予選終了後、いったんステージの幕が降ろされ、出場者たちにはよく冷えた飲み物が配られた。
「お疲れ様です。このまましばらくお待ちください」
 司会者がそう言って頭を下げて回る。その間に、審査員と一般参加者の点数が集計されているらしい。
「私たち、予選通過できるでしょうか」
 美春の言葉に、治子は首を横に振った。
「さて、わかんないなぁ…誰が通過してもおかしくないし。できればみんなで先に進みたいけどね」
 治子は言った。彼女の最大の関心事はあずさの動向だ。彼女なら間違いなく予選を通過するだろう。
(俺は…まぁ、なんだかウケていたみたいだけど…)
 自分が何をしていたのか記憶がないだけに、正直予選通過には不安が残った。何しろ、あずさ以外にも強敵だらけなのだから。
(負けたら何言われるかわかんないし…)
 そう思って治子が溜息をついた時、司会者が言った。
「はい、集計が終わりました! これより予選通過者発表に移ります!!」


Welcome to Pia Carrot2 And 3 Sidestory


Seaside Bomb Girl!
〜その少女、不幸につき〜


16th Order 「歌姫たちの競演」


 ステージを覆っていた幕がさっと開き、観客が大歓声をあげた。
『皆様、大変長らくお待たせしました。これより、本選出場を果たされた8名の皆さんを発表いたします!!』
 司会者が叫ぶと、観客の興奮はますます高まった。それに押されるようにして、司会者のテンションも高くなっていく。ドラムロールと共に、二条のスポットライトが出場者たちを照らし出し始め、やがてその光は最初の本選出場者の上で重なった。
『まず、エントリーナンバー9番、岩倉夏姫さん! おめでとうございます!!』
 うわぁぁぁ、と言う大歓声と拍手が入り混じったどよめきがあがり、夏姫に惜しみない祝福が送られた。まだ予選通過の段階でしかないのに、まるで優勝したかのような騒ぎなのは、やはり出場者の驚異的なレベルの高さによる盛り上がりのせいだろう。
「夏姫ちゃん、おめでとう〜」
「やりましたね、夏姫さん」
 四号店の一同も夏姫を囲んで祝福の言葉を賭け、握手を交わした。
「ありがとう。でも、まだまだこれからよ」
 夏姫がそう言いながらも嬉しそうに微笑んで答えると、司会者が我が意を得たり、というように頷いた。
『まだまだ発表は1人目です! どんどん参りましょう!! 続きましては…』
 再びドラムロールとスポットライト。それが止まったとき、光に照らし出されていたのは…
『エントリーナンバー10番、羽瀬川朱美さん! 岩倉さんと先輩後輩揃って予選突破だぁ!!』
 再び大歓声と拍手。あれだけドジを踏んだ後だけに、自分が予選通過したのが信じられなかったらしく、朱美は「うそ…」と手で口を覆ったまま固まってしまった。
『えー、羽瀬川さんには[少し天然そうなところがかわいい]、[先輩と一緒に頑張ってください]などのメッセージが寄せられました。おめでとうございます!』
 司会者は朗らかに言ったが、朱美は応援メッセージの内容に痛恨の一撃を食らっていた。
「わ、私が先輩なのに…」
 例によって夏姫が先輩で朱美が後輩と言う、外見上の誤解を受けた朱美はがっくりと肩を落とし、夏姫はその肩を優しく叩いて慰めていた。そんな様子に気付かず、司会者は先に進んでいく。
『続いて、エントリーナンバー11番、冬木美春さん! 恋する乙女も予選突破だ!!』
 やむ事のない大歓声の中、にっこりと微笑む美春。司会者が近づいて彼女にマイクを向けた。
『いやー、どうです。ぜひ会場にいると言う彼に向かって一言』
 司会者としては何気ない質問…と言うか話題だったのだろうが、あいにく美春は普通の女の子ではなかった。
『いえ、彼ではないんですけど』
『え゛?』
