SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part2,Section8


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第十八話 「侵略者の情景」


惑星ガミラス

 地球より、遥かな宇宙空間を隔てて存在する惑星、ガミラス。今まさに地球を侵略し、そこに住む未開の先住民を滅ぼしつくさんとしている、強大な同名の星間帝国の首都である。
 その未開の先住民が小癪にも反抗し、送り込まれた帝国の尖兵をことごとく討ち果たしたという緊急報がもたらされた時、帝国の指導者たる総統デスラーは民衆の歓呼の声を一身に浴びている真っ最中だった。
「デスラー総統、万歳!」
「ガミラス帝国、万歳!」
 この日、デスラーは帝国が抱えるいくつかの侵略前線であるオメガ戦線において、帝国が決定的な勝利を収めたという事を、民衆に報告していたのだ。
「依然として敵は抵抗を続けているが、それはもはや無益なものである。残敵掃討が終わり、出征した兵士たちがこの故郷へ帰ってくる日も近いだろう。祖国に偉大な勝利をもたらした勇者たちを諸君らと迎えられる事は、私にとって望外の喜びである」
 彼の言葉に、民衆は熱狂して歓呼の叫びを上げた。彼らにとって「祖国に偉大な勝利をもたらした勇者」とは、まさにデスラーの事に他ならないのだった。
 
 5周期(ガミラスの暦で一年を表す用語。1周期は約5地球年)前、ガミラス共和国(当時)は老いた母星と共に黄昏の時代を迎えつつあった弱小国に過ぎなかった。周辺列強はこぞって侵略の手を伸ばし、かつてガミラスが一大宇宙時代を築いた頃に得た領土は、次々に敵の手に落ちていった。
 その頃、デスラーは軍の優秀な少壮幕僚として知られ、彼の率いる部隊、彼の立てた作戦は連戦連敗を続ける共和国軍の中で、数少ない勝利をもたらしていた。
 敗北を続ける上層部は彼の優秀さを見て重く用いるどころか、逆に疎み、排除しようとさえした。この体制では国家の危機を救えない……そう考えたデスラーは、少数の同志とともにクーデターを起こし、共和国を打倒。非常事態宣言を発し、自ら国家主席の座についた。
 その後のガミラス軍の反攻は目覚しいものがあった。各地で逆襲に転じたガミラス軍は、デスラーの卓越した指揮のもと、次々に敵を撃破。失地を奪い返し、さらに敵の領土深く攻め込んでいった。
 この若き英雄を国民は熱狂的に支持し、賞賛した。そして、彼が完全に共和制を廃して帝国体制に移行し、その総統となる事にも、諸手を上げて賛成した。
 そして、デスラーは今やガミラスの全てを支配する強大な権力者として、並ぶ者のない権勢を誇っていた。彼の支配する領土も、度重なる侵略戦争に勝利した結果、空前の広さに拡大し、かつての黄金時代すら上回るものになっている。
 その強大な独裁者の下に、一人の男が歩み寄ってきた。副総統のヒスである。長身痩躯で端整な顔立ちを持ち、いかにもカリスマを感じさせるデスラーに対し、ヒスは対照的に貧相な小男で、カリスマ性のある人物ではない。しかし、彼は旧共和国時代には内務省の事務次官という地位にあり、ガミラスの内政と官僚機構に通暁した得がたい人材で、どちらかと言えば戦争と外交に才能が偏っているデスラーにとってなくてはならない人物である。
「総統、内密のお話が……」
「む?」
 民衆に応えていたデスラーが振り向き、ヒスの耳打ちを受ける。それを聞いて、一瞬だが笑顔が掻き消え、冷酷な素顔が現れた。
 しかし、彼はすぐにもとの笑顔を取り戻し、最後にひときわ高くてを掲げると、最高潮になった歓声を背に、テラスを後にした。

 一時間後、総統府の大会議室には、多くの軍人が集まっていた。いずれも無敵ガミラス軍を支える綺羅星のごとき勇将、猛将たちである。何時もならば、最近の手柄話をネタにして談笑するところだ。
