SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part2,Section6


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第十六話 「朽ちた巨人」


冥王星ヘリウム湖底

 マイナス269度。全ての物体が凍りつく絶対零度(マイナス273度)まであとすこし、と言う温度の液体ヘリウムには、奇妙な性質がある。粘性がなくなり、表面張力によって重力に反した方向へ流れて行ったり、他の液体では絶対に通過できないような狭い隙間を通過したりするのだ。これを超流動という。
 このため、液体ヘリウムは通常の環境下ではまず存在できないのだが、この冥王星の湖は特別だった。数十億年前に起きた隕石衝突で、クレーターの一部が永遠に陽のささない深さになり、液体ヘリウムが存在しうる温度になった。しかもその底面は一度溶解した岩盤が冷えて摩擦のほとんどない平滑なガラス状になっていた。そこへ冥王星深部からヘリウムが滲み出て溜まったのである。
 この湖が発見された時は、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。学術的に貴重なのはもちろん、良質の核融合燃料であるヘリウムが、採取しやすい状態でそれこそ無尽蔵に発見されたからである。しかし、その開発は困難を極めた。超流動現象のため、液体ヘリウムの中では普通はありえない事故が起こる。密閉してあるはずの作業ポッドや宇宙服内部に液体ヘリウムが進入し、中の人間を低温で即死させるような事例が、冥王星開発の初期には何件も起き、多くの犠牲者を出している。
 今原田たちが装備している連邦宇宙軍の制式パワードスーツ…ロイヤル・オードナンスのAMS-97<パラディン>はこうした極低温環境下での運用を前提として開発された最新鋭のパワードスーツで、超流動流体の進入を防止できる作りになっている。こうしたものまで用意して危険な液体ヘリウム湖を侵攻の足がかりにしたのは、ガミラスの警戒も薄い事が予測されたからだ。
 実際、湖底には何のセンサーも設置されていなかった。しばらく歩くと、湖岸に不自然な四角い穴が開いていた。ガミラス基地のヘリウム採取口であろう。原田はニヤリと笑った。
「ギャンビットリーダーよりパズルボックスへ、ポイント01を発見。道案内を頼む」
『パズルボックスよリギャンビットリーダー、3分待っテくださイ』
 原田の要請にアナライザーが答え、しばらく立つとスキャンデータが送られてきた。採取口からはパイプが1キロ近く伸び、その途中に点検用のハッチがある。それを見て原田はハンドサインで部下たちに指示を出した。まず、伊東特務曹長とバディを組む山崎准尉がゆっくりと採取口に入って行く。
 伊東と山崎はハッチに接近すると、聴音マイクを出して外の様子を探った。待っていると、15分後に巡回の兵士と思われる足音が聞こえ、去っていった。さらに待機すると、1時間後に再び巡回がやってくる事がわかった。
「ギャンビット04よりリーダー、巡回の行動パターンを確認。あと55分はクリアです」
「了解。現地を確保せよ」
