SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part2,Section7
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第十七話 「自由の星空」
ガミラス軍戦艦<ヴェアマール>艦橋
報告を受けたシュルツの顔は、真っ青になっていた。これは地球人で言えば怒りで顔が真っ赤になっているときに相当する顔色である。
基地の警備隊は反射衛星砲への破壊工作阻止に失敗した。結果、反射衛星砲は砲身を支えるジャッキを爆破され、倒壊してしまった。床に叩きつけられた砲身は大きく曲がって損傷し、もはや発砲は不可能だ。
その直後、衛星の陰から地球の巨大戦艦が出現した。もはや、艦隊決戦は避けがたい。シュルツは全艦に即時出航を命じた。そして、続けてガンツを呼ぶ。
「ガンツ君」
「はっ」
直立するガンツに、シュルツは遊星爆弾の発射を命じた。
「遊星爆弾…ですか? あれは対艦攻撃向きではないかと思いますが…」
ガンツが戸惑ったように言うと、シュルツは苦笑した。
「そうではない。地球めがけて発射するんだ。そうすれば、あの戦艦も母星の危機を放ってはおけまい。かならず、撃墜に行く。その間に、我々は決戦に有利なポジションを占める」
「は、はっ! 承知しました!」
ガンツは頷いて走り出した。今や、彼の中にシュルツを侮る気持ちは、残っていなかった。
BB-EX01<ヤマト>
「冥王星基地より、飛行物体が打ち上げられました。急速上昇中」
特別攻撃隊の成功報告を受け、冥王星に向けて降下中の<ヤマト>艦橋で雪が報告した。
「敵艦隊か?」
尋ねる沖田に、反応をコンピュータと照合して雪が答える。
「いえ、これは遊星爆弾です!」
沖田は唸った。彼には瞬時に敵将シュルツの考えが読めたのだ。あれは間違いなく囮だ。
目の前の艦隊決戦に勝利しようと思うなら、ここで遊星爆弾を無視するのが正解だ。しかし、そうすればあのうちの何発かは地球に降り注ぎ、また幾多の人命が失われるだろう。
「艦長、いかがしますか!?」
島が決断を促すように叫ぶ。遊星爆弾の追撃、敵艦隊の迎撃、どちらを選ぶにせよ、彼の操艦の腕に掛かっているのだから。沖田は瞑目し、一瞬の逡巡のうちに答えた。
「遊星爆弾の撃墜を優先する! 長距離ミサイル、発射用意!」
「了解!」
島が操縦桿を倒し、飛び去る遊星爆弾に艦首を向ける。その間に、南部が素早く火器管制コンソールを操作した。本来ならミサイル類の操作は古代のほうが得意なのだが、南部とて優秀な戦闘技術者だ。艦首の8基の長距離対艦ミサイル発射管が開き、8発の大型ミサイルが遊星爆弾に狙いを定めた。
「目標、敵遊星爆弾。的数8。撃ち方始め!」
「撃ぇっ!」
沖田の号令に応え、南部が1〜8番までの発射スイッチを続けざまに倒す。まばゆい閃光と白煙を残し、8発の大型ミサイルが、獲物を狙う猛禽のように飛翔した。それは<ヤマト>と南部のバックアップを受け、複雑な軌道を描いて遊星爆弾に殺到した。
「冥王星基地よりさらに飛行物体が上昇中…敵艦隊です! 戦力…戦艦1、空母2、巡洋艦3、駆逐艦10」
雪がレーダー手の義務として報告するが、沖田はそれへの対処を行わない。その時、数十万キロの距離を隔てても思わず目を閉じるほどの白光がスクリーンを満たした。長距離ミサイルが遊星爆弾に命中し、全てを撃破したのだ。合計で8ギガトンに及ぶ巨大な爆発が冥王星系を揺るがした。それを見届け、沖田は命令した。
「針路反転、180度! 敵艦隊と決戦する!!」
おお、と艦橋が湧いた。長年地球を苦しめてきたガミラス軍の本隊と、遂に雌雄を決する時が来た。どよめきは艦橋から艦体各部へと広がっていき、士気が爆発的に高揚する。
