※このお話は、日々可愛くなっていく一人の女の子と、日々人として大切な何かを失っていく彼女の友人たちの物語です(殴)。


前回のあらすじ
東鳩祭の二日目、エクストリーム部の展示に好恵が乱入。それを収拾したのは志保と組んだ綾香だった。
彼女たちがセッティングした試合会場で葵と好恵が戦い、葵は敗れたものの好恵の野望は阻止され、学園祭の平和は守られたのであった。

To Heart Outside Story


12人目の彼女


第三十三話 熱闘文化祭編C「最終決戦」


 日曜日、東鳩祭の最終日である。この日は本格的に生徒の家族も見物に来ており、生徒たちは忙しさに目が回りそうになっていた。
 2−Aも例外ではない。既に間違いなく伝説に名を残すであろう繁盛ぶりを見せ付けていた2−Aの中では、ひろのが相変わらずあの制服を着て忙しく走り回っている。とは言え、今日はひろのの評判を良く知らない生徒の家族がメインの客。1日目の狂気じみた忙しさに比べればどうという事はない。
「あかりー、ケーキセットコーヒーで二つお願い」
「うん、わかった」
 ひろのの伝える注文に答えてあかりが手早くコーヒーを用意する。ケーキは出来合いのものだが、コーヒーはちゃんとコーヒーメーカーで作っていた。ウェイトレス/ウェイター役よりも忙しかったのが、実はこのあかり率いる厨房班だ。飲み物など妙に凝ったので、彼女たちはほとんど他に遊びに行く暇もなく仕事をしている。
「あかり、ずっと仕事ばかりでつまらなくない?」
 ひろのは聞いてみた。しかし、あかりは振り向くとにっこり笑って答えた。
「ううん。全然そんなことないよ。どうして?」
「いや、楽しいんだったら良いけど…」
 あかりの屈託のない笑顔にひろのは怪訝な表情ながらも客席の方へ向かった。実際、あかりとしては、ひろのを見ていれば幸せなのでまったく問題はない。同じ事は、一緒に仕事をしている雅史も同様のようだ。
 すると、そこで教室のドアに取り付けたベルが鳴った。客が来たと言う合図である。ひろのが応対に出ると、それは彼女の良く知る人物だった。その瞬間、あかりと雅史の顔が微妙に引きつっていた。
「あ、綾香!?」
「はぁい♪お久しぶり、ひろの」
 そう、客は綾香だったのだ。後ろにはいつも従えている二人…セリオと田沢圭子の姿も見える。
「久しぶりって…昨日もいっしょに…」
 ひろのが思わずツッコミを入れるが、綾香は気にしないと言うように笑って席のほうを見る。
「まぁ、良いじゃないの。それより席空いてるかしら?」
「え?あ、ご、ごめん!」
 ひろのは慌てて3人を席に案内し、メニュー(と言ってもチラシ一枚だが)を渡した。
「んー…あたしはカプチーノね。圭子は?」
「じゃあ、私はアイスカフェオレでお願いします」
 注文を受けたひろのは頷きながらあかりたちが受け持っている裏へ入っていく。その後姿を見て、綾香はニヤリとほくそえんだ。
(ふふ…コスプレのひろの…昨日も見たけどやっぱり素敵ね。うふふ…お持ち帰りしたいわ)
 その笑顔を見た圭子は、はぁ、と大きなため息をついた。
(また…悪い病気が出ていますね、綾香さん)
 正直このノリには一生ついていけないと思う。しかし、最近ひろのは雅史と急速に仲を深めていると言うのが彼女の調査結果。この不利を覆し、雅史とお近づきになるには、まず超強敵であるひろのを綾香のモノにして、雅史の前から排除する手伝いをしなければならない。
(でも…今日はちょっと綾香さんの気持ちがわかるかな?)
 そう考える圭子の視線の先には、魔法使いハリーの格好で働いている雅史の姿があった。
 そこへ、注文の品を持ったひろのがやってきた。
「進呈…ところで、綾香たちは今日何を見に来たの?」
 カプチーノをすする綾香にひろのは尋ねた。
「んー、特に決めてはいないけどね」
 綾香は答えた。確実にやることと言えば、ひろのの鑑賞及び身柄確保くらいだろう。しかし、それを正直に言うほど綾香も愚かではない。
「…ねぇ、ひろの」
「ん?」
 綾香に呼ばれ、ひろのは綾香の顔を見た。
「どこかお勧めのところはないかな?良かったら案内して欲しいんだけど?」
「え?」
 綾香の思わぬ申し出にひろのは困惑した。何しろ、今はまだ仕事の途中である。そう簡単には抜けられない。しかし、ここで口を出したのが美奈子であった。
「あぁ、午後からだったら良いわよ。この調子ならもうそれほど客足は伸びないだろうしね」
 綾香に対する援護射撃をするかのような美奈子の一言に、あかりと雅史が抗議の声をあげた。
「ちょっと、岡田さん!」
「そんな事ないって!きっと忙しいよ!!」
二人は口々に訴えるが、美奈子は涼しい顔だ。
「まぁ、良いじゃないの。長瀬さんはずっと忙しくてあんまり文化祭楽しめなかっただろうし…それに、今日あたし暇だしね」
 美奈子が暇と言うのは、漫画研究部の話である。今回作った本が予想外に好調で、在庫が既にほとんどはけてしまったのだ。従って、今日は部員が書いたイラストや4コマ漫画を展示する普通の漫画部っぽい内容になっている。
 その事はあかりや雅史も美奈子の自慢話で知っていたが、それ以外の部分は思い切り眉唾で聞いていた。美奈子はひろのに露骨ないじめをしなくなったとは言え、やはり敵と思っているのは確か。その美奈子がひろのを気遣ったり親切にしたりするはずがない。まして、綾香が関わっているとなればなおさら危ない。
「うーん…確かに忙しくなると困るよね。まだ見てないところがいっぱいあるのは確かだけど…」
 ひろのが考え込む。一日目の午前は結局琴音たちのお化け屋敷しか見られなかったし、昨日の午後はとんだ大騒ぎで結局つぶれてしまった。
「だから、こっちはもう大丈夫だし、大丈夫じゃなくなったら探しに行くから、遊んで来なよ。せっかくの文化祭なんだから」
 美奈子が悩んでいるひろのの肩をぽんと叩き、遊びに行くよう促す。仲があまり良くなかった美奈子のこの表面上は温かい言葉に、ひろのは心を決めたらしくにっこりと笑った。
「うん、そうだね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
 背後であかりが声をあげようとしたが、何か考えがあるのか雅史が素早くその口をふさぐ。そうした騒ぎには気付かず、ひろのは綾香の方を向いた。
「と言う事で、一緒に行っても良くなったよ。まぁ、私もあまり見て回ってないから、お勧めって言われても困っちゃうけど」
「構わないわよ」
 綾香はこっそり親指を立てて美奈子に合図を送り、美奈子もまたこっそりと答える。以前水面下で結ばれた協力体制はまた健在だったようだ。
「じゃあ、早速行こうか。セリオ、圭子。行くわよ」
「かしこまりました」
「はい、綾香さん」
 綾香の言葉を受け、セリオと圭子が立ち上がって後に続く。4人が出て行くと、さっそく美奈子は後ろを振り返った。これで邪魔者抜きで雅史との…
「…あれ?」
 美奈子は思わず間抜けな声をあげた。雅史がいない。それどころか、あかりの姿まで見えなかった。
「…に、逃げられたっ!?」
 事態に気付いた美奈子の叫びが教室にこだました。

