前回までのあらすじ

 2人の後輩、格闘少女・松原葵と超能力少女・姫川琴音と知り合い、彼女たちの悩みを解決した長瀬ひろの(旧名:藤田浩之)。次第に女の子としての生活にも慣れてきた今日この頃。しかし、彼女の前にはイベント・トラブルの絶える事はない。果たして今回は…


To Heart Outside Story

12人目の彼女

第六話

「機械の乙女」



 ひろのの朝は遅い。
 じりりりりりりりりりり…
 彼女が寝ているベッドの脇のチェストに置かれた目覚まし時計が鳴り響く。たっぷり1分後、ベッドの中からのろのろと伸びた手が時計のスイッチを切った。手はそのまま布団の中へ戻っていく。やがて布団が震え、中の人間が寝返りを打った。めくれあがった布団をぎゅっと抱きしめる。
「…ふにゅう」
 何やら気の抜けた寝言を呟きつつ、再びまどろみの中に沈んで行くひろの。ピンクのウサギ柄のパジャマ(セバスチャン購入)が可愛らしい。
 その時、部屋の扉がノックされ、次いでがちゃりと開かれた。
「失礼します」
「はわわ、失礼しますぅ〜」
 入って来たのは2人だった。1人は第二話以来の登場となる来栖川家のメイドさん、安藤真帆さん(19)。もう1人は真帆よりは随分年下の少女だった。おそらく小学生と言っても通るくらいに。
「ひろのさん、もう起きないと遅刻しちゃいますよ」
「ふみゅう…あと5分…」
 乱れた布団を抱き枕のように抱えて呟くその姿はかなり凶悪だった。
(か、可愛い…。でも、ここで負けたら駄目よ、真帆)
 一瞬えいえんの世界へ逝きかけた真帆だったが、気を取り直して隣の少女を前に出す。
「…と言う訳で、この人を起こすのが最初のテストよ」
「はわわ、そうなんですかぁ〜?」
 疑問の声を上げる少女に、真帆が答えた。
「そうよ。御主人様を起こすのもメイドの立派な勤めですからね」
「あうぅ…立派なメイドさんですか…わかりました、がんばりますっ!!」
 やる気を出した少女はひろのの横に立った。
「あ、あのっ、起きてくださいですっ」
「う〜ん…あと10分…」
「だめですぅっ!!って言うかさっきより時間が延長されてますーっ!!」
 この騒ぎを見ながら真帆はやっぱりこの子にはちょっと荷が重かったかな?と考えた。何しろ、ひろのの寝起きの悪さは半端ではない。男の頃からあまり高めでなかった血圧がますます低くなり、今では立派な低血圧症(上80下40)である。ここで誰も起こさないとこのまま延々と眠りつづける事になる。
(仕方がない…やっぱりわたしが起こすか)
 そう決めて真帆が一歩踏み出した時、異変は起きた。
「あうぅ…どうしても起きてくれないんですね!?仕方ありませんですぅ…お父さんが付けてくれたひみつ機能を使わせていただきますぅ…」
 その「ひみつ機能」と言う言葉に不吉なもの(特に「ひみつ」の部分)を感じ、少女を止めようとした真帆だったが、一瞬遅かった。
「目からビーム!!」
 じゅんっ!!
「うっきゃああああぁぁぁぁぁっっ!!??」
 離れ中にひろのの悲鳴が響き渡った。

 1時間後。
 東鳩高校の校門前に停車したリムジンからセバスチャンが降り立ち、後部ドアを開ける。そこから芹香が降り立ち、続いてひろのが降りた。なぜかひろのは棒のように背筋を伸ばして立っている。
「だ、大丈夫か?ひろの…」
 セバスチャンの質問に、ひろのはお尻を抑えてなぜか涙をるるる〜っと流した。
「まだ…痛い」
「そ、そうか…」
 うつむいたセバスチャンだったが、次に顔を上げた瞬間、その表情は憤怒のそれになっていた。
「では、お嬢様…失礼します」
「……」
「は?余り手荒な事はしないように?…心得ております」
 そう言うと、セバスチャンはリムジンに乗り込み、スキール音を発生させるほどの勢いで走り去っていった。
「…先輩…手荒なって…何が?」
 2人が何やらヤバそうな会話を繰り広げていた事にいやな感じを覚えて訊ねるひろのに、芹香は何でもない、と言うようにふるふると首を横に振った。その時だった。
「おっはよーん、ひろの、先輩!!」
 何時の間にかやってきていた志保が、挨拶代わりにひろののお尻をぽんっと叩いた。
「うっきゃああああぁぁぁぁぁっっ!!??」
「きゃっ!?」
 それこそ、文字通り飛び上がるような勢いで悲鳴を上げたひろのが、志保に叩かれたお尻を抑えてうずくまる。
「な、なんだぁ、一体!?」
「どうしたのっ!?」
 周囲の生徒達がどっと押しかけ、たちまち辺りは黒山の人だかりになった。志保は一体何が起きたのかわからずおろおろとしている。
「な…あ、あたし、何かした…?」
 その肩を、芹香がぽんっと叩いた。
「…」
「え?詳しい事情をお話します?そ、そうですか…」
 芹香と志保はお尻を抑えてるるる〜っと涙を流すひろのを支えて校舎へ向かった。

