※このお話の主人公、長瀬ひろのちゃんは昔浩之ちゃんだったらしいです(おいっ)。

 
前回までのあらすじ

 水着選びの大騒動、島でのサバイバル・リゾート、同人誌即売会での試練と大騒ぎの夏休みもいよいよ後半戦。果たして今回ひろのが出会う出来事とは…


To Heart Outside Story

12人目の彼女

第二十四話

思い出の夏休み編D「輝け!ミス浴衣コンテスト」


 お盆が過ぎ、そろそろ夏休みも後半に入ろうというこの時期だが、昼は焼けるように暑く、夜は蒸されるように暑いという、日本の夏はまだまだ健在である。
 そして、ここ、東鳩市中央公園は自然の暑さではなく、人いきれの熱さに満ちていた。今日は盆踊り大会をはじめとして各種イベントの開催される市民夏祭りの初日なのである。公園の道に沿ってずらりと屋台が並び、野外ホールでは地元のインディーズバンドが演奏を響かせる。その中を、祭りを楽しむ市民たちが行き交っていた。
 そんな喧騒の中、公園の入り口に一台の大型リムジンが停車した。ご存知、来栖川家ご令嬢専用車である。中からセバスチャンが現れ、うやうやしく後部座席のドアを開いた。
「うっひゃぁ〜…すっごい人出ねぇ」
 奇声をあげたのは綾香だった。今日の彼女は普段の活動的な格好とは異なる浴衣姿。いかにも彼女らしい情熱の赤に白い百合と言う柄のものだ。
「…」
 続いて芹香も車を降り立った。紫の地に白い菖蒲の柄の浴衣。こちらは彼女の清楚さを引き立てるコーディネートである。
「やっぱり市民祭りは盛り上がるなぁ」
 そして、最後にひろのが降り立った。もちろん彼女も浴衣姿。肩口の水色から、裾にかけて紺色にグラデーションしていくと言う凝った地に、金魚の赤と水草の緑がアクセントを添えた涼しげなデザインだ。
「やっぱり?」
 綾香が不思議そうな目でひろのを見つめる。ひろのは慌てた。彼女は公式には半年前までI県の隆山にいた事になっている。東鳩市の市民祭りの賑わいなど知るはずがない。
「あ、ほら。I県でもK沢市とかの市民祭りは盛り上がるからさ。今年なんて大河ドラマだし」
 ひろのが何とか誤魔化すと、綾香は「そうねー、大体それはどこも同じよね」と納得した様子で、興味の対象を周囲の屋台へ向けた。
「…」
「え?気をつけてくださいね、ですか?はい、肝に銘じておきます」
 そばにそっと近寄ってきた芹香に小声で叱責され、ひろのは頭を下げた。そして、改めて祭りの会場を見渡した。
 彼女と来栖川姉妹、3人がこの祭りにやって来る事になった事情は、つい数時間前にさかのぼる。

