その日は、治子にとって久しぶりの休日だった。とは言え、普段なら仕事に行く時間が近づくと、しっかり目が覚めてしまうのが悲しい性である。
「ふぁ…良い天気だなぁ…こんな日にだらだらしてるのももったいないかな…」
一瞬寝なおそうと思った治子だったが、窓の外に広がる青空に考えを変えた。思えば、ここへ来てから寮と店を往復するばかりで、他に何もしたことがない。たまには街をぶらつくのも悪くはない。
そうと決まれば、まずは朝飯だと、着替えて部屋を出た治子だったが、階段を降りた時にそのアクシデントは起こった。階段と廊下の交わる角から、突然何か板のようなものが出てきたのである。よける間もなく、治子は顔面からその物体に突っ込んだ。
Welcome to Pia Carrot2 And 3 Sidestory
Seaside Bomb Girl!〜その少女、不幸につき〜
21th Order 「美崎海岸の休日(午前)」
「痛っ!?」
べち、という音を立てて顔面を強打した治子は、鼻を押さえてその場にしゃがみこんだ。幸い、鼻血などは出ていないようだが、鼻の頭がずきずきと痛む。その時、頭上から声が降ってきた。
「あら、治子ちゃん。ごめんなさいね〜」
「…貴子さん?」
治子はその声の降ってきた方向を見上げた。小脇に治子が激突した何かを抱えた貴子が彼女を見下ろしていた。
「怪我はない?」
貴子の質問に、治子は首を横に振った。
「いえ…大丈夫です。それより、それ何ですか?」
治子が顔をぶつけた謎の物体を指さすと、貴子は良くぞ聞いてくれました、と言わんばかりの笑みを浮かべ、その物体の向きを変えた。
「じゃじゃ〜ん! 見ての通りのサーフボードよ!」
引き伸ばした楕円形の本体に小さな波切り板。確かにサーフボードだった。
「どうしたんですか、それ?」
治子が尋ねると、貴子はボードを抱えなおしながら答えた。
「これはアタシが昔使ってたものよ。ちょっと倉庫の整理をしてたら出てきたって訳」
「なるほど…でも、貴子さんサーフィンなんか出来たんですか?」
出土の経緯については納得した治子だったが、それとは別に出てきた疑問を尋ねると、貴子はむっとしたような表情になった。
「失礼ねぇ…こう見えても、昔は『美崎のビッグウェンズディ』と呼ばれたものよ!」
そう言って、どうだ恐れ入ったかとばかりに胸を張る。
「へぇ…それはすごいですね」
なんだか良くわからないが、ものすごそうな渾名に治子は感心したが、貴子はちょっと違う受け取り方をしたようだった。
「あら、何よその言い方…さては信じてないわね?」
「え? いや、そんな事は…」
貴子の曲解に、治子は決して馬鹿にしたつもりはない事を伝えようとしたのだが、貴子はそうは受け取らなかった。
「よし、アタシの腕前を見せてあげようじゃないの。治子ちゃん、これから海に繰り出すわよ!!」
貴子の唐突な提案に、治子は一瞬戸惑った。
「…ええっ!?」
理解して驚く治子。貴子はそんな治子の様子に構わず、次々に指示を出していく。
「今から30分後にここに水着を持って集合よ! 良いわね?」
そんな御無体な、と思った治子だったが、考えてみればどうせ今日何をするかは、全く決めていなかったのだ。貴子に付き合って海に行くのも、それはそれで悪くない。
「わかりました。行きましょう」
治子が頷くと、貴子はニヤリと笑って言った。
「そうこなくっちゃ。そうと決まれば早く準備してきてね。いつまでもそうやってて他の人に見られても知らないわよ」
「へ…? あ…ひゃああっっ!?」
貴子に言われた事の意味に気がつき、治子は慌てて立ち上がった。ミニスカート姿でしゃがんでいたので、ショーツが丸見え状態だったのだ。
「た、貴子さん…そういう事は早く教えてください」
治子が赤面しながら言うと、既に管理人室に向かいかけていた貴子は、意地の悪い笑みを浮かべたまま言った。
「いやぁ…朝から良いもの見せてもらったわ…今日の治子ちゃんは薄いグレーと…」