「…お尻をやけどした?」
 ひろのの症状を聞いた志保がなんだそれは、と言うような表情で言った。
「うん。大した度合いじゃないんだけど、とにかくひりひりして…」
 溜息を付きながらひろのは言った。ちなみに、椅子には家から持参した羽毛を使った豪華なクッションを置く事で、ようやく座っている。
「まぁ…事情は分かったけど、何でお尻なんかやけどしたのよ?」
「あぁ、それはね…」
 ひろのが言いかけた時、教室の扉ががらっと開かれ、そして甲高い声が響き渡った。
「あぁ〜っ!!やっとみつけましたぁっ!!」
 教室の目が一斉に声の主に注がれた。声の主――東鳩高校の制服を身にまとった小学生と見まがう幼げな少女は、小走りにひろのの元へやってきた。
「はわわ…け、今朝はとんだ失礼をしてすみませんでしたぁ…ごめんなさいですぅ…」
 ぺこぺこと水飲み鳥のように頭を下げて謝る少女を見て、志保が怪訝な目でひろのを見た。
「ひろの…この子は?」
 ひろのはどこか疲れた表情で答えた。
「この子が…私がやけどした事情だよ。ねぇ、マルチ」
「マルチ?」
 その不思議な名前に、またしても小首を傾げる志保にマルチが自己紹介した。
「あ、はいっ。はじめまして。来栖川電工HMX-12<マルチ>と申しますぅ。マルチとお呼びくださいっ」
「それは変わった名前ね…って、あれ?」
 そこで、志保は気が付いた。髪飾りだと思っていた頭の両脇の白い何か…それは耳をすっぽりと覆っており、そして志保はこうしたものを装備している存在に心当たりがあった。
「まさか、この子…メイドロボ?」
 マルチはにっこりと笑ってうなずいた。
「はいっ!その通りですっ!」
『ええ〜〜〜〜〜っ!?』
 教室が驚きにどよめいた。

 メイドロボ。それは21世紀に入ってようやく実現した「究極の家電製品」である。人とコミュニケーションを取り、家事のお手伝いをする彼らは、いまや社会の一員として珍しくない存在である。
 しかし、彼らは質問に答えたり話し掛けた事に応答したりはするものの、自分から喋ったり、感情を見せたりする事はなかった。
 それだけに、普通の人間と同等か、それ以上に感情をもって行動するマルチに対して皆が驚いたのは当然なのだ。

「それで…なんで、マルチがここにいるの?しかもうちの制服を着て」
マルチがここに来た時から感じていた疑問をひろのはぶつけた。今朝起こしに来た時は、ちゃんとメイド服を着ていたのにだ。マルチはうなずいて説明し始めた。
「あ、それはですね〜、わたしは経験によって能力がアップする<学習型>というカテゴリーのロボットなんですけどぉ…」
マルチの説明によると、学習型であるマルチは当然学習しなければ能力が上がらない。しかし、研究所で与えるデータだけではなく、本当に社会の中で様々なデータに接してみないと、どれだけの学習効果が上がるかはわからない。それで実際の社会に出してみて実験するのだと言う。
そして、学習と言えば学校。この学校には来栖川家の関係者(具体的には芹香)が通っており、来栖川家からの補助金も出ていると言う事で実験の舞台として選ばれたのだと言う。
「という訳で…しばらくこの学校の1−Aに編入して勉強させていただく事になりました。よろしくお願いしますぅ」
 そう言ってマルチはぺこりと頭を下げる。
「1−A?葵ちゃんや琴音ちゃんのクラスとおんなじか」
「はいっ!特に松原さんはわたしと良く似ているので親近感を抱いてしまいますぅ」
(…言われてみれば確かに)
 部長にして後輩の容姿を思い出してマルチと重ねあわせ、思わず納得するひろの。その時、チャイムが響いてきた。
「はわわっ!?も、もう戻らなくちゃです!とにかく、ごめんなさいでしたっ!!」
 また頭を下げ、マルチは転がるように廊下に出ていった。
「ふ〜ん…いい子じゃない」
 志保が感心したように言うが、ひろのは腕組みをして呟いた。
「…不安だなぁ…」
 どうして?と訊ねる志保にひろのは答えを返した。
「だってさ…あの子、私を起こすのにお尻に目からビームを撃ち込んだんだよ」
 その言葉に志保は大笑いした。
「あはははっ!ひろのぉ〜、その冗談面白いよ」
 涙を浮かべた志保だったが、ひろのの真剣な顔が冗談を言っていない事に気が付いて、同じく真剣な顔になる。
「ひょっとして…マジ?」
「ひょっとしなくてもマジ」
「なんでメイドロボにそんなものが付いているのかしら…」
「謎だね…」
 その謎が解かれるまでにはしばらく時間が必要だった。

 午後、お尻の痛みも引いて部活に出たひろのは、休憩中の葵にマルチに付いて話を聞いてみた。
「え?マルチちゃんですか?良い子ですよ。掃除も手伝ってくれるし…ただ、紙を切るのにビームサーベルを使ってましたけど…」
「び、ビームサーベル?」
ひろのが驚いて聞くと、葵はうなずいた。
「ええ、先生が紙を切ってくれって頼んだら、あの耳の部分を外して、そこからビームを出して切ってました。ただ、紙が全部燃えちゃいましたけど…」
 葵は困ったような笑顔を浮かべた。他にも何か色々やらかしているらしい。ひろのは礼を言うと、次の話を聞く為に道場を後にした。

