電車がホームに滑り込み、甲高いブレーキ音を響かせて停車する。同時にドアが開放され、乗客がぞろぞろと降り立ってきた。その中に、ひときわ目を引く二人連れがいた。
「ここが…美崎海岸」
「耕治ちゃんが働いているのはここなのね」
 二人は顔を見合わせた。どちらも、水準をはるかに抜く美少女だった。ロングヘアの、意志の強そうな表情をした少女と、やや背が低く、愛嬌のある顔立ちをした少女。そんな存在感に溢れた彼女たちを、ナンパ目当てでここへやってくる男たちが見逃すはずも無かった。
「へへ、彼女たち、美崎海岸ははじめて?俺たちが案内してやろうか?」
 見るからに軽薄そうな一団の一人が声をかける。しかし、ロングヘアの少女は断固たる意思を込めて言い放った。
「失せなさい」
「は、はいっ!」
 その言葉に込められた強烈な意思力に、恐慌に駆られて逃げ出すナンパ男。彼にはもはや一瞥もくれず、二人は歩き出す。
「さて、まずは四号店に行くわよ」
「うん、わかった」
 さっきのやり取りを見ていた周囲の人々が、モーゼの奇跡における紅海のようにさっと二つに割れていく中を、二人は進んでいく。彼女たちの襲来は、美崎海岸に一つの風雲を巻き起こそうとしていた。