「た、貴子さんっ!」
治子の怒った叫びをそよ風のように受け流し、貴子は管理人室へ消えていった。
それから40分後…二人は海岸へ来ていた。夏も半ばを過ぎたが、暑さは相変わらず、人もまた多い。
「いやぁ…今日は絶好のサーフィン日和ね」
ボードを軽々と抱えた貴子が、沖合いを眩しそうに見つめながら言う。風はそれほど強くないが、どこか遠い沖合いに台風でも来ているのか、波のほうは沖合いでも波頭が白く砕けるのが見えるほどだった。
「そうですねぇ」
治子は初めて見る貴子の水着姿に、少しどぎまぎしながら答えた。貴子の水着はストラップレスのワンピースで、かなりのハイレグなデザインだった。それが四号店の誰よりもグラマラスな肢体に良く似合っている。とても20歳と112ヶ月(木ノ下昇談)には見えない。
ただ、柄がアロハ風という辺り、やはり彼女も木ノ下一族の一員だった。
(貴子さん、綺麗だなぁ…)
治子が水着の柄にはあえて触れずに感心していると、貴子が振り返って治子の方を見た。
「治子ちゃんは結局その水着なのね」
「え? あ、はぁ…これしか持ってませんから」
そう答える治子が着ているのは、あの栄光と悲劇のミス美崎海岸コンテストの時に着ていた、トロピカルタイプのインナー部分だ。もっとも、治子とてあの悲劇から何も学ばないほど馬鹿ではない。しっかり胸元のリボン部分を結んだ上で、結び目に大き目の安全ピンを刺してあるのだ。これなら絶対に結び目が緩む事はない。
「ま、似合ってるからいいけどね。じゃ、さっそく…」
漕ぎ出すのかと思いきや、貴子はボードを砂に突き刺し、手ぶらになると、その場で足を折り曲げ始めた。
「準備体操よ。ほら、治子ちゃんも早く」
意外に堅実だった。治子は苦笑すると、貴子に合わせて軽く体操をこなし、身体をほぐした。それが終わると、ようやく出発の時である。
「それじゃ、見てなさいよ、『美崎の波乗りジェーン』と言われた、このアタシの勇姿を!」
そういい残し、貴子はボードに這って颯爽と波を切り始めた。沖合いに向かってどんどん進んでいく。
「がんばれ、貴子さーん!」
治子は声援を送ったが、ふとある事に気がついた。
(…あれ? さっきと渾名が違うような…)
治子が首を傾げたとき、沖合いで貴子がすっとボードの上に立つのが見えた。そこへ、かなりの大波が押し寄せてくる。貴子はその波に―
あっさりと呑まれ、姿が見えなくなった。
「…た、貴子さん!?」
愕然とする治子。そこへ、貴子を呑み込んだのと同じ波が押し寄せてきて、治子は全身ずぶ濡れになった。
「うわ…ととと…そ、それどころじゃないか! 早く助けないと…!」
水しぶきを振り払い、治子が沖合いへ向かおうとすると、後ろからのんびりした声が聞こえてきた。
「いやぁ、参ったわね〜…さすがにブランクがあるとうまくいかないわ」
「え…た、貴子さん?」
治子が振り向くと、確かにそこには貴子の姿があった。どうやら、波にここまで押し流されてきたらしい。並みの人間なら即座に溺れても仕方ない状況下だったのに、まるで平然としているあたりはさすがと言うべきか。
「大丈夫ですか?」
治子が心配しながら言うと、貴子は何事もなかったようにすっくと立ち上がり、ボードを抱えて海に向かった。
「な、なぁに。今のはほんの小手調べよ。今度は間違いないわ。『美崎のリトルマーメイド』の名に賭けて!」
そう言うと再びボードの上に這って、沖合いめがけて漕ぎ出していく。治子はその背中に向かって声をかけた。
「貴子さん、無理しないで! …というか、また渾名違うし!」
そのツッコミが聞こえたかどうかは定かではないのだが、貴子はすっくとボードの上に立ち上がり…再び波に呑まれた。その波が陸にのし上げ、引いていった後に、打ち上げられた貴子が倒れていた。治子はその横に歩いていき、貴子の身体を起こしてやった。
「貴子さん…本当はサーフィンできないんですね?」
「…ごめんなさい」