 次に、ひろのは美術室へ向かった。琴音に会う為だ。力への悩みが吹っ切れて以来、見違えるように明るい少女に変身した琴音はすっかりみんなの人気者になり、美術部からの勧誘に応じて入部したのである。行ってみると、琴音は大好きなイルカの絵を描いていた。
「琴音ちゃん」
「あっ、長瀬先輩!」
 絵筆を置いた琴音は飛び跳ねるようにしてひろのの所に寄ってきた。
「今日は何か御用ですか?」
「うん、マルチの事で話が聞きたくて」
 すると、琴音は小首を傾げた後、ぽんっと手を打った。
「あぁ、マルチちゃんですか?昨日花壇係を手伝ってもらおうとしたんですが、でも、穴を掘るのにドリルを使うのはちょっと…」
「…今度はドリルかい」
 ひろのは思った。どうも、マルチには製作者の多大な趣味が隠されているような気がする。この分だとバルカン砲や波動砲、ゴル○ィオンハンマーなども装備されているのではないだろうか。
 いや、まさかね…とその怖すぎる想像を慌てて追い払ったひろのだったが、さらに翌日、自分の想像が一部大当たりしていた事を知る事になる。

 舞台は購買部だった。昼の購買部はまさに戦場であり、パンを始めとする食料を手に入れようとする生徒達が押しかけ、殺人的なラッシュが発生する。ひろのはあかり、志保と一緒にジュースを買う為に購買を訪れていた。と言っても自販機なのでその戦場へ飛び込む事はないが。
「うわ、相変わらず凄い事になってるわねぇ」
 志保がその人ごみを見て顔をしかめる。我先にと押しかける生徒達の群れはまさに秩序を失った野生の状態。弱肉強食の世界である。
「あら、あんな小さい子まで…あっ、弾き飛ばされた!」
 あかりが人ごみの後方にいる小さな影を見つけた。その正体を志保が確認する。
「あれ?あの子マルチちゃんじゃない?」
「え?」
 ひろのは志保が指差す方向を見た。そこでは、見覚えのある緑色の髪の毛をした少女が必死になって人ごみに分け入ろうとしていた。手にメモ用紙のようなものを持っている。
「はわわ〜っ、通してくださぁい!このままじゃパンが買えませぇ〜ん!!」
 どうやらパンの買い出し係に任命されたらしい。一生懸命叫びながら人ごみの中を押し通ろうとするが、彼女の小さな身体では役者不足も良いところである。またしても「はわっ!?」と叫びながら外にはじき出された。
「あらら…あれじゃコッペパンしか買えないわよ」
 志保が言った。コッペパンは通称「敗者のパン」と呼ばれ、味も何も付いてないために不人気ナンバーワンの商品であり、人気メニューが売り切れた後、争奪戦に敗れた者達が泣く泣く買っていく屈辱の証である。何を頼まれたかは知らないが、そんな物しか買って帰れなかったとあれば、クラスメイトから責められるのは確実だろう。
(仕方ないなぁ…手伝ってやるか)
 ひろのが思った時、マルチがヤバイ事を口走るのが聞こえた。
「あうぅ…仕方ないですぅ…皆さんが実力を持って道を通さないと言うなら、こっちも力で押し通るまでですぅ…」
 その一言に、マルチの「目からビーム」を知っているひろのと志保は顔色を変えた。
「ひ、ひろの!このままじゃ…!」
「分かってる。止めないと!!」
 うなずいて飛び出そうとしたが、やはり一歩遅かった。
「エネルギー充填120パーセント、電影クロスゲージ明度20!耐ショック、耐閃光防御っ!!拡散波動砲、発射ですぅっ!!!」
 一瞬、マルチの口の前に蛍を思わせる光の粒が現れたかと思うと、強烈な閃光が彼女の口からほとばしった。その光は人ごみの前で投網のように広がり、大爆発を起こした。
「わぁーっ!?」
「きゃああああぁぁぁぁぁっっっ!!」
「ひゃあああぁぁぁぁっ!!」
 爆風が押し寄せ、ひろのたち3人も吹き飛ばされた。ごろごろと床を転がり、壁にぶつかって止まる。そこへあかりと志保も転がってきてひろのの身体にぶつかって止まった。
「あいたたたた…大丈夫、2人とも?」
 ひろのが頭を抑えながら身を起こすと、あかりが胸にしがみついていた。
「はうぅ〜…ひろのちゃんの胸って柔らかい…」
 なにやら忘我の境地だった。
「…いや…そういう場合じゃないだろ…あかり。志保は?」
「いや、あたしも平気…だけど。うあ…」
 志保が振り向いた方向を見てひろのは絶句した。床一面にさっきまで元気良く購買に群がっていた生徒達が、程よくコゲて転がっている。まさに死屍累々。
「すいませぇん、カツサンドとクリームパン、ジャムパン、コロッケパンにチョココロネ…あと鮭おにぎりください」
 生徒達が爆風を防ぐ役割を果たしたのか、ほぼ無傷の購買の前でマルチが買うべき商品を列挙していた。
「…な、720円になります…ちょ、ちょうどですね…毎度ありがとうございます…」
 購買のおばちゃんは震える声と手つきで商品をマルチに手渡すと、緊張の糸が途切れたのかその場で卒倒した。
 ひろのたちも恐怖に引き攣った表情で、意気揚々と帰って行くマルチを見送った。
「ひ、ひろの…」
「な、なに?志保…」
「最近のメイドロボって…凄いのね」
「あぁ、そうだね…」
「はぁ…ひろのちゃんの胸…おっきい…」
 3人が現実逃避の世界から帰還するのは、もう少し先の話になりそうだ。

