店から少し離れた海岸に、防潮堤防が大きな階段になって砂浜に降りている場所がある。今や、そこは臨時の観客席に早変わりし、その前には大きな野外ステージが組まれていた。ステージの上には「輝け!第32回ミス美崎海岸コンテスト」と言う看板がかかっている。
(こういうイベントの煽り文句はどうしていつも「輝け!」なんだろう)
 治子はぼんやりとそんな事を思った。愚にもつかない事を考えているのは、半ば現実からの逃避だろう。それくらい、今の状況は彼女にとってシュールだった。


Welcome to Pia Carrot2 And 3 Sidestory


Seaside Bomb Girl!
〜その少女、不幸につき〜


15th Order 「決戦の始まり」


「お姉さま、参加者はこっちだそうですよ」
 呆けている治子の服の裾を美春が引っ張った。彼女は生返事をして美春の後に続いた。ステージの裏にはプレハブの小屋があり、そこが参加者の更衣室兼控え室になっている。中には見知った四号店の女性陣の他に、多数の参加者が待機していた。
「結構参加者が多いなぁ」
 治子は感心した。しかも、参加者のレベルはかなり高い。まぁ、中には明らかに勘違いしたのがいないでもないが、これならさほど心配しなくても途中で落ちるだろう。
 それ以前に、他の四号店スタッフたちを相手に回して勝てるはずも無い。そう考えると、治子はちょっとだけ気が楽になった。
「前田さん、早く着替えたほうが良いわよ」
 そんなことを考えていたら、夏姫に注意された。振り返ると、夏姫は黒のワンピースと言う、彼女のイメージにふさわしいアダルティなデザインの水着に着替え終わっていた。そのスタイルの良さに、治子は息を呑んだ。
(うわぁ…夏姫さんきれいだなぁ…)
 普段の夏姫はスーツを着込んでいて、こうした無防備な姿は見せないだけに、新鮮なものを感じた。
「…前田さん?あまり熱心に見ないで欲しいんだけど…」
 夏姫に再度注意され、治子は我に帰った。どうやら、思わず彼女をじっと見つめてしまっていたらしい。
「あ、す、すいませんでした。急いで着替えます…」
 治子は謝ると、服を脱いで着替え始めた。このボツ制服の一部を流用した水着の最大の欠点は、トップの胸の部分はリボン結びにして止める事だろう。
(リボンを別パーツにしてホックで固定する、とかそういう無難なつくりにすればよかったのに)
 治子は胸の前で布を結びながら思った。もし仕事中にリボンが解けたりしたら、はっきり言って大惨事である。確かに可愛いデザインだが、ボツになったのも当然な気がする。
 万一に備えて結び目を固くし、それからパレオを腰に巻くと、治子の準備は完了した。するとその時、ドアが開いて新しい参加者が入ってきた。そちらを見た治子は、その顔を見て、文字通り凍りついた。
「…本当に出てるのね」
 夜叉のような表情で睨みつけるあずさだった。後ろにはつかさもいる。既に二人とも水着に着替えていて、あずさは赤いビキニ、つかさは白とピンクの縦ストライプのワンピースだった。
「ふ、二人も出るのか…?」
 絞り出すような声で言う治子に対し、つかさは弱りきった声で答えた。
「ボ、ボクはあずさちゃんに無理やり…」
「そうよ。言っておくけど、あんたにだけは絶対に負けないわ」
 つかさの発言に割り込むようにして言い放ったあずさが、治子にびしっと人差し指を突きつけて宣戦を布告する。そのいかにも因縁のありそうな二人に、周囲の注目が集まった。
「あ、あのな、日野森…」
 治子がこっちにも事情があることを説明しようとした時、コンテストのスタッフが控え室に入ってきた。
「はい、まもなくコンテストを開始します。出場者の皆さんはステージに上がってください」
 その言葉に、周囲の出場者たちも治子たちへの注目を止めて、ぞろぞろと移動を開始する。入り口近くにいたあずさたちはその流れに乗ってあっという間に出て行ってしまった。話の腰を折られて立ちすくむ治子に、四号店スタッフたちが声をかけていく。
「頑張りましょうね、前田さん」
「いよいよですね、お姉さま」
「みんな本選に残れると良いですね」
 朱美、美春、ナナがそう言って先に進んでいく。仕方なく、治子も彼女たちの後に続いた。あずさたちにはまた後で事情を説明しよう、と思いながら。

