SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part2,Section2


宇宙戦艦ヤマト

第一部 遥かなる星イスカンダル

第十二話 「軍神の涙」


BB-EX01<ヤマト>

 それは体験した事のない苦痛だった。視界が奇妙な虹色の光に覆われ、体の内側と外側が入れ替わっていくような、そんな感触に上げようとした叫び声も、喉の奥に押し込められる。やがて、その苦痛がまるで急速に引く潮のように消えていき、気がつくと、窓の外には見慣れた星空が見えていた。
「…お…終わったのか…?」
 古代が呟くと同時に、艦内に喧騒が戻ってくる。初めて体験した光を越えた世界での出来事に、多くの者が困惑していた。そこへ、沖田の落ち着き払った声が響き渡った。
「太田、現在位置を計測しろ」
「は、はいっ!」
 太田は慌てて航法コンピュータを操作し、情報を読み取った。
「現在位置…火星軌道上セクターB‐33! ワープ成功です!!」
 瞬間、沈黙があり、それから溜息のような声が漏れた。沖田は艦内放送のマイクを手に取り、全艦にワープ成功を報じた。
「諸君、我々人類が始めて体験するワープは成功した。もう警戒態勢を解いて良い」
 艦内のあちこちから、ワープ成功を祝う声が聞こえてくる。しかし、その声が小さいのは、ワープに伴うさっきのひどい苦痛のためだろう。
「成功か…しかしコイツは酷いな。この苦痛を和らげる防御手段を講じないと…」
 まだ少し青ざめた顔の真田が言う。古代は島と顔を見合わせ、両手を打ち鳴らした。
「やったな、島」
「ああ…見ろよ、あれは火星だぜ…懐かしいな」
 島の言う通り、艦の外を見ると、進行方向右手に10円玉ほどの大きさに火星の姿が見えていた。その時、緊急事態発生を告げるブザーが鳴った。
「敵襲か!?」
 古代は火星に向けていた意識を戦士としてのそれに切り替えたが、よく聞けば、それは故障発生時のブザーだった。真田が艦内電話を取る。
「こちら真田。事態を知らせてください」
 真田の応急用コンソールでは、機関室に異常を示す赤ランプが点っていた。
『こちら機関室、徳川。5番のエネルギー伝送パイプに亀裂が発生。緊急閉鎖した』
 真田は顔をしかめた。エネルギー伝送パイプは核融合炉で発生したエネルギーを、波動機関に直接送り込む大事な部分だ。これが故障すると、ワープや艦首秘密兵器…波動砲の使用に差し支える。
「了解…艦長、機関部の故障です。深刻ではありませんが、早急に修理が必要です」
 真田が言うと、沖田はうむ、と頷き、遠くに見える火星を指した。
「火星に着陸しよう。修理も必要だが、どうやらワープは相当に船体に負担をかけるらしい…真田君、済まんが艦内の総点検を頼む」
「了解しました」
 真田の返事を聞きながら、沖田は島に視線を向ける。
「島、つい最近まで火星にいたお前なら、着陸適地を知っているだろう。操艦を任す。そこまでやってくれ」
「了解!」
 島は敬礼し、操縦桿を握りなおした。<ヤマト>の後部ノズルから再びプラズマ流が吐き出され、艦がゆっくりと前進する。1時間ほどで、火星は視野一杯に広がるほど近づいていた。
「着陸態勢に入る。総員、対衝撃姿勢。大気圏突入10秒前」
 島が操縦桿を慎重に動かし、<ヤマト>は火星大気圏に侵入していた。艦底が摩擦で赤く燃え上がり、断続的な揺れが艦を襲う。それも高度が下がるにつれておさまっていき、やがて、艦は赤道直下にある小さな湖の上に降り立とうとしていた。
「姿勢制御スラスター、逆噴射ロケット噴射。着水します」
 島の手が操縦桿だけでなく、各種ロケットのスラスターを忙しく操作する。やがて、<ヤマト>はゆっくりとその巨体を水面に浮かべた。逆噴射ロケットのブラストで一瞬煮え立った湖水も、すぐに静かになっていく。島は艦首のアンカーを降ろし、艦を固定した。
「着水完了。機関室、核融合炉をアイドリングへ」
『了解。これから修理にかかる』
 島が操縦桿から手を離し、艦内電話で機関室に伝えると、徳川の安心した声が聞こえてきた。島は振り向き、沖田の顔を見た。沖田は頷き、艦内マイクを取り上げた。
「総員、戦闘配置解除。通常体制に戻す。手空きの者から休憩して良し」
 艦内にほっとした空気が流れる。出航してからまだ半日しか経っていないが、まるで数日間も戦闘配置についていたようだ。その中で、真田は席を立って沖田に話し掛けた。
「艦長、私は機関室の修理状況を確認してきます。その後、艦内点検にかかります」
「うむ、頼んだぞ、真田君」
 真田は敬礼を残してCICを出て行った。それを見送り、沖田も立ち上がると、古代と島の方を向いた。
「古代、島、連れて行ってもらいたい場所がある。案内してくれんか」
 沖田の唐突な言葉に、二人は戸惑った表情で顔を見合わせた。
「それは、行けといわれればどこにでも参りますが…」
「どちらへ行かれるのですか?」
 二人の反問に、沖田は制帽を少し直して答えた。
「恩人のところだよ。地球のな…森君、君は医務班から数名選抜してくれ。同行してもらう」
「了解しました」
 雪が敬礼で答える。訳のわからぬまま沖田に従った古代と島だったが、救命艇に医務班がストレッチャーに棺を乗せて乗り込み、沖田が座標を告げると、ようやく謎が解けた。
「そう言う事でしたか…わかりました、行きましょう」
 古代は頷き、救命艇を発進させた。その後、護衛を命じられた加藤と山本の<ブラックタイガー>が発進する。雁行隊形を組んだ三機は、一路北極を目指して崩れかけた火星運河の上を飛んでいった。


