SPACE BATTLESHIP "YAMATO"
EPISODE:1 Hope for tomorrow Part2,Section1
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第十一話 「光を越えて」
2199年 9月15日 地球と月の中間地点 戦艦BB-EX01<ヤマト>
ガミラス軍の超大型ミサイルを撃破した<ヤマト>艦内では、技師長兼応急長を務める真田が、艦内のチェックに追われていた。
「各部署、損害を報告せよ」
真田のこの指示に対し、各部署からの報告が続々と上がってくる。
『左舷後部第三ブロック、損傷なし』
『右舷対空火器群、損傷なし』
『格納庫、艦載機の固定に問題なし』
報告をまとめた真田は、安心したように沖田に報告した。
「艦長、各部署とも損害はありません。本艦全力発揮可能」
「うむ、ご苦労だった」
沖田は頷くと、雪のほうを向いた。彼女も、何を求められているかはすぐに理解した。レーダーコンソールを一瞥する。
「周辺宙域に敵影ありません」
その報告を聞き、沖田は指揮卓に手をついて立ち上がった。
「よし…では、今後の方針を検討するため、会議を行う。幹部乗員は、大会議室へ集合せよ」
「了解!」
全員が敬礼する。大会議室はCDCのすぐ横に設けられた施設で、各種の情報を総合し、検討しながら会議を行う事が出来る。当直を残し、幹部乗員はそこへ集合した。
「それでは、会議を始める」
会議室の真ん中に立った沖田が、ポインタロッドを手にして宣言した。その言葉と同時に、床や壁に埋め込まれた投影機が作動し、部屋の中心部に太陽系の模式図を現すホログラフが浮かび上がった。参加者はこのホログラフを見ながら、立ったまま会議を行うのがここでのスタイルである。もちろん会議卓と椅子も用意できる。
「これは、現在の太陽系の状況を示した図だ。現在、我が方が制宙圏を掌握しているのは、実質的に地球近海だけだ。地球と小惑星帯の間は制宙圏がどちらにも帰属していない。そして、それより外側は完全にガミラスの海と化しているといっても過言ではない」
その言葉と共に、地球近海が淡い青、火星軌道周辺が緑、それよりも遠い空域が赤に色分けされた。とりわけ赤が濃いのが、冥王星付近だ。
「一方、これは今までに作成された本艦の航海計画図だ。我々は太陽系を出た後、オリオン座の方向へ進み―」
映像が切り替わり、銀河系の一部を拡大した図が出る。太陽系が属する「オリオン腕」と呼ばれる銀河系を構成する渦の一つだ。航路を示す赤い線が、地球からすぐ隣のアルファ・ケンタウリ恒星系のそばを掠めてオリオン座の方向へ延びていく。
「途中で方向を転じて銀河系外周の<ハロー>と呼ばれる空域を抜け、大マゼラン星雲方向へ向かう」
航路が銀河平面に対して北側…主観的には上に向かって折れ、銀河系の外へ伸びていく。その際に通過するハローは薄いレンズのような形をした銀河系を包む、直径15万光年に及ぶ巨大な球形の空域だ。その中には誕生してから100億年以上経つ古い星々や、それが集まってできた球状星団などが点在している。
「実は、我々がマゼランに向かうにあたり、うってつけの道標があるのだ。それがこれだ」
沖田はさらに映像を切り替えた。銀河系とマゼラン雲の位置関係を示すものだ。両者の間は14万8000光年と言う想像を絶する距離であり、その間には星一つない虚無の宇宙空間が続いている…はずだが、銀河系とマゼランの間は違っていた。まるで蜘蛛の糸のような、細く光る銀色の線がある。沖田はそれをポインタロッドで指し示した。
「これは、マゼラニック・ストリームと呼ばれるごく希薄な…しかし、外宇宙の平均から見れば非常に濃密なガスの流れだ。今から数十億年前、銀河系とマゼラン雲がまだごく近い距離にあった頃、両者の間に生じたガス流の名残で、今も途切れる事無く残っている。これを辿っていく事で、我々は迷う事無くマゼラン雲に行く事が可能なのだ」