「艦長よりタイガー・リーダー、待たせたな。直ちに出撃だ」
沖田が自らマイクを取って搭乗員待機所に繋ぐと、加藤が興奮を隠し切れない声で応えた。
『了解です! <ヤマト>には敵機を一歩も近づけさせません』
「頼むぞ」
沖田は頷いてマイクを戻す。敵空母が2隻と言うことで、今回はVF442には制空任務に徹してもらうつもりだ。沖田は敵艦体の陣形に目をやり、そしてほぉ、と感嘆の声を上げた。
ガミラス艦隊は戦艦と巡洋艦からなる打撃部隊を真中に、駆逐艦10隻を独立した水雷戦隊として運用していた。後方とは言え、空母には護衛をつけていない。思い切った処置だ。沖田は敵将シュルツの並々ならぬ意気込みを感じ取った。
(大した男だ。自軍の優勢に慢心していない。もし立場が違えば、一度酒を酌み交わしてみたいものだな)
だが、今は敵だ。そして、どちらが勝つにせよ、酒を飲む機会などありはしないだろう。沖田は一瞬の感傷を振り切ると、作戦を組み立てた。
「島、両舷全速。針路反転70度」
「艦長、それでは敵水雷戦隊にまともに横腹をさらす事になります!」
南部が危惧の声をあげるが、沖田はそれで良い、と頷いた。
「この艦の速度は、敵戦艦より速い。そこが付け目だ。まず先に敵水雷戦隊を主力と分断し、一気に叩く! 南部、お前の腕を頼りにしているぞ」
沖田の狙いを飲み込んだ南部は、一瞬で顔の不安そうな影を振り払い、笑顔で応えた。
「了解しました! 南部家伝来の砲術の誉れを見せてやります」
南部の答えと同時に、<ヤマト>の巨体がぐぐっと大きく傾き、同時に後部ノズルから噴出するプラズマ流が太さと輝きを増した。
ガミラス軍戦艦<ヴェアマール>艦橋
<ヤマト>の思わぬ機動性は、シュルツたちを驚愕させるに十分だった。
「速い! あれが戦艦の動きか!?」
巡洋艦並みの速力で<ヤマト>が水雷戦隊に向かって突進する。主力とで挟み撃ちにして、四方八方から集中攻撃を加えようとしたシュルツの策は破れ、水雷戦隊に各個撃破の危機が迫っていた。
「空母部隊、航空隊を即時出撃させろ」
シュルツは咄嗟に次善の作戦を編み出し、命じていた。地球戦艦の艦載機が手強い事は、ワープテスト前に行われた、ガンツによる威力偵察でわかっている。それでも、今敵に追いついて攻撃を仕掛けられるのは、航空攻撃しかなかった。
「司令、全力攻撃を行うことを進言します。生半可な攻撃では、奴の防空体制を破ることはできません」
その手強さを目撃しているガンツの進言に、シュルツは直ちに頷いた。
「よし、各航空隊には予備機も出せと言え。飽和攻撃だ」
「了解!」
旗艦からの命令を受け、2隻の空母はその十文字の腕部分に置かれた格納庫から、次々と<ブーメラン>…大型爆撃機と、<半メッサー>…戦闘機を放り出す。本来なら編隊ごとに集合させて一斉攻撃を加えるところだが、今は時間が惜しい。航空隊長は直ちに<ヤマト>攻撃に向かうよう命じた。100機を超える航空機が<ヤマト>に向かう様は、レーダー上ではまるで空母と<ヤマト>が光の川で繋がろうとしているように見えた。
BB-EX01<ヤマト>
「後方より敵機接近! その数…100〜120機!!」
雪の切迫した声が響く。間髪入れず、後部の航空管制室に詰めている奥山少尉が指示を出した。
『ロイヤルボックスよりタイガー・リーダー、邀撃行動にかかってください。 敵機のデータは転送します』
『こちらタイガー・リーダー、了解! タイガー2および3小隊は爆撃機を叩け。俺とタイガー4は制空戦闘に入る。タイガー5は直衛につけ』
『了解!』
