※このお話の主人公、長瀬ひろのちゃんは魔法で女の子になってしまった浩之ちゃんです。
という事は気にせず彼女に萌えましょう(爆死)。


前回までのあらすじ

 修学旅行から戻り、平和な(?)日常生活の中に帰ってきたひろの。そんな彼女にとって「初めての」夏休みが近づいてくる。しかし、その前に巨大な壁が立ちはだかろうとしていた。

To Heart Outside Story

12人目の彼女

第十九話

「学生の本分」



 それは7月もはじめの頃の話だった。
「ねぇねぇひろの、夏休みの予定は決まった?」
 登校してきたひろのにそんな言葉を掛けてきたのは志保だった。
「夏休み?」
 ひろのがそう言えばそんな時期だっけ、と言う風に答えると、志保はわざとらしいくらいに大きな溜息をついてみせた。
「やだ、ひろのったら呑気ねぇ…今から計画立てておかなきゃどこにも行けなくなっちゃうわよ」
 ひろのはそう言えばそんな時期だなぁ…と思った。この所疾風怒涛の日々が続いていたのですっかり忘れていたが。
「呑気なのは長岡さんのほうやろ。その前にテストが来る事忘れとんのかいな」
 そこにツッコミを入れてきたのは智子だった。
「あちゃぁ…それは忘れていたかったわね」
 志保が天を仰ぐ。そう、夏休み前と言えば期末テストの季節である。
「まぁ…智子はもう対策進んでるんでしょ?」
 志保が聞くと、智子は首を縦に振った。
「もちろん。備えあれば憂い無しや」
 万事に控えめな智子にしては珍しく胸を張ってみせる。密かに自慢の種にしている眼鏡を取った素顔とスタイルを除くと、やはり彼女のウリは頭の良さだろう。前回の中間試験では当然の如く学年1位を取っている。
 なお、その試験で2−A生徒の中で名の知れた人物12名の成績を列挙してみると、4人づつで奇麗にグループを構成したりする。なお、2年生は4クラスで161人。科目は国数理社英の5教科500点満点となる。

保科智子、498点。学年1位。まあ当然と言えば当然か。
雛山理緒、494点。学年2位。奨学生なのだからこれくらいはアリだろう。
垣本健一郎、493点。学年3位。男子1位だが、いつも上に上記の2人がいる。無情である。
吉井夏樹、489点。学年5位。さすがはいぢわる三人組の良心。

 この辺までは結構な上位成績者が揃っている。続いて平均近くの4人。

神岸あかり、356点。学年56位。まめな努力で平均点をキープ。
佐藤雅史、351点。学年58位。まぁ、それなりに納得行く数字か。
宮内レミィ、343点。学年61位。理数はトップクラスだが文系が駄目なので結果として。
松本ちとせ、339点。学年65位。まぁ、そんなものだろう。

 ここからはかなり順位が下がる。

長瀬ひろの、274点。学年98位。いくら低血圧でも授業中寝てばかりいればこんなものだ。
岡田美奈子、269点。学年100位。やおいばっか描いてないで勉強しなさい。
長岡志保、238点。学年124位。妥当と言えば妥当。良いのは英語だけ。
矢島昌彦、185点。学年161位。まぁ、矢島だし…