 原田は自分も含む残り3人を前進させ、例のハッチを開けると、基地内部に侵入した。巡回が来るまで、まだ30分はある。
「よし…全員熱光学迷彩起動」
 原田が命じると、パワードスーツの表面に隙間なく貼られた可変迷彩フィルムが起動され、その巨体がまるで空気に溶け込むように消え去る。さらに、装甲下のフィラメントが発熱して、スーツの表面温度を周囲の室温と同じに保った。
 この熱光学迷彩システムは、目立つパワードスーツに可視領域と赤外線探知に対する高度なステルス能力を持たせる。さすがに液体ヘリウムのような極限環境下では動作できないが、基地に入ってしまえば、このシステムの独壇場だった。
 念のため、物陰に移動する突入班。原田はLSTとの通信回線を開いた。
「こちらギャンビットリーダー。基地内部に侵入した」
『パズルボックスヨりギャンビットリーダー、現在高熱源反応を探知中。少し待っテくダさい』
 アナライザーの声が響き、5分ほどで基地の構造を概略的に描いた地図が送られてきた。スキャンできなかった部分は、コンピュータが推測している。反射衛星砲は今いる場所からだと、4階層ほど登って、水平方向に200メートルほど移動する必要がある。原田はそれを全員に転送し、山崎にポイントマン(前衛斥候)を命じた。
 通路に出た山崎は、熱光学迷彩機能を信じて堂々と前進した。途中、銃を下げたガミラス兵が近づいてくるのが見えた。さすがに緊張が走るが、その兵士は気付いた様子もなく、山崎の横をすり抜けて去って行く。
 スキャンデータにあった階段の位置に着いた山崎は、マイクを2回鳴らした。「問題なし」の合図だ。念のために銃を構えて四方を警戒していると、すぐに原田たちが追いついてきた。
「階段か…罠を仕掛けるには絶好の場所だな」
 原田が呟いた。今のところ、敵に見つかった気配はない。ないが、過信は出来ない。身動きのとりづらい階段で包囲されたり、トラップに引っかかったら、全滅の恐れがある。
「隊長、これはどうです?」
 爆破要員のもう一人、谷軍曹がポインタを地図のスキャンマップに重ねた。今いる階段のすぐ横に、大きなパイプが通っている。
「通気パイプの本流か」
 原田は目の付け所に唸った。ここ冥王星基地には、広大な基地全体を暖房するために、非常に強力な空調装置が付けられているようだ。パイプの直径は本流で5メートル、支流でも主なところは2メートルあり、パワードスーツでも十分通行可能だ。
「よし、ここを使おう。井上、谷、作業を頼む」
「了解」
 井上と谷の二人がパワードスーツの腕部分を開け、中からレーザーカッターを引き出す。工作用としても戦闘用としても使えるものだ。二人は階段の壁の一番薄い部分にレーザーを当てた。壁がたちまちチーズのように切れていく。僅か3分ほどで、階段とパイプの間の壁が取り払われた。
「では、先行します」
 山崎が手のひらとつま先に特殊なポリマーを塗って、パイプの内壁に取り付いた。通電すると強力な粘着力を発揮する素材で出来た登攀ゲルだ。それを使って垂直の壁を軽々と登っていく。他の4人はパイプ内に入ると、今入って来た穴を今度は溶接モードで塞ぎにかかった。この間10分とかかっていない。やがて、罠のない事を確かめた山崎が合図を送ってくると、4人は一斉に壁の内側を音もなく登っていった。


