SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part2,Section5
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第十五話 「冥王の鉄槌」
冥王星 ガミラス帝国銀河系方面軍太陽系遠征軍司令部
地球戦艦との交戦を開始する、との連絡を最後に通信が途絶した木星浮遊大陸基地の消滅が確認されたのは、36時間後の事だった。ちなみに、ガミラスの標準時間での1時間は地球のそれに直すと1.09時間である。これはガミラス人の生体リズムが地球人のそれに近いと言うことであり、ガミラスが地球を侵略対象に選んだ理由の一つでもある。
「浮遊大陸が完全に消滅…いったい何が起きたんだ?」
偵察艦の報告を受けたガンツには、それが一体いかなる理由で起きたのか、見当もつかなかった。
「大気圏の乱れを見ると、相当大規模な爆発があったようだが」
シュルツが映像を見ながら分析する。
「基地の爆発物が全て誘爆したら、大陸を破壊するくらいの威力はあったかも知れんな」
「それは有り得ないでしょう」
ガンツが反論した。
「基地自体が極めて重装甲かつ強力なバリアに覆われており、弾薬も誘爆防止のため、可能な限り分散配置してあったはずです」
「確かに。しかし、遊星爆弾級の爆発物を使えば、基地を破壊することは可能なのではないかな」
シュルツの指摘に、ガンツは一瞬言葉につまり、そしてある事に気がついた。
「つまり、司令はこう仰りたいのですか? あの戦艦は、基地破壊専用の特務艦ではないか…と?」
「可能性は高いな。 おそらく、やつらの当面の目標はこの冥王星基地だったはずだ。そうした特殊装備を持つ可能性は十分ある」
シュルツは頷いた。遊星爆弾はカモフラージュと装甲を兼ねて小惑星そっくりの外見を持たせており、直径も百メートルを越える。しかし、その弾頭であるガミラシウム爆弾はその10分の1程度の大きさしかない。ミサイルなどに積んで、戦艦に装備させる事は難しい事ではない。
「しかし、地球がガミラシウムに相当するエネルギーをもつ反応物質を用意できたでしょうかね。そこが疑わしいですが…」
ガンツが言った。ガミラシウムは、惑星内部の熱を発生させる要因の一つである、核内部の天然原子炉でごく微量に生成される、天然の超重元素で、ウラン235やプルトニウム239などと同様に臨界量に達すると核分裂反応を起こす。その時に出るエネルギーと放射性生成物(いわゆる死の灰)の量は前者二つとは比較にならないほどすさまじい。
ただし、これが採掘できるのは、誕生から70億年を越える老齢の惑星の内部のみだとされている。地球内部ではまだこの元素は作られていないはずだ。
「粒子加速器で地道に作る方法もあるだろう。まぁ、要塞攻撃用の超兵器の有無にかかわらず、この艦は撃沈されねばならん」
シュルツは席から立ち上がると、技術士官の方を向いた。
「例の兵器は、完成しているかね?」
「はっ、既に試射も完了し、いつでも実戦投入可能です」
技術士官は自信を持って答えた。シュルツは頷き、ガンツの方を向いた。
「敵戦艦の侵入方向を推定し、衛星群の最適な配置を割り出してくれ」
ガンツも頷いた。
「承知しました。しかし、艦隊戦を仕掛けないのですか?」
いかに強力な戦艦と言えど、所詮は一隻に過ぎない。全ての艦隊戦力を投入すれば、これを撃滅するのはさほど難しい事ではないはずだ。しかし、シュルツは首を横に振った。
「確かにそうしたいのは山々だ。だが、艦隊ならともかく戦艦一隻の動向を掴むには、かなりの数の哨戒艦を投入せねばならん。これを各個撃破されるような事になれば目も当てられん」
現在シュルツの指揮下にある艦隊戦力は、旗艦である戦艦「ヴェアマール」と7隻の巡洋艦、それに空母が4隻、駆逐艦40隻。大兵力といって良い。
