このお話は、すっかりかわいらしくなった一人の女の子と、すっかり骨抜きにされてしまった彼女の友人知人たちの織り成す物語です。

To Heart Outside Story

12人目の彼女

第三十八話「長瀬ひろののハートフルラジオ」

 ひろのの夜は早い。寝起きは悪い彼女だが、それに反比例して寝つきは良く、だいたい10時半から11時過ぎくらいにはもう寝てしまう。そして、朝の7時までには起きる。大変健康的な生活と言えよう。
 しかし何事にも例外はある。それが土曜日だ。いろいろと生活態度に厳しい来栖川家(および長瀬家)と言えど、休日の夜の使い方までは規制しない。そして、ひろのにはこの夜は起きている目的があった。
 早めに入浴を終え、寝間着…今日は淡いピンクのネグリジェ…に着替えて本を読みながら、ひろのはCDMDコンポに目をやっていた。今はラジオとして使われていて、CMが流れている。
 やがて、時報が11時を知らせ、ひろのの聴きたい番組が始まった。「ででん!」と言う太鼓を打ち鳴らすような効果音と共に、女性のパーソナリティが力強く宣言する。
『今日の一発目!!』
 要するに、最初の投稿読み上げの事である。
『ラジオネーム“ねこっちゃ”さんからですね〜。今日も綺麗なイラストがついていて、ラジオなのでリスナーのみんなに見せられないのが残念…では、本題に入りましょう。えー、みねちゃんこんばんは。はいこんばんは〜』
 楽しそうに葉書を読み上げる、パーソナリティの「みねちゃん」こと辛島美音子。声優アイドルの桜井あさひと人気を二分する女性ラジオパーソナリティーで、土曜の夜にやっているこの番組は、中高生の間では絶大な人気を誇っている。実は、ひろのは美音子の大ファンで、この番組を聞くのが毎週の楽しみの一つだった。番組宛てに「ぴろしき」と言うラジオネームで投稿しているくらいである。
 男だった頃はカタカナの「ピロシキ」だったが、名前から住所から何もかも変わった事で、ラジオネームのほうも不審を持たれないように変えたのだ。ひらがなにしただけ、と言えばそこまでだが。少なくとも音で聞く分には区別不能である。
 この間も葉書を出したので、採用されればそろそろ読まれる頃じゃないかな、と言うのがひろのの密かな期待であった。そんなことを思っている間に最初の一枚目の本文が読みあげられていた。
『私は学校のN先輩が大好きです…おぉ、熱い告白ですね〜』
 美音子が感心したように言う。
『でも、N先輩はS先輩の事が好きらしくて、私のことはただの後輩としてしか見てくれません…そこで、私はN先輩にラブレターを書いて、先輩の下駄箱に入れました…って、積極的ですね、ねこっちゃさん』
 それでどうなった?とひろのは身を乗り出した。
『でも、場所を間違えたらしくて、約束の場所に来たのはY先輩でした。しかも、Y先輩ってば完全に自分当てと勘違いしたらしくて、いきなり気障な台詞とバラの花を出してきました。どこでその花束を手に入れてきたのか、とても謎です…確かにそれは謎だね。だって、まだ学校の途中でしょ?』
 ひろのは思わず笑ってしまった。ラジオでも、スタッフの笑い声が、美音子がハガキを読み上げる声にオーバーラップして聞こえた。しかし、和やかな雰囲気はそこまでだった。
『それで、Y先輩ってば、私がどんなに人違いですって言っても、「照れなくていいじゃないかハニー」とか訳のわからない事を言って来て、とてもしつこかったので、思わず滅殺しちゃいました。てへっ…って、え?』
 読み終わった美音子が戸惑ったような声をあげ、スタジオ内のざわざわと言う声が聞こえる。
「滅殺…どこかで聞いたフレーズのような」
 それもごく身近で。ひろのは首を傾げた。ラジオの向こうでは、美音子が慌ててフォローに入っている。
『そ、それは大変でしたね〜。でも暴力はいけないですよ〜、ねこっちゃさん。 みねもねー、学生の頃先輩にラブレターを出した事があります。悲しい事に、その時は返事がもらえなくて、無視されちゃったんですよね。もしその時、OKがもらえてたら、人生凄く変わってただろうなって気はします。ねこっちゃさんもめげずに、今度こそ正しい下駄箱にラブレターを入れましょうね』
 ここで、オープニング曲が流れ、美音子がタイトルコールをかわいらしく叫んだ。
『Heart to Heart!』
 少し間を置いて、美音子の挨拶が始まった。
『はい、と言う事で今週もHeart to Heartのお時間になりました。パーソナリティは私、辛島美音子でお送りします。すっかり秋めいてきましたが、ラジオの前のみんなは風邪なんて引いていないでしょうか。もし風邪気味かなーって思ってる人がいたら、無理せず早く寝てくださいね。調子が悪いのを無理してまで番組を聞いてくれるのは、それはそれで嬉しいけど、早く元気になってくれるほうがみねは嬉しいです。では、ここで最初のリクエスト曲を…』
 美音子の軽快なトークを聞きながら、ひろのはハガキが読まれるかどうか考えていた。彼女はほとんどのコーナーにハガキを出しているが、実の所コーナー向けのおもしろネタにはあまり自信がない。リクエストついでに書いた近況報告のようなものが読み上げられれば、大当たりと言う所だ。
 番組は進み、あっという間にエンディングが来てしまっていた。スピーカーからは美音子による最後のリクエストハガキの読み上げが流れてくる。結局、ひろののハガキは読まれなかった。今日はこれで終わりかな、と、彼女が軽く伸びをして寝る準備にかかろうとしたちょうどその時。
『さて、この度、”Heart to Heart”では東鳩ファンタジアパークのリニューアルオープンを記念して、現地で公開録音を行う事になりましたっ!』
 聞き覚えのある単語に、ひろのは動きを止めた。
「へぇ…あそこもう再開するんだ…」
 半年前、ひろのと綾香のデートを巡る一連の戦いによって焦土と化した遊園地、東鳩ファンタジアパーク。そう簡単には直らないだろうと思っていたが、意外にも早く再オープンにこぎつけたらしい。あの一件に関して良心の呵責を感じない、とは言えないひろのはちょっと安心した。
「公開録音か…見に行ってみようかな」
 ひろのは日時や場所をメモしようと、手近な筆記用具と紙を探した。その間にもお知らせは続いている。
『そこで、リスナーのみんなにビ〜ッグチャンス! その公開録音に、ラッキーなリスナーさんをゲストとして招待しちゃいます!』
「…えっ!?」
 ひろのは驚いた。「ゲストとして」と言うことは、観客ではなく実際にスタジオに入り、美音子とトークを楽しんだりできると言う事だ。
「それ良いなぁ…」
 ひろのは想像して思わず顔が緩むのを感じた。まぁ、そんな幸運な事は滅多にないと思うが。
『それでは、さっそく今日までに届いているおハガキの中から、その幸運な人を選んじゃいましょうっ!』
 だらららららら、とドラムロールの音が鳴り響き、念入りに何度も何度もハガキを書き回す音がする。そして、決まったのかその音が止まった。
『じゃじゃ〜ん! 東鳩市にお住まいの…あらら、地元ですね』
 思いがけず今自分が住んでいる場所の名前が出た事で、ひろのはラジオの音に意識を集中させた。その時も、まさか自分が当選するとは思っていなかったのだが。
『ラジオネーム“ぴろしき”さん! おめでとうー!!』
「…えっ!? うそ!!」
 ひろのはがばっと身を起こしてラジオの音声に耳を傾けた。
『と言うわけで、ゲストのぴろしきさんには近日中に招待状を送っちゃいます! 私もリスナーの方と直接お話する機会は滅多にないので、とても楽しみですね〜。 では、まった来週〜〜〜!!』
 番組は終わった。ひろのはセットしていたテープを巻き戻し、最後の方だけ聞き直してみた…が、間違いなくゲスト出演権を得ているのは自分だ。
「信じられない…うわぁ…どうしよう…本物のみねちゃんに会えるんだぁ…」
 眠気も吹き飛び、ひろのはベッドの上でごろごろと転がりながら、信じられない幸運をかみ締めていた。

