To Heart Outside Story

12人目の彼女

第二話
「強襲!ロッテンマイヤーさん」


 遠くで鶏の鳴き声がしている。その声で藤田浩之改め長瀬ひろのは目を覚ました。
「ふああ…もう朝か」
 思考にまだ霞のようなヴェールが掛かっている。どうも、ひろのになってからかなりの低血圧になったらしく、寝起きが良くない。そのまま人類の至福である二度寝を決め込もうとしたが、ふと気が付いて起き上がった。
「うう…そう言えば今日はこの家の人に顔合わせするとか言っていたっけ」
 ひろのの身分はセバスチャンこと長瀬源四郎の遠縁の娘で、東鳩高校に通う為に引っ越してきたことになっている。今のところ正体を知っているのは芹香とあかり、そしてセバスチャンの3人だけだ。
 起き上がったひろのは髪を梳かし、服を着替えた。服は芹香とセバスチャンが急遽用意してくれたものがたくさんある。ここはセバスチャンが住んでいる屋敷の離れなのだが、それでも7LDKの世間レベルでは大邸宅。大きなウォークインクローゼット(浩之の自宅の部屋より広い)に服がずらっと並んでいる様はなかなかに壮観である。
 黒のセーターと白のロングスカートに着替えたひろのはセバスチャンの部屋の扉を叩いた。
「おい、じいさん。準備終わったぞ」
 すると、朝から気合いの入ったタキシードに身を固めたセバスチャンが姿を現した。
「うむ…待たせたな。では行こうか」
 そう言うと、セバスチャンはひろのを案内して本家の屋敷に向かった。
「じいさん、今日顔合わせするってどんな人たちなんだ?」
 ひろのが尋ねると、セバスチャンは指を折って答えた。
「まず、芹香様のおじい様に当たられる大旦那様、それにメイド長などの主立った使用人じゃな。粗相があってはいかんぞ、ひろの」
 一応身内と言う設定のせいか、セバスチャンの態度は前より親しげだ。
「ところでひろの」
「ん?」
 改まって呼ばれたのでひろのがセバスチャンの方を向くと、彼は鼻の頭を掻きながら言った。
「その…来栖川家はしきたりにうるさい。気持ちは分からないでもないが、もう少し丁寧な言葉づかいを心がけてくれんか」
「丁寧な言葉づかいと言われてもなぁ…俺としてはこれが普通の喋り方なんだけど、じいさん」
 ひろのが抗弁すると、セバスチャンは指を立てて舌打ちした。
「それがいかんのじゃ。ワシや芹香様の前では良いが、他の人たちの前ではできれば『です・ます』調で、『俺』もいかん。第一、全く似合っとらんぞ」
「うぐぅ…」
 ひろのはゲームの違ううめきを漏らした。これでもう少し男の面影が残っていればともかく、ひろのの外見は完璧な美少女。しかも、声も奇麗なソプラノ・ヴォイスだけに、男言葉でしゃべると違和感バリバリである。
「あと、ワシのことをじいさんと呼ぶのも止めてくれ」
「…じゃあ、セバスチャンが良いか?」
 ひろのが尋ねると、セバスチャンは顔を赤らめた。
「いや…縁者があだ名で呼ぶのも変じゃろ…こ、ここは一つだな、その…」
 はっきりしないセバスチャンにひろのは苛立つ。
「その…なんだよ?」
 すると、セバスチャンは顔に汗を浮かべながら言った。
「その…『おじいちゃん』…と…」
「…へ?」
 ひろの凝固。
「いや、その…遠縁と言っても孫のような歳な訳じゃし…だめか?」
 ひろの再起動。
「ま、まあ…人前でじいさんとかもまずいしな…」
 ひろのは深呼吸して気を落ち着かせると、おずおずと言った。
「喋り方は…こ、これでいい?おじいちゃん」
 そうしてセバスチャンを見上げた彼女はまたしても凝固した。セバスチャンは目に涙を浮かべ、うむうむと頷いていた。
「素晴らしい…完璧じゃ。思えば子にも孫にも女の子に恵まれず、まさかこんな形で『おじいちゃん』と呼ばれる日が来ようとは…」
 しみじみと呟くセバスチャンだったが、冷たい視線を感じて思わずひろのの顔を見る。彼女は膨れた顔でセバスチャンを睨んでいた。
「…それが本音か?じいさん」
「…す、済まなんだ」
 だが、ひろのはクスリと笑って口を開いた。
「ま、良いけどね。ちゃんと演技はしてあげるよ、おじいちゃん」
 その言葉にセバスチャンの顔が明るくなった。
「ほ、本当か!?」
「うん、おじいちゃん」
 駄目押しであった。歓喜状態のセバスチャンを見ながらひろのはほくそ笑んだ。
(ふふふ…「孫娘」らしくしていればじいさんは俺に逆らえないな)
 本人の真意はどこであれ、女の子の武器の使い方を覚え始めたひろのであった。
 おいおい…