2回続けて自然の猛威に打ちのめされた貴子は、珍しく素直に謝った。
数分後、二人は借りてきたビーチパラソルの下にマットを引いて一休みしていた。
「いやぁ…参った参った。見栄は張るもんじゃないわねー」
うつぶせに寝そべった貴子が言う。横にはボードが砂に突き刺して立ててあった。数年前、映画をきっかけにちょっとしたサーフィンブームが来た時に買ったものの、その時もやっぱり全く波に乗れず、ずっと死蔵してあったものらしい。
「いや、でもまぁ…普通に泳ぐだけでもきっと楽しいですよ?」
治子としては否定も肯定もできないので、無難な事を言うに留めた。
「そうねー…でも、その前にちょっと一休み…そうだ」
貴子は上体を起こし、荷物の中からサンオイルを取り出した。それをぺたぺたと腕に塗り、そして瓶を治子に手渡した。
「悪いけど、背中に塗ってくれない?」
「あ、良いですよ…え?」
治子は固まった。女の子の背中にサンオイルを塗る。治子の中の精神も含む健全な成年男子にとって、憧れのシチュエーションの一つと言えよう。
「ほら、早く」
貴子が促してくる。治子は生返事をして貴子の背中にオイルを塗りこみ始めた。心の中で自分に言い聞かせる。
(落ち着け俺。こんな事は初めてじゃないだろ)
治子は昔耕治だった頃、やはり海に行って、葵や涼子、それに店長の妹である留美の背中にサンオイルを塗ったことがあるのだ。
そう言う意味では経験皆無ではないが、だからと言ってその体験に慣れるという訳でもない。治子は極力雑念を廃し、貴子がくすぐったがったりしない事に気をつけた。
(…でも、貴子さんの肌ってきれいだなぁ…)
治子は感心した。背中にはしみ一つなく、肌も張りがあって若々しい。どういう秘訣があるのかは知らないが、自分も歳を取るなら、貴子みたいな…
そこまで考えて、治子は愕然とした。「貴子みたいな、綺麗な女性になりたい」と思いかけたのである。
(お…落ち着け。しっかりしろ俺! こんなシチュエーションでそんな女の子女の子した考えが浮かぶようじゃおしまいだぞ!?)
激しく動揺する治子。そんな彼女の様子がおかしい事に気付いたのか、貴子が上半身を捻って治子の方を向いた。
「どうしたの? 治子ちゃん」
「…え? い、いや…なんでもないです…」
何とか平静を装って答えた治子に怪訝そうな視線を向けた貴子だったが、すぐに身体を元に戻して言った。
「なら良いけど…アタシはしばらくこうやって焼いてるわ。治子ちゃんはどうする?」
「えーっと…ちょっと泳いできます」
治子は答えた。気分を落ち着かせるために、すこし頭を冷やした方がいいかもしれない。
「わかったわ。じゃ、また後でね」
そう言って目をつぶる貴子に頷き、治子は波打ち際へ向かった。
治子が一泳ぎして戻ってくると、寝ているかのように見えた貴子が顔を上げた。
「あ、すいません…起こしちゃいました?」
治子が聞くと、貴子は首を横に振った。
「寝てたわけじゃないわよ。お腹減ったなぁ、と思って」
それを聞いて、治子はそう言えば、と思って時計を見た。12時10分前。食事に行くにはいい時間だ。
「そうですね…どこに行きましょうか?」
治子が聞くと、貴子はニヤリと笑ってある方向を指差した。治子はそれを見て思わず間抜けな声をあげた。
「あ、あそこですかぁ?」
そこには、普段彼女が働いている場所があった。
「いらっしゃいませ、Piaキャロットへようこ…あれ、治子さん? それに貴子さんまで…」
治子と貴子の二人が店のオープンテラスに上って来ると、出迎えたのはさやかだった。思わぬ取り合わせの二人にきょとんとした顔をしている。
「おはよう、さやかちゃん。二人なんだけど、席空いてるかな?」
治子が言うと、さやかは二人が客として来た事を認識したらしく、慌てて空いているテーブルへ案内してくれた。
「さて、何を食べましょうかね?」
「アタシはここからここまで全部かしらねー」