「さて…どこに行こうか?」
 綾香の言葉に、ひろのはあごに手を当てて少し考え込んだ。
「そうだね…家庭科室でも行こうか?うちじゃお茶だけだったし、甘いものが欲しいでしょ?」
 ひろのの思いつきに、パンフレットを見ていた圭子が感心したような声をあげた。
「へぇ、パティシエ同好会なんてあるんですか…」
 東鳩高校には料理系の部活・同好会が二つあり、今から行く家庭科室に彼ら料理研究会(正式な部活)とパティシエ同好会が入っている。ここもそうだが、東鳩高校ではクラブ間の対立が比較的少なく、ジャンルの近い層では行事の時などは協力し合うのが伝統だった。
「寺女にはないの?」
 ひろのの質問に綾香が頷く。
「そうね、うちの生徒って、あんまり自分で料理作るような娘は来ないし」
「そっか、お嬢様学校だもんね」
 ひろのは納得した。寺女と言えば音に聞こえた上流階級のための学校。料理は使用人に作らせるような家の出身者がほとんどなのである。良妻賢母育成と言う名目で授業としての料理の時間はあるが、大半の生徒はそこで慣れない作業に満腹してしまうのだった。
「そう言うこと。おっと、着いたようね」
 綾香が立ち止まった。確かにそこは家庭科室の前で、中からいい香りが漂ってきていた。ひろのが先頭にたってドアを開けると、それが一気に流れ出してくる。
「わ…すごい」
 圭子が声をあげた。幾つかある実習台の上には、所狭しと料理やお菓子が並べられていた。どれも一口ないし二口程度の量に分けて小皿に盛り付けられている。
「いらっしゃいませー。新作レシピ発表してま〜す。どんどん試食して感想くださいね」
 エプロンと三角巾をつけた女子がにこやかに挨拶して、4人を中に招き入れた。ものが食べられないセリオはともかく、他の3人は薦められるままにいろんなものを食べてみることにした。
「…あら、美味しいじゃない!」
「わ、本当ですね」
 綾香と圭子がしきりに誉め言葉を連発する。それを聞いて、セリオは手近な生徒を捕まえて質問していた。
「あの…良かったらレシピを教えていただけませんか?」
「ええ、良いですよ。どれでも好きなものを差し上げますからどんどん持って行っちゃって下さい」
 そんな会話を聞きながら、ひろのはやっぱり適当なお菓子を味見して、渡された感想用紙に書き込みをしていた。と、その時、圭子とレシピを抱えたセリオがそっと綾香の傍らに近寄って囁いた。
「綾香様…」
「…わかってるわ。慎重にね」
 綾香は頷いて二人を送り出した。

