このお話は、すっかりかわいらしくなった一人の女の子と、すっかり骨抜きにされてしまった彼女の友人知人たちの織り成す物語です。

To Heart Outside Story

12人目の彼女

第四十五話「甘い香りは危険な香り」



 正月が過ぎて、浩明と千尋は仕事先に帰っていった。ひろのも実家を離れ、長瀬邸に戻る事になった。
 久々に来栖川邸に顔を出したひろのを見て、綾香が言った。
「ひろの……なんだか」
 そこまで言って、口を濁す。
「え、なに?」
 怪訝そうに首を傾げるひろのだったが、急に表情を曇らせた。
「あ……綾香。その、やっぱり私の正体の事で……?」
「え? あ、それは違うわ。絶対に違うわよ」
 綾香は慌てて首を振った。確かにひろのが元男だと聞いて驚きはしたが、だからと言って彼女を嫌うほど、綾香は狭量ではない。第一、綾香は男の「浩之」の事はほとんど知らないのだから、彼女にとっては今の「ひろの」が全てなのだ。
「だから大丈夫。なんでもないのよ」
 綾香はそうごまかして、自分の部屋に帰った。帰った後も、心臓がドキドキしている。
(ひろの……綺麗になった)
 もちろん、ひろのがもともと美少女である事に変わりは無いが、帰ってきたひろのには、それまでの彼女には無かった何かの輝きが宿っているかのように見えた。
(と言う事は……上手くいったんだ)
 ひろのと雅史の仲の事だ。もし、仲が修復できなかったら、落ち込んでいるひろのを慰めて、あわよくば……と言う展開も考えていた綾香だったが、上手く行けば行ったで別の楽しみもある。
(恋をする女の子は綺麗になるって本当よね。それでこそ、奪い取る甲斐もあるってものよ)
 この期に及んで、まだまだひろのをゲットする事を諦めてはいない綾香だった。まぁ、その貪欲さあればこそ、格闘技の世界で女王の座に座っていられるのだろうが。
(そのためには……決戦の日を定めなきゃね)
 そして、冬休みが終わり、三学期が始まると、ひろのと雅史の変化は、満天下に知られるに至った。

 それは、三学期がはじまってすぐの出来事だった。冬休みの思い出を語り合う生徒たちの中に、雅史と矢島、それに垣本の姿もあった。矢島は何やら頭に包帯を巻いている。
「いやほんと、何があったか未だに分からないんだけどよ、神社に行って並んでたら、いきなり頭にすごい衝撃を食らって、気が付いたら病院さ。おかげで冬休みの後半はずっとベッドの上だよ」
「そりゃ災難だったな」
 慰めるように言う垣本。ちなみに彼は雅史と一緒にサッカー部の合宿に参加していて、実に健康的な正月を過ごしていた。
「全く災難だ。こんな荒んだ俺の心を癒してくれる天使はいないものか」
 そんなアホな台詞を吐きながらそっくりかえった矢島の目に、一人の少女の姿が映った。とたんに顔を輝かせる矢島。
「おお、天使降臨……ぐげっ!?」
 喜んだ矢島がその少女に声をかけようと動くより早く、雅史がその首を必殺仕○人のように掴んでねじった。妙な角度に頭を回したまま倒れた矢島を放置し、雅史が立ち上がると、少女――ひろのの前に立った。
「おはよう、ひろの」
 挨拶をする。何気無い仕草だったが、その言葉の意味を知ってクラスメイトがざわめくよりも早く、ひろのがにっこり笑って挨拶を返した。
「おはよう、雅史」
 もはや、事態は決定的だった。首を曲げられた矢島が、映画「エクソシスト」に登場する悪魔憑きのような姿勢で、雅史に問いかける。
「ちょ……ま……おま……まさか」
 無理のある姿勢のせいか、切れ切れになる矢島の質問に、雅史は頷いた。
「そうか、おめでとう」
 垣本が言うと同時に、矢島は涙の尾を引いて、朝のHR前だというのに夕日に向かってダッシュした。
「もう来ねぇよ! うわあああぁぁぁぁぁんっ!」
「あーあ」
 消えて行く矢島を見送って、志保がため息にも似た声を漏らす。他の生徒たちは、それまでなら雅史を襲ったりするところだが、今日はあまりに事態が決定的なためか、まだ固まっていた。
「はいはい、トリップ終わり」
 そこで手をぱんぱんと鳴らし、クラスメイトの呪縛を解いたのは智子である。
「長瀬さん、佐藤君、あまり朝から見せつけるのは無しにしてんか」
 智子は苦笑交じりに言った。彼女はひろの争奪戦には利害がないので、驚いたことは驚いたが、立ち直りも早かった。
「そ、そういうつもりじゃなかったんだけど」
 ひろのが慌てたように言う。実際、彼女としては普通に恋人に挨拶をしただけで、それは雅史も同様だ。
「それでもや。ま、みんなも反応し過ぎやけどな。ほら、早う席に着き」
 まだ半分呆然としている級友達を見て、智子が言う。しかし、その状態は先生が来るまで続いたのだった。

 その衝撃的なカミングアウトから一月。
「あー、そろそろあの時期ね」
 駄弁っている最中に、志保が突然そんな事を言い出した。
「あの時期?」
 首を傾げるひろのに、志保がひそひそ声で答える。
「バレンタインよ、バレンタイン」
 ああ、とひろのがポンと手を打つ。そういえば、来週初め頃はもう14日だ。
「そう言えばそうだね。去年まではもらう側だったから、すっかり忘れてたよ」
「あら、そんなにもらってたっけ?」
 意地悪そうな表情で言う志保に、ひろのはにやっと笑うと答えた。
「志保だってくれたじゃない。義理だったけど」
「そう言えばそうだったわね……」
 志保は去年の事を思い出して答えた。浩之にあげる時には、意地を張って義理だ義理だと強調していたが、実際は本命のつもりだった。残念ながら、彼女はあかりほど家事の腕はないので、手作りではなく出来合いだったが。
「あと、あかりと雅史のお姉さんからも貰ったし、来栖川先輩もくれたかな。先輩のは、食べたその夜に寝込んだ覚えがあるけど」
「……何が入ってたのかしらね」
 志保の疑問に、ひろのは答えなかった。彼女も恐くて聞いたことがなかったのだ。
「ま、それはさておき。今年はあげる側に回るわけだけど、やっぱり雅史に?」
 志保が聞くと、ひろのはちょっと頬をピンクに染めて、しかしはっきり「うん」と頷いた。顔には幸せそうな笑顔をが浮かんでいる。
(むぅ……なんて表情するのよ)
 志保は唸った。親友として、ひろのがこんな表情ができるように手伝ったのは確かだし、その事を嬉しく思うのも間違いないが、彼氏のいない独り身としては、ちょっと面白くない部分もある。複雑な乙女心(?)ではあった。
「やっぱり手作りとか?」
 志保が聞くと、ひろのは首を横に振った。
「ううん。私そういうの出来ないから」
 ひろのは芹香の魔法の影響を強く受けた存在のため、食べ物を長く触っていると、その食材に魔力の澱みを移してしまう。それを食べた人は呪いにかかったようになり、とても危険なのだ。料理の腕自体が劣るわけではないので、この体質はひろのにとっては悩みの種である。
「そうなの? あんた何でもソツなくこなせる、ってイメージがあったけど……」
 志保は不思議そうな表情をしたが、すぐに人をからかう時のネコじみた表情になって言った。
「でも、せっかく両想いになったのに、手作りじゃないのはさびしいわよね〜。やっぱり」
「身体にリボンを巻いて、わたしをあ・げ・る、って言うネタはクリスマスの時に聞いたよ」
 ひろのが機先を制して言うと、志保は図星を突かれたのか、口を金魚のようにパクパクとさせていた。
「え〜……じゃ、じゃあ」
「まして、身体にチョコを塗って〜……なんて事もやらないからね」
 志保は沈黙した。しばらく無言でいたあと、ボソッと言う。
「ひろの……あんた、強くなったわね」
 前はこういうネタを振ったら、真っ赤になってたのに、と志保が嘆くように言うと、ひろのはくすくすと笑った。
「うーん、やっぱり覚悟が決まったせいかな。前みたいに、自分が女だってことに違和感を持たなくなっちゃったの」
「なるほどね……」
 志保は頷いた。そう言えば、話口調も前より女の子らしくなった気がする。
「ま、あげる方は良いとして、あんたの場合は貰う方も考えておいた方が良いわね」
 志保が言うと、ひろのはきょとんとした表情になった。
「え? 今は私女なのに?」
 志保は頷いた。
「女の子同士でも、憧れの先輩とかにはあげたりするのよ。ひろのだったら、確実に琴音ちゃんと葵ちゃんからは来るわね。あと綾香さんと坂下さんもかな」
「そういうものなんだ」
 ひろのは妙に感心した表情をしている。
「じゃあ、私も来栖川先輩にあげようかな」
「ああ、それは良いんじゃない?」
 志保はそう答えながら、まるで危機感のないひろのの暢気さに呆れた。葵はともかくとして、後の三人……琴音、綾香、好恵はひろの大好き人間だ。しかも、ひろのが雅史と相思相愛になったからと言って、そうそう簡単に諦めるほど性質は良くない。間違いなく、バレンタインに何かのアクションを起こすはずだ。
 付き合いが長いにもかかわらず、こうしてあの三人に真剣な危惧を抱かない辺り、やはりひろのは浩之としての部分を残しているのだろう。女の子に甘い、と言う部分で。
(ストレートに、あの三人には気をつけろ! って言った方が良いのかしら?)
 志保の思いは尽きない。

