SPACE BATTLESHIP "YAMATO" Private Edition
EPISODE:1 Hope for tommorow Part1,Section1
宇宙戦艦ヤマト
第一部 遥かなる星イスカンダル
第一話「第一次冥王星会戦」
西暦2199年4月12日 冥王星近傍空域
虚空の中を征く1隻の艦があった。いや、1隻ではない。神の視点から見れば13隻の艦が旗艦らしき大型艦を中心に立体的な陣形を組んで航行している。その陣形は直径百キロを超す巨大な球形を成していた。隣の艦が離れ過ぎているため、艦隊全体を肉眼では認識できないのである。
「長官、間もなく敵索敵域に突入します」
電測オペレーターが報告した。
「ご苦労」
長官――地球連邦宇宙軍第23任務部隊司令長官の沖田十三中将は落ち着いた声音で答えた。
「ここまでは順調だったが…」
この先はそうはいくまい。沖田は気を引き締めるために制帽をかぶり直し、命じた。
「全艦隊へ通達。総員、第一種警戒態勢」
彼の乗る旗艦、戦艦<八州>の対空レーザー砲台が僚艦に向けて旋回する。無論、攻撃のためではない。レーザー通信に使うためだ。目に見えないガンマ線レーザーが十三隻の艦の間を飛び交い、命令を伝えて行く。
「<デヴォンシャー>了解」
「<スラウェシ>了解」
「<朧>了解」
「<メンフィス>了解」
「<ハーシェル>了解」
指揮下の艦艇より飛び込む返信。地球連邦直轄の連邦宇宙軍と連邦に所属する各自治州の宇宙艦隊、そして火星合衆国の艦艇からなる合同部隊だけに艦の名前も様々だ。
「全艦隊警戒態勢への移行完了」
オペレーターが報告する。コスモクロノメーターを見ていた沖田は、その時間に満足した。人類が誇る最高練度の宇宙艦隊だけに、発令からの反応の速さには素晴らしいものがある。
だが、相手は練度の高さだけで倒せる相手ではない。そもそも勝てる相手かどうかも分からない。
それでも、沖田は戦う事をあきらめるつもりはなかった。敵と戦い、そして倒す。それが、地球連邦宇宙軍の一員として、故郷たる惑星とそこに住む人々に対して誓った忠誠を示す唯一の方法だからだ。
2199年3月29日 地球・東京臨時首都、地球防衛軍総司令部
その日、沖田は防衛軍司令部に召喚されていた。地球防衛軍司令部は、ガミラスの遊星爆弾によって壊滅した連邦首都、シンガポールにかわって臨時首都となった東京地区地下都市の第180層にあり、地球連邦憲章第九条第二項に基づいて結成された地球防衛軍の全てを統括する頭脳である。
沖田を呼んだのは、防衛軍司令長官で、沖田とは同期ながら、後方のデスクワークで軍歴を積み重ねてきた藤堂平九郎大将だった。
「残念ながら、今の我が軍にガミラスを壊滅させる力はない」
藤堂は開口一番そう切り出した。沖田と藤堂は軍歴こそ違っていても、同期であり、また親友として、余計な前置きなどを必要とする関係ではなかった。俗に言う「俺、貴様の関係」である。
「冥王星空域まで行ける航続距離を持つ艦は残り少ない。だが、奴等が発射してくる遊星爆弾だけでも阻止しない限り、例の極秘計画を完遂する事すらできないだろう。わずかでも良い、時間を稼ぎたい」
藤堂の言葉に沖田は頷いた。
「つまり、俺に冥王星まで行けと言うのだな?」
「そうだ。欲を言えば冥王星基地を何とかして破壊して欲しいが、それが駄目なら敵艦隊を冥王星空域に止めておくだけでも良い。内惑星圏に第一艦隊を展開できれば、遊星爆弾の阻止は辛うじて可能となる」
藤堂は言った。第一艦隊は航続力の低い重武装・重装甲の艦を中心として編制された部隊で、小惑星帯以遠への進出能力はないが、戦闘力は高い。これが火星軌道上に進出できれば、冥王星から飛来する遊星爆弾を撃破する事が可能だ。沖田に求められたのは、そのための時間稼ぎであった。
「遊星爆弾の攻撃が続いていては、『EX計画』の推進すらできん…頼んだぞ、沖田」