5個小隊に分かれて<ヤマト>にくっついていたVF442が翼をひらめかせて迫り来る敵機の群れに突っ込んでいく。たちまち、激しい空中戦が展開された。ミサイルを喰らい、<ブーメラン>の巨体が真っ二つにへし折れる。<半メッサー>がパルスレーザーの掃射を受けて砕け散る。かと思えば、<ブラックタイガー>の中にも被弾して、火を噴いてのた打ち回る機体が出る。
それでも、ガミラス側が五月雨式に来襲して攻撃の集中性を欠いているため、全般的にVF442が押してはいた。が、数は力だ。迎撃側の猛攻をかいくぐり、数機の<ブーメラン>が第一次迎撃ラインを突破した。
『通すな!』
タイガー5、滋野中尉の命令を受け、直衛機が飛び掛るようにして<ブーメラン>を襲った。前線での仲間たちの奮闘を横目で見なければならなかった鬱憤を晴らすように、敵機を次々に撃墜する。しかし、撃墜される直前、何機かの<ブーメラン>は、腹の下に抱えていた対艦ミサイルを発射していた。
「ミサイル接近、その数36!」
雪の報告に、沖田が艦長席から身を乗り出すようにして叫んだ。
「前部対空ミサイルVLS、全自動射撃モード! 対空パルスレーザー銃座群、即時射撃用意!!」
命令を受けて、コンピュータが自動的に迫り来るミサイルに、脅威の高さ順に番号を割り振っていく。次いで、VLSの中で「暖まっている」ミサイルに目標を割り当て、発射命令を出す。それらの一連の作業が、人間の感覚では刹那の時間の間に行われ、前部甲板に埋め込まれたVLSの128あるハッチのうち、18セル分が開いた。クォッドパックによって1セル辺り4発収められた対空ミサイルのロケット・モーターが次々に点火され、まるで火山の噴火のような勢いで発射されていく。
敵のミサイルに1発に対して2発ずつ発射された<ヤマト>の対空ミサイルが次々に目標を捕らえ、微塵に爆砕する。その無数の火球の競演を背景に、迎撃を免れた7発のミサイルが迫ってきた。
「パルスレーザー銃座、撃ち方はじめ!」
南部の命令を受け、銃座群が青色の光条を間断無く吐き出し始めた。戦車の装甲すら穿つ威力を持つレーザーの前に、ミサイルが1発また1発と爆発して砕け散る。しかし、ついに迎撃を掻い潜った1発が、<ヤマト>の艦腹に突き刺さった。
船体が激震し、悲鳴と物の壊れる音がオーバーラップして響き渡った。肘掛けを握り締めて席から投げ出されることを防いだ沖田が、真田に顔を向ける。
「ダメージ・リポート!」
「右舷中央部、第七船倉付近に直撃弾、火災発生中! 救護班と応急班は直ちに急行せよ!!」
真田の命を受けた応急班が消火活動にあたる横で、救護班が負傷者を救出する。その間にも防空戦闘は続けられたが、敵艦載機は徐々に<ヤマト>より遠くに追いやられ、ミサイルの命中は1発に留まった。
「敵水雷戦隊、射程距離に入ります」
航空隊を振り切ったところで、<ヤマト>はガミラスの駆逐艦部隊を主砲の射程に捕らえた。距離はほぼ4万6000キロ。まだ必中を狙える距離ではないが、少しでも敵を減らすと共に、先制攻撃によって心理的に圧力を加えたいところだ。その南部の考えを汲み取ったように、沖田が命じる。
「よろしい。主砲、撃ち方始め」
南部は内心小躍りした。「撃ち方始め」とは、すぐさま撃てと言う意味ではない。その命令の後、砲術長である彼の独自の判断で撃って良い、と言う意味だ。つまり、沖田は砲戦に関する全権を南部に委ねたことになる。砲術家としてこれほど晴れがましいことはない。
「了解! 主砲砲戦用意、目標敵水雷戦隊一番艦。各砲術科員、初弾必中を期するぞ!」
『イエス・サー!』
各主砲塔の要員たちが高らかに叫んだ。南部の算出した射撃諸元がその動きに連動し、9門の主砲砲身がぴたりと敵一番艦を追尾、指向する。
「一番砲塔、射撃用意良し!」
「二番砲塔、射撃用意良し!」
「三番砲塔、射撃用意良し!」