 そうしている間に、2人は本宅に入り、食堂へやってきた。
(うわあ…本当にこう言う世界ってあるんだな)
 ひろのは感嘆の目で食堂を眺めた。真ん中には二十人くらいが同時に着席できそうな巨大なテーブルが置かれ、天井からはシャンデリアが下がっている。ただ、食事はパンとスープ、紅茶、それに果物と言った質素なもののようだ。
「大旦那様、連れてまいりました」
「うむ…」
 返事をした大旦那様…つまり芹香の祖父に当たる来栖川グループ会長、厳彦氏は上座に座っていた。その右側に近い方に席が二つ設けてある。そこへ座れということだろう。左には芹香も座っていた。セバスチャンはひろのを連れ、芹香の向かい側の席の傍に立った。
「長瀬、紹介してくれ」
 厳彦氏が言った。
「は、私めの遠縁に当たる者で、ひろのと申します。ひろの、挨拶なさい」
 セバスチャンに促され、ひろのは一歩前に進み出た。
「長瀬ひろのです。よろしくお願いします」
 相手のパーソナリティがいまいち不明なため、ひろのは無難に挨拶した。厳彦は相好を崩した。
「うむ、当家の主、来栖川厳彦だ。聞けば芹香と同じ高校に通うそうだな。芹香は同年代の友人が少ないゆえ、仲良くしてやってくれ」
「はい、それはもう」
 ひろのとしても異存は全くない。それから、厳彦は自ら主だった使用人たちを紹介していった。最後に指名された中年女性はレンズが二等辺三角形をした度のきつそうな眼鏡をくいっと押し上げて言った。
「当家のメイド長、六手舞子ざます。あなたも来栖川家で起居するからには、決して世間に恥ずかしくない態度を心がけていただくざます」
(うわ…きつそうなおばさんだな…)
 と思いつつ、ひろのは舞子にも挨拶した。舞子はまじまじとひろのの顔を覗き込む。
「…あの…何か?」
 ひろのが言うと、舞子はぼそりと
「…40点」
 と言った。
「え?」
 ひろのは思わず聞き返す。
「立ち居振舞いがなっていないざます。それに、身支度も雑ざます。ただ、素材は良いざます」
「…あ、あの…何の話を?」
 舞子が何を言っているのかわからず、ひろのが戸惑っていると厳彦が言った。
「まあまあ、六手君、良いではないか。まずは食事にしよう」
 当主の一言には舞子も頷き、ようやく朝食が始まった。しかし、舞子は食事中もひろのに対して厳しいチェックを続けているらしく、険しい視線を送ってくる。
(なんか…居心地悪い…)
 そう思いながらも食事を終えたひろのは、学校に行く芹香と、彼女を送っていくセバスチャンと別れ、廊下に出たところでメイドさんの一人に捕まった。
「長瀬さん」
「はい?」
 ひろのが振り向くと、その若いメイドさんはとことこと近寄ってきて話し掛けてきた。
「さっき、ロッテンマイヤーさんに何か言われました?」
「ロッテンマイヤーさん?」
 ひろのが聞き返すと、メイドさんは笑いながら言った。
「ああ、ごめんなさい。六手メイド長のあだ名。セバスチャンさんと一緒で芹香お嬢様が命名したのよ」
 セバスチャンにロッテンマイヤー…まるっきり「アル○スの少女ハ○ジ」じゃないか…すると俺がハイ○の役なのか?やだなあ…心労で夢遊病とかになんなきゃ良いけど。
 ひろのがそんな事を思っていると、メイドさんは更に聞いてきた。
「ねえ、長瀬さんは何点ていわれた?」
「え?たしか…40点とか」
 その途端、メイドさんは素っ頓狂な声で叫んだ。
「40点!?すっごぉーい!」
「わ!?」
 驚いてのけぞるひろのに、彼女はまくしたてるように言う。
「ホント凄いわ。あたしなんて最初は15点だったのに」
「あの…その点数って一体?」
 立ち直ったひろのが尋ねると、メイドさんは説明を始めた。要は、ロッテンマイヤーが他人を評価する時の点数だった。立ち居振舞いや容姿で判断するらしいのだが、異常なまでに厳しいロッテンマイヤーの評価では、普通立ち居振舞い、行儀作法で点数をくれることはまず無い。つまり、ひろのは容姿だけで30点以上は稼いでいる計算になると言う。
「先輩とかは礼儀作法も身に付いて70点くらい貰ってる人もいるんだけど、あたしなんて未だに50点いかないのよね」
 メイドさんはそう言って屈託無く笑い、付け加えた。
「まあ、長瀬さんくらい可愛い人だったら、いきなりの40点も当然かな?頑張ればもっと良い点が貰えるようになるかもよ」
「あ、あはは…そうかな…」
 ひろのは笑うしかなかった。容姿を褒められても今の彼女には複雑な気分しかない。
「そうそう、自己紹介が遅れてました。あたし、安藤真帆。よろしくね」
 真帆はそう言って手を差し出してきた。ひろのも手を差し出す。
「長瀬ひろの…ひろのでいいよ」
「うん、じゃ、あたしも真帆で良いよ。じゃあ、仕事があるから。またね、ひろのさん」
「あ、ああ。またね」
 真帆は廊下を走って去って行き、すぐに見えなくなった。
「真帆さんか…親しみやすそうな人だな」
 ひろのが感想を漏らしたそのとき、背後に何かの気配が出現した。
「ひろのさん」
「ひゃあっ!?」
 慌てて振り向くと、そこにはロッテンマイヤーが立っていた。
「ロッテン…じゃなくて、六手さん…な、何か用ですか…?」
 動悸を押さえながらひろのが尋ねると、ロッテンマイヤーは有無を言わせぬ口調で付いて来る様に言った。しぶしぶひろのが着いて行った場所、それは化粧室だった。化粧室といってもトイレの上品な言い方ではなく、ちゃんとした化粧台が置かれた場所である。
「あなた、お化粧したことが無いざますか?」
「え?」
 ひろのは戸惑った。すると、ロッテンマイヤーは苛立ったように同じ事を尋ねてきた。
「お化粧したことがあるざますか?無いざますか?」
「あ、ありません…」
 ひろのがようやく答えると、ロッテンマイヤーは肩を竦めた。
「いけないざますね。若くても歳を取るとすぐにお肌は衰えるざます。あたくしがお肌の手入れを教えてあげるざます」
「ええっ!?」
「何を変な声を出しているざますか。早く用意するざます」
 そのあくまでも有無を言わせぬ攻撃に、ひろのは強引に化粧のやり方、お肌を若く保つ方法を叩き込まれた。

