SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part21,Section3


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第十三話 「神の雷火」


冥王星 ガミラス帝国銀河系方面軍太陽系遠征軍司令部

 敵巨大戦艦への無人強襲艇を用いた攻撃が失敗したと言うガンツの報告を受け、シュルツは小さく頷いた。
「そうか、修理中ならばあるいは…とも思ったが」
「申し訳ありません」
 ガンツは頭を下げた。しかし、シュルツの叱責はなかった。
「まだ我々は奴を甘く見ていたようだな…ところで、奴の名前はわかったのか?」
「は、どうやら<ヤマト>と申すようです」
 その名前は、シュルツには感銘を与えたようだった。
「<ヤマト>か…神秘的な響きだな。どういう意味なのだ?」
「奴が飛び立った付近の弧状列島…日本と言う地区だそうですが、そこが独立国だったときの古名だそうです」
「ほぉ」
 シュルツは頷いた。
「国の名前を冠した艦か…それだけ重い期待を背負わされた艦と言うことだ。もはや劫も侮る事は許されぬぞ。ガンツ君」
「はっ」
 新たな命令が下ることを予期し、ガンツは身構えた。
「木星の秘匿基地に一報を入れよ。<ヤマト>を確実に仕留めるのだ」
「了解しました」
 ガンツは敬礼しながら、シュルツの姿に変化を見出して、この仕えにくい上官への認識を新たにしていた。今のシュルツは、強敵との対戦を楽しみ、かつその打倒に全力を尽くそうとする武人の顔を見せていた。


小惑星帯

 火星と木星の間には無数の小惑星が存在している。大は1000キロ級から、小はそれこそ単なる石ころ程度のものまで、その数は数え切れない。かつてこの軌道をまわっていた惑星の一つが何らかの原因で砕け散ってできたものだとも、太陽系成立時に惑星になり損ねた星々の集まりだとも言われている。
 小惑星同士の距離は数百キロから1万キロまでの幅があったが、時速数十万キロで航行する宇宙船にとっては、そんな幅は無いも同然である。航法レーダーを駆使し、安全な航路を探りつつ<ヤマト>は小惑星帯を抜けようとしていた。
「やはり、従来のデータが役に立ちませんね」
「戦争でずいぶん軌道が変わったからなぁ」
 航法士の太田と島の会話が、この航路での苦労を物語っている。ガミラス侵攻後の最大の宇宙海戦…木星圏決戦の敗北の後、地球防衛軍はここを防衛線として侵攻するガミラス軍を迎え撃った。しかし、小惑星を改造した基地は巨大ミサイルの攻撃で破壊され、軌道自体が変化した小惑星もあれば、航路標識や電波灯台が破壊されてしまった場所もあり、結果として今まで作り上げてきた小惑星帯の航路データが役立たずになってしまったのである。
「観測データは残しておいて、後で地球の運輸省航宙局に送っとけ。喜ばれるぞ」
「わかりました」
 二人の会話に、艦橋内で笑い声が湧いた。レーダーは小惑星の密度が少なくなってきた事を示している。間もなく小惑星帯を抜ける予兆だった。その後は、艦体補強後最初の小ワープを実施してデータを収集する予定である。目的地は、木星。太陽系最大の惑星だ。
 実は木星本体にはそれほど用事はないが、周辺の衛星群には今後の航海に必要な資源・資材が眠っている。今後の航海において重要な意味を持つ補給ポイントだった。
 やがて、<ヤマト>は完全に小惑星帯を脱出し、ワープの可能な空域に入った。



木星 ガミラス秘匿基地

 送られてきた命令文を前に、基地司令に任じられているウォルド大佐は笑みを浮かべた。既に地球軍がこの木星から撤退して久しい。敵もなく、退屈な日常には飽き飽きしていたところだ。
「面白い。この基地の力を見せつける相手としては手頃な所だな」
 もしここにガンツがいたら、ウォルドの楽観論に危機感を覚えたかもしれない。そう思わせるほど、ウォルドの態度は自信に満ちていた。
「航海参謀、敵がワープしてくるとしたら、どの辺りだ?」
 ウォルドの質問に、傍に控えていた参謀の一人が間髪入れずに答える。
「敵にとって重要なポイントは、おそらく第六衛星でしょう。水資源が豊富ですからな」
「うむ、俺もそう思う。そこでだ…自動機雷を第六衛星近傍に散布する。敵艦を木星におびき寄せるのだ」
 ウォルドの作戦案を理解し、作戦参謀がうなずく。
「敵艦をこの星の大気の海に沈めると言うことですね」
「そうだ。ただ粉砕したんじゃ面白くないからな」
 ウォルドの顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。その目が見つめるスクリーンの中では、次々と自動機雷…敵接近を察知して魚雷を発射するカプセル状の機雷だ…が第六衛星…エウロパに向かって射出され始めていた。