全ての砲塔の状況表示盤に、発射可能を示す青ランプが点る。それを確認して南部は叫んだ。
「主砲、全門斉射!」
同時に、発射ボタンを拳で殴りつけるように叩く。次の瞬間、9つの砲門全てから青白色のフェーザー力線が迸った。それは4万6000キロの距離を一瞬で飛び渡り、4発がガミラス駆逐艦の船体を捉えた。
「!」
その一撃で、駆逐艦は大爆発を起こして砕け散った。残る9隻に動揺が走るのを、沖田の歴戦の軍人としての目は見逃さなかった。
「続けて撃て! 連中に立ち直る暇を与えるな!」
「了解!」
<ヤマト>が斉射を繰り返す。ガミラス駆逐艦隊は一方的な砲撃に晒され、次々にねじくれた残骸と化して、宇宙空間を漂う運命を辿って行った。
ガミラス軍戦艦<ヴェアマール>艦橋
駆逐艦隊がまともな反撃もできず、次々に撃破されていく。数ヶ月前の地球艦隊が味わった悲哀が、攻守ところを変えてガミラス軍に襲い掛かっていた。余りのことにガンツの顔色は白くなっていた。
「そんな馬鹿な…信じられん」
少し前まで、地球人の操る艦は、遥かな星海を渡る術を身に付けたガミラス人から見れば、哀れを催すほどに貧弱なものでしかなかった。彼らが戦艦に分類している大型艦でさえ、ガミラスの駆逐艦に劣る火力しか持っていなかった。
もちろんワープ能力などなく、通常空間を這いずり回ることしかできなかったし、こちらの攻撃が一発でも当たれば、瞬時に戦闘・航行能力を失った。数だけは多かったが、ガミラス艦隊から見れば、演習の標的艦よりも少し骨のある雑魚でしかなかったはずだ。
それなのに…この艦は何だ。
ガミラス艦を一発の命中弾で残骸に変え、こちらの攻撃は通用しない。ワープで宇宙を自在に翔けまわり、巨大な浮遊大陸をも消し去る。これが、本当に原始人の…地球人の作り上げた艦なのか。あれは、伝説に出てくる怪物ではないのか。俺は…悪い夢でも見ているのではないか。
思考の迷路に引きずり込まれかけたガンツを救い上げたのは、シュルツの言葉だった。
「しっかりしたまえ、ガンツ君」
「…はっ?」
シュルツの落ち着き払った言葉がガンツの身体に浸透するまで、少し時間が掛かった。が、確かにそれは本来の…緻密な思考力と勇猛な闘争心を併せ持つ、ガミラス軍参謀ガンツの精神を覚醒させていた。
「どうやら、我々は地球人の底力をまだまだ侮っていたようだな」
「…はい」
シュルツの言葉に、ガンツは悔しさをにじませて答えた。参謀として、敵の力量を見誤っていた。それを認めるほど屈辱的なことはない。
「おそらく、この<ヴェアマール>だけでなく、周囲の巡洋艦を全てぶつけても、奴には勝てまい。それほどの相手だよ、あの艦は」
淡々と言うシュルツの目の前で、最後の駆逐艦が撃破された。残骸と化した10隻の駆逐艦を押しのけるように、敵戦艦の巨体がこちらへ向かってくる。どうやら何発か魚雷を被弾したらしく、煙を噴いてはいる。だが、それは手負いの獣が猛り狂ってたてがみを振り乱しているようにも見えた。
「だが、私は負けるわけにはいかん。いかなる手段を用いても、奴を止めてくれる」
シュルツは決意を秘めた声で言うと、ガンツのほうを振り返った。
「ガンツ君、君に頼みがある」
「は、何でしょうか?」
この期に及んで何を頼むのか、と怪訝そうな表情をしたガンツに、シュルツは思いもよらない事を言い出した。
「この艦を降りてくれ」
その言葉の意味を、ガンツは一瞬理解できなかった。そして、理解すると同時に、怒りで顔を青ざめさせる。
「司令長官、何故です。最後の戦いに望んで連れて行けないと言うほど、私は未熟ですか」
「そうではない」
ガンツの怒りの言葉に、シュルツは首を横に振った。
「これから私は最後の戦いを挑む。勝てれば良し。だが、敗れたときは…」
