SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part2,Section4


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第十四話 「絆の銃弾」


 予定より一日遅れてエウロパでの補給を終えた<ヤマト>は、さらに太陽系の外へ向けて航行を続けていた。本来は木星圏での補給後、まっすぐ冥王星系へ向かう予定だったが、火星や木星でのトラブルの影響により、その予定は変更を余儀なくされていた。
「資材不足…かね?」
 真田の報告書を見た沖田が唸った。
「はい、火星での改装工事や木星での損害により、予想外に多くの資材を消費してしまいました。早急に補給する必要があります」
 真田は断言した。地球を離れ、長期単独航海を行う事が求められている<ヤマト>は普通の艦船とは異なり、きわめて充実した自力補修能力と資材の搭載スペースを持つ。その様子は、船大工を乗せて航海した大航海時代の帆船にも似ている。
「ふむ…すると、タイタンに寄港せねばならんな…」
 沖田の言葉に真田は頷いた。
 タイタンは土星の衛星であり、木星のガリレオ衛星と並ぶ太陽系最大級の衛星である。その直径はほぼ火星に匹敵し、メタンを主成分とする濃密な大気を持つ点で異色の存在だった。
 このタイタンが地球にとってきわめて重要な存在だったのは、コスモナイトと呼ばれる特殊な鉱石の露頭が存在するためだった。この鉱石は高純度の金属を含んでおり、精錬すると宇宙艦艇の装甲板として最適の性質を持っている、天然の超合金である。
 その鉱山も今では放棄され、採掘は停止しているが、掘り出された原石は今も宇宙港の桟橋に野積みされているはずである。資材供給先としては最適の場所だった。
「よろしい。針路変更。タイタンへ向かえ」
「了解」
 島の手が操縦桿を引き、<ヤマト>はタイタンへと方向を変えた。一度の小ワープを実施し、土星圏内に入ると、オレンジ色をしたタイタンの姿が乗組員たちの目に飛び込んでくる。
「古代、艦載機隊を発進させろ。補給中、常時エア・カバーの傘が途切れないようにするんだ」
「了解」
 古代は復唱すると、パイロットの待機所に連絡を入れる。それを受けて、アラート5(5分以内発進可能)状態にあった四機がすぐさま発進していった。二機は<ヤマト>の直掩に付き、二機は中距離を警戒する。その護衛の下、<ヤマト>はゆっくりとタイタンの大気圏に侵入して行った。

 メタンの雲を抜けると、そこは黄昏のような暗いオレンジ色の空が広がっていた。オレンジのモノトーンの風景の中に、時々鏡のように見えるのは、液化したメタンの湖だろう。開発が華やかだった頃は、気密服を着てこの湖にダイブするのが、この星に赴任した者たちにとって一番のレジャーだったという。
「このまま直進すると、鉱石の積み出しに使っていた宇宙港があるはずです」
 太田がタイタンの系内航路図を表示させて現在地を確かめている。
「わかった。ビーコンが生きてれば楽なんだけどな…」
 島はそう言いながら操縦桿を操る。さすがに航法支援システムは生きていない。ガミラス戦勃発後、貴重なコスモナイトを採掘するためにギリギリまで各鉱山とも作業を続けたが、ガミラス艦隊の天王星圏突破後に全面撤収され、地上の施設は全て動力を落とされていた。
 それでも島と太田のコンビはしっかり航路を見定め、目的の宇宙港に<ヤマト>を入港させた。宇宙戦艦の巨体がそれまで凪いでいたメタンの湖面に滑り込み、時ならぬ大波を発生させる。これが地球上なら大爆発が起きるところだが、タイタンの大気には酸素がほとんど含まれないため、そういうことは無い。
「よし、技術班は宇宙港の設備チェックと、鉱石の搬入、精錬にかかれ。艦載機隊は上空掩護を継続。陸戦隊は警備に当たれ」
 沖田が命令を下し、<ヤマト>は資材補給の作業を開始した。

