※このお話の主人公、長瀬ひろのちゃんは魔法で女の子に変身させられてしまった浩之ちゃんです。
…と言う設定を何人の人が覚えているだろう(爆)。


前回までのあらすじ

 期末テストも無事に終了し、いよいよ待ちに待った夏休みがやってきた。ひろのは綾香と約束した通り水着を買いに行くことになっているが、果たして彼女が選ぶ水着とは…?

To Heart Outside Story

12人目の彼女

第二十話

思い出の夏休み編@「ひろのが水着に着替えたら」



 7月20日は海の日。東鳩市の高校の多くは翌21日を夏休み初日と定めている。実質的には休みが一日伸びているわけで、生徒たちにとっては文句のない処置だ。これで20日が初日だったら、なんとなく損したような気持ちになるに違いない。
 それはともかくとして、この日、ひろのと来栖川姉妹、セリオの4人は水着を購入するため東鳩駅前の商店街へ来ていた。当然の事ながら、ひろのは自分用のカジュアル水着を買うのは初めての経験である。
「さてと、まずはこの店から覗いてみましょうか」
 一行のナビゲート役、綾香が一軒の店の前で立ち止まる。ほかの3人が看板を見上げると、そこには有名なスポーツ用品のブランド名が書かれていた。
「綾香、ここは?」
 ひろのが尋ねると、綾香は店頭に並べられた無数のスポーツ用水着を指差した。いかにも機能的なデザインのものばかりだ。
「どっちかと言うと、ここは私の趣味の店なんだけどね」
 綾香の言葉にひろのは納得する。ファッション優先の派手な水着よりは、こういう物の方が綾香には似合っているだろう。自分としても、学校用と大差ないこう言った水着のほうが安心して着られる。
「それじゃ、さっそく選んでいきますか…とは言え、ひろのや姉さんにはあんまり似合わないかもねぇ…セリオはどうかな」
 綾香はそう言いながらも何着かの水着を選択していく。競泳用の少しレッグカットの角度が深いもの、ライフセーバー用のハイネックのセパレート。そうした中にやたらと派手なデザインの物があると思ったら、それはシンクロナイズド・スイミング用の水着だった。綾香はそれをしばらく眺めた後、さすがにどうかと思ったのか、棚に戻したので、ひろのたちはほっと胸をなでおろした。
「ざっとこんなところかな?」
 しばらくして、綾香は店の中のテーブルに選んだ水着を並べた。そこへ、店員が近寄ってくる。
「いらっしゃいませ。どのような水着をお探しでございますか?」
 尋ねてくる店員に綾香は肯いた。
「みんなに似合いそうなヤツを探してるんだけど」
 そう言って綾香は横に並んでいる3人に目をやる。店員は首をひねった。
「少し、当店の商品とはイメージが合わないかも知れませんね。特にそちらの背の高いお客様…あまり合うサイズの商品はないかもしれません」
 確かに、ひろの、芹香、セリオと言ったおとなしい系の娘にはスポーツ水着はイメージ的に合わないものばかりだった。着れば似合うかもしれないが、違和感は隠せないに違いない。
「…やっぱり?」
 綾香が言うと、すかさずひろのがツッコんだ。
「やっぱりと思うんだったらなんで連れてきたの?」
「いやぁ…あはは…取り合えず自分の分も見ておこうかと思って」
 綾香は頭を掻いた。
「試着はなさいますか?」
 と店員。綾香は肯いた。
「あ、ずるいな綾香。私たち連れて来たのは綾香なのに、先に自分の分買うんだ」
 ひろのが言った。もちろん、本気で不満があるわけではない。
「あはは…ごめんごめん。後でちゃんと普通のお店つれていくからさ〜」
 綾香は片手拝みで謝り、試着室に消えていった。そして、数分後。
「じゃ〜ん。どう?似合う?」
 綾香が最初に試着したのはオリンピックの金メダリストも愛用していると言う触れこみの、ハイネック・ハイレグの競泳用水着だった。全体は黒だが、身体の横に稲妻のような白のラインが入る、綾香に良く似合う攻撃的なデザインの水着である。  こういうワンピースタイプは身体のラインがきれいでないと似合わないのだが、その点エクストリームで鍛えられた綾香にはなんの問題もなかった。
「良くお似合いですよ、綾香様」
 セリオが感心したように言う。ひろのも芹香も肯いた。
「しかし、綾香ってあんまり筋肉付いているようには見えないねぇ。格闘技の女王なのに」
 ひろのは綾香のスタイルに感心した。二の腕など、自分と大して変わらない太さなのだが、あれで体重百キロオーバーの対戦選手を軽々とふっとばすのだから、どんな練習をしているのだろうと思う。
「ん?私は筋力トレーニングはほどほどにしかしてないわよ。大事なのは、自分の潜在能力を100パーセント引き出す事ね」
 綾香は答えた。彼女は卓越した体術と、瞬間的にパワーを爆発させて敵を倒すタイプの格闘家だ。発達しすぎた筋力は却って邪魔なのである。
 これとは逆に、常に凄まじいパワーで相手を粉砕するのがセバスチャンだが、彼の場合はスピードでも綾香と同等と言うところが最強たる所以であろう。
 閑話休題。
 とにかく、綾香はもちろん同年代の少女に比べれば発達した筋力の持ち主ではあったが、女性らしいプロポーションをちゃんと保っていた。この辺は好恵も同じ。葵に関しては…まだ将来に期待すべき段階だろう。
「それはともかく…もっと他にも着てみなくちゃねぇ。と言うわけで、次行くわよ!」
 綾香はそれから数着の水着を試着してみた。黄色のトップと黒のボトムのライフセービング用セパレート。最初のに似ているが、ハイネックではなく胸の部分まで深く切れこみの入っているタイプ…などなど。
「やっぱり、最初のが一番似合ってると思う」
 綾香の試着が終わって、ひろのはそう断言した。芹香もこくこくとうなずく。
「そぉ?じゃああれにするわ」
 綾香自身、最初のが一番気に入っていたらしい。こうして綾香はこの夏用の水着を手にいれた。無事に支払いが終わったところで、4人はヤクドナルドで昼食を取ることにした。