 そして、放課後。オカルト同好会の部室では、芹香が魔法薬原料の在庫チェックをしていた。
 この手の材料は流石に彼女の財力と人脈を使っても、そうそう簡単には手に入らない。もし不足分が出たら、すぐに買い付けられるようにしておかねばならないので、在庫チェックは大事なのだ。
(……ずいぶん、足りませんね)
 あまり表情を変えることなく、芹香は首を傾げる。数日前のチェックの時から薬を作っていないのに、かなり材料が減っている。
 数え間違いだろうか、ともう一度チェックしようとして、芹香は眉をひそめた。もしかして……と思い、減っている材料をチェックする。そして。
(これは……大変です)
 芹香が珍しく狼狽した表情を見せる。減った材料が、もし誰かに盗まれていたとしたら大変な事だ。この組み合わせから作られる薬の事を考えると、まず間違いなく大騒ぎになる。
 芹香は盗んだ犯人の痕跡を探すべく、魔法の儀式に入った。

 その頃、とある山の中。人跡未踏とまでは言わないが、滅多に人の入らぬ険しい山の中では、何者かが鍋に火をかけて、何かを煮込んでいた。ぐつぐつと言う音と共に、怪しげな芳香が立ち上り、湯気と一緒に流れていく。
「うわ……酷い臭い」
 鍋を見守る人物は、流石に耐えかねたのか、手拭いを出して鼻を覆った。しかし、臭いは強まる一方だ。
「母さんはこれで父さんを仕留めた、って言ってたけど……本当かしらね?」
 何時しか煮汁はドロドロになり、その外見はさながらメタンの泡を吹き上げる毒の沼地の如し。しかし、臭いの方はだんだん収まってきた。
「……あら? 本当に良い感じになってきたわね……ふふん。今度こそ、勝つのは私よ」
 山中に怪しい笑いが響き渡った。

 そしてまた、別の場所では。
「言われた通りの物、お持ちしましたよ」
 そう言って机の上に置かれたものを見て、その人物は満足そうに笑った。
「ご苦労様。言った私も、まさか本当に注文どおりのものがあるとは思ってなかったけど……」
 すると、"何か"を持ってきた人物は不満そうに言った。
「里の八百年の歴史を侮ってもらっては困ります。私のご先祖様たちも、こういうのを使って任務を達成していたんですから」
 そう言って胸を張ったその人物は、しかしちょっと不安そうな表情になって言った。
「……とはいえ、流石にチョコレートに混ぜて使った事はないですからねぇ……おまけにどっちかと言うと男の人向けのものですから、ちゃんと効くかどうか」
 すると、相手は感心したように言った
「そうなの? ふぅん……じゃあ、逆に好都合かもね」
 持ってきたそれ……奇妙な黒い丸薬のようなものを見ながら言う。その口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。