火星 北極冠

 目指す場所はすぐに見つかった。一面の雪原の中で、サーシャの救命カプセルは降りてきた当時のままに佇んでいた。古代はその近くに救命艇を着陸させ、一行は艇を降りて雪原の上を歩いていった。カプセルのすぐ横に、そこだけこんもりと雪が盛り上がった場所がある。島がそこで立ち止まり、沖田のほうを見ると、彼は頷いてそこに跪いた。遅れて他の随行者たちもそれに習う。
「遠き星より来た人よ、旅人は倒れた場所を青山とするは世の習いなれど、貴女は我が地球の大恩人である。せめて、貴女を同胞の元に…故郷の土に返すことが、私たちにできる僅かばかりの恩返しだ。しばし眠りを妨げることを許されよ」
 沖田の祈りのような言葉が終わると、付いて来た医務班が地球の大恩人…あのサーシャの遺体を雪の中から掘り出す。寒冷な地にあったせいか、サーシャの亡骸は、古代たちがはじめて見たときと変わらない美しさのままだった。
「この人は…」
 初めてサーシャを見る雪が、自分とそっくりな異星の女性を見て、声を詰まらせる。
「俺達も、初めて君に会ったときは驚いたよ」
 古代の言葉に島も頷く。雪はしばらくサーシャの顔を見ていたが、軽く手を合わせ、彼女を丁寧に保存装置つきの棺に移した。
「よし…<ヤマト>に帰るとしよう。島、手空きの者を上甲板に待機させるよう艦に連絡してくれ」
「了解しました」
 直ちに<ヤマト>への連絡が行われ、それを追うように、一行を乗せた救命艇は火星北極冠の雪原を離陸。赤道直下の<ヤマト>に向けて飛び立った。