 夏空に花火のポン、ポンという音が響き渡り、ステージの上に司会者が上った。地元テレビ局のタレントらしい。
『会場にお集まりの皆さん、お待たせしました!! 今年も伝統あるミス美崎海岸コンテストを開催します!!』
 うおおお、と言う地響きのようなどよめきが会場を埋め尽くした。
『今年はなんと18人もの美しい女性たちがエントリーしてくれました!!事前の写真審査でも票が割れて割れて収拾がつかず、さらに飛び入り参加も例年に無く多くて、関係者一同嬉しい悲鳴だ!!』
 どっと笑いが湧き起こる。その反応に満足しつつ、司会者は声を張り上げた。
『さぁ、前書きはいい加減にして、さっそく出場者の素敵な彼女たちを紹介しましょう!!オープン・ザ・カーテン!!』
 その合図と共に、ステージを覆うカーテンが一斉に取り払われた。そして、出場者たちの艶姿に、観客席から大歓声が上がる。その声を浴びながら、治子はちょっと頭がくらくらしていた。
(つかさちゃんが出てたコスプレクイーンコンテストよりずっと凄いな…)
 それもまぁ当然の話で、このコンテストは司会者が言う通り今年で32回目と言う、歴史の長いコンテストである。注目度も高く、地元テレビ局のカメラまで出て来て会場の様子を撮影していた。
「あ、あそこに昇さんと神無月君がいますよ〜」
 ナナが男性陣の姿を見つけて手を振った。この娘も天然と言うか、なんと言うか、その物怖じしない態度に治子は感嘆した。
 一方、男性陣…明彦、昇、そして厨房スタッフ一同は会場の一角に陣取って同僚ウェイトレス一同の勝利を願って声援を送っていた。昇など、いつの間に用意したのか「勝利!Piaキャロット四号店」などと書かれた横断幕を用意している。しかし、昇はその自作の横断幕を持たず、撮影に専念していた。
「昇…お前がこれを持てよ。恥ずかしいだろ…」
 うめくようにいう明彦に、昇はシャッターを連射しながら明るい声で言った。
「おう、任せとけ。あとで焼き増ししてやるからな」
 会話がさっぱり噛み合っていなかった。
 その間にプログラムは進み、司会者は審査員の紹介をはじめていた。
『さて、まずは大会委員長で、地元美崎の町長でもある、山田太郎氏!続きまして、美崎町商工会長の…』
 審査員には地元の名士が名を連ねていた。それだけ、町としても力を入れているイベントなのだろう。しかし、この間参加者も観客も退屈していた。治子としても、そんなおっさん連中どうだって良いよ、と言う態度になっている。
『最後に、第27回大会の優勝者で、今大会特別審査員でもあります、木ノ下貴子さん!!』
『どぉもぉ〜♪』

がたがたがたがたがたがたっ!!