 こうして、三箇所で怪しげな光景が展開されていることなど露知らず、ひろのはあかり、志保と一緒に買い物に出ていた。
「ひろのちゃん、何個チョコを買うの?」
 あかりの質問に、ひろのは指を折って数え始めた。
「えーと……雅史に、お父さんに、おじいちゃんに、それから芹香先輩のおじいさん。芹香先輩。あとは……」
 ひろのはそこまで数えてから、あかりと志保の方を見た。
「あかりたちにもあげようか?」
「え、いいの?」
 素直に喜ぶあかり。一方、志保は首を傾げていた。
「それは嬉しいけど……なんか悪いわね」
 志保としては、既にちゃんとした恋人がいる親友に余計な出費を強いるのは、ちょっと申し訳なかった。
「気にしなくてもいいよ。二人がいろいろと助けてくれなかったら、私は今こうして笑っていられなかったからね」
 そう言ってにこりと笑うひろの。それを見て、志保もようやく納得した。
「そういうことなら、貰っちゃおうかな」
 志保が頷いた時、三人は目的の店に着いた。最近駅前のショッピングモールにできたスイーツ専門店で、一度行って見ようと話し合っていた場所である。
「わ、結構混んでるね」
 あかりが目を見張る。あまり広くない店内にはバレンタインチョコを買いにきた女の子たちが溢れていた。入り切らない客が店の外にはみ出して列を作っている。
「すいませぇん。今入店は少しお待ちいただいてま〜す」
 メイド服風のかわいらしい制服を着た店員が、看板をもって声を張り上げていた。
「結構並びそうね。どうする? 場所変える?」
 志保が言ったが、ひろのは首を横に振った。
「しゃべりながら待ってれば、すぐに順番が来るよ」
 あかりも同意した。
「せっかく来たんだもん。もう少し待ってようよ」
 それで志保も待つことにして、三人は店頭のポスターの写真にあるバレンタインフェアのチョコを見て、あれが良いね、とかこれも美味しそうだね、などと話しながら時間が過ぎるのを待った。自分が食べる訳でもないのに、こうやって盛りあがれるあたりは女の子である。ひろのも、もうそんな自分に何の違和感も覚えなくなっていた。
 そうこうしているうちに、三人の入店できる順番が回って来た。店の中へ入ると、チョコレートの甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「うわぁ……身体中甘くなりそう」
 あかりが思わずそんな事を言う。セールバスケットには色とりどりの包装紙で包まれたチョコがうずたかく積み上がっている。それは義理チョコ用のコーナーだが、大勢の女性が少しでも見栄えのよさそうな物を選ぼうと群がっていた。
「ひろの、どういうのにするの?」
 問いかける志保に、ひろのは本命チョコ向けのケースの方を見た。
「先に本命を買って、残りの予算で義理チョコを買うよ」
「それが賢明かもね」
 志保も頷き、二人はケースの前に進んだ。あかりは手作りにこだわるため、カカオパウダーなどの原材料コーナーを覗いている。
「いらっしゃいませー。何をお探しですか……って、あれ?」
「ん? その声は」
 出迎えた店員の声が聞き慣れたものであることに気づいて、ひろのと志保は顔を上げた。
「あ、やっぱり長瀬さんと長岡さんだ」
 クラスメイトの雛山理緒が、制服姿で微笑んでいた。
「理緒ちゃん、ここでバイトしてたの?」
 ひろのが聞くと、理緒は頷いた。
「うん。この時期だけの臨時だけどね。給料良いんだよ、ここ」
「なるほど」
 納得したひろのに、理緒は尋ねた。
「ひょっとして、佐藤君にあげるチョコ?」
 ひろのは答える代わりにはにかんだ笑顔を浮かべた。
「うわぁ、ラブラブだねぇ」
 理緒は自分で聞いておいてダメージを受けた。バイトに明け暮れる彼女には縁遠い世界である。
「まぁ、そういう事なら、うちのおすすめはこれかな?」
 理緒が示したのは、ハート形のミルフィーユチョコだった。普通のミルクチョコとホワイトチョコ、ストロベリーチョコ、抹茶チョコ、ビターチョコが何層にも重ねてあるもので、値札には「お名前お彫りします」と書いてある。
「これってどういう意味?」
 ひろのが値札を指して聞く。
「このチョコ、層が分かれてるでしょ? それで、表面のミルクチョコを削って、下の色違いの層を字の形に見せるの。まぁ、ナスカの地上絵みたいな感じかな?」
 ナスカの地上絵は、表面の地層を剥ぎ取り、下の黒い地層を露出させて描かれている。まさにこのチョコも同じ発想だった。
「これで相手の名前を彫り込んで、手渡せば効果抜群だよ。ちょっとお値段が高くなるけど、長文を彫り込むこともできるよ」
 理緒のお勧めに従い、ひろのはそのチョコを買うことに決めた。理緒が紙とボールペンを手渡してくる。
「それじゃあ、こっちに彫り込んでほしい文字か文章を書いてね」
 ひろのは頷いて、紙に文章を書きはじめた。
「ひろの、なんて書くの?」
「え? ふふふ、ないしょ♪」
 志保の質問をはぐらかし、ひろのは文章を書き終え、紙を理緒に渡した。
「承りました。三十分くらいかかるから、今のうちに義理チョコとかも買うと良いと思うよ」
「そうだね。ありがとう、理緒ちゃん」
 理緒のアドバイスに従い、ひろのと志保は義理チョココーナーに移動した。そこへ、一足先に買い物を済ませたあかりがやって来た。
「ひろのちゃん、もう選んだの?」
「うん、本命はね。これから義理を買うよ」
 ひろのはあかりの質問に答えると、良さそうな品を物色しはじめた。
「これと、これかな」
 ひろのはあまり迷わず、いくつかのチョコを選び出した。志保が不思議そうに聞く。
「ひろの、それはどういう基準で選んでるの?」
 彼女から見ると、そのチョコには特に共通点がないように見える。すると、ひろのはいかにも彼女らしい答えを返した。
「自分が貰ったら嬉しそうなものだよ」
 これは、かつては自分が貰う側だったひろの独特の感覚だろう。
「なるほど、男の側ではこういうのが良いのね」
 志保は納得して、自分も同じ物を買った。とは言っても、彼女のあげる当ては親と新聞部の男子部員くらいであるが。
 そうやって選んだ品を買い物カゴに入れて振り向くと、ちょうどひろのの本命チョコの細工が終わったところだった。理緒がひろのの番号を呼んでいる。
「207番のお客様ー。長瀬さん、できましたよー」
「あ、はーい」
 ひろのはカウンターに駆け寄り、出来栄えを確認して満足すると、会計を済ませた。
「ありがとうございました。佐藤君、喜んでくれると良いね?」
「うん、ありがとう」
 ひろのは理緒に礼を言うと、待っていたあかりと志保のところへ戻った。
「その分だと、良い買い物ができたんだね」
 問うあかりに、ひろのはうんと頷いた。
「思ったより素敵だったよ。食べるのがもったいないくらい」
 ひろのが言うと、志保が苦笑した。
「何言ってんの。ひろのが食べるわけじゃないでしょ」
「あ、そうか」
 ひろのがおどけたようにこれは失敗、と言う。
「でもまぁ、雅史もそう思って、チョコを額に入れて飾ったりして」
「まさかぁ」
 志保の言葉に笑うひろのとあかり。少女三人はかしましくおしゃべりをしながら家路についた。

……などという爽やかな青春模様が繰り広げられているその陰で、全然爽やかではない事をしている者達もいた。
 例えば、ここ。
「うーん、来栖川先輩のところで貰って来たレシピの通りに調合してみたけど、これで合ってるのかなぁ」
 怪しげな材料を砕いて粉にして、お酒で煮込みながら、その人物は首を傾げる。その横には、湯煎して溶かしたチョコのボウルと、固めるためのハートの型が置いてあるが、チョコ作りというよりは奇怪な化学実験、もとい、錬金術の実験である。
「でも、先輩は魔法に関しては間違いの無い人だし、きっと平気よね」
 そう言いながら、彼女は煮込んだものを濾して、その上澄み液をチョコに混ぜこんだ。とたんにそれまで茶色だったチョコが、異様な音を立てて沸騰する。色も虹色に目まぐるしく変わる。
「う……失敗かな……」
 額に一筋の汗を浮かべた彼女だったが、しばらく様子を見ていると、色の変化も沸騰も収まり、チョコは元の姿を取り戻した。試しに匂いを嗅いでみたが、少し普通のチョコよりも匂いが薄いくらいで、特に問題は感じられなかった。
「大丈夫だよね、たぶん……じゃあ、後は冷やして固めて、ラッピングを……」
 彼女は作業に没頭していった。

 またある場所では。
「チョコなんて作ったこと無いけど、まぁやってみるか……」
 そう言いながら、彼女は材料を手に取る。とにかく溶かせば良い、ということは知っていたので、鍋に直接チョコを入れて、ガスレンジの火をつけた。
 数分後。鍋は見事に焦げ付いていた。辺りにはものが炭化していく臭いが立ち込めている。
「何が悪かったのかしら……」
 頭をひねりながら、彼女は念のため鍋の中身に指を入れてなめてみる。焦げたせいでかなり苦い。
「ビターチョコだと思えば良いか」
 無理のある結論を出すと、彼女は別の日につくっておいた材料を鍋に加えた。どろりとした異様な液体が加えられた「ビターチョコ」は、嗅ぐと不思議と身体が熱くなってくるような匂いを漂わせていた。
「これでよし。後は固めるだけね。でも、これでどうやってお父さんをゲットしたのかしら……」
 彼女は不思議そうな表情をしながら、鍋の中身を一混ぜして、型を手に取った。

