前回までのあらすじ

 平凡な男子高校生藤田浩之はある日、魔女っ娘先輩、来栖川芹香の魔法実験失敗により女の子(しかも超美少女!)になってしまう。どうして良いか分からず、戸惑い嘆く彼(彼女)を励まし、助ける芹香と幼馴染みの神岸あかり。彼女たちの助けにより、浩之は芹香の執事セバスチャンの遠縁の娘「長瀬 ひろの」としてしばらく生きていく事になる。自分を見る目がどこかおかしい彼らの様子を気にかけながら…


To Heart Outside Story

12人目の彼女

第三話

「ひろの、登校」



 ちょっとした丘の上にある東鳩高校には、毎朝坂を登って多くの生徒達が登校してくる。その生徒達をかき分けるように走ってくる一台のリムジン。来栖川家の御令嬢、芹香の乗った車である。この風景も、東鳩高校の風物詩だ。
 校門の前に付けたリムジンから、まずセバスチャンが降り立ちドアを開ける。そこから芹香が降り立つ。ここまでは普段と同じだ。
 しかし、この日はそれに少し違う要素が加わっていた。芹香に続いて、もう一人の人物が姿を現したのである。その姿を見て、大きなざわめきが広がった。
「うわあ…誰だろ、あの娘…」
「モデルみたいだな」
「来栖川先輩と一緒かぁ…やっぱりどこかのお嬢様かな?」
「お近付きになりたい…」
 その注目を一身に浴びる少女こそ、藤田浩之改め長瀬ひろの。
 今日、彼女はこの学校へ「転校」して来たのだった。
 周囲の異様なざわめきに、ひろのは芹香に話し掛ける。
「な、なあ…センパイ…やっぱりこの格好変じゃないか?」
 そう言うひろのの格好はというと、普通の制服…それも、スカートは長めでストッキングは黒。非常に大人しい。問題は頭に付けた大きなリボンだろうか。ひろのの髪は長いが、それをまとめるために芹香が考えたのがこの髪型である。具体的に言うと「某佐祐理さんのような髪型」と言えばわかりやすいだろうか?
「…」
「え?とってもお似合いです…?そうかなぁ…」
 首を傾げながらも、まずは転校の報告のため教員室へ向かうひろのであった。
 さて、その頃東鳩高校2−Aでは既に転入生来たる、の噂が流れていた。こうした情報に誰よりも鋭く反応する女子生徒、長岡志保は親友のあかりにさっそく情報を教えていた。
「あかり聞いた?今度の転入生は女の子だって。それもすっごくきれいな娘」
「うん、聞いてるよ」
 あかりが答えた。聞いているどころの騒ぎではない。実のところあかりは誰よりこの情報に詳しいのだが、あえて志保の話を遮ろうとはしなかった。
「ヒロも残念よね…。せっかく女の子が来るってのに、病気で長期入院だなんて」
「うん…そうだね」
 あかりは答えた。ヒロとは一週間前から休んでいる藤田浩之のあだ名である。象が踏んでも壊れなさそうな彼が謎の急病で長期休校する、と担任が告げた時にはクラスが騒然となったものだった。
 その時、HRの時間を告げるチャイムが鳴って、担任の中村先生が教室に入ってきた。
「起立!礼!着席!」
 クラス委員の保科智子が号令を掛ける。全員が静まったところで中村先生は口を開いた。
「あ〜、みんなも聞いているかもしれないが、転校生がこのクラスに入る事になった」
 数日前からの噂が遂に具体的な形で肯定され、教室内がざわめく。
「入りたまえ」