しかし、本国を遥かに離れたこの太陽系では、修理や補給が潤沢ではないため、戦力の半分はドックで修復・整備中の状態にある。また、既に現在5隻の駆逐艦が哨戒任務のために行動しており、今すぐに動員できる戦力は、戦艦1、空母2、巡洋艦3、駆逐艦10と言う少数兵力になってしまうのだ。
地球艦隊による冥王星攻撃…それは失敗に終わったが、ガミラスの戦力維持能力にも着実にダメージを与えていたのである。
そして、敵戦艦が巨大な浮遊大陸を破壊しうる火力を有している以上、この戦力をもってしても、迂闊に戦闘を仕掛けられない。負けるとは思わないが、これ以上のダメージは、確実に地球侵攻のスケジュールを狂わせるだろう。それはシュルツの進退にも関わってくる問題だ。
(地位になど未練はないが…失敗はできんからな)
この時点でシュルツに打てる最善の手は、冥王星基地の持つ最大の火力でヤマトを叩く事だった。何しろ、それは並みの戦艦を一撃で大破しうる威力を持っているのだから。己の全てを賭けて、シュルツはヤマトと戦う決意を固めていた。
その時、レーダー室からの警報が司令室に響き渡った。
冥王星衛星軌道上 BB-EX01<ヤマト>
既にヤマトは冥王星を視認できる距離にまで接近していた。単艦ならではの小回りと隠密性を生かし、ガミラスの哨戒線をすり抜けてきたのだ。24時間前から冥王星の衛星、カロンの陰に隠れ、冥王星全土をスキャンしてデータの収集に努めていたところだ。
「敵冥王星基地を確認。冥王星の赤道と子午線の交点付近です」
長距離センサーでのスキャニングを完了した太田が報告する。正面大パネルには冥王星の模式図が表示されていた。全土にわたって氷点下200度以下の極寒の惑星。その中の一点だけが、熱源である事を示すほのかな赤に染まっている。現在、その場所はヤマトから見て冥王星の反対側にある。
「周囲に敵艦隊の反応なし。冥王星近傍にはかなりの数の人工衛星が確認できますが…」
雪も報告した。全員の視線がスクリーンに注がれる。冥王星の周囲には百を越えると思われる無数の衛星が軌道を描いていた。
「…なんだこれは? いったい何の目的でこんなに大量の衛星を打ち上げたんだ?」
島がガミラスの意図を図りかねて首を傾げた。
「太田、衛星群のエネルギー反応は?」
沖田の質問に、太田はコンソールを叩いてスキャニングのデータを更新する。
「高エネルギー反応なし。無動力炉式の衛星と推測されます」
この冥王星宙域では、もはや太陽電池は光が弱すぎて使えない。なにしろ、ここから見る太陽は、一等星程度の明るさしかない、ありふれた星の一つになってしまっている。
従って、人工衛星も他の手段でエネルギーを得なければならない。一番良くあるのは、超伝導電池を搭載する電池式。大きさに余裕のある衛星なら小型の核融合炉を搭載する場合もある。
軍事衛星の場合、前者は長距離探知衛星か通信衛星、後者は攻撃型衛星とだいたい決まっている。
「防衛線ではなくセンサーか…だとすれば、敵の反応が遅いのが解せんな」
真田が首を捻った。
「しかし、今が攻撃のチャンスなのは間違いないな。総員、戦闘配備」
沖田が命じた。艦内に緊張が走る。いよいよ、敵の本丸に攻撃をかけるのだ。
「主砲、副砲、射撃用意良し!」
「ミサイルおよび空間魚雷発射準備完了」
南部と古代が全ての火器を動員する。ただし、波動砲は使用しない。木星での射撃データからみて、敵基地を吹き飛ばすほどの威力を放てば、冥王星そのものを破壊しかねない、と言う計算結果が出たためである。
『こちらタイガー・リーダー。VF442、出撃用意良し』
スピーカーから格納庫で待機中の加藤の声が聞こえてきた。古代は沖田の方を振り返って報告した。
「戦艦ヤマト、全戦闘戦術システム起動完了。ご命令を」
「よろしい。まずはセンサー衛星を排除する」
沖田は真田に命じた。
「真田君、ガミラスの長距離センサーの能力を元に、突入のために破壊すべき衛星を割り出してくれ」
「は、直ちに」