 時間は少しさかのぼり、ひろのたちが教室を出た直後。2−A専用控え室ではあかりが強引に彼女を連れてきた雅史に向かって真意を問いただしていた。
「どうしたの、雅史ちゃん。あそこで邪魔しておかないとひろのちゃんが…」
 声を張り上げるあかりに、美奈子の追跡を警戒して声を静めるように合図すると、雅史はひそひそとあかりに話し掛けた。
「わかってるよ。僕もあかりちゃんも、綾香さんの本性は多分知っている。だけど、長瀬さんにはやっぱり友達なんだ。迂闊には反対できないよ」
「うん…それはそうなんだけど」
 あかりは雅史の言葉に理があることは認めた。しかし、こうしている間にもひろのが綾香の毒牙に掛かりはしないかと思うと気が気でならない。
「それに、長瀬さんが今回文化祭を楽しめてないのも本当だからね。影から見守っていて、危なくなったら飛び出すようにする。これで良いんじゃないかな?」
 あかりは考え込んだ。正直言って、雅史のいうことは縁起が悪すぎる。ひろのを見守っていて、危なくなったら出て行く…という条件での行動はいろんなところで試みられてきた。それで結果がどうなったかと言えば、遊園地やら公園やらがきっぱり滅び去ってきたのである。二度あることは三度ある、と言わないだろうか?
「ううん。逆にね、堂々と行った方が良いんじゃないかと思うの。いつも一緒に居たら綾香さんだって変なことはしないと思うし」
 あかりが言うと、雅史は首を振った。
「いや、それはまずいよ。僕たちは教室のことすっぽかしてきたわけだから」
 あ、とあかりは手を打った。確かにサボリが堂々と校内を歩き回るのはまずい。かといって、美奈子に今から許可を取ろうにも、二人一緒なんて許してもらえるはずがないし、その時間もない。第一、美奈子は綾香に取り込まれていそうだ。
「うーん…仕方ないね。じゃあ、早くひろのちゃんたちを追いかけよう」
「わかった」
 こうして、雅史とあかりはサボリを決行し、ひろの+綾香ご一行を追いかけていた。愛のなせる技か、ほとんど迷いなく彼女達の現在地である家庭科室に近づいていく。
「そろそろかな?」
 あかりが言った時、突然横を歩いていた雅史が膝を突き、床に倒れこんだ。
「…え?ま、雅史ちゃん?」
 その異変にあかりが気を取られたその瞬間、首筋に重い衝撃が走り、あかりの意識は暗転した。

「うまくいきましたね」
 あかりの首筋にチョップを打ち込んで気絶させたセリオが言うと、圭子が雅史の首筋に刺さった小さな針を抜き、今度はあかりに刺しながら答えた。
「うん…ごめんなさい、佐藤さん」
 言葉の後半は雅史に向けられたものだった。作業を終えると、彼を倒すのに使った小ぶりの吹き矢をしまいこみ、針もケースに入れて隠す。塗っておいたのは忍者である田沢一族秘伝の睡眠薬だから、まずもって今日中に目が醒める事はあるまい。
(う…でも、佐藤さん…素敵だなぁ…)
 圭子は倒れて眠っている雅史の姿にちょっとドキドキした。そのままじっと見ていると、セリオが怪訝そうな表情で言った。
「…田沢さん?早くお二人を隠さないと人に見つかってしまいますよ?」
「…えっ!?あ、あぁ…そうだね」
 我に返った圭子は既にあかりを担ぎ上げているセリオに続き、雅史を背負った。背負う相手を逆にした方が楽だと思うのだが、好きな男の子と密着するチャンスを逃す手はない。
「さて…どうやら、この部屋は使われていないようです。ここにしばらく居てもらいましょう」
 セリオがある一室を指差した。既に対人センサーなどを駆使してあかりたちを隠しておく場所の目星をつけていたらしい。圭子にも特に人の気配は感じられなかったので、セリオの意見に異議はなかった。目的の部屋には鍵がかかっていたが、その気になればプロ真っ青のピッキング技術を持つこの二人に突破できない扉はない。あっさりと中へ侵入する。
「…なんだろ?真っ暗だね」
「カーテンがかかっているようですね。こちらの目的には好都合です」
 訝る圭子に、セリオは特に疑問を抱くこともなくあかりの身体を床に降ろす。圭子も名残惜しいながら、雅史の身体を壁にもたれさせるようにして降ろした。そして、廊下に出ると素早く鍵を閉めなおす。そのまま、二人は急いで家庭科室へ戻った。

「上手くいったようね」
 綾香が満足げな表情で言うと、セリオは頷いて小声で答えた。
「はい、お二人とも田沢さんの薬で眠らせましたので、今日中に目が醒める事は無いかと思われます」
 圭子も頷く。すると、少し離れたところでクッキーをもらっていたひろのが不思議そうな表情で綾香たちのほうを向いて言った。
「みんな、なにを話してるの?」
「え?あぁ、なんでもないわ。こっちの事よ」
 綾香は適当にごまかし、ひろのの方に向き直った。
「さて、次はどこに行こうか?」
 言われたひろのは首をひねった。
「うーん…あ、そうだ。芹香先輩の占いの館に行ってみようよ」
「姉さんの?」
 綾香はちょっと考えた。ひろのをゲットすることを考えれば、あかりたち以上に強敵である芹香のところに顔を出すのは少しまずい。しかし、妹である自分がここまで来て姉のところに顔を出さないのは変だし、芹香を油断させる効果もあるかもしれない。
「…そうね。ちょっと行ってみようか」
 結局綾香もひろのの意見に賛同し、4人は三年生の教室へ向かった。