「さて…次はみんなの分ね。普通の水着を買うとなると、どこが良いかなぁ」
 綾香がスプライトをストローですすりながら言った。
「…綾香が良い店を知っているんじゃなかったの?」
 ひろのが不審な顔になる。てっきり綾香お勧めの水着の店がある物だとばかり思っていたが。
「いやぁ…いろいろあって迷う、と言うのが本当のトコ」
 綾香は答えた。何しろ、タイプは違えど超一級の美少女たちと離れ小島での一週間のリゾートだ。とりわけ好みなひろの、芹香、セリオにどんな水着を着てもらうかで楽しみも違ってくると言うものである。
(う〜ん…姉さんには白のビキニなんてミスマッチで良いかも…セリオは…意外に派手な原色系のヤツが良いかもね。問題はひろのだわ…やっぱりあの胸を引き立てるとなるとビキニ系かしら)
 頭の中でコーディネートするうちに、その想像だけで激しく萌える綾香。すっかり緩んだ表情になった彼女を、他の3人は不思議そうな目で見ていた。
 と、その時。
「だからさぁ、ヤクドなんて言い方はちょっと重ったるいじゃない。なんでそんな言い方すんの?」
「何言うてんねん。ヤックなんてかっこ付けた言い方のほうがよっぽどダサキチやないの。ヤクドの方が親しみやすいわ」
「あのね…二人とも穏便に…」
 けたたましい論争に、ひろのはその声の主たちのいる方向を振りかえった。果たして、そこには予想通りの顔ぶれがいた。
「あかり、志保にいいんちょ。みんなも買い物?」
 ひろのが声をかけると、そこで「ヤクドナルドをどう略すべきか」について議論を戦わせていた志保と智子、そしてそれをなだめるあかりがいた。ちなみに、この論争は志保と智子がもうずっと戦わせているもので、いまだに決着を見ていない。
 これからも見ることはないだろう。きっと。
「あ、ひろのちゃんだ。やっほぉ〜」
「あら、ひろのじゃない」
「あ、長瀬さん。それに来栖川さんたちも」
 3人が口々に挨拶をする。丁度隣の席が開いたので、にわかに超一級の美少女7人が店の一画を占める形となった。男たちの視線が熱く注がれる中、彼女たちのおしゃべりが始まった。

