※このお話の主人公、長瀬ひろのちゃんは昔浩之ちゃんだったかもしれません(おい)。


 前回までのあらすじ

 水着選びの大騒動、島でのサバイバル・リゾート、同人誌即売会での試練、ミス浴衣コンテストと、楽しいながらも大変な事ばかりだった大騒ぎの夏休みもいよいよ終盤。ひろのにとっての最後の夏の思い出は…

To Heart Outside Story

12人目の彼女

第二十五話 

思い出の夏休み編E「決戦花火遊戯」



 お盆を過ぎる頃になると、さすがに郊外にある来栖川邸の敷地は夕方過ぎには気温も下がって涼しい空気に包まれるようになっていた。
 さて、普段はひろのくらいしか使わない「来栖川正門前」のバス停に、この日の夕方になって続々と人が降り立ち始めた。このメンバーが参集したのは、夏休み直前の合同勉強会以来である。
 つまり、ひろのの友人たち。あかり、志保、智子、レミィのクラスメイトたちに琴音、葵の後輩コンビ。いぢわる三人組の美奈子、夏樹、ちとせ。そして雅史、矢島、垣本の野郎3人。合計12名である。全員がなにやら例外なく紙袋を持っていた。とりわけ大きいのを抱えているのはレミィと矢島だ。
「矢島…ずいぶん張り込んだんだな」
 垣本がその矢島の紙袋を見ながら言うと、矢島は胸をそらして言った。
「ふっ…これも長瀬さんに楽しんでもらうため…それを考えれば安いものさ」
 その謎めいた矢島の言葉が終わるか終わらないかの内に、門のほうでここに集まった人間の良く知る良く通るソプラノが響いた。
「みんな、いらっしゃい。待ってたよ」
「あ、ひろのちゃん!」
 あかりがその声の主を呼んだ。今日、ここに友人たちを呼んだ人物であるひろのは、微笑みながら門のところへ出てきていた。
「みんな、それぞれ持ってきた?」
 ひろのが尋ねると、全員が紙袋を掲げた。この中身は花火。つまり、今日は先日のミス浴衣コンテストでひろのとレミィがゲットした賞品の巨大ファミリーセットに各人が持ち寄ったものを含め、心ゆくまで花火を楽しもうという趣旨のイベントなのである。
 普段は「火を使う」と言うことで絶対反対しそうなセバスチャンやロッテンマイヤーは当主厳彦氏の海外訪問に随行して不在であり、今夜が花火をする最後のチャンスなのである。
「いやぁ…あたしたちまで呼ばれちゃって…悪いわねぇ」
 と言うのは美奈子だった。夏こみパで行動を共にして以来、美奈子のひろのに対するキツい言動は少なくなっている。戦場を共にした友情と言う奴かもしれない。
…ちょっと違うか。
「こういうのは人数が多いほど楽しいからね。それじゃあ、早速会場まで行こうか!」
 ひろのが先導し、一行は会場―と言っても長瀬邸の裏庭なのだが―へ移動した。そこにはテーブルが運び込まれ、真帆の手でちょっとしたガーデンパーティー並みの料理も用意されていた。さらには巨大なバケツになみなみと水をたたえ、西瓜やジュースを沈めて冷やしている。
「ようこそ、皆さん。楽しんでいってくださいね」
 大きな鳥の丸焼きを切り分けていた真帆がにっこりと笑って挨拶をする。そして、もう四人見慣れた人々が待っていた。
「いらっしゃい」
「…(ようこそ、皆さん)」
「こんばんわですぅ〜」
「…いらっしゃいませ」
 上から順に綾香、芹香、マルチ、セリオの4人である。マルチとセリオは先日の夏祭りには来られなかったため、この夜初めて浴衣に袖を通していた。
「わぁ、マルチちゃん可愛い〜」
 葵が誉めると、マルチは「ありがとうございますぅ」とにっこり笑って頭を下げた。一方、セリオのほうはと言うと…
「あら〜…よく似合ってるじゃないの、セリオ」
「…そう…ですか?恐れ入ります…」
 相変わらず内気な性格のセリオは、志保の誉め言葉に真っ赤になってうつむいた。

(…せっかくセバスチャンがいない日だってのに…どうしてこうも邪魔が多いのかしら?)
 一方、綾香は珍しくため息などついてアンニュイな気分だった。夏祭りに引き続き邪魔者―あかりと男子3人―がいるからである。
 綾香から見ると、まぁ垣本は結構まともそうだし、ひろのにちょっかいを出していないのでまだ良いのだが、雅史と矢島は要注意だった。矢島は先日も勝手にひろのの手を握ったりして、けしからん事この上ないヤツである。
 そして、雅史は矢島ほど露骨ではないがひろのへの好意を隠してはいない。それに、敵としての手ごわさでは明らかに矢島を上回る。以前東鳩ファンタジアパークでは隙を突いた一撃で倒しているが、正面切って戦えば侮れない相手だろう。
 そして、何よりも手ごわいあかりと姉、芹香。これらの強敵を出し抜いてひろのと一緒に花火を楽しもうとするのは実に大変な事だ。
「やっぱり坂下さんは来なかったなぁ。まぁ、無理もないけど…」
「そうね…」
 ひろのの言葉に綾香は答えた。そう、救いといえば、ライバルの一方の雄たる坂下好恵が、未だに山ごもりから帰ってこないことだろう。先日律儀にも送られてきた暑中見舞いでは、戦って倒したらしい巨大なアナコンダの頭に足をかけている写真が添付されていた。
 いったいどこで山ごもりをしているのか、全くの謎だ。
「ともかく…始めちゃおうっか。花火はいくらでもあるんだし」
「そうね」
 ひろのが言うと、綾香はようやく微笑み、二人は全員が持ち寄った花火を集めたほうへ向かった。