 しかし、今日の彼らは、総統自らが招集したこの会議の裏に、何かが起きた事を察知し、緊張の面持ちを浮かべていた。そのうちの数人は、既にその「何か」を知っていた。
 やがて、正面のドアからヒスを従えたデスラーが入ってくると、彼らは一斉に起立し、右手をまっすぐ天に伸ばすガミラス式最敬礼を行った。
「デスラー総統、万歳!」
 一糸乱れぬ唱和に、デスラーは手を上げて答礼すると、着席を促した。全員が席についたところで、デスラーがおもむろに話を切り出す。
「さて、諸君らの中にも既に知っている者がいると思うが、銀河系へ派遣した太陽系侵攻軍が壊滅的な打撃を受けた。艦隊はほぼ全滅し、シュルツ大将も戦死した」
 室内に大きなどよめきが上がる。つい先日まで、太陽系侵攻軍が現地先住民族の軍勢を圧倒的に押し捲っていた事は、ここにいる誰もが知っていた。
「信じられませんな……あのシュルツ大将が辺境の蛮族に遅れを取るとは」
 水雷戦隊を率いる勇将、バレルドアクション少将が呟くように言った。シュルツはガミラス軍の長老格として、多くの尊敬を集めていた軍人だ。
「うむ……決して補給が十分ではない状況で、敵本星を死滅直前にまで追い込んでいたと聞くが……」
 老け顔のコールマン中将が頷く。派手さはないが、老巧という言葉がぴったり来る、ベテランのガミラス軍人だ。
「諸君、静粛に」
 ヒスが命じて、まだどよめきの収まらない諸将を静かにさせた。
「信じがたい気持ちは良くわかる。私も、最初聞いたときには不覚にも呆然となった」
 デスラーは頷き、発言を続けた。
「だが、これは事実だ。太陽系侵攻軍司令部で唯一の生存者となったガンツ大佐が、証言者となってくれる」
 デスラーが言うと、会議室の後方に淡い光が生まれ、ガンツの姿が浮かび上がった。立体映像による通信システムだ。
『太陽系侵攻軍司令部参謀、ガンツであります』
 映像のガンツが頭を下げた。それを見て、彼を知る幾人かの提督たちは驚きの表情を浮かべた。どちらかと言うと肥満体といっても良かったガンツは、見る影もなく憔悴し、まるで別人のようになっていた。それでも、目は内側に秘めた憤怒や悲しみを映し出すかのように輝き、彼が戦士である事を物語っていた。
「ではガンツ大佐、状況説明を頼む」
『はっ』
 デスラーの言葉に敬礼し、ガンツは<ヤマト>発見から、地球軌道上、木星などにおける数次の交戦、そして冥王星での決戦に至る状況について話した。シュルツの最期となった戦艦<ヴェアマール>轟沈の様子を語る際には、目は真っ赤に腫れ上がり、見るからに激情を必死で抑えている様子がわかった。
『……以上であります』
 ガンツの報告が終わると、場に沈黙が訪れた。それを打ち破るように、バレルドアクションが発言する。
「これは由々しき事態ですな。後進国の軍にこれほどの敗北を喫したとあっては、我が軍の信頼にも関わりましょう」
 参謀総長のキーリング大将も頷く。
「少将の言う通りだ。むろん、わが帝国とて無謬ではない。敗北したこともある。が、ある意味帝国の未来を掛けた戦いで敗北したと言うのは、非常に厄介だ」
 地球への侵略は、将来ガミラス帝国が銀河系全土を制圧するための布石として、非常に重要な意味合いを持っていた。と言うのも、太陽系近辺のいくつかの恒星系……アルファ・ケンタウリやバーナード、シリウスといった星域には文明どころか知的生命すら発生しておらず、地球さえ手に入れれば、手付かずの資源や領土が楽に手に入るのは確実だったからである。
 また、地球は銀河系中心部付近にあると思われるガミラス以外の星間文明国家からも離れており、時間を掛けて開発を行う余裕があるとも思われていた。
 その、銀河系征圧と言う遠大な目標が、邪魔な小石を取り除くと言う前段階で挫折させられたのである。確かに重視すべき事態だった。
