SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part2,Section9
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第十九話 「フェアウェル・パーティー」
冥王星近海
修理を完了した<ヤマト>は冥王星の重力圏を離脱し、「それ」を待っていた。
「……レーダーに反応! 大きいです」
スコープを見つめていた雪の報告に、一瞬艦内に緊張が走る。しかし、沖田は落ち着いて命じた。
「スクリーンに投影」
それに応え、雪がレーダー、センサー群がキャッチしたその目標の画像を、艦橋前面の大スクリーンに投影する。その画像を見て、艦橋内に溜息が漏れた。
「でかいな……」
「この<ヤマト>と同じくらいはありそうだな」
それは、一隻の大型戦艦だった。<ヤマト>と同じく、古の水上戦闘艦艇を思わせるデザインの艦である。その主砲は艦橋を挟んで、艦の中心線上に三基、舷側に一基ずつの計五基。<ヤマト>と比較すれば主砲口径そのものは小さいようだが、十分に威圧的な艦影だ。
「あれが<アリゾナ>か」
古代が言った。<ヤマト>と同じ、EX計画に基づいて新造された四隻の超大型戦艦のうち、砲戦能力を重視して設計されたA型に属する艦だ。
「何でも、今計画中の次期主力戦艦は、あれをベースに簡易化して設計されるらしいな」
島が言う。
「ああ。一番強力なのは<ヤマト>だが、設計が特殊な上にコストがかかりすぎるとかで、比較的堅実な<アリゾナ>が選ばれたらしい」
真田が技術面では一番詳しい情報を持っていることを示すように説明する。
「しかし、あれを送ってくるとは……司令部のほうも念には念を入れているようだな」
南部が呟くように言った時、隣の席の相原が沖田の方を向いて報告した。
「艦長、<アリゾナ>より入電です」
「うむ、繋いでくれ」
沖田が頷くと、それまで<アリゾナ>が映っていた画面に、一人の恰幅の良い黒人男性の大佐が映し出された。もちろん本来は中将である沖田の方が格上であるため、大佐の方が敬礼し、沖田が答礼する。
『戦艦<アリゾナ>艦長、トーマス・オブライエン大佐です。傷病者の送還、及び一部物資補給のため参りました』
「戦艦<ヤマト>艦長、沖田十三だ。貴艦との邂逅を嬉しく思う」
沖田の言葉に、オブライエン大佐の顔がほころんだ。
『こちらこそ、武勲輝く沖田提督に出会えるとは光栄の極みです。さっそく、作業にかかります』
「ありがとう。島、速度を<アリゾナ>と同調させろ。ドッキング用意」
「了解!」
島は頷くと、<アリゾナ>の操舵手との間に回線を開き、進路や速度について幾つかのやり取りを行った。それから、二隻の巨艦はゆっくりと速度を同調させ、並航する進路を取る。やがて、二隻は百メートルほどの距離をおいて完全に平行した。
「速度、進路同調。ドッキング準備完了」
島の報告を受け、補給担当の生活科長、幕の内少佐がレバーを引いた。艦側面のエアロックの周囲にはめ込まれたボーディング・ブリッジがするすると伸びていき、アリゾナから伸びてきたそれと中間地点で結合する。
「気密確認。エアロック開放」
幕の内少佐がさらにレバーを引き、エアロックの扉を開いた。その向こうにボーディング・ブリッジの通路が現れ、オブライエン大佐が歩いて来るのが見えた。彼は<ヤマト>のエアロックの傍まで来ると、やってきた沖田に向かって敬礼した。
「乗艦許可を願います」
「貴官の乗艦を許可します。ようこそ<ヤマト>へ」
二人は敬礼を交わし、手を下ろすと固く握手した。オブライエンは周囲を見渡し、感嘆の声をあげた。
「先の戦闘でかなりの被害を受けたと聞きましたが……綺麗に修復が済んでいますね」
艦長として、オブライエンは<ヤマト>の技術科が備えている技量の非凡さを見て取っていた。その賞賛の気持ちを読み取り、沖田も頷く。
「ありがとう、大佐。君の艦も素晴らしいじゃないか。まだ波動エンジンは積んでいないそうだが」
沖田の言葉に、オブライエンは頷いた。
「ええ。太陽系内の航行には支障がないので、この支援任務を命じられたわけです……帰ったらすぐに波動砲と共に搭載工事にかかりますよ。ところで、帰還者たちは?」