「…うわ、何これ」
 その場に到着してみてひろのは驚いた。自分の分とレミィの分が大きいのはわかる。しかし、それよりもさらに大きい、ほとんどサンドバッグかと思うような巨大な花火セットが鎮座ましましていたのだった。
「あぁ、それ矢島の分だよ」
 垣本が唖然としているひろのに言った。
「矢島…君のね…これだけで他の全員分と同じくらいあるんじゃないの?」
 ひろのが言う。ちなみに余談だが、ひろのは本人たちの前では矢島を「矢島君」、雅史を「佐藤君」と呼んでいる。「その方が女の子らしくて可愛いよ」と言うあかりの指導によるものだが、もちろん浩之の頃のように呼び捨てで呼んでは正体の秘密に関わるかも知れないからでもある。そして、彼女が自分の名前を口にした事を聞きつけて出現したのは、気障なポーズをとった矢島だった。
「長瀬さんに喜んでほしくて、わざわざ特注したんだ。どう?満足してもらえたかな?」
 迷惑だ、阿呆。
 かなり本気でそう思ったのだが、女の子になってから攻撃的な面が薄れた今のひろのは、それを言うには人間が出来過ぎていた。
「…一晩じゃ使い切れないと思うんだけど」
 ひろのはそう言って婉曲に矢島の非常識をたしなめる事にしたのだが、矢島のほうもそう言うひろのの真意を汲み取るには頭のほうができていなかった。
「それなら、使い切るまで幾晩でも花火をしましょう。過ぎ行く夏を惜しんで、二人きりで…?」
 矢島が言葉の途中で黙った。背後から誰かに肩を叩かれたのである。
「なんだ、誰だよ…って、来栖川先輩の妹さん!?」
 矢島は青くなった。無敵のエクストリーム女王、来栖川綾香はこの街では知らぬもののない有名人。そして、ひろの争奪戦参加者にとっては最強のライバルの一人である。
「サンドバッグ大程度ではまだまだ甘いわね…あたしが用意したのはあれよ!!」
 綾香が指差す方向、そこには、いつのまにか一抱えはありそうなダンボール箱4つが積み上げられていた。その全てに「花火」と書かれている。
「物量戦ならここまでやらなくちゃぁ本物とは言えないわね」
 勝ち誇る綾香に歯噛みして悔しがる矢島。
「…だから量が多ければ良いってわけじゃないのに…」
 ひろのは呟いたが、早くも誰がひろのを喜ばせられるかで激しい前哨戦を展開している二人には、その言葉が聞こえるはずなどなかった。

 そんなアクシデントはあったが、なんとか平和のうちに花火大会は始まった。
「さて…まずはド派手に50連発の乱れ撃ちから行って見ましょうかぁ!」
 一握りはありそうな極太の50連発花火を地面に並べた綾香が、点火用に各人一つずつ用意された着火口の長いライターで点火して回る。やがて、十数個の筒が弾け、一斉に夜空へ向けて色とりどりの火球を打ち出し始めた。
「たまや〜」
「かぎや〜」
 口々に歓声が上がり、たっぷり一分近くは続く50連発花火を楽しむ。続いて、レミィが早くも「禁断の遊び」を持ち出してきた。
「それでハ…パラシュート花火、Fire!!」
 しゅぽーん…と軽い音を立てて夜空へ飛び上がる花火。それが空中でパラシュートを展開し、ゆらゆらと舞い降りてくる。
「今ヨ、全員対空砲火用意!Destoroy、Destoroy、Destoroy!!」
 レミィの掛け声にあわせ、全員が手持ち式の打ち上げ花火に点火。パラシュートめがけて一斉に撃ちまくった。夜空を漂うパラシュートの周りを幾つものカラフルな火球が飛び去り、やがて直撃を受けたパラシュートが一瞬炎の華となって地上に落下する。
「やったぁ、今当てたのは私だよ!!」
「いや、僕だ!!」
 誰が当てたかを巡って他愛のない論争が巻き起こり、結局パラシュート花火を撃ち尽くすまでにレミィが5個、綾香が2個、ひろの、あかり、志保、美奈子、雅史がそれぞれ1個づつの撃墜を確定した。レミィの5個はさすがと言うべきだろう。一行は続いてさらに派手な遊びを模索し始めたが、それを智子が止めた。
「派手な打ち上げモンもええけど、そろそろ手持ちに行ったほうがええんちゃう?こっちのほうが数が多いし」
 それももっともだ、と言うことで、一同は思い思いに手持ち花火を手に取った。火がつけられると、多彩な光のシャワーが長瀬邸の庭を照らし出した。さすがに、20人近い人間がやれば、家庭用花火と言えども相当な迫力である。
「綺麗ですぅ〜…」
「そうですね…とても素敵です」
 花火をやるのは当然初めてだというマルチとセリオの二人は、無心に飽きることなく飛び散る火花を見つめている。
 一方、別の場所では智子といぢわる3人組が珍しく並んでいた。
「ねぇねぇ保科さん〜、関西ではやっぱり花火って少し違うぅ?」
 そう切り出したのはちとせだった。
「いや…花火はさすがにあんまり違わへんなぁ」
 智子が答えると、美奈子がぽんと手を打って、これならありそうだとばかりに口を開く。
「食い倒れ人形型の仕掛花火があるとか」
「なんでやねん」
 すかさす入る智子の突っ込み。すると、夏樹が東京タワーの形をした打ち上げ花火をみつけて言った。
「これなんかどうかな。関西では通天閣の形になってるとか」
「…まぁ、そういうのはアリかもしれへんね」