「うむ、では……これから対地球戦略には、どのような方針で当たるべきだと思うかね?」
 宿将二人の現状認識を聞いたところで、デスラーが口を開く。
「早急に、新たな遠征軍を編成して送り込むべきでしょうな」
 コールマンが言った。
「同時に、シュルツを破ったその未知の新鋭戦艦……<ヤマト>でしたかな……を補足し、確実に撃沈する必要があるでしょう」
 その時、一人の男が嘲笑うような声で言った。
「ならば、私に任せてもらいたいものだな。たかが戦艦一隻、軽くひねり潰してくれよう。ついでに地球の先住民どもも皆殺しにしてみせる」
 尊大な物言いに、バレルドアクションやキーリングは眉をひそめた。
「ゲール中将、いささか放言が過ぎるのではないかね」
 コールマンが嗜めるように言った。その相手……ゲールは、ガミラスと太陽系の中間にあるバラン星の補給基地において、守備司令を勤めている。有能ではあるが、人格的には問題のある男だった。
「とんでもない。これは正当な評価と言うものだ。最初から私が太陽系侵攻軍の指揮をとっていれば、シュルツ提督も今ごろは孫と楽しく老後を過ごせていただろうに」
 その発言に、立体映像のガンツの顔が憤怒に歪んだ。太陽系侵攻計画が立案された当初、その司令官職にはシュルツと共にゲールの名も挙がってはいた。最終的にシュルツが選任された事で、ゲールがシュルツに複雑な感情を抱いている事は予想できたが、それでも今の発言は非礼に過ぎた。
 しかし、ガンツは上位者相手に怒声を放つ、と言う無礼を働かずに済んだ。何故なら、デスラーが静かな、しかし強い怒りのこもった口調で言ったからである。
「ゲール、死人を揶揄するような発言は、品位に欠けるとは思わぬか?」
 その声に、ゲールは背筋に寒気が走るのを感じた。自分が調子に乗りすぎていた事に気付く。考えてみれば、シュルツを選んだのはデスラーなのだ。シュルツへの誹謗は、デスラーに対するそれと同義語である。
「も、申し訳ありません、総統」
 ゲールは慌てて謝罪の言葉を述べたが、デスラーの怒りは収まらなかった。
「覚えておけゲール。我がガミラスに下品な男は不要だ。今後二度とそのような口を聞くことがあれば……」
 どうなるか、とはデスラーは言わなかったが、列席者の大半がその先を想像して、言い知れぬ恐怖を覚えた。デスラーは寛容な支配者だが、その怒りの苛烈さは、母なる太陽であるサンザーの炎にも劣らない。
「ははっ……」
 ゲールはひたすら平身低頭した。下手な言い訳は、逆に破滅の元となるだろう。
 そこでデスラーも怒りを収める気になったのか、軽く咳払いをして場を引き締めると、言葉を発した。
「コールマンの言う通り、太陽系への最侵攻は急がねばならぬ。が、我が帝国強大なりとは言え、余分な戦力はない」
 そこで、今まで黙っていた一人の提督が手を上げた。
「タラン、何か案があるのかね? 言ってみたまえ」
 デスラーが言うと、タランと呼ばれた提督は一礼した。このタラン少将はデスラーの副官的存在で、目立った軍功はないが、謹厳実直と忠誠心と言う言葉が肉体を持って生きているような人物である。気配りもあり、己を飾らないこの男は、自ら才人であるデスラーにとっては殊のほか付き合いやすい側近だった。
「オリオン方面軍のコルサック大将を、地球討伐の任に充ててはいかがでしょうか?」
 この提案に、一同は唸った。それは実に妙案と思われたのである。
「そうか、コルサックはシュルツの……」
「はい、実兄に当たります。老練な武人でもあり、必ずや<ヤマト>を討ち取る事でしょう」
 タランはそう言うと、腰を降ろした。デスラーはしばらく考えていたが、やがて大きく頷くと、命令を発した。
「タランの案が至当と判断する。キーリング、直ちに私の勅命として、コルサックに地球討伐の任を与えよ」