 それは、ひろのたち長瀬家の人々が昼食を取っている時の事だった。今日のメニューは真帆特製の天ぷら付き素麺である。梅の風味をつけた涼味満点のつゆに素麺を付けてすすっていると、柔らかい電子音が鳴り響いた。
「…あれ、電話ですね」
 いち早く反応した真帆が「はいはい、今出ますよ〜」などと言いながら電話に駆け寄った。
「はい、長瀬でございます。…はい。あ、こんにちわ。いつもお世話になっております。…はい、少しお待ちください」
 真帆は受話器をオルゴールの上に置いた。
「ひろのちゃん、神岸さんからお電話ですよ」
「あかりから?」
 ひろのは水で口をゆすぎ、電話に駆け寄ると受話器を取った。
「もしもし?あかり?」
『あ、ひろのちゃん、こんにちわ』
 受話器の向こうからあかりの弾んだ声が聞こえてきた。
「こんにちわ。で、今日はどうしたの?」
 ひろのが尋ねると、あかりはうきうきした口調で答えた。
『今日、お祭りでしょ?一緒に行かない?』
 その言葉にひろのは今日が東鳩市の夏祭りである事を思い出した。これには毎年のようにあかり、志保、雅史と一緒に遊びに行っていたものだ。
「良いね。まぁ、おじいちゃんとかに許可取らないといけないけど…」
『そうだね。じゃあ、大丈夫だったら4時くらいまでに電話してね』
「うん、わかった」
 電話は切れた。ひろのは受話器を置き、セバスチャンに事情を話した。長瀬邸を含む来栖川家の門限は非常に厳しい。事前に許可を取らない限り夜の7時までには帰ってこなければいけないし、それ以降の外出は原則として禁止されている。
「ふむ…祭りか。友達と一緒なら大丈夫じゃろう。行ってきなさい」
 セバスチャンは答えた。ひろのが一人で出かける事は、例え登校であっても嫌がる過保護な彼だが、ひろのの友人たちの事は信頼しているらしい。実際にはあかりはかなり危険な方なのだが。
 それに対してひろのが礼を言おうとした時、玄関のインターフォンが鳴った。
「は〜い、今出ます〜」
 さっき電話を取った真帆が、慌しく玄関の方へ走っていく。しばらくして、真帆は3人の人物を連れてやってきた。
「やや、お嬢様方。それに…六手殿」
 そう、長瀬邸を来訪したのは芹香、綾香、それに久々の登場となる来栖川家メイド長、ロッテンマイヤーさんこと六手舞子女史であった。手にはなにやら紙袋を提げている。
「やっほ〜、ひろの。今ヒマ?」
 綾香が軽い調子で挨拶をする。一瞬ロッテンマイヤーが目を剥きかけたが、とりあえず何も言わなかった。
「う〜ん、ご飯食べた後なら4時くらいまではヒマだけど…なんで?」
 ひろのが質問すると、綾香に代わって芹香が進み出た。手にはやはり紙袋を提げている。
「…」
「え?新しい服?私に?」
 ひろのは驚いた。芹香と綾香は良くこうやってひろのに着せたい服を買ってくるのだ。おかげで着る物には困らないが、時々恥ずかしくて着れそうもないような服を混ぜてくるのが悩みの種だった。例としてはリボンとフリルがいっぱい付いていて地の生地が見えないワンピース(芹香)や、ほとんど下着と大差ないデザインのキャミソール(綾香)など。
 贅沢な悩みではあるが…
「そっ。ちなみに今回はこれよ」
 そう言って綾香が紙袋の中から取り出したのは、見た目にも上等なものとわかる浴衣だった。ひろのは感嘆のため息をついた。
「わぁ…凄いね。綺麗なデザインで…でも、どうして急に浴衣を?」
 ひろのが尋ねると、綾香はにやりと笑った。
「今日、この街の夏祭りでしょ?是非とも一緒に遊びに行こうと思って。まぁ、浴衣自体はあたしたちのと一緒に前から頼んでたんだけど」
 綾香はそう言うとセバスチャンとロッテンマイヤーの顔を交互に見渡した。
「あ、もちろんお祖父様の許可は取ってあるわよ」
 ひろのは頷いた。
「そっかぁ…ちょうど良かった。私もあかりに誘われてたから」
「神岸さんが?」
 綾香は少し顔をしかめた。あかりはひろの争奪戦において綾香が最大のライバルと見なしている存在だ。個人的には好意を抱ける部分も多いのだが、ひろの絡みで一緒に来るとなるとやはり面白くは無いようだ。
 その時、ロッテンマイヤーがはじめて口を開いた。
「それでは、今から浴衣の着付けを教えるざます。よろしいざますか?」
 ひろのが手を上げた。
「あの、着物はわかるんですが浴衣にも着付けがあるんですか?」
 次の瞬間ひろのは失敗を悟った。ロッテンマイヤーが火の出るような厳しい視線をひろのに送りつけてきたからである。
「当然ざます。着付けの乱れた浴衣ほど見苦しいものは無いざます。何かあっても自分で直せるように、徹底的に覚えてもらうざます」
「う…」
 ひろのの後頭部を大粒の汗が伝った。ロッテンマイヤーの「教育」の厳しさは女の子になったばかりのときに経験済みだ。あの時は基本的な化粧の仕方やヘアメイクを一日で叩き込まれたものである。今回もきっと恐ろしい事になるに違いない。その予想は裏切られなかった。
 ひろのは午後めいっぱいかけて浴衣の着付けを完全にマスターした。しかし、体力は大幅に消耗していた。

 そうした事情で、ひろのたちは祭りの会場を訪れたわけである。あかりとの待ち合わせの時間にはまだ少し余裕があったが、既にあかりはそこで待っていた。志保、智子も一緒だ。
「あ、ひろのちゃん!」
 近寄ってきたひろのの姿を認めたあかりが、嬉しそうに手を振りながら駆け寄ってくる。
「待たせちゃった?」
 ひろのが聞くと、あかりはぶんぶんと首を横に振って言った。
「ううん。そんな事無いよ。それよりもひろのちゃん…その浴衣、凄く似合ってるよ」
「ありがと、あかり」
 ひろのはにこりと笑って応じる。遅れてやってきた志保と智子もひろのの浴衣姿には感心したらしかった。
「へ〜…和装もいけるわねぇ」
「ほんま、似合うとるわ」
 口々に賛辞を口にする。ちなみに、彼女たちは普段着で、あかりがTシャツにデニム地のミニスカート、志保が半そでのYシャツにジーンズ、智子が袖なしのワンピースと言う姿である。
「うん、みんなもありがと」
 ひろのは嬉しそうに頷いた。やはり、誉められれば悪い気はしないものだ。そこへ来栖川姉妹もやって来た。
「あ、芹香先輩に綾香さんも来てたんだ」
「たまには庶民的なイベントに参加するのも良いものよ」
 志保の言葉に綾香は冗談めかして頷いた。
「あ、感じ悪いなぁ」
 智子が笑いながら言う。もちろん冗談である事を理解した上での事だ。
「さて、どうする?まずは適当に見て回ろうか」
 ひろのの提案に一同も賛成し、6人の美少女たちは連れ立って建ち並ぶ屋台を覗きながら歩き始めた。セバスチャンの姿は見えないが、きっと邪魔にならないようなところで見守ってくれているのだろうとひろのは思った。