治子の質問に、貴子が相変わらずの豪快極まりない食欲の一端を見せて答え、思わず治子は苦笑した。そして、注文を決めて呼び出しボタンを押す。聞き慣れた電子音のチャイムが店内に鳴り響いた。
「お待たせしました、注文をどうぞ」
やってきたのは、やはりさやかだった。すると、やっぱりオープンテラスに出て来ていた美春や朱美、明彦たちがなにやら悔しそうな表情で去っていく。治子たちの注文を取りたかったらしい。
(あの二人は…)
朱美と美春の行動に、治子は少し顔をしかめた。とは言え、彼女たちにそう言う行動を取らせている原因は、治子自身にあるのだからどうしようもない。
どうしたものかと考え込んでいるうちに、さやかの声が治子を現実に引き戻した。
「治子さん…治子さん! 大丈夫ですか?」
「え…何が?」
きょとんとする治子に、貴子が答えた。
「なんか、今ものすごく難しそうな顔をしてたわよ。何か悩みでもあるの?」
どうやら、考えている間に顔に出ていたらしい。治子は慌てて笑顔を作った。
「そ、そんな事ないですよ…それより注文だったね。私はトマトの冷製パスタ。食後にミルクティーを。貴子さんは?」
誤魔化すような治子の言葉に、貴子はさやかと顔を見合わせた。が、とりあえず注文だけはしておく。
「アタシは…ビーフステーキと、スパイシーバジルチキンと、ハンバーグ&エビフライプレートと、美崎海鮮丼と、それから…」
貴子はさらに10品目ほど頼み、さやかが注文を確認する声は1分ほども続いた。それでも間違えないあたりはさすがである。彼女が厨房に注文を伝えに行ってしまうと、治子は視線を店内に向けた。なかなか忙しそうだが、みんなテキパキと働いていて、昇やナナ、織江も、もう何の心配も要らない働き振りを見せている。
(もう、このお店は大丈夫だな)
治子は思った。もうヘルプに頼らなくても、この店は十分運営していけるだろう。そうなれば治子の役目も終わり、二号店へと戻る事になる。
しかし、治子はまだ何も成していなかった。ここに来るきっかけとなった事件…あずさとつかさにたいし、一体どうすればいいのか、答えはまだ見えていない。同じような悩みを抱えているらしい明彦の事を解決してやれば、何か見えてくるかもしれないと思っていたが、忙しさや様々なイベントのせいで、それもできていない。自分はこんなに中途半端な人間だったのか、と愕然とする思いだ。
「…治子ちゃん? 治子ちゃんってば」
突然体が揺さぶられた。治子が驚いて顔を上げると、心配そうな表情の貴子が肩を掴んでいた。
「あ、す、すいません。ちょっと考え事をしてて…」
治子が言うと、貴子は治子の肩から手を離して言った。
「やっぱり、何か悩み事があるんじゃないの? お姉さんでよければ聞いてあげるわよ?」
そう言いながら、にっこりと笑う貴子。治子は一瞬迷ったが、貴子に相談するのも良いかも知れないと思った。こう言ったら怒られそうだが、何と言っても貴子は人生経験豊富な大人の女性だ。治子には見出せない何かを教えてくれるかもしれない。
「じゃあ、聞いてくれますか?」
治子が言うと、貴子は頷いてくつろいだ姿勢になった。そこで、治子は今まで明彦や朱美には断片的にしか話したことのない二号店時代の事情を話した。もちろん、自分が男だった事や、相手があずさとつかさだった事は伏せている。
「だから、私は自分がすごく身勝手な人間な気がして…周りの人を振り回して、それで傷つけてるんじゃないか…って、そう思えて仕方がないんです」
俯き加減で治子がそう言うと、貴子は首を横に振った。
「それは、アタシはちょっと違うと思うけどなぁ」
え?と治子が顔を上げると、貴子は彼女の顔をじっと見て話しはじめた。
「アタシは、逆に治子ちゃんは回りに気を遣い過ぎなんだと思うけど。身勝手な人なら、朱美ちゃんや美春ちゃんが好きになるはずはないもの。あの娘たちはちょっとズレたところはあるけど、人を見る目はありそうだしね」
朱美と美春に好きだと言われた事を指摘されて治子は真っ赤になった。とは言え、朱美たちの方に治子への好意を隠す気がないのだから仕方がない。沈黙した治子を見据え、貴子はさらに言葉を続ける。