 そして、またあるところでは。
「どう? ものはできた?」
 主の声に影が答えた。
「はい、パティシエ同好会の人達に任せました。見た目は完璧かと」
 影の言葉に、主は不審そうな顔をする。
「見た目は?」
「チョコに混ぜた事は無いと、最初に言いましたよね。本当はお酒とかに入れるものですから。それでかどうか知りませんが、作ってる最中に、味見をした同好会員がバタバタと倒れました」
 さすがに主も引きつった顔になった。
「ちょっと……それで本当に大丈夫なの?」
 影は頷いた。
「はい。そう思って、しばらく観察していたんですが……その、なんと言いますか。[XRATED]な事になり掛けたので、急いで止めました」
 顔を赤らめながら報告した影に、主は一瞬ぽかんとしたが、すぐに立ち直り、親指を立てた拳を突き出して言った。
「それはGJ過ぎるわよ」
 その答えを聞いて、影はちょっと良心が痛んだ。気分的には、一番それを渡してはいけない人に渡してしまったというか、ぶっちゃけなんとかに核兵器な心境だった。

 こうして、いろいろと裏で危ない陰謀がうごめく中、バレンタイン当日がやってきた。
 寝ているひろのを起こしに、いつものように、マルチと真帆が連れだってやってくる。普段なら、なかなか起きないひろのを揺すったり声を掛けたりして、どうにか起こす場面である。
 ところが、この日の二人は、信じられないものを見た。なんと、あの寝惚すけのひろのが、しっかり着替えまで済ませていたからである。
「あ、おはよう、真帆さん。マルチ」
 にこっと笑って挨拶をするひろの。
「お、おはようございますぅ……」
「おはよう……って、随分早いのね。どうしたの?」
 信じ難い光景を前に、返す挨拶もぎこちない真帆とマルチに、ひろのはラッピングされたハート型のパックを手渡した。
「はい、これ二人に。いつもお世話になっているお礼」
 言われるままに受け取って、ようやく真帆が事情を理解した。
「あ……ひょっとして、バレンタイン?」 
 真帆の言葉に、ひろのは顔をほころばせて頷いた。
「ええ、事情があれなので、手作りでないのが残念ですけど……」
「ううん、気持ちだけで十分嬉しいわ」
 真帆は微かに冷や汗を浮かべながら答えた。彼女は以前ひろのの手料理を食べて昏倒した事があり、その破壊力を身をもって味わっている。もう二度と経験したくない恐怖の体験だった。
「え〜……わたしはチョコ貰っても食べられませんですぅ」
 一方、マルチはパックを手に困惑した表情でいた。
「あ、マルチには新しい燃料電池の充填液にしたよ。発電効率がアップしてるんだって」
 それを見てひろのが言うと、マルチはおぉ〜、と目を輝かせた。燃料電池は彼女の動力源だ。その新しい素材を貰うというのは、確かにチョコ並みに嬉しい贈り物である。
「ありがとうございますぅ、ひろのさん」
 ニコニコと笑うマルチの頭を撫でて、ひろのは部屋を出た。階下に降りて、リビングでセバスチャンに挨拶をする。
「おはよう、おじいちゃん」
「……ああ、おはよう」
 ちょっとどんよりした表情のセバスチャンが答える。ひろのはそっと彼に近づくと、背中に隠していたチョコのパッケージを渡した。
「はい、おじいちゃん。これ、バレンタインのチョコね」
「え?」
 セバスチャンはひろのの顔とチョコを交互に見渡し、信じられないと言う表情を浮かべた。
「い、良いのか?」
 妙に遠慮がちなセバスチャンの様子に、ひろのは首を傾げた。
「もちろん。どうしたの?」
 聞くと、セバスチャンは彼らしくなく逡巡した様子で口を開いた。
「いや……その……正月の一件が」
 何の話かと思った思ったひろのだったが、あることを思い出した。それは、初詣での雅史襲撃事件だ。あの時にひろのはセバスチャンに「おじいちゃん、大嫌い!」と言って以来、ちゃんとそれを撤回していない。
「あぁ、あの事か……それならもう気にしてないよ、おじいちゃん」
「ほ、本当か!?」
 勢い込んで尋ねてくるセバスチャンに、ひろのは頷いた。怒っているどころか、今では感謝の念すら抱いている。あの事件が無ければ、雅史との仲はそれ以上進展しなかったかもしれない。
 さすがに、それを言ってセバスチャンや浩明を甘やかす事は、ひろのはやらなかったが。
「そ、そうか……良かった。ありがとう、ひろの。大事に食べさせてもらうよ」
 ホッとしたように言うと、セバスチャンはチョコを受け取った。
 それから朝食の前に厳彦氏や料理長などにもチョコを渡し、一通り男性陣に義理チョコを配り終えたところで、芹香と綾香がやってきた。
「……」
「おっはよーん、ひろの」
「おはよう、先輩。綾香」
 それぞれに挨拶をしてくる二人に、ひろのは笑顔を返し、二人の分のチョコを取り出した。
「これ、いつもお世話になってるお礼」
 チョコを見ると、芹香はちょっと驚いた表情になっていた。いままでこうしてチョコを貰った事は無いようだ。一方、寺女へ行けばチョコなどトラック一台分は貰える綾香は慣れた表情である。
「ありがとう。ありがたくいただくわね」
 膨大な寺女のチョコは結局おすそ分けするなどして処理している綾香だが、さすがにひろののチョコは自分で食べるつもりである。そして、綾香は自分もチョコを取り出した。
「じゃ、私からもひろのに」
「あ、良いの? うれしいな」
 笑顔で綾香の差し出したチョコを受け取ろうとしたひろのだったが、それを遮るように手が差し出された。
「え? どうしたの、先輩」
 きょとんとするひろの。一方、綾香は密かに焦りを感じつつ、表面上は何でもないような口調で言った。
「ダメよ、姉さん。これはひろのの分だってば」
 しかし、芹香は妹の茶化すような言葉には答えず、綾香の出したチョコのパッケージを手で触っていた。そして、頷くとおもむろに袖から出した何かを貼り付ける。
「ああっ!?」
 綾香が悲鳴のような声をあげた。それは「封印」と書かれたお札だったのである。ぴしっという氷にひびが入るような音を立て、綾香のチョコは包装紙一枚剥がせないほどがっちりと固められた。
「な、何するの姉さん!」
 怒る綾香を、芹香はじっと見つめて何かを言った。
「……」
「え? 綾香ちゃん、一服盛りましたね……? し、知らないわよ〜」
 ポーカーフェイスの綾香だったが、流石にここまで来てはごまかしきれるものではなかった。
「綾香……何を入れたの?」
 ひろのにじっと見られ、綾香は冷や汗を流しつつも答えた。
「か、隠し味」
 しばらく沈黙が流れた。
「とりあえず……貰っておくね。食べられないから、スタンドを付けてオブジェにでもするけど」
「……はい」
 綾香はがっくりと首を落とした。せっかく圭子に無理を言って、彼女の実家がある忍びの隠れ里に伝わる秘伝の惚れ薬を取ってこさせたのに、あっさりと無駄になってしまった。
 一方、綾香のチョコの仕掛けを見破った芹香も首を傾げていた。
(私の薬ではありませんでした……盗んだのは綾香ちゃんだと思っていたのに……当てが外れましたね。すると、本当にやったのは誰なのでしょう)
 どうやら、ひろのに迫る危機は、まだこれから始まるようであった。