<アリゾナ>が収容して地球へ帰る予定の、健康状態に不安のある捕虜たちの事をオブライエンは尋ねた。
「それは今医療科が最後のチェックを行っているところだ……お、来たな」
沖田が見ている方向から、佐渡と雪を先頭に、医療科のスタッフがやってきた。その後ろに自走ベッドに載せられた重傷者や、自力歩行できる軽傷者たちが続いている。
「<ヤマト>艦医、佐渡酒造じゃ。彼らを頼みますぞ」
佐渡の言葉に頷き、オブライエンは連れてきた<アリゾナ>の医療スタッフに目配せした。さっそく、両者の間でカルテなどの引継ぎが始まる。それを見て、沖田はオブライエンを食堂に付属するバーラウンジに誘った。
「地球の様子はどうかね」
尋ねる沖田に、オブライエンは軽く頷くと最新の情勢を説明した。
「敵侵攻軍壊滅により、軍上層部は早速タイタンに輸送船団を派遣する決定を下しました。これにより、残るEX級戦艦二隻の早期竣工に必要な資源を入手する他、脱出民輸送船にも波動エンジンを搭載する工事を始める予定で、早ければ三ヶ月以内に脱出船団の第一陣がアルファ・ケンタウリに向けて出発することになりそうです」
「ほう、早いな」
沖田は驚きの表情を浮かべた。<ヤマト>の建造優先によって他の計画に生じたしわ寄せを、EX計画本部は大車輪で取り戻そうとしているらしい。
「敵軍の妨害が続く、と言う前提で工業力の低下や残存資源の減少を織り込んでいたのが、急に制約がなくなったわけですからね。工廠は大騒ぎですよ」
オブライエンは笑った。
「ふむ。他には?」
沖田が聞くと、オブライエンは何かを言いかけたが、首を横に振って立ち上がった。
「あるにはありますが、ここではその話をするのはもったいないですね。艦橋に行きましょう」
沖田はオブライエンの態度を訝りながらも、続いて立ち上がった。
「艦橋に行くのはかまわないが……何の話かね」
「まぁ、それは行ってからのお楽しみです」
オブライエンはそう言うと、沖田を急かすようにして艦橋行きのエレベーターに乗り込んだ。艦橋に着いて二人が扉を出ると、作業中だった古代以下の要員たちが一斉に敬礼した。
「良い。作業を続けたまえ」
沖田は敬礼をやめさせると、オブライエンに向き直った。
「で、話とは?」
問うと、オブライエンはにこりと笑い、ポケットから何か紫色の布に包まれた小箱のようなものを取り出した。そして、気合の入った声で号令をかける。
「総員、傾注!」
慌てて作業を止める艦橋要員たち。しかし、オブライエンはこの<ヤマト>では客に過ぎず、こうした命令を出すのは越権行為だ。むっとして何かを言おうとする沖田。が、その言葉はオブライエンが差し出した小箱の中を見て封じ込められた。そこには、盾と地球を象った、金色に燦然と輝く勲章が納められていたのだ。オブライエンは封筒に納められていた紙を取り出し、読み上げた。
「沖田十三中将、貴官の功績に鑑み、地球連邦宇宙軍は貴官にガーディアン・オブ・アーシアン勲章を授与する。地球連邦宇宙軍司令長官、大将藤堂平九郎。代読、同大佐トーマス・オブライエン」
艦橋にどよめきが沸いた。ガーディアン・オブ・アーシアン勲章は地球連邦宇宙軍でも非常に格の高い勲章で、これよりも上位の勲章は政府が授与を決定する議会名誉章や、大勲位菊花章、ヴィクトリア・クロス勲章などの旧王室が保証するものしかない。
「艦長、おめでとうございます!」
誰かが言い、自然発生的に拍手が沸いたが、肝心の沖田は、戸惑った表情をしていた。
「あ……いや、光栄な事だが、ワシはまだ太陽系からの出口を切り開いただけだ。勲章に値する功績を上げたとは思っておらん。できれば辞退したいのだが」
沖田が言うと、オブライエンは勲章を入れた箱を包んでいた布の中から、便箋のようなものを取り出し、沖田に差し出した。
「長官から、伝言を預かっております」
「なに?」
オブライエンから便箋を受け取り、それを一読して、沖田は憮然とした表情になった。
「藤堂の奴め、わしの性格を良くわかっておるわ」
便箋にはこう書かれていた。
「沖田へ
貴様の事だから、自分にはふさわしくないとか何とか言って勲章を辞退しようとするだろうが、そうはいかない。これで辞退されたら、今後どんな功績を立てた奴にこの勲章をやったら良いのだ?