「ははっ!」
 キーリングが立ち上がり、敬礼する。それを見て、デスラーは部屋の隅に控えていたガンツの立体映像を見た。
「ガンツ大佐、君はコルサックの司令部に高級参謀として赴任したまえ。彼に地球の戦力を正しく伝え、良く補佐するのだ」
 それを聞いて、ガンツの眼に涙が溢れた。感動の涙だ。
『は、はい! この命に代えても、必ず!!』
 敗北者であり、上官を見捨てて逃亡する形になっていたガンツは、間違いなく処罰されると思っていたのだ。それを不問にされたばかりか、尊敬する上官の仇を自分の手で討つ機会を与えられた。これほど嬉しい事はない。
 ガンツが嬉し泣きしながら消えた後、ふとコールマンが疑問の声を上げた。
「しかし……この地球の新造戦艦は常識外れな戦闘能力ですな。我が新造戦艦<ドメラーズIII>をも上回るやもしれませぬ。こんなものを、我が帝国より数世代技術レベルの低い国が建造できるとは考えにくいのですが……」
 それはその場にいる全員の抱いていた疑問だった。
「彼らも決して愚かではない。我々の兵器を回収して、研究し、模倣したとも思えるが……」
「それでも、完全なコピーを作るのは難しいでしょうね。全く技術体系の違う文明の産物ですから。何かこう、別の形で技術を何処からか手に入れた、としか思えませんな」
 キーリングの推測に、タランが更なる疑問を呈する。その時、デスラーが立ち上がった。
「その事はここで論じる事もあるまい。会議はここまでとする。各自、任務に戻りたまえ」
 総統の命に、提督たちは立ち上がり、敬礼で応えると、解散していった。デスラーはそれを見届け、ヒスのほうを振り向いた。
「ヒス君、シュルツの事だが、国葬で報いてやろうと思う。早急に計画を立ててくれ」
「承知いたしました」
 ヒスはその命令に頷いたが、続いて出された命令は、非常に意外なものだった。
「それともうひとつ……<ヤマト>とやらに、私の名前でメッセージを送ってもらいたい。内容は……」
 それを聞いて首を傾げたヒスだったが、総統命令は絶対である。特に疑問を呈することなく、頷いた。
「直ちに手配しましょう。他になければ、早速かかりたいと思いますが……」
「うむ、ご苦労」
 デスラーはヒスを退出させ、私室に戻った。巨大な星間帝国の指導者の部屋としては、質素な内装の部屋である。国を発展させる事に全てを捧げているデスラーにとって、贅沢とは無意味なものでしかない。
 その部屋の一角に、通信施設があった。それは隣国の元首へのホットラインである。この時間、相手は起きているだろうか、と考え、大丈夫である事を確認すると、デスラーは通信施設の電源を入れた。一瞬の間を置いて、相手が画面に出る。
「ご機嫌いかがかな」
 デスラーが挨拶すると、画面の向こうの相手は感情を感じさせない、型どおりの挨拶を返した。
『おかげさまで。あなたは元気そうですね、デスラー総統』
 デスラーは苦笑した。艦隊一つを全滅させられ、あたら有能な将兵を万単位で失った敗報の後で、気分が良い筈がない。
「皮肉かね? あなたには似合わない行為だ……まぁ、それは良い。今日は一つ用事があってね」
『なんでしょうか?』
 首を傾げる相手に、デスラーは笑みを消し、真剣な声で尋ねた。
「私が戦っている相手が、急に優れた技術を手に入れた。彼らの戦艦が、私の艦隊を壊滅させたのだ。その技術を供与したのは、貴方ではないのか?」
 デスラーの質問に、相手はしばし沈黙した。デスラーも沈黙を持って返事を待つ。
『そうかもしれませんね。私は、彼らの元に船を送りましたから』
 かなり待たせた後、相手は口を開いた。
「船を? 何のために?」
 デスラーが更に質問する。
『妹を使節として派遣したのです。あなたがたと地球人の間に、和平が結ばれるように』