 そうやって思い思いに花火をしていると、だんだんライターで火をつけるのが面倒くさくなって、まだ火の付いている花火を持っている人から火を分けてもらうのが、点火方法の主流になってくるわけだが、ここでも例外ではなかった。
 すると、当然のことながら火を分けてもらう相手として人気に偏りが出てくるのであった。
「ひろのちゃん、火を分けてくれる?」
「うん?良いよ」
 そう言いながら近づいてきたあかりに、ひろのは微笑んで火を分けてやる。すると、堰を切ったように綾香、琴音、雅史、矢島も火をもらいにひろのの元に集まってきた。
「ひろの、私のにも付けてくれる?」
「長瀬さん、僕にも」
「長瀬先輩…お願いします」
「俺にもくれるかな」
 口々に言う後発4人。ひろのは困った顔で燃え尽きた花火を見せた。
「ごめん、見ての通りとっくに燃え尽きちゃって…わっ!?」
 ひろのの前に、すぐさま突き出される5つのライターの火。どうやら、これで火をつけて、それで改めて花火に火を移して欲しい、と言うことらしい。
(なんでそこまでするかなぁ…)
 ひろのは後頭部に汗を浮かべつつ、どうやって火をつければ角が立たないか思案していた。しかし、ひろのが花火に点火するよりも早く、ひろのの周りに集まっていた5人の視線が空中で交差して火花を散らしていた。
(…あそこに花火入れたら、火がつくかも)
 ひろのにそんな思いを抱かせる程の熱い視線の戦いは、綾香の一言でさらにヒートアップした。
「邪魔ね…みんな」
 競争相手たちを睨みつけてのこの発言に、あかり以下の4人が色めきたつ。
「こっちこそ…!」
 雅史も珍しく眉を吊り上げて言う。
「…長瀬先輩を困らせる人は滅殺です」
 琴音の髪が風もないのにふわりとなびき、真紅のオーラが立ち上った。
「…決着…だね」
 あかりがそう言って得物を取り出そうとしたとき、5人の中で唯一人外の戦闘力を持たない矢島が言った。
「待ってくれ。単純に腕力勝負と言う事になったら俺には勝ち目がないだろう」
 矢島はそう言うと、ロケット花火の束を取り出した。
「せっかくの花火大会…花火で決着をつけようじゃないか。サバイバルゲーム形式でこいつを当てられた人間が負け…と言うのはどうだい?」
 ロケット花火に限らず、花火と言うものは人に向けて打ってはいけません、と事は人間誰しも知っていなくてはならない常識中の常識、人としての基本と言えるだろう。
 しかし、ひろのを手に入れるためにその身を修羅道へ墜とした5人には、そのような常識の縛りなどは綿飴よりも脆いものだった。
「…ふふん…面白いわね。確かに普通の勝負じゃつまらないわ。良いわよ、受けて立ってあげる」
 綾香がほくそ笑んでロケット花火の束を掴み取ると、あかり、琴音、雅史も賛同して各々の分の弾薬を補充した。
「戦場はあの森の中。一発でも命中させられた人間は、その場で負け。弾薬が切れたら、ここまで補充しに戻ってもいいが、その時は攻撃対象にはならない」
 矢島がルールを説明し、それに異存がない事を確かめると、5人は思い思いの方角へ散らばって行こうとした。
「あのね…私の意見はどうなるの?」
 たかが「誰が自分に火を貰えるか」程度の事でロケット花火の打ち合いをやらかそうとする5人に向けてひろのは言った。 
「大丈夫。ひろのちゃんから火を分けてもらうのは私だよっ」
 とあかりが答えれば、琴音も静かに、しかしはっきりした意思を込めて宣言する。
「長瀬先輩…わたし、必ず勝ちます」
「…いや、そう言うことが聞きたいわけじゃなくてね」
 ピントのずれまくった二人の言葉にひろのがツッコミを入れるが、その時にはあかりも琴音も森の方へ駆け出していた。綾香、雅史、矢島は早くも有利なポジションを見定めるべく、森へ潜伏したらしい。
「…」
 ひろのは5人を放って置いて、他のみんなと花火を楽しむ事にした。しかし、この後起きた大惨事の事を知っていれば、ひろのは何を置いても先に彼ら5人を止めただろう。
 こうして、人知れず悲劇への幕は開いたのであった。

 来栖川邸を囲む森は深い。時々木陰から差し込む月明かり以外には頼るものとてない闇の中、綾香は気配を殺して木陰に隠れていた。目を閉じて当てにならない視覚を封じ、それ以外の五感を総動員して他の4人の気配を探す。
(これは厄介ね…以外と全員気配を殺す事に長けているわ。うかつには動けないわね)
 綾香がそう思ったとき、微かにライターを点ける音が聞こえた。
「!!」
 綾香にしてぎりぎりの反応だった。突如飛来した2発の花火が、残像が見えそうな速度でのけぞった綾香の頭上ぎりぎりを通過する。素早く体勢を立て直し、ライターに着火すると花火に火をつける。
「そこねっ!!」
 綾香は素早く3発のロケット花火を投じた。甲高い音と共に、繁みの中に吸い込まれていく花火。しかし、手応えはない。
(花火の音に紛れて移動した!?こいつ、手強い!!神岸さんかしら?)
 綾香は地面に伏せて再び気配を絶ちながら考えた。