(…ひろのちゃん、可愛いなぁ…それに、とっても色っぽいよ)
 あかりは敢えてひろのから少し離れた後ろを付いて歩き、彼女の浴衣姿を心ゆくまで堪能していた。特に、今日は普段のリボンで結んだのとは違って、髪をアップにしているため、ひろのの綺麗なうなじが良く観察できる。浴衣と髪型が合わさって、ふだんのひろのには無いそこはかとない色気が感じられた。
 ふと気づくと、横を綾香が歩いていた。やはり、このポイントがひろのを鑑賞する絶好のポイントだと気づいていたらしい。綾香の方もあかりに気づいたらしく、視線をちらりと横に向けてきた。
「…いいわね」
「うん」
 やはり、この二人本質的には同類のようであった。
 友人たちにそんな目で見られているとも知らず、ひろのは芹香、智子と並んで屋台を覗いていた。こういうときに意外に血が熱くなるのは智子だった。今も、あんずあめ屋台で買った水あめの練り方を芹香に教えている。
「こないな風に白くなるまで練るんや…あかんて先輩。そんな手つきじゃ何年経っても白くなれへんでぇ」
「…(こうですか?)」
 その情景にくすりと笑いながら、ひろのが別の方向へ視線を向けたとき、そこに見知った顔が二つあるのを見つけた。
「あれ…雅史に矢島、それと垣本」
 特に呼びかけたわけではなく、声に出して3人の名前を確認しただけだったのだが、ただでさえひろのの声は人ごみでも良く通る綺麗なソプラノ。おまけに、名前を呼ばれた3人のうちの2人は、その声を聞き逃すような人間ではなかった。
「長瀬さんっ!?」
「おぉ、長瀬さんだ!こんなところで会えるなんて…神に感謝ーっ!!」
 振り返った雅史と矢島は光の速さでひろのの元に馳せ参じて来た。
「わ…」
 その行動のあまりのすばやさに驚いて静止しているひろのに対し、雅史はさわやかに挨拶する。
「こんばんわ、長瀬さん。お久しぶり」
 一方の矢島はもっと露骨だった。いきなりひろのの手を取り、やはりさわやか(に見える)笑顔を浮かべて話しはじめる。
「お久しぶりです、長瀬さん。思えば夏休みに入ってからというものの貴女に逢う機会も無く、貴女の事を思っては切なさにため息をつくほべらぁ!?」
 唐突に横合いから繰り出された必殺の一撃が矢島の側頭部を捉え、彼の長広舌を強制的に中断させると共に矢島自身をひろのの視界から消失させた。
「汚い手でひろのに触るんじゃないわよ」
「あ、綾香…」
 ひろのの後頭部に一粒の汗が伝った。矢島を吹き飛ばしたのは綾香の神速の正拳突きだった。雅史とひろのの間にはあかりが割って入り、彼がひろのに近づけないようにガードしている。
「やぁ、あかりちゃん」
「こんばんわ、雅史ちゃん」
 一見にこやかに挨拶を交わす二人だったが、何故か近くに寄ったら感電しそうなくらいの緊張感が漂っていた。
「何やってるんだか…」
 一部始終を目撃していた志保が呆れたように呟く。そこへ、連れがいきなり居なくなったために引き返してきた垣本が現れた。
「あいつらがいきなりいなくなったと思えば…長瀬さんがいたのか」
 困ったもんだ、と言いたげに肩をすくめる垣本に、志保が苦笑してみせる。場の空気を読んだ柿本はあかりと対峙している雅史の肩に手を置いた。
「ほら佐藤、女の子同士のグループにお邪魔しちゃ嫌われるぞ。行こう」
「え?でも矢島は…」
「あいつの事だから死にはしないだろ」
 何気に酷い事を言いながら雅史を連行する垣本。綾香に消し飛ばされた矢島はどこへ飛んでいったのか影も形も見えない。
「…ところで、綾香?何してるの?」
 唖然として成り行きを見守っていたひろのが、さっきから彼女の手にスプレーを吹きかけている綾香に尋ねる。
「消毒」
「…」
 綾香の手に握られたスプレーの缶には「バイ菌滅殺」と書かれていた。
(矢島…さすがに気の毒な気がしてきたよ…)
 かつての友人の壮絶な嫌われぶりにため息をついたひろのだった。

 その後は特に大きなトラブルも無く、6人は屋台を回って楽しんだ。智子は志保とたこ焼きについて熱烈な論争を続けている。
「せやから、なんで紅しょうがとキャベツを入れるんや。たこ焼きの王道は卵で作った衣にタコ一つ、そしてそれを出汁につけて食べるモンや。この甘いソースにはどうしても馴染めへん」
「そう?あたしはやっぱり紅しょうがとキャベツ入れて、ソースにマヨネーズが最高だと思うけど。だいたい衣を卵で作るって言うのが訳わかんないわよ」
 恐らく決着の付く問題ではあるまい。これはこれで、この二人のコミュニケーションであり仲の良さの証明なのだ。一方、ひろのと綾香は射的に熱中している。
 ぱしゅっ!すこんっ!ばたんっ!!
 綾香の一発ごとに、ゲームソフトなどの非力この上ない射的の銃では倒れそうもない豪華な賞品が次々に倒れていく。店の人は真っ青だ。
「ば、馬鹿な…倒れないように力を調整しているはずなのに…!?」
 動揺のあまり言ってはならない禁断の裏事情を口にする店の人を後目に、綾香は万単位の賞品をゲットして悠々と屋台を後にした。
「綾香…弾に『気』を込めるのは反則だよ…」
「ふふん、向こうだって倒れないようにしてるんだからお互い様よ」
 綾香は自己の正義を疑いもなく言い切った。
 あかりと芹香のおっとりのんびりコンビは金魚すくいに取り組んでいる。しかし…
「…あっ…またダメ…」
「…」
 二人とも全くすくえていなかった。見かねた他の4人が助っ人に入り、たちまち何匹かをすくいあげる。ひろのは4匹、志保と智子は3匹ずつ、綾香は反射神経勝負では別格な所を見せつけて、余裕で10匹以上とかなりの大漁になった。
「わ、すごぉい!!
」  感心してはしゃぐあかり。
「…」
「え?帰ったら庭の池に放す?そうね、それが良いわね」
 芹香の提案に綾香も賛成し、漁果の20匹の金魚は来栖川家の庭で飼われる事となった。こうして様々な屋台を回りながら、たちまち時間が過ぎていった。 