冥王星基地司令部

<ヤマト>を見失ってから3時間、司令部ではシュルツが苛立ちを隠しきれない表情で、椅子の肘掛を指で叩いていた。
「ガンツ君、敵戦艦はまだ見つからないか?」
「はい、衛星に潜んでいるのは確実ですが、我々もあの衛星を完全に探査しておりません。捜索は困難かと」
 シュルツの質問に答えるガンツ。冥王星系を支配するガミラス軍ではあるが、冥王星上はともかく、衛星カロンの地理調査まではまだ手が回っていなかった。地球側が冥王星から撤退する時、カロンのデータを破棄していったため、本来は再調査を要するところなのだが、時間と予算の不足からそれは行われていない。
「修理中なのか…だとしても、反射衛星砲がある限り、この基地には近づけないはずだ」
 シュルツには、あの戦艦が黙ってカロンに潜んだままだとは、どうしても思えなかった。間違いなく、何かの反撃作戦を練っているはずだ。
「ガンツ君、君なら、この基地をどう攻める?」
 シュルツは参謀長に聞いてみた。考えを整理するためだ。
「私がですか? そうですな…」
 ガンツはしばらく考え込み、思いついた可能性を指折り挙げていった。
「私なら…まずはダミーを使った陽動。軌道上にダミーをばら撒けば、我が方を混乱させられるでしょう。その隙に突入します」
「ふむ」
 シュルツは頷いた。それは彼も思いついた作戦の一つだった。
「撤退も考えますね。しかし、それは出来ないとすれば…少数兵力による侵入破壊工作」
 それを聞いた瞬間、ガンツの目がくわっと見開かれた。シュルツも立ち上がる。
「司令官、まさか!」
「君の思っているとおりだ、ガンツ君。我々は、あの戦艦に気を取られすぎていたかもしれんぞ」
 シュルツは頷くと、居並ぶオペレーターたちに指示を出した。
「敵破壊工作の可能性がある。基地内全域に非常警報を出せ!!」