 司会者が絶句し、会場もしんと静まり返った。「好きな人がいる」けど、「彼」ではない…と言う事は…?
 その答えは誰の目にも明らかだったが、どうやら脳の方で理解するのを拒んでいるらしい。理解できる数少ない人々であるPiaキャロ勢は額に手を当てて困ったポーズを取り、特に治子は襲ってきた頭痛に頭を抱えていた。その混乱の中、司会者が取り繕うように笑い、進行を続ける。
『は、はははは…さ、先に行きましょう! エントリーナンバー12、君島ナナさん! 妹チックな彼女も無事予選突破だ!!』
 観客もまた、気を取り直したように拍手と歓声を送る。ピンクのチェック柄のワンピースを着たナナは、胸の前で手を組んだポーズで喜びをかみ締めながら、客席の一角に視線を送っていた。そこにいるのは昇だ。
(ナナちゃん、やっぱり昇のことが好きなのかな? それにしてもPiaキャロ組はこれで3人連続予選通過か)
 治子は思った。さすがと言うか何と言うか。客席でも明彦と昇が興奮した様子で会話していた。
「おいおい、圧倒的じゃないか、みんな! こりゃ全員予選通過もあり得るぜ!!」
「あぁ、次は治子さんだな」
 昇の言葉に明彦も頷く。再びドラムロールが鳴り響く中、スポットライトが次の出場者を照らす。
『エントリーナンバー16番、高井さやかさん! 最年少の彼女も見事予選通過! おめでとうっ!!』
 観客たちは拍手を送りながらも、どこか「おや?」と言う表情をしていた。当然名を呼ばれるだろうと思っていた治子が飛ばされたのだ。さやかも嬉しいながらも不審な気持ちの入り混じった複雑な表情をしている。
 その観客たちの困惑をよそに、司会者は次の名前をコールした。
『エントリーナンバー17番、日野森あずささん! コングラッチレェーション!!』
 歓声が上がる中、あずさは勝利を確信したように治子を見た。
(…負けたか)
 治子は肩を落としながらも、仕方がないとあきらめた。元々男の自分がミスコンに出たのだ。どこか不自然な点でもあったのだろう。
(日野森があまり不条理な事を言いませんように)
 治子が心の中でそう願うと、司会者がつかさの名前を読み上げた。
『エントリーナンバー18番、榎本つかささん! かわいい子犬のような彼女も予選通過! おめでっとうー!!』
 つかさが犬耳、犬手袋、犬尻尾の3点セットをつけたまま愛想を振り撒き、観客の声援にこたえる。しかし、ふと真顔に戻ると、横にいるあずさに問い掛けた。
「あずさちゃん…耕治ちゃんに何を言うの?」
 治子に勝ったら、「何でも好きな事を聞かせられる権利」を持つ事になるあずさは、そうねー、と余裕の表情で答えた。
「何を言おうかな…せっかくだから…」
 そこまで行ったとき、司会者がいっそう声を張り上げた。
『そして、予選をなんと100点満点で通過した人がただ一人だけいます!! お待たせしました!! 最後の本選出場者は、エントリーナンバー13番、前田治子さんだぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!』
 次の瞬間、火山の大噴火のような、あるいは怒涛の砕け散るような凄まじい歓声が会場を震わせた。勝利を確信していたあずさはぽかんと口を開け、負けたと思い込んでいた治子もまた同様の表情になった。
「やったね、治子さん!」
「おめでとう、お姉さま!!」
 他の四号店メンバーに祝福され、やっと治子は我に返った。
「う、うん、ありがとう」
 微笑みながらも握手を交わすと、またしても治子は背中に熱い視線が降り注がれるのを感じた。間違いなくあずさの怒りの視線だろう。怖いので、振り返るのはやめておいた。
『えー、ではここで本選出場者の皆さんが獲得した点数を発表しましょう!』
 司会者がそう言うと、後ろのスクリーンに点数が表示された。