真田が過去に収集したガミラスのセンサー能力を衛星のデータと重ね合わせ、冥王星周辺の探知網を推定する。
「古代、データを転送する。指定した8つの衛星を撃破してくれ」
「了解!」
古代の手がトラックボールを操作し、前甲板のVLSのうち、4個のセルをクリックする。そのセルのハッチが開き、黒い三角柱状のミサイルが1セル辺り4発、続け様に発射された。極めて高度なステルス機能を持つレイセオンSAAM−11シーガル長距離対空ミサイルだ。16発のミサイルは、2発が1組になって、標的の衛星群に向かって飛翔する。
「島、衛星撃破後、全速で冥王星に向かえ。低高度を飛行して敵基地に奇襲を加える」
「了解!」
島が答えたとき、8個の衛星がシーガルの直撃を喰らい、立て続けに火球と化した。それによってできたであろう哨戒網の穴に向けて、ヤマトは突進を開始した。
冥王星基地
予想通りの動きに、シュルツは笑いが浮かぶのを止められなかった。
「やはり敵はあれをセンサー衛星か何かと勘違いしたな」
実際、ある程度はその能力も持っているので、全くの間違いではないが、冥王星を取り巻く衛星群の主目的は、もちろんセンサー探知ではない。
「衛星No.22、19、104、43、姿勢制御完了!」
「敵戦艦、射程内に入りました!」
「こちら管制センター、射撃準備完了!」
オペレーターたちの報告が矢継ぎ早に入ってくる。彼らが操作する兵器が背後に見える。巨大な、昔の列車砲を思わせる大出力のエネルギー砲だ。直線的な弾道しか描けないはずのその砲は、何故か冥王星の裏側にいるはずのヤマトを攻撃圏内に捕捉していた。
「よし、反射衛星砲…発射!!」
シュルツの鋭い命令が響き渡り、その巨大砲は冥王星のごく薄い大気をも震わせて眩い光の巨弾を発射した。闇を切り裂くその一撃は、衛星軌道上に無数に展開している例の衛星の一つを直撃した。
その攻撃に衛星が砕け散るかに見えたその時、光の砲弾はまるで鏡に跳ね返されるように角度を変えて飛び、別の衛星に着弾。さらに反射して、別の衛星へ。そこでも反射し、別の衛星へ。四度目の反射を経て、その攻撃が向かった先には…
BB-EX01<ヤマト>
すさまじい衝撃と爆発音が同時にヤマトの巨体を激震させたのは、破壊した衛星の残骸とすれ違ってから、数秒後の出来事だった。艦内のいたるところに悲鳴が湧き、物が壊れる音が連続する。
「被害報告!」
指揮卓に掴まって衝撃をやり過ごした沖田が叫んだ。真田がコンソールを叩く。
「左舷後部に被弾…いえ、至近弾! 大出力のエネルギー兵器と推測されます。第73ブロックから77ブロックにかけての第一装甲板、剥離! 第二装甲板にもダメージが出ています!!」
「なんだと、至近弾でその威力か!?」
沖田は唸った。ヤマトの装甲板は3層からなり、強固な艦体フレームの上に接合面をずらして貼り付けられている。いずれもコスモナイトを使用した強固極まりないもので、さらに凍結した窒素のブロックを挟む事で、光学兵器に対するサーマル・スリーブ効果(気体が熱伝導を妨げる効果)や、火災発生防止効果を期待している。
その強固な装甲が、至近弾で大ダメージを受けた。これは、敵の使用した砲が、極めて大威力である事を示している。もし、直撃を食らえば…
「突入中止! 島、反転180度、敵射程外へ退避!!」
「り、了解!!」
島が慌てて操縦桿を引いた。スラスターロケットが噴射され、慣性制御装置でも打ち消せないほどのGが艦を軋ませた。しかし、一瞬早く敵の第二射がヤマトを襲った。それは、右舷中央部を完全に直撃していた。
艦の固有重力圏に充填されたエネルギー吸収ガスはほとんど用を為さなかった。装甲板も一瞬しか持ちこたえられなかった。艦内に突入したエネルギー光線はそこで拡散し、思う様破壊力をぶちまけた。
大爆発が発生し、最初の至近弾とは比較にならない轟音と振動がヤマトを揺るがした。
「くそ、艦中央部に被弾、損害大!! 応急班は現場に急行せよ!!」
