前回までのあらすじ
海辺の田舎町に降り立った流浪の人形使い国崎往人とその妹の空。その日の宿を捜す2人は地元の少女神尾観鈴と出会い、彼女の家に厄介になる事になったのであった。
み〜んみんみんみんみんみ〜ん……み〜んみんみんみんみんみ〜ん……
やかましいまでの蝉時雨が降り注ぐ中、国崎兄妹と観鈴の3人は海辺の道から続く坂道を登っていた。
「あぢぃ…おい、まだ着かないのか?」
かなりバテぎみな往人が観鈴に言った。さっきまでたっぷりと睡眠をとっていたはずだが、まだ完全に回復していなかったらしい。
「にはは…もう少しだよ。ほら、ここ」
そう言って観鈴が立ち止まる。そこは、一軒の平屋造りの木造住宅だった。門柱に「神尾」の表札がかかっている。
「ここが、わたしのおうち」
そう言って観鈴はにぱっと笑った。
「しけた家だな…ぐはっ!?」
文句を垂れた往人の向こう脛に、空が0.1秒で反応して鋭い蹴りを叩き込む。昼間の余熱が残るアスファルトの上に倒れ込んで苦悶する兄を無視して、空は言った。
「へぇ、良い家だね。涼しそうで」
神尾宅は高台にあって風通しが良い上に、周囲にはかなりの木が植わっている。都会には見られない、自然の涼が取れる構造の家だった。
「にはは…そうでもないよ。暑いときはやっぱり暑いし」
そう答えながら観鈴は門扉を開けた。どうぞ、と言う観鈴に応じて、空が一歩踏み出し、振り返った。
「兄貴、そんな道の真ん中でいつまでも寝てると、車に轢かれるわよ」
まだ向こう脛を押さえて倒れている往人に向かってそんな言葉を投げかける。
「て、テメェ…後で覚えとけよ」
どうにか立ち上がり、片足を引きずりながら後を追う往人。その時には女の子2人は既に玄関の中へ入っていた。
AIR SideStory
"the 1016th summer"
空の旅路
第二回
「神尾家の夕べ」
「お邪魔します」
そう言って、空は観鈴に続いて家の中へ入った。縁側に沿って続く廊下から居間と思しき部屋へ案内される。時間は6時になろうとしていた。
「邪魔するぞ」
まだ蹴られた脛が痛むのか、顔を顰めながら往人も入ってきた。ちょうどその時、お盆にコップと麦茶の入ったプラスチックのボトルを載せた観鈴が台所から戻ってきた。
「いらっしゃいませ。はい、麦茶」
手際良くコップを並べ、こぷこぷこぷ…と音を立てて麦茶を注ぐ。良く冷えていたらしく、たちまちコップの表面に水滴が浮いた。
「ん、ありがと。ちょうど喉が渇いていたんだ」
空はコップを手に取り、一気に半分ほど飲み干した。
「ふ〜。夏はやっぱり麦茶だねっ!」
「同じ麦でできているならビールのほうが好みだけどな、俺は」
力説する妹にそう応じると、往人は一気にコップの中身を飲み干した。キーンと言う冷たさが頭にまで響くが、それもまた心地良い。
「にはは…わたしも麦茶のほうが良いな」
兄妹ほど豪快な飲み方をしない観鈴が笑う。
「当たり前でしょうが。まだ未成年なんだから」
空が笑うと、観鈴は答えた
「うぅん。わたしのお母さん、良く酔っ払ってムリヤリ人にビールを飲ませたりするよ。だから、わたしも飲んだ事あるよ」
「…豪快なお母さんだね」
空が言うと、往人が反応した。
「ほぉ、そうか。と言う事はビールがあるんだな。よし、さっそく一杯…」
すぱーん!!