なるほど、とその場にいた全員が納得した。しかし、14万8000光年…往復では29万6000光年と言う、雄大極まりない距離をどうやって押し渡っていくのか…この艦に搭載されているエンジンが特別製なのは知っているが。
そのわずかな不安を感じ取ったのか、沖田は真田に目配せをした。真田は頷くと沖田からポインタロッドを受け取り、部屋の中央に立った。
「では、今からこの旅を実現させる決め手について説明しよう」
そう言うと、真田は表示されている映像を切り替えた。<ヤマト>の艦内図だ。
「みんなも波動物理論の事は知っていると思う。宇宙の全ての現象を、根源粒子である波動粒子の運動の違いによって説明するものだ。地球ではまだ未証明な部分が多かったが、イスカンダルから送られた資料や、ガミラスの技術を解析する事で、その完全な証明が得られた」
その言葉と共に、真田は艦内図の一箇所を指した。その部分が赤く点滅する。
「ここに装備されているのが、その証明を元に作り上げた地球初の完全波動粒子制御機関…波動エンジンだ。このエンジンによって波動粒子の運動を制御し、<ヤマト>とその周囲の物理法則を、超光速の存在が可能な状態に書き換える。その結果、<ヤマト>はアインシュタインの呪縛を解き放たれ、一瞬にして何光年もの距離を飛びわたることが可能になるのだ。これを、ワープ航法と呼ぶ」
ワープ…「跳躍」を意味する言葉だ。これ自体は20世紀ごろからあらゆるSF作品において使用されてきた。呼び方も様々にある。フリードライブ、リープ、フォールド…いずれも、人類が太陽系という狭い世界を飛び出して大宇宙に飛躍していくために、絶対に必須なものとして認識されていた、いわば人類の夢だ。
それが今、手の届く所にある。その場にいた全員が、何らかの感慨を持って真田の説明を聞いていた。
「この航法には膨大なエネルギーが必要なため、現在の限界跳躍距離は約500光年。一回ワープを実施するごとに、エンジンの整備点検や冷却などを行う必要から、一日に行えるワープの回数は2回が限度だ。つまり、<ヤマト>の一日の航行距離は、理論的には1000光年となる」
この説明を聞いて、クルーの中の何人かは暗算してみた。一日1000光年で29万6000光年を往復するのに必要な日数は、296日。地球に帰還するまでのタイムリミットは365日だから、69日間…2ヶ月以上の余裕がある。それならこの任務も絶望的なものではない…と一瞬楽観的な考えが芽生えたが、それを沖田の声が打ち消した。
「これならば、数字の上では日程に余裕がある。しかし、もし万が一敵と遭遇して、修理に長期を要するような大損傷を受ければ、この程度の余裕は瞬時に消え去る…296日と言うのは、あくまでもぎりぎりの日数だと考えてもらいたい」
真田も付け加えた。
「それに、ワープを行う場合、周囲に大きな重力源がなく、また通常空間内の障害物も少なければならないなど、便利な反面の制約も多い。常に1000光年を飛べる理想的な環境は、むしろ少ないと思った方が良いだろうな」
自分の甘い考えを恥じるように、数名が気合の入った敬礼をして沖田と真田の言葉に応えた。
「技術部では、航行中も可能な限りワープ性能の向上を図って行きたいと思っている。何か良いアイデアがあったら、部署を問わず俺に申し出てくれ」
その言葉を最後に、真田は再び司会を沖田に交代した。
「さて、航海計画については理解してもらったと思う…問題は…この航路を取る場合、太陽系内での航路が限定され、必ずここを通らねばならないという事だ」
そう言って、沖田は再び太陽系の模式図を表示させた。地球から伸びる航路は、火星付近を通過した後、木星を経て土星、天王星、海王星の軌道を通過し、もっとも赤の濃い場所…すなわち冥王星を通過していた。
「これは…!」
島が息を呑む。太陽系を出て行くには、必ずガミラスの太陽系派遣軍と真っ向から激突する事になる。逃げることはできない。