真田が叫び、消火器や工作機械を抱えた応急班と、救護班の乗員が現場に急行する。被弾個所は凄惨な有様になっていた。象が出入りできそうな大穴が開き、激しい火災が宇宙では貴重な酸素を急速に消耗しながら広がっている。そして、重傷を負った乗員たちが苦悶のうめきを上げ、床に倒れていた。
「作業、かかれ!」
班長が命じる中、駆けつけた二つの班が作業を開始する。消火用の不燃ガスが噴射され、火を消し止めていく。救護班は負傷者の状態に合わせ、その場で処置か、医務室への後送を決定していく。被弾の衝撃の中、彼らは決死の作業を続けた。
一方、艦橋では古代が苛立ちのあまりコンソールを殴りつけていた。
「くそ、砲撃が止まん! どうやら冥王星系全域が射程圏内らしいぞ!!」
かなりの距離を戻ったにも関わらず、砲撃は続いていた。被弾は3発に及び、いずれも深刻な損傷を与えている。今は致命的なダメージは無いものの、このまま攻撃を受けつづければ、撃沈されるのも時間の問題だ。
「落ち着け、古代」
沖田が言った。
「焦れば敵の思う壺だぞ。島、カロンの陰に入り込め。それで攻撃を回避する」
「了解」
島が答え、必死の操艦を続ける。古代は落ち着きを取り戻し、謝罪した。
「申し訳ありません、艦長。島、頼む」
「ああ、任せとけ」
島は頷き、艦をランダムに蛇行させつつ、衛星カロンに近づけて行った。カロンの向こうに冥王星が隠れた時、ようやく砲撃は止んだ。
「真田君、被害状況は?」
沖田が聞くと、真田は深刻な表情で自分のコンソールの映像を大パネルに転送し、説明を始めた。
「極めて重大です。装甲板の損傷度は3割を越えています。また、対空銃座の2割が破壊されるか、動作不全を起こしました。カタパルトは両舷とも故障しています。主砲、副砲は動作しますが、エネルギーコンデンサの機能が低下したため、最大出力での発砲は不可です」
警告を表す赤や橙色の表示がいつに無く大量に現れたダメージ・リポートを見て、一同は息を呑んだ。
「修理にかかる時間は?」
「そうですね…50時間は見ていただけますか? 場合によってはもっとかかるかもしれません」
木星でミサイルを被弾した時の損傷でも、それほどのダメージは無かった。沖田は渋い顔になる。
「2日か。痛い時間のロスだな…しかも、修理をしても、あの砲撃をどうにかせねば、冥王星攻略はおぼつかん」
艦橋に沈痛な空気が流れる。しかも、敵がおとなしく修理を許してくれるかどうかもわからない。向こうにはまだ強力な艦隊戦力が残っているのだ。今これに襲われれば、確実にヤマトは沈む。
「艦載機による空爆はどうでしょうか?」
南部が提案したが、古代がこれを一蹴した。
「無理だ。敵にも基地の防空戦力がある。それに、今この艦のカタパルトは全損している」
「そうでしたね…」
南部は唸った。
「そもそも、あの砲撃をどうにかしないと、冥王星に近づく前に航空隊は壊滅するぞ」
島も空爆案を否定した。そこで沖田は真田に視線を向けた。
「真田君、あの砲撃の正体だが…わからんか?」
「そうですね…」
真田は顎に手を当てて考えた。
「出力から見て、地上の要塞砲なのは間違いないでしょう。ただ、惑星の裏側にある基地から、どうやってヤマトを狙えたのかはわかりませんが」
「ミサイルならともかく、砲弾が自在に弾道を曲げるなんて事はありえないよな。しかもエネルギー弾で」
古代は呟くように言ったが、ふと、あるものに目を留めた。雪の使っている半球状の三次元レーダースコープである。その表面に、前甲板で生じた火災の炎が、ちらちらと映っていた。
「ん、待てよ? エネルギー弾は光だ。光は鏡に…真田さん、ガミラスが鏡で砲撃を反射させて、我々を狙ってきた可能性はありませんか?」
「なに、鏡?」
真田はあっけに取られたような表情をしたが、すぐに頭脳を高速で回転させ、その可能性を検討した。
「うむ…いや、行ける。行けるかもしれんぞ。普通の鏡じゃ無理だが、強力な電磁気力によってエネルギーに反発する場を作ってやれば、十分行けるはずだ!」