 ひろのの幸せ気分は、一日以上経った月曜になっても、まだ続いていた。彼女がニコニコと笑っているせいか、教室の雰囲気も普段とは比較にならないほど良好である。
「ひろのちゃん、何か良い事でもあったの?」
 あまりの幸せぶりに、あかりが逆に心配になってひろのに声をかけてきた。
「ん? ふふふ…ひ・み・つ♪」
 唇に人差し指を当て、ウィンクしながらいたずらっぽく微笑むひろの。普段の彼女なら、絶対にやらないような仕草の直撃を至近距離でくらい、あかりは「はにゃ〜ん」と妙な声をあげて萌壊した。
「あら…絶対に何か凄く良い事があったんやな…長岡さん、想像つかへんか?」
 尋ねる智子に、志保は被りを振った。
「さぁねぇ…見当もつかないわ」
 彼女が学校でも屈指の情報網の持ち主とは言え、”Heart to Heart”の投稿者まで知っているわけではない。もちろん彼女も番組を聴取し、「いちご牛乳」と言うラジオネームで投稿までしていたが、まさかこんな近くに他の投稿者がいるとは予想の範囲外だった。
「それはそうと…委員長は”みねちゃんのHeart to Heart”って聴いてる?」
 志保の質問に智子は頷いた。
「うん、聴いとるよ。それがどうかしたん?」
 智子も例外ではなく、やはり”Heart to Heart”のリスナーだった。
「なんかね、今度公開録音をTFPでやるらしいのよ。遊びに行くついでに覗いて行かない?」
 智子は少し考えてから答えた。
「…女二人でTFP行くっちゅうんも悲しいモンがあるなぁ…」
「…それはそうね」
 いくら志保と智子が親友同士でも、それは確かに空しい。志保は大いに頷いた。その時、先生が入ってきた。良く一触即発の危険な空気を漂わせているここ、2−Aは教師たちからは何かと恐れられる場所だが、この日はだいぶ雰囲気が良いということで、ホッとしたような表情になる。
「よーし、それでは授業を始めるぞ。席につけ」
 生徒たちがざわざわと席に戻っていく。そのため、その場ではひろのの幸せっぷりを追求する事は忘れられた。

