SPACE BATTLESHIP "YAMATO" Private Edition
EPISODE:1 Hope for tommorow Part1,Section2
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第二話「希望、軍神の星に落つ」
2199年 4月17日 火星・オリンポス山監視ドーム
冥王星会戦が終結し、地球艦隊残存が天王星軌道を越えて撤退を続けている頃、火星の最高峰にして太陽系最大の火山であるオリンポス山山頂の小さな監視ドームには2人の地球連邦宇宙軍軍人が勤務していた。
古代進と島大介。共に24歳だが、既に大尉である。ほんの数年前なら、24歳の大尉など考えられもしなかったが、ガミラス戦による急速な人材の不足は24歳の大尉を現実のものとしていた。
「ふむ…駄目だな。B-14番の基盤はもう在庫が切れている。この装置は破棄するしかないな」
機械のハッチを開けていた島が言った。
「補給の当ても無いしな」
古代も相づちを打つ。
「負け戦だからな…こっちは」
島が言った。実際、補給の滞りは深刻だった。彼らがここにいる目的は、冥王星から地球へ向かってくるガミラスの戦略兵器、遊星爆弾の監視である。しかし、遊星爆弾の攻撃で工場地帯を壊滅させられた地球は精密機器の生産力が激減し、地球―月からなる地球圏の需要を賄うのが精一杯。火星へ送られてくる量には限りがある。
よって、精密観測機器が機能を停止するごとに、この観測基地の価値もまた低下しつつあった。2人の予想では、一月以内に撤収命令が下ると考えられている。
その時、まだ生きている観測機器の一つが赤いランプを灯らせた。同時にディスプレイに「CAUTION!」の文字が浮かびあがる。それを皮切りに、他の機器も次々に警告を発し始めた。
「緊急情報。緊急情報。未確認の宇宙航行物体が火星軌道に接近中。140分プラスマイナス6分以内に火星落着の公算大」
音声応答インターフェイス式のコンピュータが人工音声で情報を流した。
「どうした!?遊星爆弾か!?」
古代が叫んだ。
「否定。発見した物体の質量は遊星爆弾の数分の1と見込まれます」
「隕石か?」
島が訊ねた。しかし、それにもすぐに否定の返答がある。
「発見した物体は、スペクトル分析による材質の判定、形状のパターン分析等から明らかに人工物と思われる特徴を備えています」
それと同時に、分析された物体の形状が3Dモデリングされて表示される。翼を広げた鳥のような形状をした、優雅と言うか、美しいと言って良いほどのラインを持つ物体。明らかに自然のものでは有り得なかった。
「よし、該当物体をこれより対象Aと呼称。落下軌道及び地点を計算せよ」
古代はコンピューターに命じ、次いで島に声を掛けた。
「念のために探査機を用意しておこう。いざと言う時にすぐ出られるように」
「あぁ、そうだな」
島は頷いた。あれがこのドームに対する攻撃とも限らないからだ。2人は宇宙服に着替え、ドーム下部の探査機格納庫へ急いだ。
2人が探査機の発進前チェックを終えた時、コンピューターからの報告があった。
「軌道計算終了。対象Aの予想落下地点はヴェルヌ湖南方約10キロと見られます」
「ヴェルヌ湖か…約2時間くらいだな」
古代は呟いた。ヴェルヌ湖…偉大なSF作家を称えて命名されたこの湖は凍結した地下水が温度上昇により地上に湧出してできたもので、赤道近くにあり、冬でも凍らない。火星壊滅以前は、周辺の都市への水源となっていた。今では、遊星爆弾に吹き飛ばされた廃虚ばかりが湖水に浸かっているだけだ。古代は島に呼びかけた。
「落下の瞬間が見られるかもしれん。行ってみるか」
「ああ」
島が頷いたのを見て、古代は格納庫のハッチを開けて探査機を発進させた。機体はマーズ・エアロスペースが開発したMF-98<グラディウス>大気圏内外両用戦術戦闘機の復座練習型の改造で、一応の空戦能力もある。万一ガミラスの攻撃を受けた時に備えて、古代と島が改造したものだった。
古代が操る機体はほとんど宇宙空間に曝されている標高24000メートルのオリンポス山頂を離れ、ゆっくりと高度を下げながら南下した。高度8000メートル前後で火星大気圏に突入し、エンジンを大気圏内モードへ切り替える。
「落下まであと30分。予想落下点に変化無し…いえ、多少の変化ありました。落下点が約5キロほどずれます」
コンピュータが報告してくる。
「何があった?」