 ともあれ、第一の刺客、綾香の攻撃を退けたひろのは、学校へやってきていた。下駄箱の前に立って扉を開けようとしたひろのは、それが開けるまでも無く半開きになっていることに気がついた。
(……あ、なんか懐かしい感覚だな、これ)
 それは、「長瀬ひろの」として転校してきてから、しばらくの間続いた現象だった。下駄箱の扉が閉まりきらずに半開きになっているのは、そこに何かがぎっしり詰まっている事を意味している。ひろのは鞄の中からビニール袋を取り出し、それを下駄箱の下に何かを受け止めるような位置を決めてぶら下げると、扉を開いた。

どさどさどさどさどさ……
 
 にぎやかな音を立てて、数十個のチョコがビニール袋に零れ落ちた。
「うっわ……すごいわね」
 志保が目を丸くした。
「ひろのちゃん、すごいね。いつかのラブレターの時みたい」
 あかりも頷く。ひろのが転校してきた頃は、こうして大量のラブレターがぎっしりと下駄箱に詰められていたものである。確かに懐かしい感覚だった。
「あの時は、坂下さんの果たし状が入ってたりして、大変だったな」
 ひろのもその頃を思い出しながら言う。実際には果たし状ではなく、ラブレターだったりしたのだが、文面は果たし状そのものだった。
「今回も、坂下さんからのチョコが入ってたりして」
「あはは、ありそうありそう」
 あかりと志保がそう言って笑いあい、じっとチョコを見た。既に目が笑っていない。
「……入ってるとして……どれだろう」
「気にかかるわね……」
 真剣な表情の二人を見て、ひろのが言った。
「いや、まさか坂下さんが一服盛るとは……あの人そういうキャラじゃないし」
 すると、またしてもやってきたのは芹香だった。
「先輩……やっぱり?」
 ひろのたちの呼びかけにも答えず、芹香はじっと真剣な表情でチョコの山を睨んでいたが、その中から五つほどチョコを抜き出すと、びしばしと「封印」のお札を貼り付けた。
「こ、こんなに……」
 絶句するひろのに芹香が言った。
「…………」
「え? 何かはわからないけど、チョコ以外のものが混ぜてある?」
 こくこくと芹香は頷いた。その時、志保が言った。
「ウィスキーボンボンとかだったりして」
「……」
「……」
 芹香が沈黙する。どうやら、そういう可能性は考えていなかったらしい。つられて黙り込んだひろのだったが、ポンと手を打って明るい声で言った。
「じゃあ、家に帰ってから、一個ずつ開けて確かめてみよう。ね、先輩」
 芹香が頷いた。こうして、下駄箱の危なそうな品も、全て回収された。
 それを柱の影から見ていた人物がいた。言わずとしれた好恵である。
「く……見抜かれたとは」
 ひろのには「そんなキャラじゃない」と言われた好恵だったが、彼女の家には修行の山ごもりに備え、食べられたり薬になったりする野草や茸類の知識が豊富に伝わっており、精力剤などそれ系の薬も作れなくはなかったのだった。
 第二の刺客、好恵もまた敗れた。一方、芹香はやはり困った事になっていた。
(下駄箱にも、盗まれた薬は使われていませんでした……本当に誰がやったんでしょう)


 ひろのがビニール袋いっぱいのチョコを手に提げて教室へ歩いて行くと、前方から見知った顔がやってきた。
「あ、ひろの先輩、おはようございます」
「おはよう、葵ちゃん」
 朝練を済ませてきたらしい葵だった。挨拶を交わし終わったところで、葵がひろのの手に提げられたビニール袋に目を止めた。
「先輩、何ですか、それ?」
「これ? バレンタインのチョコらしいけど、いっぱい貰っちゃってどうしようかと思ってたんだ」
 ひろのが袋を渡して見せると、葵は感嘆の溜息をついた。
「凄い量ですね……さすがひろの先輩」
 目を丸くしていた彼女だったが、ふと良いことを思いついた、とばかりに手を打った。
「そうだ、部のみんなに分けたらどうでしょうか? 練習の後は甘いものが欲しくなりますから、みんな喜びますよ」
 ひろのはうーん、と考え込んだ。
「それは良いかもしれないけど……せっかく貰ったものを人にあげるというのも」
「でも、食べきれずにダメにするほうがもったいないですよ」
 葵の言葉に、ひろのはそれもそうだ、と思い直し、放課後に部室でエクストリーム部の部員たちに、チョコを分配する事にして葵と別れた。
「それじゃあ、また後で!」
 そう言って教室に向かう葵に手を振り、歩き出したところで、あかりがひろのに聞いた。
「ところで、雅史ちゃんにはいつチョコを渡すの?」
 ひろのは困った顔をして答えた。
「うーん……一応今日持っては来たんだけど、やっぱり人前で渡すのはちょっとね。まぁ、後で考えとく」
 そうは言ったが、実はこれは嘘である。一応どこで渡すかと言う事は決めていたが、それはあかりにも志保にも言いたくなかったのだ。もし話して、覗きに来られたら恥ずかしい。やはり二人きりの時に渡すのに越した事はない。
「そうなの? 早く決めた方がいいわよ」
 志保がちょっとつまらなさそうな表情で言った。それを見て、ひろのはやっぱり志保は覗きにくるつもりだな、と心の中で苦笑した。
 そんな会話をしながら教室にやってくると、ひろのはロッカーにチョコの袋を入れて、自分の席に行った。鞄の中のノートを机に移そうとして、何かが入っているのに気付く。
「……封筒?」
 それは、淡いピンク色の小さな封筒だった。口は糊付けされていない。開いてみると、中には手紙が入っていた。赤いペンで書かれた、丸っこい可愛らしい文字でこう記されている。

「今日の放課後、校舎裏の杉の木の下でお待ちしています。 K・H」

 ひろのは考え込んだ。やはり日が日だけに、バレンタインのチョコを渡したいから、と言う理由での呼び出しだろうが、告白の前振りにも見える。それ以前に。
「……誰?」
 K・Hというイニシャルの人物に対する心当たり……手紙の趣味や字体から見て、女の子からのもののようだが。
「えーっと……あ」
 思い出した。同時に頭を抱えるひろの。
(うーん……あの娘はたぶん本気なんだよね。綾香や坂下さんと一緒で。でも、もうはっきりと断らないと)
 もう、自分は雅史と恋人同士なのだから、他の人の愛を受け入れるわけには行かない。ひろのはそう考え、雅史にチョコを渡す前に、彼女と会う事にした。

 その頃、男子陣はちょっと浮付いた空気の中にあった。
「はぁ……いいよなー、雅史は。この学校で……いや、この世で一番貴重なチョコをもらえるんだから」
 ぐちぐちと言う矢島に、垣本がたしなめるように言う。
「もう諦めろ、矢島。お前だって高望みと馬鹿な事さえしなけりゃ、十分さわやか系好青年で通るんだから」
「うるさいな。そういうお前はどうなんだよ」
 睨む矢島に、垣本は鞄を開けて見せた。数個のチョコが入っている。矢島は何か言いたげに口をパクパクさせたが、結局何も言えず黙り込んだ。
 もともと、垣本はサッカー部のエースストライカーの一人であり、雅史がひろのと結ばれた今では、サッカー部に向けられる女子の人気の多くを引き受ける男だ。性格もまともなため、それなりにもててもいる。矢島の敗北は最初から決まっていたようなものだった。
「まぁ、矢島の事は良いとして、実際長瀬さんからは何か言われたのか? 雅史」
 何気に矢島の扱いを酷くしながら、垣本が雅史に聞いた。
「いや、別に何も無いよ」
 雅史は答えた。これは本当で、彼からひろのに何かくれるのかと問い掛けてもいない。
「ふぅん……はは、余裕だな」
 垣本が笑った。別に揶揄する意図はない。バレンタインの事があろうがなかろうが、二人の気持ちに変わりはない、と見ての事だ。
「でもまぁ、長瀬さんは真面目だから、きっと何か用意してるぜ。今からお返しを考えておくんだな」
「そうするよ」
 垣本の言葉に、雅史も笑う。この時点では、まだまだ彼らは平和だった。