 学校を終えてひろのが家に帰ってくると、真帆が玄関まで迎えに来てくれた。
「お帰りなさい、ひろのちゃん。なんか、郵便が来たから、部屋の机の上に置いてあるわよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
 ひろのは真帆に礼を言うと、はやる気持ちを抑えかねて階段を駆け足で登った。やってきた郵便の正体に心当たりがあったからである。急いで部屋のドアを空け、机のそばに駆け寄ると、果たしてそれはラジオ局が差出人となっていた。ひろのはペーパーナイフを出すのももどかしく、強引に封筒の糊を剥がして中身を取り出した。
「…うん、間違いない!」
 ひろのは中から出てきた紙片に頬擦りする。それは、間違いなく公開録音へのゲスト招待状だった。時間は今週の日曜日。そこへ、真帆がやって来た。
「ひろのちゃん、さっきのはなんだったの…って、何してるの?」
 郵便物を愛しそうに頬擦りするひろのの姿に、真帆は唖然としたような表情になった。
「え? ええっ!?」
 さすがのひろのも、慌てて封筒を頬から離し、後ろ手に持ち替える。
「ご、ごめん…取り込み中だったなら帰るけど?」
 ひろのに背を向けて言う真帆に、ひろのは事情を説明した。そこで、真帆はようやく納得した表情になった。
「なるほど、ラジオ番組にねぇ…良かったじゃない」
 真帆は”Heart to Heart”の事は全く知らなかったが、ひろのがリスナー代表として出ることになったことを、我が事のように喜んでくれた。
「ひろのちゃんが出てる回は、ぜひ聞かせてもらうわね」
 そう言う真帆に、ひろのは満面の笑顔で頷いた。するとその時、部屋の電話が鳴り響いた。音からして外線だ。
「はい、長瀬でございます」
 近くにいた真帆がとっさに受話器を取る。
「はい…はい…ひろのちゃんね。ちょっと待ってね」
 真帆は受話器を手で押さえて雑音が入らないように持つと、ひろのの方を向いた。
「長岡さんからよ」
「志保から?」
 なんだろう、と思いつつ、ひろのは受話器を受け取った。
「もしもし、志保?」
 ひろのが話し掛けると、志保の陽気な声が答えた。
『こんばんわーん、ひろの。あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど』
「うん、なあに?」
『今度の日曜日はヒマ?』
 ひろのは一瞬ヒマだと答えそうになって、大事な用事があることを思い出した。その日は公開録音の日だ。
「ううん。ごめん。ちょっと先約があって…」
 ひろのが答えると、志保は残念そうな声で言った。
『え〜っ、ダメなの? まぁ、仕方ないかぁ』
「うん、今度埋め合わせはするからさ、また誘ってね」
『うん、じゃあお休み』
「おやすみ、志保」
 電話は切れた。ひろのは受話器を電話に戻すと、真帆のほうを振り向いて、今の内容を説明した。
「あら…間が悪かったわね」
 真帆の言葉に、ひろのは苦笑交じりで頷いた。

 その頃、志保は智子の家に電話をしていた。
『はい、保科です』
「あ、委員長? あたしだけど」
『なんや、長岡さんか。どないしたん?』
 突然の電話を不思議がる智子に、志保はさっきひろのにしたのと同じ質問をした。
『日曜? うん、別に予定はあらへんよ。なにかあるん?』
 答えた智子に、志保は本題を切り出した。
「昼間話した公開録音の件なんだけどさ、他の人に電話してみたら、あかりも行きたいって言うから、もういっぺん委員長にも聞いてみようと思って。どう、行く?」
 その質問に、電話の向こうの智子は一時沈黙した。十秒ほど考えて返事をする。
『そやね…うん、私も行くわ。やっぱり生で聞いてみたいし。で、他には声をかけたん?長瀬さんとか雛山さんとか』
「それがね、二人はダメなんだってさ。ひろのは先約があって、理緒ちゃんはバイトだって」
 志保が残念そうに答えると、智子も残念がった。
『そうなんか…まぁ、しゃあないなぁ』
「そうね。二人には、お土産に現場の音を録って行ってあげようかしら?」
『いや、禁止事項やろソレは』
 すかさず智子が気合の入った絶妙のツッコミを入れ、二人は大笑いした。こうして、ひろのの預かり知らぬところで三人のクラスメイトが録音を見に行く事になった。

 ひろのにとっては苛立つほどに遅く時間は流れ、ようやく待ちに待った日曜日がやって来た。朝早くに起きた彼女は、以前雅史とデートした時に着ていたお気に入りの服を出した。ひろのにしては珍しいミニスカート姿だ。さらに念入りに髪を整えて、それから食堂へ行くと、既に起きて新聞を読んでいるセバスチャンと真帆がいた。
「おはよう、おじいちゃん、真帆さん」
「おはよう、ひろのちゃん
「うむ、おはよう…むむっ?」
 セバスチャンはひろのの服装を見て顔を赤らめた。
「ひろの、今日はずいぶんとめかしこんでおるの。どこかへ行くのか?」
 セバスチャンの質問に、ひろのははにかむようにして答えた。
「うん、ちょっとね…憧れの人に会えるから…」
 繰り返すが、ひろのは今の姿になる前からの辛島美音子の大ファンである。「憧れの人」と言うのは彼女の正直な気持ちだ。しかし、セバスチャンは覿面に言葉の意味を誤解した。
「ほう、そうか。それは良かったの…って、憧れの人じゃと!?」
 驚きのあまり硬直するセバスチャン。ひろのは嬉しそうに微笑むと、「うん」と頷いて食事を再開した。食べる間も惜しいと言わんばかりに、普段の彼女よりも早く食事を終えたひろのは、「行ってきます!」と言い残して食堂を出て行った。
 残された二人のうち、真帆は「行ってらっしゃい」と明るくひろのを送り出したが、セバスチャンが硬直から解けたのは、ひろのが出かけたその約十分後だった。
「あ、安藤君! いまのひろのの言葉はどういうことじゃ!」
 口角泡を飛ばす勢いで問うセバスチャンに、真帆は気おされつつも答えた。
「な、なんでも好きなラジオ番組に、リスナー…聴取者代表で招待されたらしいですよ。ひろのちゃん、そのラジオ番組の司会者のファンなんだそうです」
 次の瞬間、セバスチャンは怒髪天を突いた。
「許っさーん!!」
「きゃっ!?」
 絶叫の圧力だけでよろけ、尻餅をつく真帆。それには構わずセバスチャンは吼えた。
「何者かは知らぬが、ワシの大事なひろのを惑わすとは不届き千万! 成敗してくれるわ!!」
 言うなり、セバスチャンは脇目も振らず暴走。車庫に向かった。慌てた真帆は打ったお尻を擦りながらもセバスチャンの後を追った。
「ま、待ってくださいセバスチャンさん! どこに行けばいいのか知ってるんですか!? それ以前に、ひろのちゃんがファンだって言う人は…」
 セバスチャンを追いかける真帆の声がだんだん小さくなっていき、長瀬邸には静寂だけが残された。