「あ、それじゃみんなも水着を買いに着たんだ」
 3人がここにいる事情を聞いてひろのはうなずいた。試験前、綾香の提案した小笠原でのリゾートにひろのはみんなを誘う事にしていた。しかし、理緒はバイトが抜けられないため断念。レミィは家族でアメリカの父の故郷へ戻ると言うことでこれまた断念。
 一応誘ってみたいぢわる三人組は、何やら事情は良くわからないが、修羅場らしいので断ってきた。好恵は一夏山ごもりを決行すると言うことで断られた。男子陣に関しては…おそらく厳彦氏とセバスチャンが大反対するだろうから聞くだけ無駄だろう。
 その代わりと言ってはなんだが、一年生三人組は全員参加だし、真帆も来るので総勢で11人が参加ということになる。
「なんや、長瀬さんたちもかいな。それやったら一緒に見にいかへん?」
 智子が提案する。
「うんうん。ひろのがどんな水着着るのか興味あるし」
 志保も同調する。ひろのは綾香たちのほうを向いた。
「別に良いよね?」
 ひろのが聞くと、芹香はこくこくと肯き、賛同の意思を表明した。セリオも特に不満はなさそうだ。と言うより、彼女の場合はあくまでも綾香の意思を尊重すると言うことだろう。その綾香も別に抵抗はしなかった。
「私も良いわよ」
 綾香は鷹揚に肯いた。しかし、心の中では少し不満を持っていた。
(せっかくこの3人の水着姿を独占できると思ったのになぁ…)
 綾香がそんなことを考えているとは露知らず、あかりたち3人は礼を言って、早速どの店に行くかに付いて検討をはじめた。
「はいはい。志保ちゃん情報によれば、今年の流行を一番揃えているのは、「キューブタウン」の中にある「ラグーナー」っていうお店ね」
 志保が自信満々に自分の入手した最新情報を披露する。「キューブタウン」は最近駅前にできた大きなファッションビルだ。
「…サテライトからの情報ダウンロード完了。インターネットでも長岡様の言われるショップが評判と言うことになっています」
 衛星経由で情報を収集していたセリオもそれを補強する。
「じゃあ、そこに行こうか?」
 ひろのが言うと、全員がいっせいに肯いた。ちょうど食事も終わったところだったので、7人は目的の店へ向かうことにした。