 購買の大騒動があってから5時間後…幸いマルチの拡散波動砲で吹っ飛ばされた生徒達もちょっとコゲただけで怪我はほとんどなく、目が覚めた後は無事に帰宅した。
 ひろのは部活に出た後、来栖川邸に帰るバスに乗る為に駅前に向かっていた。彼女が乗る来栖川交通バス88系統来栖川施設線は、その名の通り東鳩市を取り巻く来栖川グループ関連施設を巡る路線で、つい先日ひろのの為だけに路線が延長されて「来栖川邸正門前」と言うバス停が設置されたりした。無論、芹香とセバスチャンの仕業である。
 それはさておき、駅前のバス停に着いたひろのは、そこで見覚えのある少女を見つけた。もちろんマルチである。マルチの方が先に気づいていたらしく、手を振って大声で呼んできた。
「あぁっ、ひろのさぁ〜ん!!今お帰りですかぁ〜っ!?」
 気づかれては仕方がない。ひろのは手を振りまわすマルチの横に並んだ。
「マルチも今帰り?」
「はいっ!校舎のお掃除をしていたのでちょっと遅くなっちゃいました!」
 にっこりと笑う。こういう所は普通の少女と変わりなく、メイドロボであったり、最終兵器搭載型であったりする事を忘れてしまいそうになる。
「掃除か…どんな所を掃除してたの?」
「はい、校舎裏で3人、2階の男子トイレで2人、体育館の倉庫で3人です」
………
「ちょっと待った」
 単位にとてつもない違和感を感じてひろのは聞いた。
「はい?」
 小首を傾げるマルチ。
「掃除したって…何を?」
「だから、校舎裏でカツアゲをしていた不良さん3人と、男子トイレでたばこを吸っていた校則違反さん2人と、体育倉庫でパーティー券を売っていたヤンキーさん3人です」
………
「それって…掃除なの?」
「はい、社会のゴミさんですから」
 何の迷いもなくきっぱりとマルチは答えた。
「正義の為にこの世のゴミを一掃する…それがお父さんが私に授けてくれた使命なのですぅっ!!」
 ちゅどーん!!
 使命に燃えるマルチの背後に、謎の爆発が起きたのをひろのの心眼は見たような気がした。
「ところで、『お父さん』って、誰?」
 ひろのは気になった単語の意味を聞いてみた。
「お父さんですか?私を作ってくれた偉い人なんです」
 マルチは誇らしげな表情で言った。
「私にゴミ掃除の為のいろいろな道具を作ってくれたりとか、ゴミ掃除の心得を教えてくれたのもお父さんなんですよー」
 いや、ビームサーベルや拡散波動砲はゴミ掃除の道具ではない。断じてない。ひろのは心の中でツッコんだが、怖くて口には出せなかった。
「で、ゴミ掃除の心得って?」
「あ、ゲームになっていて面白おかしくゴミ掃除の心得が学べるものなんですぅ。ひろのさんもやってみますか?」
 そう言ってマルチが取り出したもの。それは…
「…って言うかゲームそのものじゃん…」
「ハイパーロボット大戦」と「機動歩兵SDバンダムジェネレーションズ」、それに「サンダウン英雄伝」の全作に「ギレソの野望」と「宇宙戦艦空母ナガトカイ」…etc、etc…
 これも掃除の心得ではない。断じて違う、と思ったひろのだったが、夢見る少女の瞳でこれらの素晴らしさを語るマルチには怖くて何も言えなかった。