 バスを降りると、ひろのはそこに広がっていた新生東鳩ファンタジアパークの偉容に思わず驚きの声を漏らした。
「うわぁ…立派に再建されたなぁ…」
 ひろのが驚くのも無理は無く、敷地は半年前に壊滅した時の1.5倍に拡張され、廃墟と化していた幾多のアトラクションや施設群も立派に再建されたばかりでなく、新しいものも追加されているようだった。さすが大来栖川の資本は伊達ではない。
 感嘆しつつ、ひろのは招待状に同封されていた優先入場券でTFPの中に入り、公開録音の会場を目指した。それは、新しく追加された野外コンサート場だった。入り口には「辛島美音子来る!”みねちゃんのHeart to Heart”公開録音」と言う看板がかけられ、ひろのと同年代と思しき少年少女たちが三百人以上並んでいた。
「え…こ、こんなに見に来てるの?」
 ひろのは驚きで固まった。見ている間にも、さらに十人程度が列に加わり、あとからあとからやって来る。これは予想外だった。
 思わず逃げ出したくなったひろのだが、憧れの辛島美音子と直接会えると言うチャンスを逃す事は出来なかった。覚悟を決め、彼女はコンサート場の脇にある控え室などの入った建物に向かった。そこには放送局の機材を積んだバンやトラックが数台止まり、スタッフが忙しく動き回っていた。その中の一人がひろのに目を留め、足早に近寄ってきた。
「あー、キミキミ、だめだよ。ここから先は関係者以外立ち入り禁止」
 そう言いながらスタッフはひろのの前をふさぐようにして立ちはだかった。
「あ、あの…これ」
 ひろのはハンドバッグに手を入れ、例の招待状を見せた。
「あ、君がそうなのか。これはごめん。じゃあ、控え室はこっちだよ」
 とたんに態度を軟化させたスタッフは、ひろのを先導して控え室の中に入った。そこで、スタッフは簡単な台本…と言うか、進行表をひろのに手渡した。
「じゃあ、ちょっと注意事項を話しておこうか…この番組は録音だから、無理に上手く話そうとかしなくても良いよ。編集でどうとでもなるしね。辛島君がリードしてくれるから、それに合わせていればたぶん大丈夫」
「は、はい」
 ひろのは頷いた。いよいよ本当に辛島美音子と話すのだと思うと、心臓は高鳴り、意識はかすんでまるで夢の中にいるような気持ちになる。すると、控え室のドアがノックされ、その人が姿を現した。
「おはようございまーす。貴女がぴろしきさん?」
 フレンドリーな態度で話し掛けてきた彼女を見て、ひろのは呆然となった。
「か、辛島さん…?」
「はい、辛島美音子です。今日はよろしくね」
 美音子はにこやかに笑いながら、ひろのの手を握った。感動でひろのは卒倒しそうになったが、それを必死に耐えて頷く。
「は、はい。こちらこそお願いします…ずっとファンだったので、会えて本当に嬉しいです!」
「本当? 嬉しいなぁ。それはそうと、”辛島さん”って呼び方は止めてね。”みねちゃん”でお願いします」
「は、はいっ!」
 感激のあまり、ひろのの緊張は完全にどこかに吹き飛んでいた。それから少し本番を想定したトークを行い、いよいよ本番の幕が開くときがきた。

 公開録音開始を前に、野外ステージに集まったギャラリーの数は1000人を軽く超えていた。その中にはもちろんあかり、志保、智子の3人の姿がある。
「いやー、早起きして来て良かったわねー。こんなに人がいるとは思わなかったわ」
 志保が調達してきた飲み物のペットボトルを片手に言うと、智子もそれに応じる。
「ホンマやね。みんな好きなんやなぁ…」
 周囲の観客の中には「I LOVE みねちゃん」とかかれた自作Tシャツを来た集団とか、「辛島美音子武装親衛隊東鳩支部」などと言ったかなりヤバめな垂れ幕を掲げた連中などがいる。
「うーん…あれはちょっと…」
 あかりが苦笑したとき、ブザーが鳴り響き、一瞬で場が沈黙した。
『お待たせしました。それでは、これより”Heart to Heart”の公開録音を開始します』
 そうアナウンスが流れ、ステージの緞帳がするすると上がっていくと、特設された放送席に一人の女性が座っていた。わっと歓声が上がるが、すぐにスタッフに制止される。
「…なんじゃ? 女性ではないか」
 そう言うのは、何時の間にか観客席に潜り込んでいたセバスチャンだった。ひろのを惑わす仇敵の顔を一目拝まんとやって来たは良いが、思い切り気が抜けたような表情になっている。
「ですから、何度もそう言ったじゃないですか…」
 呆れたように言うのは、結局ここまで付いて来てしまった真帆だった。どこか恥ずかしそうにしているのは、着替える暇が無くてメイド服を着たままだからである。会場に来るまでに、TFPの従業員に5回間違われた。
 場違いな二人が会話してる間に、女性…美音子はテーブルの上に置かれたハガキボックスから一枚を取り出して宣言した。
『今日の一発目!』
 再び大歓声。それを浴びながら、美音子はハガキを読んでいく。