 志保の言った「ラグーナー」と言う店に着いて見て、その色彩の鮮やかさにひろのはびっくりした。
(うわ〜…女の子の水着ってこんなに派手だったっけ?)
 目の覚めるような原色の色使い。ハイビスカスなどの南国の花が意匠に使われたものなど、色も形も多彩だ。彼女が目がくらんでいる間に、他の娘たちは積極的に水着選びをはじめていた。
「これなんて似合うかな?」
「ちょっと派手なんと違うか?」
 志保や智子たちは臆することなく露出度の高いビキニタイプのコーナーに行き、どれがよさそうか意見を交わしあっている。この辺は、自分のスタイルに自信のある娘にしかできない芸当だろう。
 綾香は、と言うと先に芹香とセリオの水着選びに付きあわされていた。
 あかりはおとなしいワンピースタイプのコーナーを見ている。くまのキャラクターがプリントされた水着を熱心に見つめているので、ひろのはそばに近づくとあかりの肩を叩いて言った。
「あかり…それはちょっとやめたほうが良いと思う…」
「…えぇ〜。そうかなぁ…」
 あかりはかなり未練がありそうだったが、どうみても高校生が着るべきではないデザインだけに、ひろのはあかりがそれを買おうとするのを必死で止める。結局、淡いミントグリーンのワンピースを選ばせた。
 最初は不満顔だったあかりだが、試着してみて「似合うよ、あかり」とひろのに言われるとまんざらでもなくなったらしく、にっこりと笑った。
「うん、そうだね。気に入ったよ。せっかくひろのちゃんが選んでくれたものだもんね」
 あかりはその水着を買うことに決めたようだった。が、(まともな水着を選んでくれて良かった…)と安心したひろのに、あかりが爆弾を投げつけた。
「で、ひろのちゃんはまだ水着決めてないの?」
 この一言に、ひろのはいたく動揺した。
「え?ええ?あ、あぁ…まだ、決めてないけど…どうも目移りしちゃって」
 正確に言うと、目移りというよりは目に毒、と言う感じではあった。女の子の水着が派手というのは、ひろのも浩之時代にグラビアアイドルの写真などを見て知っていたが、いざ自分が着るとなると…それを想像するとめまいがしそうだった。
 もちろん、水泳の授業などでひろのも水着を着たことはある。いわゆるスクール水着であるが、本職の(?)女子たちからはデザインが野暮ったい、生地が重いなどと言われて悪評の高いこれも、ひろのにとってはその地味さ故に安心して着られるものだったのだ。
 胸がきついのはまぁしょうがなかったが。
 そうやって困っていると、綾香がさらに困るようなものを持ってやってきた。
「ひろの〜、まだ決まってないの?」
 目を輝かせて近づいてくる綾香に、ひろのは何か気圧されるものを感じて後ずさった。
「う、うん。まぁそうだけど…あ、綾香。その後ろに隠し持っているのはなに?」
 いやな気配を感じて尋ねるひろのに、綾香は良くぞ聞いてくれました!とばかりに「それ」を取り出して言った。
「じゃぁ〜ん!これならひろのの魅力も120パーセントアップよ!!」
 次の瞬間ひろのは茹でたように全身真っ赤になり、あかりも余りの事にぽかんと口を開けた。綾香が取りだしたブツ、それは目の覚めるような赤いマイクロビキニだった。
 胸を覆う三角形の布は一辺が5〜6センチほどの長さしかなく、ボトムもお尻が半分どころか3分の2は確実にはみ出るであろうというそれは、マイクロと言うよりはナノの領域に到達していそうな凶悪極まりないデザインだった。
 もしひろのがこれを着てプールサイドを歩いたら…男たちの鼻血で血の池地獄がこの世に現出するだろう。
「あ、綾香さん…それはいくらなんでも」
 あかりもそれを着たひろのを見てみたいとは思ったのだが、本人の意思を考慮して止めに入る。ひろの本人はと言うと、言葉にならずただいやいやと首を横に振っていた。
「…そう?似合うと思うのに。姉さんだってほら。あんな大胆なデザインにしたのよ」
 綾香が指す方向では、芹香が黒の布で縁取りされた白のビキニを持って立っていた。確かに、彼女のイメージからすればかなり思いきった選択と言える。
「しまった…かぶってもうた」
 智子が頭を抱えた。どうやら、彼女も白のビキニを選んだらしい。
「とはいえ…それはいくらなんでも大胆にもほどがあると思うけど…」
 志保が言った。ちなみに、彼女は水色と白の縦のストライプが入ったセパレートを選んでいた。
「綾香…いくら男の目がなくても絶対にいやだよ」
 ようやく意識のはっきりしたひろのがきっぱりと拒絶した。
「…ちぇ」
 綾香は舌打ちしながら別の水着を取ってきた。
「これなら文句ないでしょ」
 今度の水着はブルーのワンピースだった。見たところ大きな問題はなさそうだ。
「まぁ、それなら…」
 とひろのが言いかけたとき、何気なく智子がその水着の裏をめくってみる。すると、背中の部分は思いきり大胆にカットされており、特にお尻の部分は丸出しになるTバックタイプだった。
「…絶対に却下」
 ひろのは首を横に振る。そして、智子と志保に声をかけた。
「志保といいんちょ、二人だったら…どれを選ぶ?」
 コーディネート役からはずされた綾香が愕然とした表情を浮かべる中、指名された志保と智子が首をひねった。
「そうやねぇ…長瀬さんには…パレオ付きとかで露出度の低いのを選んだ方が良いかもしれへんね」
「かと言って、あまりおとなしいのも面白くないけど」
 二人は相談しながら売り場を見ていき、ひろのに質問を浴びせる。
「ビキニとワンピとどっちが良い?」
「…ワンピースの方が良いかな。着なれてるし」
「色や柄は?」
「それもあんまり派手じゃないほうが良いな」
 などと会話しながら選ばれた一着、それは右肩だけストラップのない淡いピンクのワンピースだった。かなりのハイレグだったが、パレオが付いているのでそれがあまり目立たない。可愛さとセクシーさがうまくマッチしたなかなかの逸品だった。
「わぁ…これ可愛いなぁ。きっと似合うよ」
 あかりが手放しで賞賛する。ひろのはその水着を手にとってじっくりと見つめた。確かに良い感じだ。これなら派手さもないし、着ていてもあまり恥ずかしくないかもしれない。
「試着してみたら?せっかく選んだんだから」
「せやな。着てみないと実際のところはわからんさかいに」
 志保と智子が言う。ひろのは肯いて試着室に入った。その頃、綾香は例の過激な水着をセリオに着せようとして、芹香に怒られていた。