 一方、再び時間はさかのぼり、芹香は自分の教室にテントを吊るして作った占いの館で、水晶球相手に意識を集中していた。その様子を一人の男がじっと見ている。
 灰になって飛散しながら、不屈の根性で復活を遂げた漢、矢島昌彦であった。何とか生き返った彼は、今後の指針にすべく占いの館を訪れたのである。依頼したのは、今後の運勢と、ひろのとの相性占いだった。
「…」
 結果が見えたのか、芹香が口を開く。しかし、彼女の声は矢島には届かないため、クラスメイトで芹香と会話できる女子生徒が助手兼通訳として待機していた。
「えっとですね…あなたの今後は…」
 助手の女の子が口を開いた瞬間、芹香が何かを感じたようにさっと手を上げ、続きを制した。そして、さらに真剣に水晶球を見つめ始める。
「…あの、何が?」
 思わず口を開いた矢島を、助手の子が「しーっ!」と唇に人差し指を当てたポーズをして黙らせる。そのまま誰も口を開かずに数分が経ち、おもむろに芹香は立ち上がった。
「どうしたの?来栖川さん」
 助手の子の問いかけに、芹香は短く二、三言で答えると、そのまま占いの館を出て行った。
「…え?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!俺はどうなるんですか?」
 成り行きの進展においてけぼりを食らっていた矢島がそう言いながら立ち上がり、占いの館を出たその時、教室の扉ががらっと開いた。その瞬間、世界がバラ色になり、全てが光に包まれた。矢島は、扉のところに美しく輝く後光を背負った女神の降臨を見た。
「すいません、芹香先輩いますか?…って、きゃっ!?」
 ひろのが驚いたのは、唐突に出現した矢島が彼女の前にどこからともなく取り出した花を一輪差し出していたからだ。
「こんにちは、長瀬さん…相変わらず貴女は美しい…うべろわぁっ!?」
 矢島がなにやら口上を述べ始めたその時、ひろのの背後から出現した綾香が必殺のキックを叩き込んで矢島をふっ飛ばした。彼の身体は放物線を描いて窓から飛び出して行った。ちなみに、ここは最上階の教室である。やがて、「どすん」という音がした後、外が大騒ぎになった。
「なるほど、こう言う事だったのね」
 テントから顔を出していた芹香の助手の子が頷いた。さっき芹香が占った内容は、「あなたの今後は、すぐそこに災厄が忍び寄っていることでしょう。彼女との相性はとても口には出せないくらい最悪です」と言うものだったのだ。
「あ、綾香…」
 ひろのがどうするの?と言う目で綾香を見ると、彼女は済ました顔で答えた。
「今までだって死ななかったんだし、さっきのくらいで死にゃしないわよ」
 言い切ってから、綾香は芹香はいるかどうか改めて尋ねた。
「来栖川さん?残念ねぇ…さっき、急用ができたとか言って出かけたわよ」
 助手の女の子の言葉に、ひろのと綾香は顔を見合わせた。

 芹香は教室を出た後、特別教室棟のオカルト研究会部室に来ていた。鍵を開けてドアの内側を調べる。すると、不正な手段でドアが開けられた時に、術者にだけわかる警報を発する泥棒よけのお札が真っ二つにちぎれていた。
「…」
 何か盗られた物はないか、と芹香は電気をつけて室内を見渡した。そして、そこに倒れていた二人の人物を見て驚きの表情を浮かべた。
「…!」
 とりあえず調べてみて、外傷が無いことがわかると、芹香は気付け薬の在庫を探し始めた。

 結局、芹香と出会えなかったひろのたちは、適当に展示を見て遊んでいた。縁日になっているところでヨーヨー釣りをしたり、体育館でライブを見たり、美術部で似顔絵を描いてもらったり…と色々なことをしているうちに、4人はある場所に来ていた。
「恐怖の館へようこそ〜…って、長瀬先輩!また来てくれたんですか?」
 相変わらず雪女(と言うよりは雪ん子)の姿で言うのは琴音だ。一方、猫娘の葵はひろのの横にいる綾香を見て大いに驚いた。
「はぁい、葵。良く似合ってるわよ」
 綾香の誉め言葉に赤くなる葵。その横で、琴音は敵意のこもった視線を綾香に向けていた。
「綾香、ここは結構しゃれにならないよ。やめた方が良いって」
 ひろのは止めた。確か、綾香はお化け屋敷系のものは駄目だったはずだ。
「大丈夫よ。特訓の成果を見せてあげるわ」
 綾香は胸を張った。ひろのは思わず苦笑する。
「なんなの?特訓って…まぁ、どうしても入りたいなら止めないけど」
 すると、綾香は強引にひろのの腕を取り、「2名さまね〜」と言うとお化け屋敷の中に向かって引きずり始めた。
「え?え?ええぇぇっっ!?わ、私はもう良いよっ!」
 昨日の事を思い出し、悲鳴をあげるひろのを、綾香は楽しげに闇の中へと引きずり込んだ。そして…
「きゃ〜〜〜♪」
「あ、綾香っ!?どこにしがみついてるのっ!?」
「きゃ〜〜〜♪」
「あ、綾香ぁ…!変なところ触らないでってばぁ!」
 やけに白々しく聞こえる綾香の悲鳴と共に、ひろののわりと悲痛な悲鳴が聞こえてくる。その騒ぎを聞きながら、圭子はじっと瞑目し、セリオはただひたすら無言で窓の外を見ていた。
「…!!」
「こ、琴音ちゃん、落ち着いてっ!」
「あ、暴れちゃだめですぅっ!!」
 入り口では、全身から紅いオーラを沸き立たせる琴音と、それを必死に宥める葵とマルチの姿があった。