「もうすぐ8時か…そろそろ帰った方がええかな?」
 腕時計を見ながら智子が言う。
「え?まだちょっと早いんじゃない?花火大会もあるし、その後はカラオケでも…」
 志保が言いかけた時、場内アナウンスが彼女たちの耳に飛び込んできた。
『北東鳩よりお越しの長瀬ひろの様、北東鳩よりお越しの長瀬ひろの様、至急市民祭実行本部までお越しください。繰り返します。北東鳩よりお越しの――』
 6人は顔を見合わせた。
「実行本部?」
「落し物でもしたかな…」
 ひろのは懐を探ってみたが、特になくした物は見当たらない。
「とりあえず、行ってみようよ」
 あかりの言葉に一同は頷き、近くの警備員に道を尋ねて市民祭実行本部へと向かった。

「…え?ミス浴衣コンテスト…?私が?」
 実行本部にやって来たひろのを迎えた役員の思わぬ言葉に、ひろのは固まった。
「そうです、長瀬ひろのさん。確かにあなたのお名前で出場登録がされています」
 役員は一枚の書類のコピーをひろのに手渡した。彼女の履歴と共に、夏祭りのメインイベントの一つでもあるミス浴衣コンテストへの出場申込書があった。
 ミス浴衣コンテストは毎年夏祭りで開催されるもので、何かとイベントの多い東鳩市でも権威ある(?)ミスコンの一つ。優勝者には例年なら東鳩ファンタジアパークの無料パスをはじめ豪華賞品が送られるが、今年はTFPが再建途上なので、たぶん別のものになるだろう。
「…確かに私の名前だけど…字が違うな。誰がこんなものを書いたんだろう」
 ひろのは首をひねった。何にせよ迷惑な話ではある。ただでさえ人に見られるのは苦手なのに、こんなコンテストに出る気は無い。ひろのが出場を辞退しようと口を開きかけた時、綾香が言った。
「出てみたら?ひろのだったらきっと優勝間違いなしよ」
「え?まさか…」
 冗談ばっかり、と言う口調でひろのは綾香の提案を笑い飛ばそうとしたが、綾香に続けてあかりや志保、智子も言った。
「うん、きっとひろのちゃんだったら誰にも負けないよ」
「いけるわよ、ひろの。もっと自分に自信を持ちなさいって」
「せやね。謙虚も過ぎると嫌味やわ」
 ひろのは困惑した。彼女も、鏡などで自分を客観的に見れば、自分がそれなりの美少女だという事は知っている。ただし、それを自分自身の特徴として冷静に捉え、実感するという境地には至っていない。自分に自信が持てないのだ。
 だからこそ、人に見られるのがいやで、夏でもサマーカーディガンを羽織るなど、できるだけ露出を避けた服装を心がけ、目立たないようにしているのである。実際にはそんな努力をしたところで、その容姿が全てを無駄にしているのだが。
 そんな性格のひろのにとっては、ミスコンテストに出るなど想像の埒外だし、まして自分が優勝する可能性を指摘されても信じられない。
「そ、そんな事言われても…」
 なおもしり込みするひろのだったが、芹香までもが
「…(ひろのさんならきっと勝てます)」
 と言うので、とうとう折れて出場する事になった。
「…うん、みんながそうまで言うんだったらやってみる…」
 その答えを待っていたとばかりに芹香と綾香は喜んだ。自分たちの大好きな少女が、自分たちの選んだ浴衣を着てコンテストで優勝すれば、これほど喜ばしい事は無い。みんな、「ひろのなら勝てる」と言う事で頭がいっぱいになってしまい、とりあえずひろのの名前で代理応募したのが誰だったのかを探ると言う大事な事は忘れられてしまった。綾香たちは客席へ向かい、ひろのは控え室に向かった。
 ところが、控え室に行ってみると、思わぬ見知った顔がひろのを待っていた。
「ヒロノ?ヒロノもこのコンテストにでるノ?」
「レミィ!日本に戻ってたんだ」
 ひろのは驚いて先客に尋ねた。アメリカの父親の実家に帰省していたはずのレミィが浴衣姿でそこにいたのである。彼女の浴衣は淡いピンクに無数の花を散らしたデザインで、おおよそ日本人らしいところの無い容姿を持つレミィにぴったりのものだった。
「ウン。戻って来たのハ最近だけどネ。アタシもビックリしたヨ。ヒロノが出るとなると一番手ごわいライバルネ」
「あはは…そうかな?」
 レミィの言葉に苦笑するひろの。なんにせよ知った顔がいると言うのは心強いかもしれない。そう思ったとき、アナウンスが流れて来た。
『出場者の皆さんにお報せします。まもなくコンテストを開始します。ステージに集合してください』
 レミィは立ち上がり、ひろのの手を取った。
「じゃ、行こう、ヒロノ」
「うん」