シュルツはそこで一瞬言葉を切り、そして、ガンツへの最後の命令を口にした。
「君は万難を排して本国へ帰り、総統閣下や軍上層部に伝えて欲しい。我々が戦っているのは恐るべき雄敵であると。そして、大軍を率いて奴に挑み、私の恨みを晴らせ」
「し、しかし…!」
ガンツがなおも抗弁しようとした瞬間、閃光が走った。ガンツの顔が苦痛に歪み、ばったりと床に倒れる。向かい合うシュルツの手には、拳銃が握られていた。
「麻酔弾だ。すぐに目を覚ます…その頃には、全てに決着がついているだろうが、な」
シュルツは拳銃をホルスターに収め、衛兵に命じて、艦載内火艇に眠っているガンツを運び込ませた。彼の乗る内火艇が<ヴェアマール>を離れ、後方に控える空母<シングェル>に向かうのを見届け、シュルツは命じた。
「さあ、ガミラス太陽系侵攻軍の将兵たちよ! これより我らは最後の攻撃を敢行する。我が死ぬか、敵が死ぬか、二つに一つだ。ただ一つ、言えることは…我らの前に勇者なく、我らの後に勇者なし、だ!」
その言葉を聞いた瞬間、怒涛のような歓声が巻き起こった。
『ガミラス、万歳! 我が祖国に栄光あれ!!』
その歓呼の声を聞きながら、シュルツは配下の全ての将兵に詫びた。それも一瞬のことで、すぐに決意を込めた将としての表情を取り戻す。倒れるその最後の瞬間まで、誇りあるガミラス軍人である、そのために。彼は腕を振り上げ、生涯最後となるであろう命令を下した。
「全軍、突撃!」
BB-EX01<ヤマト>
残された敵艦の動きに変化が生じたことは、<ヤマト>でも察知されていた。
「敵艦隊、軌道変更! これは…本艦との衝突コースです!」
雪が緊迫した声で報告する。
「島、回避しろ」
「はいっ!」
島が操縦桿を倒し、<ヤマト>を敵との衝突コースから外す。にも関わらず…
「敵艦隊、さらに軌道変更! こちらとの衝突コースを維持しています!」
「ちくしょう、なんて連中だ! 体当たり攻撃か!?」
雪の報告に、南部が良家の出身者らしからぬ罵声を発する。それを見ながら、沖田は考えていた。
(そうか、貴方は信じているのだな。後に続く者がいることを)
シュルツがガンツを脱出させたことなど知る由もない沖田だが、同じ一軍の将として、敵の気持ちは理解できた。敵は、自分が倒れても、その意思を継ぐ者がいることを知っている。だからこそ、ここで最大の障害たる<ヤマト>打倒に、己の命を躊躇なく擲てる覚悟がある。
だが、と沖田はさらに思う。我々には…地球には後がない。<ヤマト>完成のために、他のEX級戦艦の就役は、著しく遅延しているのだから。ここで、<ヤマト>は倒れるわけには行かない。
「島、自由回避運動。南部、撃ち続けろ。彼らの覚悟は素晴らしいが、我々が付き合うことはできん」
『了解!』
二人が叫び、必死の操作を続ける。島はパターン化しないようにランダム要素を交えて艦を旋回させ、南部は必死に射撃諸元を入力した。<ヤマト>の砲は間断無く吼え、ミサイルも続けざまにガミラス艦隊を襲う。
だが、ガミラス艦隊も屈しない。巨砲を浴びても、修復にまわすべきエネルギーすら火力に回して砲撃を続行する。巡洋艦隊も、小口径ならではの発射速度を生かし、砲とミサイルの豪雨を<ヤマト>に叩きつけてきた。
「右舷パルスレーザー群第四銃座、全損!」
「艦首ミサイル発射管、三番と五番が損傷! 発射不能!」
「左舷第九ブロック被弾、火災発生!!」
連続して飛び込む報告に、真田が声を嗄らして対処を指示する。今や<ヤマト>は満身創痍の有様だった。
だが、ガミラス艦隊の被害も大きい。既に空母と巡洋艦2隻は沈んだ。残る1隻と<ヴェアマール>も手酷く損傷している。しかし、その戦意は衰えていなかった。
ガミラス軍戦艦<ヴェアマール>艦橋
煤煙たなびく艦橋で、シュルツは笑っていた。