 参考資料として…

坂下好恵(2−D)、491点。学年4位。文武両道を目指しているようである。

「長岡さんはもちろん、長瀬さんも危ないで。100位以下の成績は補習やで。せっかくの夏休みが1週間も潰れたら辛いやろ」
「「うぐぅ…確かに」」
 ひろのと志保はうめき声を漏らした。志保は全般的に勉強ができないが、ひろのは、浩之時代は平均点だったが、女の子になってから勉強が手につかない事が多かったので、成績がかなり下がってしまった。国語社会はともかく英数が割と壊滅的な成績で、二教科とも前回100位以下だったので、このままだと補習である。
「あたしもヤバイわね…思いっきりボーダーライン上だったしぃ…」
 と言うのは美奈子だった。すかさず夏樹に視線を走らせる。
「夏樹ぃ〜、あたしたちマブダチだよね!だから…」
「そんな死語を持ち出さなくても教えてあげるわよ」
 夏樹が苦笑しながら美奈子に言う。その会話を聞いていたひろのと志保の視線が素早く智子にロック・オンした。
「「いいんちょ〜…」」
「あーもう皆まで言うなや」
 美奈子の真似をしようとしたひろのと志保のセリフを遮り、智子が苦笑する。
「ここは一つ勉強会と行こうやないか」
 ひろのと知り合って以来、すっかり角が取れて人付き合いが良くなった智子。ピンチを迎えている2人の友人を助ける事を快く承知した。すると…
「ひろのちゃんと勉強会?私も参加するよ」
 まずはあかりが名乗りをあげた。続いてレミィも挙手。
「アタシも参加するネ。OK?」
 レミィの苦手は文系。日本文化の勉強に励んでいるせいか古文は良いのだが、現国は壊滅的。英語もネイティブと違う日本の教育英語なので、良く分からないらしい。
「あ、それじゃ私も行くね。この間のお礼に長瀬さんの勉強を手伝ってあげる」
 理緒も参加を表明した。
「なんや、結局何時ものメンバーやないの」
 智子は思わず苦笑した。6人やとヤクドあたりで席一つ占領して場所を確保するんがええかな、と思ったその時、意外な人々が声を上げた。
「済まないが、俺達も参加して良いかな?」
 声の主は垣本だった。背後に雅史と矢島の姿もある。女の子達の視線が一瞬冷たいものにになった。
「…なんで垣本君達が?」
 あかりが尋ねると、垣本は肩を竦めてみせた。
「佐藤は放っておいても大丈夫なんだけど、矢島の面倒は俺1人じゃ見切れないよ」
「か、垣本…それは酷いよ」
 垣本の矢島評に思わず声を上げる雅史。しかし、その顔には苦笑が浮かんでいる。
「まぁ…学年で1人だけ200点切ってるとかもっぱらの噂だしねぇ」
 志保も頷いた。ちなみに、彼女の調査によると160位の生徒の点数は203点であるとの情報が入っている。その恥ずかしい情報をばらされた矢島は隅の方でしくしくと泣いていた。
「まぁ…良いんじゃないかなぁ。札幌で助けてもらったお礼もあるし」
 そう言ったのは理緒だった。しかし、智子がすかさず反論を唱える。
「そんなん覗き騒動とチャラや。なぁ、長瀬さん」
 いきなり話を振られたひろのは困ったような表情を浮かべた。
「え?ええっと…ま、まぁ確かに覗かれたのは嫌な気分だけど…札幌の時に付いてきてくれたのが頼もしかったのは確かかな」
 もともとひろのは岡田達いぢわる3人組の時もそうだったが、何時までも恨みを引きずる性格ではない。変な事さえしなければ雅史や矢島が一緒でも構わないと思っていた。と、その時。
「ちょっと待って。それだったらあたしたちも参加するわよ!!」
 なんと、美奈子までが手を挙げた。
「え?岡田さんも?」
 ひろのはびっくりしたように尋ねた。が、考えてみれば雅史と矢島が来るならこの3人が黙っているはずが無かった。
「ちょい待ちや。そしたら参加人数12人になってしまうやないか。そんなんいくらなんでも多すぎやで。どこで勉強するんや」
 智子が声を上げた。男子3人だけでも目障りなのに、このうえいぢわる3人組まで来るなんて冗談じゃないとその眼が語っていた。
「場所は…心当たりが無いでもないけど」
 ひろのの言葉に、全員の眼が集中する。
「私の家だったら、やたらと広いのに3人しか住んでないから…場所は余ってるよ」
 ひろのが住む来栖川邸の離れ、通称長瀬家はひろの、セバスチャン、真帆の3人だけが住んでいる(まれにマルチが泊りに来る場合がある)。部屋数は7LDKで、滅多に使われないダイニングキッチンなら20人くらいが入っても余裕のある造りだ。机や椅子は来栖川家の備品を借りれば都合が付くだろう。
「わぁ、さすがは長瀬さん!話は決まりだね!」
 雅史が嬉しそうに言った。嬉しいのは勉強会に参加できる事より「ひろのの家に行ける」事がその大半を占めている事は間違いないだろう。
「え〜?」
 まだ不満そうな智子に、ひろのはそっと耳打ちした。
「大丈夫だよ、いいんちょ。私の家だったらおじいちゃんもいるから無茶はできないよ」
 その一言に智子は納得した。飛んでいる飛行機に入ってきて、銃を持ったハイジャッカーを素手で殲滅したあの鋼鉄の老人がいれば、オマケ6人などものの数ではあるまい。何かやったら叩き出せば済む事だ。
 こうして、実に12人に及ぶ参加人数を数える「長瀬邸放課後勉強会」の開催が決定した。ところが、この人数は更に膨れ上がる事になる。