BB-EX01<ヤマト>

 救命艇が<ヤマト>へ戻ってくると、上甲板には500名近い乗組員が整列して待機していた。沖田の指示で、古代は救命艇を低速で<ヤマト>の周囲を一周させた。それに対し、乗組員たちは一糸乱れぬ敬礼を送っていた。
 古代が救命艇を後部飛行甲板に着艦させると、乗組員たちは敬礼したまま艦内までの通路を挟む人の壁を作っていた。第三主砲塔の上には軍楽隊が整列しており、レクイエムが演奏されていた。
 そこへサーシャの棺を載せたストレッチャーが降ろされると、南部が銃を構えた陸戦隊員に向かって号令を掛けた。
「地球のためにその生命を捧げた偉大なるサーシャの霊に、捧げぇー筒ッ!!」
 ジャキッ、という音を立てて陸戦隊員が銃を立てた。さらに次の号令で、彼らは銃を高く掲げ、向かい合わせて立つ隊員の銃と交差させた。艦内まで銃のトンネルができる。そこを潜り、葬列は艦内へ入った。艦内でも多くの乗員が敬礼の姿勢でサーシャを迎えた。そして、彼女の遺体は霊安室に運ばれ、安置された。
 最後に、主砲が旋回し、弱装で死者に対する弔砲が撃たれた。青白い閃光が火星の赤い空を切り裂いて宇宙へ延びる。その方向には惑星イスカンダルの推測位置があった。

 地球の恩人を迎える厳粛なセレモニーは終わり、<ヤマト>艦内では修理と補強が急ピッチで進められた。エネルギー伝送パイプが交換され、装甲板の歪みが計測されて、直すべき個所が発見されれば直ちに修理に掛かる。しかし、その過程で問題が発生した。
「機材が足りない?」
 真田の報告に、沖田が意外そうな表情を見せる。<ヤマト>は超長距離航海を前提とした戦艦だけあって、ちょっとした工作艦に匹敵する工作機械が搭載してある。足りない機材があるとは思えなかった。
「はい、予想外に艦の損傷が大きいようです。時間があれば修理は可能なのですが、今後を考えると、装甲板の取り付け個所の補強が必要です。ただ、そのために必要な分子接着機が本艦には搭載されておりません」
 真田は説明した。彼の言う分子接着機は、特殊な波長の電磁波を当てる事により、接合面の分子を混合させ、元から一体の構造物だったように変化させてしまう工作機械である。
 分子接着機を用いて一体化成型すると、確かに装甲の強度は大幅にアップする。しかし、今度は強度がありすぎて、修理時に損傷個所を切り離すなどの作業が難しくなる。そのため、施設の整わない航海しながら修理が多くなる<ヤマト>では、工作の手間を省くために、敢えて分子接着工法を採用しなかったのだ。
「分子接着は最低限必要な個所にのみ採用します。艦体の歪みを減らせれば、それだけ全体の負担も減りますので…あとはワープのショック自体を軽減する方向で努力していきます」
 一瞬渋い顔になる沖田を宥めるように、真田は修理プランを提出した。プランを一読し、それが理にかなっている事を確認した沖田は真田に計画書を返す。
「良くわかった。しかし、分子接着機はどこから調達するのだ? 地球から送ってもらうのでは数日掛かるが」
 真田はそれにも答えを用意していた。
「ここから赤道に沿って西に600キロほど行ったカールソン・ドーム市の工廠に、分子接着機があるという記録を確認しました。カールソンは破壊されなかった都市ですから、回収して簡単な整備を施せば使えるでしょう」
 沖田は頷いた。そこまで周到に調べたのであれば、何の文句もない。計画書にサインし、彼は真田を送り出した。