 夏姫…95点 朱美…94点 美春…97点 ナナ…92点 治子…100点 さやか…98点 あずさ…99点 つかさ…93点

 見事なまでに90点以上。しかも、全員Piaキャロット関係者。あの制服を着こなせるのが一体どういう美女美少女であるのか、鮮やかに証明した形となった。
『今年は予選通過者が全員90点以上という、大変珍しい高レベルなコンテストになりました。特に、100点が出たのは、今回は特別審査員として参加されている第27回の木ノ下さん以来の快挙であります』
 審査員長が全体通しての講評を述べた。
「た、貴子さんって凄かったんだな」
 明彦がいうと、昇が唸るように答えた。
「あ、ああ…優勝したって言うのもホラか戯言だと思っていたのに…」
 その瞬間、昇の顔面に貴子の投げたサンダルが直撃した。轟沈する甥を一瞥し、貴子がマイクを手に取る。
『えー、予選通過された皆さん、おめでとう〜。でも、本当の戦いはこれからなので、頑張ってね』
 語尾にハートマークでもついていそうな口調で貴子が言うと、司会者がその後を継いで話し始めた。
『その通り! 予選は優勝までの一里塚です! ここから先はいよいよ本選。外見的な美しさだけでなく総合的な美が問われます! そして、この先はトーナメント形式で戦う事になりますが、その組み合わせは既に決定しております』
 すると、スクリーンにトーナメント表が表示された。一回戦の組み合わせは…

 夏姫×朱美 治子×ナナ 美春×あずさ さやか×つかさ

(これは…)
 治子は何か作為的なものを感じて唸った。何と言うか、因縁の組み合わせ、と言う感じだ。
(さては貴子さんの仕業か?)
 治子が振り返って貴子を見ると、彼女は例のにんまりという笑いを浮かべていた。それを見て、治子は貴子の組み合わせへの干渉を確信した。他人ならいざ知らず、彼女なら何ができてもおかしくない。
『さて、一回戦の対決は…これであります!』
 司会者が手を振ると、トーナメント表が消え、代わりにある単語が浮かび上がった。