 ぷしゅー、という空気の抜けるような音と共に、来栖川交通のバスは終点に到着。扉を開いた。この日、実質的にひろの専用と言っても良い来栖川正門前バス停は、開設以来の時ならぬ喧燥に満たされた。ぞろぞろとバスから降り立ったのは総勢16名。2−Aの12名に加え、1年生人外3人衆こと葵、琴音、マルチの3人に、噂を聞き付けた好恵までも参加していた。考えてみると2年生の成績ベスト5が参加していると言う、無駄に豪華な布陣である。
「ここがひろの先輩のお家ですか…広いですね」
 琴音が言った。彼女と葵、マルチは1年生同士で勉強会をする予定だったのだが、たまたまバス停で2−A一行と出会ったために付いてきたのである。
「それは違う違う。私の家じゃなくて、来栖川家のお屋敷だから」
 ひろのはすかさずツッコんだ。その横で、好恵がきょろきょろと辺りを見渡している。
「罠の気配がしないわね…意外に普通だわ。あの綾香の家だからもっと凄いのを想像してたのに」
「好恵さん…そんなんだったら私が入れないよ」
 今度は好恵にツッコむひろの。一体人の家をなんだと思っているのか…格闘家の感覚は一般人には理解不能だった。
「で、私の家はこっちだから」
 ひろのは先頭に立って一同を案内し始めた。彼女以外にはマルチしか来栖川邸の地理を知っている人はいないので仕方が無い。広い邸内を歩く事10分、遠くに壮麗にして豪華な本邸を望みながら、ひろのたちは長瀬邸に到着した。
「…確かに大きいわね〜」
 志保が感に絶えない、という口調で言った。長瀬邸は離れとは言え、それでも十分すぎるほど大きな邸宅だ。東京都内にあればそれだけで数億は取れる。なにしろ、ひろのの部屋でさえ16畳もあり、8畳のウォークイン・クローゼット(ちなみにこれは部屋数には数えない)が附属してくるのだから強烈だ。
「まぁ、上がってよ」
 ひろのは玄関の扉を開けた。ぱたぱたと音がして、真帆が走ってくる。
「お帰りなさい、ひろのさん。…あら、どうしたの?今日は。随分たくさんお客さんを連れてきたのね」
 ぞろぞろと入ってくる一同に驚く真帆に、ひろのは事情を説明した。
「あ、そうだったんだ。じゃあ、お茶を用意するね」
 そう言うと真帆はぱたぱたとキッチンの方に向かって行った。勉強場所はダイニングキッチンなのでちょうど良い。一行はやはりぞろぞろと移動を開始した。
「ここを使うよ」
 ひろのはダイニングキッチンを開けた。南に向かって広がるそこは、何かあった時に本邸以外でも会食を開けるようにやたらと広く作られている。キッチンもいざとなったらシェフを数人呼んで料理を作れるほどの設備が揃っている。まぁ、今は給湯以外の役目はほとんど果たしていないのだが…
「うわ…離れでこれなん?お金持ちのやる事はよう分からんわ…」
 智子が半ば呆れたように言った。ひろのも初めて見た時は同じ感想を抱いたので、智子の気持ちは良く分かる。
「さっき学校から電話したから、おじいちゃんがテーブルとか持って来てくれるはずなんだけど…あ、来た」
 ひろのは窓の外を見て言った。そっちを向いた一同が一瞬絶句する。10メートル×2メートルは有りそうな巨大な黒檀製のテーブルを肩に担いだセバスチャンが、窓の外に立っていた。後ろには椅子を一脚ずつ持ったメイドさん達が控えている。
「おう、待たせたの、ひろの。本邸の予備食堂のテーブルじゃが、こんなもんで良いかの?」
 真帆が窓を開けると、セバスチャンがそう聞いてきた。
「うん、良いんじゃないかな。じゃあ真ん中へんに…」
 呆気に取られる一同の横で、ひろのが何事も無かったかのように応じる。セバスチャンは0.5トンは有りそうなそのテーブルをダイニングキッチンの真ん中に設置し、メイドさん達が手早く椅子を並べていく。最後にホワイトボードが運び込まれ、たちまち勉強会場のセッティングは終了した。
「じゃあ、始めよっ…って、どうしたの?みんな。お茶も冷めちゃうよ?」
 ひろのが席に付き、真帆が入れたお茶の香りがあたりに漂っても、まだみんなは唖然としていた。人外ワールドに慣れるのは大変なのだ。

 気を取り直した全員が着席したところで、まず智子が立ち上がった。
「さて、ちょっと人数が多いという事で…誰かが得意教科一個づつ受け持って講義形式で話を進めようかと思ってます」
 智子はクラス委員長としてホームルームをリードする時の口調で言う。
「という事は、現国、古文漢文、数学、基礎解析、社会が世界史日本史、理科が物理と化学に生物、英語二教科…」
 あかりが指を折って数える。
「主要五教科以外もあるね。芸術系とか保体とか」
 ひろのが補足した時、矢島が立ち上がった。
「よし、じゃあ俺は保健体育の講師役に立候補…」
 どかばきぐしゃぼこがすっ!
 女の子全員(ちとせ除く)の集中攻撃をくらい、矢島は轟沈した。
「主要教科以外はやめよう。時間も無いし」
 垣本の提案に全員が同意し、自薦他薦によって講師役が決まっていった。その間、ずたぼろの矢島はぐったりとテーブルにもたれかかっていたが、雅史でさえそれをどうにかしようとはしなかった。
 結局、講師役は次のように決定した。
 数学二教科…智子。
 現国、日本史、化学…理緒。
 古文漢文、英語(読解)…垣本。
 物理、生物…好恵。
 世界史、英語(文法)…夏樹。
 成績上位5人がそのまま講師役、という訳で人選としては妥当であろう。さっそく、合同勉強会が始まった。最初の教科は智子担当の基礎解析。大まかな流れを智子が教えつつ、細かいところは分かる人間が近くの席に教えていく、という感じである。
 2時間ほど進めたところで一旦休憩となり、ひろのは隣の小さなテーブルに集まっている1年生トリオの様子を見にいった。
「はかどってる?」
 ひろのが声を掛けると、葵が顔を上げて微笑んだ。
「はい、琴音ちゃんの教え方がすごくわかりやすいです!」
 どうやら、全教科琴音が教える方を担当しているらしい。聞く所によると、琴音は1年生の学年1位と言う事だった。
「へぇ…凄いね。葵ちゃんは?」
 ひろのに聞かれた葵は頭を掻いた。
「えへへっ。ちょっと恥ずかしいので聞かないで下さい」
 少なくとも平均よりは少し下であるらしい、という反応だったが、ひろのはそれ以上詮索せずにマルチの方を向いた。
「マルチは…」
 すると、マルチは待ってました、と言わんばかりに胸を張った。
「任せてくださいですぅ。成績表は全部マルですぅ」
 そう言うと、マルチはビシッと成績表を取り出してひろのに見せた。
「お〜、確かにマルだらけ…って、なんでやねん」
 ひろのはツッコんだ。点数が書いてなければおかしいではないか。つまり、この場合マルとは…
 その時、琴音と葵が目配せしているのにひろのは気が付いた。どうやら、気づいてないフリをしろと言っているらしい。ひろのは頷き、マルチの頭を撫でた。
「うん…頑張ったね。次はもっと頑張れると良いね」
 頭を撫でられ、至福の表情で「はぅ〜〜」と声を漏らすマルチ。それを見ていると、確かにひろのにも残酷な事実は告げられなかった。
 マルではなく、ゼロなんだよ、と言う事実は…
「学習型って…なんだろうね」
 戻って来たひろのの独り言を理解できた人間は誰もいなかった。