沖田は黙ってうなずき、藤堂と握手を交わして司令長官公室を退出した。
「ガミラス帝国」を自称する外宇宙からの侵略者が太陽系に侵攻してきたのは、2197年の夏だった。冥王星の観測基地を破壊し、そこに前進基地を建設した彼らは、地球連邦と火星合衆国に居住する人類に対し、全面降伏か絶滅かの二者選択を強いる最後通牒を叩き付けてきた。
これに対し、対立していた地球連邦と火星合衆国はただちに同盟を締結。太陽系連合軍としてガミラスの要求を全面拒否。両者はここに戦争状態へ突入した。
しかし、木星圏で行われた艦隊決戦において太陽系連合軍は壊滅的な敗北を喫し、防衛線は小惑星帯まで後退。それも、冥王星から発射されるガミラスの戦略兵器――小惑星を模した「遊星爆弾」と呼称されるギガトン級の熱核兵器――による戦略攻撃によって崩壊。
さらに、火星にまで遊星爆弾が叩き込まれ、殆どの都市が壊滅。火星合衆国が事実上滅亡するに至り、人類の防衛圏は一気に地球圏にまで後退した。しかし、艦隊戦力が壊滅した後遺症は余りにも大きく、宇宙空間での遊星爆弾阻止能力を失った地球の主要都市は、わずかな残存艦隊と迎撃衛星の必死の努力にもかかわらず、次々と巨大な茸雲の下に消滅していった。
現在、地上は致死的な放射能に汚染され、生き残った42億人の人類は地下1〜5キロの深さに建設された地下都市への退避を余儀なくされている。開戦からわずか1年で、地球・火星その他を合わせて200億人を数えた太陽系人口は5分の1にまで激減したのだった。
沖田はその中で激減した艦隊戦力を率い、内惑星圏に侵入するガミラス艦隊をしばしば撃破して戦功を積み重ねてきた歴戦の勇士だった。彼の指揮下にある部隊は、いずれも防衛軍の最精鋭として高く評価されていたが、その彼にしても敵の足元にまで切り込むと言う今回の任務には、戦慄するものを感じずにはいられなかった。
西暦2199年4月12日 冥王星近傍空域
「逆探に反応あり。強度大!」
「タキオンレーダーに反応!未確認艦隊発見、数は…36!」
「航跡反応解析。戦艦クラス1、巡洋艦クラス8、空母2、駆逐艦多数」
沖田が椅子に座った時、索敵システムが一斉に作動しはじめ、大艦隊が接近しつつある事を知らせた。艦隊に緊張が走る。
「長官、敵艦隊より入電です」
主席通信オペレーターの相原義一中尉が沖田の方を振り向いた。
「読みたまえ」
沖田が促すと、相原は見るからにくやしげな顔でそれを読み上げた。
「は。<地球艦隊の勇士諸君に告ぐ。彼我の戦力は隔絶しており、交戦は無益である。速やかに武装を解除し、我が軍に降伏せよ。我々は勇者に対する礼をもって諸君らを迎える事を、偉大なるガミラスの名に賭けて約束する。ガミラス帝国銀河系方面軍司令、シュルツ大将>以上であります」
その慇懃無礼な降伏勧告に、艦橋内に怒りの声が満ちる。が、沖田は一言も口にせず、黙っていた。
「司令、何と返答しますか?」
相原が尋ねる。沖田はすっと顔を上げると、ただ一言
「馬鹿め」
と言った。
「は?」
何を言ったのか分からず、相原が戸惑っていると、沖田はもう一度繰り返した。
「『馬鹿め』だ。そう返答しろ!」
「了解しました!」
相原はニヤリと笑い、「馬鹿め」と3回繰り返して送信した。それに対して、ガミラス側からの返答はなかった。ただ、測的オペレーターの報告が響き渡る。
「敵艦隊に高エネルギー反応及び、高速移動体反応の分離を確認!攻撃が来ます!」
次の瞬間、地球艦隊の各艦艇が張り巡らす対光学兵器吸収ガスフィールド、電磁バリアを貫いてガミラス艦隊の放ったビームが艦を直撃する振動が伝わってきた。
「ダメージ・リポート!」
沖田が叫ぶ。
「右舷Fブロックに被弾!損害軽微!」
「僚艦も異常無し!」
報告に沖田は頷く。まだ距離があるため、ガミラスの砲撃も地球艦隊に打撃を与えるには至らない。ガミラス特有のピンク色の光線が幾筋も視界を過ぎって行く。