 しかし、綾香の相手はあかりではなかった。
(仕損じたか…マト○ックスよけをしたところを見ると来栖川さんだな。一番の難敵に当たっちまったか…)
 心の中で舌打ちをして木にもたれかかったのは、なんと矢島だった。相手の気配を探るには何の心得もない彼だが、頭部に異様な機械を装備している。赤外線を使った夜間暗視装置だった。これがあるからこそ、矢島はこの闇の中、綾香に先んじて相手を発見すると言う快挙を成し遂げられたのである。
 ちなみに、何故彼がこんなものを持っているのかは不明だが、ここ数日来栖川邸、とりわけ長瀬邸近くでは謎の不審者侵入事件が相次いでいた。
(焦って先に動く方が負けだ。持久戦になるな…)
 矢島はそう判断し、息と気配を殺して待機の姿勢に入った。

 綾香VS矢島の戦いが膠着している頃、雅史も森の中をそっと足音を忍ばせて動いていた。その前の綾香と矢島の撃ち合いの音は、もちろん彼にも聞こえている。
(誰かが始めているな…でも、決着は付かなかったらしい)
 うかつに近づいてはそこにいる二人から集中攻撃を受ける可能性が有ったため、雅史は戦場から遠ざかるようにして、森の外縁部に近づいて行った。
 その時、甲高い発射音が森に響き渡った。
「!!」
 それが自分を狙っている事を直感的に悟った雅史が、身を捩ってロケット花火を回避する。しかし、ほっとする間もなく、飛び去ったはずのロケット花火がUターンして雅史の方へ戻ってきた。花火では有り得ない動きだ。
「誘導弾!?琴音ちゃんか!!」
 雅史は叫んだ。こんな事が出来るのは念動力の使い手でもある琴音以外には考えられない。
(ごめんなさい、佐藤先輩。でも、私は思い切って勝ちに行きます!!)
 雅史の言葉を肯定するように、琴音のテレパシーが頭の中に響き渡る。
「まだだ…まだ終われないよ!!」
 雅史はとっさに傍の木の枝を折り、飛んでくるロケット花火に向かって投げつけた。木の枝と花火の安定軸が絡み合い、地面に転がり落ちる。それは、もう飛び上がる事はなかった。雅史はすばやく木陰に身を投げ、地面に伏せる。
(さすがは佐藤先輩ですね。でも、隠れたって無駄です!)
 琴音の声が脳裏に響くや否や、今度は上空に3発のロケット花火が飛び上がり、それが90度に角度を変えて垂直に襲ってきた。
「…くっ!?」
 雅史の必死の回避が続く。状況は圧倒的に不利だった。雅史は琴音の居場所を確認していないのに、向こうは雅史の居場所を確実に把握している。そして、どんなに身を隠そうとも念動力で誘導されるロケット花火はあらゆる角度から襲いかかって来るのだ。
「このままじゃ…良し!」
 雅史は思い切って全ての花火に火を付け、それを空中に放り出した。バラ撒かれたロケット花火が空中で火を噴き、あらゆる方向に向けて飛び出していく。花火が飛翔する甲高い音と、破裂する音が、一続きの騒音となって森の中にこだまし、闇をキャンバスにオレンジ色の火花の残像がシュールな模様を描いた。
 これにはさすがの琴音も驚いたらしく、彼女の攻撃が止む。その隙に、雅史は一気に森を駆け出すと、花火収集所に向かった。
「…さすが、佐藤先輩ですね。思い切った事をしてくれます」
 琴音は雅史を仕損じた事を知り、そっと場所を移動し始めた。雅史だって、馬鹿正直にここに戻っては来ないだろう。今のうちに、他の相手を探すか、もしくはもっと隠れやすい場所を探すのが賢明と言うものだった。

 一方その頃、綾香VS矢島の戦いは未だ膠着状態だった。お互いに全く付け入る隙を見出せないまま、じりじりと時間だけが過ぎていく。
 森の外からは、時折打ち上げ花火をするらしい「パーン」と言う音や、この戦いに参加していないメンバーの笑い声が聞こえてくる。それを聞きながら、綾香は空しい想いに駆られていた。
(みんな楽しくやっていると言うのに…あたしはどうしてこんな所でこんな馬鹿な事をしているのかしら)
 彼女は、その場のノリで馬鹿な勝負を受けてしまった事を後悔し始めていた。その時である。微かな気配が漂ってきたのを、彼女の鋭敏な感覚は捉えていた。
(誰…?…いや、これは…動物かしら?)
 その気配は人間とは異質なものに感じられた。何かの動物のようである。綾香はその気配が何のものであるか確かめようとした。
(犬とか猫じゃないわね。狐…や狸…でもない。もっと強そうな生き物ね。強いて近いものを挙げるなら、熊かしら?)
 綾香はそこまで気配を読み、ふととんでもない違和感に捕らわれて愕然とした。
(熊!?いくら家の庭の森が深くて広いと言っても、そんなものがいるわけ無いじゃないの!!ということは、これは!!)
 綾香が気配の真の正体に気が付くのと同時に、その気配の方向からロケット花火が放たれた。慌てて回避する綾香。茂みに転がり込んで息を整える。
(熊に似た気配…今度こそ神岸さんね!!)
 落ち着きを取り戻した綾香は今度こそ全身の感覚を研ぎ澄まし、辺りの気配を探る。そして、僅かに不自然に揺れた草むらを感じ取って、そこへ花火を向けた。
 綾香のミス、それは、捕捉した気配が前の二人とは違うものである事を感じ取るのを忘れていた事だった。