「カラオケ」

 客席がどよめき、司会者が種目の意図を語り始める。
『歌、それはもっと身近な芸術です。出場者の皆さんには、歌を持ってその美を表現していただきます』
 治子は唸った。カラオケに関しては、以前の宴会でみんなの力量を確かめている。しかし、あの時は機械採点だったが、今回は人間の採点だ。しかも、全員素面で酒は入っていない。純粋に実力勝負となる以上、結果があの時と同じになるとは限らないだろう。
『それでは、第一回戦、岩倉夏姫さんと羽瀬川朱美さんの対決です!』
 司会者が叫び、夏姫と朱美以外の参加者はステージの端に用意されたベンチに腰掛けた。
「お姉さま、どう思います?私は夏姫さんの方が優勢な気がしますけど…」
 美春が治子に見通しを尋ねてきた。
「うーん、どうかな…夏姫さんは上手だったけど、朱美さんも宴会のときは神無月君とのデュエットだったし、酒入ってたし…」
 治子は慎重に答えた。朱美が得意の歌で勝負するなら、勝ちはどっちに転ぶかわからない。そうこうしている間に、まず夏姫が得意の渋い英語のバラードを熱唱し始めた。その美声に会場が聞き惚れている。
(やっぱり、夏姫さんはうまいなぁ…)
 思わず聞き入りながら、治子は感心した。やがて、夏姫の歌が終わり、伴奏が止まると同時に、盛大な拍手が彼女に送られた。審査員たちも感心した表情で感想を交換し合っている。そのやや不利に思える状況下で、朱美がステージに立った。
(おや?)
 治子はさっきとは朱美の様子が違うのに気が付いた。緊張でガチガチになっているかと思いきや、場慣れしたのか自然体を保っている。
 そして、いよいよイントロが始まった。80年代アイドル風のノリのいい曲だ。前奏に続いて、朱美がスムーズに歌い始める。
「あ…朱美さん、上手〜」
 ナナが感心したように言った。たぶん、これが朱美の十八番なのだろう。楽しげに歌っている。会場からは自然と手拍子、足拍子が湧き起こり、朱美の歌に合わせて観客も動いた。
 そして、歌が終わると、夏姫にも負けない拍手と歓声が朱美にも送られた。勝敗の行方は完全に読めないものになってきた。どっちが勝ってもおかしくない。審査員も悩んでいるらしく、意見の交換時間が長かった。
 しばらくして、ようやく判断がついたのか、審査員たちが姿勢を正す。それを見計らって司会者が声を張り上げた。
『どうやら結果が出たようです! それでは、岩倉さんから採点結果を表示してみましょう!!』
 スクリーンの左側に、スロットマシンのドラムのようにめまぐるしく変わる数字が浮かび上がった。数秒の後、変化は止まって数字が確定される。
『岩倉さん、87点! これは良い数字が出ました!! では、羽瀬川さんの点数を行ってみましょう!!』
 今度は右側に同じような数字が現れる。めまぐるしい変化がゆっくりに変わり、やがて確定した。
『は…89点! 先輩後輩対決を制したのは羽瀬川さんだ! 羽瀬川朱美さん、二回戦進出です!!』
 次の瞬間、どっと拍手が湧き、二人への賞賛の声があがった。勝った朱美だけでなく、夏姫にも平等に惜しみない賛辞が贈られている。
「やっぱり、いざとなると先輩には勝てませんね…おめでとうございます」
 夏姫は別段悔しがるでもなく、朱美に手を差し出した。朱美はその手をしっかり握り返して頷いた。
「ありがとう、夏姫ちゃん…私、夏姫ちゃんの分まで頑張るね」
 その二人の爽やかな友情に、またしても歓声が贈られる。
『いやぁ…素晴らしい戦いでした。勝負の決め手はどこだったんでしょうか、審査員長』
『そうですね、歌自体は岩倉さんのほうが上手かったのですが、羽瀬川さんの方が、観客の皆さんがノリやすかったようですね』
 審査員長の言葉になるほどと頷き、司会者は言った。
『それでは、羽瀬川さん、岩倉さん、ありがとうございました!!続いて、前田治子さんと君島ナナさんの一戦です!』
「う、もう出番か…」
 治子はそう言うと、横に座っているナナに視線を向けた。
「お手柔らかにね、ナナちゃん」
「いえ、こちらこそ…」
 ナナは緊張した面持ちで立ち上がった。治子も緊張を押し殺せなかった。今の名勝負の後だけに、プレッシャーがかかるのである。
 果たして、プレッシャーに負けた二人の採点結果は惨憺たるものとなり、治子が73点、ナナが69点で、辛うじて治子が勝ちを拾う形となった。
「うぅ…負けちゃいました…でも、治子さん相手だから、仕方ないです」