Welcome to Pia Carrot2 And 3 Sidestory


Seaside Bomb Girl!
〜その少女、不幸につき〜


14th Order 「彼女の昔の彼女」


 一方そのころ、四号店では。
「お、おはようございます」
 店に来た治子は怖々、と言う感じで控え室のドアを開けた。何しろ、夕べ朱美にキスされてから10時間も経っていない。あれは酔って一時の衝動だと信じたいところだが、もし朱美が本気だったら大変だ。
 すると、部屋の中の人々がいっせいに治子の方を見た。女性陣が明彦を取り囲むようにして立っている。その中に朱美もいたが、なにやら難しい顔をしていた。
「おはよう、前田さん。ちょうど良いところに来たわ。ちょっと、これを見てくれる?」
 朱美が一枚の紙切れを手渡してきた。どうやら、今日は普通の状態らしい。ほっとしつつ、治子は頷いてそれを受け取り、目を通した。
「なになに…第32回ミス美崎海岸コンテスト? これが何か?」
 治子が不思議そうな声で言うと、夏姫が同じ紙を治子の方に見せて、その下の方を指差した。
「ここの、参加者名簿のところを見て御覧なさい」
 治子は夏姫の言う通りに下のリストを見た。すると、見覚えのある名前がぞろぞろと並んでいる。朱美、夏姫、ナナ、美春、それに治子の名前がエントリーされていた。
「…へぇ、私も出場枠に…って、あんですとっ!?」
 治子が目を丸くして叫ぶと、ナナがさらに別の部分を指差した。
「それだけじゃないんですよぉ。ここを見てください」
 治子が言う通りにすると、参加者の横に推薦者の欄があった。どうやら、このコンテストは自薦・他薦を問わないらしい。その推薦者の欄には「神無月明彦」の名前があった。治子が明彦の顔を見ると、明彦は慌てたように顔をぶんぶんと横に振った。
「お、俺は知らないんですよ、治子さん! こんな推薦書いた覚えはないんです!!」
 すると、美春がじっとりした視線で明彦を睨んだ。
「この期に及んでも、まだシラを切る気なの?」
 続いて朱美が言う。
「怒らないから、正直に言って」
 続いて夏姫。
「どういう事なのか、きちんと説明してもらおうかしら?」
 3人の畳み掛けるような攻撃に、明彦は真っ赤な顔で手を振る。
「ほ、本当に俺じゃないですって!! 頼むから信じてくださいよ…」
 治子はその光景を見ながら、もう一度書類を見た。ワープロ打ちしたものではなく、手書きの応募書類をそのままコピーしたものらしい。その時、さやかが控え室に入って来た。
「おはようございます。…あら、皆さんどうしたんですか?」
 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、不思議そうな表情をするさやか。治子はその書類を彼女に見せた。
「さやかちゃんならわかると思うんだけど…これ、神無月君の字?」
 治子が聞くと、さやかはしばらく考え込んで、それから首を横に振った。
「いえ、これは明彦の字じゃないですね」
 そのさやかの言葉に、明彦が顔を輝かせる。
「た、助かったよ、高井…!」
「え?」
 書類の正体自体は見ていなかったらしく、明彦の感謝の言葉に不思議そうな表情をするさやか。そこで、治子は手短に事情を説明した。
「うーん…すると、明彦の名を騙って応募した人がいるわけですよね」
 確かにそう言うことになる。治子は考え、ふとある可能性に気づいて、夏姫にひとつ提案した。
「夏姫さん、お店で発行した領収書がありますよね。あれを見れば、正体がわかるかもしれませんよ」
「…そうね。それはいい考えだわ」
 どうやら、夏姫も同じ可能性を思いついていたらしい。さっそく領収書を持ってくる。それらには、全て発行した店員の名前が署名されているのだ。つまり、その署名部分を見れば店員全員の筆跡がわかる、と言うわけである。そして、ほどなくして謎は全て解けた。
「こいつか…」
「ある意味納得ね」
 全員が一致してこれこそが犯人と同じ筆跡だ、と指摘したその人物は、昇だった。
「確か彼は今日非番だったわね。さっそく、電話して呼びつけるわ」
 夏姫がそう言って電話の受話器を手に取った。電話に出た貴子に用件を伝え、そして10分後。
「逃げようとしたから、無理やり連れて来たわよ」
 昇を簀巻きにして引きずってきたのは貴子だった。しかし、ここから寮まで大した距離はないとはいえ、よく人目に付かなかったな、と治子は感心した。
「さて、木ノ下君…説明してもらおうかしら?」
 しゃがみこんだ夏姫が昇の口に貼られたガムテープを剥がして尋ねた。
「い、いやその〜…うまくすれば店の宣伝になるかな、と言うか、別にみんなの水着姿が見たいとか、そういう不純な動機では決してなく…」
 昇は必死に言い訳したが、思い切り下心が見え見えだった。
「ともかく、断ってらっしゃい。この忙しいのに、そんなイベントに出ている暇は無いわよ」
 夏姫が言うと、昇は何か否定のリアクションを返そうとしたようなのだが、簀巻きにされているのでイモムシのように微妙に身体をくねらせて言った。
「そこは大丈夫っスよ。今日は午後から臨時休業じゃないですか」
「…あ」
 夏姫と朱美が顔を見合わせた。そう、今日は店内の設備点検のため、午後から臨時休業になっているのである。
「そうだとしても私は出ないわよ。そうですよね、店長代理?」
 仕事上の制約がなくなったとは言え、夏姫に出る意思はない。そう思って朱美に話を振ると、意外にも朱美は乗り気な様子で答えた。
「で、でも…本当にお店の宣伝になるんだったら…」
「えっ!?」
 朱美の思わぬ反応に夏姫が驚くと、貴子がニヤリと笑い、挑発するような口調で夏姫に言った。
「ま、アンタはやめておいたら? 顔は化粧でごまかせても、身体の年齢はごまかせないものね」
びしっ!
 夏姫の額に青筋が浮いた。クールな彼女だが、どうも貴子の挑発にだけは弱い…と言うか、瞬時に発火する。よほど相性が悪いのだろう。
「ほほう…面白い事を言ってくれますわね。私はまだ22ですよ? 先輩が出られるなら私だって…」
 腰に手を当て、仁王立ちして貴子と睨みあう夏姫。朱美がおろおろしながら言った。
「な、夏姫ちゃん、少し落ち着いて…」
「先輩は口を出さないでください。これは私と木ノ下さんの問題です!!」
「…はい」
 夏姫の一喝に朱美はうなだれた。そこへ、のんびりとした声で昇が言った。
「あー、それはもうムリっすよ、夏姫さん。叔母さんならもう4年も前に出場制限を過ぎてるから、夏姫さんとの対決は…」
 あ、また余計な事を…と全員が思った。予想通り、今度は貴子の額に青筋が浮いた。
「のぉぼぉるぅ〜…アンタ、よほど星々の砕ける様が見たいと言うのね?」
 怒りのオーラを立ち上らせる貴子に、昇は己の失言を悟ったが、既に後の祭りだった。それでも一応貴子を宥めようとする。
「ま、待ってくれ叔母さん!話せばわか…」
「問答無用っ! 必殺!! ギャラクシアンエクスプロージョン!!!!」
 貴子が宇宙をバックに繰り出した謎の必殺技と共に、昇は天高く吹き飛ばされた。