「見ての通りだ。我々は戦わねばならん」
沖田ははっきりと告げた。
「だが…これは避けては通れない試練だ。我々がイスカンダルへ行っても、ガミラスが太陽系に残っている限り、地球への攻撃は続くだろう…放射能除去装置は手に入ったが、人類は絶滅していました、では我々の旅は無意味なものになる」
「では、艦長…?」
古代が探るような、期待するような視線を沖田に向けると、沖田ははっきりと大きく頷いた。
「我々は、冥王星のガミラスを叩き潰す。もう地球に遊星爆弾や超大型ミサイルが打ち込まれる事態を許すわけには行かない」
場に緊張が走った。過去、地球の…人類の軍事力を圧倒的な技術レベルの差でねじ伏せ、破壊してきた無敵の存在…ガミラス軍に、たった一隻の戦艦で正面から戦いを挑む。
「この、<ヤマト>一隻で戦えるのでしょうか?」
相原が言うと、南部がそれに答えた。
「やれる、と思いたいな。この艦は火力・防御力とも、これまでに確認されたどのガミラス艦をも上回る。数の差を質で補えるはずだ」
実際に<ヤマト>の火砲に製造段階から関わっている南部の言う事だけに、説得力はあった。
「それに、どの道一隻で戦うしかないのだ。他のEX級戦艦はもちろん、そのデータをフィードバックして建造される次期主力戦艦もまだどれも完成していない」
沖田はそう言うと、映像を消した。
「諸君らが最善を尽くせば、必ず道は開ける。鋭意努力してもらいたい」
沖田の言葉に、全員が敬礼で応えた。
「では、まずワープ航法のテストとして、月軌道から火星軌道までの小ワープを実施する。かかれ」
会議は散会となり、全員が持ち場に戻った。
「島、頼むぜ。お前の腕にワープができるかどうかがかかってるんだからな」
古代が言うと、島は拳を突き出して頷いた。
「まぁ、任せておけよ」
力強い言葉だったが、島の顔は蒼白だった。無理も無い。俺自身もたぶん同じような顔色だろう…と古代は思った。何しろ、何もかもが初めての体験だ。
ワープ自体は無人及び動物を乗せた実験船で数回に渡って試験が行われ、その結果安全性が確保された…とは聞いている。島もシミュレーターによる訓練は何度も行っている。
しかし、これほどの巨艦を実際にワープさせるのは初めての事だ。実験船は駆逐艦級の大きさでしかない。
(あとは島の腕と真田さんの技術力を信じるのみ…大丈夫だ、どちらにも不安は無い)
古代が自分にそう言い聞かせている間にも、テストは進んでいく。
「ワープアウト座標、火星軌道上セクターB‐33にプリセット」
「主動力炉動作正常。波動機関への回路正常。接続準備完了」
航法オペレーターの太田と徳川機関長が報告を上げてくる。
「よし、ワープシークエンス、最終フェイズに…」
島が言いかけたとき、それを打ち消すようにレーダーを睨んでいた雪が切迫した声で報告した。
「艦長、敵影です! 反応から見て、円盤型空母及びその護衛艦!」
それまでじっと艦長席に座って報告を聞いていた沖田がかっと目を見開き、詳細な情報を求めた。
「敵速、距離、及び構成を報告せよ」
「はい、敵速は現在28宇宙ノット。距離…56000宇宙キロ。敵数は3…空母1、駆逐艦2と思われます」
その編成を聞いた古代は呟いた。
「小規模な機動部隊か…艦長、おそらく先ほど撃破した超大型ミサイルの弾着観測艦かと思われます」
古代は呟きを途中から意見に変え、沖田に具申した。
「うむ…向こうの方が足が速い。空母がある以上、奴らはアウトレンジに徹してくるだろうな…よし」
沖田は立ち上がると、張りのある声で命じた。
「全艦戦闘配置! 古代、お前は艦載機を率いて出撃せよ。敵の艦載機を残らず叩き落せば、奴らは我々に対する攻撃力を失う。その後で敵が接近してくるようなら、砲雷戦にて殲滅する。逃げるようなら無視してワープだ」
『了解!』
艦橋の全員が唱和し、古代は全艦戦闘配置を告げるブザーのスイッチを入れた。けたたましい電子音が鳴り響き、艦内が一挙に慌しくなる。古代はマイクを掴んだ。