 とその時。
「い、いましたぜ、兄貴!!」
 背後でだみ声が上がった。ひろのとマルチが振り向くと、そこにはボコボコにされた8人の不良風の男と、その5倍はいようかと言う大不良軍団。そして、今度は車道側で派手なクラクションが鳴り響いた。そっちを見ると、十数台のあきらかに違法改造されたバイク軍団。
 何時の間にか、2人は総勢70名以上のヤンキーと暴走族に包囲されていたのだった。
「な、なななな、何これっ!?」
 思わず叫ぶひろの。無理もない話だ。こんな状況下で平静さを保てる人間などいるはずがない。
「お前の言う女ってのは、そっちの背の高い方か?」
 リーダー格とおぼしき黒い革ジャンの男が、ボロボロの格好をした不良に訊ねた。
「ち、違うっス!そっちのちっこい方です!!」
 不良はマルチを指差した。リーダーは不良とマルチを交互に見た後、不良の肩に手を置いた。
「…そういうくだらない冗談を言っていると海に沈めるぞ」
「ま、マジなんっスよ兄貴ぃ!信じてください!ああ見えてもあのガキャとんでもない武器を使いやがるんですから!!」
 必死に訴える不良に、リーダーはまあ良い、と言うように肩に置いた手を放した。
「見たところ…なかなか上玉じゃねぇか…とくにそっちの大きい方はな…ひとつ頂くとするか」
 いただく…?
 あまりの非現実感にトリップしていたひろのだったが、その言葉に危険な感じを抱いて我に返った。
 頂く…俺を?それはつまり…男が女を見て「頂く」と言うのは…もしかして?
「ぼんっ」と音を立てそうな勢いでひろのの顔が赤くなった。ヤる気だっ!こいつら俺をヤる気だっ!!
(じょ、冗談じゃない!!こんな連中にヤられてたまるか!!死んでしまうっ!!)
 ひろのは逃げ道を探した。しかし、周りは完全に包囲されていて逃げ道は存在しない。
(や、ヤバイ…何の因果でこんな目に会うんだ?俺の人生って…)
 そう思った時、ひろのとリーダーの間に立ちはだかった影があった。
 マルチだった。
「マルチ!?」
「すいません、ひろのさん。この方達は、さっき私がお掃除した人たちの仲間さんですぅ」
 それを聞いて、ひろのは今の状況を理解した。つまり、彼らは仕返しに来たのだ。
…って、絶体絶命のピンチに変わりはないのでは?
 状況が分かったところで何にもならない事を悟り、ひろのは空を見上げてるるる〜っと涙した。しかし、マルチは力強い言葉を発した。
「大丈夫ですぅ、ひろのさん。私が守ってあげますぅ。社会のゴミさんは残らず私が掃除しますぅ」
…語調はあんまり力強くなかったが。その言葉を聞いて、リーダーがゲラゲラ笑った。
「はっはっはっ!そいつぁ良い!どうやってこの状況でそのおねいちゃんを守るって言うんだい?お嬢ちゃんよぉ!!」
「こうですっ!目からビーム!!」
 ごうっ!!
 リーダーは一瞬でケシズミになった。
「あ、兄貴ぃ!?」
 驚く不良。他の連中も呆気に取られている。その隙を見逃さず、マルチは必殺の攻撃を放った。
「拡散波動砲、発射ですぅっ!!」
 駅前を閃光が支配した。
 やがて、バスがやってきた時、そこにいたのはひろのとマルチの2人だけだった…彼女たちを襲った連中の末路…それについては明言を避けたい。ただ、その日駅前を通りがかった人々が一様に
「その日は妙に黒い石像がいっぱい駅前に立ってましたねぇ」
 と証言していたと言う…

「あうぅ…大丈夫ですか?ひろのさん…」
「あ?あ、あぁ…大丈夫だよ…もう、大丈夫…」
 マルチに言われ、ひろのはようやく身体の震えを抑える事ができた。マルチの波動砲で何が起きたか…多分、しばらくの間夢に見るかもしれない。もちろん悪夢の方で。
「はうぅ…良かったですぅ。じゃあ、ちょっとお話をしますね」
 バスは緑の溢れる郊外の丘陵地帯を走っていた。マルチはひろのが降りる「来栖川邸正門前」の1つ手前、「来栖川電工中央研究所前」で降りる。かなり距離があるので、ひろのは乗車中ずっとマルチの「正義とゴミ掃除」に懸ける思いを聞かされつづけた。
 その濃さは、並みのロボットアニメオタクも裸足で逃げ出す濃度である。ひろのは疲れきった表情で、憑かれきった表情で話すマルチを見ていた。
「次は、来栖川電工中央研究所前。来栖川電工中央研究所前。お降りの方はボタンを…」
「あ、次で降りなきゃです」
 マルチは話すのを止めて、ボタンを押すと鞄を持って立ち上がった。
「今日は楽しかったですぅ。明日も起こしに行きますからね」
 無邪気に笑うマルチに、ひろのはうなずくと一言だけ注文した。
「うん…でも、目からビームで起こすのは止めてね」
「は、はいぃ…ちゃんと学習しました。もうしません。じゃあ、明日は…」
「波動砲とかバルカン砲とかも禁止。わかった?」
 先に言いたかった事を拒否され、マルチは口をパクパクさせた。
「…パイルバンカーは」
「絶対にダメっ!」
 結局、ひろのはマルチの戦闘装備全てをチェックし、それで起こすのだけは止めるように言ってから別れた。ちなみに種類は75種類ほどあった。
「…一度お父さんとやらに話し付けた方が良さそうだね…」
 終点に着き、バスから降りたひろのはそう決意すると、家に向かって歩き始めた。