 司会者の紹介に続いてあがった脳天気な声に、ステージと客席の一角で連続して人がコケまくる音が響き渡った。言わずと知れたPiaキャロット関係者一同である。
『おや、どうかなさいましたか?』
 司会者がステージ上でコケた数人に気が付いて近寄ると、いち早く立ち直った夏姫が司会者のマイクを強奪して叫んだ。
『あ、あ、あ、あなたがどうしてそこにっ!?』
 夏姫に指差された貴子は、必要以上にふんぞり返って答えた。
『あら、聞いていなかったの?アタシちょっと前の大会の優勝者ですもの。特別審査員として招待されたのよ』
『くっ…そんな話を聞いた覚えもあるけど、本当だったとは…陰謀だわ』
 夏姫が顔をしかめて言うと、貴子の額にちょっと青筋が浮いた。
『陰謀だろうとなんだろうと、アタシに勝つという事は、優勝するって事よ。アンタにできるかしらね。ま、採点は公平にしてあげるわよ』
 貴子のたっぷり挑発を利かせた言葉に、負けじと夏姫も応酬する。
『しかと聞いたわよ、今の台詞。後で泣きを見ても私は知りませんからね』
 二人の視線が空中で激突し、バチバチと火花を飛び散らせ、観客がなにやら因縁めいた対決の予感に大歓声を送った。
『え、えーと…気を取り直してルールの説明と参りましょう。コンテストは予選と本選に分かれ、審査員の皆さんと、会場のお客様の中から無作為に選ばれた50人の投票によって点数を決定、上位の方々が次の回戦に進む事になります…』
 夏姫からマイクを返してもらった司会者が、汗を拭きながらルールを説明した。ちなみに、審査員は1人5点で10人、一般投票者は1人1点で50人、合計100点が満点になる。予選でまず10名をふるい落として8人を選び、その8人が本選ではトーナメント形式で戦っていくことになる。
『それでは、早速予選を開始したいと思います。予選は…自己紹介!!』
 どどん、という太鼓を打ち鳴らすような効果音と共に、ステージ後方の大画面に「予選:自己紹介」の文字が出力された。
『名前、このコンテストに出場した理由、自分の長所、なんでも結構です。各自1分以内で自分の魅力を存分にアピールしていただきます!』
 会場がどよめいた。
『まずはエントリーナンバー1番、横浜よりお越しの…』
 順番通りにアピールが始まった。ちなみに、Piaキャロット勢は夏姫が9番でトップバッター。以降朱美、美春、ナナ、治子と続き、飛び入り参加のさやかは少し間を置いて16番。あずさが17番、トリはつかさの18番となる。
『ありがとうございました! さて、次はエントリーナンバー9番、地元でレストランにお勤めの岩倉夏姫さんです。張り切ってどうぞ!』
 司会の言葉を受けて夏姫が進み出ると、会場が大いにどよめいた。長身にはちきれんばかりの肢体をセクシーな黒の水着で包んだ夏姫は、全身から大人の女性ならではの魅力を発散していた。おまけに、先ほどの貴子とのマイクバトル。注目度は非常に高かった。
「9番、岩倉夏姫です。出場は人に勝手に申し込まれたので、乗り気ではなかったのですが、負けられない理由ができたので努力したいと思います」
 先ほどのマイクバトル時とはうって変わった冷静な口調と表情に観客が拍手喝采を送った。
『岩倉さん、ありがとうございました〜!では、審査員より講評をお願いします』
 司会者に話を振られた審査員長が頷いて話し始めた。
『素晴らしいですね。はきはきした態度が良い。ぜひとも秘書になってほしいタイプですな』
 その他の審査員も口々に夏姫を絶賛する中、貴子はじっと沈黙を保っていた。一見しただけでは何を考えているのか不明である。
『ありがとうございました! では、次にエントリーナンバー10! おっと、9番の岩倉さんとは先輩後輩の仲だという、羽瀬川朱美さんです!!』
 司会者に名を呼ばれ、ブルーの水面のような模様のワンピースを着た朱美はマイクに向けて歩き始めた…が、緊張でガチガチになっているのか、手足の出る向きが同じだった。