「全艦戦闘配置! 艦載機隊は直ちに格納庫へ集合し、即時出撃待機! 装備は空戦。急げ!」
艦内アナウンスに叫ぶと、彼は見送る要員たちに指を二本立てて勝利を誓い、手近な格納庫へのシューターに滑り込んだ。その頃、格納庫に隣接する搭乗員待機所でも、<ヤマト>艦載飛行隊…VF442のパイロットたちが一斉に立ち上がり、ヘルメットを被ると飛び出して行った。途中、大和神社(奈良)と大和神宮(宮城)から分社してもらったヤマト神社(神棚)に拍手を打ち、格納庫内に集合する。そこへ古代がやって来た。
「そのままで聞け! 現在、敵の空母が近くまで来ている。その艦載機を迎撃し、<ヤマト>に近づけさせないのが目的だ。一機残らず叩き落す。かかれ!」
VF442隊員は一斉に敬礼し、それぞれの愛機に飛び乗った。整備班員がレーザーのコンデンサをチェックし、出撃に支障がないことを手信号で示す。
『こちらロイヤルボックス。発艦指揮に入ります』
艦載機管制室の奥山少尉の声が無線に入り、艦載機は隊長の加藤機からゆっくりと床に張り巡らされたガイドレールに引っ張られて動き出した。そのままエレベーターへ誘導された機体は、甲板に出た後、そこに埋め込まれたリニアカタパルトにセットされる。ここまでの動きはほとんど全自動だ。
『こちらタイガー・リーダー。射出準備良し』
加藤が告げると、奥山少尉が射出キーを押した。次の瞬間、機体は瞬時にマッハ1近くまで加速され、艦尾方向へ打ち出される。慣性制御装置がなければ機体は分解し、乗員は即死するほどの加速度だ。
その後もカタパルトは15〜20秒に一回の割合で作動しつづけ、次々に<ブラックタイガー>を宇宙空間へ放り出していく。60機の<ブラックタイガー>は10分ほどで全機発進し、最後に古代の<コスモゼロ>が飛行甲板に姿を現した。
「こちらドラゴン・リーダー。準備良し」
古代はそう告げて射出に備えた。次の瞬間、彼の機体はもう<ヤマト>から数キロも離れた空間へ放り出されていた。
古代は軽く操縦桿を動かし、既に隊列を組んで待っていたVF442の先頭に付けた。無線から感嘆の声が漏れてくる。
『すげえなぁ…あれが宇宙の零戦か』
『俺も乗ってみてぇ…』
古代は無線のスイッチを入れた。
「今のは三澤に倉橋だな? そのうちお前たちにも乗れるさ。そのためにも今目の前にいる敵を叩くぞ」
各務原での模擬空戦の結果、次期主力戦闘機の地位を勝ち取った<コスモゼロ>だが、急に量産態勢は整わず、<ヤマト>出撃までに完成したのは10機ほどだった。<ヤマト>にはそのうち3機が配備され、他に5機分の予備部品を積み込んである。
「それに、その<ブラックタイガー>もずいぶん手直ししてあるみたいじゃないか。その力を見せてもらおうか?」
古代が言うと、加藤が不敵な笑みを浮かべて返事をした。
『さすが古代先輩…お目が高いですね。こいつはイスカンダルの技術を導入して改良したI型です。ダッシュ力や武装はかないませんが、機動性なら引けは取りませんよ』
F-86I<ブラックタイガー>…数々の派生形を持つ同機の最終生産型は、イスカンダルの技術でエンジンと慣性制御を強化した機体で、武装は従来と同じだが、機動性と防御力が向上している。<コスモゼロ>やその後に続いた<コスモタイガーII>が部隊に行き渡るまでのつなぎとして、その後は練習機として、大いに活躍する事になる機体だった。
古代が加藤の返事に笑ったとき、<ヤマト>から報告があった。
『こちらロイヤルボックス。敵艦隊も艦載機を発艦させた模様。総数は戦爆連合80機。警戒せよ』
「了解」
古代は返答すると、隊内に呼びかけた。
「聞いたな?敵のほうが多いが、目標を<ブーメラン>一本に絞れ。爆撃機さえやっつければ戦闘機は雑魚に過ぎん」