エウロパ近傍空域

 木星には60個を超える無数の衛星があるが、その中でもこのエウロパとイオ、カリスト、ガニメデの4つは特に大きく、地球の月とほぼ同じ大きさを持つ。そのため、その存在は古くから知られており、かのガリレオ・ガリレイが初めて望遠鏡での観察に成功した。よって、この四大衛星をガリレオ衛星と呼ぶこともある。
 中でもエウロパが特に重要なのは、この衛星が巨大な水の塊であるからだった。表面は固く凍りついているが、木星の巨大な潮汐力が星全体をきしませ、摩擦熱によって氷を溶かし、深さ50kmを超える液体の水の層が生じる。かつてはこの「海」の中に生命が存在することが期待されていたが、現在ではそれは否定されていた。
 しかし、成分としてはかなり豊富なアミノ酸が含まれており、それは合成食料の原料として最適だった。もちろん、水の重要性は言うまでもない。ここで水とアミノ酸を補給することは、<ヤマト>の今後の航海計画を左右する重要な要素だった。
 そのエウロパ上空に蛍が乱舞するような無数の光の塊が出現し、それが弾けたかと思うと、<ヤマト>の巨体が出現した。二度目のワープも成功したのだ。
「艦体に異常なし。補強の効果はあったようだな」
 艦内チェックをしていた真田が安堵したように言い、島、古代が顔を見合わせて笑った時だった。
「レーダーに反応! 魚雷多数接近!!」
 雪の緊迫した声が艦橋に響き渡り、要員たちは弾かれたように目の前の情報ディスプレイに目をやった。
「対空戦闘準備! 対空ミサイル、防空砲台群即時射撃用意!!」
 沖田が命令を下す。前甲板のVLSにセットされている対空ミサイルにウォームアップが指令され、南部が対空射撃コントロールパネルを操作し始める。
「魚雷群はエウロパの近傍より四群に分かれて接近中。有効射程まで300宇宙キロ…さらに後方に、第二波及び第三波の出現を確認」
 雪が続報すると、沖田は素早く<ヤマト>と魚雷の位置関係を見て取った。
「待ち伏せか…島、木星方向が手薄だ。そちらへ逃げろ」
「了解! 針路変更、機関両舷全速」
 島が操縦桿を倒し、艦が急旋回して魚雷から逃げる方向へ向けて加速していく。もちろん、魚雷の方が圧倒的に速いのだが、それには古代が対処した。
「対空戦闘、撃ち方はじめ」
 有効射程に飛び込んできた魚雷に対し、まず対空ミサイルの迎撃が行われ、たちまち6割以上を叩き落す。それでも生き残ったものに対しては、副砲とパルスレーザー防空砲台が火を噴き、次々に撃墜していく。
「よし、良いぞ良いぞ」
 古代が思わずそう呟いたほど、防空戦闘は順調に推移していた。結局第一波は一発も命中することなく撃墜され、第二波、第三波以降も同じように<ヤマト>の防空火力の前に砕け散っていく。
(…おかしい、簡単過ぎる)
 そうした中で、沖田は疑念を感じていた。ガミラスの魚雷は対空攻撃を回避するアルゴリズムが組み込まれており、迎撃側にとっても手強い相手だった。いくらこの<ヤマト>が高性能だと言っても、そう簡単に迎撃できるはずはない。
「…いかん、方向転換! 木星から離れろ!!」
 突然沖田は立ち上がって命じた。
「奴らは我々を木星におびき寄せる気だ!」
 その言葉に、島は反射的に操縦桿を倒した。しかし。
「…舵が利かない!?」
 島は愕然となった。操縦桿をいくら切っても、艦がまるで転舵しないのだ。その原因を突き止めたのは真田だった。
「これは、重力波トラクタービームか!」
 重力波センサーが振り切れそうになっている。トラクタービームは収束した重力波を目標に当てることで、それを牽引する装置だ。通常は損傷した艦や無動力の小惑星等の曳航などに使うものだが、これは段違いの出力だった。<ヤマト>は逃れることもかなわず、加速度を付けて木星大気の中に引きずり込まれて行った。