 先ほどまでのインディーズバンドなどによる演奏会の終わった野外ホールには、まだ多くの観客が集まっていた。
「皆さん、お待たせしました。これより本年度の東鳩市ミス浴衣コンテストを開催します!」
 わぁっと歓声が湧き起こり、拍手が鳴り響いた。毎年恒例のイベントだけに、結構楽しみにしている人々も多いようだ。
「今年は17人の素晴らしい女性たちがエントリーしてくださいました。まずは彼女たち出場者の紹介から参りましょう。まずはエントリーナンバー1、瑞穂台団地にお住まいの…」
 司会者が次々に参加者を紹介していく。下は小学生の女の子から、上は70歳の老婦人まで様々だ。とにかく浴衣が似合えば良いと言う実におおらかなコンテストなのである。
「うぅ…やっぱり自信ないよ」
 ひろのは舞台の袖で順番を待っていた。レミィのエントリーナンバーは16番で、ひろのは17番。つまり一番最後だ。
「ダイジョウブ、堂々としていれば良いのヨ。人なんてキャロットかパンプキンだとでも思っておけばOK!」
 レミィが古典的な事を言ってひろのを励ました。まぁ、気合だけは伝わってくる激励ではある。
「そうかなぁ…」
「そうだヨ。ほら、次アタシたちの出番ダヨ、ヒロノ」
 レミィがそう言ってひろのの腕を引っ張る。舞台では司会者が紹介をはじめようとしていた。
「さて、次のエントリーナンバー16、17番の方は、東鳩高校の生徒さんで、同じクラスの親友同志!それではどうぞっ!」
 そこへ、タイミング良くレミィに引っ張られたひろのが出てきた。思わず客席の方を見てしまったひろのは、そこで凍りついた。
(う…)
 客席を埋め尽くす人人人…特に、男は自分を食い入るような目で見つめている。その視線の圧力に捉われたひろのを、司会者がステージ中央まで引っ張り出した。
「それでは名前を伺いましょう。お名前をどうぞ」
「エントリーナンバー16!宮内レミィネ!ほら、ヒロノも」
 司会者にマイクを突きつけられ、レミィに促されてひろのはようやくと我に返った。
「はっ!?あ、は、はい…17番、長瀬ひろの…です」
 緊張のあまり声を上ずらせ、それから消え入りそうな声で名前を言うひろの。
「う〜ん、緊張していますか?大丈夫、落ち着いてください。高校生と言う事だそうですが、何年生ですか?」
「あ…に、二年生です」
 司会者がリラックスさせようとちょっとした冗談なども交えながら、巧みに質問をしていく。おかげで、ひろのは少し気持ちを落ち着ける事ができた。すると、人ごみの中に見知った顔がいるのを見つけた。真ん中あたりにあかり、綾香、芹香、志保、智子が座っている。そして、その少し前の列には…
(あ…雅史に垣本…それに矢島の奴、何時の間にか復活してる…なんか言ってるな…)
 歓声で個々の声までは聞き取れないが、ひろのは見知った3人に意識を集中して大勢の視線の圧力を少しでも低減しようとした。
(雅史は…えっと、がんばれ、長瀬さん?う〜ん、何を頑張るのかわからないけど…垣本は喋らないなぁ。矢島は…L・O・V・E、長瀬さん…?あのバカ…)
 ひろのは苦笑した。男性の観客たちの歓声が大きくなる。あっけらかんとしたレミィと、羞じらうひろのの組み合わせは、お互いがお互いを引き立てあって萌え萌えな要素が詰まっていたからである。そこで初めてひろのが見せた笑顔は破壊力絶大だった。
「くぅ〜っ!やっぱり長瀬さんはいいなぁ!!最高の女の子だよ!」
 矢島はそう言いながら持参したデジタルカメラでばしばし写真を撮りまくる。雅史の方はと言うと、上気した顔で
「長瀬さん…素敵だ…」
 と呟いていた。その二人に挟まれ、ちょっと身の置き場に困る垣本であった。一方、女の子たちはと言うと…
「わ…宮内さんも出てたんだ…宮内さんの浴衣姿も素敵だね…」
 あかりが言うと、志保も頷いた。
「レミィのお母さんって有名な着付け教室の先生だもんね…浴衣の見立ても良いし…」
「え?そうなの?それはひろのにとっては強敵だわね…」
「…」
 志保の言葉を聞いた綾香と芹香が考え込む。智子はどっちが勝っても嬉しいので、平等に声援を送っていた。