 先生が言うと、扉ががらりと開いて一人の人物が入ってきた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!?」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
 男子が色めき立ち、女子が黄色い声を張り上げる。入ってきたのは、モデル並みの身長とスタイルを持った超美少女だったからだ。
「し、信じられん…国産で宮内さんに匹敵する娘がいるなんて…」
 男子は呟き、女子はというと
「…か、可愛いわ…と言うより奇麗…○○君に近づけない様にしなきゃ」
 などと危機感を抱いていた。
「みんな静かに!」
 智子が一喝し、教室内が静まり返った。それを見計らって、先生は少女に促した。
「自己紹介を」
「あ、はい。今度、転校してきました、長瀬ひろのです。どうか、よろしくお願いします」
 少女――長瀬ひろのはそう言って一礼し、顔を上げた。
「う゛っ!?」
 その瞬間、彼女は二つの視線に射られて凍り付いた。
(ま、雅史…矢島…その視線は一体なんなんだ…?)
 雅史――佐藤雅史は、あかりと並んでひろのが浩之だった頃、幼稚園時代から付き合いのある幼馴染みだ。
 親友、と言っても良いだろう。しかし、今その親友は潤んだ目と上気した頬でひろのを見つめていた。
 矢島――親友とは言えないまでもまあまあ親しい付き合いのあった矢島昌彦となると、もっと露骨だ。真っ赤な顔で、鼻息も荒くひろのを嘗め回すように見ている。
「長瀬君、どうしたのかね?」
 先生に呼ばれて、ひろの解凍。
「い、いえ…なんでもありません」
 冷や汗を流しつつ、ひろのが答えると、先生はあごに手を当てた。
「そうかね。では席の方だが…元藤田の席が良いだろう。保科君、案内してあげなさい」
「はい」
 ちょうどその隣に座っている智子が立ち上がり、「こっちや」と言ってひろのを席に案内した。元はといえば、勝手知ったる自分の席である。が、慣れている様子を見せるのも変なので智子に礼を言って座る。
「ありがとう、保科さん」
「ええよ。大した事や無い」
 智子が礼は無用と手を振る。
「ではHRはここまで」
 先生が言い、智子が号令を掛ける。そして、先生が出ていった次の瞬間、ひろのと一部の人間以外は光の速さで教室の一点へ集中した。
 もちろんひろのの所へだ。
「長瀬さん、どこから来たの!?」
「来栖川先輩とはどういう関係!?」
「家はどこ!?」
「部活入るの!?」
「好きな食べ物は!?」
 etc、etc…
「え?ええっ!?えーっと…」
 怒涛のごとき質問攻勢に、ひろのは目を白黒させて何も答えられない。その時、素早く助け船が入った。志保であった。
「はいはい、みんなちょっと待った。ここはみんなを代表してあたしがインタビューを試みるわよ」
 何時の間にかマイクを持ち出している志保。その手慣れた様子に、一時クラスメイトは後退。
「えっと…まず、どこから来たのですか?」
 話し口調もすっかりレポーターの志保に、ひろのは自分のカバーを思い出して答えていく。
「えっと…I県の隆山です。温泉が有名なところです」
「来栖川先輩との関係は?」
「親戚が来栖川先輩の家に勤めていて、その縁でそこに住まわせてもらうことになりました」
「部活は入りますか?」
「まだ決めてません」