「オーライ! オーライ! よし、ストップ! 良いぞ、繋げ!」
「事故るなよ。服に穴があいてみろ。マイナス160度の毒ガスを吸ってあの世行きだぞ!」
 技術班員の威勢の良い作業が続いている。宇宙港の施設は停止していたが損傷は無く、<ヤマト>から動力を引いて稼動させている。今、艦内からのベルトコンベアが鉱石集積所に接続され、最初の搬入が始まったところだった。
 艦内では、自動工作機が鉱石を精錬して装甲板を作りだす。この補給にはほぼ24時間がかかると見られていた。
『古代先任、ローテーション3番の部隊が帰還します』
 ロイヤルボックスこと、艦載機管制所の奥山少尉から通信が入り、戦術シミュレーションをしていた古代はプログラムを停止させた。
「わかった。特に異常は報告されてないな?」
『はい、今のところ、衛星上にも軌道上にも敵性反応は報告無しです』
「わかった。報告ご苦労」
 古代は通信を切り、シミュレーションを再開した。シチュエーションは、冥王星に展開する敵艦隊と<ヤマト>の全力交戦。敵をどうやって波動砲の射界に入れるか、空間機動の精密さが問われそうだった。
「ふむ…巡洋艦隊が頭を抑えてくるのを、どう打破するか…艦載機とミサイルの同時攻撃…いや…」
 ああでもない、こうでもない、と頭をひねっていると、目の前の通信ランプが点いた。
「こちら第一艦橋、古代」
『ロイヤルボックスです。警戒中の味方機が、赤道付近にて友軍沈没艦を発見しました』
「なに、沈没艦?」
 古代は首を傾げた。撤退がスムーズに行われた事もあり、タイタンは戦場になったことが無い。そんなところに地球の艦が沈んでいるとは…
「該当艦の艦種ならびに艦名はわかるか?」
『上空からでは艦名は確認できませんでしたが、M2178-2型駆逐艦ではないか、との事です』
 その艦種を聞いて、古代の胸に苦く痛い思い出がよみがえった。冥王星海戦でMIA(作戦中行方不明)になった兄、守が艦長を勤めていた<雪風>も、そのクラスに属する艦だった。
「わかった。引き続き、何かあったら連絡をくれ」
『了解』
 古代は通信を切った。未確認の沈没艦が発見された場合、可能な限り状況を調査して報告する事が、地球連邦宇宙軍では推奨されている。しかし、現在調査の主力となる技術班は手が放せず、余計な労力に人手を割く余裕は無い。
(…一応艦長に報告するか)
 自分で判断できる事ではない、と想い、古代は艦長室で休憩中の沖田に電話を入れた。
『艦長だ』
「古代です。警戒機が友軍沈没艦を発見。M2178-2型と見られるとの事です」
『M2178-2型? 艦名はわかったのか?』
「いえ、それは不明ですが」
 古代が言うと、電話の向こうの沖田はしばし沈黙し、それから命令を下した。
『調査班を派遣してくれ。記録に無い沈没艦なら、乗員がいるかもしれない』
「了解しました」
 古代が言うと、電話は切れた。意外にも沖田は調査に積極的な様子だった。しかし、考えてみれば、確かに中には乗員がいるかもしれない。もちろん、生きてはいないだろうが、それならそれで、遺品を収拾し、然るべき時に遺族に返還する事も出来るだろう。
 古代はシミュレーターを終了し、真田に通信をつないだ。話をして要員を借りようと思ったのだが、すると真田は自分が行く、と言い出した。
「大丈夫なんですか?」
 古代が聞くと、真田は通信機の向こうで笑った。
『かまわんよ。作業が軌道に乗れば、俺のする事はほとんど無いからな』
「ではお願いします」
 古代は礼を言って通信を切った。その後も各部署に連絡をとり、結局、古代の他に真田、島、雪、山崎、アナライザー、それと陸戦隊長の原田佐之中尉が同行する事になった。
「まぁ、俺の出番は無いと思うが…」
 空手と銃剣術の達人で、引き締まった長身の原田はそう言って笑った。一軒穏やかそうな男だが、現在は嘉手納防空基地の警備を務めている陸戦隊随一の猛者、斎藤始中尉と並び称される陸戦の名手である。
 火星でも活躍した艦載強行輸送機、トランザールAC−210に乗り込み、一同は発艦した。そろそろ夜が迫っているらしく、行く手の空が紫色になりつつある。
「沈没艦か…いつの船だろうな」
 ナビシートに座った島が言う。
「撃沈された艦がタイタンに落ちたんだろうが…原形を残しているところを見ると、不時着に近かったのかもな」
 操縦桿を握る古代が答える。そうだとしたら、艦内には生存者がいた事だろう。しかし、彼らはどこにも助けを呼ぶ事が出来ないまま、艦の中で力尽きていったのだ。
<ヤマト>も、ひとたび太陽系外に出てしまえば、もはやどこからも助けは来ない。そんな孤独な最期を遂げるのだけはごめんだと古代は思った。
「お、あれじゃないのか?」
 見張り席に座っていた原田が言うと同時に、アナライザーが反応を示した。窓の外、右手のメタンの海の岸辺に、赤い艦体が半分ほど見えている。
「該当の沈没艦と思われまス。生体センサーにハ反応ガありまセン」
「そうか…これもダメだな」
 島はIFF(敵味方識別装置)のパネルを見ていた。少しでも生きている動力があれば味方の識別信号があるはずだが、完全に沈黙している。
「夜が来る前に調査を進めよう。着陸する」
 古代はそう言うとスロットルを絞り、VTOLモードに機体を移行させた。主翼の端に装備されたエンジンポッドが90度に立ち上がり、機体が空中で静止する。推力を絞り、古代はゆっくりと機体を降下させて行った。