本日二度目の空のビニールスリッパが往人の頭に炸裂した。勢い余ってちゃぶ台に顔面を突っ込ませた往人は赤くなった額を押さえて起き上がる。
「だからそれは痛いからやめろって何度も言っているだろう!!なんで使うんだ!?」
「兄貴がそういう非常識な言動を止めないからよっ!!」
頭を押さえて怒鳴る往人と、それに負けない剣幕で怒鳴り返す空。ここで何か言うと、両方からツッコまれる事を学習していた観鈴は、「にはは…」と笑うだけで口を挟まない。
「ったく…昔はお兄ちゃんお兄ちゃんっつって寄ってきて可愛かったのに…」
往人がぼやくと、空に痛烈な反撃を食らった。
「一緒に旅をしてなかった頃は、たまに帰ってくる兄貴はいつも無口で、渋くてかっこいいなってずっと思ってたのに…実際は愛想は無いわ、経済感覚は無いわ、生活力は無いわ…まだ続ける?」
「いや、良い…」
所詮、往人が口ゲンカで妹に勝てるはずが無かった。ムスっと黙りこんだ往人は、黙ってテレビに目をやる。
「じゃぁ、そろそろご飯を作るね」
観鈴が立ち上がった。台所へ向かい、流しの下から袋のインスタントラーメンを取り出す。次に、冷蔵庫から具として野菜や残り物の蒲鉾を出していると、空がやってきた。
「観鈴、手伝うよ」
空が言うと、観鈴は慌てたように手を振った。
「だ、ダメだよ。空ちゃんたちはお客さんなんだから、手伝わせるなんてできないよ」
しかし、空は肩をすくめて居間のほうを指した。そこでは、往人が相変わらず無言で麦茶を飲んでいる。
「兄貴ったら、一度すねると全然口聞いてくんないから、気まずくって…じっと待ってるのも性に合わないし、迷惑はかけないからさ」
お願い、とばかりに手を合わせる空に、観鈴はにはは…と笑いながら野菜の山を指差す。
「じゃあ、せっかくだからご飯はチャーハンにするね。空ちゃんは野菜の方切るのお願い」
「おっけ、任せといて!」
握った拳を突き出し、親指をピシッと立ててやる気を見せる空。観鈴もつられて同じポーズをし、苦笑いする。
「じゃ、はじめよっ」
「うん」
二人の少女は並んで台所に立つと、それぞれの担当をこなし始めた。チャーハンに使う炒り卵を作るため、卵を割ってボウルでかき回し始める観鈴の背後で、リズミカルな音が響いてきた。振り向いた観鈴は驚いた目で空の手際を見つめた。
「わ、すごい…上手だね〜」
空は包丁をすばやく動かし、白菜やねぎをたちまちざく切りにしていった。観鈴の誉め言葉に、横を向いて微笑んで見せる。
「いやぁ、旅に出てからこの方、ご飯を作るのはあたしの役目だったからね。自然に慣れちゃったよ」
空が養父母の家を出て往人との旅をはじめた時、ちょっとしたキャンプ用品を持ち出していた。小さなフライパンに飯盒、包丁として使えるナイフやフライ返しがついたものだ。できる料理は限られていたが、メニューを工夫する事で食費を浮かせたり、栄養バランスを調整したりはできた。
「とにかく、兄貴って自分の事には無頓着な人だからね。こうして世話をするあたしみたいな奇特な人がいないと心配で…って、観鈴?」
話の途中で、空は友人の奇妙に温かい表情に気がつき、声を掛ける。
「なに?空ちゃん」
「なんだかあたしを見る目が微笑ましいんだけど…」
空が言うと、観鈴はん〜、とにこにこ笑いながら言った。
「いやぁ、空ちゃんって、本当にお兄さんの事が好きなんだね」
ぽかっ!
空のチョップが観鈴の眉間に炸裂した。
「イタイ…どうして叩くのかなぁ?」
観鈴が涙目で恨めしそうに空を見る。
「恥ずかしい事を言うからだよ」
空は少し赤い顔で答えた。
「まぁ…好きかどうかはともかく、兄貴が放っておけない人だって言うのは確かだね」
空はちらりと居間にいる往人を見る。麦茶も飲み飽きたのか、テレビを見ながら寝転んでいた。
「お母さんが旅先で死んで、兄貴が戻ってきたとき…ひどいありさまだったんだ。髪の毛はぼうぼうに伸びているし、何日も飲まず食わずで、お風呂も入れなかったらしくてひどい臭いをさせてたし…その時に、このままじゃ兄貴が死んじゃう、って思って」
「それで、一緒に旅に出たんだ?」
観鈴が言うと、空は肯いた。
「兄貴や死んだ母さんが旅をしていた理由って、一族の使命みたいな、重いものらしいから。引き止められなかった。だったら、あたしの方が兄貴に付いていこうって」
観鈴は感心したように肯き、ふと気になった事を尋ねた。
「使命って…」
観鈴の疑問に、空は答えた。
「この空のどこかに、翼を持った少女がいる。この大気の下で、ずっと風を受け続けている…っていう、それが、あたしたち国崎の一族にずっと伝わる言い伝え。その少女を捜すのが、兄貴や母さんが旅をしていた理由」
そこで空はふっと笑った。
「なんだか信じられないお話でしょ?普通だったら笑い飛ばす所だけど、母さんが命を懸けて追いかけ、今は兄貴が受け継いでる。だから、あたしも信じてみたい」
しかし、観鈴は意外にも真剣な表情でその話を聞いていた。そして、口を開きかける。その時、台所に往人が入ってきた。
「なんだか、焦げ臭いんだが…」
その瞬間、観鈴が叫んだ。
「わ、わっ!?玉子がぁ〜」
空の話に聞き入っている間に、彼女が作ろうとしていた炒り卵は黒焦げの炭と化していた。
「が、がお…」
ぽかっ!