 しばし誰もが聞きたがりそうな質問が続いた後、志保は指揮棒を取り出した。
「え〜、これからはフリー質問タイムです。早い者勝ち。ではどうぞ…はい、矢島君」
 志保がビシッと指揮棒で指名したのは矢島だった。
「はいっ!ではまずスリーサイズを…」
 ばごっ!
 志保の投げたマイクを顔面に直撃され、矢島轟沈。
「ったく…セクハラは禁止します」
 意外に志保は良心的だった。
「では、雅史君」
「そ、その…付き合ってる男性はいますか?」
「どうですか?長瀬さん」
 志保がひろのにマイクを向ける。何か赤いものが付いているのが何だかとっても怖い。ちなみに、うつ伏せに倒れた矢島の顔の下には謎の赤い水溜まりが出来ていた。
「い、いません…」
 矢島の惨状に恐怖しつつひろのが答えると、男子から一斉に歓声が上がった。
(何故だ!何故そこで盛り上がる、男子!)
 こめかみ辺りにつっと汗が流れるのを感じながらひろのは早くこの時間が終わってくれないかと感じていた。が、ひろのへの質問タイムは1時間目がきても続けられ、存在を忘れ去られた先生は教室の隅っこで泣いていた。

 ようやく質問タイムが終わり、ひろのはへろへろになりながら教室の外へ出た。
「はふぅ…疲れた」
 かなり精神的に参っているようだ。その時、うしろから肩が叩かれた。
「ちょっと疲れた?長瀬さん」
 志保だった。
「ううん、大丈夫だけど」
 首を振って答えると、志保はにっこりと笑った。
「そう?良かった。じゃ、校内を案内してあげるわね」
「え?」
 ひろのは戸惑った。男だった頃、志保はこんな親切なキャラではなかった。言うなれば、ケンカ友達と言った感じだった。だから、今でもその時の感覚を引きずっているのだが、考えてみれば確かに今の自分はまったくの別人。志保が新しいクラスメイトに親切にしようとしても不思議ではないのかもしれない。
「どうかしたの?」
 考え込んでいるひろのの顔を、志保が小首を傾げて下から(背丈が違うのでどうしてもそうなるのだ)見上げてくる。
「ん?あ、あぁ、ごめんなさい。じゃあ、よろしく」
 ひろのは志保の誘いを受ける事にした。何か下心あっての事かもしれないが、さっき下から見上げてきた志保の邪気の無い笑顔に、思わずよろめいてしまったのは秘密だ。
「おっけー、じゃ、行こうか」
 志保は張り切ってひろのを先導して歩き始めた。まず、トイレの場所に始まり、特別教室の場所などを教えて来る。ひろのにはもちろん既知の知識だが、怪しまれないように知らない振りをして志保の言葉に相づちを打っていた。
「それで、こっちが購買部と学食の方向。購買はカツサンドがオススメね。ま、ほとんど男子に取られちゃうけど。それから…」
 志保は澱みなく解説を続けている。
(う〜ん、なんだかいつもの志保と違うなぁ)
 ひろのは思った。浩之時代には志保のおしゃべりっぷりに時々うっとうしさを感じていたものだが、今こうして喋っている志保は、付き合いやすそうな普通の女の子だ。
(男と女では感じ方が違うのかな…)
 ケンカ友達ではなく、普通の友達として。志保とは何だか仲良くなれそうな気がするひろのだった。しかし、志保との関係が変わるように、他の友人やクラスメイトとの関係も、男の時とは激変していく事を、ひろのはまだ知らずにいた。