そこで、今度は太田が手を打つ。
「そうか、わかりましたよ。あの衛星群は、エネルギー反射用なんだ!」
「なるほど、無数の反射衛星で砲撃の軌道を変更し、死角を消してるわけか。こいつは厄介だぞ」
沖田は唸った。敵の正体についてはわかったが、それが攻略不能の鉄壁のごとき存在である事に変わりはない。
「いや、衛星を片端から叩き落してしまえば…」
古代が言った時、長距離レーダーが何かを捉えた。席に座った雪が、その反応を解析する。
「敵基地よりロケットを打ち上げ…衛星軌道上に何かを投入しました。恐らく、先ほど撃破した衛星の代替機と思われます」
古代は口をつぐんだ。予備の衛星がどれだけあるかわからないが、それをすべて破壊し尽くすことが無理な事は確実だ。エネルギー反射場を形成する衛星を主砲で破壊するのは不可能だし、ミサイルの数にも限りがある。
手詰まりだと全員が思った時、艦橋に入って来た人物がいた。陸戦隊長の原田中尉だった。彼は沖田に敬礼して尋ねた。
「艦長、作戦を具申してよろしくありますか?」
「許可する」
沖田が頷くと、原田は思わぬ事を言い出した。
「陸戦隊の出動を許可してください。敵基地に潜入し、問題の砲台を破壊してきます」
その提案に、一同は目を剥いた。
「待て、原田。それは危険過ぎる」
真っ先に反対したのは徳川機関長だった。
「敵の本拠地だぞ。何万と言う敵兵がうようよしとるんだ。お前の部下は何人だ!?」
「そうですね、ざっと100人…」
原田が何でもないように答え、それからニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ですが、そんなには要りませんな。取って置きの精鋭を5人、それで十分です」
徳川がさらに何か言おうとした時、沖田が手を上げてそれを制した。
「待て機関長。最後まで聞こうじゃないか。原田中尉、勝算はあるのか?」
「あります」
原田はきっぱり答えた。
「基地を占領しようとか、破壊し尽くそうとか言うんじゃありません。ピンポイントで急所を貫くだけなら、その人数で十分、と言うより、それ以上は多過ぎです」
そこで一度言葉を切り、原田は言葉を続ける。
「必要なのは、爆破のプロが2名、それに斥候要員が3名です。それだけ連れて行くことを許していただければ、あの忌々しい大砲を綺麗さっぱり吹き飛ばしてご覧に入れます」
陸戦のプロらしい自信に満ちた態度に、沖田は目を閉じてしばらく考え、やがて目を開けると答えた。
「2時間で詳細な作戦案を提示したまえ。許可はそれからだ」
「了解しました!」
原田は再び“色気のある”敬礼を沖田に送り、艦橋を駆け足で出て行った。
「艦長、よろしいのですか?」
慎重な性格の相原通信士が問う。
「他に手はあるまい。どんな巨大な物にも、ここを刺されれば死に至ると言う急所が、必ず存在するものだ。原田を信じよう」
沖田は答えた。それから、真田に命じて修理にかからせると共に、艦をカロンの地表にある峡谷に潜ませる。その移動が終わる頃、原田が大急ぎで作った作戦案を沖田に提出した。沖田はそれを検討し、いくつかの修正点を加えて、作戦にゴーサインを出した。
「良くわかった。これより、本作戦を“アキレスの踵”と呼称する。頼むぞ、原田」
「了解しました!」
1時間後、“アキレスの踵”参加要員を載せたLSTがそっとヤマトの艦底にあるドッキング・ポートを離れた。
この機体は陸戦隊の強襲上陸用に使用される大型のステルス・シャトルで、LSTというのは昔の海岸上陸戦に使用されていた「戦車揚陸艇」の略称を慣習的に使っているものである。
完全武装の陸戦隊一個中隊と、戦車2両もしくは各種車両6両までを搭載できると言う搭載能力も高い機体だが、今乗っているのは、パワードスーツに身を固めた原田たち陸戦隊の選抜要員5名と、LSTの操縦をする古代、航法の太田、通信士の相原、それに基地の構造解析をするアナライザーだけだ。