「フェーザー砲か…あれの開発ができていればな」
沖田は唸った。地球艦隊の主力砲戦兵器はイオン化した金属原子を亜光速まで加速して投射する荷電粒子砲だ。威力は大きいが、イオン間に働く電気反発力のために遠距離ではビームが拡散して威力を失う。つまり、射程が短い。電磁バリアでも防ぐ事が可能だ。
これに対し、ガミラス艦隊の主力砲は空間の歪みの位相と波長を揃えて発射するフェーザー砲。大威力に加え、直進性に優れており、射程が長い。地球艦隊の砲と比較して数世代進んだ兵器である。
「だが、やりようによっては戦える…全艦、最大戦速!艦載機部隊を出せ!近接砲戦に持ち込み、敵を撹乱させる!」
沖田の指示に地球艦隊は一気に加速し、かつ突撃用の単縦陣形に組み替えた。それと同時に、戦艦<八州>と<デヴォンシャー><スラウェシ>の2隻の巡洋艦から艦載戦闘機部隊が発進する。地球連邦宇宙軍の主力戦闘機、F-86「ブラックタイガー」24機がガミラスの空母から発進する対艦攻撃機の群れに向かって突進する。
その間に、隊列を組み直した地球艦隊は防御の硬い<八州>を先頭に最大戦速で突撃を開始した。ガミラス艦隊の砲撃が艦体を直撃し、被害を与えるが戦意は衰えない。
「敵艦隊先頭、有効射程に入りました!」
砲戦オペレーターが報告する。
「良し、撃ち方始め!!」
沖田が下命し、<八州>に備えられた五基の14インチ三連装荷電粒子砲のうち、敵艦隊に指向可能な三基が斉射した。九条の淡緑色の光線が宇宙空間を切り裂き、ガミラス駆逐艦の一隻を直撃する。爆発が起こり、その艦は黒煙を吐きながら隊列を離脱した。
「その調子だ。どんどん撃ちつづけろ!」
叫びながらも、沖田は内心憮然としていた。<八州>は一応戦艦なのだ。それが相手の駆逐艦クラスに一撃で致命傷を与えられないのである。攻防の性能差は圧倒的だった。
(この艦では、奴等には勝てない)
沖田は危うく口に出しそうになった台詞を飲み込んだ。少なくとも、交戦中に司令官が言って良い言葉ではない。だが、その思いを裏付けるように、悲報が飛び込んだ。
「<浜風>被弾!轟沈しました!!」
こちらの駆逐艦の一隻が敵艦隊の砲撃をくらい、一瞬で艦体を貫通されて沈んでいく。恐らく、機関部や弾火薬庫に引火したのであろう。
「<デヴォンシャー>、大破!!不関信号を出しつつ隊列を離脱!!」
「<磯波>より入電!!<我戦闘、航行トモニ不能。僚艦ノ健闘ヲ祈ル。サラバ>」
「<フレッチャー>脱落、サヨナラを打電しつづけています!!」
「<大同江>、爆沈!!」
沖田は唇を噛んだ。5隻の沈没または脱落。わずか数分で戦力の3分の1以上を失った事になる。他の艦も無事ではない。この<八州>も第三砲塔が直撃弾を受けて使用不能となり、速力が低下している。
それに引き換え、こちらが与えた打撃は先ほど<八州>が脱落させたものを含め、3隻の撃破に止まっており、撃沈はない。沖田の事前の構想では、高速を生かした一撃離脱で敵艦隊をすり抜け、冥王星基地上空を通過しつつ、艦砲射撃で基地を破壊。撤収すると言う案だったのだが、現実は敵の圧倒的な攻防性能の差の前に、一番忌避していた一方的な消耗戦に引き込まれていた。
「…もはや作戦の完遂は困難だな。全艦へ通達。ジャミングを発射後、反転180度。地球へ帰還する!」
沖田は撤退を決断した。もともとこの作戦は時間稼ぎだ。この戦闘で損傷、弾薬の損耗を被った敵は一月は出てこないだろう。それだけあれば、第一艦隊の配備までの時間は十分に稼げている。
「本艦は味方の撤退を援護する。残存艦は<スラウェシ>を先頭に戦線を離脱せよ」
沖田の撤退命令に従い、索敵妨害物質を詰めたジャミング弾が次々に発射され、ガミラス艦隊から地球艦隊を追い隠す。生き残った艦艇が撤退に移るのを確認しつつ、<八州>はジャミングを抜けて突進してくる小艦艇やミサイルに主砲を打ち続けた。