 ナナががっくりした表情で言った。勝ったとは言え、治子も決して安心できる内容ではなかっただけに、この先が心配だった。
『では、第三戦、冬木美春さんと日野森あずささんの対決です! 張り切ってどうぞ!!』
 再び会場に歓声が巻き起こる。先の予選でも上位に入った二人の勝負だけに、注目度も高い。
「お姉さま」
 立ち上がった美春が、治子の方を向いて言った。
「ん?なに、美春ちゃん」
 治子が見上げると、美春は決意を秘めた表情で言った。
「私…お姉さまのために勝ちます。お姉さまにくっつくお邪魔なあの娘をここでやっつけてやります」
 美春の言葉には、あずさに対する熾烈なまでの敵意がこもっていた。ここであずさと対決できる機会を得た事は、彼女にとっては願ってもないチャンスだったようだ。
「が…がんばってね…」
 治子は答えた。そう答えるしかなかった。幸い、あずさは先にステージ中央に行ってしまっており、治子の美春への激励を聞く事はなかった。聞いていれば、また一悶着あっただろう。
「はい、任せてください、お姉さまっ!」
 美春は治子にウインクしてステージ中央に向かって行った。治子は汗を拭いつつ、勝負の行方について考えをめぐらした。
(うーん…ダメだな。美春ちゃんも歌は上手かったけど、日野森には多分勝てない。相手が悪すぎだ…)
 治子はそう結論せざるを得なかった。横を向くと、つかさと目が合った。
「こうじ…じゃなかった、治子ちゃん。この勝負は…」
 周囲に気を遣い、今の名前で呼んできたつかさに、治子は頷いた。つかさも同じ事を考えていたのだろう。
 その時、イントロが始まった。まず先攻になったのは美春だった。この間のカラオケの時は静かな曲だったが、今回はかなりアップテンポの明るい曲だ。過去に追われていた頃の彼女と、今の解放された彼女の心境の変化を表しているようで、なかなかに興味深いかもしれない。
 そして、歌が始まってみると、美春は静かな歌より、こういう明るい歌の方が似合うらしい、と言う事がわかった。
『♪PaPaPaParty Night!いつもの仲間が揃ったら〜 笑顔で合図〜』
 弾けるような笑顔を振りまき、踊りながら歌う美春に、観客席は大いに盛り上がる。その様子に、治子はひょっとしたらいけるかも?と思った。やがて、美春が歌い終わっても、客席の中にはまだ踊っている人がいたりして、大いに盛り上がっている。
『これは素晴らしいステージでした! それでは、日野森さんにも負けずに行っていただきましょうっ!!』
 美春の余韻が残る中、あずさがステージに立つ。イントロが流れ始めた。美春とは逆に静かな出だしだ。
「あ、この曲…」
「私も知ってるわ」
 最初にさやかが反応し、朱美も顔を上げる。あずさが選んだのは、「光の歌姫」と呼ばれている世界的な歌手の代表曲だった。そして、あずさが歌い始める。その瞬間、会場が静まり返った。
「こ、これは…!?」
「すごい…そっくりで、上手…」
 さやかと美春も驚く。あずさの歌声は、その「光の歌姫」にそっくりだったのだ。治子とつかさは知っていたが、実は、あずさの普段の話し声もその歌手とそっくりなのである。喋り方がぜんぜん違うのでわかりにくいが。
 やがて、あずさの歌が終わると、静かな拍手が起こった。美春の時ほど騒がしい反応はない。しかし、誰もが勝敗の行方をはっきりと知っていた。戦った美春でさえ。
『結果を発表します。冬木美春さん、91点。日野森あずささん、95点! 二回戦進出は日野森さんに決定しました!!』
 司会者が結果を発表すると、ようやく観客席に大きな盛り上がりが戻ってきた。勝ったあずさは堂々とした態度で戻ってくると、治子に勝ち誇った笑顔を見せて席に座る。一方、敗れた美春は、見るも気の毒なくらい悄然として戻ってきた。
「ごめんなさい、お姉さま…負けちゃいました…」
 がっくりと肩を落とした美春に、治子は優しく声をかけた。
「まぁ…そんなに落ち込まないで、美春ちゃん。良く頑張ったよ」
 治子の慰めの言葉にも、美春の表情に明るさは戻らない。しかし、彼女は治子の顔を見つめると言った。
「私、信じてますね。お姉さまなら勝てるって」
「う、うん…ありがとう」
 治子は答えたが、その間ずっと、あずさのいるほうから強烈な圧力を持った視線が注がれているのを感じていた。たぶん、間違いなく誤解されているんだろうな、と思うと気分が鬱になってくる。
 それも、勝ちさえすれば誤解が解けるまでゆっくりと話し合う時間ができるはず、と気合を入れなおすと、司会者が次の対戦カードを読み上げた。