 綾香の読み通り、気配を熊に似せて彼女を惑わせたのはあかりだった。
(…来栖川さん?さすがに動きが良いね)
 確実に当たると思った攻撃だっただけに、あかりは少し落胆したものの、気を取り直して花火を構えた。
 あかりの不幸は、捉えた相手に固執しすぎた事かもしれない。

 綾香の方へ向けてロケット花火が飛ぶのを見た矢島は、今がチャンスだと判断した。すばやくライターを点けて花火に点火しようとする。目標は、綾香を狙ったと思しきロケット花火の主。
 しかし、この時彼は周囲を注意する事を怠るべきではなかった。

 雅史の来そうなところを探して移動してきた琴音は、そこで棒立ちになって誰かを狙っている人間を見つけた。はっきり言って、カモ同然だ。探していた雅史ではないようだが、チャンスには違いない。少し精神を集中させると、ライターを使う事無く導火線に火が点く。パイロキネシス。発火を起こす超能力の一つである。これと念動力を組み合わせれば、今度こそ相手を倒せるはずだ。
 超能力に頼りすぎなければ、この戦いの勝者は彼女だった事だろう。

 新しい花火を補充し、森の中を抜けてきた雅史は、前方に揺らめく光を一瞬見た。どうやら、誰かが花火に火を付けたらしい。自分を狙っているのか、他人を狙っているのかは分からないが、ぐずぐずしている暇はなかった。すぐにポケットからライターを取り出し、導火線に火を付ける。
 雅史はもう少し丁寧に状況を把握するべきだった。

 5人がそれぞれミスを犯した事で、この後の悲劇の幕は上がった。結局のところ、誰もが焦ってしまっていたと言う事なのだろう。

 全ては一瞬のうちに終わった。甲高い発射音が5つ、同時に鳴り響く。まず、あかりの手から放たれた花火は綾香を直撃し、綾香の投げつけたものは雅史の肩に命中していた。
 そして、雅史の撃った花火は琴音に命中し、琴音が飛ばしたものは矢島の後頭部に当たった。その矢島が放った一撃は、あかりに直撃している。
 要するに、全員がそれぞれほぼ同時に必殺の一撃を放ち、そして全員がそれぞれほぼ同時に被弾したのだった。当然の事ながら、誰が勝者で誰が敗者なのかと言う答えなど出せるはずが無い。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
 5人は呆然とその場に立ち尽くしていた。さすがにこういう展開は予想していなかった…と言うか、自分の勝利を疑ってもみなかったのだから当然の事ではある。
「あ〜…どうしようか?」
 矢島が思わず間抜けな声で聞いた時、それに笑い声で答えた人物がいた。
「くっくっくっ…ふふっ、あははははははっっ!!」
 綾香だった。ひとしきり笑った綾香は、ふとまじめな顔に戻ると、つかつかと矢島の方へ向けて歩いて行った。
「全く…あたしとした事が、こんなくだらない勝負を受けたからくだらないオチが付いたのよ。最初からこうするべきだったんだわ」
 綾香が何をしようとしているかを悟り、矢島は声を上げた。
「おいっ…来栖川さん、それは反則…うわらばっ!?」
 どごぉ!!
 最後まで言わせず、綾香の問答無用のダイナマイトアッパーが矢島を天高く吹き飛ばした。
「そう、そう言う事なのね綾香さん」
 あかりが納得すると、どこからともなくフライパンとおたまがその手の中に出現する。
「僕たちの戦いにルールは無用、って事だね」
 雅史もサッカーボールを出現させた。
「そうですね…その方がやりやすいです」
 琴音の髪が風にあおられたようにゆらめき、不可視の力が周囲の枯れ枝を巻き上げ、矢のように狙いを定める。
「そうよ。縛られた戦場など、決着を付けるにはあまりに不向き!あたしたちの戦いにはこれこそふさわしいのよ!!」
 言うなり綾香がダッシュを仕掛ける。
「通背拳っ!!」
 綾香の必殺の掌底があかりを襲う。それをあかりはフライパンで受け止めるが、通背拳特有の防御を浸透する力はフライパンを抜け、反対側の空気を振動させて衝撃波と化し、あかりを打ち据えた。
「くっ…でも、まだまだだよ!!」
 あかりが逆手でおたまを振るう。自分に与えられた通背拳の打撃力を上乗せしたカウンターの一撃が綾香を捉えた。とっさに受けた腕に強烈な痺れを感じ、綾香が叫ぶ。
「また腕を上げたわね、神岸さん!!」
「綾香さんこそっ!!」
 接近戦に移った二人は、それこそ秒間数十発の単位で攻撃を繰り出し合った。拳とおたま、蹴りとフライパンが交差し、何十丁もの機関銃を連射するような甲高い金属音が辺りを満たした。もはや、お互い大技を繰り出す余裕はない。一回でも打ち負ければ、即座に堰を切った洪水のごとく防ぎきれない猛打撃の嵐が襲い掛かってくる事になる。