通気口内

 非常警報が鳴り響き、基地内が慌しくなったその時、原田たちは通風パイプを伝い、砲台まであと50メートルの位置にまで到達していた。
「気付かれましたかね、隊長」
 山崎准尉が言った。しかし、原田は首を横に振った。
「侵入された可能性に気付いた、ってところだろうな。この周囲にガミラス連中が集まってこない」
 気付かれていれば、もう包囲されているはずだ。それがないのだから、まだ見つかってはいないのだろう。
「しかし、このままだと、見つかるのは時間の問題だろうな。勝負のしどころだ…」
 原田はスキャンマップを表示させた。今彼らのいるところは、砲台のある階層の床下だ。距離は50メートル。ただし、間に2枚の耐爆ドアがある。そして、この通風パイプは砲台のある部屋までは届いていない。
 そして、マップには10名を越えるガミラス兵が、砲台防衛のために集結しつつある事が表示されていた。この人数はさすがに簡単には片付けられない。
「さて、どうする?」
 原田が言うと、谷が手を上げた。
「何か良いアイデアでも浮かんだか? 谷」
 ベテラン陸戦隊員の知恵に期待する原田に、谷が持ち込んできた爆弾の梱包の一つを取り出した。
「こいつを登ってきたパイプに落とすんです。最下層で爆発が起これば、連中はそっちに気を取られるでしょう。その隙に爆破を決行するんです」
「なるほど、考えたな。しかし、ここで梱包を一個使ってしまって大丈夫なのか?」
 伊東特務曹長が質問した。それには井上が答える。
「大丈夫なことは大丈夫だ。この梱包、一つは予備なんでな…ただ、砲台が予想以上に頑丈だったりすると、ちとまずいかもしれんが」
「まぁ、弱点を狙って仕掛ければ、何時間か使用不可能にする事もできるでしょう。そうすれば、十分<ヤマト>が攻撃を仕掛けるだけの時間稼ぎにはなるはずです」
 井上の懸念を、谷が打ち消してみせる。原田は双方の考えを聞いた上で、谷の策を採る事に決めた。
「よし、谷の手で行こう。さっそくやってくれ。敵が手薄になったら、俺たちの出番だ」
 原田は山崎と伊東に向かって言い、二人は頷いた。谷が梱包を解いて爆薬の束を取り出し、時限信管を取り付けると、今登ってきた垂直のパイプに向かって行く。
 パイプの分岐に来たところで、谷は信管の起爆時間を2分にセットし、パイプの底めがけて放り投げた。爆薬自体は可塑性のプラスチック爆薬で、落ちてもショックで爆発するようなことはない。あくまで、信管が作動した時のみ爆発するようになっている。
 その間に、井上は通気口のスリットに嵌められた格子の留め金を慎重に外し、いつでも外に出られるように仕掛けをした。谷が戻ってきて30秒ほどした時、唐突に足元から突き上げるような振動と轟音が伝わってきた。


冥王星基地司令部

 爆発が起きた時、シュルツは立ち上がって司令部のオペレーターに命じた。
「今のは何事だ!」
「最下層で爆発です! 事故か破壊工作かは不明!」
 オペレーターの報告に鳴り始めた火災警報が混じる。シュルツの脳裏に、先程ガンツと共に到達した結論が去来した。
「ガンツ君、直ちに警備隊を現場に急行させ、さらに近傍の区画を閉鎖、基地全域に破壊工作警報を出したまえ」
「了解です!」
 ガンツは敬礼し、各参謀や担当士官に対して具体的な命令を出した。火災警報の甲高い音が、破壊工作警報の重々しいそれに変わる。しかし、その時には既に、状況は取り返しのつかない方向へ転がろうとしていた。