古代たちが加えられたのが沖田の提示した修正個所で、LSTの強力なセンサーと搭載コンピューターを利用し、原田たちをバックアップする中継基地兼解析センターにする事で、作戦の成功率を上げるのが目的である。
峡谷を離脱したLSTはゆっくりと高度を上げ、カロンの微弱な重力圏を離脱すると、エンジンをアイドリング状態にして、完全なステルス・モードに移行した。それでも探知されて攻撃されるのではないか、という懸念が皆無ではなかったが、ガミラスの防空識別圏を越えて十分が経過しても攻撃を受けない事で、機内に微かに安堵の空気が流れる。
「まずは第一関門クリアか」
原田の言葉に、古代は操縦桿を握ったまま頷いた。
「ああ、しかし、地表近くまで降りたら、いったんエンジン出力を上げて着陸しなきゃいけないから、それが不安と言えば不安だな」
ステルス機とは言え、LSTは大きい。熱放射も無には出来ない。探知を絶対に避けるため、慎重に慎重を期する必要があった。
「ふむ、ところで、この艇はどこに降ろすんだ?」
選抜隊のメンバーで、爆破のプロである井上少尉が質問すると、太田が冥王星の地図を表示させて答えた。
「基地はここなんだが、この2キロ東まで、琵琶湖の6倍くらいある液体ヘリウムの湖が広がっているんだ。基地はこの湖を熱捨て場に使っていると思われるので、多分放熱口があるはずだ。そこが絶好の侵入路になるだろう」
「なるほど、それは助かりますな」
斥候要員の伊東特務曹長が頷く。そんな会話をしている間に、機は冥王星の重力圏に入っていた。
「出来るだけエンジンを使わずにスピードを殺すか…」
冥王星にはごく薄いメタンや窒素を主体とする大気がある。古代はそれをブレーキに使い、さらに慣性制御装置をも併用して、スピードを下げていった。高度が1000メートルをきったところで、ようやくエンジンを吹かし、対地速度をマッハ1以下にまで落とす。
「間もなく湖です!」
太田が報告する。古代は頷くと、機体を更に降下させた。
「着水するぞ。全員ショックに備えろ!」
乗員たちがシートベルトを確認し、肘掛を握り締める。その直後、LSTは激しく飛沫を散らしながら湖面に降り立っていた。
「潜水モードに移行する」
古代はそう言うと、操縦桿の横に付いたレバーを倒した。小さな主翼が潜舵の役割を果たし、さらに機体下部から小型のキャビテーション・スクリューがせり出してきて、LSTはゆっくりと潜航を開始した。
「ここまで来れば、多分みつからんだろう」
古代は額の汗を拭った。そのまま2〜3ノットと言う微速で進んだLSTは、やがてガミラスの基地に最も近い湖岸の数百メートル沖合いの湖底に到着し、そこで身を横たえた。
「俺が送って行けるのはここまでだ。よろしく頼むぞ」
古代が言い、相原が原田に敬礼した。
「御武運を祈ります」
「おお、しっかり俺たちをモニターしてくれよ」
原田は鷹揚に笑い、アナライザーにも声をかけた。
「頼むぜ、お前さんのナビゲートに作戦の成否がかかっているんだからな」
「任せテ下さイ。私は何時だっテ完璧でス」
アナライザーが計器を明滅させて答える。既に身体がLSTのセンサー・コンピューター系に接続されていて動けないので、敬礼の代わりだ。原田はニヤリと笑うと、4人の部下たちに向き直った。
「よし、野郎ども、討ち入りだ! 行くぞ!!」
「おうっ!!」
陸戦隊員の鯨波の声が機内にこだまする。たった五人ではあったが、それは千の軍勢にも負けない力のこもったものだった。彼らはそのまま格納庫に出ると、エアロックを使い、湖底に降りていく。ライトが付けられ、冥王星誕生以来数十億年は光が差し込んだ事などなかったであろう世界を照らし出す。
古代たちは祈りと期待を込め、光が視界の外に消えていくのを、じっと見送っていた。
人類滅亡の日まで、あと350日。
(つづく)
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