「アタシはね、逆に治子ちゃんはもっと身勝手になっても良いと思う。例えば治子ちゃんが誰か一人を選んで、他の娘たちがそれでショックを受けたとしても、人間って言うのはね、何時かは平気になるものよ…」
そこで、貴子は言葉を切り、ふうっとため息をつきながら視線を遠くに向けた。その言葉は、どこか貴子自身に向けられていたかのように聞こえた。
治子は思わず声をかけようとして、なんと言って良いのかわからずに口篭もった時、料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。トマトの冷製パスタに…貴子さんにはまずビーフステーキですね」
料理を運んできたのは明彦だった。いや、明彦だけではない。朱美や美春、さやかに昇に織江も付いて来ている」
「ちょ、ちょっと…みんなでここに来たら他のテーブルはどうするの?」
思わず治子が職業意識を出して注意すると、朱美が手にもっているマカロニグラタンを掲げて見せて言った。
「貴子さんの注文、一人で運びきれるわけがないでしょう?」
「…ごもっともです」
治子は頷いた。その後、彼女のパスタを圧倒的に包囲する形で貴子の頼んだ品々が並べられる。その数、7品。ちなみにこれで注文の半分だ。
「さて、いただきましょうか」
手にナイフとフォークを持って貴子が嬉しそうな表情で言う。治子も頷いてフォークを手にとった。食事をしながら、さっきの話の続きをしようと考えたのだ。
ところが、治子が冷製パスタを片付ける前に、貴子はあっという間に大量の料理を胃に収めていき、そのあまりの食べっぷりに、治子は思わず見とれて本題に入るのを忘れてしまった。
「す、凄いですねぇ…何度見ても」
治子が既にデザートに取り掛かり、大きなパフェを3つほど空にしつつある貴子に向かって感嘆の言葉をかけると、貴子は口の周りについたクリームをぺろりと舐めて答えた。
「それはもう、いっぱい食べるのは健康の基本よ」
そ、そうかなと治子は思った。貴子の食べっぷりは健康を維持するレベルを超越して「暴飲暴食」の域に達しているような気がする。というか、何故太らないのだろう。すると、その治子の思いを読み取ったのか、貴子が言った。
「それに、アタシどういうわけか贅肉が全然つかない体質なのよね」
「へぇ…羨ましいですね」
治子が言うと、貴子は治子の身体を上から下までじっと見た。
「そう言う治子ちゃんも、なかなか身体の維持には気を使ってるように見えるけど?」
治子は首を横に振った。
「そんな事ないですよ。まぁ、こう忙しいと太ってる暇もないですけど…」
実際、治子の体重は食が細くなったこともあるが、大して維持する努力もしていないのに、女の子になった直後からほとんど変わっていない。もっとも、今の体型が維持すべきものなのか、それともやせたり太ったりした方が良いのかについては、良くわからないのだが。
「そうね…毎日忙しいものね」
貴子はそう言いながら、パフェの最後の一すくいを口に放り込み、ゆっくり味わうと立ち上がった。
「まぁ、そう言うことならせっかくの休日、徹底的に楽しみましょ」
貴子はウィンクして見せた。彼女も今日は管理人の仕事を忘れて徹底的に楽しむつもりらしい。治子は微笑んでそれに答えた。
「そうですね。パッと行きましょうか」
ずっと働きづめで、精神的にも何かと疲れることの多かったこの数週間。今日一日くらい、何もかも忘れて遊べば、また明日から忙しい日々が続いても頑張れるだろう。治子はここへ連れて来てくれた貴子に感謝した。
「じゃあ、午後も張り切っていくわよー」
元気いっぱいの貴子のテンションに苦笑しつつ、治子はその後に続いた。太陽はまだ天高くにあり、夏の一日はまだこれからだった。
(つづく)
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