 さて、翌日である。
 じりりりりりりりりりり…
 ひろのが寝ているベッドの脇のチェストに置かれた目覚まし時計が鳴り響く。たっぷり1分後、ベッドの中からのろのろと伸びた手が時計のスイッチを切った。手はそのまま布団の中へ戻っていく。やがて布団が震え、中のひろのが寝返りを打った。めくれあがった布団をぎゅっと抱きしめる。
「…ふにゅう」
 何やら気の抜けた寝言を呟きつつ、再びまどろみの中に沈んで行くひろの。昨日のパジャマは燃えてしまったので、今日の寝間着は淡いブルーのネグリジェ(芹香購入。ちなみに彼女とおそろい)である。
 その時、部屋の扉がノックされ、次いでがちゃりと開かれた。
「失礼します」
「はわわ、失礼しますぅ〜」
 この日も、起こしにきたのは真帆とマルチの2人だった。
「マルチちゃん、この間みたいな事しちゃだめよ」
「はい、ひろのさんにも釘を刺されましたですぅ…武器を使っちゃ駄目だって」
 それなら問題はないわね、と真帆は思った。
「じゃあ、起こしてあげて」
「はいですぅ」
 マルチはとことことベッドに寄ると、エプロンドレスの下から大きなハンドスピーカーのようなものを取り出した。
「ちょっと待ったぁーっ!!」
 真帆が間一髪そのハンドスピーカー(仮称)をひったくる。
「あぁっ!?な、なにをするんですかぁっ!?」
「マルチちゃん…このハンドスピーカーは何?正直に答えなさい」
「そ、それはお父さんに作ってもらった寝てる人を起こす為の道具で…<サウンドフォース>という名前がぁ…」
 真帆は問答無用で<サウンドフォース>を窓の外に投げ捨てた。
「そんなデカルチャーなもので起こしちゃ駄目!普通に起こしなさい!!」
「はいですぅ…」

 数分後…
「そ、それは危ないところだった…ありがとう、真帆さん」
 ひろのは真帆から事情を聞いて冷や汗を流しつつも胸をなで下ろしていた。
「まぁ、この間がこの間だからね」
 お尻を低出力とは言えビームで焼かれた時の痛みを思い出してひろのは顔をしかめた。そう言えば、昨日高出力で撃たれたリーダーはケシズミと化していたっけ…ひろのの額を冷や汗が伝う。
「ともかく…マルチの事はどうにかした方が良いですね。昨日の学校や駅前の事もあるし…このままだと死人が出ます」
「お嬢様に話してみたら?」
 真帆のアドバイスにひろのは頷いた。
「そうですね…でも、今日は朝練の日だから…なかなか先輩には会えないです」
 朝練の日は芹香より早く学校へ行くので、車の中で話をすると言う訳には行かないのだ。
「う〜ん…まぁ、何とかなるでしょう。同じ学校の中なんだし」
「はい…マルチ、行こう」
「ぐずっ…はいですぅ〜」
 2人が話している間、マルチは部屋の隅っこで泣いていた。とりあえず、朝練が終わったら芹香にあってマルチの事に付いて話をしようとひろのは決意していた。

 しかし、その日結局芹香に会う事はできなかった。
 なぜならマルチが次から次へと問題を引き起こしたからである。
 始業前、床をつるつるに掃除しろと言われ、マグネット・コーティングを使用。転倒による負傷者多数。
 1時間目、家庭科の時間にゆで卵をフォノン・メーザー砲で作ろうとして爆発させる。
 2時間目、隣で居眠りしている男子を起こせと言われ、スタンガンを使用して轟沈させる。
 3時間目、体育の時間にドッジボールで4人を剛速球で昏倒させる。
 4時間目、理科の時間にガスバーナーが付かなかった為、火炎放射器を使用して部屋を焼き払う。
 昼休み、ひろのに使用禁止されていた波動砲の代わりにマイクロミサイルで購買を撃破。
 5時間目、ひろのに怒られて疲れて寝ていたところにチョークを投げられ、レーザーで先生に自動反撃。
 放課後…校庭の掃除を命じられ、マイクロブラックホール・キャノンを使おうとしてひろのに止められる。
 今日の戦果は
 撃破…卵4個、理科室1、購買部1。
 重傷者…先生1、生徒16。
 軽傷者…生徒22。
 とまあ、実に凄まじいものであった。

 放課後、倉庫前。
「マルチ…私の言いたい事は分かってるね?」
 ひろのは額に青筋を立てながら言った。
「は、はいですぅ…!!」
「学校にいる限り、装備はみんな没収。内蔵武器の使用も禁止。絶対に禁止」
 ひろのが当然とはいえ無情な命令を下すと、マルチはたちまち泣き顔になった。
「そ、そんなぁ〜!!あれはみんなお父さんが作ってくれたわたしの専用オプションなんですよぉ〜。あれがなかったら、わたしどうして良いのか…」
 ひろのは溜息を付いた。背後にはマルチから取り上げた装備が山と積まれている。というか、どこに入っていたのだろうこれは、と言いたくなるようなそれはものすごい量であった。
「それに関してはまた後で考えるけど…」
 ひろのはマルチを見た。結局、マルチが持つ事を許してやったのは、一見何の変哲もないモップであった。こればかりはどう見ても武器にはなりそうもない。武器として使うとしても、せいぜい殴るくらいだろう。
 まぁ、腕力が強いので軽自動車くらいなら破壊できるかもしれないが…
「………やっぱ取り上げていた方が良いかも」
「はうぅっ!!そ、それはダメです!!これはわたしがメイドロボであると言うアイデンティティの証なんですぅっ!!」
 ひろのは感心したようにマルチを見た。
「マルチ…アイデンティティなんて難しい言葉知ってたんだね」
「はわわ〜っ!?ひろのさん酷いですぅ〜〜〜〜っ!!」
 マルチは涙の尾を引いて夕日に向かって全速ダッシュしていった。
「はぁ…」
 ひろのは溜息を付いた。マルチの装備が収められた倉庫の戸を閉め、鍵を掛ける。腕時計を見ると時間は5時を回ろうとしていた。おそらく、芹香は帰ってしまっただろう。
「仕方ない。帰って夕ご飯の時にでも話すか…」
 ひろのは学校を後にした。