島が訊ねると、コンピュータは思いも掛けない事を言った。
「物体より小物体…これより対象Bと呼称します…が分離。その質量変化によるものと見られます。対象Bは極冠方面へ降下中。挙動より推測して宇宙船用脱出カプセルの可能性、約98%」
「なんだって!?どういう事だ!」
島が叫んだ。古代も驚いて次の報告を待つ。
「落下速度が極めて遅く、また姿勢制御用と思われるスラスターの噴射を確認しました。このような挙動を取る物体は脱出カプセルがもっとも近いと思われます」
「どうする、古代。落下する対象Aの方は後でいくらでも調べられるぞ。対象Bを先回しにした方が良くないか?」
島が質問の形を取った提案をする。古代も頷いた。
「今ならまだ燃料が続く。極冠へ向かおう。もし脱出カプセルなら、生存者がいるかもしれん」
古代は冥王星会戦の事を考えた。もしかしたら、被弾、大破した味方か敵の艦が漂流してきたのかもしれない。味方なら救援が必要だし、敵なら捕虜が取れるだろう。古代は機を大きく旋回させ、エンジンパワーをミリタリーマキシマムに叩き込んだ。機が一気に加速し、マッハ6の大気圏内最高速度に達する。
その頭上を対象Aが駆け抜けていき、後方で巨大な火柱が立った。地上に落着したのだ。その衝撃波に押されるように、機体は更に加速して極冠へ向かって行った。
40分後、古代達の機は極冠上空に到達していた。ドライアイスと普通の氷が入り交じって、霜のように大地を覆っている。かつて、火星開発の初期には水源として入植者たちの命の綱となった。
その真っ白な大地の上を、古代達は観測の結果対象Bが降りたと思われる地点へ向けて飛行していた。
「間もなくだと思うんだがな」
古代が周囲を見渡しながら、速度と高度を落し、旋回しつづける。何度目かの旋回に入った時、島が叫んだ。
「見つけたぞ!10時の方向だ」
古代は旋回を停止し、島の見つけた方向へ向かった。すぐに古代の目もそれを捉える。大気との摩擦熱を帯びた対象Bが薄い極冠の氷を溶かし、そこだけ赤い地肌を露出させていたのだった。
古代は念のため数回上空をフライパスし、人影がいないかどうかを確かめると、機体の速度を落してスラスターをVTOLモードに切り替えた。機体に搭載された核融合炉の熱で暖められた空気が大地に吹きつけられ、機体をゆっくりと降下させる。展開した着陸用スキッドがぬかるみと化した赤い大地を捉え、探査機は静止した。
「よし、行くか…」
古代はキャノピーを開いた。島もそれに続き、2人は極冠に降り立った。気温はマイナス25度。一度解かされた大地は早くも凍り始めている。
「武器の準備は良いな?よし、行くぞ!」
2人は腰のコスモガンを抜いた。日本の南部重工が開発した個人携帯用レーザーピストル、南部88式自動光線銃。やや重いものの、地球連邦宇宙軍が採用した銃の中でも名銃として知られる装備だ。
2人は慎重に目標に近づいていった。周囲は平坦な地形で、身を隠すような岩陰も無い。それだけに、狙撃されたら逃げ場が無い。いくら慎重に慎重を期してもやり過ぎるという事はなかった。
しかし、狙撃はおろか、全く反応が無かった。
もしかしたら、乗員は死んでいるのか。それとも、最初から脱出カプセルなどではなかったのか。
古代と島は顔を見合わせながらも、とうとう対象Bのそばに辿り着いた。
「…これは…地球のでもガミラスのでもないな」
島が言った。古代も頷く。地球の曲線を多用したデザインでも、ガミラスの直線的なデザインとも違う。曲線を多用している点では地球との共通点があるが、それだけだ。他の部分では全く似ていない。
「おい、島。これ、ハッチじゃないか?」
古代が言った。彼が指差す先には壁面に四角い切り込みが入った部分があり、その横に透明なカバーを付けられたボタンがあった。
「…そうらしいな。どうする?古代」
「そうだな…やっぱり、開けるしかないんじゃないか?」
古代は答えた。もし、中に乗員がいるのなら、出てこないという事は救援を要する状態の可能性がある。古代はゆっくりとカバーを開き、ボタンを押し込んだ。
次の瞬間、空気の抜けるような音と共にハッチがスライドし、上面に向けて開いた。中からはうっすらとした煙が出てくる。一瞬警戒した古代たちだが、それが中の空気が含んでいる水蒸気が外気に冷やされてできたものである事を悟り、警戒を解く。
「…いくぞ?」
「ああ」
古代と島はコスモガンを抜くと構え、カプセル内に踊り込むようにして中へ入った。
「動くな!」
古代がそう言って四方に銃を向けた。