ぼかっ!!
空の観鈴へのチョップと、その空の脳天に往人の拳骨が落ちたのはほぼ同時だった。
「イタイ…」
「あうううう…なんであたしまで」
涙目で抗議する空に、往人は鼻をフンと鳴らした。
「お前が長話をするからだ。罰として飯はお前が全部作れ」
「ええ〜っ!?」
抗議する空と、戸惑う観鈴。
「わたしは?」
「あぁ、観鈴は何もしなくて良いぞ」
その観鈴の問いに、往人は答えた。空の抗議などどこ吹く風だ。今日散々殴られているのだから、ここで一気に妹にお返しをしておくつもりなのだろう。
結局、その日の夕食は空の作ったラーメンとチャーハンになった。
「うむ、ごっそさん」
空になった器を積み重ね、爪楊枝で歯をせせる往人。一方、少し遅れて食べ終わった観鈴も挨拶をした。
「ごちそうさま〜」
「いえいえ、お粗末さまでした」
と空の返事。
「そんな事ないよ。すごく美味しかったよ」
感心する観鈴に、空はありがとう、と返事すると、器を持って立ち上がった。その手を観鈴が押さえる。
「なに?観鈴」
空がその意図を測り兼ねて聞くと、観鈴はにっこり笑って言った。
「空ちゃんは休んでて。後片付けはわたしがするから」
「え?いいの?」
空が聞くと、観鈴は笑顔のまま肯いた。
「うん、だって本当は空ちゃんがお客さんだもんね」
そう言って、手際良く器を回収し、台所へ持っていく観鈴。蛇口をひねる音に続いて、洗い物のカチャカチャと言う音が響き始め、空は腰を下ろした。テレビを見ていた往人が口を開く。
「ずいぶん仲良くなったんだな」
「え?」
往人の言葉に空は兄の方を振り向く。
「俺達は旅人だ。この街を通り過ぎていくだけの。あんまり親しくなると、別れが辛くなるぞ」
往人の言葉には実感がこもっていた。多分、彼にも経験のある話なのだろう。
「うん…解ってる。でも、観鈴と友達になろうとした事は、きっと間違ってないって、そんな気がするんだ」
妹の言葉に、往人は首をひねった。
「ふん…まぁ、お前は法術は使えないけど、昔から勘だけは妙に鋭かったよな…すると、何か意味のある事なのかもしれないな」
往人は言った。もう、十何年前の話だ。まだ空が小さかった頃、彼女を預けていた叔父夫婦の家を訪れた事がある。滞在する間、空は往人に「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と言ってずっと付いて回った。
そして、再び旅に出る数日前、まだそれを告げてもいないのに、空は「行っちゃ嫌だ」と泣き始め、あやすのに苦労した覚えがある。
「ま、良いさ。たまにはこういう所でのんびりするのも悪くはない」
往人は身を起こし、コップに麦茶を注いだ。
「しばらくはこの街に腰を落ち着けてみるか」
その往人の言葉に、空は顔を輝かせた。
「本当?さっすが兄貴!愛してるわよ」
「はっ、馬鹿言え」
空の言葉に、往人は何故か顔を赤くしながら麦茶を煽ると、背を向けてごろんと寝転がった。なんだかんだ言って、この男、妹には甘いのだ。
その時だった。
キキーッ!
どっかーん!!