 そして、昼食時。
「いいですか、食事はあくまでも優雅に食べるざます」
「は、はあ…」
「返事は『はい』ざます!」
「は…はい!」
「では始めるざます」
 カチャ、カチャ…
「フォークの持ち方がなっていないざます〜〜〜〜っ!!」
「ひえええ…」

 3時頃
「服装の選び方も重要ざます。あくまでも上品に、そして地味になり過ぎない様に」
「え〜と、これなら?」
「駄目ざます。派手すぎるざます」

 4時頃
「歩き方も重要ざます。頭の上に置いた本を落してはならないざますよ」
「こ、これはネタが古い…」
「何か言ったざますか?」
「いえ、何も」

 5時頃、帰宅したセバスチャンが見たのは、精根尽きたようにぐったりと椅子にもたれかかるひろのの姿だった。
「ど、どうした?ひろの…」
「あ、おじいちゃん…実はね…」
 弱々しい声で答えるひろのの姿は、セバスチャン的には「この子を守らねば」と思わせるに足るものだった。はっきり言って萌え萌えである。それはともかくとしてひろのから事情を聞いたセバスチャンだったが申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すまん…ワシもあの六手さんだけは苦手でな…」
 男相手なら無敵を誇るセバスチャンも、女の人には弱いようだった。まあ、外見変わっただけでひろのにやさしくするくらいだから一目瞭然ではある。
「そんな事言ったって、おれ…じゃなかった、私、社交界にデビューする気はないよ?」
 ひろのは抗議したが、セバスチャンはとにかくすまん、と言って逃げてしまった。
「あうう…おじいちゃんの役たたずめ…」
 ひろのは毒づいた。結局、夕食時も散々ロッテンマイヤーに絞られ、せっかくの豪華な夕食の味もわからないひろのだった。