木星大気上層

<ヤマト>が木星大気圏に突入すると同時に、トラクタービームは途切れた。同時に魚雷の接近も止む。
「このままで待機。監視を怠るな」
 沖田は命じた。まんまと敵の罠に嵌ったのは痛恨の極みだったが、勤めて感情の揺れを押し隠す。指揮官はいかなる時にも部下に動揺を見せるわけにはいかない。
 その一方で、沖田は猛烈に頭脳を回転させていた。ここが敵にとっての有利なポイント…自らの死地なのは間違いない。しかし、大気圏外に出れば魚雷の雨だし、トラクタービームもある。つまり、逃れられない。
(罠を踏み潰して出るしかない、と言うことか)
 沖田は思った。死地と言うことは、逆にいえば敵の最大の戦力もここに潜んでいる。それを叩き潰せば危地を脱することができる。
「敵の正体はなんだろうな」
 考えをまとめるため、沖田は第一艦橋の要員たちに尋ねた。
「あのトラクタービームの出力を考えると、艦艇というのは考えにくいですな」
 真田がまず答える。
「すると、基地…ですか?」
 島が真田に尋ねる。そこへ、古代が疑問を呈した。
「しかし、木星大気の中に基地を作れるか? ここはまだ上層部だからマシだけど、それでも乱流と電磁波の嵐だぜ」
 古代の言う通り、木星大気圏の活動は雄大と言うしかないほどの活発なものだ。大赤斑と呼ばれる地球が数個も入るほどの巨大低気圧は有名だが、それ以外の場所も風速数百メートル以上の超暴風が吹き荒れている。加えて、「太陽になり損ねた星」とも呼ばれる木星内部からは強力な電磁波が放出され、人類が一年かけて消費する電力に匹敵する威力の雷が絶えず荒れ狂う。今<ヤマト>がいる上層部はまだ穏やかなほうだが、地球上で最大級の台風の中にいるくらいの嵐が、周囲では起こっていた。<ヤマト>だからこそこの環境に耐えられるのであって、従来の地球艦船なら、とっくに嵐と重力に負けて下層部へ墜落していただろう。
「ガミラスの技術なら、あるいは…」
 できるのかもしれないな、と真田が続けようとしたとき、雪の報告が入った。
「レーダーに反応…これは…非常に大きい!」
「森君、大きいとはどのくらいか?」
 沖田が言うと、雪は何度も確かめるようにレーダー・レンジの目盛りを読み、震える声で答えた。
「電磁波の影響で正確な数値は出ませんが…推定700km以上。艦艇などではありません」
「…700km?」
 一瞬艦橋内が静まり返る。視界の利かない濃密な大気の向こうに、巨大な圧力が迫って来るような、そんな錯覚が彼らを襲った。
「目標の正体特定を急げ。太田、目標の軌道を急いで割り出せ。島は回避行動用意」
 沖田が落ち着いた声で命令を下すと、凍り付いたようになっていた艦橋に動きが戻ってきた。
「目標の軌道は、木星赤道にほぼ沿う形です。衝突コースにはありません」
 まず、太田が軌道計算の結果を出した。続いて、雪が目標の解析を終える。
「目標の形状を計算しました。ビデオパネルに出力します」
 画像が現れると、見るものの口から驚嘆の声が漏れた。長径700km、短径500kmほどのいびつな楕円形をしたそれは、さながら木星大気の海に浮かぶ、巨大な大陸のようだった。
「まさか、伝説の木星浮遊大陸か…?」
 沖田が感に堪えない、と言うように言葉を漏らした。木星の浮遊大陸は、宇宙船乗りの間で語り継がれる伝説の一つだった。木星上層大気圏を探検する調査船が目撃したと言われ、船が故障してそこへ不時着した後、修理して生還したと言う宇宙船乗りの武勇伝や、さらには宇宙海賊の財宝が隠された場所などと言う噂も伝えられている。その正体は、極端な低高度を飛ぶ衛星の一種であるらしい。理論的にはありえないことではなかったが、はっきりと確認されたのはこれが初めての事であった。
「実在したなんてなぁ…」
 徳川機関長も呟く。しかし、感慨にふけっていられた時間は短かった。
「浮遊大陸よりミサイル!」
 雪の叫びに、艦橋内に一気に緊張が走った。
「くそ、あれがガミラスの基地か!」