 ひろのと綾香が出てきた時、ひろのは少し赤い顔で息も荒いのに対し、綾香は余裕の表情だった。実を言うと、綾香はお化け役の姿をまったく見ていない。目を閉じて、気配だけで行動していたのである。それなら怖いと思うことはまったく無い。暗がりでそう言うズルがわからないのを良い事に、さんざんひろのに抱きついたり、いろんな所を触りまくったりしたのだった。
「綾香…怖がりすぎだよ…」
 ひろのが疲れた表情で言う。どうやら、狙いどおり綾香の本音には気付いていないようだ。
「ん、ごめんね」
 綾香は謝りつつ、まだ手に残っている感触やら温もりやらを再確認するように手を握ったり閉じたりしていた。
「じゃあ、次に行こう、次に」
 綾香はひろのを促して1−Aの前を去っていく。それを見送った後、葵はあることに気がついた。
 琴音とマルチがいない。

 それからまた少し経って、時間はもうすぐ4時、と言うところになっていた。閉幕まであと1時間あまりである。
 圭子とセリオが先に帰ることになり、ひろのと綾香はこの季節はあまり人がこない裏庭の方へ来ていた。ここは一日中日陰なので、秋の日中は寒いのだが、夕方になると西日が当たって暖かくなり、静かなので休憩にはもってこいだった。二人はベンチに腰掛けた。
「いやぁ、なかなか楽しいわねぇ。うちの学祭は上品なのばっかりで盛り上がらなくってさぁ」
 綾香が満足げに言う。大量のお菓子類を詰めた袋を持っているのは、縁日などの戦利品だ。
「寺女の文化祭ってどういうの?」
 ひろのが聞くと、綾香はそうねぇ、と少し考えて答えた。
「まぁ、基本的には同じような感じだけど、食べ物を売るのはNGだし、もっとお堅い感じ。後夜祭もフォークダンスとかじゃなくて社交ダンスだし」
 なるほど、とひろのは頷いた。確かに、綾香ならそう言うイベントを上手くこなすにはしても、面白いとは思わないだろう。
「だから、こんなに文化祭で楽しかったのは初めてってわけ。ありがとう、ひろの」
 綾香がひろのの手を握った。
「え?そんな、案内しただけなのに」
 大げさな感謝に驚きながらも、悪い気はしないひろのだったが、このとき彼女は既に綾香の術中に陥りかけていた。
「ううん、本当に感謝してるわよ」
 綾香の握った手から、温かい何かが流れ込んでくる。同時に、身体のあちこちが火照ったように熱を持ち始める。アルコールを摂ったときのように頭がぼうっとして、何も考えられなくなる。
(え…なに…?)
 身体にも力が入らなくなり、ぐらぐらと揺れはじめたひろのの身体を、綾香が抱きしめるようにして固定した。綾香の顔が間近に迫り、吐息が顔をくすぐる。普段なら絶対に危機感を感じて逃げ出すようなシチュエーションだが、そんな感覚がまったく働かない。綾香のなすがままだ
(…これは凄く効いてるわね…)
 綾香は内心でほくそ笑んだ。彼女がやったのは、かつて二人が初めて出会ったときに使った「手篭め技」こと一種の気功催眠術。その強化版で、さっきお化け屋敷に入ったときに、さんざんひろのに触りながら全身のツボにくまなく「気」を打ち込んでおいたのである。後一押しで、ひろのの身も心も自由にできる状態にしておいて。
 辺りには誰もいない。あかりと雅史は身動き取れないようにしてどこかに閉じ込めてあるし、芹香は行方不明。琴音はやっかいだが、先に帰ると偽って離れたセリオと圭子が逐一その動きを監視している。今が最大のチャンスだ。
「ひろの…好きよ」
 綾香は耳を息でくすぐるようにして囁き、ひろのがその感触に震えるのを楽しむと、そっと自分の唇をひろのの唇に…
「!!」
 その瞬間、綾香は凄まじい殺気を感じて、慌ててその場を離れた。と、一瞬遅れて彼女が上半身があった部分を無数の凶器が通過した。出刃包丁、柳刃包丁、金属製さいばし、アイスピック、果物ナイフにバターナイフ。それらは背後の木に機関銃を連射するような音を立てて突き刺さった。綾香の支えを失ったひろのは、ずるずるとベンチに倒れこむようにして横たわり、そのまま寝息を立て始める。
「こ、この技は…」
 綾香の額を冷や汗が流れた。飛んできた方向を振り向くと、そこには、黄色いリボンを結んだ白いとんがり頭巾を被った少女が、フライパンと日本刀と見まがうような巨大なマグロ包丁を持って立っていた。
「NHKの<リボン>っ!?」
 綾香が言うと、<リボン>は武器を構えたまま一歩を進み出た。
「綾香さん…滅殺、だよ」
 底冷えのするような声で<リボン>がダッシュしようとした時、空を切り裂いて三本の銀の線が飛んだ。<リボン>が慌ててとびすさり、その足元に苦無が突き立つ。
「誰っ!?」
<リボン>が呼びかけると、彼女と綾香の間の空間に落ち葉が舞い上がり、竜巻のように渦を巻いたかと思うと、唐突に消滅した。そして、そこには一人の少女が出現していた。
「綾香さん、ここは私に任せてください!」
 圭子だった。いつの間に用意したのか、動きやすい忍び装束を装備しており、右手に忍刀、左手に苦無を構えて<リボン>と睨みあっている。
「圭子!助かったわ。セリオは?」
「セリオなら、まだ琴音ちゃんに付いています。ともかく、私が防いでいる間に行ってください!後から追いかけます」
 綾香は頷くと、ベンチで眠っているひろのの身体を抱えあげた。阻止しようとする<リボン>に、圭子が走りこんで忍刀を叩きつける。刀とマグロ包丁が激突して火花が散り、二人はそのまま壮絶な死闘に突入していった。綾香は一瞬振り返って圭子の勝利を祈ると、脱兎の勢いで裏庭から逃げ出した。