「こりゃあ、酷いな」
 近くでその駆逐艦を見た真田の第一声がそれだった。30度近く傾いて海面に突っ込んだ艦体は、無数の砲火に乱打されたのか、いたるところに穴があき、エンジンノズルは推力を維持できたとは思えないほどに歪んでいる。
 原田は陸から接近できるハッチに取り付いてこじ開けようとしていたが、艦体フレームが歪んでしまったため、全く開きそうにもなかった。数回蹴り飛ばしてみて、お手上げだというように肩をすくめて見せる。
「こりゃ無理だ。海に入って、被弾個所から入り込んだ方がいい」
 彼の言葉に従い、一行はメタンの海に入って行った。メタポライザー(生命維持装置)の廃熱で僅かに外気より温かい気密服に触れたメタンが沸騰し、まるでオレンジソーダの中で泳ぐような感覚を与えてくれる。
 その水中(?)散歩もすぐに終わり、一行は被弾穴から艦内に入り込んだ。先頭を行く古代がライトをつけると、中の被害状況もまた惨烈なものだった。
「ふむ…しかし、どの被害も完全に致命傷になる前に食い止めているな。この艦のダメコン要員は相当な腕だぞ」
 真田が感心した。だが、惜しむらくは、その鍛え上げた腕が、結局は全て無意味なものに終わってしまった事だろう。せめて遺品の回収…可能であれば遺体も回収して冥福を祈ってやりたい。一同はそう思いながら艦内の捜索を続けた。
 しかし…奇妙な事に、遺体は一体も発見できなかった。
「妙だな…まるで、艦を捨てて行ったみたいだ」
 島の唸りに、古代が自説を発表する。
「どこか、近くの採掘プラントや施設に避難した…って事は考えられないか?」
「いや、それは無理だろう」
 真田が答えた。
「一番近い施設でも300キロ以上離れている。タイタンの重力が軽いといっても歩ける距離じゃあない」
「内火艇や地上車が使えたら?」
 今度は雪が尋ねたが、真田はそれも否定した。
「いや、この被害状況だとハッチを開けられなかったはずだ。爆破して出るという手もあるが、それならそれで、その跡があるはずだ」
 間もなく、真田の説が正しかった事は証明された。格納庫に内火艇が残っていたのだ。しかも、どれも酷く破損して、とても使用に耐える状況ではなかった。だが、そこで彼らはこの艦の正体を知る事になる。
「こ、この艦番号は…<雪風>だ! 兄さんの艦だ!!」
 内火艇の残骸を照らし出した古代が叫んだ。
「なに、古代の…!」
 守の親友でもあった真田が内火艇の表面にステンシルされたロゴを読む。そこには「F.E.U.F DD-481 YUKIKAZE 雪風」の文字が読み取れた。
「おい、古代! どこへ行くんだ!?」
 島が叫んだときには、古代は格納庫を飛び出し、通路を走り始めていた。兄さんの艦。兄さんがここにいる…! その想いが彼を突き動かしていた。そして、彼は気がつくと艦橋に立っていた。
「兄さん…! 兄さん、どこにいるんだ! 返事をしてくれ!!」
 古代は叫んだが、どこからも返事は帰ってこなかった。艦橋は無人だった。
「兄さん…」
 脱力感が襲い掛かってきた。古代は床の上に放心したように座り込む。だが、その時、古代は床の上に転がっていたそれに気がついた。
「これは…」
 古代がそれを拾い上げたとき、後を追ってきた真田、島たちが艦橋に入ってきた。
「古代大尉、大丈夫ですか!?」
 雪が古代の肩を揺さぶる。
「ああ、大丈夫だ…少し取り乱した…」
 古代はそう言って立ち上がった。軽率な行動ではあったが、非難する者はいなかった。古代と兄の事情は、ここにいる全員が知っていたからだ。
「いいさ、たった一人の兄貴の事だからな。ん、それは…?」
 島が古代の手に握られたそれに気がつく。黒光りする、一丁のコスモガン…地球連邦宇宙軍制式拳銃は南部88式自動光線銃だが、これはそれではなく、スイスのSIGザウエルP280無反動拳銃だった。
「渋いチョイスだな。陸戦隊でもマニアが私物で持ってることはあるが」
 陸戦畑らしく、原田は銃に興味があるようだった。P280は現在主流の光線銃ではなく、実弾を使う銃だ。変わっているのは、この弾丸自体が小型のミサイルになっていて、並みの銃よりも威力と命中率が高い事である。その分値段も高いのだが、護身用としては最強の銃だった。
「これは…兄さんの銃だ。俺が、兄さんが艦長に任官されたときに、記念に贈ったんだ」
 古代は呟くように言った。その時のことは、今でも鮮明に覚えている。まだガミラスが襲来する前、古代は士官学校を出たばかりの新米少尉。守は<雪風>の艦長に内定していた。