 今回の一件の元凶となった昇は滅びたが、夏姫はそのまま出場を決めた。よほど貴子を見返したいらしい。そして、宥めていた朱美も、結局一緒に出ることになった。そして、二人が出るなら、と美春とナナも出ることにした。4人のうち誰かが優勝すれば確かに店の宣伝にはなるし、賞金として10万円も贈呈されるのも魅力的だ。
 そして、残る人々の目は自然に治子に集中した。
「で…治子さんは出ないんですか?」
 ナナが言うと、美春が治子の手を握って言った。
「一緒に出ましょうよ、お姉さま。お姉さまならきっと優勝が狙えます!」
 しかし、治子は首を横に振った。
「その…誘ってくれるのは嬉しいんだけど、私水着持ってないから出られないよ」
『え?』
 治子の言葉に、全員が意外そうな表情になった。何しろ、地元民の貴子とナナを除く全員が、海辺の仕事と聞いて、念のために水着を持参してきたのである。夏姫とて例外ではない。
 しかし、貴子が何かを思いついたように手をぽんと叩いた。
「そうだ、朱美ちゃん、確か倉庫に試作品のあれが仕舞ってあったわよね」
「あれ? …ひょっとしてあれですか?」
「そう、あれよ」
 貴子の質問に朱美が応じると、貴子は嬉しそうに頷いた。しかし、傍から見ている分にはさっぱり二人の会話の意味がわからない。
「何ですか?あれって…」
 代表して治子が聞くと、朱美は治子に手招きをする仕草をして言った。
「前田さん、ちょっと倉庫まで来てくれる? 貴子さんもお願いします」
「…? まぁ、良いですけど…」
 治子は頷いて朱美の後に従った。貴子も一緒に付いてくる。倉庫に入り、隅のほうに置いてあったロッカーの前にたどり着くと、朱美はその一つを開けた。
「…なんですか、それ…?」
 その中に仕舞ってあった服を見て、治子は目を丸くした。マネキンに着せられているその服は、大胆にお腹の部分が露出するデザインのものだった。全体は青を基調とし、ジャケットとタイトスカート、その周りを取り巻くパレオで構成されている。
「これはね、ボツになった制服のデザイン案の試作品よ。名付けて<トロピカルタイプ>。アタシは割と良いデザインだと思ったんだけどね〜」
 貴子が答えた。ちなみに、彼女は若い頃デザインの勉強をしていたとかで、今正式採用されている<フローラルミント>のデザインやアドバイスにも関わったそうである。実に多才な人だ。
「そうなんですか?これもまた凄いデザインですね…で、どうしてこれを私に?」
 治子が言うと、朱美は手早くマネキンからジャケットを脱がし、パレオとタイトスカートを取り去った。すると、その下から現れた意外な物に、治子は驚いて尋ねた。
「こ、これ…水着ですか?」
 貴子と朱美は頷いた。制服の下のインナーがセパレートの水着になっていたのだ。ボトムはオーソドックスなショーツタイプ(ただしかなりハイレグ)だが、トップのデザインはかなり奇抜だった。首と胸の二箇所で留める形になっていて、首の周りはチョーカー風にデザインされ、胸の前はリボン結びになっていた。
「これ、試作品でフリーサイズだから、治子ちゃんでも着られるわよ」
 貴子の言葉に、治子は二人が自分をここへ連れてきた意味がわかった。これを着てコンテストに出ろと言うのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。私はコンテストに出る気なんて…」
 治子が拒否しようとすると、貴子が笑いながら治子の腕を取った。その途端、大して力を入れているようにも見えないのに治子は動けなくなった。
「まぁまぁ、良いじゃないの。何事も経験よ。さ、朱美ちゃん、着替えさせちゃって」
「はい、わかりました」
 動けない治子の後ろに回りこみ、朱美は制服のジッパーを降ろした。
「わ、わわっ!? あ、朱美さん、やめてくださいよ!!」
 治子は必死に訴えたが、振り返った朱美を見て愕然となった。彼女の顔は、夕べのキスしてきたときの熱っぽく潤んだ瞳だったのだ。
「ごめんね…でも、私も治子ちゃんの水着姿、見てみたいから」
「そんなぁぁぁぁ!!」
 倉庫に治子の悲痛な叫びがこだました。