 1時間目以降の授業はどうやら正常化し、普通通りに授業が進んで行った。ひろのは変身した日から数えて一週間学校を休んでいたため、少しは努力して追いつかねばならない。という訳で、彼女は珍しく熱心に勉強していた。
 勉強が手に付かないのは、クラスメイト達のほうだった。いつでも勉強していない志保や、逆に常に勉強熱心な智子などは例外として、クラスメイトの多くはひろのに好奇心のこもった、一部それ以上の何かの感情を込めた視線を送っている。
(おお、勉強している姿も良いなぁ、って言うか美人は何やっても絵になるよな。くぅぅ、良いぜ、良すぎるぜ長瀬さん!是非彼女にしてぇぇ)
 と言う野郎どもの煩悩と、女子達の
(う〜ん、長瀬さん奇麗…っていうか同じ歳であれは反則よね。何食べたらあんなにプロポーションが良くなるのかしら。今度秘訣を聞いてみようかな…)
 と言う疑問が充満していた。
 今、ここでひろのの正体(浩之)と秘訣(魔法事故)を知ったら、間違いなく、誰にも止められない大暴動が起きるであろう。
 そうした空気の中、4時間目の授業が終わった。さすがにお昼と言う事もあって、空気が一気に弛緩する。
「あ、そう言えば昼はどうしようかな…」
 そう思った瞬間、あかりと志保が連れだってひろのの席にやってきた。
「ひ…長瀬さん、いっしょにお昼ご飯食べない?」
 そう話を切り出したのはあかりだった。一瞬、「ひろゆきちゃん」かもしくは「ひろのちゃん」と言いそうになったのはご愛嬌だろう。
「学食のオススメメニューも教えてあげるわよ」
 と、こっちは志保だ。ひろのにとってはオススメメニューなど教えてもらうまでもなく「A定食だ!」と言いたいところだが、女の子にはまた違うメニューがあるのかもしれない。それに、女の子になってからちょっと食が細くなっていて、男の頃のように大食いができないのも確かだ。
「うん、じゃあ、よろしく、神岸さん、長岡さん」
 ひろのはうなずいて立ち上がった。その時、クラスメイトの間にざわめきが広がった。3人がその方向を見ると、そこには芹香が巨大な重箱を捧げ持つセバスチャンを従えて教室の入り口に立っている。
「せ、先輩?」
 ひろのがびっくりして言うと、芹香はすっと近寄ってきて言った。
「・・・」
「え?お弁当を持ってきたから、一緒に食べましょう?」
 こくこく。芹香は頷いた。ひろのにはわかったが、芹香はじっと期待を込めた眼差しで彼女の顔を見つめていた。
(ど、どうしよう?)
 あかり、志保と一緒に学食に行くか、それとも芹香とお弁当を食べるか。男(浩之)であれば悩む一瞬であっただろう。
 そう、男であれば。
「それじゃあ、一緒に食べませんか?芹香先輩」
 そう言い出したのはあかりだった。
「え?」
 ひろの、志保がびっくりしてあかりと芹香の顔を交互に見る。すると、芹香はこくこくとうなずいた。
「…」
「え?沢山ありますから、お二方もどうぞ?ありがとうございます、先輩」
 あかりはかつてセバスチャンとひろの(浩之)にしか為し得なかった芹香との会話をこなして見せた。感嘆の空気が辺りに広がる。
(そ、そう言えばこの二人このあいだ友達になっていたっけ…やるな、あかり)
 ひろのが幼馴染みの秘めたる才覚に驚いていると、いつのまにか芹香と一緒に出て行こうとしていたあかりが言った。
「どうしたの?置いていくよ」
「あ、待ってよ、あかり!」
 志保が続き、ひろのも慌てて後を追った。そうして、4人の少女+1(セバスチャン)は屋上へ続く階段を上がっていった。