 丘を下り、途中で公園に入った。ここを抜けるとちょっとだけ近道になるのだ。真ん中の噴水のそばに差し掛かった時、ひろのは突然声を掛けられた。
「長瀬…ひろのさんだね?」
「…誰っ!?」
 昨日のヤンキー&暴走族の襲撃の記憶も生々しいひろのは警戒して振り向く。
「いや、そんなに警戒しないでくれ。私は怪しい者ではないよ」
 温厚そうな中年男性と思しき声…だが、ひろのは声の主を見て言った。
「…どう見ても怪しいです」
 声の主…それは、ミイラだった。全身を包帯でぐるぐる巻きにしており、その上からよれよれのスーツを着て白衣を羽織っている。
「…ちょっと事情があってね。じつはマルチの事で話がしたかったんだ」
「…マルチの?」
 ひろのは年齢性別不承のミイラ氏(仮名)を見た。目を注視する。一応、嘘は言っていないような気がした。
「お話を伺いましょう…貴方は一体?」
 ひろのが言うと、ミイラ氏(仮名)は白衣のポケットから名刺を取り出した。
「失礼、申し遅れた。私はこういう者です」
「…来栖川電工第一特殊開発部、補助労働研究一課…長瀬源五郎?」
「ええ。マルチの開発担当です」
 つまり、この人がマルチの言う「お父さん」かぁ。
「…なぜ、そんな冷たい視線で見るのかな?」
「いえ、別に…」
 ひろのは名刺を仕舞うと、公園のベンチに腰掛けた。長瀬氏も横に座る。
「ふう…さすがに疲れた。怪我を押して無理に遠出するものじゃないな」
 長く息を吐き出す長瀬氏にひろのは訊ねた。
「あの、何故そんな怪我を?」
 すると、長瀬氏は遠くを見つめる目になった。
「マルチが…あなたにビームを発射してやけどさせたそうだね」
 ひろのは頷いた。
「そうしたら、その日の内に父が『ひろのに怪我をさせるような機能をロボットに付けるとは何事かーっ!!』と殴り込んできて、意識が無くなるまで殴られた」
「そ、それは御愁傷様でした…って、父?」
 ひろのが引っかかるものを感じて訊ねると、長瀬氏は苦笑した。
「セバスチャン…って呼ぶ方が通りが良いかな。来栖川家の執事で君の保護者の長瀬源四郎は私の父なんだよ」
「う…そ、それは…!」
 ひろのは絶句した。あの強靭極まりない老人に殴り倒されまくったのでは…今の長瀬氏の惨状もわかろうと言うものだ。
「しかし、驚いたな。まさか長瀬一族に君みたいな可愛い女の子がいたとは。長瀬一族は『量産型一族』と呼ばれるほど似たような顔の男子しか生まれないものなんだが」
「はぁ…そうなんですか?」
 その辺は本来長瀬一族ではないひろのには分からない話だ。
「そりゃあ、父が可愛がるのも無理はないな…それはともかく」
 長瀬氏は姿勢を正すと、本題を切り出す体制に移った。
「君の事は、マルチが話してくれたよ。とても楽しそうでね…自分の事を怖がらないでいてくれる数少ない人だと」
 いや、それは違うとひろのは思った。マルチの破壊力が怖い事は怖いのである。ただ、放っておくと辺りに無差別に破壊を振りまきかねないからそうはできないだけの事で。
 しかし、長瀬氏は話を続けている。
「だから…マルチが懐いている君には聞いておきたかったんだ。君は…メイドロボには…」
 何を言おうと言うのだろう。ひろのは身を乗り出した。
「メイドロボにも…漢の浪漫は必要だと思うかい?」
「…は?」
 ひろのの目が点になった。ひゅるりらぁ〜〜〜〜っと風が吹き抜け、沈黙が辺りを満たした。