 そして、10分後。
「うぅ…あんまりだ…」
 貴子と朱美によってたかってひん剥かれたうえに、しっかり水着に着替えさせられた治子はしくしくと泣いていた。しかし、それを見ている人々の反応は上々だった。
「お姉さま、素敵です…」
「可愛い水着ですね〜」
 美春とナナがきらきらと輝く瞳で治子を見た。
「凄く良く似合ってますよ、治子さん。なぁ明彦」
 いつのまにか復活していた昇が明彦の肩を叩いた。露骨に動揺する明彦。
「な、何で俺に話を振るんだよ!?」
 叫ぶ明彦だったが、視線は治子に釘付けだった。その様子をじっと見ていたさやかだったが、やがてコンテストの応募用紙を見ると、思わぬ事を言い出した。
「私も参加します」
 その瞬間、全員が驚いてさやかの方を向いた。
「た、高井さんも出るの?」
 治子が言うと、さやかは頷き、応募用紙の隅っこを指差した。
「ここに当日飛び入り歓迎と書いてありますし、皆さんが出るのに私一人出ないというのも…」
 さやかは言ったが、本音は別のところにある。治子には負けられない、と言う対抗心だった。出場すれば、そして勝てば、少しは明彦も自分の方を見てくれるかもしれない。
 もっとも、ここにいる参加者は、全員誰が優勝してもおかしくない容姿の持ち主だ。ひょっとしたら、治子以前に美春や夏姫に優勝を持っていかれるかもしれない。それでも勝負する価値はあるとさやかは思った。
 そして、さやかが出るとなっては治子だけ逃げるわけにも行かず、彼女の参加もまた自動的に決定したのだった。

 こうして、4号店の女性陣全員がコンテストに参加すると言う、とんでもない事態が起きたわけである。
「はぁ…嫌だなぁ…」
 治子は憂鬱だった。考えてみると、みんなの水着姿を観賞できる事になった昇だけが得したような感じで、ちょっと納得いかない。それを差し引いても、本来男の自分がミスコンに出るなど、悪い冗談としか思えなかった。
 まぁ、優勝できるはずも無いし、適当にやってどこかで落ちれば、後は楽だと思い直して仕事に集中しようとした時、客の来店を告げるチャイムが鳴り響いた。治子は入り口に急いだ。
「いらっしゃいませ、Piaキャロットへようこそ! …って…ええっ!?」
 治子は驚きに目を見開いた。同時に、客二人も治子の姿を見て驚いたように沈黙する。やがて、客の一人…ロングヘアの少女が言った。
「…久しぶり、前田君」
「あ、ああ…そっちもな…日野森…それに…」
 治子は答えつつ、客のもう一人を見た。
「つかさちゃん」
 そう、彼女たちは治子の耕治時代の交際相手…日野森あずさと榎本つかさの二人だった。

 あずさとつかさを海の良く見える一番良い席に案内した治子は、そのまま席の横に立っていた。3人の間には、なんともいえない気まずさに似た緊張感が漂っていた。
「…元気そうね」
 あずさが噴火直前の火山の地鳴りを思わせる何かを含んだ声で言った。
「ま、まあね」
 その成分を感じ取ったのか、治子がかすかに震える声で答えた。すると、あずさは値踏みするように治子の全身を頭のてっぺんから足の先まで観察し、感想を述べた。
「可愛い制服ね。似合ってるじゃない」
「あ、ありがとう」
 とりあえず治子が礼を言うと、あずさはフン、と鼻を鳴らして言い放った。
「もう、一生そのままでいたら?」
「…!」
 絶句する治子。それを宥めるようにつかさが声をあげる。
「あ、あずさちゃん…あ、あのね。ボクたち店長さんと涼子さんに言われて、様子を見に来たの」
「あたしは命令だから仕方なく来たんだけどね」
 あずさの声は冷たく刺々しい。しかし、彼女の言う事は事実ではない。祐介と涼子が治子の様子を確かめて来て欲しいと言った時、あずさは素直に承諾したのだ。それでも、治子(耕治)を目の前にした途端に素直じゃない態度になってしまうところが、彼女の彼女たる所以である。
「そ、そう…みんなは元気?」
 あずさに神経を痛めつけられ、治子は弱々しい声で尋ねた。それがまた、あずさの気に食わない。余計に態度を頑なにさせるあずさに対し、治子はどうしていいのかわからず、途方に暮れるばかりだった。これが以前の関係なら反論の一つも投げつけるところだが、今の自分にはあずさやつかさに対してそうした事を行う資格が無い、と思っているだけに尚更である。