『えーっと、ペンネーム”ちゃうちゃう関西”さんからのお便りです。みねちゃんこんにちは。はい、こんにちは〜。私はクラスで学級委員をしています…おぉ、偉いですね〜。えっと…クラスの人たちはみんな個性的で、ごく平凡人である私はいつもみんなをまとめるのに苦労しています。こんな私に人をまとめるコツを教えてください…ですかぁ。う〜ん、これは難しい問題ですねぇ。私一人では考えられないので、ここで先々週の放送で発表したゲストリスナーの方にも聞いてみましょう。”ぴろしき”さん、どうぞ〜』

 美音子が左手を挙げて差し招くと、一部目が点になる人が出現し、他の観客は大いに沸き立った。現れたのが下手なタレントも真っ青の美少女…ひろのとあっては、盛り上がらない方が嘘である。
 しかし、一部…あかりたち3人は唖然とした表情のままだった。
「ひ、ひろのちゃんがどうしてここにいるの?」
「ゲスト出演権の当たった”ぴろしき”って、ひろのだったんだ…」
「意外すぎる事実やね…」
 3人が口々に言う中、ひろのが席に座る。その態度は堂々としていた。
「ひろのにしては…物怖じしてないわね」
 志保が首を傾げ、他の二人もうなずいた。普段のひろのは、どっちかというと自分に自信が無く、上がり症気味のところがある性格だ。しかし、今のひろのはこの大観衆が目に入っていないかのようだ。
 実際の所、いまのひろのは美音子しか目に入っていない。そうでなければ真っ赤になって何も言えなかっただろう。

『えーっと、ぴろしきさんも聞いていたとは思うんだけど、どう思う?ぴろしきさんのクラスの学級委員の人とかはどうしてるかな』

 その美音子からの早速の質問に、ひろのは智子の事を思い出しながら答える。

『えっと…そうですね。私のクラスの委員長は、凄く気合の入った娘で、みんなが言う事を聞かなかったら、ハリセン持ち出してでも言う事を聞かせそうな感じです』

 ぴろしき=ひろのの答えに、どんなクラス委員だよー、と観客から野次が飛び、爆笑が起こる。その中で、一人智子だけが真っ赤になって縮こまっていた。
「ま、まぁ委員長…落ち着いて…」
「ほっといてや…」
 志保のフォローも空しい。ペンネームからもわかると思うが、今日の一発目を投稿した”ちゃうちゃう関西”とは、実は智子のことなのである。隣席の友人が自分に抱いていたイメージに、大打撃を受けている智子には気付くはずも無く、美音子はトークを続けていた。

『…と言う事です。そうですねー、みねが学生の時のクラス委員…これは男の子だったんですけど、凄くやる気のある人で、いつも自分が率先して行動してました。ちゃうちゃう関西さんはきっと大人しい人だと思うんですけど、もっとガンガン行動していくと良いんじゃないかなー。そうすれば自然とみんな付いていくと思います。参考になりましたか?』

 ならない、とこっそり呟く智子。その時テーマ曲が流れた。タイトルコールの合図だ。

『はい、それではみんなで元気よく叫んでみましょうっ!1、2、3で行くよ〜っ!』

 美音子が叫ぶ。そして、彼女の合図に合わせ、ひろのは美音子と声を合わせてタイトルコールを叫んだ。

『Heart to Heart!』

 美音子の可愛い声と、ひろのの深みのあるソプラノ、そして観客たちの怒涛のような声を合わせたタイトルコールが秋空にこだまする。

『はい、こんにちは〜。辛島美音子です。今日は、スタジオを離れて、東鳩ファンタジアパークの野外ステージで公開録音をしています。もう凄いお客さんで、ふだんはこんなにたくさんの人を見ることが無いので、もうみねは緊張しまくりです。ドキドキドキドキ』

 美音子が心臓の辺りを抑えると、その仕草に観客席から応援の声と笑い声が飛び出していく。

『ありがとうー。今日はリスナー代表としてお招きしたぴろしきさんと一緒に、たくさんのリスナーの皆さんに囲まれて、みねはとても元気を貰った気分です。この元気がラジオでこの放送を聞く皆さんにも伝わるように、張り切っていきたいと思います! それでは、最初のリクエストは…ぴろしきさんにお願いしちゃいましょう』
『はい、えっと…森川由綺で…「White Album」』

 急に話を振られたにも関わらず、ひろのは落ち着いた声で答えた。というのも、この辺は台本通りだからだ。彼女が曲名を読み上げると、スポンサーのCM曲で、早くも今年のクリスマス・ソングとして発表された人気アイドルの新曲がかけられる。