 一方、ステージ上では出場者全員の紹介が終わったところで、第一次選考が開始されていた。これは浴衣の着こなしを見るものだ。司会者の指示に従い、出場者がステージ上を歩き回り、時々その場で回転して全身を見せる。審査員からは様々な質問が飛び、それはもちろんひろのとレミィにも向けられた。
「着付けは誰にしてもらいましたか?」
 レミィは「ママにしてもらいましタ」と答え、さらに審査員の母親に対する質問に「東鳩着付け学校の先生」と答えると、感嘆の声があがっていた。どうやらレミィの母親は有名着付け教室の先生と言うだけではなく、自身がこの世界では有名な人らしい。
 一方、ひろのは同じ質問に対して
「自分でやりました」
 と答えた。ロッテンマイヤーさんの特訓は伊達ではなく、ひろのも何とか自分自身で浴衣の着付けをこなせるくらいにはなったのである。
「それは凄い。晴れ着に比べれば手間が少ないとはいえ、自分で浴衣の着付けができるとはたいしたものです」
 審査委員長が感心して言った。ひろのが赤くなって恐縮すると、またしても萌えた男性観客(一部女性もあり)の間で歓声が湧き起こる。
 一次選考で明らかに5人が落ち、大盛況のうちにプログラムは進み、第二次選考は地元の盆踊り「東鳩音頭」の上手さを競うものだった。ステージの中央に小さな櫓を立てて太鼓が据え付けられ、出場者たちが輪を作って櫓を取り囲んだ。
「レミィ、盆踊りわかる?」
 ひろのは前にいるレミィに尋ねた。レミィは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「大丈夫ネ。東鳩音頭ならママからバッチリ習ってるヨ」
「へぇ…」
 ひろのは感心した。レミィの母親は娘にちゃんと日本文化のことを教えているらしい。その割にはレミィは良くことわざを誤用していたりするが…
「そう言うヒロノはどうナノ?」
「あぅ…実を言うと…全然自信ない…」
 ひろのはうなだれた。彼女は生粋の東鳩っ子ではあったが、現代っ子らしくあまり郷土の伝統芸能に興味を持った事はない。盆踊りの振り付けなど知らなかった。
「大丈夫!アタシのマネをすれば良いヨ!それほどムズカしくないシ」
 そう言いながら、レミィがサビの部分の振り付けを軽く演じてみせる。ひろのは真似をして手をひらひら動かしてみた。
「えっと…こう?」
「ウ〜ン、大体あってるヨ。心配しなくてもダンスはリズムが一番大事ダカラ、自然と身体を合わせれバOK!」
「うん…頑張ってみる」
 ひろのが頷いた時、司会者の声が響き渡った。
「お待たせしました!それでは準備が整いましたので早速はじめたいと思います!!」
 司会者が手を振ると、櫓の上で太鼓が打ち鳴らされ、東鳩音頭がかかった。
『♪はぁ〜武蔵の国なぁるぅ〜ちょいと東鳩の里ぉにぃ〜ヨイヨイ』
 輪になって踊る出場者のうち、半分ほどがちゃんと振り付けを知っている人らしい。ひろのは前を行くレミィの動きに必死に付いて行った。
 ようやく終わる頃には、ひろのは体力だけでなく精神力もかなり使い果たし、だいぶ疲労困憊してきていた。休憩が宣言されたので、控え室に戻って椅子に身体を預ける。
「はふぅ…疲れたよ〜」
 椅子にのびている彼女を見かねたのか、レミィが、冷たいジュースを買ってきてひろのの前に置いた。
「ヒロノ、大丈夫?」
 気を遣って顔を覗き込んでくるレミィ。
「まぁ…最後まで何とか頑張ってみる。心配しないで、レミィ」
 ひろのが答えると、それでも心配は収まらないらしく、レミィは顔を曇らせる。
「無理をしちゃダメだヨ、ヒロノ。ナンだったらドクターを呼んでこようカ?」
 どうやら、レミィのほうはひろのの体調が悪いと勘違いしているらしい。ひろのは苦笑して、改めて「心配ないよ」と繰り返した。実際のところ、ひろのの感じている疲労は、精神的なものがほとんどだ。やはり、人に見られているというプレッシャーは想像以上に大きかったらしい。
(やっぱり、ちょっと早まったかなぁ…)
 みんなにノセられて、このコンテストに参加した事を、ひろのはちょっと後悔した。こんなに大変なものだとは思わなかったのだ。
(まぁ、出てしまったからには行くところまで行くしかないなぁ)
 だからと言って、いまさら逃げるわけにも行かない。ひろのは残ったジュースを一気に流し込んで気合を入れ、レミィに向かって微笑んで見せた。
「それじゃ、行こうか、レミィ」
「ウン、ヒロノ」
 ひろのが元気を出したと見て、レミィは安心したように微笑んで応え、二人でステージの方へ向かって行った。出場者は既に6人まで減っていた。
 
「お待たせしました。第三次選考は…出場者によるカラオケ大会です!」
 うおぉぉぉぉ、と会場が一気に盛り上がった。逆に「聞いてないよ…」と沈み込んだのは、もちろんひろのである。誰かに勝手に書類を送られたひろのとしては、コンテストのスケジュールなど当然知る由もないことだった。
「曲目は自由!それでは最初の方から、エントリナンバー3番の…」
 最初に出てきたのは50歳くらいの上品そうな女性で、東鳩市に伝わる民謡を朗々と歌い上げた。観客からは大きな拍手と歓声とが送られ、女性は優雅に一礼して退場していく。
「素晴らしい歌をありがとうございました。次に…」
 司会者の声が聞こえてくる中、ひろのは腕組みをして難しい顔になっていた。
「カラオケか…何を歌ったら良いんだろう?」
 良く志保とカラオケに行ったりする彼女だが、実を言うとそれほどレパートリーは多くない。と言うより、昔知っていた曲はほとんどが男性ボーカルなので、今はキーが低すぎて歌えないのだった。
「最近のヒット・ナンバーで良いんじゃないノ?」
 と、レミィがアドバイスする。
「いやでもさ、浴衣だとなんとなく演歌とか民謡とかそう言う感じしない?」
 ひろのが答えると、レミィはにぱっと笑って首を横に振った。
「そんな事ないヨ。司会の人モ曲目は自由だって言ってたシ…」
 レミィがそう言っている間に、彼女の順番がやって来た。司会に呼び出されたレミィは、ひろのの知らない外国のロックバンドの歌を指定する。やがて鳴り響く激しいビートにあわせ、レミィは元気良くロックを歌い上げていった。それは、別に浴衣だからと言って変なところは少しもない。観客もノリノリで手を打ち鳴らし、惜しみない賛辞を送っている。
「…あぁ、そっか。ちょっと考えすぎちゃったな」
 ひろのは苦笑した。どのみち、今日はステージ上で大勢の前に立って散々恥ずかしい思いをしているのだ。多少似合わない歌を歌ったところでどうと言う事はない。
 吹っ切れたひろのは汗だくで戻ってきたレミィにタオルを手渡し、少し乱れた浴衣を直してやると、ステージに立った。
『えー、最後になりました17番の長瀬さん。何をお歌いになりますか?』
「では、『それぞれの明日へ』を歌います」
 最近放送された学園ドラマのエンディングテーマで、かなり人気の出た曲である。ひろのが男の子だった頃からの腹筋の強さを生かし、透明感がありながらも力強いソプラノを響かせ始めると、騒がしかった会場が次第に静かになっていく。そして、歌い終わった瞬間、万雷の拍手が会場を包み込んだ。