「兄さん、艦長就任おめでとう」
「はは、気の早い奴だな。まだ内定だぞ」
「もう決まったようなものじゃないか」
「まぁ、今から変更は無いだろうな」
「それで、就任祝いにこれを受け取って欲しいんだ」
「なんだ? …これは…P280? おい、新米の給料でこんなものが買えたのか?」
「へへ、実はさ…こんな時のために、候補生の頃から金を溜めてたんだ」
「そうだったのか…ありがとう、進。お前がいつもそばにいると思って、こいつを大事にするよ」

「兄さん…」
 回想しながら、古代はマガジンを抜いた。弾は一発だけしか残っていなかった。徹甲榴弾だ。古代は普通の対人誘導弾しか渡さなかったから、おそらく守が後で購入したのだろう。だが、一発だけというのは解せない。古代は銃口を見た。
 発射後のバックブラストが微かに残っていた。つまり、守はこの銃を使って何かを撃った事になる。何か…それは敵以外にありえない。
 そして、守がこの銃を捨ててどこかに行く事もまたありえない。
「兄さんは…ひょっとしたら生きているのかもしれない」
 古代の言葉に、真田は目をむいた。
「…そうか、あいつは捕虜にされたかもしれない…そう言う事だな?」
「なるほど、敵がここに侵入してきて、撃ち合いになったんだ。だから弾が一発しか残ってなかった」
 真田と島が納得する。
「かもしれないな。これ見ろよ。多分弾痕だ。しかもたくさんある」
 原田も指摘する。コンソールにレーザーの貫通した跡がいくつもついていた。
「兄さん、生きていてくれよ」
 古代はマガジンを銃に戻し、安全装置をかけた。その瞬間だった。
 突然、激しい爆発音が辺りの大気を揺るがした。
「何だ!?」
「あ、ゆ、輸送機が!?」
 雪が指さす方向には、爆発して真っ二つに折れたトランザールAC-210の姿があった。
「くそ、敵か!?」
 原田が叫ぶと、アナライザーがセンサーを点滅させた。
「4時の方向ニ金属反応がありまス。戦車のようでス」
「お前、そういうことは早く気付けよ! このポンコツが!!」
 原田が叫ぶと、アナライザーは拗ねたように言い返した。
「失礼ナ。こういう金属に囲まれタ空間でハ、どうしてもセンサーの精度が甘くなりまス」
「喧嘩してる場合じゃないぞ。どうやら奴さん、こっちに気付いたようだ」
 真田が言った。燻るAC-210の向こうに、土煙が見えた。火星でもおなじみの三連装砲を装備した戦車だ。
「ここはあいつの巡回コースだったようですね」
 島が言う。ガミラスは無人兵器に一定の区域をパトロールさせる事が良くある。おそらく、遠征のため人手が足りないのを、機械力で補っているのだろう。
「まったく、上空直掩の連中はどこを索敵していたんだ?」
 古代は毒づいた。
「愚痴ってる場合じゃないぜ…おや、あれは無人じゃないぞ」