『良い曲ですねー。ぴろしきさんは森川由綺とか好き?』
『はい、好きです…あとは…洋楽ですけどフィアッセ・クリステラとか…』
『おおー、あの光の歌姫と呼ばれてる方ですね。みねも好きですよー。さて、せっかく招待したんですから、もう少しぴろしきさんのことを聞いちゃいましょうか。お歳は?』
『えっと…17歳です』
『ええっ!? 見えないですねー。17歳にしては凄く大人って感じです。みねが17歳の時はもっと子供っぽかったですけど。ここでラジオで聞く人のために説明しますと、ぴろしきさんは背が高くて可愛い女の子です。みねはあんまり背が高くないので羨ましいです。やっぱりクラスでは一番?』
『いえ、クラスには私よりも背の高い娘が一人いますよ。他のクラスには、さらに高い人もいますし…』
『はぁ〜…すごいですねぇ〜』

 美音子の巧みなリードにより、上手く話が盛り上がっていく。しばらくトークが続き、切りのいいところで次のハガキへと移り変わった。

『では次のお便りを紹介しましょうっ!北海道にお住まいのラジオネーム”ふくちゃん”さん…18歳の女の子からですね。え〜…私のお父さんはものすごい心配性です。心配してくれるのは嬉しいけど、度が過ぎてちょっと買い物に行くくらいでも、ものすごく細かく注意をしてきます。お父さんの心配性を治すにはどうしたら良いんでしょうか? だそうです』

 美音子はハガキを置くと、うーん、と考え込んだ。

『そうですねぇ、18歳にもなって子ども扱いはちょっと嫌かもしれないなー。お父さんとは一度ゆっくり話し合った方が良いかな? ぴろしきさんはどう思う? ふくちゃんさんと同じ年頃だけど』

 話を振られ、ひろのもちょっと考え込み、こう答えた。

『う〜ん…難しいですね。でも、実は私もその気持ちはわかる気がします。おじいちゃんがものすごい心配性ですから。実際に、ちょっと鬱陶しいかなって思った事もあります』

 観客席の一角で、セバスチャンがぴくっと震えた。しかし、ひろのの言葉には続きがあった。

『でも、それはおじいちゃんが、私の事を本当に想ってくれてるからこそ口うるさく言うんであって、それはとても有り難い事なんですよね』
『うんうん、そうなんですよね。みねもですね、今の道に進む時は親に凄く反対されて、一時期は口も聞かない、なんてことがありました。でも、その後実際に苦労してみて、あぁ、あの時親が心配してたのはこういう事なんだなって思ったものです』

 美音子が自分の体験談も引き合いに出してひろのの言葉に力を添えた。そして、最後のまとめに入る。

『だから、お父さんのいう事を良く聞いて、でもそれは行き過ぎだなと思う事は止めてくれるように、お父さんとしっかり話し合ってみましょう。』

 美音子の言葉に拍手が起こる。その中で、セバスチャンはそっと立ち上がり、出口へ向かった。真帆が慌てて後を追ってくる。
「長瀬さん、最後まで観て行かなくて良いんですか?」
 真帆の言葉に、セバスチャンはゆっくりとうなずいた。
「あぁ…かまわん」
 その目じりに微かに涙が光るのを見て、真帆は驚きのあまり足を止めた。
「ひろのがワシのことをちゃんと認めていてくれた…それだけでワシは満足じゃ」
 セバスチャンは時々意図的に忘れているが、ひろのは彼の本当の孫娘ではない。それだけに、暴走気味になるほど彼女のために行動してきたが、心のどこかではひろのに敬遠されているのではないか、と恐れる気持ちがあった。
 しかし、今日わかった。それは杞憂に過ぎなかった事を。
(これからも、ワシはひろののためなら何でもするぞ)
 だからと言って、これからも彼が孫娘への愛故に暴走しつづける事に、変わりは無いようである。そんな事は露知らず、セバスチャンの後姿に優しい微笑を送りながら、真帆は後をついていった。

 さて、会場では番組が次のコーナーに進んでいた。

『次は”みねちゃん懺悔室”。当時はとても話せなかった昔の悪事や、それに対する謝罪をここで言ってしまって、心を軽くしよう、と言うコーナーです。まずは…ラジオネーム”はしもっち”君からの投稿です』

 美音子が読み上げるハガキの内容に、ひろのも観客も聞き入っている。

『みねちゃんこんにちは。はいこんにちは。えー、僕は今年受験を控えている高校三年生です。受験ですかぁ…今一番大事なときですね。頑張ってますか? さて、僕の懺悔とは、もう半年前の事になります。その頃、僕は二人の下級生から交際を申し込まれていました…おっと、モテモテさんですね』

 いきなり観客席の男性陣から激しいブーイングが飛んだ。中には突き出した親指を地面に向けたり、首を掻っ切るポーズでアピールする者までいる。

『僕はかわいい方の女の子と付き合う事にして、もう一人は断ったのですが、その時にひどい事をいってしまい、彼女を泣かせてしまいました。しかも、付き合おうと思っていた娘の方は、もう一人の娘と友達同士だったらしく、僕との交際を止めるといってきたのです』

 スタッフが鎮めに掛かっているにも関わらず、激しいブーイングがやまない。女性の一部まで参加している。

『その事を僕は逆恨みして、彼女にもひどい事をしてしまいました。しかし、悪い事は出来ないもので、思い切り天罰が当たってしまい、今では僕の事を覚えている人も少ないような有様です。二人には本当に悪い事をしたと、今は心の底から反省しています。みねちゃん、こんな僕は許されるんでしょうか…だそうです』

 話を聞きながら、観客席では志保が首を捻っていた。
「なーんか、どこかで聞いたような話ねぇ…」
 微妙に違う点はあるが。放送席では美音子がまず講評を述べ始めていた。