 そして、数分後。
「ひろのちゃん、まだ?」
「ん、もう良いよ」
 かしゃりとカーテンが引かれ、着替え終わったひろのが現れた。その瞬間、見ていた6人の間にも衝撃が走りぬけた。無言でひろのを見つめる。
「えっと…どうかな。似合うかな?」
 なんのリアクションも起こさない6人に、ちょっと困った声で感想を求めるひろの。実際に着てみると、あの綾香のセクシー水着よりはマシと言うだけで、やはり恥ずかしい格好であることには変わりはないのだ。何か言ってもらえないと、羞恥心が増幅されて間が持たない。
「…」
「良くお似合いですよ、ひろのさん。と芹香さまは仰せです。私も素敵だと思います」
 まず、芹香、セリオが感想を言った。ひろのの顔が誉められた恥ずかしさで赤くなる。
「そ、そうかな?」
「あ、あぁ…ええんやないかな」
「あたしたちが見たてたんだもん。当然よ」
 今度は智子と志保。しかし、二人はかなり本気で驚いていた。
 何しろ、似合いすぎていた。まさに、ひろののためにデザインされた水着だと断言しても良いくらいに、である。はっきり言って、あのセクシー水着を着るよりも効果的にひろのの魅力を引き出していた。
 ひろのはスタイルが良いとはいえ、それが一番の魅力と言うわけではない。むしろ、普段は肌や身体のラインが露出するのを抑えた服装を心がけているくらいだ。それが、この水着を着ることで普段は隠されているその魅力が引き出され、圧倒的な破壊力となって発現していた。おまけに、この恥ずかしさにもじもじしている態度も、水着の可愛さの部分とあいまってその威力は倍増していた。同性で、なおかつノーマルである芹香、智子、志保やロボットのセリオでさえ萌えかかったのも無理はなかった。
 とすれば、この二人が極めて効果的に…それこそナパーム弾でも撃ち込まれたように激しく萌えあがることを止めるのは無理と言うものだった。
「す、素敵よ…ひろの…」
「ひろのちゃん、萌え萌えだよ…」
 綾香とあかりのただでさえ強固とは言えない自制心は、ひろのの水着姿一発であっさり崩壊…いや、萌壊していた。
「こうなったら家に持って帰るしか!」
 理性を失った綾香が試着室のひろのを毒牙にかけんとダッシュする。が、一瞬早くあかりが前に回りこんでいた。
「ひろのちゃんは渡さないんだもんっ!!」
 あかりが抜き放ったおたまがその神速で知られる林崎夢想流抜刀術も真っ青の速度で振るわれる。その一撃は確かに綾香を捕らえたかに見えたが、しかし、衝撃波が切り飛ばしていたのは綾香の髪の毛数本であり、本体はその一撃を見切っていた。綾香は体制を立て直すと構えを取る。
「やるわね…」
「そっちこそ…」
 闘気と萌気を振りまいて対峙する二人の少女デュエリスト。唐突に水着売り場は戦場と化した。
「ちょ、ちょっと二人ともっ!!」
 ひろのは慌てて止めに入ろうとしたのだが、志保と智子に止められた。
「だめよひろの!危ないわよ!!」
「あかんて長瀬さん。あの二人のねらいは長瀬さんや。迂闊に出ていったらただでは済まんで」
「え…でも」
 ひろのは困った。このまま二人を放っておけば、確実に店がむちゃくちゃになる。かと言って、確かに自分が出ていってもあの闘気の渦をすり抜けるのは不可能に近い。その時、彼女と芹香の視線が合った。頼みの綱は芹香しかいないとひろのは悟った。
「芹香先輩!なんとかあの二人を止める方法はないですか!?」
 すると、芹香はこくこくとうなずき、鞄の中から何かを取りだした。
「…」
「え?これで綾香ちゃんを止めて見せます?…って、先輩、それって…」
 芹香が取りだしたものを見て、ひろのだけでなく志保や智子の額にも大粒の冷や汗が流れた。しかし、確かに他に手はない。
 その時、綾香とあかりは対峙を解いて突進していた。
「いくわよ、神岸さん!!」
「こっちこそ!」
 今まさに両者が激突しようとしたその瞬間、芹香が呪文を唱えながら手の中で何かをひねった。と同時に、綾香の動きが静止する。
「こ、これは…!?姉さん、それってズル…」
 事態を悟った綾香が全てを言い終えるよりも早く、あかりのおたまが綾香を捕らえる。
「スキありぃーっ!!」
 すぱこーん!!
 軽やかな打撃音が響き渡り、あかりが綾香の背後に静止する。
「徹った…」
 あかりが言い終えると同時に、綾香はその場に崩れ落ちた。あかりのおたまは確実に綾香の急所を捕らえていたのだった。
「…ふ、不覚…」
 綾香は心底無念そうに呟き、そして、気絶した。
「…すごい。本当に効くのね」
 志保はその一部始終を見届けて感心したように言い、芹香の手の中にある物体…綾香をかたどった人形を見た。