「なんと……無謀な事をしたものだ。訓練されたガミラス軍人と言えど、一人で15万光年近くを渡り切る事は、容易な事ではない」
 デスラーは相手の決断力と、それを受け入れ、使命のために旅立った妹に敬意を表した。しかし、もちろん彼は和平の話など聞いていない。
「妹君が太陽系でそうした活動をしている、という報告は入っていないがね」
 そう伝えると、相手の顔が曇った。
『ええ……私も、その事を憂慮しています。地球人が和平を受け入れなかった、と思いたくはないのですが……』
 デスラーは頭を振った。
「有り得ないとは言えんよ。そこに我々に勝てる兵器を作り出せる技術があるのなら、和平の訴えに耳を傾けずに、作ってみようと思うかもしれぬ」
 画面の向こうで、息をのむ気配がした。
『まさか……』
 おそらく、信じたくないのだろう。妹の和平の訴えが黙殺され、彼女が地球へ乗ってきた船は徹底的に研究され、その技術が兵器に転用される。そして、ガミラスとの戦いが続けられる。自分が良かれと思ってやったことが、地球とガミラスの流血を拡大させる方向に働いたかもしれない、などとは。
「まぁ、真相はわからないがね。ともかく、あなたが意図的に地球人に技術を渡したのでなければ、それで良しとしよう」
 デスラーは言った。実際のところ、彼は妹は地球へは辿り着かなかったのではないか、と考えていた。溺れかけた地球が、目の前に投げ出されたものに飛びつかない筈がない。たとえ、か細い一本の藁であっても。
 別れの挨拶をして通信を切ろうとすると、その前に相手が彼を呼び止めた。
「何かな? 私は多忙なのだが」
 デスラーが言うと、相手はまるで懇願するような口調で言った。
『デスラー総統……戦いを止めるわけには行かないのですか?』
 デスラーは目を閉じ、首を横に振った。
「それはできん……私にはガミラス七十億の民の未来に対する責任がある。戦いを止めると言う事は、民族としての自殺でしかない」
 年老い、緩慢な死へと向かいつつある惑星ガミラス。新しく生命に溢れた世界へと移住しない限り、ガミラス人は故郷と共に滅ぶしかない。
「運命を受け入れたあなたには、わからない事だ」
 デスラーが最後にそう言うと、相手は悲しげな顔をして通信を切った。デスラーは居室の窓から宇宙を見上げ、そこに浮かぶ青く輝く星を見つめながら独語した。
「私とて、故郷を捨てるのは本意ではない。だが、座して滅びを待つのはもっと本意ではないのだ」


 
冥王星基地 第一ドック

 死闘を極めた第二次冥王星海戦から、3日が過ぎていた。<ヤマト>は冥王星基地のドックで修理をほぼ完了しようとしていた。
 驚いた事に、ガミラスは基地を破壊せず、放棄して撤退していったのだ。さすがにコンピュータのデータなどは破壊していったが、その機能はほとんど損なわれること無く、<ヤマト>の手に渡る事となった。
「歓迎すべきなんだろうが…奴等の不退転の意思を感じるようでもあるな。必ず奪い返しに来る、と」
 真田などはそう言ったが、それでも接収した兵器や工作機械を解析し、使えるようにするための作業は怠らなかった。
 そして、さらに<ヤマト>乗組員を喜ばせたのは、地下の牢獄に囚われた百名を超える捕虜たちの身柄の確保に成功した事である。彼らの多くは憔悴し、衰弱していたが、それでも戦意は旺盛で、屈辱を晴らすために<ヤマト>乗り組みを希望してきた。沖田はその中から比較的健康かつ優秀で、戦死者の穴埋めが可能な37名を選抜し、<ヤマト>乗り組みを命じた。他の者は地球から救援艦が到着次第、帰郷する事になる。
 古代は、その捕虜たちが休んでいる基地の一室を訪れ、何事かと彼の方を向いた捕虜たちに向けて呼びかけた。
「この中で……古代守中佐を見たものはいないか?」
 その言葉に、捕虜たちは首を横に振った。古代は落胆の溜息をつく。