(あ、危ないなぁ…)
 治子が嫌な予感を感じた瞬間、朱美は手足がもつれて思い切りすっ転んだ。
「きゃんっ!?」
 倒れる朱美。会場が笑いに包まれ、Piaキャロット参加者一同が(あちゃ〜…)と天を仰ぐ中、夏姫が急いで朱美に駆け寄った。
「せ、先輩…大丈夫ですか?」
「うぅ…ごめんね、夏姫ちゃん」
 打ったらしく赤くなった鼻を押さえて朱美が立ち上がる。そして、ようやくマイクに近寄ると、挨拶をはじめた。
『し、失礼しました。10番の羽瀬川朱美と言います。あっちのPiaキャロットと言うお店で店長をしています…と言っても代理なんですけど…そ、その、ただいまキャンペーン中で冷たいデザートを多数揃えていますので、ぜひお越しください』
 何を言っていいのか分からなかったのか、朱美はいきなり店の宣伝をすると、勢い良く頭を下げた。そして、予想通り額をマイクに打ち付けた。『ごちん』と言う音が会場に響き渡り、客席は爆笑に包まれた。
『う、うぅ…あ、ありがとうございました』
 痛かったのか、少し涙目で挨拶をすると、朱美は夏姫に付き添われて参加者の列に戻った。
『い、いやぁ…ユニークなお嬢さんでしたね…。では、審査員の方々から講評を…』
 あきれているのか笑いをこらえているのか、時々言葉に詰まりながら司会者が言うと、審査員長が答えた。
『いやいや、一生懸命な感じが好感度大でしたね。ぜひお店の方に食事に行きたいと思います』
 朱美のドジっぷりは、それはそれで審査員へアピールするところ大だったらしい。好意的なコメントが続出し、朱美の順番は終わった。
『どんどん参りましょう。エントリーナンバー11番、冬木美春さんは、事前の写真審査で第2位の好成績をマークされました。張り切ってどうぞ!』
 グリーンとクリーム色の縦ストライプのビキニを身につけた美春は、朱美とは対照的に、モデルのような堂々たる態度でマイクに近づいた。第2位の参加者とあって、カメラのフラッシュも激しく光る。
『11番、冬木美春です。実は、この会場に好きな人がいます』
 いきなりの告白に、会場全体が大きくどよめいた。
『その人のためにも、一生懸命にがんばりたいと思います。よろしくお願いします』
 美春がそう言ってぺこりと頭を下げると、客席から大きな拍手が沸き起こり、これまでで一番の大きな反応があった。
『いやぁ、実に良い! 告白と言い日焼けした肌と言い、恋の町、夏の町美崎海岸にふさわしい!!』
『彼女に思われている相手と言うのは実に羨ましいですな!! 代わって欲しいですよ!!』
 審査員たちも興奮した表情でコメントを述べている。その中で、ふと治子は貴子と目が合った。にまぁ、と笑う貴子に、治子はため息をついた。
(何か企んでるな、貴子さん…それにしても、美春ちゃんが2位となると、1位だったのは誰なんだろう?)
 治子はそう思いながら辺りを見回した。ナナは既に司会に呼ばれてアピールに入っているが、写真審査1位とは言われていない。
(すると、さやかちゃんか、日野森か、つかさちゃんか…)
 そう思っている間に、ナナの順番が終わった。彼女もまた、かなりの好評を得ていた。
『いやぁ、12番の君島さん、ありがとうございました。さて、次は…』
 その司会者の言葉に、治子は自分の順番が来てしまった事を悟って顔を上げた。取りあえず、何を言うかは大体決めた。何も自分をアピールせず、無難な自己紹介にとどめて点数を稼がないようにする。そして予選落ちしてしまえば、あとは高みの見物だ。
(そうすれば、日野森の機嫌も少しは直るだろうし…)
 治子がそう考えた時、司会が目を通していたレジュメから顔を上げた。
『次のエントリー13番、前田治子さんは、なんと写真審査を堂々の第1位で通過! 今大会の優勝候補筆頭であります!!』