 これこそ、黒魔術の奥義の一つ、呪いの操り人形。呪いをかける相手をかたどった人形に、その人の一部…たとえば髪の毛などを入れて、相手の形代と為し、これを通じて相手を意のままに操ると言う秘儀中の秘儀であった。
「なんでそないなモンを持ってるんですか…」
 智子が聞いた。いくら問題児でも、相手は仮にも実の妹である。
「…」
 芹香が事情を話すと、セリオがそれを通訳した。
「あまりにおいたが過ぎる時に使います、と芹香お嬢様は仰せです」
「…綾香って…」
 ひろの、志保、智子の3人は沈黙した。実際の話、腕ずくに訴えれば向かうところ敵無しの綾香が芹香にだけは逆らえない理由は、姉への愛情のほかに、これを使われたら勝てないと言う事情も存在していたのだが、それはさすがに余人の知るところではない。
 しかし、危険人物の一人である綾香が倒れても、まだあかりが残っていた。おたまをしまいこんだあかりは満面の笑みを浮かべてひろのに近づいてくる。
「ひろのちゃん…素敵だよ…」
 ひろのと、彼女の左右に分かれた志保、智子は思わず後ずさった。以前、修学旅行でくまを追いかけていた時のあかりと同じ状態だ。とすれば、彼女がこの後どんな行動を取ってくるかは用意に予想が付く。綾香のように18禁な展開に持ちこんでくる危険はないが、ひろのに抱きついて徹底的にその感触を楽しもうとしてくるだろう。そうなってしまえばあかりを引き剥がすのは極めて困難だ。
「あ、あかんで…神岸さん完全にイってもうてる…」
 さすがの智子もおびえたような声で言った。
「来栖川先輩…も、さすがにあかりの人形は持ってないですよね」
 志保が確認すると、芹香はこくこくと肯いた。攻撃魔法でどうにかすると言う手もあるが、それをやってしまうと、あかりの阻止と引き換えにこのビルが崩壊するだろう。そんな犠牲は払えない。
「セリオ、何か良い手はないの?」
 ひろのが尋ねると、セリオはぶんぶんと首を振った。
「いえ…その…格闘技のデータを使えば戦えないことはないとは思いますが…私の勝利確率は30パーセント以下かと思います…」
 セリオの申し訳なさそうな声。彼女は武器こそ内蔵されていないが、素手での近接格闘戦ではマルチを凌駕する戦闘能力を発揮できる。しかし、綾香と互角に渡り合えるトランス状態のあかりを止めるのはさすがに無理だ。
「こうなったら仕方ないわね…あかりを止める方法がたった一つだけあるかもしれないわ」
 そう言ったのは志保だった。全員の視線が彼女に集中する。
「そ、そんな事できるんか?」
 智子の疑いの声に、志保は肯いてみせる。
「確信はできないけど…たぶんね。これにはひろのの協力が必要だけど」
「え?」
 自分の名前が出たことで、思わず変な声を挙げたひろのに、志保が耳打ちする。
「これはね、あかりの幼な馴染みにしか使えなかった呪文なの。あたしや雅史でも無理だと思うけど、ひょっとしたらひろのになら…」
「…ええっ!?じょ、冗談でしょ?」
 その「呪文」を聞いたひろのは叫んだ。なにしろ、それは浩之時代にあかりをからかうのに使っていた台詞で、あかりも冗談で付きあっているものだと思っていたからだ。
「他に可能性はないわ!やって、ひろの!」
 志保が叫ぶ。同時に、あかりが突撃してきた。
「ひろのちゃん、可愛い〜!!」
 もはや一刻の猶予もない。ひろのは意を決して叫んだ。
「あかりっ!お座りっ!!」
 その瞬間、あかりがぺたんと床に座り込んだ。同時に、トランス状態も解除されたらしく、正気を取り戻したあかりが「あれ?」と辺りを見まわす。
「…うそ」
 ひろのは思わず呟いた。「あかり、お座り」は、まだ浩之だった頃、いつも自分の後を付いてくるあかりを「犬チック」とからかって良く彼女に向かって言っていた言葉だった。その時は本当に冗談のつもりだったのだが、それも何回も何回もやっていれば、いつしか条件反射となって、あかりの身体にしみついた習性になってしまっていたらしい。
 そういえば、条件反射の実験に使われた事からその代名詞ともなっている動物は「パブロフの犬」だったなぁ…と言うことを思いだし、ひろのはこの現実に切なさを覚えて一人涙した。考えてみれば男の頃の自分はとんだ悪人だったものだ。
「すごいやないか、長岡さん。ようこんな手を思いだしたなぁ」
 まだ事態が飲み込めず、きょろきょろしているあかりを見ながら、智子が関心半分、呆れ半分に言うと、志保もため息を付いてそれに答えた。
「…あはは…あたしもまさか効くとは思わなかったのよ〜」
「「をい」」
 思わずツッコミを入れるひろのと智子。しかし、そのままだといつあかりがまたトランス状態に入るともわからないので、気づかれないうちに、ひろのはさっさと普通の服に着替えることにした。