 その間にも、校内ではあちこちでチョコを渡す光景が見られていた。もちろん校則違反だが、教師の側でもいちいち咎め立てしようという野暮な真似はしないらしい。そんなわけで、全体的に校内が浮付いた雰囲気に包まれたまま、放課後がやってきた。
「そろそろかな……」
 まずエクストリーム部の部室へ行って、貰ったチョコを分配し終えたひろのは、時計を見て呟いた。時刻は午後四時。帰宅部組も大半は帰った後だ。
 時間潰しに来ていた図書室の席を立ち、鞄を持って階段を下りる。一度玄関に行って外履きを回収すると、彼女は裏口から校舎の外へ出た。
 すると、そこにはひろのの予想通りの人物が待っていた。
「長瀬先輩……待ってました」
「やっぱり琴音ちゃんだったのね」
 ひろのは例の手紙をポケットから取り出して言った。
「はい。どうしても、先輩にお話したい事があって」
 琴音は頷くと、鞄の中からそれを取り出した。小さなハート型の包み。バレンタインのチョコレートだ。
「これ……先輩に差し上げます。受け取ってください!」
 勢い良くチョコを差し出す琴音。ひろのはとりあえずそれを受け取り、礼を言った。
「ありがとう、琴音ちゃん……あの」
 ひろのが先を続けようとするより早く、琴音が口を開く。
「先輩、それは……私にとっては本命です」
 やっぱり、とひろのは思った。その気持ちは嬉しいが……それに応えるわけには行かない。その事をひろのは告げようとした。
「ありがとう、琴音ちゃん……でも私は」
「わかってます」
 え? とひろのは琴音の顔を見た。大きな目に涙を浮かべて、琴音は先を続けた。
「知ってます……佐藤先輩と正式にお付き合いをはじめたって。だから、私の気持ちは、先輩にはご迷惑かもしれません。でも、言わずにはいられなかったんです」
「琴音ちゃん……」
 ひろのは胸が詰まりそうになった。
「ただ、気持ちを伝えたかっただけなんです……応えて欲しいとは思いません。ただ、これを受け取って、今ここで『美味しかったよ』って言ってくれれば……それで私はもう満足です」
 そう言って、琴音は何かをこらえるように俯いた。
「……うん、わかった」
 ひろのは頷いた。まさか、あの強引な性格の琴音が、こんな健気な事を言うとは、全く予想していなかった。それだけに、その願いだけは聞いてやりたかった。彼女は包みを開くと、いかにも手作りらしい少し脂肪分の分離したチョコを手に取り、一口かじった。甘いチョコの味が口の中に広がる。
「……どうでしょうか?」
 俯いたまま琴音が聞くと、ひろのは答えた。
「うん……美味しいよ、琴音ちゃん」
 もう一口、チョコをかじるパリっと言う音が聞こえる。それを琴音は俯いたまま聞いていた。三十秒ほどそのままの態勢でいた彼女は、がばっと顔を上げた。そこには失恋の悲しみではなく、何か異様に喜色に溢れた表情が浮かんでいた。
「さぁ、先輩! ……あれ?」
 琴音の表情は困惑に変わった。そこにはひろのはいなかった。
「……え? ど、どういうこと……? あの薬、効かなかったの……?」
 なにやら物騒な事を言う琴音の肩を、誰かがポンと叩いた。驚きのあまり琴音は飛び上がった。
「きゃああぁぁぁぁっっ!? って、芹香先輩? 脅かさないでください!!」
 驚き、恥ずかしがり、怒る琴音に、芹香がぼそぼそと何かを言った。
「……」
「え? 薬って何の事か? ですか? い、嫌ですね先輩。私はそんなの知らな……」
 琴音はごまかそうとしたが、無駄だった。芹香の後ろからあかりとマルチが現れ、血相を変えて迫ってきたのだ。
「琴音ちゃん、心当たりがあるなら素直に言って!」
「はわわ、た、大変なんですぅ〜! 芹香様のところから盗まれた薬は……」
 その続きを聞いて、琴音は蒼白になった。

 夕日が西の空に沈んで行く中、雅史は号令をかけた。
「よーし、やめー!」
 グラウンドに満ちていた熱気がすっと消え、代わって安堵の空気が広がる。汗と土にまみれたウェアを着たサッカー部員たちが、雅史と垣本の周りに集合した。
「今日の練習はここまで。当番の連中は片付けをきちんとする事。明日の朝練の集合時間は……」
 垣本が細かく指示を出し、練習の反省を一通り聞くと、雅史は頷いた。
「解散」
 その声に従い、部員たちが散って行く。片付けの当番に当たっている部員たちは、グラウンド整備や道具の片づけをはじめた。雅史本人も当番に入っていたので、先に帰る垣本に別れの挨拶をして、ボールを集め始めた。金属の籠に集めたボールを放り込み、カートに載せる。
「じゃあ、僕は体育倉庫に鍵をかけて帰るから、君たちは解散して良いよ」
「はい、お疲れ様でした!」
 残っていた後輩たちに声をかけ、雅史はカートを押して体育倉庫へ向かった。扉を開けて、雅史は電気がついているのに首を傾げた。
「あれ? 電気が……野球部の連中かな?」
 ちゃんと消して帰らなきゃ、と考えつつ、ボールの入った籠を所定の場所に戻す。やれやれ終わった、とそこまで考えた時、雅史はふっとあることに気がついた。
 いつもは体育用具の湿った臭いや汗の臭い、ライン引き用の石灰の臭いなどが入り混じり、あまり快適とは言えないこの室内に、かすかな甘い香りが流れている。一つはチョコの香り。そして、もう一つの、もっと甘くて気持ちのいい香りは……
 雅史は香りの元を探して振り返った。そして、驚いた。
「……お疲れ様、雅史」
「ひ、ひろの!?」
 何時の間にか、跳び箱の上にひろのが座っていた。その格好を見て、雅史は赤面した。彼女がひざを立て、そこに顔をもたれ掛けさせるようなポーズをとっているので、スカートの端からちらりと白いものが見えてしまっている。
「ひ、ひろの。見えてる」
 雅史が注意するように言うと、ひろのはポーズを変えないまま聞き返した。
「何が?」
「な、何がって……その……下着が……」
 雅史が消え入りそうな声で言うと、ひろのはくすっと笑った。
「うふふ……雅史ってば、照れてるの? くすくす。可愛いの」
 普段のひろのとはまるで違う反応だ。いつもの彼女なら、下着が見えている事を指摘されれば、真っ赤になって恥らうだろうし、そもそもそんなポーズはとらない。
 冷静に考えれば、雅史も今のひろのが明らかに普段とは違う事に気付いただろうが、いきなりの事に動揺しているせいか、そんな余裕は無かった。
「ね、雅史……こっちに来て」
 ひろのが囁くように言った。艶っぽい、男の心を揺さぶるような口調だ。雅史は思わずふらふらとひろのの側に寄って行った。
「な、なんだい?」
 理性が侵食されるような気持ちを味わいつつも雅史が言うと、ひろのは手にしていた何かを雅史に見せた。それはハートの形をしたチョコで、表面に文字が彫ってある。その断面は幾重にも重ねられた数種類のチョコによって、グラデーションのような綺麗な模様を描いていた。そして、こう書かれている。