火星赤道上

 再び操縦役に駆り出された古代は、艦載輸送機、トランザールAC-210の操縦桿を握ってカールソンへ向かっていた。今度の乗客は真田と、彼に同行する4名の技術班員。それにアナライザーと小型の自走クレーンである。距離が短いため、今回は護衛はついていない。
 20分ほど飛ぶと、カールソン・ドームの偉容が見えてくる。太陽電池としての機能も持つ高硬度シリコン・グラスで出来た直径3キロ、高さ1キロほどのドームが市街地をすっぽりと覆っているのは、かつて火星に地球人類が呼吸できる大気がなかった事の証でもある。ここは、開拓初期に建設された火星でも古い都市の一つなのだ。
 今では平均気圧も750ヘクトパスカルほどになり、慣れた人間なら宇宙服無しでも生存可能な環境になっている火星だが、かつてはごく薄い二酸化炭素の大気しか持っておらず、与圧したドーム都市は人類の生存に不可欠だった。ガミラス侵攻の前も、環境に適応できない初期移住者や地球からの訪問者のために残されていた。
 そのドームも、火星から全住民が退避した後はただの廃墟となっていたが、今回はその中には立ち入らない。ドーム外に建設された宇宙港の一角にAC-210を着陸させると、後部のランプ・ドアを開けて真田たちが自走クレーンで外に降り立った。そのまま宇宙船ドックの建物に入っていく。その間、古代とアナライザーは操縦室で待機していた。万一に備え、すぐに飛びたてる準備をしているのだ。
 異変が起きたのは、分子接着機を回収した真田たちが、ゆっくりとこちらに向かって走ってくるのが見えた時の事だった。
「古代サン、レーダーに何か反応がありマス」
 副操縦士席についていたアナライザーが報告した。跳ね起きるようにしてレーダースクリーンを覗いた古代だったが、特に何も見えない。
「何もないじゃないか?」
 古代が言うと、アナライザーは頭部をくるくると左右に回転させる。人間で言えば首をかしげるポーズだ。
「おかしいデスネ。確かに反応があったのデスガ…」
 アナライザーの方もその反応を見失ったらしい。古代は命じた。
「アナライザー、レーダーのログを直接見てみろよ。何かわかるかもしれないぞ」
「了解」
 アナライザーがAC-210のコンピュータにアクセスし、ログを読む。それを解析した画像が、正面のディスプレイに表示された。確かに、ほんの一瞬だがレーダースクリーンの端に何かが映っている。距離は300〜400kmと言うところだろうか?
「高空の雷雲…いや、違うな。もしかして、こいつは…」
 古代は嫌な予感に襲われた。オリンポス山で監視任務をしていた頃、時々見かけたある反応と、この反応は良く似ているような気がしたのだ。古代は無線のマイクを取り上げ、<ヤマト>に繋ごうとした。しかし、それより早く着信ランプが点った。<ヤマト>からだ。古代は嫌な予感の的中を悟った。
「真田さん、緊急事態です! 急いで乗ってください」
 古代は呼び出す相手を切り替え、マイクに向かって叫んだ。