円盤型空母に搭載されたガミラスの爆撃機は、その形状から地球側では<ブーメラン>と呼んでいる。地上攻撃が主任務だが、魚雷を搭載しての対艦攻撃にも猛威を振るう。ただし、機動性は低い。古代はこれを集中的に叩く事に決めていた。
「よし、突撃態勢作れ。全兵装使用自由…今だ、攻撃開始!」
相対速度時速3万キロ以上で突進してきた二つの航空隊は、入り乱れるようにして激突した。古代は敵戦闘機が放つ真紅のパルスレーザーをかわしつつ、上面から爆撃機に向けて突進した。二つの半球形のキャノピーを並べた中央部に向かってパルスレーザーを叩き込む。
その爆撃機は降り注いだ無数の光条に万遍なく機体上部を打ち抜かれ、粉微塵に爆発した。爆光の照り返しを受けつつ。古代は横をすり抜けていく。
「まず一機…」
古代は呟きつつ、一気に減速し、スラスターを噴かしてその場で機体を180度回転させた。かつて高機動戦闘機として一世を風靡したスホーイSu-37<フランカー>特有の空戦機動「クルビット」に酷似した動きである。反転と同時に機体を再加速し、今度は別の爆撃機の下面を掃射する。それもすぐに僚機の後を追った。
古代が二機を撃墜した時には、<ブラックタイガー>隊も護衛戦闘機の戦列をすり抜け、爆撃機に襲い掛かっていた。さすがに地球でもトップクラスの錬度を持つ連中を揃えただけあって、VF442の戦い方にはそつがない。3分も経たない内に、50機の<ブーメラン>はことごとく宇宙の塵と成り果てていた。
護衛すべき爆撃機を落とされたことにいきり立ち、ガミラス戦闘機が荒々しく火線を放ちながら突撃してくる。主翼にエンジンポッドをつけたこの機体は、イメージ的には世界初の実用ジェット戦闘機、メッサーシュミットMe262の後半部を切り離し、前半部だけを飛ばしているような外見をしている。解析した所、ガミラスでも相当な旧式機らしいことはわかっているのだが、機動性は高く武装も優れている。侮るわけには行かない。
しかし、数が少なすぎた。ガミラス機30機に対し、VF442側は60機である。
『ついでだ、全機血祭りに上げろ!』
と言う加藤のけしかけるような命令に、勇んだ<ブラックタイガー>が2機でペアを組んで襲い掛かる。ガミラス機が全滅するまでに要した時間は、わずか2分だった。
「大したもんだな…」
古代は感嘆の声をあげた。人事局には腕利きを揃えてくれとは言ってあったが、ここまでとは思わなかった。錬度の高いパイロットに新型機の組み合わせが発揮する打撃力には凄まじいものがあった。
「全機合流せよ! 損害報告!」
古代が命じると、勝利を収めたVF442の各機が集まってくる。損傷機は若干見られるが、数が減っているようには見えなかった。
「集合したのは…60機か? おい、出撃機は61機だろう。誰がやられたんだ」
古代が言うと、加藤が呆れたような口調で答えた。
『先輩…61機目って、先輩の機体じゃないんですか?』
古代は一瞬沈黙した。そして、バツが悪そうな声で答える。
「あぁ、そうか…そうだったな」
次の瞬間、隊内無線は爆笑の渦に包まれた。しかし無理もない。この戦争がはじまってから、航空戦だろうと艦隊戦だろうと、地球側がパーフェクト・ゲームを収めた戦闘などなかったのだ。
『いつまで馬鹿笑いしておる。敵は後退し始めたぞ。今のうちに帰って来い』
笑いは無線から沖田の叱責が聞こえるまで続いた。
ガミラス軍 第228分遣隊司令部
冥王星から派遣されたクロイツァー級高速空母<ベスティル>の艦橋では、自ら超大型ミサイルの弾着を観測するためにやって来たガンツ大佐が屈辱に震えていた。
「我が方の艦載機が…全滅だと?」
コンソールを殴りつけるガンツ。残っているのは10機ほどの直衛機だけで、もし敵が対艦攻撃機を送り込んできたら、こちらに生き残る可能性はない。
「参謀長、ここは引いた方が…」
艦長が震える声で進言すると、ガンツはきっと艦長を睨みつけて怒鳴った。
「馬鹿を言うな! 蛮族にここまで一方的に敗れておめおめと帰れるか! 何とかしてあのいまいましい艦を沈めるのだ!!」