砲台前

 警報が流れ、ガミラス語の基地内放送が流れはじめた。原田たちはそれほど流暢にガミラス語を読み書きできるわけではないが、それは翻訳ソフトがある。外部マイクが聞き取ったガミラス語は直ちに翻訳され、原田たちの耳に伝えられた。
『基地全域に破壊工作警報を発令する…敵の工作員が侵入した可能性あり。警備隊は速やかに地下に…』
 谷の計略は十分な効果を発揮したようだ。廊下をどやどやと人の駆け抜ける音が聞こえてくる。そして、砲台前にいた敵兵も、半分が引き抜かれて、廊下を駆けていった。
「よし、今だ! アタック!!」
 井上がスリットの格子を取り外した。それに応じて、まず原田が廊下に飛び降りる。突然天井から降りてきた巨漢…実はパワードスーツで着膨れしているだけだが…を見て、ガミラス兵は驚愕した。それに立ち直る暇を与えず、原田はライフルを彼らに向けると、ためらうことなく掃射した。パワードスーツの電源と直結した大出力のレーザーライフルは青い光条を発し、一瞬で5人のガミラス兵の生命を奪い去った。
「よし、所定の行動に掛かれ」
 原田の命を受け、後から続いて廊下を警戒していた山崎と伊東が、両手に死体を一体ずつ持つ。最大で300キロまでの物を持ち上げられるパワードスーツの筋力増幅機能を持ってすれば、造作もないことだ。原田も一体を引き受けた。
 砲台への通路に死体を運び込むと、入り口にはガミラス兵の痕跡はなくなった。レーザーで射殺したため、傷口が焼き固められて血が流れなかったからだ。さらに、彼らの持ち物を探ると、カードキーのようなものが見つかった。
「これは、奥の耐爆ドアの鍵ですかね?」
 井上の言葉に原田は頷いた。
「有り得るな。こいつらはもともとここが持ち場のようだし…ダメもとで試してみよう」
 5人は砲台に向けて歩き出した。奥のドアには取っ手にスリットがついており、そこに奪ったカードを通すと、ドアはゆっくりと開いた。
「ビンゴ…」
 5人は顔を見合わせて笑うと中に入り、そして、そこにあったものに思わず圧倒された。
「うお、これは…」
 山崎が思わず唸った。単装砲ながら、巨人の豪腕を思わせる巨大な砲身が天に向かって伸びている。原田は歴史の本で見た、20世紀のドイツ軍が使っていた巨大列車砲、ドーラを連想した。
「思ったよりでかいな。どうだ、壊せそうか?」
 爆破班の二人に聞くと、井上と谷は一分ほど砲台を観察して、弱点と思われるものを見つけ出した。
「砲身を支えてるジャッキですね。あれをふっ飛ばせば、砲身が重みで倒れて発砲不能になるはずです」
 井上の意見に谷も同意した。
「あれなら梱包爆薬一つで片付きますね。念のため、間接部とシャフトに分けて爆薬を仕掛ければ、さらに完璧に破壊できるかと」
「よし、爆破準備に掛かってくれ。俺と山崎、伊東は敵の接近を警戒する」
『了解!』
 斥候役の3人が入り口を警戒し、爆破班の2人が砲台に近づいた。が、谷が無線に混じる微かな羽音のような音を聞きつけた。瞬時の後、それが何なのか悟った谷は、井上に叫んだ。
「少尉、止まって!」
「え?」
 井上が振り返りながらも一歩を踏み出した瞬間、彼の身体は閃光に包まれた。
「うぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
 井上の絶叫に、驚愕した原田が駆け寄る。倒れた井上の身体を引きずって谷が数歩後退し、バイザー越しにその顔を覗き込む…が、黙って首を横に振った。バイザーはひびが入り、頑丈極まりないパワードスーツもあちこち燻って脆くなっている。その中の井上の身体は、焼け縮んでしまっていて、どう見ても生存は絶望的だった。
「罠か…くそ、迂闊だった!」
 毒付く原田。しかし、谷は首を横に振った。
「こりゃ罠じゃありません。おそらく、砲を発射したときのエネルギーの余波を止めるためのエネルギーシールドです。高密度で指向性の強い粒子ビームが、絶えずカーテンのように吹き上がっているんですよ」
 谷が聞いた羽音のような音は、このシールドのために空気がイオン化して無線を妨害したために混じったノイズだったのだ。おそらく、これだけの巨砲だけに、耐爆ドアで砲台を密閉するだけでは、エネルギー衝撃波対策に不安があったのだろう。
「そうか…どっちにしろ、これじゃ砲に近づけないな。どうすれば良いんだ…?」
 原田は唸った。井上の爆薬が作動しなかったのが奇跡としか思えない、強固極まりない防壁だ。ここに警備兵がいない理由も理解できる。
「床に仕掛けられたシールドの発生装置を爆破するしかないでしょうね。ただ、それをやるとすぐに敵が駆けつけてくると思います」
 谷の言葉に、原田は時間を確認した。
「…5分だったら持ちこたえられるな。それで、この砲を吹っ飛ばすだけの余裕はあるか?」
 谷は時間を頭の中で計算し、首を縦に振った。
「ええ、行けます」
 原田にはその答えで十分だった。
「わかった。俺が合図を送ったら、急いでやってくれ。焦ってトチるなよ」
「了解」
 原田は山崎、伊東のところに戻り、状況を説明した。そして、耐爆ドアを閉めると、谷に合図を送る。
「状況開始!」
 原田の説明の間に、床に爆薬を仕掛け終わっていた谷が、スイッチを押す。その途端に床のパネルが吹き飛び、無線に混じる微かなノイズが消えた。代わりに響き渡る非常警報。
 その警報音の中、谷は駆け出し、砲台に取り付くと、ラッタルを上り始めた。原田は耐爆ドアのロックをレーザーライフルで撃ち抜き、鍵を破壊する。
「配置に付け!」
 武器を用意し、3人はドアに銃火を集中できる位置を確保して、敵を待ち受けた。その間に、谷は砲身を支えるジャッキにたどり着き、確実にそれをへし折れる位置を狙って、爆弾の設置に取り掛かった。