まぁ、それは冗談としても、貴様のやったことは、確かに勲章にふさわしいものだと、貴様以外のみなが理解している。駄々をこねないで、おとなしく貰っておけ。
藤堂平九郎」
沖田は便箋を制服のポケットに丁寧にしまうと、背筋を伸ばした。
「謹んでお受けする。身に余る光栄に感謝します」
「おめでとうございます、提督」
沖田の意思に応え、オブライエンは制服の胸にガーディアン・オブ・アーシアン勲章を留めた。拍手が巻き起こり、艦橋要員たちは沖田に握手を求めた。
「おめでとうございます、艦長」
「おめでとうございます」
「うむ……ありがとう、諸君」
どこか照れたような表情で、沖田は祝福の言葉に頷いてみせる。その初めて見せる表情に、乗組員たちも今までに無い親しみを沖田に感じて、ますます拍手を盛んにした。
その騒ぎが一段落したところで、幕の内主計長と佐渡がそれぞれにリストを持ってやってきた。
「艦長、主計科の物資積載作業、完了しました。数量、検品ともに問題ありません」
「医務科、重傷者の引渡しと医薬品の積載完了。こちらも問題無しじゃ」
沖田はうむ、と頷いた。
「オブライエン大佐、君の艦のお陰で、本艦もいよいよ外洋に乗り出す準備が整った。ありがとう」
「いえ、貴方と貴方の艦の手助けが出来た事を光栄に思いますよ」
沖田とオブライエンはそう言って固い握手を交わした。やがて、オブライエンは自分の艦に戻り、<アリゾナ>は艦首を百八十度回転させ、地球へと戻っていった。
<ヤマト>乗員たちは束の間邂逅した同朋の艦との別れを惜しんでいたが、艦内に流れた沖田の放送に、弾かれたようにして姿勢を正した。
『諸君、艦長の沖田だ。いよいよ我々は今まで地球人類が船出した事のない、太陽系の外へと旅立つ。無人観測機が何度か打ち上げられているとは言え、ほとんど未知の海と言っても良い』
緊張の面持ちで沖田の訓示を聞く乗組員たち。これから、さぞかし厳しい見通しと言葉が告げられるのだろう、と彼らは身を硬くした。
『そこでは一瞬の油断やミスが命取りとなる。常に緊張を強いられる航海になるだろう。そこへ、決戦とその修理に追われて疲労した身体で乗り込んでも、良い結果は出まい』
おや? と何人かの乗組員が顔を上げた。訓示の内容が、少し予想と違う。
『そこで、現在より24時間の休暇を全員に与える。それと共に、冥王星海戦の勝利を祝し、故郷とのしばしの別れを偲んで、フェアウェル・パーティーを開催する。次なる戦いに向けて英気を養ってもらいたい。以上だ』
放送が終わった。一瞬ぽかんとしていた乗組員たちだったが、やがてその顔が笑みで崩れた。
そして、<ヤマト>艦内に歓声が爆発した。
<ヤマト>艦内は被害軽減や艦体強度保持の観点から、無数の隔壁によって細かく仕切られており、その区画数は七千にも及ぶ。
そうした中で、隔壁が少ない広大な空間も幾つか存在する。航空機格納庫が代表格だが、艦底部近くにある車輌格納庫もその一つだ。普段は陸戦隊用の空挺戦車や装甲歩兵輸送車、技術部用の資材輸送車など、五十台以上の各種車輌が収納されている。
今、それらの車輌は航空機格納庫や甲板、あるいは大型揚陸艇の格納庫などに分散して置かれ、代わりに無数のテーブルや演台が設えられていた。テーブルの上には生活科が腕によりをかけて作った料理の数々が並んでいる。殺風景な装甲版剥き出しの壁にも、可能な限り飾り付けが施され、パーティー会場らしい華やかさを演出していた。