 しかし、逃げられたのは校舎と特別教室棟の間の通路までだった。そこには、やはりとんがり頭巾を被り、両肩にミサイルランチャー、右腕にバルカン砲を装備した<ドール>が待ち構えていたのである。
「はわわ…ここから先は通しませんですぅっ!!」
 言うなり、彼女の全身に装備された無数の火器が一斉に火を噴いた。とっさにひろのを抱きかかえたまま、横っ飛びに木陰に飛び込む綾香。その彼女の全身を、濡れた布でひっぱたくような衝撃が襲う。同時に激しい爆発音が続けざまに起こり、地面が地震のように揺れた。そして、土煙がもうもうと立ちこめる。硝煙の匂いがつんと綾香の鼻腔を刺激した。
「じ、実弾!?何考えてるのよ!!」
 綾香が抗議の声をあげる。白煙の向こうから<ドール>の声が聞こえてきた。
「はわわ、弾丸のケースを間違えたですぅ」
「…おい」
 間違いで殺されてはたまらない。ともかく、<ドール>の弾幕射撃を突破しなくてはならないが、さてどうやろう、と思ったその時、薄れかけた白煙の向こうで何かが動いた。すわ、<ドール>の攻撃か?と綾香が身構えると、その影は聞き覚えのある声で話し掛けてきた。
「私です、綾香様」
「セリオ?どうしてここに?」
 琴音を追っていたはずの彼女がこの場に現れた事で、いささか混乱した綾香であったが、すぐにセリオが綾香の戸惑いを察知したのか、事情を説明した。
「姫川さんは途中でテレポートしてどこかに行かれました」
 それはかなりありがたくない情報だった。手強い琴音がフリーハンドで行動しているということは、いつ戦闘に加入してきてもおかしくない。早めにこの場を脱出するのが賢明というものだろう。
「セリオ、悪いけどあの<ドール>を抑えていてくれる?私はその間にひろのを安全なところに連れて行くわ」
「わかりました。こちらの特別教室棟に沿って進んでください。非常口があります」
 綾香の指示に、セリオはうなずいて非常口のほうを指すと、<ドール>と戦うべく、白煙の奥へ駆け出していった。その間に、綾香は白煙を抜けてセリオに教えられた非常口にたどり着く。背後で響き始めた爆発音を聞きながら扉を開けて中に入ると、そこは理科準備室になっていた。部屋は各種の資料や文献で散らかっていて、廊下に出るには理科室を通らねばならないらしい。そして、そこには強敵が待ち構えていた。
「姉さ…いや、<ウィッチ>…」
 綾香は理科室の真中に立っている人影を認めて生唾を飲み込んだ。これはさすがに逃げられる相手ではない。綾香は仕方なく、背負っていたひろのの身体を教壇の上に降ろした。
「ここは敵の本拠地だもんね…いつまでもラスボスが出てこないわけは無いわ」
 そう言うと、綾香は構えを取った。
(それにしても…妙なところを戦場に選んだものね?)
 綾香は訝った。理科室といえば、巨大な実験台が並んでいて足場が悪く、格闘戦向きの戦場ではない。しかし、魔法戦闘にはもっと向いていないはずだ。なにしろ、ガスバーナーや危険な薬品などの可燃物が山ほど唸っており、炎や雷の呪文を使おうものなら即大爆発である。
 そして、綾香の体術を持ってすれば、多少の足場の悪さはさしたる問題とはならない。
「ま、良いわ。行くわよっ…!?」
 綾香がダッシュし、実験台を飛び越えようとしたその瞬間、彼女は何かに弾き飛ばされた。慌てて体制を整え、転倒を免れたが、その頭上を何かが羽音を立てて飛び去る。
「…ワシ?使い魔か何か?」
 綾香はその正体を見定めた。それは、体長50センチくらいの小ぶりなワシだった。<ウィッチ>を中心に旋回し、こっちを威嚇している。そして、綾香は恐ろしい事実に気がついた。飛んでいるのは一匹だけではない。フクロウとカラスも飛んでいる。そればかりか、狼や蛇などの地上の生き物も牙をむき出して綾香を狙っている。その瞬間、彼女は理解した。これは使い魔ではない。この理科室や理科準備室に飾ってあった剥製だ。<ウィッチ>が一時的に命を吹き込んで操っているのである。
「こ、こ、怖すぎるわよっ!!」
 剥製たちのガラスの目で睨まれ、さすがの綾香もたじたじになって一歩あとずさった。すると、今度はもっと怖いものが動き始めた。骨格標本と人体模型が歩き出し、不気味な動きで迫ってくる。その、うつろな眼窩と顔半分は筋肉剥き出しの妙にハンサムな模型に見つめられた瞬間、綾香の全身が総毛だった。お化け屋敷など文字通り児戯にしか感じられない、極めつけの悪夢だった。
「いやーっ!きゃーっ!!来ないでーっ!!!」
 綾香は必死になって叫ぶ。戦うどころの話ではない。そこへ、相変わらず理科室の中央に陣取った<ウィッチ>が呼びかけてきた。
「…」
「え…おとなしくひろのを返して帰るなら、これ以上は手を出さない?」
 こくこくと<ウィッチ>が頷く。綾香は背後のひろのを見た。さんざん怖いものを見た後なので、心が洗われるようだ。
 そう、絶対に渡せない。私は真剣にひろのの事が好きだ。綾香は思った。圭子もセリオも、私がひろのを手に入れるために命がけで助けてくれている。その彼女達を裏切ることもできない。
「で、できないわ…勝負よ!」
 綾香は再び<ウィッチ>の方に向き直り、拳を構えた。<ウィッチ>は仕方ありませんね、と言うように首を振ると、手を右に振った。それが合図となり、剥製と標本が一斉に綾香に襲い掛かってきた。綾香は死中に活を求め、思い切って彼らの只中に突撃した。拳で狼を粉砕し、手刀でカラスの羽を引き裂く。しかし、剥製たちは意外なスピードとパワーで襲い掛かってきた。綾香もたちまち無数のダメージを負わされる。特に、骨格標本と人体模型が意外に手強い。やはり、ちゃんと手足がついているのは伊達ではないようだ。
 それでも数分後、綾香は全ての剥製たちを倒していた。作業台二つが全壊し、辺りには羽や骨(本物ではないが)が散らばり、実に凄惨な有様となっている。
「はぁ…はぁ…の、残ってるのは…姉さんだけよ…」
 息を切らしながらも言う綾香に対し、<ウィッチ>は私はあなたの姉ではありません、と律儀に答え、呪文を唱える用意に入った。綾香が疲労しながらも、衰えない動きで戦闘体制をとる。どっちから仕掛けるか、しばし緊迫した時間が流れ…二人は同時に気付いた。どうも、ガスくさいような…