「すごい…ひろのって歌上手だったんだ」
 ぺこりと一礼するひろのを見ながら驚いたように言う綾香に、そんなことは先刻承知とばかりに志保が言った。
「そりゃそうよぉ。駅前のカラオケのランク上位をいつもあたしと競ってるんだもの」
 まるで我が事の用に自慢する志保。それを聞いた綾香の目が丸くなった。
「あ…じゃあ、良くワンツーフィニッシュを決めてるS・NとH・Nって…」
「あたしとひろのよ…って事は、よく3位にいるA・Kって綾香さん?」
「…そうよ」
 綾香はうなずいた。芹香と違って奔放に現代っ娘ライフを楽しむ綾香は、同時に何でもトップを目指す性格の持ち主だ。その彼女にして、ゲームではTFPでのデート時にひろのに完敗し、今またカラオケで勝てない二人が目の前にいると知ってしまったのである。しかし、だからと言っていつまでもへこんでいる綾香ではなかった。
「ふ、ふふふ…燃えるじゃないの。そのうち必ず勝ってやるわ」
 勝利を誓う綾香。この後、東鳩市中のカラオケハウスでひろの、志保、綾香の3つ巴のバトルが展開されるのだが、それはまた別のお話である。
 一方、馬鹿二人はと言うと…
「ああ…凄いな長瀬さんの歌…天使の歌声みたいだ…」
「うぉー!畜生!録音できるもの持ってくるんだった…」
 雅史は感涙にふけり、矢島は悔し涙に咽んでいた。

   それはともかく、いよいよ審査結果の発表が近づいてきた。最終まで残ったのは、カラオケでは民謡を歌っていた50代の上品そうな女性と、ひろの、レミィの同級生コンビである。この3人の中の誰かが今年の夏、東鳩市で一番浴衣の似合う女性として認定される。
『厳正なる審査の結果、いよいよ今年のミス浴衣が選出される時が参りました…』
 司会者がこれまでと打って変わった神妙かつ厳かな口調で告げると、舞台が暗くなり、スポットライトが3人の候補者を順繰りに照らし始めた。同時にだららららら…とドラムロールの響きが鳴り響いて、ここが山場である事を否が応にも協調する。観客たちもしわぶき一つ立てずに舞台の上を見守っている。
(うわぁ…心臓が破裂しそうだよ)
 ひろのは浴衣の上から胸を押さえた。自分に対して自信のない彼女といえど、さすがにここまで残れば「ひょっとしたら優勝できるかも?」とちょっと考えるのは無理のない事だ。その時、ドラムロールが鳴り止み、スポットライトが一人の女性を照らし出した。
『優勝は、エントリーナンバー3番の六手舞子さんに決定しました!おめでとうございます!!』
 高らかにファンファーレが鳴り響き、優勝した女性の頭上に紙吹雪が舞い散った。同時に花火が打ち上がり、勝者を称えるように夜空に大輪の花を次々と咲かせる。確かに、浴衣が「似合って」はいても「着こなして」はいないひろのとレミィに比べれば、その女性のほうがよほど自然に浴衣を身にまとっていた。
「アハッ、負けちゃったネ、ヒロノ」
 レミィが悔しさのかけらもない声で言う。ひろのも妙に安堵した気持ちでそれに答えた。
「そうだね…ま、仕方ないよね。それにしても、優勝者の人どこかで名前を聞いたような…?」
 プレゼンターの女性から花束を受け取っている優勝者の横顔を見ていたひろのは、突然あることに思い至った。
「ろ、ろ、ロッテンマイヤーさん!?」
 ひろのが驚きに目を見開いて叫ぶと、優勝者―ロッテンマイヤーこと来栖川家メイド長の六手舞子女史はゆっくりとひろのの方を振り返った。眼鏡をかけていなかったし、あまりにも雰囲気が違うのでまるで気が付かなかったのだ。
「あら…今ごろ気が付いたんですか?」
 普段のきつい「ざます」口調ではない、おっとりとした調子で六手女史が言う。その六手女史の前に司会者が立ち、優勝賞品の目録をプレゼンターの女性から受け取った。
『優勝おめでとうございます。優勝者には呉服の「次島」より高級浴衣が送られます』
 続いて、ひろのとレミィも同格の準ミス浴衣として、花束と賞品が贈られた。ちなみに賞品のほうは一抱えもありそうなファミリー用花火セットだった。こうして、観客が盛大な拍手を送る中、ミス浴衣コンテストは幕を閉じたのだった。
 