しかし、ガンツにもそれが極めて困難な事はわかっていた。相手は数日前にこの<ベスティル>と同級の<ファルゲン>を一撃で沈めたと思われる敵の新兵器…それも、太陽系方面軍の旗艦、戦艦<ヴァレラス>をも越える大きさの新鋭戦艦だ。護衛の二隻の駆逐艦…<ザンフェル><トアフェル>と共同して立ち向かった所で、一方的に撃滅されるのは目に見えている。
艦長もそれを見越して、重ねて進言した。
「あれほどの戦力相手に敗れたとしても、不可抗力です。シュルツ閣下も理解してくださいます。それよりも、ここで得た情報を持ち帰る方が優先されるべきかと思います」
ガンツはコンソールを叩いた手を震わせていたが、やがてゆっくりとそれを上げ、胸に当てた。艦長の進言が正しい事は彼にもわかっていたのだ。
「…そうだな。君の言う通りだ。撤退しよう」
ガンツは言った。シュルツに自分の過ちを認めるのは癪だが、勝つためには仕方がない。そして、戦力を整え、一気に大戦力を投入して奴を叩き潰す。そのときの今日の無念も晴れるだろう。
「艦長、冥王星基地へ向かう。通信は<ザンフェル>の艦長を呼んでくれ。奴を追跡させるんだ」
ガンツが新たな指示を出し始めた時、レーダー手の信じられない、と言うような叫びが艦橋に響き渡った。
「て、敵超大型戦艦周辺に重力震反応!」
BB-EX01<ヤマト>
既に全ての準備は整っていた。帰還したパイロットたちもそれぞれの持ち場で対ワープ姿勢に入っている。
「ワープまで10秒前。秒読み開始。9…8…7…」
島が緊張した面持ちで、操縦桿の横にあるワープスロットルのレバーに手をかけている。機関室では徳川機関長自ら調整する二基の核融合炉が唸りを上げ、波動エンジンにエネルギーを送り込んでいた。
「艦周囲に、時空歪曲を観測! 物理現象、事象の地平を越えます!」
航法レーダーを睨んでいる太田が、始めて見る現象に驚きの色を隠せない声で叫んだ。
「6…5…」
島の秒読みが続く中、古代が生唾を飲み込み、相原が「南無三」と呟いた。
「4…3…」
真田が瞬きすらせず計器を見つめ、南部が椅子の肘掛を握りつぶさんばかりの勢いで握り締める。
「2…1…」
雪がぎゅっと目をつぶる。そうした中で、沖田一人が腕を組み、泰然たる態度で艦の前方を見つめていた。
「0! ワープ!!」
島がスロットルを一気に倒した。次の瞬間、波動エンジンは<ヤマト>の周囲の物理法則を完全に書き換えた。300メートルを越す巨艦が淡い光の繭に包まれ、常識を超えた速度で加速したかと思うと、瞬時にその場から消え去っていた。その後には重力震によって破砕された星間物質の放つ光の波紋が広がり、それも拡散しながら消滅して行った。
ガミラス軍 第228分遣隊司令部
ガンツはその光景を信じられない、と言う視線で見つめていた。
「ワープ…だと? 蛮族どもの艦が…?」
確かに、この太陽系の人類は手強かった。技術的にはるかに劣勢でありながら、衰える事のない敢闘精神で立ち向かってきた。それは認めよう。
しかし…敢闘精神では埋められない差…技術レベルのそれを、彼らはたちまちのうちに乗り越えて見せた。そんな事がありえるはずがない…
「し…司令部に連絡せよ」
だが、ガンツは目の前で起きた現実を受け入れた。それが参謀と言う職務に求められているものであり、現実を見損なって敗北するわけには行かないからだ。
「本日、我が228分権隊は敵の新鋭戦艦に遭遇…航空戦を挑むも、敵艦はワープ航法にて戦場を脱出せり。場所、時間…だ」
ガンツと空母<ベスティル>の乗組員は、<ヤマト>のワープをはじめて目撃した人々となった。それは、20年を越えるその生涯において、<ヤマト>が翔け抜ける事になった数百万光年の大航海の、その最初の羽ばたきだった。
(つづく)
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