がたがたがたっ!

 またしてもコケた者が3名いた。あずさ、つかさ、そして治子本人である。
『どうしました?』
 司会者が呼びかける中、朱美と夏姫に手を引かれるようにして、治子は起き上がった。頭の中が混乱している。1位? わた…俺が? マジですか…?その混乱状態に、猛烈な勢いで浴びせられるカメラのフラッシュが拍車をかけ、意識が真っ白になった。
 混乱した頭のまま、治子はマイクの前に立った。事前に考えていた面白みのない無難な自己紹介を心がける、などと言う考えは、脳内から完全に吹き飛んでいる。
『じ…12番…前田治子です…そ、その…お…私が1位というのは信じられない気持ちでいっぱいなのですが…』
 頬を赤く染め、たどたどしい言葉遣いで話す治子に、いきなり観衆が萌えまくって盛大な拍手と歓声を送る。これで彼女の頭はますます混乱した。
『そ、その…ありがとうございます』
 何をしていいか分からなくなった治子は、取りあえず礼を言って頭を下げた。それにまた大歓声が浴びせられた。
 そうした中で、ステージ上の四号店店員たちと、客席の明彦たちは呆然と治子を見ていた。いつもは仕事場でテキパキと仕事をこなしている彼女を見慣れているだけに、なんとなくステージに上がっても堂々としていると思っていたのだ。
 そんな先入観を打ち砕く、治子の初々しい(ように見える)様は、彼らにも新鮮な印象を与えていた。
「すげぇなぁ…治子さん。カメラ新調した甲斐があったよ」
 昇が感無量、と言った様子で呟く。美春は「お姉さま、かわいい…」と手を組んで目をうるうるさせていた。そして、明彦はただただ呆然としていた。頼もしい治子、儚げな治子に続く彼女の新しい一面に、ただただ圧倒されるばかりだった。
そして、観客席でも「何者なんだ、あの娘は!?」「俺、一目惚れしちまったぜ!!」「優勝は彼女で決まりだろう!!」などと治子を賞賛する声があがっている。
『おーっとぉ! これは凄い!! 13番の前田治子さん、まさに会場を魅了しています!! 審査員の皆さんはいかがでしょうか!?』
 司会者が叫ぶと、審査員長がマイクを掴んで言った。
『いやいや、これは驚きました。写真の段階でもきれいな人だとは思っていたのですが、やはり実際の印象を見るとこれはこれで…』
『水着もあまり見た事が無いデザインのものですが、清楚さとセクシーさが良くマッチし、そしてまた前田さんの着こなしも良い。10点満点です』
 審査員の評価も最高に近かった。そうした反応を真っ白な頭のままで聞いていた治子だったが、ふと、背中に何か熱いものを感じて我に返った。振り向くと、あずさが火の出そうな視線を治子に向けていた。そして、会場が自分に大歓声を送っている事に気が付いた。
(…し、しまった!?)
 良く覚えていないが、何かウケの良くなる事をしてしまったらしい。恐る恐る列に戻ってみると、予想通りあずさの痛烈な一言が耳を打った。
「良くもまぁ、それだけ媚び媚びな態度が取れるわね…呆れるわ」
「そ、それは…」
 治子は言葉に詰まった。真意はともかく、現象的にはまさにあずさの言う通りなのだから、何の反論もできない。しかし、思わぬ人物が治子に代わってあずさの前に立ちはだかった。二人の間にいたさやかである。
「そんな言い方って無いと思います」
 さやかは穏やかながら力をこめた口調であずさに言った。一瞬口篭もったあずさだったが、すぐに気を取り直して言い返す。
「何よ…何も知らないくせに、干渉しないで。これはあたしとアイツの問題よ!」
「あの、ボクもいるんだけど…」
 つかさがぼそりと言ったが、どうも調子が出ないようだ。
「でも、だからって…!」
 さやかがさらに反論しようとしたとき、治子がそれを止めた。
「良いんだよ、さやかちゃん。これは…日野森の言う通りだから」
「でも…」
 さやかは不満そうな表情をしたが、治子は逆に微笑んで見せた。
「気にしないで。それよりも、笑って笑って。もう順番次だしね」
 治子の言葉に、さやかははっとなった。既に15番の出場者の紹介は終わり、司会者が礼を言っているところだった。
『続きまして、エントリーナンバー16番の参加者は、飛び入り参加の高井さやかさん! なんと現役女子高生、もちろん参加者中最年少だぁ!!』
 うわああああ、と観客席から歓声が巻き起こった。治子に言われて浮かべた微笑をわずかに引きつらせながらも、さやかはマイクの前に立つ。
『エントリーナンバー16番、高井さやかです。こちらには、夏休みの間住み込みのアルバイトで来ました』
 さやかの清楚な美貌と、意外に大胆な黒の縁取りの白いビキニに包まれたしなやかな肢体は大いに観客を熱狂させた。その反応は治子、美春に劣らない。
『精一杯がんばりますので、よろしくお願いします』
 さやかが挨拶で締めくくりながら、ちらっと明彦を見た。またしても盛大な拍手を送る観衆の中で、明彦はじっと彼女を見ていた。しかし、その顔には何らかの表情は浮かんでいない。
(…見てくれてるのかな、明彦)
 さやかは不安を残しながらも列に戻った。