『さて、次は一回戦最後の試合、高井さやかさんと榎本つかささんの対決です!!』
 観客席からわっと言う歓声が聞こえてくる。美春は控え室に向かいながら、さやかに声をかけた。
「頑張ってね、さやかちゃん」
「はいっ」
 頷いて、さやかは舞台中央へ向かう。一方、つかさも犬セットの位置を直して立ち上がった。お互いに気合は十分、後は歌うだけだ。
「そう言えば、さやかちゃんの歌を聞くのは初めてですね」
 治子は朱美に話し掛けた。
「そうね…相手の娘はどんな感じなの?」
 朱美の質問に、治子は少し考え、つかさの歌を思い出した。
「上手いですよ。ただ、こういう場ではそれが弱点になるかも…」
「え?」
 治子の答えに、朱美がきょとんとした表情になった時、さやかの曲のイントロが始まった。治子が前に歌った「永遠のストーリー」のC/W曲、「恋人たちの伝説」。これもなかなか良い曲である。
 彼女はどんな歌を聞かせてくれるのか、と期待する観客の前で、さやかが歌い始める。
「あ、普通に上手」
 朱美は言った。朱美や美春、あずさほど人を惹きつける歌ではないが、水準以上には上手い。
(これならさやかちゃんが勝つかもしれないなぁ)
 治子は思った。やがてさやかの歌は終わり、盛大な拍手が送られる。
 代わってマイクの前に立ったつかさは、勝利を確信していた。マイクを掴み、いきなりシャウトする。
『みんな、ノってるかわん〜!?』
 同時に曲が始まる。ハイテンションな、ほとんど騒がしいと思えるような曲だ。ノリノリで歌いだすつかさ。要所要所にシャウトや煽り台詞を入れていく。その歌唱力は高く、声も伸びやかで力強い。しかし…
「…あ、なるほど」
 じっとつかさの歌を聴いていた朱美が、先程の治子の言った事をようやく理解し、ポンと手を打った。
「わかりました?」
 治子が聞くと、朱美はうんうんと頷いて納得の言った表情をした。やがて、歌が終わり、観客が拍手をする。満足したつかさは待機スペースに立ち、結果発表を待った。
(大丈夫、ボクは負けない)
 普段のコスプレコンテストでもめったにできない、充実した歌い方ができた。手ごたえを感じていたつかさの耳に、司会者の声が飛び込む。
『お待たせしました、結果を発表します! 高井さやかさんは…』
 例によって後ろのスクリーンに回転する数字が出現し、ドラムロールの終わりと共に固定される。
『82点!』
 さやかはそんなもんかな、と平然とした表情だったが、つかさは勝利を確信していた。あずさぐらいの点数を出されたら危ないと思うところだが、80点代なら十分勝ちを狙える。
『では、続きまして、榎本つかささんの点数です!』
 司会者が叫び、点数がめまぐるしく回転する。その回転がやや遅くなり、ついに止まった時、つかさは目を疑った。
『71点! この瞬間、一回戦最後の突破者は、高井さやかさんに決定だぁぁぁぁ!!』
 観客席が爆発的に盛り上がり、勝利したさやかの名を讃えるなか、つかさは敗北…それも思わぬ大差でのそれに、「ど、どうして…?」と呟いていた。
『いや、最後まで見所の多い対決でしたね。審査員長、最後の決め手はなんでしたか?』
 司会者の呼びかけに、査員長がマイクを取り上げて答えた。
『いや、高井さんも榎本さんも素晴らしい歌声でした。ですが、その…榎本さんの歌は初めて聴いたのですが、何がなにやらわからなかったんですよ』
 その反応に、つかさは凍りついたように動きを止めた。
『確か、何かのアニメの歌じゃなかったかしら?アタシも詳しくは知らないけど』
 と、これは貴子。つかさは頷いたが、その時、自分が犯した致命的な失敗の正体に気がついた。ここはコスプレクイーンコンテストではなく、ミス美崎海岸コンテストの会場だと言うのを忘れていた事に。
 治子の指摘したつかさの弱点…それは、一般の人にはわからないマイナーなアニメソングを歌ってしまう事だった。
「し、しまった…」
 がっくりと膝をつくつかさ。その横で、さやかは勝ったのは良いが少し複雑な表情をしていた。
『さて、これにて一回戦は全て終了です! 次はいよいよ二回戦!! その対決方法とは…』
 発表される対決種目に、意表を付かれた観客たちの叫びがこだまする。
 コンテストもいよいよ佳境…勝敗の行方はまだ見えない。

(つづく)

治子への好意カウンター
今回は変動なし。

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