「I Love Masashi」

 ひろのはそれを雅史に見せたまま、妖艶に微笑んだ。
「これ、私からのチョコレート」
「……あ、ありがとう」
 まだ異様な雰囲気に呑まれながらも、雅史は礼を言った。受け取ろうと手を伸ばすと、ひろのはチョコをさっと引っ込めた。え? と雅史が疑問に思うよりも早く、彼女はせっかくのチョコを自身の口に運んだ。ぱり、と言う音を立てて一口かじり取る。
「おいし……」
 そう呟くと、ひろのはどう反応していいものかわからず、呆然としている雅史の首筋に手を伸ばした。
「え……んっ!?」
 そのまま、ひろのは雅史を抱き寄せてキスをした。しかも、ただのキスではない。雅史の唇を伸ばした舌で割り、歯茎をくすぐるように舐める。同時に進入してきた甘いチョコレートの味と合わさって、それは雅史をしびれさせた。
「んん……んっ!」
 その濃厚なキスはたっぷり1分は続いただろうか。ようやくひろのの唇が雅史のそれから離れ、彼は呼吸困難に陥った魚のように口を開けて空気を吸い込んだ。
「はぁ……はぁ……ひ、ひろの……い、今の……」
 まだ夢を見ているかのような表情で言う雅史の目の前で、ひろのはさらにチョコをかじった。そして、キスをせがむように目を閉じる。薄くチョコでコーティングされた唇が濡れたように光り、「来て」と言いたげに動く。
「ひ、ひろの……!」
 雅史の脳裏から「これはおかしい」という警戒する気持ちが蒸発するように消えていった。ひろのを抱きしめるようにしてキスをすると、彼女の口の中で溶けたチョコを……いや、彼女自身を味わうように舌を絡めた。
「んふ……んん……」
 口の中のチョコの味が消えてしまうまでキスを続けて、ようやく二人は唇を離した。雅史が目を開けると、ひろのは「あ……」と声をあげて、自分の胸元を見た。雅史もつられてそこを見て、思わず生唾を飲み込む。口からこぼれたチョコのしずくが、ひろののあごを伝って滴り、セーラーカラーの内側に見えている胸の谷間に一筋の流れを作っていた。
「垂れちゃった……制服汚れちゃう」
 ひろのはそう言うと、しゅるりと音を立ててリボンを外し、上着のジッパーに手をかけた。そして、焦らすようにゆっくりと下げ始めた……


 ひろのの姿を探して走り回りながら、芹香は言った。
「……」
「その……つまり、先輩のところから持ち出した薬というのは、惚れ薬とかではなく……」
 琴音が言うと、芹香がこくこくと頷き、あかりが後を引き取った。
「飲むと、その……すごくえっちな気分になる薬……なんだって」
 言いながら、あかりの顔も照れたように赤くなっている。
「しかも、一番好きな人のところに行って、その……でしたっけ?」
 言い辛そうにあかりが言うと、芹香も微かに……彼女としてはかなりはっきりと赤面してこくこくと頷いた。
「なんで、何でそんな薬のレシピが部室にあるんですか!? しかも紛らわしく惚れ薬の材料の隣に!!」
 琴音は叫んだ。動揺のあまり、自分が薬を盗んだ犯人だという事を盛大にばらすも同然のことを言っているが、本人は気づいていない。
「……」
「製法がわかったからには、作ってみたかったものですから、だそうですぅ」
 芹香の弁明をマルチが翻訳する。
「と、とにかく先輩を探しましょう」
 琴音が呆れと焦りの混じった声で言った。
「そうね。でないと……大変な事になっちゃう」
 あかりが頷き、4人はひろのを探して四方へ散った。

 その頃、体育倉庫では大変な事になりかけていた。
「……」
 雅史が息を飲む。ひろのが上着のジッパーを降ろすにつれて、彼女の眩しいほどに白い肢体が露わになって行った。ジッパーが胸を過ぎると、繊細なレースを多用した純白のハーフカップ・ブラに包まれた彼女の93センチのバストが、弾けるように制服の下から現れる。そこに垂れた茶色のチョコレートの流れが、妙に色香を強調している。
 その胸を誇示するように突き出し、ひろのは濡れた瞳で誘うような視線を送りながら言った。
「ね……雅史……綺麗にして」
「え? ど、どうやって……」
  恋人の余りに扇情的な姿を見て、逆に戸惑ったように言う雅史。すると、ひろのはじれったい、とでも言うように、雅史の顔を抱き寄せる。深い胸の谷間が彼のすぐ目の前に迫り、チョコとひろのの体臭の入り混じった甘い香りが押し寄せた。
 そこまでされれば、流石の雅史もどうすれば良いのかわかる。そっと舌を伸ばし、茶色の流れを舐め取った。その途端に、くすぐったがりのひろのはぴくっと身体を震わせた。
「あ、ひ、ひろの?」
「ん……大丈夫。続けて」
 ひろのが少し荒くなりはじめた息遣いと共に答えた。許しを得て、雅史は彼女の肌に舌を這わせる。ひろのがくすぐったさに震えるたびに、柔らかい膨らみが雅史の顔を挟むようにしてぶつかってきた。その感触に雅史は陶然となり、夢中になって舌を使う。
 が、チョコがあらかたなくなったかと思うと、新しい流れがトロトロと垂れてくる。ひろのがまた口の中でチョコを溶かして、わざと垂らしているらしい。それは流石に量が多くて、白い綺麗なブラにまで染み込んでしまう。
「あは……汚れちゃった。ねぇ、雅史。それ脱がせて」
 ひろのが言った。それまで彼女の腰を抱くようにしていた雅史だが、恋人のおねだりに、その手を背中に回す。指先が背中のホックに触れる……が、外し方が良くわからない。カチャカチャといじっていると、ひろのが不満そうに言った。
「ん……そんなに乱暴にしたら痛いよ、雅史……」
「ご、ごめん」
 ほとんど胸に顔を埋めた態勢で雅史が謝ると、ひろのは笑って外し方のコツを伝授し始めた。
「左右を持って、少しひねるようにして回すの。そう」
 雅史が言う通りにすると、ぱちんと音がして、ホックが外れた。同時に、素肌にぴったり密着していたレースの布地が形を失って、ふわりと垂れ下がる。雅史はその下に隠された秘密の場所を見ようとして、顔を上げた。
 それと同時に、ひろのは今度は自分の手でスカートのホックをいじっていた。身体の脇にあるそれが外れ、一瞬白い太ももが覗いた……と思ったその時だった。
 二人の視界が真っ白な何かに覆われた。