『そうですねぇ…ひどい事って具体的になんだったのか、とか、はしもっち君に当たった天罰って何、とか疑問はあるんだけど…十分に反省しているようにも見えるし、みねは許してあげたいなぁ。ぴろしきさんはどう思う?』

 ひろのも、志保と同じくもちろん似たような事件に心当たりはあった。その時のことを思い出しながら答える。

『えっと…私も似たような話は知ってます。男の人がどうなったのかは知らないですけど…ただ、今の話を聞く限り、はしもっちさんは相手に謝りには行ってないんじゃないですか? もしちゃんと謝りに行ってるのなら、私は許すと思います』

 実際には、ひろのはこのTFPが一度壊滅した日に橋本と出会い、謝罪されている。彼との一件はトラウマになるくらい嫌な出来事だったが、あれからずいぶん時間も経っている事だし、彼女としてはもう恨んだり怒ったりするつもりは無かった。

『なるほど。では、みねとしては、はしもっちくんがちゃんと相手の女の子に謝りに行くようにアドバイスしたいと思います。もう謝りに行ってたらごめんね』

 観客の大半も妥当だと認めたらしく、拍手が起こった。
「ひろのったら…甘いわねぇ」
 志保は苦笑しながらも拍手している。まぁ、それが彼女の良い所なのだろうが。その頃、列の端で一人の少年が席を離れ、そっと会場を後にしていた。
 橋本貴之本人だった。ラジオネームでもわかるように、今のハガキは彼の投稿である。まぁ、「かわいい方の娘」…つまりひろのにも告白された、と言うのは彼の誤った認識なのだが。
「もう、思い残す事は無い…」
 橋本はそう言うとTFPから去って行った。

 収録はあっという間に進み、とうとうエンディングまで来てしまっていた。

『さて、名残は惜しいのですが、公開録音でお送りしてきた、この”Heart to Heart”も終わりの時間となりました』

 ええーっ!? と言う抗議のどよめきが起こる。

『ありがとうございます。みねも、みんなともう少しお付き合いしたいのですが、何事にも終わりは付き物。しょうがないです。しくしくしく』

 美音子が目頭を抑えて見せると、観客席から歓声が上がった。美音子は顔を上げ、ハガキボックスとは別にしておいた一枚のハガキを取り上げた。

『終わる前に、今日最後のおハガキを読んでみたいと思います…ラジオネーム、ねこっちゃさんからの投稿、これは前に読み上げたハガキの続報だそうです。みねちゃんこんにちは。はい、こんにちは〜。先日、N先輩とY先輩の下駄箱を間違ってしまった私ですが、今度はちゃんとN先輩の下駄箱にラブレターを入れる事に成功しましたっ! おおっ! やりましたね』

 前回の投稿を覚えていた者も多く、拍手が起こる。

『ところが、やっぱりN先輩は大人気で、中にはこぼれんばかりにラブレターが入れられていました…す、凄いんですね、そのN先輩と言う人は…これでは私の出した分も埋没してしまいます。目立つにはどうしたら良いですか?…だそうです。うーん…みねにはものすごく派手にするとか、そのくらいしか思いつかないなぁ…ぴろしきさんはどう思う?』

 ひろのはうーん、と少し唸りながら考えた。自分もいっぱいラブレターを貰うが、確かに中身や差出人をいちいち確かめる事はしない。
 いや、前はちゃんと見ていたのだが、同じ時間の待ち合わせ場所が5箇所くらい出てきたりとか、血で書いたとしか思えない不気味な字で書かれた手紙とか、どう見ても宇宙からの毒電波を受信して書かれたような頭痛ものの文面とか、精神的に疲れるものが多く、とうとう見るのを止めてしまったのだ。

『そうですね…いっそ、ラブレターをやめて直接告白しに行く方が、アピール度は高いような気がしますけど…』

 ひろのがそう答えると、美音子が大いに頷いた。

『そうですねー…みねもですね、オーディション受けたりとかしますけど、やっぱり他の人よりも強く自分を印象付けないと落ちてしまいます。ねこっちゃさんは積極的な人みたいですし、もう一歩押してみてはどうでしょうか』

 最後のハガキも終わり、美音子はそれを伏せると、姿勢を正して話し始めた。

『特に今回はリスナー代表としてぴろしきさんと直接お話をしたわけですが、普段はここでずっと一人で喋ってるんですが、相手がいるというのは、それとはまた違ったとても楽しいものなんですね。ありがとう、ぴろしきさん』
『あ、い、いえ、どういたしまして。私もみねちゃんに会えて、本当に楽しかったです』

 ひろのが頭を下げると、こちらにも歓声がかけられた。

『ということで、皆さんも何でも話し合える友達を作って、大事にしましょうね。と言うわけで、お相手は辛島美音子でした〜! また来週〜!!』

 観客が歓声と拍手を浴びせ、大音響でエンディング曲が流れる中、美音子はひろのに手を差し出した。握手を求められているのだと気付き、ひろのはそっと手を差し出して美音子の手を握った。
「お疲れ様でした。なんだかすごく堂々としてて、私より立派なくらいでしたよ。ほら、観客のみんなもすごいし」
「え?」
 ひろのは辺りを見回した。その瞬間、今まで美音子だけに向いていた意識が、周囲の観客を認識する。自分にも浴びせられる歓声と拍手に、ひろのはとたんに真っ赤になり、俯いてぼそぼそと言った。
「そ、そんな…私なんて…」
 急に恥ずかしがるひろのに美音子やスタッフも苦笑し、最後に記念撮影が行われ、この日の収録は無事に終了した。