その格納庫へほとんどの乗組員が集結したところで、演台の上に沖田が登った。手にはワインを注いだグラスを持っている。彼はそれを軽く掲げて言った。
「冥王星の勝利に」
『冥王星の勝利に』
乗組員たちが唱和する。沖田は次の文句を口にする。
「散っていった戦士の魂に」
『散っていった戦士の魂に』
こうして沖田は杯を捧げる対象を幾つか列挙した後、最後に言った。
「地球の明日のために……乾杯!」
『乾杯!!』
杯が打ち合わされる音が鳴り響く。こうして宴が始まった。
休暇が出ているとは言え、生活科の科員たちは忙しかった。雪も例外ではなく、出来た料理を運んだり、飲み物を作ったりするのに忙しい。ちなみに、彼女は料理は出来るのだが、調理師免許を持つ司厨班の腕には到底及ばないと言う自覚があったので、大人しく調理補助程度に留めていた。
一方で、他の乗組員たちは、かなりテンションがあがってきていて、演台では自慢の一発芸や隠し芸を披露する者たちが、拍手や罵声を受けていた。
南部が趣味だと言うギターの弾き語りを披露し、女性乗員たちの黄色い声と、男性乗員のやっかみ混じりの声を浴びている。
VF442の加藤と山本は漫才をやったが、これが見事なまでに滑り、罵声と共に食べ差しや皿を投げられて、さすがの撃墜王二人も、この猛烈な対空砲火の前に、ほうほうの態で逃げ出した。
管制室の奥山弥生少尉は、何故か機関副長の山崎少佐とヒットソングをデュエットし、彼女のクリスタルヴォイスと騒音激しい機関室勤務で潰れた山崎の低い声が妙にマッチして、大喝采を浴びていた。
料理や酒もものすごい勢いで消費されていた。陸戦隊と航空隊が日頃のライバル意識を剥き出しにして一気呑み勝負を繰り返し、その横では、太田中尉がわれ関せずとばかりにひたすら料理をむさぼっている。
そして、一番宴を楽しんでいそうな人物も、いきいきと動き回っていた。
「おう、雪。なかなか豪華な料理じゃのう」
その人物……佐渡軍医長は、右手に合成肉のフライ、左手に酒の入ったグラスを持って、上機嫌そうに雪に声をかけてきた。
「あら、先生。ええ、平田さんが新しく考えたレシピだそうですよ」
雪の言う平田とは、生活科の副科長で、司厨班のリーダーでもある平田一大尉のことだ。<ヤマト>は艦内に巨大な冷蔵庫を備え、さらに水耕プラントを搭載して生鮮食料の確保に努めているが、どうしても足りない分は、有機素材から食料を合成する事で対処している。
平田はその合成食料のエキスパートで、彗星の核やタイタンの土壌からも食料を合成したほどのプロである。さらに、彼は本来味気ない合成食料をいかに美味く食べさせるか、日々その研究に余念がなかった。
「おうそうか、今度酒が合成できんか、奴に聞いておいてくれ」
そう言って佐渡は豪快に笑う。ちなみに、このパーティーには、彼がコンテナ数個分も持ち込んできたと言う噂の、秘蔵の酒コレクションがかなり提供されている、という話だった。佐渡は酒を飲むのも好きだが、飲ませるのも好きなのだ。
「判りました。聞いてみますよ」
雪は笑って請け負い、次いで疑問に思っていた事を口にした。
「ところで、その格好はなんですか、先生?」
普段の軍医服ではなく、シーツをトーガのように身体に巻きつけ、月桂冠のつもりなのか、緑色のLANケーブルを巻いたものを頭に載せている佐渡の姿は、確かに雪でなくとも意図とセンスを疑うところだが、佐渡はまた豪快な笑い声を響かせて答えた。
「これか? 海神ネプチューンの格好じゃよ。昔、水上を行く船も、フェアウェル・パーティーの時はこうして海神に扮した乗組員に捧げ物をして、航海の無事を祈ったんじゃ」