 一方、琴音VS雅史の戦いも始まっていた。
「倒れてくださいっ!佐藤先輩!!」
 琴音が巻き上げた無数の木の枝が、矢の豪雨となって雅史に襲い掛かる。
「そうはいかない!勝つのは僕だっ!!」
 フットワークで木の枝の嵐を交わし、一瞬の隙を突いて雅史が必殺の一撃を放った。
「海猫バスター!!」
 青白い輝きを放ち、琴音めがけて飛ぶボール。衝撃波が地面をえぐり、木をへし折るが琴音は動じない。
「フォースシールドっ!!」
 琴音の手の先に巨大なコンタクトレンズを思わせる透明な力場の楯が形成された。その楯とボールが激突し、電光が四方八方に飛び散る。圧力に一瞬後退する琴音。
「負けませんっ!!」
 琴音が気合の一言を発し、ボールを夜空へ弾き飛ばす。青白い光の尾を曳いて上空へ駆け上ったボールが、途中で何かに当たったように軌道を変えたのは、事実綾香に吹っ飛ばされた後落下中だった矢島にぶつかり、再び矢島を天空へ飛ばしたからだったが、下界で戦う4人はそんなものは見ちゃいない。
「佐藤先輩の海猫バスターは確かに凄い技です。でも、私はそれを何度も見ました!今更通用はしません!」
 琴音の一言に、雅史は苦笑する。
「確かに少しワンパターンだったね。君の多彩な技には及ばないかもしれない…でも」
 雅史が手を上に差し伸べると、ちょうど落下してきたボールがしっかりと受け止められた。
「一つの技を極めると言う事もまた一つの道!誰も見た事が無い海猫バスターの神髄、今こそ君に見せよう!!」
 雅史の身体から強烈な圧力が迸る。琴音は、強烈な一撃が来る事を本能的に悟った。
「ひろの先輩の為にも…私は勝ちます。たとえどんな技が相手でも…」
 琴音の小柄な身体からも、真紅のオーラが放たれた。「殺意の波動」である。
「無限ベータ海猫バスターぁぁぁぁぁっっっ!!」
「殺意の波動、究極の位っ!!<無明>!!」

 さて、森の外では平和に花火大会が続いていた。気分的にはそろそろ締めかな、と言う感じの穏やかな雰囲気が一同を包んでおり、花火の方も線香花火になっている。これで締めようと言うのは、ある意味日本の伝統であろう。
 と言っても、花火の方はまだ余りまくっていた。ただでさえ数が多いのに、途中で消費者が5人も抜けたのでは減るものも減らないのは当然の事だろう。まぁ、余ったものはまた日を改めてやれば良いのだが。
「…」
「え?とても綺麗ですね、ですか、先輩?…そうだね…ちょっと寂しいけど」
 ひろのは芹香と一緒に線香花火をしていた。赤熱した本体から、ぱちぱちと小さな火花が飛び散り、やがてそれも出なくなって行く。
「これ、そっと近づけるとくっついたりするんだよ。やってみる?先輩」
 芹香がこくこくと頷き、自分が持っている線香花火を、そっとひろののそれに近づけていく。赤く鈍い光を放つ二つの花火が触れ合い、一つにくっついた。
「あ、うまく行ったよ、先輩」
 ひろのがにっこりと笑い、芹香もつられて微笑んだ。顔が少し赤いような気がするのは、花火の照り返しだろうか?
その瞬間、すさまじい大音響が一同の背後から響き渡った。同時に衝撃波が打ち寄せ、ひろのと芹香の身体が宙に浮いた。
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
「………………!?」
 飛ばされながらも、ひろのはとっさに芹香の身体を抱きしめ、自分が下になるようにして地面に落ちる。
「あいたたたた…みんな、平気!?」
 身を起こしたひろのが大声で呼びかけると、あちこちから返事が聞こえてきた。
「…私は大丈夫ですよ」
「なんやの一体〜…眼鏡が飛んでしもたわ」
「はわわ〜…」
「あいたた…何よ、今のは…」
「美奈子もちとせも無事よ」
「何が起きたんでしょう…」
 上から真帆、智子、マルチ、志保、夏樹、セリオの声だ。芹香はショックで気絶したのか、返事が無い。
「一体何が…って、森が!?」
 異変のあった方向を見ると、そこだけ綺麗な円形を描いて森が消失していた。直径は10メートルほどだろうか。木々もそこを中心に放射状になぎ倒されていて、まるで爆弾でも爆発させたようだ。
「ひどいな…何があったんだ!?」
柿本が唸った。彼はいぢわる三人組をうまくカバーしていたようだ。
「ひ、ひろの先輩!あれ!!」
 葵がそう叫んで指差す。ひろのだけでなく、全員がその方向に注目し…そして、唖然とした。
 まず、そこでは綾香と琴音が戦っていた。どうやら、森が吹き飛んだ時の混乱で相手が入れ替わったらしいが、そんな事情を花火をしていたメンバーが知るはずも無い。ちなみに、この二人が正面切って戦うのはこれが初めてである。
「これで終わりにします!!」
 琴音が淡く輝く刃のような力場を無数に飛ばした。しかし、綾香も負けてはいない。両手に込めた「気」の威力で、飛来する刃をことごとく撃墜してのける。
「こしゃくな飛び道具であたしを倒せるとは思わない方が良いわよっ!?」
 そのまま一気にダッシュ。接近戦に持ち込もうとする。しかし、綾香が拳を振りかぶった瞬間、琴音の前面に透明な壁が出現した。その壁に阻まれ、綾香の前進が止まる。
「くっ…こんなもの!!」
 綾香の一撃が壁を粉砕した。が、その時には琴音が上空10メートルほどの場所に飛び上がっていた。
「ち…足場でもあればね」
 綾香は舌打ちした。さすがの彼女も空は飛べない。三次元戦闘と言う事になれば、琴音の方に一日の長があるようだった。