「あ」
 綾香は自分の両脇の全壊した作業台に気がついた。これにはバーナー用のガス管が通っているのだ。そこからしゅうしゅうという音を立ててガスが漏れ出している。
「いけない、ひろの!」
 綾香はひろのに駆け寄った。ガスは空気より重く、床に溜まると言う。もし彼女が中毒にでもなっていたら…と、綾香は焦ってひろのを抱き起こした。幸い、一段高い教壇に寝かせていたせいか、ガスを吸った形跡は無い。
「ここは危ないわ。一時休戦しましょ」
 綾香の提案に<ウィッチ>もこくこくと頷く。二人がそっと扉を開け、理科室を出たその時、廊下の方から足音が聞こえてきた。綾香がそちらを見ると、セリオが廊下を走ってくるのが見えた。彼女も綾香に気がついたのか立ち止まる。
「あ、綾香様!どうしてまだこんなところにいらっしゃるんですか!?」
 セリオの言葉に、綾香は背後の<ウィッチ>をちらっと見た。
「ご覧の通りよ。ちょっと戦いになっちゃって…それより、セリオはどうしてここに?」
 綾香が答えると、セリオは思い出したように手を叩いた。
「そ、そうでした。今日は<ドール>の遠戦火力になかなか近づけなくて…早く逃げてください、綾香様!もうすぐ彼女が来ます!」
「えっ!?ま、まずいわ!!」
 ガス漏れしている理科室がそばにあるのに、それは火薬庫で火遊びをするようなものだ。そして、彼女はやってきた。
「に、逃がしませんよっ!」
 廊下の向こうに、ミサイルランチャーとロケット弾ポッドを抱えた<ドール>が現れた。綾香は慌てて手を振った。
「ま、待ちなさいっ!!今ここは火気厳禁よ!!すぐにその物騒なものを…」
「おーる・ふぁいあーですぅっ!」
 一言遅かった。盛大なブラストを噴き出し、十数発のミサイルとロケット弾が放たれる。ひろのをしっかりと抱きしめて、綾香はとっさに跳んだ。校庭に面した窓をぶち破り、地面に降り立つと、綾香は全力で校舎から離れる方向へ走った。セリオと、ほうきに乗った<ウィッチ>も後に続く。その時、背後で数回の爆発が起こり、続けて大爆発が起きた。着弾の爆発がガスに引火し、それがさらに理科室の薬品庫を誘爆させたらしい。
 紅蓮の炎は特別教室棟の上層階にまで突き抜け、屋上からも火柱が噴き上げた。爆風が綾香の身体を吹き飛ばし、彼女はひろのと一緒に地面を転がった。セリオもスライディングするような格好で地面を滑っていき、ほうきに乗った<ウィッチ>が回転しながらどこかへ飛んでいく。
「あ、あわわ…」
 花火大会の爆発事故を超える大惨事に、さすがの綾香もまともな言葉が出ない。ひろのを抱きかかえ、這うようにして舞い落ちる火の粉の下を安全圏へ脱出した。その背後で、家庭科室の布や図書館の本にまで火の手が及び、たちまち特別教室棟全体が炎に包まれる。やがて、爆発で基礎が弱くなっていた建物は、溶け崩れるようにして裏庭の方へ向かって倒壊した。
「何て事でしょう…まだあそこには…」
 セリオが呟くように言う。すると、火の中に一つの小さな影が現れた。緑色の髪をしたその小柄な少女は、全身すすけ、制服は燃えてボロボロになりながらも火炎地獄の中から脱出してきて、力尽きたように倒れた。
「ま、マルチさん!!」
 セリオが駆け出し、倒れたマルチを引きずって安全圏へ連れてきた。
「はわ〜…」
 目を回しているマルチは口から黒い煙を吐き、そのまま動かなくなった。故障かと焦ったが、どうやら電池切れのようだ。
「良かった…」
 一同が安堵で胸を撫で下ろしたとき、綾香に抱きしめられたままのひろのがかすかに身動きした。
「うう…うう〜ん…こ、ここは…?」
 きょとんとした表情で綾香を見上げたひろのだったが、抱きしめられていることに気付いて顔を真っ赤にする。
「綾香…恥ずかしいから離してよ」
「あ、ごめん…」
 ようやく綾香の腕から解放されたひろのは、周囲の惨状に目を丸くした。
「な、何があったの?」
 答えを求めるように綾香とセリオを見るが、二人は視線をそらし、何も答えられない。さてはこの二人、何かやったな、とひろのが思った時、背後から「お〜い」と言う声がした。振り返ると、雅史が走ってくるところだった。
「あ、長瀬さん!無事でよかった!!」
 駆け寄ってきた雅史が笑顔を浮かべながら言う。ひろのは雅史に尋ねることにした。
「雅史君、何があったの?」
「いや、僕にも良くわからないんだ。いきなり裏庭で爆発が起きて、校内の人に避難命令が出たから外に出てたんだけど、長瀬さんがいないことに気付いて探してたんだ。そうしたら、いきなり特別棟が爆発して…」
 雅史は少し興奮した様子で説明した。
「で、長瀬さんと、あとあかりちゃんや琴音ちゃんの姿も見えなかったから、もしかして校内かと思って探しに来たんだけど…無事でよかったよ」
「そうなんだ…ありがと、雅史君」
 にっこり笑ってひろのは雅史の手を握った。雅史の顔が赤いのは、炎の照り返しのせいだけではないだろう。それを見て、綾香がそりゃ無いよ、と言う表情になったが、自業自得なので仕方がない。
「それにしても、あかりも琴音ちゃんも行方不明?まさかとは思うけど…」
「そう言えば圭子もいないわ」
 ひろのと綾香がそう言って燃える特別教室棟の瓦礫の山に目を向けたとき、今度は上空から声がした。
「ひろの先輩〜!大丈夫ですか〜!」
 そう言いながら、琴音が降りてくる。周囲にバリアのような力場をめぐらし、その中に気絶しているあかりと圭子を連れていた。
「琴音ちゃん!」
 一行が声をあげる中、琴音は軽やかに着地してバリアを解除した。あかりも圭子も、幸いすすけているだけで怪我はなさそうだった。
「校舎が爆発したので見に行ったら、お二人が倒れてたんです」
 琴音が事情を説明する。裏庭にいたから、爆風に吹っ飛ばされて気絶したのだろう。
 そうしているうちに、芹香もやってきて、行方不明者全員が何とか無事だったことが確認された。
「まぁ…それは良かったんだけど…これ、どうしよう?」
 喜びながらもひろのは言った。火勢はますます強くなり、となりの校舎にも延焼し始める。消防車が駆けつけてきたときには、校舎の半分近くが炎上していた。