 古代が素早く対空ミサイルのコンソールを叩く。飛来するガミラスのミサイルに照準用レーダーがマーキングし、誘導体制を整える。
「発射!」
 前甲板のハッチが開き、ミサイルが射出された…次の瞬間、異変は起きた。
「誘導不能だと!?」
 周囲を吹き荒れる暴風に巻き込まれ、ミサイルの弾体が急流に落ちた木の葉のように流されて行く。濃密な木星大気の風は想像を越える力を持っていた。一方、風に乗って飛来するガミラスのミサイルは、軌道を狂わされることなく<ヤマト>に向かってくる。
「くそ、風上を取られているぞ…島、移動だ!」
「わかった!」
 古代の言葉に島が操縦桿を倒し、<ヤマト>は暴風の中を身震いするように動き始めた。その間、パルスレーザー砲台と実体弾機関砲が唸りをあげてミサイルの前に弾幕を張ったが、濃密な大気と暴風はいずれの威力をも減退させていた。そして、ついに弾幕を突破したミサイルの一発が<ヤマト>の舷側に直撃した。
「ぐあっ!?」
「きゃあ!」
 凄まじい衝撃に、投げ出される乗組員たちの悲鳴が響き渡る。幸い一撃で装甲板が破られることはなかったが、連続して打撃を受ければ艦が危うくなるのは明白だった。
「大陸の側面を回りこんで、こっちが風上に出るんだ。そうすれば…」
 古代は呟いた。まさか、宇宙空間でどちらが風上を取るかと言う争いをするようになるとは。戦いの原則は何時如何なる時にも適用されうると言うことか。
 しかし、<ヤマト>が数分間航行したとき、再び島が異変を悟って声をあげた。
「なんだ? また艦が進まん!」
「またトラクタービームかっ! やつらも優位性を捨てる気はないようだな」
 真田が舌打ちする。<ヤマト>は再び大陸の風下側に引き戻されつつあった。そして、再びミサイルが直撃する。
「右舷パルスレーザー砲台A群損傷! くそ、このままじゃなぶり殺しだ」
 南部がコンソールを叩いて悔しがるが、打つ手がない。その時、沖田が島に問い掛けた。
「島、艦の移動は不可能なようだが、回頭は可能か?」
 その言葉に、島は軽く舷側スラスターを噴射させて感触を見た。そして、振り返った。
「可能です!」
「よし…艦の向きを変えろ。大陸に艦首を正対させる」
 その沖田の命令に、最初に反応したのは真田だった。
「艦長、あれを使うおつもりですか?」
 沖田は頷くと、古代に目を向けた。
「古代、波動砲用意だ」
 その瞬間、艦橋に緊張が走った。それまでは地球でのリアルシミュレータを用いての訓練しか行ってこなかった、<ヤマト>最強の艦載火器。それを遂に撃つ時が来たのか。
「了解、波動砲、発射シークエンスに入ります。南部、防空戦指揮を任せるぞ」
 古代は緊張に震える声で答え、専用コンソールを引き出した。パスワードを打ち込み、キーを回すと、コンソールが左右に開いて、銃の形をした引き金が迫り出してきた。
「機関長、波動機関臨界運転。EGシステムへの回路を開け」
「了解。波動機関臨界運転。EGシステムへの回路開く」
 古代の指示を徳川が復唱した。それまで推進機関に送られていたエネルギーがカットされ、波動機関が唸りを上げ始める。
「薬室内、次元振動波圧力上昇…エネルギー充填30パーセント」
 古代が目盛りを読み上げる。すると、沖田が言った。
「古代、最大充填で発射しろ」
「最大充填…ですか?」
 古代が沖田のほうを振り向く。<ヤマト>に搭載されている波動砲は、以前に廃棄コロニー相手に試射された試作品とは違い、遥かに威力が大きなものだ。一応の威力は計算されているが、いきなり全力で発射すれば、どんな事が起きるかわからない。
「構わん。艦の運行責任者として、ワシはこの艦の限界を知っておきたいのだ…」
 沖田の言葉に古代は頷いた。
「了解しました。波動砲、フルバースト…120パーセント充填で発射します」
 古代はエネルギーの上昇度に目をやる。波動砲にエネルギーが充填されるにつれ、艦内の不要な電源がカットされ、波動機関の唸りだけが静かになった艦内に響いていた。