「カヴィール!!」
島が叫ぶ。「カヴィル」はこれまでに解読されたガミラス語で「動くな」を意味する言葉だ。地球とガミラス、どちらの人間がいたとしても、これで動きが封じられるはずだ。
しかし、そこにいたのはガミラス人ではなかった。
「…女の人?」
古代は言った。そこには耐Gシートと思われる椅子と、その上に座っている女性がいた。
「ガミラス人…ではないな」
島が言う。ガミラス人は地球人と血液の成分が異なり、皮膚が青みを帯びて見えるのが特徴だ。だが、目の前の女性は白い肌に金色の髪で、地球人に近い容姿を持っていた。
「生体センサーに反応無し…駄目だ。死んでいる」
センサーユニットを向けてみて、反応が無い事に落胆して古代は言った。恐らく、Gキャンセラーが十分に機能しなかったのだろう。着地のショックはカプセル自体は破損せずともこの女性の命を奪う程度には強烈だったのに違いない。
「気の毒にな」
島も言った。正体はわからないが、たとえ彼女がガミラスの手の者だったとしても、死者に対する敬意はこの宇宙で最も尊重されねばならない礼儀の一つである。2人は右の拳を握り、右腕をさっと前方に伸ばすと肘を曲げ、拳を心臓の前で地面と水平に静止させた。地球連邦宇宙軍において、最上級の敬意を示す敬礼である。
「この宇宙をあまねくしろ示す神よ。今、貴方の元に一つの魂を送ります。かの魂に平穏と恩寵を」
島が連邦軍の宇宙葬形式にのっとって祈りの言葉を唱える。その時だった。何かが床に落ちるような乾いた音が響き渡った。
「…なんだ?」
2人は床を見渡した。それを見つけたのは古代だった。女性の手がシートから滑り落ち、その拍子に持っていた物を落したのだろう。床に、一辺が2pほどの立方体が転がっているのが見えた。
「これは…メモリーキューブか?」
古代は言った。メモリーキューブはこの時代、広く一般的に使われているコンピュータの記憶媒体だ。若干形は違うが、古代の見つけたそれはメモリーキューブに酷似した外見を持っていた。
「どうする?島」
「そうだな、何かの情報にはなるかもしれない。上に指示を仰ぐか」
どう考えても、ここで見つけたものは地球にとって大きな意味を持つものだと思えた。2人はもう一度女性に敬礼し、探査艇に戻るとそれを発進させた。
一週間後、古代と島は火星観測基地を閉鎖し、探査艇で火星の衛星軌道へ向かっていた。メモリーキューブの事を報告した結果、冥王星から撤退してくる地球艦隊に合流し、地球へ帰還するよう命じられたのである。上昇していくと、火星の衛星の一つ、フォボスのそばに5隻の艦影が見えた。
「13隻出て行って帰ってきたのは5隻か…酷くやられたもんだな、古代」
ナビ席の島が言うと、古代の震える声が返ってきた。
「…いない。<雪風>がいない。兄さんの艦がいない!!」
「なに?まさか…」
島はレーダーパネルを検索した。宇宙軍随一の幸運艦である<雪風>が沈むはずがない。それは宇宙軍、とりわけ日系兵士にとっては信仰にも似た思いだった。
…だが、DD-188<雪風>は確かに存在していなかった。滾るような焦燥を抑えつつ、探査艇を旗艦<八州>の後部甲板にあるドッキング・ポートへ着艦させると、ポートはそのままエレベーターとなって機を艦内に収容する。整備科の兵士たちが駆け寄ってきて、古代たちの機を格納庫へ誘導した。
「ここも酷いな…」
古代は呟いた。<八州>の艦載機定数は16機。しかし、格納庫内には7機の<ブラックタイガー>が収納されているだけで、4機は手酷く破損している。
「おっ?」
古代はその中の無傷の1機に目を留めた。機首に撃墜マークが30以上も描かれている。余程のエースが載っているらしい。
そうしている間に、古代たちの機は帰ってくるべき機を失い、無主となった駐機スペースに停止した。2人はキャノピーを開き、駆け寄ってきた士官に乗艦許可を求めた。
「地球連邦宇宙軍大尉、古代進。貴艦への乗艦許可を求めます」
「地球連邦宇宙軍大尉、島大介。貴艦への乗艦許可を求めます」
出迎えに来た士官は敬礼しながら顔を上げた。
「艦長からの伝言により乗艦を許可します…お久しぶりですね、古代先輩、島先輩」
「…お?加藤!加藤じゃないか!久しぶりだなぁ」
その士官の正体に気が付き、古代は声を張り上げた。加藤三郎。古代たちの二期下で、操縦技術に関しては100年に1人の逸材とまで評価された男である。なお、現在の撃墜機数は33機。数少なくなった地球の戦闘機搭乗員では第3位の成績である。