 結局、この爆発の原因はガス爆発、と結論された。まぁ、火種はともかく事象としては間違っていない。東鳩高校の被害は特別教室棟全壊、本校舎半焼。それに、爆発で周囲の住宅にガラスが割れるなどの被害が出たが、奇跡的にも人的被害は皆無だった。
 とりあえず、プレハブの仮設校舎を校庭に入れることになったが、それまで現場検証による封鎖もあわせ、一週間の臨時休校が決定した。こうして、この年の東鳩祭は文字通り伝説と化したのである。

(つづく)

次回予告

 臨時休校の期間を利用して芹香が作ったもの、それはひろのを元に戻す筈の薬であったが…またしても失敗。ひろのの身体に驚くべき変化が訪れる。
 見るものの理性を今まで以上に破壊しやすい姿になってしまったひろのの苦難の日々が始まった。
 次回、12人目の彼女第三十四話
「天使の彷徨」
 お楽しみに〜。
…前回書きたかったのはこういうお話だったのだよな(殴)

あとがき代わりの座談会 その33

作者(以下作)「とうとう学校を破壊してしまった…」
綾香(以下綾)「ま、遊園地に比べれば被害は小さいけどね」
ひろの(以下ひ)「被害額の大小は問題じゃないと思うよ…」
作「まぁ、芹香に薬研究に打ち込む時間を与えたかったんで、この展開は予定通り」
綾「姉さんの薬?まさか…またあれじゃないでしょうね(小声)」
作「心配するな。反転ひろのを出してしまうと私にも制御できないのだ。迂闊には出せん(小声)」
ひ「何をこそこそ話してるの?」
作&綾「「いや、別に…」」
ひ「?…まぁ、良いけど…それにしても一週間も臨時休校なんて退屈だなぁ」
作「昔は『たりー、たりー』とか言って行きたがらなかったくせに」
ひ「昔は昔だよ。今は学校に行くのが楽しいもの」
綾「?ひろの、そんな言葉遣いだったの?想像もつかないけど…」
作「(しまった)い、いや、人間色々過去があるさ」
ひ「(焦り)そ、そう言うこと」
綾「ふーん…そう言えば、ひろのの昔の写真とか見たこと無いわね…アルバムとかないの?」
ひ「え?えええっっ!?(そんなのあるわけ無いじゃない…)」
作「ああ、確か実家に置いてきたままだろ?」
ひ「そ、そうなのっ!!」
綾「それは残念ね。もし機会があったら見せてよね。ちっちゃい頃のひろの、きっとかわいかったんだろうなぁ〜」
ひ「あはは…機会があったらね(冷汗)」
作「さて、今回はこれまで。また次回をお楽しみに」

収録場所:東鳩高校特別教室棟跡地(爆)


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