう思いますが、何がなんだか』
二人の会話を聞いていたコルサックが、すっと手を上げて、その言葉をさえぎった。
「考えていても埒が明かん。小ワープを繰り返しつつ、機雷原を観測せよ」
「は」
コルサックの命令に、ガンツが頷く。今この空域には〈ヤマト〉は見えないが、光の速さを超えて移動し、待ち受けていれば、どこかで「〈ヤマト〉が危機を脱した瞬間」の光景が、光に乗って追いついてくる。
つまり、ワープを使って「過去を見る」という手法であり、ガミラス軍では戦訓調査の方法として一般化している作業だった。コルサック艦隊は直ちにワープを行い、過去の光景を追い始めた。そして……
「まさか、手で機雷を避けるとは……」
断続的に捉えられた過去の映像を見ながら、ガンツは唖然とした表情で言った。
「我がガミラス帝国の科学力で作られた最新鋭兵器が、こんな原始的手段で無効化されるなんて」
別の参謀もなんて事だ、と天を仰ぎながら言う。その時、艦橋内にくくく、という笑い声が響き始めた。何事か、と驚く参謀たちの前で笑っていたのは、コルサックだった。
「くくく……ハハハハハハ!! 見たか、諸君。確かに地球人は原始的かも知れん。だが、それは必ずしも弱みではない。ある意味、科学力の通じない局面でどうしたら良いかわからなくなる我々よりも、強靭な連中だ!」
そして、参謀たちを見回す。
「彼らを遅れていると侮るな。次こそ絶対に逃れられない罠を作り上げ、葬ってみせる。本国の要求など知ったことではない。抹殺だ! 必ず仕留めるつもりで作戦を練り上げろ! 生き延びる余地を残せば、連中は必ず逆襲の牙を剥いてくるぞ!!」
「ははっ!!」
参謀たちが敬礼する。ようやく、彼らは敵の真の力量を見極めつつあった。
人類滅亡の日まで、あと320日。
(つづく)
戻る