轟音とともに、家が揺れた。
「わあっ!?な、なんだぁ!!??」
慌てて身を起こす往人。
「ガスでも爆発したの!?」
そう言いながら、窓の外に目をやる空。そこへ、落ち着いた態度の観鈴が洗い物を終えて戻ってきた。
「あ、お母さん帰って来たみたい」
「「え?」」
観鈴の言葉の意味を思わず問い返す国崎兄妹。すると、玄関の引き戸が開いて、非常時にそぐわない間延びした声が聞こえてきた。
「お〜ただいま帰ったで〜」
そして、どすどすと足音を立てて近づいてきたその声の主は玄関から居間へ続くふすまを開けた。
「あ〜、いかんいかん。またやってもうたわ」
そう言いながら入ってきたのは、バイクのヘルメットを抱えた20代後半かと思われるすらっとした長身の女性だった。スーツを着ている所を見ると、仕事の帰りらしい…が、熟柿のような匂いを漂わせている。
「お帰りなさい、お母さん。また納屋に突っ込んだの?」
観鈴が言った。
「…納屋に…」
「突っ込んだ?」
国崎兄妹の後頭部に大粒の冷や汗が流れる。どうやら、この女性がよっぱらい運転で帰ってきて、家の納屋にバイクで突っ込んだ、という事なのだろうが、何より恐ろしいのは観鈴の反応からしてそれが日常化しているらしいという事だ。
「また大工呼ばなあかんなぁ」
「もう…お母さんったら」
観鈴が苦笑する。つまるところ、この女性が観鈴の母親であるらしい…が、どう見ても観鈴のような大きな娘がいる歳には見えなかった。
(ひょっとして、観鈴ってやっぱりあたしと同じくらいに見えるだけで、実は10歳くらいで、このお母さんが18くらいの時の子供なのでは)
空が観鈴が聞いたら泣き出しそうな事を考えていると、母親が見知らぬ2人の男女に気が付いた。
「なんや観鈴、この人たちは?」
母親が聞くと、観鈴はにはは、と笑って紹介を始めた。
「お友達の空ちゃんと、お兄さんの往人さん。今日知り合ったの」
空も頭を下げる。
「国崎空です。はじめまして。ほら、兄貴も挨拶して」
「国崎往人だ。よろしくな」
すると、母親は目を細めて空を見た。
「これはご丁寧に。ウチは観鈴の母親の神尾晴子や。観鈴にこんなマトモそうな友達がおったとは知らんかったなぁ」
晴子は何故か嬉しそうに言うと、ついで胡散臭そうな目で往人を見た。
「それに引き換え、こっちの兄ちゃんは怪しいなぁ。ま、そっちの娘さんの兄ちゃんやったら大丈夫やろうけど」
「…その基準が気になるんだが」
往人がぶすっとした顔で文句を言ったが、誰も聞いていなかった。
「お母さん、今日空ちゃん達をうちに泊めてあげて欲しいんだけど…良い?」
観鈴が晴子に訊くと、途端に晴子の笑顔がしかめ面になった。
「はぁ?何言うとるんや。ウチと観鈴だけでも狭いのに、あと2人も泊める場所なんか有る訳ないやろ」
往人がジト目で観鈴を見た。
「…話が違うじゃないか」
その視線に射すくめられて、思わず冷や汗を流す観鈴。
「が、がお」
ぼかぼかっ!!
晴子と空のダブルツッコミが観鈴の頭に炸裂した。
「…ええ反応やないか」
晴子が感心したように空の一撃を論評した。
「…そこは感心するところじゃないんじゃないか?」
往人がツッコんだ。まぁ、普通は娘を叩く人間(つまりこの場合は空だ)の方を叱り付けるのが当たり前の反応だろう。
「ええねん。観鈴ががおがお言う口癖は直さんとアカン思うとるからな。アンタも観鈴ががおがお言い出したらツッコんだってや」
晴子は答えた。往人はどうリアクションしたら良いものか困ったような表情をしていたが、すっと空の方を見た。
「そっちはお前に任す」
話を振られた空が「ええ〜?」と言うと、晴子からも「頼むわ」と言われてしまい、結局頷く羽目になる。その横で観鈴は「イタイ…」と言いながらべそをかいていた。
「それはともかく、もうええ時間や無いか。そろそろ家に帰らなアカンのと違うか」
晴子が言った。そこで、空は彼女に自分達が旅人である事を伝えるのを忘れていた事に気が付いた。
「実は…」
空の話を聞き終わった晴子はしばらく考えていたが、腕を組むと大きく頷いた。
「まぁ、そういう事やったら仕方ないな。空ちゃんは余ってる布団貸したるさかい、観鈴の部屋で寝ぇ」
「良いんですか?ありがとうございます」
空は頭を下げた。そこへ、往人が割って入る。
「…俺はどうしたら良い?」