 島が言った。一同が戦車に注目すると、確かにハッチが開き、中からガミラス兵が上半身を覗かせていた。そいつは辺りを確認し、何も無いと判断したのか、輸送機の方に近づいて行く。
「有人パトロールか…何時の間に進出してたんだ」
 真田は言ったが、ガミラスもタイタンの重要性には気付いていたのかもしれなかった。こちらが向こうの情報を入手して<ヤマト>にも使っているように、彼らも太陽系の資源マップを入手すれば、当然コスモナイトの確保に乗り出すだろう。
「向こうに動きがあります」
 雪が言った。戦車兵が残骸から急いで戦車に戻り、中に飛び込むと、ゆっくりと動き出した。そのまままっすぐ<雪風>の方へ向かってくる。
「ヤバいな、気付かれたか?」
 原田が言った瞬間、戦車が発砲した。175mmの砲弾は至近距離をジェット機が駆け抜けるような音を発して飛び去り、海面に巨大な水柱を立てた。続いて二発、三発目が放たれ、三発目が艦体を直撃する。
「うおっ!?」
「きゃあっ!!」
 艦体が激しく揺らぎ、埃が天井から降ってきた。駆逐艦は軽快さと引き換えに装甲は薄い。この距離なら戦車砲でも十分に破壊できる。
「くそ、兄さんの艦を!」
 古代が憤りの声を発した。その横で、原田が装備をチェックしている。
「む、マズったな。対戦車兵器がない」
 手榴弾が二発あったが、対人用だ。ハッチの中にこれを放り込めれば戦車を倒せるが、周囲に遮蔽物は少なく、接近してそれを投げ込む前に、機銃掃射で仕留められるのがオチだろう。
 その間に、さらに二発が艦体に命中し、激しい衝撃と共に、艦の外板が剥離して岸に倒れこんだ。
「ちっ、このままじゃやられる! みんな、海に飛び込め!」
 古代の言葉に、全員が海のほうに走り、破口からメタンの海面に飛び込んだ。再びソーダのように激しく気泡が立ち上る。すると、敵はセンサーの反応を見失ったのか、砲撃を中止した。
「さて、どうする?」
 泳ぎながら島が聞いてきた。
「戦車を排除しないと迎えが呼べない。何とか撃破するしかないな」
 古代は答えた。しかし、手持ちが対人手榴弾二発だけでは…
 いや、たった一つ、対戦車攻撃が出来るものがあった。古代は原田を呼んだ。
「原田、少し危険だが、こういう手があるんだ。ちょっと協力してくれ」
 古代の作戦案を聞かされた原田は呆れたように言った。
「少し危険? むちゃくちゃ危険じゃないですか。しかも俺が。でもまぁ、確かにそれしか手は無いな」
「済まないな。よろしく頼む」
 古代はそう言って原田に頭を下げた。そして、他のメンバーたちの方を見る。
「みんなはしばらく海に隠れていてくれ。もし三十分たっても戻らなかったら…」
「縁起でもないことを言うな。必ず戻って来い」
 真田が古代の言う事を遮った。その顔は、何かあったら任せろ、と言っている。古代は頷き、原田と共に泳ぎ始めた。