BB-EX01<ヤマト>

 その頃、<ヤマト>の周囲には無数の水柱と火柱が立っていた。
「無人強襲艇だと!? くそ、いつの間に!」
 南部が毒づく。ピンク色の空を、黒い奇怪なシルエットが飛び去っていく。その身体から吐き出されるレーザーの驟雨が、<ヤマト>を囲む水柱を作り出した物の正体だった。
 無人強襲艇はガミラスが地球の補給線を断ち切るため、太陽系全域にばら撒いている小型の機動兵器である。丼のような本体の上から十字架型のセンサー・レーダー複合アンテナが生えていると言ったような奇怪な形をしているが、<ヒトデ>ことクロイツァー級空母と同様の重力制御推進を行っているらしく、機動性は極めて高い。
 しかも、ステルス性も持っている。
「撃墜せよ」
 沖田が落ち着いた表情で命じ、南部が対空戦闘開始と全兵器使用自由を宣言した。艦橋周辺部に装備されているパルスレーザーが一斉に火蓋を切ったが、その時には無人強襲艇は射程外へ逃れていた。旋回しながら、何かを次々と地面に投げ落としている。その何かは、下部から減速用ロケット・モーターの青白い光を発して地面に降りていった。
「無人戦車です!」
 雪が叫んだ。無人強襲艇の恐るべき特徴の一つがこれで、艇内に10台ほどの無人戦車を搭載しているのだ。無人戦車は目標に無差別攻撃を繰り返しながら接近してきて、最後には体当たり自爆をかけてくる。戦艦を一撃で破壊するようなものではないが、10台もの無人戦車に連続して自爆攻撃を掛けられたら、大破は免れまい。
「いったん発進しましょう、艦長!」
 島が操縦桿を握り締めたが、沖田はそれを制止した。
「いかん。今浮上しても、その直後の動きが鈍いところで無人強襲艇に体当たりを食らうぞ」
 無人強襲艇も、機会を見ては体当たり自爆を仕掛けてくる。そっちの威力は<ヤマト>クラスの大型戦艦も一撃で完全破壊に追い込める威力だ。
「水上にいる限り、戦車の体当たりは心配ない! まずは強襲艇を始末しろ」
 それが沖田の判断だった。ガミラスには全体的に水中、水辺での戦闘を避ける傾向があり、戦車や艦艇の残骸を解析しても、水中戦を考慮した設備が無いらしい、と言うことがわかっている。この事から、ガミラス人の母星には海が無いのではないか、と言う説もある。
 この事から、南部は戦車を無視して強襲艇を狙った。しかし、敵は相変わらずパルスレーザーの有効射程外を旋回している。ならばと副砲を向けてみたが、副砲の旋回速度は敵の機動性についていけず、無駄撃ち以外の何者でもなかった。
 その間に、向こうの有効射程に入ったのか、10両の戦車は一斉に砲撃を開始した。ガミラス軍の戦車は地球側のそれと大差ないデザインをしている。キャタピラで走行し、旋回砲塔を備えるという基本形に変わりは無い。主砲は140mmの電熱化学砲を三連装で装備している重武装ぶりだ。
 しかし、いくら重武装と言っても、たかが戦車の攻撃で<ヤマト>の装甲は抜けない。ほとんどの砲弾が空しく弾き返され、湖に落ちたが、二発が有効弾となった。一弾は左舷20mmパルスレーザー砲塔を直撃して叩き潰し、もう一弾は飛行甲板に落ちて非装甲部分を捲れあがらせた。
 さらに、次の一斉射撃でもう一弾がパルスレーザー2基を破壊したのを見て、島は敵の狙いに気がついた。
「あいつら、対空砲火をつぶしてから体当たりを掛ける気だ」
「なんですって? 無人機のクセに頭のいい奴らだ」
 太田が憤慨するように言う。沖田は南部の方を向いた。
「砲撃目標を変更。副砲で戦車群を狙え。対地ミサイル用意」
「了解!」
 南部が砲撃管制コンソールを操作し、副砲を操っていく。主砲は目標が近すぎる上に威力も大き過ぎるため、ここでは使えない。パルスレーザーは強襲艇への対処に残しておく必要があった。
「撃て!」
 沖田の号令と共に、副砲が火を噴いた。たちまち一台の戦車が直撃を受けて爆散する。しかし、それならばと残る戦車は高速で走り回りながら砲撃を始めた。副砲が動きについていけなくなる。
「くそ…上手いプログラムを組んでやがる。それとも、遠隔操作か?」
 必死に砲を制御しながら南部は毒づいた。また、一基のパルスレーザーが破壊された。このままではジリ貧だと思った次の瞬間、レーダー手席の雪が明るい声をあげた。
「西方180キロに航空機…味方機の反応! 古代大尉機です!!」
 次いで相原も弾んだ声で報告した。
「古代大尉より連絡です。『我、これより戦闘加入す』!」