 大騒ぎのうちに、買いものは終わり、7人は商店街を後にした。結局ひろのはあの水着を選び、セリオは淡いパープルのワンピースを買った。綾香は相変わらず気絶したままで、今はセリオに背負われている。
「なんだか大変な買い物だったわね」
 志保の言葉にひろのは肯いたが、彼女的にはまぁ平穏な方だったかなと思っていた。何しろ、気絶した綾香以外に被害者は出なかったのだ。TFPの事を考えれば、今ごろビルの一つや二つ炎上していてもおかしくない…かもしれない。
「でも、問題はこれからやね。その島に行ったら一日の半分は水着で過ごすんやで。綾香さんの暴走対策をいまから考えておかんと」
「うぐぅ…それを言わないでよ」
 智子の言葉にひろのは頭を抱えた。あかりは先ほど、芹香が耳打ちした言葉にすっかり青ざめてしまい、「ああああごめんなさい、来栖川先輩。ひろのちゃんに抱きつくのやめますから除名だけは…」と口走っていた。何があったのかはわからないが、当面あかりは心配ないだろう。しかし、綾香は明らかに自分の貞操を狙うような言動を繰り返している。力ずくでということになれば絶対にかなわない相手だけに、なんとか綾香を抑える切り札を用意する必要がある。
(やっぱり…頼れるのは)
 あの人しかいない、とひろのは思った。問題は、その人物も同行させて綾香と対決になった場合、島が焦土になりかねない、と言う事ではあるが…背に腹は代えられない。
(頼りにして良いよね、おじいちゃん)
 こうして、一行にはセバスチャンも同行する事になる。はたして、この旅行はひろのにとって楽しい思い出になるのか、それとも大変な苦労の思い出になるのか。
 それは神のみぞ知る。