 さて、休憩も終わった後、勉強会再開と言う時に、チャイムが鳴った。来客があったらしい。
「はいはい、今出ますよ〜」
 廊下の方から真帆の声が聞こえ、玄関に向かってぱたぱたと音を立てて走っていく音が聞こえる。ちなみに、廊下で音を立てるのも、走るのも、本邸でやれば即座にロッテンマイヤーさんがすっ飛んできてお説教を食らわす行為。
 真帆が顔も良く、仕事全般もできるのに点数が低い理由が良く分かる。
「…はて?うちにお客さんなんか来るかなぁ」
 ひろのは首を傾げた。こうやって人を呼べば別だが、普通客と言えば本邸に行く人たちばかりである。そう考えていると、真帆が意外な人々を連れてやってきた。
「ひろのさん、お嬢様方がお出でになりました」
 扉を開けて入ってきた真帆の後ろから、芹香と綾香が入ってきた。
「…(こんにちわ、ひろのさん)」
「はぁ〜い、お久しぶり〜」
「あれ?芹香先輩に綾香…どうしてここに?」
 2人とも、夕食の時など、こっちから本邸へ行く時に出会う事はあっても、向こうから出向いてきた事はない。ひろのが目を丸くしていると、すたすたと歩み寄ってきた綾香がひろのの肩をポンと叩いた。
「やぁねぇ。勉強会の噂は聞いたわよ。誘ってくれないなんてつれないじゃない」
 今度は芹香もやってきて何事かを口にする。
「……」
「誘ってくれない…って言われても綾香は学校違うし…先輩も…一緒に勉強したいですって…その、ごめん。忘れてたわけじゃないんだけど」
 学年の違う琴音達がいるのだから、この2人が参加する事を拒む理由はない。それにしても、オールスター総参加みたいな状態になってきたものである。
「まぁ、学校の違う勉強会に参加する以上ちゃんとそれなりの見返りは用意してあるわよ。セリオ、おいで」
 綾香がパンパンと手を叩くと、入り口のドアが開いて、1人の少女が姿を見せた。長いオレンジ色の髪をした、一見クールそうな印象を与える娘だ。その姿を見た途端、マルチが喜びの声を上げた。
「あ〜、セリオさん!」
 すると、そのセリオと呼ばれた少女ははにかんだように微笑み、挨拶をした。
「お久しぶりです、マルチさん」
 その耳の部分に翼のようなアンテナが付いている事に気が付き、志保が綾香の方を見て訊ねる。
「その…あの娘もメイドロボ?」
 その問いに綾香は胸を張って答えた。
「えぇ。マルチの次に開発されたHMX-13<セリオ>。その初号機であたしの専用機よん」
 その声に、来栖川姉妹とマルチの3人を除く全員が不安そうな表情になってセリオを見た。みんな、普段のマルチの壮絶な破壊力を見聞している。このセリオと言う娘は大丈夫なのだろうか…
 次の瞬間、真っ赤になったセリオがドアの影に隠れて言った。
「あの…あまり見ないで下さい。恥ずかしいです」
 がくーん。
 そんな擬音が聞こえたような気がするほど、奇麗に来栖川姉妹とマルチの3人を除く全員がずっこけた。余りにも予想外の反応だった。
「あはは…心配しなくて良いわよ、セリオ。誰も取って食いやしないから」
 綾香はそう言ってセリオに手招きをした後、みんなに向き直る。
「学習機能と豊かな感情がウリのマルチと違って、セリオは専用通信衛星からいろんな機能をダウンロードして、状況にフレキシブルに対応するサテライト・サービス能力がポイントよ。価格が高くなり過ぎるから感情機能は量販機には付いてないけど…この娘は特別に感情を付けてもらったってわけ」
 綾香は説明した。起き上がったひろのが尋ねる。
「で、でも人見知りするメイドロボなんてちょっとビックリしたよ…それも綾香の趣味?」
「うん。大人しめの性格でお願い、とは言ったけど、ちょっと内気になり過ぎたと言うか…まぁ、これはこれで萌え萌えだから良いんだけど」
「あの…おやめください。綾香様…」
 セリオの肩を抱いて、ほっぺたをぷにぷにとつつきながら答える綾香。セリオはまた赤くなっている。ちなみに、綾香的には手篭技の影響が残っていた時の「超女の子チックひろの」の性格をモデルにしたつもりだったのだが、やはり再現は難しかった。
「それはともかく、サテライトを使えばセリオに講師役になってもらって、勉強会を進められるわよ」
 綾香の提案に、全員がおぉ、と感心したような声を上げた。しかし、理緒が疑問を覚えて手を挙げる。
「でも、セリオちゃんは1人しかいないけど、学年は3つですよ?どうするんですか?」
 もっともな疑問だったが、しかし綾香に抜かりはなかった。ノートパソコンを3つ出して、スイッチを入れると、セリオに呼びかけた。
「セリオ、準備は良い?」
「はい、綾香様」
 セリオが答えると、ノートパソコンのディスプレイにセリオが映し出された。
『それぞれ一台の端末で一学年を担当させていただきます…よろしくお願いします』
 各ノートPCの中のセリオが喋った。言葉にならない賛嘆の声が漏れる。
(すごい…なんて便利なんだろう)
(ロボットって言うのはこうでなきゃ)
(マルチちゃんも可愛い事は可愛いんだけど…)
 初めてちゃんとしたロボットを見た東鳩高校の生徒達はいたく感心した。メカニズム的にはマルチの方が上なのだが、方向性が間違っているので仕方が無かった。