「さっきの13番の彼女も良いけど、いまの娘も捨てがたいな…」「くっ、今年のコンテストはやけにレベルが高いぞ。いったいどうなっちまうんだ?」「先が読めないな…」
 客席の間では、出場者のハイレベルさに困惑に近いものまで生まれていた。それらの声を聞きながら、明彦と昇はぼうっと会話を続けていた。
「なぁ、明彦。考えてみると、俺たちすごい環境で仕事してるよな」
「あぁ、そうだな」
 昇の言葉に明彦は答えた。仕事先の女性が、全員ミスコンで高い評価を受けるような美女美少女ばかりだと言うのは、宝くじを当てるよりもまれな事に違いない。
「しかも、さやかちゃんはお前の事が好きときた。うらやましいね、大将」
 昇が明彦の肩を拳でぐりぐりとしながら言う。本来なら何か言い返すところだが、明彦は自分がどうすべきかわからなくなっていた。
 治子とさやか、二人の事を知れば知るほど、どっちを選んで良いものか彼には判断がつかなくなっていくような気がした。そんな明彦の淡白な反応に飽きたのか、昇は再び撮影に戻る。ステージ上にはあずさが立っていた。
『17番、東京から来ました日野森あずさ、大学生です』
 あずさが治子への対抗心剥き出しで急遽購入した真っ赤なビキニを誇示するように胸を張り、力強く挨拶をすると、観客席はまたしても興奮の坩堝に包まれた。
「日野森だって媚び媚びじゃないか…」
 治子はぼそっと呟いた。もっとも、後が怖いので聞こえるような声では言わない。やがて、大歓声をバックに戻ってきたあずさは、治子の前を通りながら言った。
「負けないわよ。あんたみたいなニセモノの女には」
 その瞬間、治子はさすがに我慢の限界に達した。こっちは負い目があるだけに、あずさに言い返せずじっと耐えてきたのだ。だが、治子にも言い分が全く無いわけではない。こうなったらそれをあずさに全部ぶつけない事には収まりがつかなかった。
「日野森」
 治子が呼ぶと、あずさが怪訝そうな表情で振り返った。
「何よ」
「話がある」
 治子が言うと、あずさはふんっとそっぽを向いた。
「あたしにはないわよ」
 取り付く島もない、とはこの事だ。しかし、今度は治子も動じない。
「俺だって、日野森が素直に話を聞いてくれるとは思ってないよ。だから、一つ賭けをしよう」
「賭け?」
 首をかしげるあずさに、治子は頷いて続きを言った。
「あぁ…このコンテストで俺が勝ったら、日野森には黙って俺の話を聞いてもらう」
「…あたしが勝ったら?」
 あずさが乗ってきた事にひそかにほくそ笑みつつ、治子は言った。
「日野森の言う事をなんでも一つ聞いてやるよ」
「…言ったわね…面白い、乗ってやろうじゃないの」
 治子の提案をあずさは受け入れた。二人の間に、激しく火花を散らして視線が交錯する。そんな敵愾心に満ちた状況の中で、治子はなぜか懐かしいものを感じていた。
(…そうか、これは日野森と最初に出会った頃みたいな…)
 最初に会った頃の、お互い素直になれず、顔を合わせればケンカばかりしていた日々の思い出が治子の脳裏をよぎった。
(負けられない)
 治子は決意した。例え少しくらい恥ずかしくても、絶対にあずさには勝ってやる。
 そんな二人を見ながら、さやかは首を傾げていた。
(…この二人…よくわからない関係ね。でも、治子さんって昔不良だったのかな…自分の事を俺だなんて)
 そして、治子とあずさの対決の間に、つかさがこれまた他のPiaキャロ関係者に劣らない大喝采を浴びていた。彼女の秘密兵器は、急遽用意した犬耳のカチューシャと、犬手ぶくろ+尻尾。これを身に付けて
「東京から来ました、榎本つかさですわん。みなさんよろしくお願いしますわん」
 とやったのである。コスプレクイーン榎本つかさ、こうした芸をやらせれば誰にも負けなかった。
…ちと反則気味ではあったが。
(あずさちゃんには負けない…この勝負に勝って…耕治ちゃんをボクだけに振り向かせて見せる!!)
 つかさは決意していた。以前、コスプレクイーンコンテストで手伝ってもらった事をきっかけに耕治と親しくなったつかさにとって、コンテストで勝つ事は非常に縁起の良い事だったのだ。
 さらに、あずさが耕治=治子と対立している今は、つかさにとって大きなチャンスだった。上手くすれば、あずさを出し抜けるかもしれない。
『さて、これで出場者18人全員のアピールが終わりました!! ここで10分間の休憩とし、、その後本選出場者8名の発表を行います。お楽しみに!!』
 司会者が高らかに予選終了を告げる。戦いの第一幕は閉じ、第二幕が開こうとしている。
 果たして、治子を含むPiaキャロット関係者たちは本選へ進む事はできるのか。
 そして、最後の勝利を手にするのは誰なのか。
 その答えは神のみぞ知る。

(つづく)

治子への好意カウンター(爆)
さやか:+1 トータル5ポイント
朱美:+1 トータル9ポイント
貴子:+1 トータル4ポイント
夏姫:+1 トータル2ポイント
明彦:+1 トータル9ポイント

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