「そうか……休んでいるところ済まない」
 古代が踵を返そうとすると、右腕を無くした一人の機関科中尉が手を挙げた。
「あ、いや……待ってください、大尉」
「……何か?」
 古代が立ち止まると、彼は無くした右腕の方を、左手で指して言った。
「俺が腕を切り落とされて、重傷者の病室にいた時……隣のベッドの奴ががうわ言で言ってたんです。『艦長……古代艦長……ご無事で……』って」
「なんだって!?」
 古代は驚きに目を見張り、中尉の元に駆け寄った。
「それで、その男は?」
 中尉は首を横に振った。
「……死にました。酷い怪我で、とても助かりそうに無い状態だったんです」
「そうか……」
 古代は頷いて、その男のために祈った。おそらく、彼は<雪風>の乗組員だったのだろう。もし生きていれば、守の消息について語ってくれたかもしれない。
 しかし、その男が脱出して……あるいは救出されてここに来ていたと言うことは、守の生存の可能性も高くなったということだ。古代は中尉に礼を言うと、真田の元に急いだ。
 はたして、真田は大いに喜んだ。
「そうか……<雪風>の生存者がいたのか。そいつの事は残念だったが、これで守の奴が生きているかもしれない、という希望は持てるな」
「ええ」
 古代は頷いて、真田の目を見返した。その時、通信士の相原が、何かの入電を見て、驚きの声を上げた。
「これは……艦長! それにみんなも……とんでもないメッセージが来ましたよ!!」
 第一艦橋にいた全員が、一体何の騒ぎかと相原の方を見る。
「相原君、落ち着け。一体何のメッセージだ?」
 沖田に諭され、相原は深呼吸して自分を落ち着かせながら、それでも震える手で再生のアイコンをクリックする。すると、画像を伴わない、音声のみのデータが再生された。
『親愛なる地球人諸君……』
 データながら、深みのある、人を惹きこむ力を持った声が再生される。思わず、全員が身を乗り出すようにして、その声に耳を傾けた。
『私の名はデスラー。君たちと戦っている、大ガミラス帝国の総統である』
「……なんだと!?」
 沖田が声を上げる。今まで、ガミラスの指導者の名は、誰にも知られていなかった。ようやく、敵の最高指導者が、地球人類の前に、その姿の一端をあらわしたのだ。
『見事な勝利、まずはおめでとうと言わせていただこう。正直感服している。ここ数周期の間、我が軍にこれほど手痛い打撃を与えた敵は、ついぞ存在しなかった』
 誰もが黙って、自分たちを称える敵の声を聞いていた。
『しかし、哀れだ……所詮それは一時の勝利に過ぎない。我が軍は、君たちが打ち破ったのと同じだけの遠征兵力を、何度でも送り込むことができる。それに勝ちつづけることが可能かな……?』
 誰かが歯軋りする音が、妙に大きく聞こえた。
『しかし、君たちが敬意を表すべき敵手である事に変わりは無い。私は、敬意を持って、君たちを完膚なきまでに叩きのめすまで、戦いの矛を収めないだろう。新たな戦いの時まで、壮健なれ』
 敵からの「祝電」は終わった。しばし、誰もがその意味をかみ締めるように黙っていたが、その沈黙を破ったのは、沖田だった。
「デスラーか……その名を覚えておこう。次の戦いの後、はたしてこんな余裕めいた祝電を送る余裕が、貴方にはあるかな?」
 乗組員たちが顔を上げた、沖田の言葉は、すなわち「何度襲ってきても、勝ち抜いてみせる」という意思表示に他ならない。
「よし、やるぞ。今度は、デスラーとやらにこちらが弔電を送りつける番だ!!」
 場を盛り上げようと、古代が叫ぶ。それに合わせて、一同が「おう!」と叫んで、拳を天に突き上げた。沖田は、その様子を満足げに見守っていた。
 
 人類滅亡の日まで、あと346日。

(つづく)


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