 さて、セリオを講師役として勉強会は再開された。ちなみに3年生は芹香しかいないので、テーブルは1年生と同じところだ。
 某大手進学塾の名物講師の講義テクニックをダウンロードして利用しているセリオの教え方はさすがに上手く、智子や理緒たち、生徒のトップクラスがついやってしまう「分かっている人にしか分からない教え方」が無かった。
「お嬢様、ひろのちゃん、そろそろ夕食のお時間ですが」
 真帆が呼びに来た時、ふと気が付くと時間は夜の7時近く。全員がかなり集中していた事が分かる。
「あ、もうこんな時間?さすがにそろそろ帰らないとダメだね」
 あかりが言った。
「そうね。じゃあ、真帆さん、バス会社に電話して一台回してもらって」
 綾香が言った。基本的に来栖川邸正門前停留所はひろのが乗っている時以外はバスはやって来ない。ただし、それ以外でも電話さえすれば呼ぶ事は可能だ。綾香もこっそり出かける時は良く使っている。
「承知しました」
 真帆が電話をかけに出て行き、ひろのはマルチにみんなを正門まで案内するように頼んだ。
「はい、任せてくださいですぅ」
 マルチは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、また明日ね、ひろのちゃん」
「今日はお世話になりました、長瀬さん」
「ほな、またな」
 帰るメンバーが口々に挨拶しながら出て行く。ひろの、芹香、綾香、セリオも玄関まで一緒に行き、途中で分かれて本邸の方へ向かった。本当はバス停まで見送りたいのだが、徒歩で往復20分だと食事に遅刻してしまう。

 こうして、誰もいなくなったかに見える長瀬邸だったが、その片隅で1人の人物が立ちあがった。
「ふふふ、死んだ振りしていた甲斐があったぜ」
 矢島だった。女の子たちにボコボコにされた後、こうやってずっとチャンスの到来を待っていたのである。そのためには忘れ去られるほど気配を消すのも芸のうちだった。素早く顔にマスクを被った後、抜き足差し足忍び足で邸内の探索に移る。
「さて、長瀬さんの部屋はどこかな…やっぱり2階かな?」
 階段を登っていき、2階のドアを一つづつ探索していく。一つ目の部屋は…「真帆゜s Room」と書かれていた。
「さっきのメイドさんの部屋か…あの人もなかなかに心魅かれるものがあったが…今は優先すべきものがある」
 そう言って二つ目のドアを見る。
「…ビンゴ」
 矢島はニヤリと笑った。ドアには「ひろのの部屋」と言うネームプレートが掛かっている。この先に、憧れのあの娘の住む楽園が存在する。何を目的としてかは知らない。恐らくろくな目的ではあるまいが、この男は今まさにひろのの聖域へと侵入を果たそうとしているのだった。
「あぁ、長瀬さん…貴女はまさに美の化身。貴女への萌えが俺を狂わせるのだ」
 矢島は芝居がかった馬鹿なセリフを呟いた。そして、ドアノブを捻った。

 そして、1時間後。
「で、勉強の方ははかどっておるのか?」
「うん。まぁ、今回はまじめにやっておかないと補習になっちゃうからね」
 そんな会話をしながらひろのとセバスチャンが帰ってきた。真帆はまだ本邸での仕事が残っているので帰ってこない。
 2階に上がってきた時、セバスチャンの表情が一瞬厳しいものに変化したが、すぐに元に戻ってひろのに尋ねた。
「で、今夜はこれからも勉強か?」
「そうだね。今夜中に進めておきたい場所もあるし。それじゃ」
 ひろのは手を振って部屋の中へ消えていった。セバスチャンも手を振って彼女を見送ったが、ひろのがドアを閉めるとその前に立ち、壁をさぐった。巧妙に偽装された蓋を開け、その下のボタンを押す。
 その瞬間、ひろののドアの前の床が開き、穴が出現した。セバスチャンはその中を覗き込む。
「…やはりネズミが入っておったか」
 セバスチャンは呟いた。穴の壁面からは無数の刃が突き出し、そこに黒い服の切れ端と謎の赤い液体がこびりついていた。まだ付着して余り時間が経ってないらしく、液体は完全に乾いていなかった。そして、穴の底は一体どこにあるのか、視線の先は暗い闇の中に消えており、どれほどの深さがあるのかは全くの謎だった。
「ま、ここに落ちたんじゃったらもう心配はあるまい」
 セバスチャンは丁寧に蓋を元に戻した。この罠は来栖川邸関係者か、それに付き添われた人物以外がドアを開けようとすると発動すると言う仕組みになっていた。さすがはセバスチャン。聖域への侵入者に対するセキュリティは万全を通り越して容赦無しであった。
 ちなみに、最も身近な脅威である綾香はこのセキュリティ条件に引っかからないのだが、彼女がこのくらいの罠でどうにかなる筈もないのでそのままにしてあった。