すると、晴子はにんまり笑って外を指差した。
「まさか俺だけ野宿か!?」
往人がそりゃ無いぜ、と言う様に叫ぶと、晴子は首を横に振る。
「ちゃうちゃう。いくらウチでもそこまではよう言わんわ。納屋があるさかい、そこで寝たらえぇ」
「そうか、済まんな…っておい、さっきアンタがバイクで突っ込んだんじゃないのか!?」
往人が言うと、晴子は笑いながら手を振る。
「気にせんでえぇ。扉が真っ二つになっただけや。むしろ風通しが良くなってええくらいや」
「…まぁ、屋根があるだけマシか」
往人は言った。布団の無いところで寝る事に慣れている彼にとっては、それだけでも十分に満足な寝床だ。それに、晴子には何を言っても無駄そうだと言う事を、この短い付き合いで彼は悟らざるを得なかった。
「その代わりや…今晩はウチのとっておきを出したる!とことん飲もうやないか」
どーん!と晴子がちゃぶ台の上に出したもの…それは、日本酒の一升瓶だった。銘柄は「美少年」とある。銘酒で知られるブランドだ。往人の目が「きゅぴーん!」と光った。
「アンタ、飲けるクチか?」
尋ねる晴子に往人はニヤリと笑ってみせた。
「まあまあだな」
空は嘘つけ、と心の中でツッコミを入れた。往人は貧乏人だけに余り飲む機会はないが、結構酒飲みの方だ。養父母の家に訪れた時、養父とサシで夜中まで飲んでいた…なんて言うのはしょっちゅうあった事である。
「そう来なアカン!観鈴!観鈴!なんかつまみになるモン用意してや」
「え?う、うん。わかった。ちょっと待ってね」
指名された観鈴は台所にすっ飛んでいき、しばらくして冷奴とするめを持ってきた。なかなかに渋いチョイスである。
「よっしゃ、今夜は飲むでぇ〜!」
晴子がウッハウハと奇妙な笑い声をあげる。ただ単に酒を飲む相手がいるのが嬉しいだけかもしれない。巻き添えを食らいたくない空は観鈴と共にその場を脱出。観鈴の部屋に避難した。
「それにしても豪快なお母さんだね」
予備の布団を持ち込み、風呂に入り、パジャマに着替えて寝る準備を整えた空が言った。居間の方からは箸で皿を叩いて調子はずれなリズムを取る音が聞こえてくる。やけに盛り上がっているようだ。
「う〜ん、心配だなぁ…」
それに対して、観鈴はそわそわと答えた。落ち着かない様子で居間の方を見ている。空は尋ねた。
「心配って…何が?」
「お兄さんの方。お母さんすっごくお酒飲むから…付き合ってたら潰れちゃうかも」
観鈴が答える。空は思わず笑い出した。
「え?大丈夫でしょ。晴子さん帰ってきた時からずいぶん飲んでたし…兄貴も結構強い方だし」
しかし、観鈴はぶんぶんと首を横に振った。
「だ、駄目だよ…お母さんは本当に凄いんだから」
その時、居間の方から晴子の怒鳴り声と往人の悲鳴が聞こえてきた。
「おるらぁ〜もっと飲めやこるぁ〜!!」
「ま、待て!もう勘弁してくれ!お、俺はもう…!!」
「なんやとこるぁ!ウチの酒は飲めへん言うんかぁ〜!!」
「うわぁぁぁぁぁ…」
居間に続くふすまを凝視する2人の少女の後頭部に大粒の冷や汗が流れる。
「…寝よっか。もう止められないよあれは」
「…そうだね」
居間に繰り広げられる地獄絵図を想像しないように、一刻も早く眠り込む事を決意した空と観鈴だった。
(つづく)
次回予告
海辺の町二日目の朝が開ける。稼ぎのノルマをこなすべく、二日酔いの兄を引き摺って町へ出る空。そこで国崎兄妹は不思議な生物とそれを連れて歩く底抜けに明るい少女と出会うのだった。
次回、空の旅路第三回
「不思議な姉妹と不思議な犬?」
お楽しみに。
あとがき
忘れた頃にやってくる不定期連載、空の旅路第二回でした。
う〜ん、晴子さんは使いやすいなぁ。流石は影の主人公と言われるだけの事はあります。空の往人に対する激烈なツッコミにも切れと冴えが増してきましたし(笑)、ちょっとづつこの話におけるキャラクターたちの方向性が掴めてきたような気がします。
もっとも、キャラの立ち過ぎは一歩間違うと暴走の元なのですが。典型的な例が「12人目〜」のあかりや琴音です(笑)。
次回は霧島姉妹と地球外生物登場の巻。気長にお待ち下さい。 2001年 七夕 さたびー拝
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