 翌日、ひろのは幸せ絶頂のまま学校にやって来た。
「あ、おっはよーん、ひろの」
 挨拶してきたのは志保だった。普段時間ぎりぎりでの登校が多い彼女にしては、珍しくひろのより早い。
「おはよう、志保。今日は早いんだね」
 ひろのが挨拶を返すと、志保はニヤリと笑って言った。
「そりゃまぁ…待ってたからね、ぴろしきちゃん」
「…へ?」
 志保の自分への呼びかけに、とてつもない違和感を感じて、ひろのが志保の顔を見たとき、彼女の肩をとんとんと叩く者がいた。振り返ってみると、そこにいたのは智子だ。なぜか手にはハリセンを持っている。
「おはよう、長瀬さん」
「お、おはよう…どうしたの、そのハリセン…」
 ひろのが恐る恐る尋ねると、智子は眼鏡を指でくいっと押し上げ、志保ばりのニヤリ笑いを浮かべた。
「うん? ちょっとした心境の変化や」
 智子ははっきりと理由は言わなかったが、ひろのはある可能性に気付いて、二人から一歩後退して離れた。
「あ、あの…」
 ひろのが口を開きかけた時、背後からぴとっと彼女の背中に張り付いた者がいた。驚いて振り返ると、あかりがひろのの顔をじっと見上げて言った。
「堂々としたひろのちゃんも萌え萌えだったよ〜」
 ひろのの中で、可能性が確信に変わった。ひろのは志保、智子、あかりを交互に指さして言った。
「あ、あのっ…も、もしかして…見てた?」
 3人が一斉に頷き、志保がひろのの肩を叩いた。
「いやぁ…ひろのの本音トーク、初めて聞いたわ…よくやった、感動したってところかしらん」
 続けて、ハリセンでパンパンと机を叩きながら智子。
「期待に応えてバリバリいこうかと思うてるんや」
 そこでへたり込むように椅子に座り込んだひろのに、あかりが言った。
「まぁ、聞いてたのはわたしたちだけじゃないみたいだよ?」
 え?とひろのが顔を上げた時、教室の扉が開き、誰かが駆け込んできた。
「ひろのせーんぱいっ♪」
 その勢いでひろのに抱きついてきたのは、琴音だった。いつに無く大胆な彼女の行動に戸惑いつつ、ひろのは尋ねた。
「ど、どうしたの? 琴音ちゃん」
 すると、琴音は抱きついた姿勢のまま、ひろのの耳元でささやくように言った。
「私、ちょっと積極的になってみたいと思います。大事なお話がありますから、3時に美術準備室まで来てくださいねっ」
「え、あ、あの?」
 ひろのが返事をするよりも早く、琴音は「それじゃっ!」と言うと教室を出て行った。
「あの行動パターンからすると…琴音ちゃんが”ねこっちゃ”かしらね」
「あの娘も会場に来てたみたいやな…」
 志保の言葉に頷く智子。その中で、ラジオネームだから自分の事なんてわかりっこない、と思っていた見通しの甘さに打ちのめされまくるひろのだった。

(つづく)

次回予告
 
 秋を語る最後のキーワード…それは運動。
 市の総合グラウンドを借り切り、いつに無い規模で行われる東鳩高校秋の体育祭。それもそのはず、今年はあのお嬢様学校、寺女こと西園寺女学院との合同体育祭なのだ。お嬢様と知り合うチャンスとばかりに張り切る男子を他所に、いつにない死闘の予感に震える一部生徒。そして、ひろのは何時の間にか自分の身柄が賭けの対象になっている事を知る。
次回、12人目の彼女第三十九話
「激闘合同体育祭」
 お楽しみに〜。

あとがき代わりの座談会 その38

作者(以下作)「お待たせしました。数ヶ月ぶりの12人目の彼女をお送りします」
ひろの(以下ひ)「続きはいつですか? と掲示板に書き込んでくださった皆さん、ごめんなさい」
作「内容についてもちょっとごめんなさいかな…最初はひろのだけでなく、琴音と橋本先輩も本放送に出演する予定だったのに」
ひ「どうして私一人になったの?」
作「いや…琴音は人の話聞かないし、橋本はお前と琴音に怯えているだけで全然話にならなかった」
ひ「う…それってかなり不本意。私は橋本先輩に直接害を加えた事は無いのに…」
作「そりゃお前は無いだろうけど…お前に代わって滅殺しに来る奴らはいるからな」
ひ「それも…かなり不本意…」
作「琴音といえば、ラストでああ言ってたけど、美術準備室には行ったのか?」
ひ「うん…行くことは行ったよ。琴音ちゃんからは必ず幸せにしますから、付き合ってくださいって言われたけど」
作「情熱的だな…」
ひ「うん…でも、言うなら立場逆だと思うし、それに女の子同士だし…考えさせてって答えたけど」
作「逃げたか…昔男の子同士だった彼なら良いのか?」
ひ「(真っ赤)そ、その話はパスっ! それより、次回は体育祭? 作中の季節はもう晩秋近くで体育祭向きじゃないと思うけど」
作「いや、せっかくくのうなおきさんやAAMさんのイラストをいただいたんだ。ネタにしなきゃもったいない」
ひ「(さらに真っ赤)あ…ああう…あ、あんなにぱっつんぱっつんなのはちょっと…」
作「と言うわけで、次回をお楽しみに」

収録場所:TFP野外ホール特設放送席


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