 屋上はすっかり春めいた青空の下にあった。桜の開花も間近だろう。その上で、ひろの、あかり、芹香、志保はセバスチャンがうやうやしく広げた緋毛氈の敷物(ちなみにとても高価)の上に座ってお弁当を食べていた。弁当と言ってもただの弁当ではない。来栖川家のお抱えシェフが腕を振るって作り上げた最高級食材をふんだんに使った超一級品である。
「それにしても…」
 鶏肉を使っていること以外はわからないが、とにかく美味しい何かのおかずをつまみながら志保が切り出した。
「あかりったら、いつの間に来栖川先輩とお友達になってたの?全然気づかなかったわよ」
「うん、ちょっとね」
 あかりは微笑んで自前のお弁当を口に運んだ。
「つながりは浩之ちゃんなんだけどね」
 志保は頷いた。この学校で、来栖川のお嬢様に気安く話し掛けるような度胸の持ち主は浩之しかいなかった。その線で繋がったのなら納得できる。
「ちぇ、不公平な奴。あたしにも紹介してくれたって良いじゃない」
 顔をぷうっと膨らませる志保。「お前じゃ危なくて紹介できないだろ」とひろのはツッコミを入れそうになったがじっと我慢した。
「ところで、長瀬さんは来栖川先輩と同じ所にすんでいるんだよね。やっぱり豪華?」
 今度はひろのに話を振ってきた。
「いや…おれ…じゃない、私はおじいちゃんと一緒に離れに住んでいるから。まあ、2人で住むにはちょっと大きすぎるんだけどね」
 ひろのはセバスチャンを横目で見ながら答えた。志保が張り切って広さを聞いてくるので、2階建てで7LDK、と答える。
「へぇ…離れでそれ?やっぱりお金持ちの家は違うわね。憧れちゃうなぁ…」
 きらきらと輝く瞳でうっとりと呟く志保。
「そ、そうかな。慣れないとむやみに広いわ、礼儀作法にはうるさいわで、大変だよ?」
 ひろのが言うと、志保は少し考え込んだ。
「う〜ん、それはちょっち辛いかな?でも、広い庭付きの家と、運転手付きの車のある生活って、やっぱり女の子の夢よね」
 考え込んだ上で、志保はやっぱり憧れである事に変わりはないと言った。
「そうだね。まぁ、女の子と言うよりは誰もが一度は夢見る事だとは思うけど」
 あかりもクスリと笑って同意した。実際にそうした生活を送っているひろのと芹香の2人は、顔を見合わせて苦笑した(芹香はわかるような表情の変化はなかったが)。芹香は日常だから憧れなど持ちようもないし、ひろのにとっては本当に大変な事ばかりだ、と言うのが実感だ。ロッテンマイヤーさんだけで十分に日常の脅威である。
 それ以前に女性としての生活のほうが辛いと言う話もあるが。一週間も経てば諦めも付くとは言え、だからと言って女の子の服を着る事や女子トイレに入る事に慣れる訳ではない。特にきついのは入浴の時だ。自分の身体を見るのが恥ずかしいのである。
「ま、それはさて置き…」
 志保はそう言うとひろのの顔を見た。
「な、なに?な、長岡さん」
 ひろのが言うと、志保は指を一本立ててちっちっちっと左右に振った。
「なんかさ、そのぎこちない言い方で長岡さんって言うのやめようよ。志保で良いわよ。もう友達でしょ?」
 ひろのはほっとした。何しろ、何年も「志保」と呼び捨てにしていた相手である。いつもの呼び方に戻せるのなら、それに越した事はない。
「うん、わかった。私の事も、ひろので良いから」
 ひろのが答えると、志保は微笑んで言った。
「じゃ、さっそく。ひろの」
「志保」
 お互いに名前を呼び合う。すると、志保はにっこりと笑った。
「うんうん、長岡さん、なんて他人行儀な呼び方よりずっとこっちのほうが良いわよ。それにしても…」
 志保はじっとひろのの顔を見つめた。
「なに?」
「なんかさ、今ひろのに名前を呼ばれた時、ちょっと懐かしいような気がした。まるで、ずっと前から友達だったみたい」
 その一言に、ひろのは内心激しく動揺した。志保の感じた懐かしい気持ち、それはまさに真実を言い当てていたからである。そのひろのの動揺を救うように、あかりが明るい声で言った。
「それじゃあ、私の事もあかりって呼んでね」
「あ、う、うん。…あかり」
「そうそう。じゃあ、わたしもひろのちゃんって呼ぶね」
「…」
「え?私の事は芹香で良い?そ、それはさすがに…芹香先輩、で良いですか?」
 こくこく。
 ひろのは内心(助かった…)とあかりと芹香に感謝しつつ、お昼休みを過ごしたのだった。