 五分後、二人は別々に配置についていた。古代はそっと海面から顔を出し、辺りを窺う。礼の戦車は未だに<雪風>の近くをうろついていた。
 突然、戦車の周りで爆発が巻き起こり、濛々と土煙が上がった。原田の手榴弾だった。戦車のレーザー機関銃が怒ったように火線を吐き出すが、一瞬早く剥離した<雪風>の装甲板の陰に隠れた原田を追いきれない。
 戦車が距離を詰めようと前進し、さらに主砲を向ける。それが、古代の狙っていたチャンスだった。
「…兄さん、力を貸してくれ」
 古代は兄が残していったP280の狙いを戦車の後部にある乗員用ハッチに向け、引き金を引いた。守の丁寧な手入れと、手抜きの無い地球の銃器生産技術が、この銃が放置されていた数ヶ月の時の流れに打ち勝った。
 銃口から放たれたミサイル弾…徹甲榴弾は狙いを過たずハッチに直撃し、比較的薄いそこを貫通した。続いて、鈍い爆発音。戦車の後部だけでなく、ハッチのスリットからも白っぽい煙が噴き出し、金属の巨獣はのたうつように動きを止めた。
 すると、主砲上部のハッチが開き、おそらく車長と思われるガミラス兵が脱出を計る。しかし、そこへ駆け寄って来た原田がコスモガンの連射を浴びせ、たちまちそいつを仕留めた。さらに、原田は戦車に駆け上り、中に手榴弾を投げ込み、飛び降りると言う一連の動作を、流れるようにこなしてみせる。
 そうして十メートルほど走った原田が地面の窪みに身を投げ出すと同時に、戦車の中で二度目の爆発が起こり、続けて弾薬に誘爆したのか、空の色より鮮やかなオレンジの爆炎を上げて砲塔が吹き飛んだ。それを見届け、古代は岸に這い上がった。すると、立ち上がった原田と目があった。
「…」
 無言で指を立て、健闘を称えあう二人。その直後、空から甲高い核融合ターボファンの音が聞こえてきた。異変を悟り、急遽飛来したVF442の<ブラックタイガー>だった。

 戦車を排除し、味方の救援機を待つ間に、海から真田たちが上がってきた。
「上手く行ったな」
 肩を叩き、労いの言葉をかける真田に、古代はP280を見せた。
「兄さんは…きっと生きていますよ。この銃も生きていた。なら、兄さんも大丈夫です。俺はそう信じます」
「ああ、そうだな」
 消えた守を案ずる二人の男は、そう言って空を見上げた。オレンジの色彩は去り、濃い紫色になった空に、朧に星が輝く。その彼方のどこかに、兄が、親友が、きっと待っている。そして必ず再会する時が来る。
 戦士たちに、新たな旅の道標が生まれた瞬間だった。

 人類滅亡の日まで、あと353日。

(つづく)


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