 こうした3人の様子を、4号店の一同はじっと見ていた。
「…あの3人、どういう関係なんでしょうか?」
 ナナが良くわからない、と言った表情で言う。
「ただの友達同士ではなさそうね」
 と、こちらは朱美。
「治子ちゃん、なんだかあの二人に負い目があるようね」
 と貴子。さすが年の功と言うべきか、会話は聞こえなくとも雰囲気を読んで3人の関係を掴みつつある。
 この貴子の発言に、考え込んだ人間が二人いる。さやかと明彦だ。この二人は治子の過去…なにか恋愛関係で大失敗し、自分はもちろん相手も傷つけた、と言う経験があることを聞いている。
 とすれば、あずさとつかさの様子から見ても、この二人が治子の過去の失敗に深く関係している事は間違いない。それは一体なんだったのか…
(治子さんがあの二人と恋人を取り合った事がある…とか?)
 二人の想像はおおむね同じようなものだった。常識人の二人としては、妥当な推理と言えるだろう。…真相はまるで違うのだが。
 一方、非常識人であるが故に、逆に真相に近づいた者が二人いる。貴子と美春である。
(あの二人…治子ちゃんの事が好きと見たわ。ふふふん…やっぱり治子ちゃん両刀なんじゃない。これは楽しくなってきたわねぇ…)
 貴子はあくまでも傍観者としてこの混迷を楽しむつもりだったが、美春の方はそうではなかった。
(あの二人…お姉さまを未練がましく追いかけてくるなんて許せないわ)
 現時点で我こそが治子の恋人である、と自認する美春にとって、あずさとつかさの出現は由々しき問題であった。
 そして、一番の常識人であるところの夏姫は、3人の過去になどには注意を払わず、立ち話をしている治子の横に立つと咳払いをした。
「前田さん、知り合いの方と出会って懐かしい気持ちはわかりますが、仕事に戻ってください」
「あ…は、はいっ!」
 夏姫の言葉に、正直救われた気持ちになって仕事に戻る治子。片手拝みの姿勢になり、あずさとつかさに「また後で」と言う合図を送ると、フロアの奥の方に向かって行った。
 それを見送り、夏姫はあずさとつかさの方に向き直った。
「前田さんの知り合いということは、あなたたちも二号店の店員ですね?それなら、仕事中の私語はいけないことだとわかっているでしょう」
 さすがに夏姫の言葉には重みがあった。恐縮して頷くあずさとつかさ。
「仕事が終わった後でしたら、いくらでも時間がありますので、それからにしてください」
 夏姫はそう言うとバックヤードに戻って行った。代わって二人の席にやってきたのは貴子である。
「アタシもご一緒して良いかしら?」
 笑顔を浮かべ、フレンドリーな態度で言う貴子に、あずさとつかさは奇異の目を向けた。確かに店はそこそこ混んではいるが、相席をするほどでもない。
「あの、あなたは?」
 あずさが質問すると、貴子は彼女に手を差し出しながら答えた。
「これは申し遅れたわね。アタシは木ノ下貴子。このお店の社員寮の管理人よ。あなたたち、今日泊まる場所はあるの?」
 その言葉に、あずさとつかさは顔を見合わせた。驚いたような表情をしている。
「あなたが…貴子さん?ボクたち店長から『泊まる場所は貴子姉さんに頼めば何とかしてくれる』って聞いてきたんですけど」
 つかさの言葉に、貴子は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「もちろん。店子の友達はアタシの友達よ。治子ちゃんの友達ならなおさら大歓迎ね」
 そう言って、貴子はあずさの横に強引に腰を下ろした。とは言え、今日世話になる場所の管理者とあって、彼女も何も言わない。
「さて…」
 非番のはずだったのに結局働かされている昇を呼び止め、アイスコーヒーを頼んだあとで貴子は切り出した。
「二人は治子ちゃんとはどういう関係なの?」
「「え?」」