 綾香VS琴音の戦場の後方では、あかりと雅史が対峙していた。フライパンとおたまを構えたあかりがじわじわと間合いを詰める。
「雅史ちゃん…ひろのちゃんの事はおとなしくあきらめて」
「そうはいかないよ…あかりちゃんこそ退いてくれないかな。あかりちゃんを倒してしまったら、僕が浩之に殺されるからね」
 あかりの顔が微妙に変化する。病気で長期入院面会謝絶中と言う事になっている浩之は、今も姿を変えてこのすぐ近くにいる。
(その事を教えたら…雅史ちゃんはどう思うかな?)
 あかりは考えた。雅史にひろのの正体が浩之であると教えたら…雅史はひろのの事をあきらめるだろうか?
 いやいや、それは無いよね、とあかりは思い直す。多分、言っても信じないに違いない。いや、信じても、それでも良いとさえ言うかもしれない。ひろのは…それくらい魅力的で、万人に好かれる要素を持った娘なのだから。
 だから、雅史ちゃんにひろのちゃんを諦めさせる手段は一つだけ。倒す。何度だって、雅史が立ち上がってくる限りは。
「わたしは退かないよ。ひろのちゃんを守る為に、雅史ちゃんを倒す!」
「そう。なら、容赦はしないよ、あかりちゃん!!」
 あかりが必殺の間合いに踏み出す直前、雅史が必殺の一撃を放った。
「火炎直撃海猫バスターああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
「きゃあっ!?」
 雅史の放ったシュートはよほど複雑な回転を与えられていたのか、一瞬あかりの視界を外れ、突如として眼前に出現したかのような動きを見せた。あかりから見れば、ボールがワープしてきたように見えただろう。咄嗟にかざしたフライパンにボールが直撃し、凄まじい回転がフライパン表面のテフロンを削り取って火花に変える。
「ま、負けないよっ!!」
 圧力を押し返そうとするあかり。フライパンの中で暴れるボールが摩擦で加熱し、ついには火が点く。
「無理をしない方が良いよ、あかりちゃん!」
 雅史は勝ちを確信して叫んだのだが、あかりは屈しなかった。
「わたしがくまの力を使えるのは気配を真似るだけじゃないよっ!」
 叫ぶなり、あかりの全身から迸った裂帛の気合が熊の形を取る。同時に、彼女は漲るパワーを込めてボールを弾き飛ばした。赤く燃えるボールが上空へ向かって飛んで行く。
「何だって!?熊の力を降臨させたのか!!」
 驚愕する雅史の目の前で、あかりは息を切らしながら、まだ煙を上げているフライパンを構え直した。くま大好き少女、あかりの面目躍如たる秘技<くまストレングス>。雅史の海猫バスター、琴音の超能力同様に、あかりの力も着実に進化を遂げていた。
「も、もう私に出来る事って何も無いのかな…」
 ひろのは呟いた。頼みの芹香は気絶したままだから、綾香、あかり、琴音、雅史を止めるのは絶望的だ。残っている中にも葵、レミィ、マルチ、セリオと、人外の力を振るえる者は今暴走しているのと同じ人数が揃っているが、彼女たちには「ひろのの事が絡むとパワーアップ」と言う重要な要素が無いので、暴走者たちにはかなわない。第一、下手に投入すると破壊の規模が倍以上になりそうだ。
「止めた方が良い…普通の人があそこへ踏み込むのは自殺行為だ」
 柿本が言った。無理もない話である。さっきからの一連の戦闘で、長瀬邸の裏庭は秒単位で破壊され続けていた。何の戦闘力もない人間がうかつに迷い込むのは地雷原に足を踏み入れるよりも確実に死を招くだろう。
「で、でも、このままじゃ…」
 ひろのが言った時、上空で光が爆ぜた。

 この時、空を飛んでいたのは琴音だけではなかった。そう、綾香に吹っ飛ばされ、次いで海猫バスターの流れ弾を食らった矢島がまだ宙を舞っていたのである。
 本来ならもう落ちていても良いはずだったが、途中で下から吹き上げてきた爆風と衝撃波で、また高く吹き飛ばされていたのだった。もちろん、琴音と雅史の必殺技が真っ向から激突した時のあれである。
「風よ…長瀬さんに遭ったら伝えておくれ。俺は星になったと…」
 3回目の落下を開始しながら矢島は呟いた。ここまでされると、もう地上に戻れないんじゃないかと言う気分になるのも無理はない。
 しかし、彼が星になるのはこれからだった。再び地上からまっしぐらに彼めがけて飛んでくる物体を目にして、矢島は言った。それは、あかりVS雅史戦で飛んできた火炎直撃海猫バスターの流れ弾、燃えるサッカーボールだった。
「またかよ…」
 しかし、そのボールは矢島を再び飛ばすだけのエネルギーは持っていなかった。燃えて脆くなったボールは、矢島にダメージを与える事なく衝突のショックで崩壊し、風の中に散らばって行く。
「助かったか…ん?」
 矢島は顔をしかめた。高度が上がらなかったのは良いが、なにやら「しゅ〜」と言う音がする。その正体に気が付き、矢島は真っ青になった。
「しまった、花火か!!」
 そう、彼が隠し持っていた花火にボールの火が引火したのである。そう気づいたその瞬間、彼の身体のあちこちから火が吹き始めた。
「ぐわ!?あちいいぃぃぃぃぃ!?た、助けてくれぇ!!」
 矢島の悲鳴は風の中に溶け、誰も助けには来れなかった。やがて、彼は火達磨になって地上へ向かって行った。その様は、さながら一個の流星のようだった。
 つまり彼は星になったのである。