(つづく)

次回予告

 来栖川家のプライヴェート・アイランドにやってきたひろのたち一行。しかし、アクシデントで早くも乗ってきた船は沈没(爆)。次の船は一週間先までやって来ない。孤立した島に、解き放たれた人外の者達のウォー・クライがこだまする。はたしてひろのはこのピンチから脱出できるのか!?
 次回、第二十一話
 思い出の夏休みA「11少女&セバスチャン漂流記」。
 お楽しみに。
 とりあえず水着少女の百花繚乱に乞うご期待!(殴)


あとがき代わりの座談会・その20

作者(以下作)「記念すべき20回目ですが…ようやく【検閲削除】さんが設定してくれたひろのの水着姿初公開!」
ひろの「以下ひ)「恥ずかしいからやめてよ」
作「良いじゃないか。可愛いんだから」
ひ「…恥ずかしいんだってば(赤面)」
作「お前…そういう態度が一番萌えるって事に気づいてないだろ…」
ひ「う…そうなの?」
作「恥じらう女の子ほど萌えるものはない。これは歴史的真実だ。お前も昔はそうだったんじゃないのか?」
ひ「男だった頃ね…言われてみればそうかも」
作「だろ?まぁ、今度行く島にはセバスチャン以外の男はおらんが」
ひ「しかし、世間では秋の風が吹く季節だと言うのにこの話の中ではこれから夏の盛りなのかぁ」
作「良くある事だろ。かの名作とうたわれる『瑠○色の○』だって…」
ひ「固有名詞を出すんじゃないのっ!まぁ、3〜5月の間だけで10話以上やってるんだから、駆け足で夏の話をやるのも仕方ないよね…」
作「この夏休み編だけでも決まっているだけで7〜8話あるからな…冬休みの話を書く頃には来年の夏休みかも知れんな(笑)」
ひ「それまで続くの?」
作「いちおう、完結までのあらすじはざっと作ってある」
ひ「…マジで?その頃になったら私は元に戻れるの?」
作「それを言ったら話にならんだろうが。まぁ、みんなに納得してもらえるような話にはしよう」
ひ「…気になるなぁ」
作「では、次回をお楽しみに」

収録場所:キューブタウン屋上喫茶コーナー

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