冥王星基地司令部

 シュルツは指揮卓を叩いて激怒していた。
「既に敵工作員の砲台侵入を許していただと!? くそ、何たる失態だ!!」
 警備隊長がその怒りの凄まじさに、思わず身を竦ませる。だが、シュルツの怒りの半ばは、陽動の爆発に惑わされた自分に向けられていた。
「ともかく、直ちに敵兵を殲滅し、砲台の安全を確保しろ。手段は選ぶな。これは至上命令だ」
 一呼吸して落ち着きを取り戻したシュルツは警備隊長にそう命じた。敬礼して司令部を飛び出していく彼を見送り、シュルツはガンツのほうを向いた。
「ガンツ君、敵戦艦の出現が予測される。我々は旗艦に移るぞ」
「はっ」
 ガンツは頷いた。反射衛星砲が使用できない今、艦隊を直ちに出撃可能なコンディションに置いておくのは、妥当な判断だ。二人は参謀たちを引き連れ、ドックへの直通リフトに乗り込んだ。


砲台

 谷の作業が始まってから、わずか1分ほどで、耐爆ドアの向こうにはガミラス兵が雲霞のごとく押しかけたようだった。最初はマスターキーで開けようとしたらしいのだが、鍵が破壊されて固着しているのに気付くと、すぐにドアの破壊に切り替えてきた。どうやら向こうは対戦車レーザーキャノンでも持ち出してきたらしく、頑丈なドアが赤熱し、ゆっくりと形が歪んできていた。もう長くは持たないだろう。
 やがて、ドアが白熱状態になったかと思うと、突然向こう側から爆発した。脆くなったところにミサイルを撃ち込んだのだ。高熱のドアの破片が飛び散り、パワードスーツの表面に焦げ目を作るが、原田たちは怯むことなく、ドアの向こうを睨んでいた。
 そして、ドアに空いた穴を抜けて敵兵が出てきた瞬間、原田は叫んだ。
「撃て!」
 原田のレーザーライフル、山崎の自動擲弾銃、伊東の12.7ミリ三銃身ガトリング機銃が一斉に火を噴き、ドアの周囲はたちまち人間の生存が許されない火力の嵐に見舞われた。レーザーで撃たれた敵兵が紙細工のように燃え上がり、12.7ミリ弾を胴体に受けた者はそこで身体を真っ二つに分断された。そうした死体とまだ生きている者を、40ミリ擲弾の爆発がまとめて吹き飛ばす。ガミラス人特有の青黒い血が、ドア周辺を狂気に陥った芸術家の作品のように彩った。
 その光景を見ながら、原田はある科学者の言葉を思い出していた。木星圏決戦に大敗し、戦況が日を追って不利になっていた頃のことだ。ガミラス人の血は青い。地球人は赤い。だから、お互いに相手の血を流しても、それを現実のものと感じられない。だから、二つの種族は躊躇無く殺しあうのだと。
 馬鹿を言うなと原田は思った。引き金を引けば、敵の生命が奪われる。引かねば自分の生命が奪われる。これ以上にリアルで無残なことがあるものか。
「谷! まだ終わらないのか!?」
 強固に装甲化されたパワードスーツを装備しているとは言え、遮蔽物無しにガミラス兵と撃ち合いをするのも限界がある。原田の叫びに、谷が答えた。
「あと少し…よし、完了です!」
 一瞬振り返ると、谷が砲身の陰で手を振るのが見えた。原田は山崎に命じた。
「残り全弾を叩き込め! その隙に脱出だ」
「了解!」
 山崎が自動擲弾銃の弾倉を付け替え、フルオートで弾丸をばら撒いた。さらに、原田と山崎は手榴弾を投げつけた。ガミラス兵の第何波かの突撃が文字通り粉砕される。
「よし、脱出!」
 原田は手を振り回した。山崎と伊東が弾丸の切れたそれぞれの得物を投げ捨てて走る。原田もその後について数歩走りながら、腰のメインコンソールのスイッチを押した。
 次の瞬間、原田のパワードスーツの脚部から、白い炎が噴出した。それに押し上げられるようにして彼の身体は砲台の開口部めがけて見る見る上昇していく。
 惑星上に強襲降下を掛ける際に使用するロケットブースターだ。本来は着陸時の減速と姿勢制御に使うものだが、全力噴射すれば、数分間空を飛ぶ事も可能だ。まして、冥王星のように重力の小さい惑星であれば、その限界時間はさらに延びる。
 その上昇する原田たちを追って、下から激しく銃火が撃ち上げられる。夥しい犠牲にも怯むことなく、ガミラスの警備隊が突入してきたのだ。
「ぐわあっ!」
 銃火の直撃を受け、伊東が苦鳴を上げるとバランスを崩し、壁に激突した。ブースターの燃料に引火し、火達磨になって床に向かって落ちていく。
「伊東ーっ!!」
 原田は絶叫した。その瞬間、彼の身体は開口部を抜け、冥王星の地上に踊り出ていた。
「ちくしょう、くらいやがれ!」
 谷が手にしていたスイッチを押す。一瞬の間を置いて、開口部の中で小さな閃光が走り、薄いメタンの大気を微かに爆発音が震わせた。
 それは地球側にとっては勝利の証であり、ガミラスにとっては破滅への扉が開く音だった。


(つづく)


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