 破局の到来は一瞬だった。上空の光に目を向けたひろのは、何やら炎の塊が地上に落下してくるのを見て悲鳴を上げた。
「い、隕石!?」
「あかん、あれ、こっちに落ちてくるで!!」
 智子も血相を変えた。
「に、逃げましょう、皆さん!!」
 真帆が叫び、全員がそれにしたがって逃げようとした瞬間、謎の隕石…火達磨で落ちてきた矢島は地上へ突入した。そして、そこには大量の可燃物…花火があったのである。

ぱん!ぱぱん!すぱぱぱぱぱん!!

 矢島の突入を食らった花火の山が一斉に火を噴き始める。火山の大噴火のように火花が吹き上げ、打ち上げ式の花火が一時に数十個も周囲へ向けて火球をばらまきだした。この異変に、戦っていた4人もすぐに気が付き、事態の重大さに真っ青になった。
「ま、まずいわ!消火が先よ!!」
 綾香などはそう叫んだのだが、かわしきれない密度で火の玉を打ち上げまくる現場には到底近づけない。すぐに、逃げた方が良いと彼女も気が付いた。
「退避、退避〜っ!!」
 今や耳鳴りがするほどの勢いで破裂を続ける花火の山を尻目に、一同は急いで逃げ始めた。もはや止める者もいなくなった花火の山の炎は急激に拡大し、まだ燃えていない花火も自然発火温度に達する。そして、全ての花火が同時に引火誘爆した。
 長瀬邸の裏庭は閃光に包まれた。

「こ、これはどうした事じゃ…」
 翌日、厳彦氏と共に帰国してきたセバスチャンは、裏庭の惨状を見て唖然となった。裏庭は控えめに表現しても焦土だった。燃え尽きた花火の残骸があちこちに散らばり、地面の芝生は真っ黒に煤けている。森の一角はクレーターだし、庭に面した家のガラスは全部割れていた。
「あ…おじいちゃん…」
「ひろの、何があったのじゃ」
 セバスチャンに気が付き、のろのろともたれかかっていた壁から身を起こしたひろのにセバスチャンは尋ねた。よく見ると、あちこちに呆然とした表情のひろのの友人たちが座り込んでいる。
「えっと…何から話せば良いものやら」
 困りながらも、ひろのは事情を話し始めた。
 かくして、ひろの争奪戦記に「花火大会グレートインパクト事件」として名を残す事になる戦いは幕を閉じた。しかし、事件の余波はもう少し残る事になるのである。

(つづく)


次回予告

 花火大会の顛末を聞いて怒った厳彦氏に屋敷を追い出された来栖川姉妹。付いて行く事になったひろのが仮の宿に選んだのは…懐かしの我が家、藤田家。こうして3人の共同生活が始まるが、逆に監視の目が無くなってチャンスとばかりに動き始めた綾香がひろのを狙う。果たして彼女たち3人の生活はどうなってしまうのか。
 次回、12人目の彼女第二十六話
「ひとつ屋根の下で」
 お楽しみに〜

後書き代わりの座談会 その25

作者(以下作)「むぅ…今回は書き上げるまで長かったな」
ひろの(以下ひ)「前回の第二十四話が2月12日だもんね」
作「一ヶ月以上…まぁ、他の作品も更新していなかったわけではないんだけど、やっぱり長いよな」
ひ「そうだね。その間にもいろいろな事があったけど」
作「投稿作品が送られて来たりとか…」
ひ「なんか、私がこっちより可愛いんだけどね」
作「うむ。送ってくださった皆さんには改めて御礼を申し上げます」
ひ「ありがとうございます」
作「さて、夏休み編も一段落。次回から秋のお話だ」
ひ「学校も始まるね。ところで、今回の事件なんだけど、矢島はどうしたのかな?さすがに今まで以上に扱いが酷いような…」
矢島(以下矢)「長瀬さあぁぁぁぁぁん!!俺のことを心配してくれてたんですねえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ひ「きゃあっ!?や、矢島…君。生きてたんだ…」
矢「何を言っているんです、俺があなたを置いて死ぬわけが無いじゃないですか!!」
作「まぁ、こういう感じでな…セバスチャンが帰ってきたときにはもう再生してた。爆心地にいたのに…」
ひ「そ、そうなんだ…」
矢「愛さえあればこの不肖矢島、地獄からでもあなたの元に馳せ参じましょう!!さぁ、長瀬さん。このまま俺と一緒に愛の逃避行を…」
ひ「は、はぁ!?ちょ、ちょっとやめてよ…さ、作者ぁ、何とかしてよ〜!!」
作「こんな感じか?(ぽち)」
矢「…!!」(床に穴があいて吸い込まれる)
ひ「…で、デ○ラー椅子…(汗)」
作「ガミ○スに下品な男は不要だ…なんてな。一度やってみたかったんだよ。ってなところで次回をお楽しみに」
ひ「ではではぁ〜」

収録場所:長瀬邸裏庭(跡地)


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