浮遊大陸 ガミラス秘匿基地

<ヤマト>の様子は基地でも観測されていた。まんまと罠に嵌った上、既に反撃する余力もないらしい。ウォルド大佐は勝利を確信しつつあった。
「意外に脆いものだったな…頑丈さだけは認めてやるが。よし、そろそろとどめをくれてやるか。大型対艦ミサイルを用意しろ」
 ウォルドの命を受け、大陸中央部にある基地の前面にあるハッチが展開された。全長10メートルを超える黒光りするミサイルが迫り出し、<ヤマト>に狙いを定める。
「よし、発射…」
 ウォルドが言った瞬間、彼の視界に眩い閃光が出現した。


BB-EX01<ヤマト>

 エネルギー充填は既に完了していた。
「ターゲット・スコープ、オープン。電影クロスゲージ、明度9。目標、敵浮遊大陸基地」
 古代が引き金をその前方に展開されたターゲット・スコープに映し出される標的に向ける。艦もそれに連動して動き、軸線を大陸にあわせて行く。発射の最終段階では、艦の制御は島から古代に移るのだ。
「測敵固定! 各員、対ショック、対閃光防御!」
 全員がシートベルトをしっかりと締め、遮光グラスを装備した。肉眼で波動砲の閃光を直視すれば失明に繋がりかねない。もちろん、普通は窓をすべて装甲シャッターで閉鎖し、光学的観測手段はカメラに頼ることになるのだが、念のためだ。
「波動砲発射10秒前…9…8…7…」
 古代のカウントダウンが進むにつれ、緊張感も増して行く。
「4…3…2…1…」
 古代の指がしっかりと引き金に添えられた。そして、次の瞬間。
「0! 発射!!」
 引き金が絞られる。その瞬間、古代は確かな手ごたえを感じたように思った。いや、それは手ごたえとしては余りにも生々しく、まるで自らの拳で大陸を殴りつけたかのような感じさえした。
(なんだ、これは!?)
 その異様な感覚に、古代はビデオパネルを注視した。そこで何が起きているのかを、心に刻み込むように。


木星大気圏

 ウォルドの生涯は、いったい何が起きたのかわからないままに、唐突に終了した。
<ヤマト>の艦首から放たれた次元振動波は、浮遊大陸に襲い掛かると、その巨大な岩塊を波にさらわれる砂の城のように、一瞬で粉砕した。発射直前のミサイルも、基地も、ウォルドとその部下たちの肉体も、0コンマ以下の単位で無に帰していく。大陸の中央部が素粒子レベルにまで分解され、大陸全体は真っ二つに分断される形になった。
 これにより、構造的強度を失った残りの部分も崩壊をはじめる。数kmから数十km単位の岩の塊が大気との摩擦で灼熱しながら大気圏下層部に落下して行き、その遥か下の液体水素の海に突入して、次々に大爆発を起こした。先ほどまでの暴風などそよ風にも思えないような衝撃波が木星大気をかき乱す。
「だ、脱出…!」
 木の葉のようにもてあそばれる<ヤマト>を必死に操縦し、島は辛うじて大気圏外に艦を持っていった。窓を覆っていた装甲シャッターが開けられ、そこに広がる光景を目にして、<ヤマト>の乗員たちは息を呑んだ。
 美しかった木星大気の縞模様は乱れ、波紋のような模様が星の半面を覆っていた。その中心部の黒々とした点は、浮遊大陸の墜ちた爆心点だろう。波動砲の一撃は巨大な大陸を吹き飛ばし、太陽系最大の惑星にもはっきりとわかるほどのダメージを残したのだ。
「こ、これは…なんて破壊力だ」
 相原が呆れたように呟く。想定以上の威力だったのか、真田の顔も蒼白だ。
「恐ろしい…こいつは、神の領域に達する兵器だ…」
 島が言うと、古代はまだ握り締めていた引き金をそっと放した。
「確かにそうだ。だが、これを使いこなせなければ、ガミラスには勝てない。俺は…この砲を使いこなしてみせる」
 古代の目には決意が宿っていた。沖田はそんな古代をじっと見守っていた。

 人類滅亡の日まで、あと358日。

(つづく)


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