そこへ通りがかった真田が、佐渡の前に跪くと、酒瓶を恭しく差し出した。
「ネプチューン様、どうか<ヤマト>の航海の無事をお守りください!!」
「おう、任せておけ!」
佐渡が酒瓶を受け取ってラッパ飲みし、三分の二くらい残っていた中身を、たちまち空にしてしまう。どうやら、佐渡がネプチューン役なのは、役得目当てらしい。
「先生はネプチューンと言うよりバッカスがお似合いね……」
酒の神の名を口にしつつ、呆れ半分、おかしみ半分で言う雪。大笑いしながら去ろうとした佐渡だったが、ふと足を止め、雪の方を振り返った。
「そうじゃ、雪。艦長を見んかったかの? 一献差し上げようと思うたんじゃが」
雪は会場を見渡した。そう言えば、冒頭の挨拶が済んだ後は、艦長の姿を見なかったような気がする。
「私も見ていないですね。そうだ、探しておきますよ。ちょっと取りに行くものがありますから」
雪は答えた。料理を載せる紙皿の消費が予想以上だったので、予備を取りに良く頃合いだと思っていたところだ。
「ん? そうか、済まんのぅ」
佐渡は雪に礼を言うと、上機嫌にフラフラと歩いていく。雪は微笑みでその背中を見送り、そっと会場を抜け出した。
乗員の多くがパーティーに行っているせいか、艦内はいつになく静かだった。艦底の騒ぎが微かに聞こえてくるのが、逆にその静かさを協調していた。
「艦長、どうなさったのかしら?」
倉庫に紙皿を取りに行く前に、艦橋と艦長室を回った雪だったが、沖田の姿を見る事は出来なかった。他にもいくつか心当たりを回って、どこにも沖田を見つける事が出来なかった彼女は、あきらめて倉庫に行く事にした。すると、途中で人の声が聞こえてきた。
「……?」
パーティー会場での陽気な声と違い、どこか哀切を帯びた話し声だ。雪が声の聞こえてきた方向に向かうと、そこには十数人ほどの行列ができていた。
「森さんも、家族と通信かい?」
顔見知りの乗員が尋ねてきた。第一主砲塔長の坂巻浪夫大尉だった。
「あ、通信待ちでしたか……いえ、そういうわけでは」
雪は首を横に振った。そう言えばと、艦長が故郷との通信を許可していた事を思い出す。外洋に出れば、ガミラスの探知を避けるためにも、無線は封止しなければならない。その前に家族と名残を惜しむ時間を与えようと言う、沖田の計らいだった。
(私も、あとで来ようかな……)
雪はそう考えてから、坂巻に聞いた。
「艦長をごらんになりませんでしたか?」
「艦長を? いや、ここへは来ていないな」
首を横に振る坂巻。雪はそうですか、と坂巻に頭を下げ、列の横を通って、通信室の前を抜けた。ふと覗くと、徳川機関長が孫娘らしい少女と会話をしていた。
「アイ子、ちゃんとお父さんとお母さんの言う事を聞くんじゃぞ」
『うん、おじいちゃん。次はいつ遊びに来てくれるの?』
「さぁなぁ、今度の任務は長いから、爺ちゃんにもわからんよ。じゃが、必ず遊びに行くよ」
『おみやげ、いっぱい買ってきてくれる?』
「もちろん。なんでも好きな物を言っていいぞ」
雪は涙が滲んでくるのを感じて、そっと目尻をぬぐうと、その場を立ち去った。
気が付くと、雪は舷側の展望ドームに来ていた。普段は休憩スペースとして開放されている場所で、窓の向こうには冥王星と、その先に広がる広大な外洋……太陽系外空間があった。
(嫌ね……つい感傷的になっちゃったわ)
徳川の通信を聞いていて、思わぬ里心がついてしまったらしい。雪は改めて倉庫に向かおうとして、先客に気がついた。
(古代大尉?)