 一方その頃、学食では2人の男子生徒が呆けていた。
「良いなぁ…長瀬さん。そう思わないか?佐藤」
「あぁ、そうだね」
 矢島と雅史の2人だった。浩之がいないせいか、最近この2人は良く一緒に行動している。
「なんというかこう…僕の好みにクリティカルヒットだよ」
 雅史の一言に、矢島が意外そうな視線を向ける。
「ほぉ、佐藤でもそう言う事を言うのか」
 今度は雅史が矢島を見る。
「なんで?」
「いや、佐藤ってサッカー一筋さわやか君、って言う感じであんまり女の子に興味無いのかと思ってたからさ」
 矢島が答えると、雅史は溜息を付いた。
「あぁ、良く言われるよ、それは。それどころか、僕と浩之のカップリングでやおい話が書かれてたっていう噂もあるくらいだよ」
「あはは…」
 矢島は乾いた笑いを立てた。「雅史と浩之のカップリングで云々」は噂ではなく、まごうかたなき真実である。矢島は女友達の岡田美奈子(漫研所属)から、その本を見せてもらった事があった。感想は…聞くな。
「ともかく、そうするとお前は俺のライバルということになるな」
 矢島は言った。雅史が顔を上げる。
「すると何かい?矢島君も長瀬さんを狙うと?」
 矢島は白い歯をむき出してにかっと笑い、親指を立てた拳を突き出した。
「当然!『漢』なら彼女を狙うべきだ!お前には負けないぜ、佐藤!!」
 雅史は一瞬、普段は目立たないこの友人の熱気に唖然としたが、やがてにぱっと笑った。
「なんの、僕だって負けないさ…僕は感じたんだ。長瀬さんに運命をね。まるでこう…ずっと昔から一緒にいたような、そんな既視感さえ覚えたんだから」
 雅史は歌うように言った。既視感。それはそうだろう。しかし、もし仮に、カップリング症候群患者がひろのの正体を知った上で、この雅史の言葉を聞けば、さぞかし欣喜雀躍して本にする事であろう。浩之×雅史説の裏づけとして。
 矢島もまた、このもの静かな友人の何時にない強い語気に驚いたが、すぐに気を取り直す。
「佐藤がそこまで言うとは…よほど本気なんだな。しかし、彼女を手に入れるのは俺だ!」
「いーや、僕だっ!!」
 こうして、後にこの静かな東鳩市を混乱の渦に巻き込む伝説の大戦「ひろの争奪戦」は、東鳩高校学食における二人の熱き「漢」による意思表明によって、静かにその幕を開ける事になったのだった――。

(つづく)


次回予告

 男の頃の記憶に導かれ、カツサンドを買いに走るひろの。その彼女の前に、一人の少女がその姿をあらわす。手にはグローブ、腰にはブルマ。熱く夢を語る少女との出会いは、ひろのに何をもたらすのだろうか…
 次回、第四話。
「葵ちゃんFight!!」
 お楽しみに。
 例によってこの次回予告は実際と異なるかもしれません。

後書き代わりの座談会・その3

ひろの(以下ひ)「なんだか俺の知っているクラスと違うな」
作者(以下作)「うむ。話を作りやすいように、2年生は全員同じクラスにしたからな。志保もいれば、まだ出てきてないけど、理緒も同じクラスにいるぞ」
ひ「志保といえば、やっぱり俺の知っている志保と違うようなんだが…」
作「あぁ、そりゃ、作中でいみじくもお前が思っているように、性別という立場が変われば受け取り方も変わるということだ。案外、実際の志保も同性の間では世話好きでにぎやかなムードメーカー、という感じなのかもしれないぞ」
ひ「そういうものかな。俺はうるさいだけだと思ってたんだが…」
作「これ以上言うと今後のネタバレになるのでアレだが、だんだん話が凄くなっていくので、志保との友情は大事にした方が良いな」
ひ「考えとく…」
作「他にも、お前を助けてくれる友人が何人か登場する事になるな」
ひ「なんか今日はまじめだ」
作「そりゃ、お前さんに壊れられては話が進まないからな」
ひ「って、おい。俺ってそんな、壊れるような危険にさらされるのか!?」
作「ネタバレになるので教えない。ま、ここの払いは済ませておくからゆっくりしていきな」
ひ「支払うったってヤックじゃん…ケチめ」

収録場所:「ヤクドナルド東鳩中央通り店」にて(嘘)


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