 と、言うわけで、翌日ひろのが登校すると、約一名欠席者が出ていた。
「矢島がお休み?どうしたんだろ」
 その欠席者に付いてひろのが疑問を述べると、垣本がそれに答えた。
「なんでも夜中に大怪我をして帰ってきたらしい」
「大怪我ぁ?まぁ、確かに普通あれだけタコ殴り食らったらそう簡単には立ち直れへんけど」
 智子が言うと、志保が最新情報を発表した。
「それがねぇ…刃物でメッタ切りにでもされたみたいに血まみれだったとかで、矢島の帰り道にずっと血の跡があるらしいわよ」
「メッタ切り?辻斬りでも出たのかナ?」
 レミィがすっとぼけた事を言うと、思わず全員が吹き出した。心配する人間はほとんどいない。同じ非常識でも、セバスチャンのパワーよりは矢島の不死身っぷりのほうがみんな慣れていた。
「という事で、仕方が無いから今日は矢島抜きで勉強会に参加するよ」
 垣本が言うと、全員(約一名除く)が一斉に声を上げた。
『異議無し』
 ただし、さすがにちとせだけは矢島を心配していた。
「えぇ〜…でもちょっと心配だよぅ…」
 おろおろしているちとせの肩を、美奈子がぽむ、と叩く。
「大丈夫よ…彼ならゴジラに踏まれたって死にそうもないし」
 結果的に言えば、美奈子の言葉が正しく、矢島は翌日にはあっさり回復して登校してきたのだが、さすがの馬鹿も来栖川家と長瀬邸の恐ろしさを思い知ったらしく、以後の勉強会では大人しくしていた。

 何はともあれ、放課後である。ひろのたちが会場に到着すると、既に来栖川姉妹とセリオが待っていた。集合時間が入る分、どうしても16人で行動する1.2年組が遅くなるのだ。早速端末が用意され、講義が開始される。
「えっと、ここの公式は…」
『そこはXの二乗を代入するんですよ』
「製紙法が中国からイスラムに伝わるきっかけとなった戦いは?」
『タラス河畔の戦いですね。751年の事です』
「ある地層から木の葉と恐竜の化石が両方発見された場合、その場所はその時代にはどんな地形だったと考えられるか…森じゃだめなの?」
『地層は水のある場所で形成されますから、この場合は内陸の湖か沼が正解ですね』
 セリオは続けざまに浴びせられる質問に、端末を通しててきぱきと答えていく。その間、本体の方は目を閉じてじっとしている。そうすると、直接見られていない分恥ずかしさが減るらしい。
 彼女のお陰で智子達も講師役をやらなくて済む分自分達の勉強に専念でき、それどころかライバルたちの勉強法を見て自分のそれに工夫を加えるなど、切磋琢磨が行われている。成績が危ない方のひろの、志保、美奈子もわずか二日で授業では分からなかったところが理解できるようになるなど、格段に進歩し始めていた。今も3人で問題を解いては答えを見せ合っている。
「まーこの調子で行けば100番以下は免れるかもね。…っと、2番の答えはこれで良いのかな?」
「…うん、合ってるね。志保、この英文の訳はこれで間違ってないかな?」
「どれどれ。…うん、オッケー。岡田さん、この書き取り見てもらえる?こっちはちょっとわかんなかったからセリオお願い」
 とまあ、こんな感じである。はっきり言って、授業よりもずっと力を入れて勉強しているような気がしないでもない。
 そして、この日も7時前には解散となり、帰るグループがぞろぞろとマルチに連れられて出ていく。それを見届けて、本邸に向かいながらひろのはセリオに言った。
「それにしても、セリオは凄いね。おかげで助かるよ」
 すると、セリオは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「そんな…恥ずかしいです。私の力はサテライトを通じた借り物ですから…」
 実に謙虚な態度だった。謙虚なロボットと言うのもなんだか不思議な話だが。
「あら、サテライトだって立派なセリオの能力じゃない。そんなに自分を卑下する事はないわよ」
 綾香も言った。顔が笑っているのは、そんなセリオが可愛いと思っているからだろう。
「でも、私は自分にしかない能力と言うものに憧れます。私にもマルチさんみたいに口から拡散波動砲を発射する能力があれば良かったのに…」
『…それはやめたほうが良いと思うな』
 セリオ以外の全員が一斉にツッコんだ。あの芹香でさえ「…」と小声ながら同調している。
 そんな会話をしているうちに、4人は食堂に着いた。ここには厳彦氏が来る五分前までには着席していなくてはならないと言う暗黙のルールがあるが、今日も何とかそれは守られていた。五分後、厳彦氏の来着を待って夕食が始まる。今日のメニューは中華風だった。
「ところで…ひろの、夏休みの予定は?」
 そう食事中に綾香が切り出した。ちなみに、夏休みは7月の20日から8月末までの約40日間。これは東鳩高校でも西園寺女学院でも変わらない、この辺一帯の高校の共通スケジュールである。
「夏休み?まだ全然決めてないけど…」
 ひろのが答えると、綾香はにっこり笑った。なにやら良い話を持っているらしい。
「実はさ、小笠原の小さな島がうちのプライヴェート・アイランドなんだけど…一緒に行かない?」
 その提案にひろのは目を丸くした。
「プライヴェート…つまり、島全部が来栖川の持ち物って事?さすがにスケールが違うなぁ…」
 ひろのが感心していると、厳彦氏が言った。
「いや何、島と言っても一周3キロほどの小島だがね。毎年夏のリゾートに使っておるのじゃよ」
 聞けば、小さいながらも奇麗な砂浜やイルカの来る洞窟、珊瑚礁のダイビング・スポットに小さな滝、もちろん別荘もあり、なかなか快適な南国リゾートが楽しめる場所なのだと言う。
「へぇ…良いなぁ…それは行ってみたいな」
 ひろのが言うと、綾香がぱちんと指を鳴らした。
「おっけ。これで決まりね!問題は水着ねぇ…新しいのを買わなきゃ。ひろのは水着は持ってるの?」
「え?学校指定のは持ってるけど…」
 学校指定、つまりスクール水着のことである。それを聞いた綾香がじっとひろのの胸を見つめる。
「…良く入ってるわね」
「え?」
 一瞬訳の分からなかったひろのだが、綾香の視線が自分の身体のどこに注がれているかに気が付き、さっと顔を赤らめる。
「あ…うん、ちょっと…キツイかな」
 世間的にはちょっとどころでは済まないと思うのだが、幸い東鳩高校の水着はサイズの幅が広く、ひろの、レミィなどの90センチ超級の生徒でも、何とか体に合うサイズを選ぶ事ができていた。
「でしょうねぇ…まぁ、南国リゾートにスクール水着なんて悲しすぎだわ。テストが終わったら新しい水着買いに行きましょ。あたしが選んであげるからさ」
 綾香が言うと、芹香も話題に加わった。
「…」
「え?姉さんも新しいのを買う?そうね。そうしましょ。そうだ、セリオにも買ってあげなきゃ」
 これには後ろで控えていたセリオが驚いた。
「は?…わ、わたしがですか?」
「そうよ。セリオも女の子だもん。オシャレな奴を買わなきゃね〜」
 やたらと楽しそうな綾香。何しろ、彼女は「萌えられればなんでもオッケー」を公言しつつも、一番の好みのタイプは「髪が長くておとなしい娘」なのだ。ひろの、芹香、セリオと3人揃えばまさに最強の組み合わせと言えよう。彼女たちがそれぞれの水着で波打ち際にたわむれる光景…そりゃあ、水の妖精も裸足で逃げ出すに違いない。諸事情により手を出しにくいのが難点だが。
 ところが、「3人と一緒に南国リゾートでウッハウハ」と言う綾香の構想は、次のひろのの言葉により瞬時に崩壊を余儀なくされた。
「う〜ん、みんなも誘って良いかな?」
 びしっ!
 綾香は凍り付いたように固まった。
「は…み、みんなって?」
 辛うじて再起動した綾香が聞くと、ひろのはあかりたち親友5人組の名を挙げた。
「みんなも予定決まってないみたいだったし。良いでしょ?あぁ、イルカが来るんだったら琴音ちゃんも喜んでくるかなぁ」
 今度は芹香も追い討ちを掛けた。
「…」
「え?ひ、日頃の御褒美にマルチも連れて行く?」
 芹香がこくこくと頷く。綾香は戸惑った。このままでは4人でリゾートの計画が。しかし、決定権は彼女にではなく厳彦氏にあった。
「ふむ、良いではないか。たまには同年代の友人達と一緒に行くのも楽しかろう。綾香、連れていってやりなさい」
 厳彦氏はあっさりとひろの、芹香の希望を了承した。さすがの綾香も内心がっくりとうなだれる。しかし…
(まぁ、ひろのの友達も可愛い娘が揃ってたもんね。そう考えると悪くはないか)
 立ち直りの速さも彼女の良いところではあった。