古代自身もこの戦争では7機を撃墜し、まがりなりにもエースの称号を持つ1人であるが、加藤にはかなわないだろう。士官学校在学中は辛うじて互角に戦う事ができたが、今では恐らく加藤の方が遥かに上を行っているはずだ。
「という事は、あれはお前の機か」
島は先ほど見かけた撃墜マークだらけの<ブラックタイガー>を指差した。
「ええ、まぁ。しかし…今度も半数以上の仲間が戻ってきませんでした」
加藤は暗い顔になった。撃墜機数を伸ばした喜びよりも、仲間を失った悲しみの方が大きいのだろう。
「そうか…わかった。ともかく、沖田長官に合わせて欲しい」
古代が言うと、加藤も顔を上げた。
「あぁ、そうですね。久々に先輩達に会った懐かしさで忘れるところでした。こちらへどうぞ」
加藤が先頭に立って歩き出し、古代と島を司令公室へ連れて行く。公室は艦尾近くに置かれていた。この辺りはかつての軍艦の伝統を引き継いでいる。加藤はドアをノックした。
「誰か」
中から沖田の声がした。
「航空隊長代行の加藤中尉であります。古代大尉、島大尉のお二方をお連れしました」
「…うむ。ご苦労だった。古代と島の二名だけ入りたまえ。加藤中尉は軍務に復帰せよ」
「はっ!…では先輩、俺はこれで…」
加藤は立ち去り、古代は司令公室のドアを開けた。
「古代、島の両名。入ります」
2人は公室内に入り、敬礼した。執務机に座って端末を操作していた沖田は立ち上がり、2人の方へ歩いてきた。
「良く来たな、古代、島。2人とも元気でやっているか」
沖田は懐かしそうに微笑んだ。
「はい、これも校長…いえ、長官の薫陶の賜物であります」
島が敬礼したまま言う。沖田は数年前、まだ2人が士官候補生として宇宙軍士官学校江田島校で訓練に励んでいた頃の、同校の校長だった。
「そうしゃちほこばるな。まぁ楽にしろ…ところで古代」
沖田が真剣な表情となり、古代の顔を見た。
「は…」
「わしはお前に謝らなければならん。その…お前の兄上の事でだ」
古代の表情が強張る。沖田に聞きたかった事は、もちろん兄…乗艦<ゆきかぜ>ごと姿の見えない守の事だった。古代は全身の力を振り絞る様にして尋ねた。
「兄は…どうなったのでしょうか」
「古代中佐は…君の兄上は、乗っていた艦が大破し、地球へ帰還できなくなった事を悟ると、殿を引き受けて戦い、宇宙の果てへ消えていった…」
沖田の言葉に、古代の目に涙が溢れる。2年前に両親を遊星爆弾の直撃で亡くしていらい、守は彼にとって何よりかけがえの無い唯1人の肉親だったのだ。
「彼は、地球連邦軍人の鑑だ。ワシは、彼という男を率いて戦えた事を光栄に思っている」
「…ありがとうございます。兄がその言葉を聞いたらきっと喜んでくれると思います」
古代が答えると、沖田は強い調子でそれを否定した。
「いや、それは違う。死んでしまった人間は…もう喜ぶ事はできない。あくまでも生きていなければならない。だからワシは古代中佐を軍人の鑑だと思うと同時に、怒ってもいるのだ。どうして生き抜いてくれなかったのか、とな」
そう言うと、沖田は古代と島の肩に手を置いた。
「だから…お前達も、徹頭徹尾生き抜くために戦って欲しい。決して死に急ぐ事があってはならない。絶望の中でも希望を見ていて欲しい…良いな?」
「「はっ!!」」
古代も、島も、思わず最敬礼をしていた。
「すまん。話が長くなったな…お前達が火星で見つけたと言うものを見せてもらえるか?」
沖田は2人から離れると本題を切り出した。古代は頷き、島の顔を見る。それに応じて、島は持ってきた重要物資運搬用のアタッシュケースを開けた。中には対衝撃吸収剤を封入した瓶など、至近距離で核融合爆発が発生しても内部にしまってあるメモリーキューブを守り切るほどの防護手段が整えてある。沖田も、ケースを開けてみただけでメモリーキューブを手に取る事はしなかった。
「どう思いますか?長官」
島が尋ねる。沖田は宇宙物理学者としても知られ、科学分野にも造詣が深い。学者の目から見てこのメモリーキューブはどうなのか、と島は言っていた。
「ふむ…確かに地球でもガミラスでもない様式だ…実に興味深い。古代、島よ」
「「は」」
名前を呼ばれた2人が沖田の顔を見ると、沖田は微かな笑いを浮かべて言った。
「お前達…ひょっとしたらとてつもない拾い物をしたのかも知れんぞ。言うなれば、希望という名の…な」
第三話「その名は<ヤマト>」へ続く
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