「…勝った!」
彼は勝利を確信していた。捨て身の攻撃により、敵戦艦は大きな打撃を受けている。もはや、こちらの突撃を阻止することはできまい。いくら頑丈な戦艦でも、この<ヴェアマール>の体当たりを食らえば轟沈は確実だ。
(まぁ、こちらも沈むだろうが)
そう思ったとき、最後まで付き添ってきた巡洋艦<イルズメル>が大爆発を起こした。その爆炎を突っ切った向こうに、<ヤマト>の姿が見えた。シュルツは<ヴェアマール>艦長を見た。額を切り、顔の半面を血に染めている艦長だが、志気は衰えていないようだった。彼はニヤリと笑い、口を開いた。
「衝角攻撃用意為せ。全速前進…」
艦長がそこまで言った時、唐突に視界がぶれた。
「!?」
シュルツは見た。そこで、衝突コースに入っていたはずの<ヤマト>の艦体が、<ヴェアマール>の下に潜り込んで行くように進むのを。だが、すぐにそれが間違いであることに、シュルツは気づいた。
(いや、違う。こっちが上昇したのだ)
そして、シュルツはその理由も知った。<ヤマト>の艦載機が<ヴェアマール>の横をすり抜けていく。同時に遠くで響き渡る、「後部ノズル損傷!」の叫び声。こちらの艦載機を残らず撃墜した<ヤマト>の艦載機が、<ヴェアマール>を攻撃し、その軌道を歪めたのだ。
「負けたか」
シュルツは妙に爽やかな気持ちだった。艦の能力、乗員の錬度、そして、それを使いこなす将の能力。全てにおいて、シュルツは地球人に破れたのだ。
(だが、悔いは無い)
軍人としての最期の戦いに、これほどの強敵と渡り合えた事を、シュルツは軍神に感謝した。そして、今は戦場から遠ざかっているであろうガンツに呼びかけた。
「ガンツ君、後は任せたぞ」
その、遺言ともいえる一言を放ち終えた瞬間、敵戦艦の砲門が輝いた。それが、シュルツの最期の記憶だった。
BB-EX01<ヤマト>
至近距離まで飛び込んできた敵旗艦に、第一、第二砲塔からの斉射が叩き込まれ、敵戦艦は木っ端微塵に砕け散った。衝撃波が<ヤマト>を揺るがし、遮光スクリーンでさえ遮れ切れないほどの閃光が第一艦橋にも飛び込む。
「…被害報告!」
爆発に巻き込まれた心配は無いとは思いながらも、沖田は命じた。やがて、それを裏付ける報告が帰ってきた。
「戦闘による損傷…甚大です! しかし、航行に支障なし!!」
『こちら医務室…戦闘による死傷者の収容完了。死者11名、重傷者32名』
『こちらタイガー・リーダー。敵機の撃墜、118機。味方の損害…被撃墜6機。しかし、パイロットは全員無事脱出しております』
それらの報告と同時に、艦外を覆う光が薄れ始めた。その光はやがて、虹にも似た光を放つガスの塊となって、宇宙に散乱していった。その虹の輪の中を<ヤマト>が潜りぬけた時、沖田はマイクを取り上げた。
「諸君、艦長の沖田だ。私はここに、第二次冥王星海戦における我が軍の勝利を宣言する!」
次の瞬間、宇宙の真空すら揺るがしかねない大歓声が轟いた。が、沖田は鋭い声で命じた。
「浮かれるな! 我々はまだ、外宇宙への入り口を手にしたに過ぎん!!」
歓声がやむ。沖田は静けさの中立ち上がり、無数の破片が散らばる宇宙空間に顔を向けた。
「この戦いで散った、地球防衛軍ならびにガミラスの勇敢な将兵のために…総員、敬礼」
そう言って、沖田は敬礼した。他の乗組員たちもそれに習う。粛然とした空気の中、しかし誰もがこの勝利の意味を噛み締めていた。
もはや、地球に遊星爆弾が降ることは無い。人類が安心して星空を見上げることのできる日が、少しだけ近づいたのだ、と言うことを。
人類滅亡の日まで、あと349日。
(つづく)
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