雪は窓際の手すりにもたれている古代に声をかけようとして、思いとどまった。
古代は燃えるような視線を星々の彼方に向けていた。その姿は何者をも寄せ付けまいとするかのような、超然としたものだった。その姿を絵や写真に収める芸術家がいれば、「不屈」とか「闘志」というタイトルを付けるかも知れない。
雪はそんな古代の姿に圧倒されたまま、その背中を見つめていた。
「……古代? どうしたんだ、お前」
不意に声が響き渡った。雪は、そして古代も声の主を見た。
「艦長……」
雪がいるのとは反対の方向に、沖田が立っていた。彼はそっと古代の横に立つと、窓の外を見つめた。
「古代、パーティーには出ないのか?」
問われた古代は、首を横に振った。
「最初は出ていたんですが……兄が今もこの広い宇宙のどこかにいると思うと、なんだか落ち着かない気分になりまして」
「守か。そうだな。ワシも生きている事を願うよ。一発殴ってやらねば気が済まんからな」
沖田は微笑した。古代もつられて笑ってから、沖田に視線を向けた。
「艦長は、何故ここに?」
問われた沖田は、制服のポケットを探ると、フラスクと小さなグラスを取り出した。
「騒ぐのも悪くはないが、静かに呑みたくなってな……古代、付き合わんか?」
「私で良ければ」
古代は頷いて、グラスを受け取った。沖田がそこに琥珀色の液体を注ぐ。
「では、守の無事を祈って」
「無事を祈って」
グラスとフラスクが打ち合わされ、二人の男はぐっと美酒を呷った。古代は一息で干したグラスを手すりの上に置く。
「……良い酒ですね」
古代が言うと、沖田はフラスクの蓋をしめた。
「ああ。いつか息子と呑もうと思っていた」
「良いんですか? そんなものをいただいて」
古代が驚いたように言うと、沖田は寂しげに笑った。
「かまわんさ。息子はもう……代わりにお前が飲んでくれれば、あいつも喜ぶだろう」
「それは……」
沖田の口調から、彼の息子がどうなったかを悟り、古代は言葉に詰まった。代わりに沖田が続ける。
「ワシは英雄だなどと呼ばれるようになったが、木星で負け、冥王星でも負け、多くの若者を死なせてしまった。一将功成って万骨枯る、と言うが……」
手すりを握る沖田の手に、ぐっと力が込められた。
「それならば、ワシは功など欲しくはない」
「艦長……」
古代が思わず姿勢を正すと、沖田は彼の顔を見つめて言った。
「古代、お前の兄にも言った事だが……決して死ぬなよ。どんなに絶望的な時でも、最後まで生き抜くんだ。良いな?」
「はっ!」
古代は敬礼してその言葉に応えた。
「うむ」
沖田は頷き、歩き出した。
「お前と呑んで、少し気が晴れた。次は陽気に騒ぐとするか。来い、古代」
「はっ、艦長!」
後に続く古代。その様子をずっと物陰から見ていた雪は、胸に何かざわめくものを感じて、古代の背中を見送るのだった。
人類滅亡の日まで、あと345日。
(つづく)
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