 こうして勉強会は順調に続けられ、最後の日にセリオ製作による予想問題を使った模擬テストも、ほとんどのメンバーが前より良い成績を叩き出していた。そして、いよいよテスト週間が始まった。ひろのも熱心にテスト用紙に取り組んでいる。ちなみに、彼女の受験教科は現国、古文漢文、数学、基礎解析、英語読解、英語文法、化学(理科選択)、世界史(社会選択)、音楽(学芸選択)、保健体育の計十教科。
(あ、これとこれはセリオの予想問題であったなぁ)
(ん、この英訳は志保と一緒にやったところだね)
(この公式は…そうそう、いいんちょに教えてもらったんだった)
 この一週間の成果が出たのか、ひろのはすらすらと問題を解いて行く。答えが分かるのが面白いくらいだった。確かな手応えを感じながら彼女の試験は無事全日程を終了した。
「どぉ、ひろの。手応えはあった?」
 金曜日の最後の試験が終了した後、志保がひろのの所へやってきた。顔が笑っているところを見ると、彼女の方は「行ける」と感じているのだろう。ひろのも微笑むと、何も言わずにピースサインを突き出してみせた。志保が「やっぱり?」と言うように親指を立てた拳を突き出して応える。あかりや智子、レミィ、理緒、いぢわる三人組に垣本や雅史、矢島の顔も朗らかだった。全員がやるだけの事をやり、そして何事かを成し遂げたと言う、それは達成感からの爽やかな笑顔だった。
 そして、翌週の月曜日。この日はテストを返されるだけの日である。
「それでは、テストを返却する」
 木林先生が言った。目の下には隅ができている。土、日と休日返上で採点をしたのだろう。
「今回のテストだが…皆良く頑張ったな。前回の模擬試験より格段に成績がアップしている。後で廊下に順位を張り出しておくので、確認するように。以上だ」
 智子が起立、礼と号令を掛け、解散になると、ひろのたちは一斉に廊下に向かった。もちろん、返されたテストの点を合計すれば総合成績は出るのだが、それは面倒くさい。
 果たして廊下の掲示板の前には人だかりができていた。喜びの声、落胆の声が渦巻く中、ひろのたちは自分の名前を探して行った。
「あ、あった。…うそ…凄く上がってるよ!」
 ひろのは思いも寄らない順位に自分の名前を見つけ、思わず飛び上がった。
「うん、やったね、ひろのちゃん!」
 あかりも一緒になって喜ぶ。その横で、垣本が肩を落していた。
「あぁ…また勝てなかったか」
 その肩を、雅史が叩く。
「気を落すなよ、垣本。点数的にはがっかりするなんて贅沢すぎだよ」
 いぢわる三人組も喜んでいた。
「やったねぇ、美奈子ちゃん!」
「全くね。これで原稿を描く時間が取れるわ!!」
「うげげ…あれを手伝わされるのか」
 喜び、悲しみの表現は様々だが、ここに成績を列挙すると以下の通り。満点は1000点である。