「ま……間に合った。危なかったわ」
 体育倉庫の中を満たしていた白い煙……芹香が作った解毒剤があらかた吹き払われた後、踏み込んだあかりは状況を見て、まだ決定的段階に至ってはいなかった事を知り、ほっと安堵の溜息をついた。
 床の上には雅史が意識を失ってぐったりと倒れ、ひろのはショーツ一枚にニーソックスだけと言うはしたない姿で、跳び箱をベッドに眠っている。
「……」
 とりあえず着替えさせましょう、と言って、芹香が床に落ちているひろのの服を拾い集め、ちゃんと着せ掛け始める。一方、琴音は入り口の柱にこつんこつんと自分の頭をぶつけ、慙愧の念に囚われまくっていた。
「うぅ〜、先輩が、先輩がぁ……わたしのせいで……」
 そんな彼女の肩に手を置き、あかりは首を横に振る。
「反省は後でね、琴音ちゃん。それよりも、雅史ちゃんをマルチちゃんと一緒に運び出して」
「はぁい……」
 うなだれたまま、作業にかかる琴音。その時、「う〜ん……」と声がした。ひろのが目を覚ましたのだ。
「……あれ? 私は一体……?」
 身を起こしたひろのは、自分の現状がわからず、きょとんとしている。すると、琴音がばっと飛び出して、頭を下げ始めた。
「せ、先輩! ごめんなさい! わたしのせいで……!!」
 なぜ琴音が謝るのか、と不思議そうな表情のひろのだったが、意識がはっきりしてくるにつれ、その顔が見る見る赤くなって行った。どうやら、自分が何をしでかしたのか、はっきりと思い出したらしい。
「は……は……は、恥ずかしいぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っっ! 私ってばなんて事を〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 羞恥のあまり、マットの上をごろごろと転げまわるひろの。性格反転薬と違って、薬の影響下にあったときの記憶がちゃんと残っているようだ。ひろのにとっては不幸な事だっただろうが。
 そんなひろのを痛ましげな目で見守っていた芹香だったが、彼女が転がるのをやめたところで、そっと肩を抱きしめて言葉をかけた。
「……」
「え? 薬のせいだから、夢だと思って忘れてしまいましょう……? そ、そんなの無理ですよぉ……」
 そう言ってから、ひろのは何かに気付いて手を打った。
「そ、そうだ! 先輩の魔法で記憶を消してしまえませんか!?」
 芹香はふるふると首を横に振った。
「……」
「え? 記憶を消す薬が一人分しかない……?」
 それを聞いて、ひろのは愕然とした表情になったが、しばらくして、それでも良いです……と言った。

 そして、三十分ほど後。
「ん……?」
 雅史が目を覚ました。
「……あれ? 僕は一体……」
 ひろのとそっくり同じ事を言った彼だったが、すぐに自分の顔を覗き込んでいるのが恋人の顔だと言う事に気付き、同時に今の自分の体勢にも気付いて、赤くなった。彼はひろのに膝枕されていたのだ。
「わ、ご、ごめん、ひろの……! お?」
 身体を起こそうとして、身体に力が入らず、雅史は膝枕されるままになっていた。すると、ひろのは赤い顔をして、しかし優しく微笑んで言った。
「おはよ、雅史。部活、頑張りすぎなんじゃない? こんな所で居眠りなんて」
 場所は体育倉庫から変わっていなかった。
「え? そ、そうなのかな……なんか、気持ちのいい夢を見ていたような」
「夢よ、夢っ!」
 さらに顔を赤くして、ひろのは雅史の言葉をかき消すように叫んだ。気圧された雅史が思わずごめん、と謝るのに、ひろのも叫んだ事を謝る。そして、鞄から何かを取り出した。
「ほら……バレンタインのチョコ。手作りと言うわけには行かなかったけど……」
 ばつの悪そうな顔でひろのは言った。このチョコはエクストリーム部で分配したうちの余りである。一応ひろの充て本命としてきたものなので、それなりに良いチョコではあるが、やはり他人に貰ったものをあげるわけだから、少し罪悪感があった。
「ありがとう、ひろの」
 それでも、雅史は笑顔でチョコを受け取った。それを見ながら、ひろのは他人が買ったチョコをあげる事と、恋人に記憶を消す薬を盛った事の二重の罪悪感で、ちょっと泣きそうになっていた。さらに言えば、彼女は記憶が消えていないので、恥ずかしくてまともに雅史の顔が見られない。
(うぅ〜〜〜〜……流石に恨むよ、琴音ちゃん)

 その頃、琴音はひろのに恨まれるよりもある意味恐ろしい目にあっていた。
「それでは、久しぶりにNHK秘密裁判を開廷します」
 学校のどこかにある、NHKこと「長瀬ひろの保安協会」本部では、被告人席に超能力封じのお札を張られた琴音が縛られていた。それをとんがり白頭巾をかぶったNHK幹部……〈ウィッチ〉〈リボン〉〈ドール〉が見つめている。
「例によって、被告に黙秘や弁護士を呼ぶ権利は一切ありません。それでは前置き無しで会長、ジャッジメントを」
 既に被告の罪状が明らかなせいか、〈リボン〉はいきなり審判に入った。〈ウィッチ〉がストップウォッチを取り出し、正確に一分を計る。そして、頭巾の端から垂れている紐を引っ張ると、頭巾の上から大きく「×」と書かれた立て札が出現した。
「×。デリート許可と認めますぅ」
〈ドール〉が宣告し、なにやら物騒なレーザー銃のような形をした、超強力マッサージ器を取り出した。その瞬間、琴音は叫んだ。
「ひっ……ご、ごめんなさい! 私が悪かったです!! ですから……ジャッジメントは勘弁してください!! 仲間じゃないですか!?」
 すると、幹部三人は声を揃えて言った。
「掟を破る仲間など……いません!」
 そして、部屋の中に琴音の絶叫が響き渡った。

 翌日、登校した琴音は、うつろな目で「しびれるほどヒート……」と意味不明なことを呟いていたと言う。

(つづく)


次回予告

 春。それは卒業の季節……芹香が卒業式を迎え、ひろのたちは三年生になる前の最後の春休みに入る。そこで、芹香の卒業旅行もかねて、温泉旅行へ行くことに。しかし、行った先でまさかあんな事件がおきようとは……!?
 次回、12人目の彼女第四十六話
「湯煙の先の闇の声」
 お楽しみに。


あとがき代わりの座談会 第四十五回 
普通のあとがき 兼 重大なお知らせ
 えー……今回は「12人目」始まって以来最高潮にえっちぃお話だったわけですが、その結果主人公が座談を拒否して逃亡しましたので、普通のあとがき形式で。
 まず、書いていて非常に楽しかったです(笑)。
 まぁ、恋人ができたと言っても、女の子としては超清純派に育ったひろのですから、今回みたいな大胆な事をするには、もう少し経験が必要なはずで、そういう意味では芹香の薬って大変便利です(殴)。
 いつか、自分の意志でしっかりこういう事をするひろのの事も書いてみたいですね(え?)。

 それはさておき、「12人目の彼女」ですが、間もなくひろのが女の子になってから一年。彼女も三年生に進級すると言う事で……
 いよいよ、次回から最終エピソードに入ります。長かった連載にも、ようやく終わりが見えてきました。
まぁ、正伝としての話が終わるだけで、アフターエピソードが入ったり、今までの事件の中で書き逃したイベントの事を扱ったりもするかもしれませんが、話自体は纏めの段階に突入です。
 あと数話で区切りがつくと思うと感慨深いものがありますが、それは本当に終わってからにするということで、後少し頑張っていきますので、お付き合いのほどをよろしくお願いします。
 まずは、次の掲載が一年後になったりしないようにするだけですね(自爆)。

 それではまた次回お会いしましょう。


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