「…それにしても、まさかロッテンマイヤーさんが出ているとは思いませんでした…」
 コンテスト終了後、控え室でひろのは言った。普段のいかにも雰囲気をきつく見せている二等辺三角形の眼鏡を外した六手女史は、見た目といい物腰といい、実に穏やかそうに見える。それに、凄く美人だ。
「あら、こう見えても若いころはモテたのよ」
 六手女史はそう言いながらハンドバックを開け、中から例の眼鏡を取り出して装着した。その瞬間、今までの穏やかな雰囲気は掻き消え、触れれば切れそうな氷のメイド長、ロッテンマイヤーさんが出現した。
(うわ…)
 その変貌振りに冷や汗を浮かべるひろの。
「実を言うと、長瀬さん、貴女をこのコンテストに推薦したのはあたくしざます」
 口調も完全に一変していた。あの眼鏡は「私人・六手舞子」と「公人・ロッテンマイヤー」を切り替えるスイッチのような働きをしているらしい。
「え?何でそんな事を…」
 ロッテンマイヤーの言葉に、ひろのは首を傾げた。
「貴女がどれだけ成長したかを見るためざます。来栖川家に来た頃のあなたは、言動にがさつなところが多かったざますが、今はずいぶんと洗練されてきたざますね。80点を差し上げるざます」
「はぁ…ありがとうございます」
 ひろのは頭を下げながら、ロッテンマイヤーの点数の意味を考えていた。人物評価の辛いロッテンマイヤーがそれだけの点数を与えたと言う事…それは、つまりひろのがどんどん女の子らしくなっている事を示している。
(そういえば…ずいぶんと女の子でいることに馴染んじゃったな…)
 ひろのはそう思った。そして、その事に恐怖を感じる。既に、16年間の男としての意識よりも、ここ半年の女の子としての意識のほうが強くなってきている。
(もし…このまま元に戻れなかったら…)
 そう思って身体を震わせた時、控え室に来栖川姉妹とあかり、志保、智子の5人がやって来た。
「ひろのちゃん、宮内さん、おめでとう〜!!」
「優勝できへんかったんは残念やけどね」
「ま、頑張ったから良いじゃない」
「…」
「姉さんも頑張りましたね、って言ってるわよ。元気出しなさい、ひろの」
 あかり、智子、志保、芹香、綾香の順で口々にお祝いと慰めの言葉をかけてくる。レミィも輪の中に加わっていて、
「そうヨ、ヒロノ。セミチャンピオンでも十分に凄い事ネ!不幸そうナ顔をしているト本当ニ不幸になっちゃうヨ!!」
 と声をかけてきた。
(…負けた事で暗くなってたわけじゃないんだけどなぁ)
 ひろのは苦笑した。同時に、少し気分が明るくなる。
「ありがと。みんな」
 ひろのは笑いながら立ち上がった。そう、悩んでいても始まらない。どんな姿でも自分は自分だ。元に戻れないと決まったわけじゃないし、この素敵な友人たちがいてくれるなら怖い事なんてないはずだ。
「そうそう、ひろのちゃんは笑ってるのが一番だよ」
 あかりも笑いながらひろのの腕を取る。みんなで会場を出ると、セバスチャンが待っていた。
レミィも輪の中に加わっていて、「車は既に用意しております。皆さんも家まで送っていきましょう」
 あのリムジンに乗れることを知って歓声を上げる志保とレミィ。8人は祭りの過ぎた夜の公園を、一塊になって歩いて行った。

(つづく)

次回予告

 ひろのとレミィが手に入れた賞品の巨大ファミリー花火セット。これに皆も持ち寄った花火を使った一大花火大会が企画される。しかし、ひろのを巡る争奪戦は楽しいはずの花火大会を地獄絵図へと変貌させた。物語史上最大の火力戦を制するのは一体誰か?
 次回、第二十五話 思い出の夏休み編E「決戦花火遊戯」
 お楽しみに。
 良い子は真似しちゃダメですよ。

後書き代わりの座談会 その24

作者(以下作)「思い出の夏休み編も後一回か…学生時代は夏休みにちゃんと思い出があるから良いよな」
ひろの(以下ひ)「そう言う作者は去年の夏休みはどうだったの?」
作「そんなものはない」
ひ「大変なんだね…社会人って」
作「まぁ、そうだな。愚痴になるのはいやなのでもうこの先は言わないけど」
ひ「で、今回はミスコンのお話…ロッテンマイヤーさんの素顔は意外だったなぁ」
作「眼鏡外したらああ言う感じ、って言うのは割と初期から決まってたよ。やはり眼鏡っ娘のお約束だしな(笑)」
ひ「眼鏡っ娘って…(汗)」
作「まぁ、確かに娘とつく年齢ではないよな。何しろご…うっ!?(白目向いて卒倒)」
ひ「わっ!?さ、作者が…首筋になにやら刺したような跡が」
ロッテンマイヤー(以下ロ)「女性の年齢を話題にするとは失礼ざます。長瀬さんもそう言うときは怒っていいざますよ」
ひ「は、はぁ…それよりその手に握っているあからさまに吹き矢っぽいパイプは…?」
ロ「気にしてはいけないざます。そろそろ門限だから帰るざますよ」
ひ「はい、わかりました。…ごめん、作者。助けてるヒマはないよ…」
(ひろのとロッテンマイヤー、立ち去る。残されたのは痙攣する作者のみ…)

収録場所:市民祭実行委員会本部


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