1位、保科智子。988点。
2位、雛山理緒、983点。
3位、垣本健一郎。979点。
4位、吉井夏樹。972点。
5位、坂下好恵。968点。
36位、長瀬ひろの。781点。
38位、神岸あかり。778点。
44位、宮内レミィ。755点。
45位、佐藤雅史、752点。
50位、松本ちとせ、729点。
65位、岡田美奈子、664点。
66位、長岡志保、660点。

 ひろのと志保はそれぞれ60ランクアップと言う快挙を達成。ほぼ固定メンバーの上位5人はメンバー内の順異の変動はあれど上位5位をキープ。その他のメンバーも軒並み順位を上げてきており、勉強会の成果が確実にあった事を物語っていた。そこへ通りがかった木林先生が、ひろのと志保を見つけて声を掛けてきた。
「長瀬、長岡。今回はお前達は特に良く頑張ったな。もちろん他の連中もだ。これからもこの調子で頑張ってくれよ」
『はいっ!』
 全員が一斉に返事をする。木林先生は満足げに頷くと、その場を去って行った。変わって一年生3人と芹香がやってきた。
「あ、芹香先輩にみんな。どうだった?」
 ひろのが聞くと、葵が一同を代表して答えた。
「琴音ちゃんは今回も1位でしたよ。あと、来栖川先輩も三年の1位です!私も平均は取れました!!」
 葵も勉強の成果はバッチリだったようだ。問題は…
「はわわ…成績表をお父さんに見せたら怒られちゃいました…だから頑張って勉強して、なんとか80番台には入れたですぅ」
 前回オール0点のマルチが恥ずかしそうに答えた。前回はテストと言う言葉の意味を理解していなかったので、みんなと一緒に机に向かっていただけだったらしい。
「そっか。これでみんな南の島でリゾートね!今から楽しみだわぁ」
 志保がピースサインを天に向かって突き上げ、みんながわあっと歓声を上げた。
「そうと決まれば、早速ヤックで祝勝会よっ!」
「違う。ヤクドや、ヤクド。こればっかりは譲れへんでぇ」
「どっちでも良いよっ。早く行こう!」
「あ〜ん、待ってよひろのちゃん」
………
……

 戦い済んで日が暮れて…生徒達が帰った後、そこに1人の人物が立っていた。真っ白になったそれは、神に背いて塩の柱となった聖書の登場人物を連想させた。
「ふっ…燃え尽きたぜ…真っ白にぉ…」
 そう呟き、灰となった矢島は崩れ落ちると吹き抜ける風に散って行った。その風が、成績表の端をそよがせる。そこにはこう書いてあった。

161位、矢島昌彦、377点。(補習)

 馬鹿は頑張っても馬鹿だった。

(つづく)


次回予告

 いよいよ始まった夏休み。綾香との約束で水着を買いに行くひろの。そこへあかりたちも現れて、鮮やかな水着談義に花が咲く。はたして、ひろのはどんな水着を選ぶのか?そして、そんな彼女の姿を見た一部メンバーは理性が保つのか(爆)?
 次回、第二十話
 思い出の夏休み編@「ひろのが水着に着替えたら」
 お楽しみに。
 タイトルがベタ過ぎると言う抗議は受け付けません。


後書き代わりの座談会 その19

作者(以下作)「うむむ…今回はちょっと苦労したな」
ひろの(以下ひ)「作者が試験受けなくなってからもう○年経つもんねぇ…って、なぜ伏せ字」
作「歳がばれるだろうが」
ひ「男が気にするもんでもないでしょ」
作「うるさいな。で、今回のテストだが」
ひ「みんなに助けてもらわなかったらだめだったかも…」
作「まぁ、お前はそんなに馬鹿じゃないから大丈夫だろう」
ひ「でも補習はいやだからね」
作「あれは辛いからな…」
ひ「…と言う事は受けた事があるんだ」
作「私は理系…と言うか数学が壊滅的だったからな」
ひ「なのに、今バリバリの理系職業だよね」
作「世間的な印象ではな。実際は文系出身者も結構いる」
ひ「そういうもんなの?」
作「いや、どんな仕事でもそうだが、理文のバランスが取れている事に越した事はないぞ。偏っているが故に苦労している人間の言う事だから間違いない」
ひ「なるほど…がんばらなきゃ。作者みたいになりたくないもんね」
作「そうそう…っておい…(怒)」
ひ「…(汗)それじゃあ次回をお楽しみにっ!」
作「こら待て逃げるなっ!!」


収録場所:長瀬邸ダイニング


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