「ふー、生き返るよー」
 ここは来栖川家の大浴場である。そのプールくらいありそうな広大な湯船に漬かってジジくさい(ババくさい?)台詞を吐いているのはもちろんひろのであった。
「はあ…早く学校行けるようにならないかな…この調子でロッテンマイヤーさんに絞られたら、マジで夢遊病にかかりそうだよ…」
 一日でだいぶ追い込まれているらしく、独り言が漏れている。しかし、さすがの来栖川家と言えど、完全な戸籍を用意するのは難しい。まして、当主の厳彦ではなく、娘の芹香がセバスチャンを介して動いているのだから、時間がかかるのは当然のことであった。今のままではあと4〜5日はかかりそうだ。
「はあ…明日もこの調子なのかな…早く寝て体調整えとかなきゃ」
 姿勢や歩き方を良くする訓練では、ふだん使わない筋肉を酷使したので、背筋が痛い。とりあえず上がろうとひろのが体を動かしたとき、誰かが浴場に入ってきた。
「…げっ」
「なにが『げっ』ざますか?」
 ロッテンマイヤーだった。
「少し入浴時間が短いんじゃないざますか?女の子は体を冷やしてはいけないざます。もっと温まるざます」
 ひろのは戦慄した。何故入浴時間まで知っているのか。逆らうとえらいことになりそうだったので、ひろのはいったん上がりかけた湯船に再度浸かった。しばらくして、ロッテンマイヤーも湯船に入って来た。じろじろとひろのの方を見ている。
(い、居心地悪い…)
 さっきまでの極楽気分もどこへやら、ひろのが湯船の中で縮こまっていると、ロッテンマイヤーが言った。
「どうしたざます?お風呂は体を休める所ざます。もっと伸び伸びするざます」
「は、はい…」
 その言葉に手足を伸ばすひろの。すると、ロッテンマイヤーは言葉を続けた。
「それにしても驚きざますね。確か高校2年生と聞いていたざますが、本当に17歳ざますか?」
 ロッテンマイヤーの視線が自分の胸に注がれていることに気が付き、ひろのは真っ赤になった。
「あ、いえ…その…まだ、16です。誕生日来てないから…」
 その答えに、今度はロッテンマイヤーが口をあんぐりと開けた。
「お、驚きざますね。最近の子供の発育ぶりは…まさに脅威ざます」
 一方、ひろのも凍り付いていた。
(まさかとは思うけど、今のは"脅威"と"胸囲"をかけたギャグか!?ど、どう反応して良いのかわからん…)
 浴場で、2人はしばしそうやって固まっていた。

 ここでひろのの個人データに触れるが、芹香はひろのの服を揃えるに当たって彼女のサイズを測った。結果は、身長が173cm、スリーサイズは上から93(74のE)・57・88cm。体重は58kg、靴のサイズは25.5cm。
 はっきり言ってモデル並みのスタイルだった。とても16歳の女性のレベルではない。
 もっとも、ひろのはクラスメイトの一人、宮内レミィが自分と互角のスタイルだと知っている。ただし、レミィはハーフだから平等な比較対象ではないが。