「戦域に残っている艦は何隻だ!?」
沖田の問いに、レーダーオペレータがパネルを睨んで答えた。
「本艦の他には駆逐艦<雪風>のみです」
「古代の艦か…よし、繋げ」
沖田は呟いた。<雪風>艦長の古代守中佐は、かつて沖田が校長を務めていた頃の連邦宇宙軍士官学校江田島校を主席で卒業し、10年に一人の逸材として知られた男である。彼の指揮する<雪風>は木星圏決戦の惨敗からも無傷で生還し、幸運艦として名高い存在だった。
『こちら<雪風>、古代です』
「古代、撤退するぞ。続け」
隊内通信に出た守に、沖田は撤退を命じた。しかし、守はそれを拒否した。
『いえ…私は撤退しません』
「なんだと?」
沖田は目を剥いた。
『ここで退いたら、死んでいった戦友達に申し訳が立ちません』
その守らしからぬ愚かな言い分に、沖田は怒りの声を上げた。
「馬鹿者!ここで死んで何になる!退くべき時には退く事も勇気だと士官学校でワシは教えたはずだ!」
その沖田の怒りに、隊内電話の向こうから守の冷静な声が聞こえてきた。
『ええ…ですが、退く事ができないのなら突撃するだけです。本艦は…生命維持装置を破壊されて離脱までに乗員が生存できる見込みを失っています』
沖田は絶句した。死が確実になったから、守は敢えて殿を務めると言うのか。
『それに、私が死んでも弟が…進が残っています。あいつなら、地球を立派に守ってみせる事ができるでしょう。後はお任せします、長官。どうか、地球の…人類の未来を!』
通信は途切れ、<雪風>は艦体を翻して敵艦隊の方向へ向かって行った。
「古代…死ぬなよ…!!」
去り行く<雪風>を一瞥し、沖田は反転を命じた。戦艦<八州>はスラスターロケットを吹かし、一気に反転すると全力で戦場から離脱を開始した。
駆逐艦<雪風>
「行かれたか…」
<八州>の離脱を確認し、艦長の古代守中佐は顔に付いた煤をぬぐった。戦闘が始まってから常に激戦に突入していった<雪風>は、これまでこの名前を持った艦に与えられてきた幸運を、確率論の女神が一気に取り返そうとしたかのように無数の被弾を受けていた。艦橋も飛び込んできたミサイルの破片で血の海と化し、守の他には数名の乗員が生き残っているだけだ。もはや、地球への帰還には耐えられそうもない。
「済まないな、みんな。貧乏籤を引かせてしまった」
守が頭を下げると、乗員達の顔に笑顔がこぼれた。
「よしてくださいよ、艦長。我々は貴方の元で楽しく働かせていただいた。ここで地球の楯になって死ぬとしても、貴方と一緒なら地獄でも怖くはありませんや」
豪放な砲術長が笑いながら守の肩を叩く。
「そうですよ、艦長。死出の旅路が湿っぽくなります」
航海オペレーターも言った。守は微苦笑し、制帽を被り直すと言った。
「みんな、ありがとう。では行くか。両舷全速、全艦コンバットA体勢!敵を射程に捉えると同時に全魚雷発射及び主砲斉射三連!!」
「了解!!」
<雪風>は一気に加速し、手近の巡洋艦に狙いを定めた。無数の砲火が艦体をかするが、それを無視して距離を詰め、全兵装を発射する。狙われた巡洋艦は艦体の中央部に少なくとも3発の魚雷を直撃され、至近距離から放たれた5インチ荷電粒子砲の猛射を浴びた。さしものガミラス艦もこの打撃には耐え切れず、真っ二つに折れた後大爆発を起こして砕け散った。
その爆炎を突っ切るように<雪風>が翔ぶ。激怒したガミラス艦隊は<雪風>に追いすがり、砲撃を浴びせ掛けた。駆逐艦のやわな装甲が撃ち抜かれ、砕け散り、千切れ飛んで次第に艦の原形が失せていく。それでも、<雪風>は飛翔しつづけた。
やがて、その姿は宇宙の深淵の中に消えていき、そして、地球艦隊はその間に安全圏への脱出を果たしていた。
第二話「希望、軍神の星に墜つ」へ続く。
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