 あずさとつかさは戸惑ったような声で貴子を見た。普通に答えるには貴子の声には意味深な響きがありすぎた。
「どういうって…」
「友達…です」
 結局二人は無難に答えたのだが、貴子には通用しなかった。
「友達ねぇ…ま、そういう事にしておきましょうか」
 これまた意味深な言い方に、あずさが少しムッとなる。
「そういう事って…なんだって言うんですか?」
「いや、最近は外国では結婚する事も認められているところがあると言うしね。このお店にも、一人カミングアウトしちゃってる娘がいるし…」
 貴子は美春を横目でちらりと眺めつつ、肝心な単語だけははぐらかして答えた。しかし、あずさもつかさも、その意味がわからないほど無知ではない。二人の顔にさっと赤みが走った。
「ボ、ボクはそんなんじゃ…」
 つかさの顔の赤みは、単純に勘違いされた事による羞恥のためだったが、あずさのそれには怒りが混じっていた。
「違います!そもそも、あいつは…」
 思わず怒鳴ったあずさだったが、辛うじて自制心を働かせてそれ以上の発言を抑えた。もう少しで治子の正体を叫ぶところだった。いくらなんでも、その事をバラすのはマズいという程度の分別は彼女にもあった。
 しかし、彼女のその言い方は、思い切り意味深にも取れるところで途切れていた。貴子はニヤリと笑って言った。
「まぁ、気持ちはわかるけどね〜。治子ちゃんってあの外見で結構『男らしい』ところがあるし、性格も親切だしね」
 親切と言うか、その誰にでも優しいところが不安なのよ、と二人は思ったが、貴子にツッコまれそうな気がしたので、口には出さなかった。
「ま、今日のコンテストで治子ちゃんの違った一面を見れば、また想いを新たにするところがあるかもね」
 その貴子の言葉に、二人は顔を上げた。
「…コンテストって、なんのですか?」
 コスプレイヤーでもあり、その手のコンテストへの出場経験も豊富なつかさが聞くと、貴子は例のチラシをどこからとも無く取り出して、二人に手渡した。
「み、ミス美崎海岸コンテスト?これにあいつが出るんですか!?」
 あずさの驚愕の叫びに、貴子が頷く。
「ええ。水着は間に合わせのものだけど、なかなか似合ってって…どうしたの?」
 突然立ち上がったあずさに貴子が尋ねると、彼女はチラシを握りつぶし、全身を震わせて搾り出すように言葉を発した。
「コンテスト…コンテストですって?ふ、ふふふ…何考えてるのかしらあのバカ…」
「あ、あずさちゃん?」
 付き合いの長いつかさが、あずさの様子が爆発寸前になっている事を悟り、恐る恐る声をかける。すると、あずさはつかさを見据えて言った。
「つかさちゃん…あたしたちも参加するわよ」
「さ、参加する!? それに、あたし『たち』ってことは、ボクもぉ!?」
 悲鳴のように言うつかさ。彼女はコスプレ関係のコンテスト経験は豊富だし、その手の技能には自信があるが、普通のミスコンとなると全く自信がなかった。
「そうよ!あのバカに本物の女の子がどういうものか教えてやるのよ!!」
 言うなり、あずさはつかさの手を取り、店の出口へ向かった。怒りに震えながらも、「当日飛び入り参加歓迎」の一文だけは見逃さなかったらしい。悲鳴をあげるつかさを引きずってあずさが去った後、残された貴子は首を傾げた。
「…よくわからない娘たちだったわねぇ…」
 さすがの貴子も、治子の正体まではわからない。だから、あずさたちの反応については理解の外にあった。しかし。
「ま、良いわ。楽しみが増えたしね」
 そう言って、貴子は楽しそうな微笑を浮かべた。ミス美崎海岸コンテストは、木ノ下一族の惷動によって、大波乱必至のうちにその開幕を迎えようとしていた。

(つづく)

治子への好意カウンター(爆)
朱美:+1 トータル8ポイント
貴子:+1 トータル3ポイント

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