「ま、まあそれはさて置き…」
 ロッテンマイヤーさん再起動。
「せっかくそれだけ容姿に恵まれているのに、言動ががさつなのは勿体無いざます。そこを直せば芹香お嬢様には勝てないまでも、そこらの成りあがりには負けない淑女になれるざます」
「そ、そうですか…」
 淑女になるつもりはないのだが、逆らうと後が怖そうなので従うことにした。
「えっと…それじゃあ俺…じゃなかった、私はこれで…」
「明日もびしびし行くざます。早く寝るざますよ」
「ひええ…」
 のぼせそうになりながら、自室に逃げ帰るひろのだった。
(何とか演技でごまかすしかないな)
 とりあえずロッテンマイヤーの目の届く範囲ではしおらしくしていれば大丈夫だろう。ひろのはそう判断した。しかし、その判断がベタ甘い考えであったことを彼女はいやと言うほど思い知らされる羽目になる。
 翌日。
「違う!そうじゃないざます〜〜〜っ!」
「今『俺』と言おうとしたざますね!『私』と言えるようになるまで昼食は無しざます!」
「もっと背筋を伸ばすざます!もっと胸を張るざます!」
「フォークの使い方がなってないざます〜〜〜〜っ!!」
 ロッテンマイヤーの怒鳴り声しか聞こえてこないので、いったいそこで何が行われているのかは不明だが、こうした特訓は実に4日間も続けられたのであった。
 そして、ひろのが来栖川家へ来てから5日目。
「…」
「あ、センパイ、おじいちゃん。お帰りなさい」
 自室でぐったりとなっていたひろのの元を芹香とセバスチャンが訪れた。
「何か用?」
 起き上がって尋ねたひろのに、芹香が封筒を取り出して渡した。
「…」
「えっ!戸籍と入学許可書!?やったぁ!!」
 ひろのは小躍りして喜んだ。学校へ行くために必要な書類が全てそろったのだ。これでようやくロッテンマイヤーの地獄の特訓から逃れられる。
「制服もできとるぞ。さっそく着てみなさい」
 そう言って、セバスチャンは紙袋を手渡した。
「うん、おじいちゃん!」
 ひろのはウォークインクローゼットの中に消えていき、そして数分後…
「似合う?」
 制服を身につけたひろのが出てきた。ピンクと赤を基調にしたセーラー服で、この地域でもそのかわいらしさで有名な制服である。
「…(良くお似合いですよ、ひろのさん)」
「うむ、想像以上じゃ…」
 芹香とセバスチャンはうんうんと頷いた。
「そっか、良かった」
 ひろのはにっこりと笑った。その破壊力に、芹香とセバスチャンの頬が赤くなる。
「うむ…さすがロッテンマイヤー殿の特訓…ひろのがこんなに女らしゅうなるとはのう」
 セバスチャンは思わずつぶやいていた。が、その声をひろのは聞きとがめていた。
「…特訓…?女らしくなる?」
 その声にセバスチャンは己の失言を悟っていたが、そのときにはひろのはにっこり笑いを顔に張り付かせたままセバスチャンに詰め寄っていた。
「どう言うことかなぁ?おじいちゃん」
「え?あ、いや…その…カバー身分が少しでも完璧になればと…」
 しどろもどろになるセバスチャンに向けて、ひろのの怒りが炸裂した。
「冗談じゃなぁあああぁぁぁぃぃぃっっっ!!」
 ひろのの絶叫が続く。
「俺は男だ!男なんだ!!姿形はどうあれ男なんだぁぁぁぁぁっっっ!!!」
 この部屋に防音があったから良いようなものの、誰かに聞かれていたらヤバそうな台詞を連呼した後、肩で息をしながらひろのは言った。
「はぁ、はぁ…危ない危ない。もう少しで洗脳完了って所だった…」
 胸をなでおろすひろのの背後で、芹香とセバスチャンが惜しい、と言うような顔を見合わせてため息をついていた。
 長瀬ひろの、彼女の敵はどうやら味方の中にもいるようである。
 彼女に幸いあれ。
 何はともあれ、ひろのが学校へ行く用意はついに整ったのであった。

 第二話、終わり。


次回予告

 新しい制服、新しい鞄、新しい教科書。
 そして、新しい姿。
 ひろのが学校へ行く日がやってきた。かつての仲間たちが待つ教室へ入るひろの。だが、そこで彼女を待っていたのはいろんな意味でとんでもない事態だった。
 次回、第三話
「ひろの、登校」
 お楽しみに。
 例によってこの予告は実際と違う可能性が多々あります(爆)。

後書き代わりの座談会 その2

作者(以下作)「どうした?ご機嫌斜めだな」
ひろの(以下ひ)「…」
作「無言か。どうしたんだ?」
ひ「この場所でもこの姿なのか…」
作「私はその方が嬉しいが」
ひ「殺すぞ、マジで」
作「だから無理だって。今のお前はとっても非力なんだから」
ひ「しくしく…」
作「まあ、気長にいけよ。どうせ戻し方は芹香しか知らないんだから」
ひ「心配だな…なんか最近センパイも俺を見る目が怪しいんだ」
作「ままあることだ」
ひ「ねぇよ」
作「どうも反抗的なやつだな。いっそ芹香の魔法で心まで女にしてしまうか…」
「やめれ」
作「いや、やっぱりそれだと面白くないな」
ひ「ほっ…」
作「性転換ヒロインの面白さは男と女の間で揺れ動く所にあるからな。どっちかに偏っているのはつまらん」
ひ「一応こだわりがあるんだな」
作「当たり前だ。でなければSS作家などするか」
ひ「と言うことは完全な女性化は無いと見て良いんだな」
作「まあな。体を元に戻す気は無くなるかもしれんが」
ひ「(闇よりも暗い目で)…をい」
作「おっと、用事を思い出した。じゃあな」
ひ「あ!ま、待て!せめて伝票ぐらい持っていけ!」

収録場所:ファミリーレストラン「ブルースカイ」にて(嘘)


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