「…質問の意味が良く分からなかったんですが」
 たっぷり1分ほど沈黙した後、ひろのは長瀬に言葉の意味を尋ねた。
「いやね、ロボットと言えばやっぱり燃える漢の浪漫が感じられなければならないだろう。しかし…会社の上層部は、今のロボットに必要なのは燃えではなく萌えだと言うのだよ」
(…来栖川電工って…)
 ひろのは沈黙した。仮にもメイドロボで世界シェアトップの大企業が、そんな訳の分からない趣味丸出しの経営方針で動いていて良いものなのか…?
「もちろん私とて萌えの有効性を否定するものではない。しかし、燃えはそれ以上に重要なはずだ!日本のロボットはいつでも燃えを重視して発展してきたはずなのだ。戦い、ライバル、必殺技、友情、そして…恋愛!ロボットもののテーマとはそういうものではないかね?」
「それは間違っていると思います」
 ひろのは答えた。即答であった。
「な、何!?」
 驚く長瀬氏にひろのは言った。
「それは…乗って操る方のロボットだったらそうかもしれませんけど…マルチは自律型じゃないですか。それにマルチは女の子でメイドロボなんですから、大人しく萌える浪漫の方を追求すべきだと思うんですけど…」
 長瀬氏は口をパクパクさせていたが、やがてどうにか気を取り直して言った。
「馬鹿な…君には漢の浪漫が分からないのか?」
「いや…私、女ですし」
 ひろのは答えた。「今のところ」とか「元男ですが」という但し書きは付くにしても、ひろのが女の子である事に変わりはない。それに、たとえ男の頃だったとしても、やはりマルチに求めるのは萌えであって燃えではなかったと思う。
「そうか…時代はやはり萌えなのか。燃えを追求した私は間違っていたのか…?」
 余程にショックだったのか、ぶつぶつと何かを呟く長瀬氏だったが、やがてふらっと立ち上がった。
「わかった…君の意見は承ったよ。だが、今に見ていてくれ。私は必ず女の子の君にも通じる燃えを作ってみせる」
「…いりません。そんなの」
 ひろのは言ったが、もはや長瀬氏はひろのの話を聞いていなかった。去って行く長瀬氏を見ながら、ひろのは何しに来たんだろう、あの人は…と首を傾げていた。

 さて、翌日の事である。
 マルチの事を芹香に話すと、芹香は今日の会議でマルチが萌え重視路線で販売される事が決まった事をひろのに伝えた。武器も全部外されるので、もう安全だと言う。
 それを聞いて安心したひろのは、ぐっすりと眠る事ができ、今朝も目覚ましを止めた後の浅いまどろみに全身を委ねていた。
「失礼します」
「はわわ、失礼しますぅ〜」
 この日も、起こしにきたのは真帆とマルチの2人だった。
「それじゃあ、マルチちゃん、起こしてあげて」
「はわわ、わかりましたですぅ」
 マルチはベッドに近づくと、今朝も布団を抱き枕にして眠るひろのに照準を合わせた。
「目からび…」
 次の瞬間、ひろのはがばっと飛び起き、真帆がマルチを押さえ付けた。
「な、なな、何をしようとした!?マルチ!」
 ひろのが叫ぶと、マルチはにっこり笑った。
「はい、目からビームで起こしてさしあげようかとぉ…」
 それを聞いてひろのは冷や汗を流した。
「マルチ…武器、外されたんじゃなかったの?」
 ひろのが聞くと、マルチは首を振った。
「いえ。私はプロトタイプですから。量産型とは違うんですよ、量産型とは」
 その台詞に、ひろのは暗澹たる思いになった。こいつ全然性格が変わってない。
「お父さんが言うには、『萌えの重力に魂を引かれた者達を教育してやれ』と…」
 ひろのは昨日の長瀬氏の台詞を思い出した。(私は必ず女の子の君にも通じる燃えを作ってみせる…)と言う言葉だ。ひろのに燃えを教える為に、プロトタイプ・マルチはあえて燃え重視機能を残しておくつもりらしい。
(あンのオヤヂ…そのうち絶対シメる)
 ひろのは心の中で固く誓うと共に、マルチを妹達同様の立派な萌えロボットに教育し直す決意をしたのだった…

 なお、来栖川電工上層部が「萌えか燃えか」論争に気を取られ過ぎた結果、もっと重要な議題である「ロボットに心は必要か否か」をすっかり忘れ去り、量産型マルチは心を持つロボットとして発売される事になったのであった。めでたしめでたし。

(つづく)

次回予告

 バッシュを鳴らして奴が来る。指をわきわき動かして。二枚目の裏に染み付いたナンパな匂いがやってくる…東鳩高校一(検閲済み)の異名を取るあの男が遂に動いた。ひろのに迫り来る人生最大のピンチ!果たして彼女は貞操を守る事ができるのか?
 次回、第七話
「図書館地獄変」
 おっ楽しみに〜
 毎度の事ながらこの予告は実際の内容と異なるかもしれません。

後書き代わりの座談会・その6

作者(以下作)「今回はちょっとおふざけが過ぎたかもしれないな。反省せねば…」
ひろの(以下ひ)「何をいまさら…」
作「やっぱり波動砲はやりすぎだったかな」
ひ「全体的にやりすぎだってば。こんなのマルチじゃない」
作「まぁ…裏テーマは『史上最強のマルチ』というか…セリオだったらこのくらいは良くやってるんだけど」
ひ「セリオでもやんないって。…って、そういえばセリオは?」
作「綾香とワンセットだから、そろそろ出てくるだろう」
ひ「マルチがあれって事は…セリオはもっと凄い?」
作「かもしんない。まぁ、原作のイメージが好きだからあまり崩さないかもしれないけど」
ひ「どっちにしろこれからもあのマルチと付き合うのは大変そうだな…『なでなで』一発で制御できれば良いんだけど」
作「ま、頑張りな」
ひ「とほほ…」

収録場所:来栖川電工中央研究所 一階ロビー(嘘)

前の話へ   戻る    次の話へ