 古代の操縦するトランザールAC-210は全力でカールソンから急行しつつあった。その操縦振りに、貨物室の真田が苦笑交じりに声をかける。
「おいおい、あまり手荒にしてくれるなよ。精密機械運搬中なんだからな」
「努力はしましょう」
 古代はそう答えると、となりのアナライザーを見た。
「アナライザー、ガンナーは任せた。ぶっ飛ばしてくれ」
「了解でス」
 嬉しそうな声でアナライザーが答える。古代も真田も、こいつの人格プログラムを組んだ技術者は何者だったんだろう、と考えた。が、すぐにその想念を振り払う。
「よし、騎兵隊、突撃だ!」
「ターリィーホォー!」
 輸送機が低空で突進する。輸送機とは言え、地上制圧機としても使えるようにAC-210の機首には、12.7mmパルスレーザー砲と20mm実体弾式バルカン砲を並列に装備したガンマウントがある。アナライザーはその制御システムと自分自身をリンクさせた。ガンマウントがまるで生き物のように旋回する。
「撃ちまス!」
 ガンマウントが青白色のレーザーと20mm砲弾を盛大に吐き出す。狙われた戦車は高速走行による回避運動の甲斐もなく、一撃で上面装甲を蜂の巣にされ、大爆発を起こした。
「ヤッタ!」
 アナライザーは喜んだが、すぐに古代の叱責が飛んだ。
「阿呆、無駄弾の撃ちすぎだ! 急所を確実に狙って少ない弾数で仕留めろっ!!」
「…了解」
 膨れたような声でアナライザーは答えたが、古代の言い付け通り慎重な攻撃を繰り返し、次々と戦車を炎上させて行った。戦車も対空機銃で反撃するが、古代の巧みな操縦が命中を許さない。
 戦車を全部やられては任務を遂行できないと判断したのか、無人強襲艇がAC-210を攻撃しようと前進してくる。だが、それは南部の思う壺だった。
「飛んで火に入る何とやらだ…これでも食らえ!」
 鬱憤を込めて南部の指が砲撃管制コンソールの上を踊る。リターンキーを打った瞬間、組まれたプログラムに従ってパルスレーザー砲群が動き始めた。まるでレーザー・ショウのように光が扇状に放たれる。空間制圧用の掃射射撃だ。
 高機動性を誇る無人強襲艇も、この空間をレーザーで塗りつぶすかのような攻撃はかわせなかった。艇体を無数の光弾に貫かれ、安定を失ったそれは、黒煙を引いて地平線の彼方へ消えていき、大爆発を起こした。湖面の水がさざめくような振動が伝わってきた時には、古代たちが最後の戦車を血祭りに上げていた。
「終わったか…小兵と言えど侮るべからずだな」
 沖田は自戒するように戦闘の終結を宣言したのだった。

 結局、戦闘で受けた損傷を修理し、艦体の強化を終えたのは、火星着陸から32時間後の事だった。ちょっとでも油断すれば、航海計画の余裕など瞬時に吹き飛ぶ…という沖田の苦言を、全乗員が確認した32時間でもあった。
「先を急がねばな…<ヤマト>、発進!」
「<ヤマト>、発進します!」
 沖田の号令を復唱し、島が操縦桿を引く。艦底のスラスター・ロケットが轟音を上げて火を噴き、<ヤマト>の巨体が上昇を開始した。湖水が煮えたぎり、濛々と白い水蒸気が天に昇っていく。
 それが刺激になったのかどうかはわからないが、空からぽつりと落ちてくるものがあった。最初は一粒だったそれはたちまち数と勢いを増し、<ヤマト>の艦体を洗う。雨…それも豪雨だった。
「雨か…久しぶりだなぁ」
 通信席の相原が感慨を込めて呟いた。地球が氷の惑星となってから数ヶ月。赤道直下でさえ氷点下と言う気候では、雨など降るはずがない。久しぶりに見る雨は、乗員全員にとって懐かしい記憶を呼び起こす存在だった。
「火星でこんな雨が降るのは珍しいな」
 古代は隣の島を見て言った。基本的に乾燥した星である火星では、テラフォーミング開始後も霧雨のような雨しか降らないはずだった。
「火星が別れを告げているのかもしれないな」
 島は答えた。
「あるいは…俺たちの勝利を祝っているのかも…」
「軍神の涙、か」
 古代は友の言葉に答えて言った。その雨が吉兆である事を信じ、<ヤマト>は雨雲を抜け、さらに上昇して宇宙の海へ乗り出していった。

 人類滅亡の日まで、あと363日。

(つづく)


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